ガチ山羊悪魔ちゃん︎︎♀と僕くんの馴れ初め 作:うおおん俺はメスケモに食われたいんだ
オリジナル:その他/ノンジャンル
タグ:R-15 残酷な描写 メスケモ 悪魔 肉食山羊 ゴア 被食 捕食 露悪 鬱 自殺
階段から落ちる。
がらがらと。
何も無いところで滑った。
違う、自分で飛んだ。
埃っぽい段に額が当たる。
鈍い音がする。
冷えた床を感じる。
自らのうなじで。
ふと、体育館で寝転がった時のことを思い出す。
あの時もこうやって頭を打って、冷えた床を感じて、あの子に見下ろされた。
「ねえ」
若い女性の声。
死角から降ってきたそれはどこか楽しげで、こうなることが分かっていたかのようで。
「助けてあげようか」
こめかみから命が溢れ出す。
それは意志を持ったように床を伝い、階段を昇る。
彼女へ誘われるように、血は物理法則を無視した。
◇◇◇
夢を見た。
座って抱き締めた犬の首に刃物を突き立てる夢を。
睡眠薬の副作用だろう。
尻尾を振って、嬉しそうにハアハアと僕に息を吹きかける彼。
その首に、ぎらりと粘りつくように輝くステンレス製のナイフを。
これは、そう。祖父の家にあったキャンプ用の物だ。
それは、すうっと不自然なまでに簡単に彼の毛皮を貫いて、血は出なかった。
彼は何が起きたのか分からない様子で尻尾を振るのをやめると、口を閉じ、僕の腕の中で僕の顔を見上げた。
なあに?
そう、言っている。
ナイフは既に深く突き刺さっている。
彼はもう助からない。
何かが気に触ったから、つい。
僕はなんてことをしてしまったんだろう。
やけに冷静な後悔と共に、ナイフをなんでもないようにするりと引き抜く。
その手つきはごく普通で、机の上にあるものをただ取るかのように自然だった。
彼はなおも不思議そうな顔で、僕を見つめる。
彼は僕のことが大好き。
僕もこいつのことが好きだ。
なのに、なんで?
後悔が油混じりの泥濘のように吹き上がる。
刃物を握ったまま、彼を腕の中に収めたまま、僕は後悔し続ける。
彼は確実に死ぬだろう。
どうしてこんなことを?
冷静に、なんの激情もなく、純粋な後悔。
彼はまだ元気なように見えるけど、すぐに死ぬだろう。
その確信があった。
犬を抱いて座る姿勢のまま動けない。
もう住んでいない部屋の時計がうるさい。
外の子供の遊ぶ声がいやに大きく聞こえる。
誰か来たらどうしよう。
畳に血がついてないかな。
雑念、後悔、雑念、後悔。
動物の親友を殺したことにすら集中できない自分を恥じているときに、彼女は突然現れた。
「君の夢、いいね」
深夜の洗面台。顔を洗う僕の肩口から顔を覗かせる。
いつの間にか子供部屋から会社のトイレに移動していた。
蛍光灯がじりじりと不愉快な音を立てる。
青みがかった暗色と不穏な空気からして、おそらく。
成人祝いに祖父から貰った腕時計を見やると、それは土曜日の深夜を指している。
僕は疲れきった顔をして、人毛の付着する濡れた洗面台に両手を付いていた。
ここは、夢?
それとも、現実?
分からない。
「ほんとうにいいよ」
彼女は耳たぶへ息を吹きかけるように語りかけた。
空気に音声を垂れ流すように、指向性はなく、僕というよりこの空間に向けているようにさえ聞こえる。
無関心と執着の両立する囁きが、肩に添えられた手と共に、腰に回された爪と共に。
「次はなにを殺すの」
別に仲良くもない父親、よそよそしい面接官、疎遠になった友達。喧嘩したあの人。
ああ、さっきお母さんも殺した。
あれ、もう殺した?
僕の愛犬は最後に殺した?
「んふ、えらい」
おかしい。
今言われたのに、もう終わっている?
しかし、疑問は氷のように溶けてゆく。
「じゃあ、最後はじぶんだね」
人間性ってなんだと思う?
最後に残ったものも消さないと。
「…でも、殺し損なった」
じゃあ、手伝ってあげるね。
特別に。
メインディッシュをいただいてあげる。
手伝ってあげるの。
いいでしょ?
「ありがと」
そう言うと、悪魔は僕の折れた首を食んだ。
いつの間にか彼女は僕の体の傍らに座って居た。
そして、床にあるものを口で食べるように、そのまま僕に向かって体を倒して、覆いかぶさって。
硬い草の根を噛み千切るように、鋭い歯で肉を食い破る。
ぶつ、という感触が脳に響く。
僕だったものが、水を止めた蛇口から零れるように流れ出てゆく。
ふいに首から下の感覚が消え、苦痛が四散した。
冷えきった思考の中、僕は安堵し、目を閉じた。
ごり、ばき。
首のどこかの壊しちゃいけない骨が砕かれ、飲み込まれ、密着する彼女の口元から僕の肉を喉に送る動きが伝わってくる。
ぷち、最後の皮が絶たれた。
僕は生首になった。
彼女は口を離さずに血肉を咀嚼する。
血に濡れた獣毛と細い顎が僕に触れる。
ごくり。
一際大きく喉が蠕動し、僕の顎に彼女の頭部が触れた。
ふわりと。
無感情な山羊の瞳が死体の目を見つめ、一度瞬きする。
彼女は僕の首と胴体の間から自身の頭を持ち上げた。
僕は首だから、見えないはずなのに。
死んでいるから、聞こえないはずなのに。
僕の首と胴体の間は、赤黒い血と肉の欠片の生ゴミを残して消失した。
電車の車輪にでも引かれたように、綺麗に汚く断ち切られている。
彼女のマズルの鼻から下は血に染まり、肉片にまみれている。
それでも
「き、れ、い…」
思わず声を漏らしてしまうほどに。
彼女はにこりと微笑む。
全ての肉片、血溜り、骨片が彼女に駆け出した。
僕は死んだ。
◇◇◇
パチリ。
9時間寝た直後に等しい爽快な目覚め。
痛みも苦しみも、眠気も疲れも後悔も、一切ない。
僕はどうにかなってしまったはずなのに。
身を起こし、辺りを見回す。
変わらず血濡れで、でも汚物は冷えきっている。
胡乱である。
喰われてしまったはずなのに。
無くなったはずの首に手を回しても、欠損している様子はない。
しかし、異変は確実に起きていた。
食われた場所を置き換えるように、動物の首が僕の首の代わりにそこにあった。
柔らかな獣毛が生えていて、いやに筋肉質で、しなやかで。
それこそ、黒山羊のような。
剥製のようなそれでも、しっかりと自分の首のような感触がある。
僕はどうなった?
彼女、悪魔はどこに。
食われた場所から悪魔にされてしまうんだ。
ゆっくりと身を起こし、その肉食の山羊悪魔の姿を探す。
作りたての首をむやみに旋回させることもなく、ただふと後ろを見返ると、悪魔はそこにいた。
鼻から胸までを真紅の有機物に染めて、まだそこにいたのだ。
彼女は何も言わず、僕の後ろの階段の上をじっと見つめている。
「…ッ!?」
マンションの住人であろう通りすがりの母親は、血汚れと上級悪魔とその眷属を目にし、硬直していた。
日常は引き裂かれ、保育園帰りの平和な午後は異変に押し流される。
見知らぬ母親は驚きと恐怖の綯い交ぜになった表情を浮かべていたが、すぐに子供を護る決意が怯えを消し飛ばし。
「…だ、だめっ、見ないで!!関わっちゃダメ!行くよ!」
不思議そうに立ち尽くす子供の手を引き、母親はその場を逃れた。
平日昼過ぎの団地の廊下に静的暴力が回帰し、彼女は僕を冷たく見下ろす。
「おかえり」
おかえり?
恐怖と猜疑の混じった感情を持って非現実的現実を享受せんと必死な僕にとって、僕だった物に濡れる彼女の言動は不可解だ。
「やっと、こっちに来てくれたね」
階段の上に居たはずの彼女は僕の隣にも居た。
彼女は僕の手を。
どす黒く汚物にまみれて飴のように曲がった文化包丁を握りしめたままの僕の手を。
さらさらとした獣毛の生え揃う指を使って恋人のように上から握りこんだ。
…彼女が真近にいる。腐臭がする。硫黄のような匂いがする。込み上げてくる。僕の胃の腑から。
「一緒に刺したね、殺したね、楽しかったね」
おぞましい邪祟が左耳に流れ込む。
精神薄弱の僕はたぶらかされ、悪魔の僕が産まれてしまったんだ。
ふっと気が遠くなり、膝が笑い出し、指の力が抜け、
しかし彼女は僕の手を痛いほど握り潰し、告会の機会をも縊り殺してしまう。
「みんなに嫌われたね。みんなに疎まれたね。みんなが君を殺したいはず」
犬の首にナイフを突き刺した瞬間が万華鏡のように視界を支配する。犬は僕の手で僕の腕の中で死んだ。
お父さんもお母さんも殺した。この手の中の包丁で殺した。脂まみれになってナイフは使えなくなったから、キッチンの引き出しから適当に引っ掴んだ。思ったよりも簡単だった。
お父さんはいつも通りアニメを見ていて、刺される瞬間まで僕に気がついてなかった。
お母さんもいつも通り泥酔していたから起きもせずに死んだ。
両方滅多刺しにした。悲鳴もあがらなかった。
家に帰る前には面接官を殺した。
横柄で、不快で、僕を見下していた。だってあいつはハナからバカにするつもりで呼んでた。
ちょっとカッとなって、机の上のあの人の水筒で殴りつけたら、床に倒れ込んだ。バカみたいな顔してた。カニみたいに泡を吹いて僕を見上げて、なんでか本当にわかってない顔しててさ、最高だった。
そのまま顔を踏んで、股間を蹴って、荷物を全部ビルの隙間に投げ込んで、外に出て、気持ちよく帰って、なんでもできる気がして、だから殺した。
「いいね。いいよ。回想の中でも自分を被害者にするんだ」
「だって僕、可哀想だもん」
「それで最後は自分を殺して、自分が絶対可哀想なまま終わってやったんでしょ」
「チガうっ」
やな事ばっかり言われて、イライラして、叫びながら獣の手で悪魔を振り払う。
でも彼女は最初から横には居なかったから当たらなかった。
やっぱり彼女は階段の上にいたし、僕の隣にいたし、僕を後ろから抱いてもいたからだ。
先程よりも近い。
地獄の底がすぐ真後ろに居るし在る。
「じゃあ、いこうね」
背中が焼かれるように熱い。
鼻がもげそうほど酷い匂いがする。
「がぁあ」
ぎゅるりと視覚が歪む。パノラマ型に変化する。真横まで見えるようになった。
喉が、身体が、手足が、めちゃくちゃにフォークで解されるように引き裂かれ、そして産まれ変わってゆく。
「ほんとうに神様を信じてないんだね。ありがとう」
今更祈ろうとしても、もう遅かった。僕は祈りの言葉をひとつも知らなかったし、自分が何を信仰しているはずだったのかもわからない。
包丁が、ナイフが、水筒が、全部僕の手に滲んで消えてゆく。
蹄と人の手と凶悪な獣が混じったような僕の手は、乾いた血染みのように真っ黒に見える。
「ほら、きみのことが心底大嫌いな人たちが来たよ」
パトカーのサイレンが建物の真下で止まった。
叫ぶような指示が走った。
階段をたくさんの人が駆け上がる音がする。
「遅かったね」
青い帽子のつばが曲がり角に見えた気がした。
「たすけ」
「うん、今たすけてあげるからね」
次の瞬間、僕は、僕という存在は、階段の踊り場に腐敗した汚物と肉片の跡を遺し、完全に死んだ。
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