デメリットのある武器しか使えないホロウレイダー 作:オムライスα
荒い呼吸。握り締められた拳。そして、その目の前には――泣いている少年。
藍色の髪。冷たい霧。手に握られた妖刀。瞬光は、しばらくトワを見つめていた。
その顔は普段の穏やかなものとは、まるで違っていた。
「…………」
トワは何も言えない。瞬光は何も言わない。ただ、二人の間に冷たい霧だけが漂っていた。やがて村雨丸の刀身が淡く光り始める。
「……あ」
トワが呟いた。妖刀村雨丸はゆっくりと光の粒子へ変化していく。藍色の光が、トワの身体へ吸い込まれていく。最後の粒子が消えた瞬間、トワの髪も藍色からいつもの黒色へ戻った。
「……はぁ……」
力が抜ける、その瞬間だった。
「トワ……!」
瞬光が勢いよく駆け寄った。そして。
ぎゅっ――。
「……え?」
トワは目を見開いた。瞬光がトワへ抱き着いていた。
「…………」
トワはしばらく固まる。何が起きているのか理解できない。だが、やがて自分を抱きしめている瞬光の身体が小さく震えていることに気付いた。
「……先輩」
返事はない。
「……心配、かけた」
トワがそう言う。それでも瞬光は何も言わない。トワは少し困ったように笑う。そしてそっと瞬光の背中へ腕を回した。
「……ごめん」
「……」
どうやら、まだ離すつもりはないらしい。しばらく二人はそのまま立っていた。やがてトワが周囲を見渡す。
「……とりあえず」
地面には倒れている男たち。
「こいつら、どうする?」
瞬光はゆっくり顔を上げた。
「……縛ろう」
「そうだね」
二人は倒れている襲撃者たちを一人ずつ確認していく。幸いトワは村雨丸を使ったものの誰一人として命を奪ってはいなかった。全員気絶しているだけだった。
「……よかった」
トワが小さく呟く。二人は周囲にあったロープを使い、一人ずつ縛っていく。そして最後の一人を縛り終えたところで。瞬光は端末を取り出した。
「師匠に連絡するね」
通話が繋がり、瞬光が事情を説明していく。トワが一人で出て行ったこと。荷物の件が罠だったこと。讃頌会の残党にトワが狙われていて襲われたこと。そしてトワには他にも武器があること。
「…………」
話を聞く儀玄の声が。次第に低くなっていくのがトワにも分かった。
「それじゃあ、私たちは先に適当観へ戻ります」
少し話を続け、通話が終わった。
「……どうだった?」
トワが聞く。
瞬光は端末をしまう。
「しばらくしたら、雲嶽山の人たちがこっちに来るって」
「そう」
瞬光は周囲を見る。
「じゃあ」
瞬光がトワの手を強く握る
「帰ろう」
「……え?」
「適当観へ」
瞬光はその手を離さなかった。そのままぎゅっと握ったまま歩き出す。
「瞬光先輩?」
「なに?」
「手……」
「離さないよ」
「……」
トワは何も言えなくなった。二人はそのまま適当観へ戻っていった。
――――
そして。しばらくして、適当観の瞬光の部屋。
ベッドの上でトワと瞬光が座っていた。……いや正確にはトワが瞬光に抱き着かれていた。
「…………」
トワは横目で瞬光を見る。瞬光はトワを離すつもりがまったくない。両腕でしっかりと抱き締めさらに尻尾までトワの身体へ巻き付けている。まるでもう絶対に離さないとでも言っているようだった。
「……あの」
「なに?」
「そろそろ……」
「ダメ」
「…………」
返事が早い。
「恥ずかしいから、離れてくれません?」
「ダメ」
「でも……」
「ダメ」
トワは困った顔になる。
「……先輩」
「今日はずっとこうしてる」
「ずっと!?」
瞬光は真剣だった。
「トワが知らない人に付いていって、襲われて、しかも……」
瞬光の腕に力がこもる。
「泣きながら戦ってたんだよ」
「…………」
「離れたら」
瞬光が小さく呟く。
「またどこかへ行っちゃいそうだから」
「…………」
その声を聞いた瞬間。トワの胸が少しだけ痛んだ。
「だから今日は離れないから」
「……分かった」
トワは観念したように答えた。それからしばらく二人はベッドの上でそのまま座っていた。瞬光は相変わらずトワを抱き締めたままであったが。
「…………」
トワはそんな瞬光を横目で見る。
「……でも」
「ん?」
トワが少し考えてから口を開いた。
「トイレとか、お風呂とか」
「…………」
「寝るときとかは」
一拍置いて。
「さすがに離れてもらうからな」
「…………」
瞬光が固まった。どうやらそこまでは考えていなかったらしい。
「…………」
「先輩?」
瞬光は悩むように眉を寄せる。
「それは……」
「それは?」
「……仕方ないよね」
しぶしぶ。本当にしぶしぶという感じで瞬光は頷いた。トワがほっとした、その時だった。
ぐぅぅぅぅ……。
「…………」
二人の間にものすごく分かりやすい音が響いた。トワの腹からであった。
瞬光がトワを見る。トワも瞬光を見る。
「…………」
「…………」
そして。トワが少し恥ずかしそうに視線を逸らした。その様子を見て瞬光が吹き出した。
「ふふっ」
「笑わないでくれよ……」
「そういえば」
瞬光は笑いながら言う。
「トワ、お昼ご飯食べてないでしょ?」
「……そうだったね」
今の時刻は夕方。昼から何も食べていない。襲撃やら何やらで、それどころではなかった。
「じゃあ」
瞬光がトワから離れる。
「今からご飯作るね」
「え?」
トワは顔を上げた。
「僕も手伝うよ」
「ダメ」
「え?」
「怪我人は大人しくしてなさい!」
「でも……」
「ダメったらダメだよ」
先ほどと同じ。有無を言わせない。トワはしばらく瞬光を見る。
「……分かった」
「よろしい」
瞬光は立ち上がる。そのまま部屋の出口へ向かう。そして扉を開けようとしたところで。
「……あ」
瞬光が振り返った。
「トワ」
「はい?」
瞬光は笑顔で――いや笑顔なのだが声だけが妙に低かった。
「この部屋から、絶対に出ないでね?」
「…………」
トワの背筋に冷たいものが走った。
「ちゃんと待っててね」
「……はい」
「勝手にどこかへ行ったら……」
「行かない」
トワは即答した。瞬光は満足そうに頷く。
「よし」
そう言って部屋を出ていった。扉が閉まる。トワはしばらくその扉を見つめていた。
――――
それからしばらくして。
「お待たせー!」
扉が開いて瞬光が戻ってきた。その手には料理の載ったお盆。
「わぁ……」
トワの目が輝く。
「いい匂い」
「今日はいっぱい食べなきゃ駄目だからね」
瞬光はお盆をトワの傍へ置く。そこには温かな料理が並んでいる。
「いただきます」
トワが手を伸ばそうとした。その瞬間瞬光が料理の一皿を持ち上げた。
「はい」
「……?」
瞬光が料理を箸でつまむ。そして。
「あーん」
「…………?」
トワの動きが止まった。
「……え?」
「はい、あーん」
瞬光は笑顔のまま箸をトワの前へ差し出す。
「いや」
トワは困惑する。
「自分で食べられるよ?」
瞬光の笑顔がまったく崩れない。
「本当に自分で食べられるから」
「うん」
「だから」
「あーん」
「…………」
トワは諦める。
「……あーん」
ぱくっ。
口に入れる。思わず目を見開いた。
「……おいしい」
瞬光が嬉しそうに笑う。
「よかった」
「……すごくおいしい」
「いっぱい食べてね」
「.....うん」
結局。トワはしばらくの間、瞬光に食べさせてもらっていた。
「……これ」
トワが小さく呟く。
「怪我人扱いというより、子供扱いじゃないですか?」
「ふふっ」
瞬光の料理はとてもおいしかった。
どれも温かい。味もしっかりしている。
そして何より誰かが自分のために作ってくれた料理というのが。不思議なくらい嬉しかった。
「……ごちそうさまでした」
食べ終わる頃には。身体の中から少しずつ力が戻ってきており、瞬光も嬉しそうに笑っていた。
今回は短めです。