フスマが壊れた入口から入って来た男は狂犬病めいた危険な殺意を湛え、滝のように涙を流していた。悔しさを抱えながら無我夢中でここまで来たという印象を受ける。
「ドーモ、はじめまして。クチュリエールです」
「ドーモ、カネコ・オニヤスです」
クチュリエールからオジギしてアイサツを交わす。チバは見覚えの無い、まだニンジャネームすら無いニュービーの出現に困惑していた。
オニヤスは脇腹に受けた銃弾の痛みを堪え、ぎこちなくチバの方に向き直ると、息を整えてから深々とオジギし、正座した。
「坊っちゃん、ご無事でしたか……!ラオモト=サンが……アウッ……。間に合わなかったンスよ。……今も……マッポ殺してきたもンで、遅くなっちまって……アウッ……シャッコラー……ソウカイヤは……シックスゲイツは……アウッ……坊っちゃん、おれは、何をしたら、いいんですかい……セプクですかい……」
肩で大きく息をしながら、嗚咽混じりに出てきたオニヤスの台詞にチバは呆れた。
「……イディオットめ、セプクはいい。ぼくを助けて逃げろ。ぼくは無力なのだ。そんな事もわからんのか」
「申し訳ありやせん」
チバの言葉にオニヤスは深々とドゲザする。
「でかい図体でガキみたいにメソメソ泣くな。父上は死んだ。もう二度と生き返らん」
チバの視線が壊れた飛行機に向き、続けて床に落ちたペダルやチェーンに向いた。
「……ところでクチュリエール=サン、それは何だ?」
「アッシみたいなニンジャがペダルを漕いでプロペラを回すタイプの飛行機でヤンス」
正気を疑う台詞と現実にチバは頭を抱えた。オニヤスも思わず顔を上げて飛行機とその周辺に落ちたパーツを見て困惑した。
「少しお時間頂ければ、またジツで作ってチバ=サンやオニヤス=サンも一緒に飛べるでヤンス。一人乗りしかやった事ないけど、少なくとも下まで安全に降りる位はできると思うでヤンス」
「……オニヤス=サン、お前が車を運転しろ。まずはシェルターまで逃げる。……お前が一番の頼りだ」
「ハイ」
チバは頭を抱えながらオニヤスに命令した。
「あ、そうだ。ソニックブーム=サンとインターラプター=サン、あとアッシが育てたブロッサム=サンと合流する手筈になってるでヤンス。ちょっとお待ちを……あれっ?繋がらない……」
応答しないIRC端末を弄りながら困惑する、締まらないクチュリエールの姿にチバはため息を吐いた。
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炎上するネオサイタマをチバが乗った装甲ヤクザベンツが駆け抜ける。ラオモト家の隠しシェルターがあるマネキ・ストリートを目指して数々の混乱と検問を強引に突破して行った。ここまでに少なくともマッポを1ダース、民間人を2ダース以上は轢殺しているだろう。
後部座席の中央に陣取り最高級葉巻を吹かすのは、無論ラオモト・チバ。右には初老のマスター・イタマエ、左にはオイランナースが、オツヤめいた沈痛な面持ちで座る。ハンドルを預かるのは、凶悪な目つきのカネコ・オニヤス。助手席ではクチュリエールが警戒している。
チバは最小限の側近だけで動くことを望んだ。平安時代の兵法家ミヤモト・マサシ曰く、人数を増やせば敵に発見されやすく、また裏切者が混じる可能性が増す。
扇子を開いては閉じるを繰り返していたチバが助手席のクチュリエールに問いかける。
「クチュリエール=サン。さっきは飛行機で飛んで逃げられると言っていたが、滑走路も無いのにどうやって加速を付ける気だったんだ?」
「当然、落として初速を付けるでヤンス。全力で漕いで機首を上げれば行けるでヤンス」
「そうか……。オニヤス=サン。車が止まらない程度の安全運転で行け。いいな?」
「ハイ、坊っちゃん」
クチュリエールの台詞を聞いて扇子の音が無くなり、クチュリエール以外の顔が青くなった。
「……坊ちゃんは止めろ」
チバは舌打ちして、空気を変える為にオニヤスに話しかけた。
「ハイ」
オニヤスが返す。しばしの重苦しい沈黙。チバはそれを嫌って問いかけた。
「ニンジャネームが無いのか?」
「ハイ」
選挙戦に関する一連の騒動が無ければ、オニヤスは過酷なトレーニングを終え、ラオモト・カンからニンジャネームを授かるはずであった。だがそれはもう二度と無い。
「側近が敵にナメられてはいかん。何か適当に名乗れ」
「おれはロクにハイスクールも通ってねえんです。ラオモト家に泥を塗るようなダセえ名前をつけちまったら、セプクしても足りません」
オニヤスは首を横に振った。
「……後で何か考えてやる」
「ハイ」
オニヤスはそれを素直に光栄と受け止め、涙ぐむ。彼は二十歳で、身の丈六フィートを超える偉丈夫だったが、その精神や知性は十二歳のラオモト・チバの方が遙かに老成していた。
「これから、どうなるんですかい」
「……戦争だ。腹違いのバカ兄弟どもが、ぼくの命とハンコを狙っている。さっきのニンジャどもも、兄者らが送り込んできた刺客だ」
「ハイ」
「ぼくに逆らう連中を全員殺して、ソウカイヤを立て直したら……」
唐突にクチュリエールがドアを開け、ニンジャ身体能力に任せて車の屋根に登る。
「アブナイ!」
クチュリエールの奇行とオニヤスの叫び声、ドリフトめいた急ブレーキによって、チバの言葉は遮られた!屋根の上のクチュリエールはニンジャ平衡感覚によって急ブレーキ程度では微動だにしない!
「アイエエエエエエエ!」
イタマエとオイランナースが情けない叫び声を上げて転がる! タイヤに非人道兵器マキビシが深々と突き刺さり走行不能! さらに前後から凄まじい光量のヘッドライトがいくつも迫ってきていた!
「マッポか……!?」
チバは事態を把握できぬまま、人気の無いストリートを睨んだ。車線を無視して強引に横一列に並んだ黒塗りヤクザベンツ軍団が見える。
「イヤーッ!」
しかし、クチュリエールが車上で高速回転しながらチャクラムスリケン連射!前後のヤクザベンツ軍団は防弾のフロントガラスや車体を余裕で突き破りながら跳ね回るチャクラムスリケンに車内の人員を全て殺され、一斉にクラッシュ!
「フーンク!」
「「イヤーッ!」」
ヤクザベンツ軍団の上に仁王立ちしていた3つの人影はクラッシュするヤクザベンツからジャンプで離脱しつつ、自分を狙うチャクラムスリケンをそれぞれカラテ、スリケン、コマで迎撃!クラッシュしたヤクザベンツの前に着地した。
クチュリエールも同じく武装ヤクザベンツの前に着地!
「ドーモ、クチュリエールです」
「ドーモ、クチュリエール=サン。ザイバツ・シャドーギルドのワイルドハントです。」
「ドーモ、モスキートです。そいつの名前はインペイルメント」
「フーンク!」
クチュリエールがオジギし、ザイバツ側もアイサツを返す。
「フィーッヒッヒヒッヒッ! あの恐ろしい大型スリケンから感じた物と同じ、少女の息遣い!じょ、女子高生の、しかも豊満なニンジャとアイサツを! 激しく相互情報循環交換! イイーッ!」
「フーンク!」
よそ見をするなとばかりにインペイルメントが唸る。チバとオニヤスはモスキートの発言に眉を顰めた。
「まさか、貴様とラオモト家の者が一緒にいるとはな、アブハチトラズとはこの事か!〝ネオサイタマの死神〟!ラオモト家の者だけでなく、貴様も殺せるチャンスが来るとはな!」
「エッ!?アッシよりニンジャスレイヤーとか他のニンジャの方が殺してるはずでヤンス!そんな呼ばれ方するほど殺してないでヤンス!アッシはせいぜい……そういえば、ザイバツニンジャを殺した数なんて、100から先は数えてないでヤンスね」
クチュリエールのとぼけた回答。しばしの重苦しい沈黙。装甲ヤクザベンツ内の面々がその殺害数に驚愕し、ワイルドハントの身体が怒りで震えた。
「……クチュリエールッ!100超えた時点で大概だ!このスゴイ・バカ!」
ワイルドハントの怒声が響きわたる。あまりにも容赦のない罵倒だが、そこまで言われる謂れはある。
瞬間、ザイバツの三人とクチュリエールの間に雷が落ち、程なくしてソニックブーム、インターラプター、ブロッサムの三人が駆け付けた。
「撤退!」
統制の取れた動きで、速やかに散るザイバツ勢。謎の介入者含め、誰もこれを追おうとはしなかった。
間もなくして、ザイバツ勢が完全に姿を消すと、ビルの上から三人のニンジャが飛び降り、いくつものクラッシュしたヤクザベンツが転がるストリートの真ん中に立った。
不意に、周囲のネオンカンバンや自動販売機から明かりが消え、チバの乗る装甲ベンツも突如バッテリーの全残量を喪失した。
このまま立て籠もっても意味は無い。オイランナースとイタマエを引き連れ、チバは車を降りて謎の介入者たちに向かって歩く。一分の隙もない純白スーツの男が、チバを出迎えるように一歩前に出た。
だが見た所、ソウカイヤの紋も、ザイバツの紋も掲げてはいない。果たしてこの男、何者か?
「集合場所も決めずに先走るんじゃねェ!」
「ンアーッ!」
クチュリエールはソニックブームに拳骨を食らった。
ちなみに、ネオサイタマ・イン・フレイムから前回までの間に投げられたツヨイ・タタミ・スリケンによって10〜15人くらいのザイバツニンジャが死んでます。