「ドーモ、はじめまして。ソニックブームです」
「ドーモ、インターラプターです」
「ドーモ、ブロッサムです」
「ドーモ、クチュリエールです」
「ドーモ、はじめまして。アガメムノンです。こちらはドラゴンベイン=サン」
「ドーモ」
「こちらはスワッシュバックラー=サン」
「ドーモ」
「ドーモ、カネコ・オニヤスです」
いくつものクラッシュしたヤクザベンツが転がるストリートの真ん中で八人のニンジャによってアイサツが交わされる。
「その顔……見覚えがあるぞ。サキハシ知事の秘書だな?」
チバは白スーツの男を指差し、わずかに上擦った声で言う。
「ハイ。表の名はシバタで通っています。」
シバタの指先から微かなアーク放電が走った。
「……ニンジャだったとはな……」
チバが脂汗を垂らす。
「さて、アイサツはこの位に。時間がありませんな。ザイバツが増援を寄越す前に、退くとしましょう。我々は無敵ではない。力は有限……」
上等なリムジンが三台、どこかから走ってきて、クラッシュしたヤクザベンツの後ろに止まった。
「あの武装ベンツは我々の方で始末します」
「黙ってぼくたちを逃がす気は無いようだが、お前の望みは何だ。カネか? ハンコか? 言ってみろ」
チバは捨て鉢気味に言った。
「カネでも、ハンコでも、ありません。逃がす気も、ありません」
アガメムノンは悠然と歩み、おもむろにオジギした。
「お仕えいたします」
「仕える、だと?」
意外な返答を聞き、チバは自らの口元を扇子で隠した。
「私兵団だけでなく、私は政財界にいくらかの影響力を持ちます。それを行使すれば、ネコソギ・ファンド社を破滅から救う事もできましょう」
「都合のいい話だな。それでお前を信用しろと?」
チバの疑念に満ちた目がアガメムノンに注がれる。
「新たな組織を旗揚げする時です。ザイバツは強大。これに対抗するには、手勢を一致団結させねばなりません。だがソウカイヤ残党をひとつに纏められる者は、数少ない……」
アガメムノンが立ち上がる。その瞳に有無を言わせぬ雷光が走り、チバの背筋を凍らせた。
「それはラオモト・カンの血を継ぐ者でなくては無理でしょう」
「……そうか、そういう事か」
チバは、これから何が起こるのかを悟った。この男は自分を新組織のカリスマに祭り上げようとしているのだ。微かに膝が震えていた。
この先、生きるか死ぬかはこの男の胸先三寸。ラオモトの子たるチバには到底受け入れ難い屈辱的な運命。だが権力を取り戻すための、またとない好機でもある。
「……わかった。お前の言う通りにしよう。当然僕がトップなのだろう?」
「無論です」
「お前は何だ、参謀か? 枢機卿か? 摂政か? せいぜい僕を巧く操ってみせるがいい」
「噂どおりの聡明な方ですな。だが人聞きの悪い事を口にされるものではない。七光りも、たちどころに失せてしまいます」
「……!」
チバは怒りを露わにする。
「そうした感情は、狡猾に圧し殺して下さい。フラットに保たねばなりません。私は執事として貴方を支えます」
「……執事ならぼくの荷物を持て。トランクに入っているぞ!」
チバは反抗気味に言い捨て、踵を返して武装ベンツへ向かった。
「勿論ですとも」
アガメムノンは微笑み、チバの後に続く。重金属酸性雨はいつしか止んでいた。オイランナースとマスター・イタマエは、何度か不安そうに後ろを振り返った後、一足先にリムジンの一台へと迎えられた。
「おい、ちょっと待てそこの四人」
チバがリムジンを無視して帰ろうとしたクチュリエール、ソニックブーム、インターラプター、ブロッサムを呼び止めた。武装ヤクザベンツに乗っていた面々は帰ろうとする四人を見て困惑している。
「お前らソウカイ・ニンジャとしてぼくを助けに来たんじゃないのか!?」
「もうソウカイヤを辞めてるからアッシら四人共フリーランスでヤンス。アッシの発案で行った古巣への最後の奉公って感じでヤンスね。
チバ=サンは真っ先に狙われそうですし、見捨てるのも後味が悪いので、一旦安全が確保できるまで助ける気だったでヤンス」
「この状況が安全に見えるのか!?」
「少なくとも命の危機は脱してるでヤンス。知略関係の危機はチバ=サンならどうにかなるでヤンス。それに、オニヤス=サンはこの先、大成できるニンジャでヤンス。彼が付いてるなら心配要らないでヤンス」
「適当な事を言うな!」
チバはクチュリエールの回答に納得できず、食ってかかる。頭はおかしいが、ザイバツニンジャを大勢殺して〝ネオサイタマの死神〟と呼ばれているクチュリエールや元シックスゲイツのソニックブームとインターラプター、クチュリエールが育てたブロッサムを手放す訳にはいかないのだ。
「お前らも、ぼくの下に付く気は無いのか!」
「俺達の中で一番ソウカイヤを恨んでいるはずのクチュリエールが真っ先に助けようとした。だから、それに乗っただけだぜ坊っちゃん。俺達はソンケイを蔑ろにした組織に戻る気は無い」
「俺はこれでも元デッカーなんだ。悪いが、もうヤクザ組織で働く気はない」
「アタイはダイダロス=サンがソウカイヤにあれだけ尽くしたクチュリエール=サンに……その、酷い事をしたその場にいたんだ。ゲイトキーパー=サンが黙認した事も覚えてる。ソウカイヤに戻る気は無いよ」
「……」
チバはクチュリエール以外の三人からの反応に戸惑い、少しして去年にゲイトキーパーが指を三本ケジメした事を思い出した。内容こそ聞かされてないが、何かとんでもない事件があった事は当時のニンジャ達の会話から察している。この様子からして四人共、引き留められる物では無さそうだ。
そして、ソニックブーム曰く、一番恨んでいるはずのクチュリエールが真っ先に来た事にチバは困惑した。
「クチュリエール=サン……なんでぼくを助けに来たんだ?」
「……見捨てるのは後味が悪いと思っただけでヤンス」
クチュリエールが答えると、四人は夜の街に姿を消した。
「……アガメムノン=サン、最初の命令だ」
「何でしょうか。ご兄弟のことですかな」
アガメムノンが返す。チバは肩をいからせて舌打ちする。
「お前は頭が回りすぎる。他の者が見ている前では出しゃばるな。一目でぼくが傀儡と知れるだろう」
「これは失礼いたしました」
聡明な子を見て喜ぶ親のようにアガメムノンが微笑み、チバを苛立たせた。
「兄弟たちがぼくとハンコを狙っている。誰ひとり信用ならん。ニンジャを送って全員殺せ」
「賢明な判断です」
「ただし、ヨルジ一家のとどめは、必ずぼくが刺す」
「お好きにどうぞ。私の助言を尊重する限り、あなたは自由なのだから」
チバは横を向いて見上げ、アガメムノンの笑顔を呪った。必ずやこの男はジョルリめいて自分を操り、不要となれば捨てるだろう、と。
「決めたぞ。オニヤス=サン。〝ネヴァーモア〟だ」
武装ベンツに戻る途中、チバは足を止め、オニヤスに言った。
「なんのことですかい?」
「お前のニンジャネームだ。〝二度とこんな事は起こさせない〟そういう意味だ。
〝ネオサイタマの死神〟が大成するとお前に期待したんだ。やってみせろよ、ネヴァーモア=サン。これからお前は、ぼくのボディガードだ」
「あ、ありがとうごぜェます!……アウッ……坊っちゃんと……クチュリエールの姐さんの期待に答えられるよう、ガンバリヤス!」
「まったく、でかい図体でガキみたいにメソメソ泣くなと言っただろうが」
オニヤス改め、ネヴァーモアはチバの言葉に感激して滝のように涙を流した。
武装ベンツから荷物を回収した執事はそれらのケースを抱えて歩き、リムジンのドアを恭しく開ける。
三人が後部座席に乗り込むと、要人用高級車は揺れもなく滑らかに発進した。チバはその車内に染み付いた嗅ぎ慣れないバンブー・フレグランスの香りが、どうにも気に食わなかった。
「どこへ向かう?」
「安全な場所です」
「そうか」
チバは車の行き先について考えるのを止めた。代わりに、今後の大局的な算段を始めた。
原作世界で鳥人間コンテストが行われた描写が無い為、忍力飛行機はかなり狂気的な発想として見られる物としています。