「随分と儲けたようだね、クチュリエール=サン。スキャンダルが暴露される直前に全て売り払い、私達と別れてから関連企業の株込みで買い叩くとは素晴らしい判断だ」
「〝壊す時はまず高く持ち上げる〟……ラオモト=サンの言葉でヤンス。アッシには選挙特番で高く持ち上がるタイミングをニンジャスレイヤー=サンとその協力者が逃がさないって確信があったでヤンス。……実際、ラオモト=サンも備えていたでヤンス」
「何故、そんな確信を?」
「……二回も戦って、スシまで食わせた仲でヤンス。そのくらいの予想はつくでヤンス。」
ネオサイタマが燃えてから三週間後、クチュリエールはアガメムノンとリムジンに乗っていた。クチュリエールは車内に染み付いた嗅ぎ慣れないバンブー・フレグランスの香りに落ち着かない様子だ。
「そうか……しかし、株を売り払うタイミングが悪過ぎた。君達はニンジャスレイヤー=サンとの内通を疑われている」
「動機もありますから、疑われたのは当然でヤンス。アッシが呼ばれたのは真っ先に動いたからでヤンスね?」
「そうだ。ただし、それだけでも無いが。そして、君達が疑われているだけで済んでいるのは、真っ先に動いてチバ=サンを助けに向かったからでもある」
アガメムノンはクチュリエールを真っ直ぐ見据えている。クチュリエールはアガメムノンが相手の感情や心理状態を電気信号で読み取れる事を原作知識で知っている為にあけすけに面倒臭そうな顔をしている。隠しても無駄だとわかっているのだ。
「疑いを晴らす為にアッシら……いや、アッシにしかできない事をさせるつもりでヤンスね。……キョートで暴れろって言われても無理でヤンスよ?」
「流石にそれはさせられない。我々は第二のダイダロス=サンやゲイトキーパー=サンになるつもりは無い」
「それならキョートに潜入……ザイバツでスパイ活動とかでヤンスか?」
「正解だ。話が早くて助かるよ。君には一度キョートで軽く暴れて君の存在をアッピールした後、一ヶ月以上潜伏して欲しい。方法は君に一任する」
「アッシの存在そのものが、ネオサイタマへの増援を渋る理由になるからでヤンスね」
「そうだとも」
クチュリエールは手元のチャを一口飲んだ。車外の風景が見慣れた物に変わってゆく。
「パスポートとチケットはこちらで用意しよう。では、良い旅を」
クチュリエールは今の住処である高層アパートの前で降ろされ、リムジンは走り去って行った。個人情報の類は全て割られていたようだ。
「ブッダの掌のマジックモンキー……マジックモンキー側で体験したくなかったでヤンス……」
ソニックブーム、ブロッサム、インターラプターにキョートへの潜入等を自分の口から説明しなければならない事を思い、クチュリエールは憂鬱な気持ちでアパートに入って行った。
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三人への説明と説得が終わり、キョート行きの当日。クチュリエールはネオサイタマ・ステイションのキョート行きホームで新幹線を待っていた。
ターンテーブルめいた線路の回転が軋みながら止まり、重々しい鋼鉄と無骨な強化カーボネイト装甲板によって包まれた黒い新幹線の車体が、リボルバーに装塡される弾丸めいて、ゆっくりとネオサイタマ・ステイションのホームへ滑り込んでくる。
ホームの両端に並んだ細い鉄の柱から、定期的に火柱が吹き上がる。 ニュースで定期的に作業員の炎上事故が報道される火柱だ。クチュリエールが昔見たドキュメンタリーでは、演出以外の意味は無いとはっきり言われていた。
「オラーイ! オラーイ!」
蛍光オレンジのツナギに身を包み、LEDチョウチンを両手に掲げたスモトリ作業員が、クチュリエールが乗る予定のNS893便を適切なホームへ誘導する。 激しい火柱近くでの作業は前世なら作業猫案件で炎上するだろう。
「ハァーッ! ハァーッ! オラーイ! オラーイ!」
新幹線二番車輛の上部に備わったジェットエンジンの威容が、火柱に照らし出される。先頭車輛の上部には、列車強盗の攻撃に対抗するための胸壁と、固定式マシンガン八挺。さらには快適なIRC体験を提供するための衛星通信パラボラアンテナが搭載され、ソーメンめいた色とりどりのLANコード束が伸びていた。
「ハァーッ! ハァーッ! ハァーッ! アッ!? アババババーッ!」
窓をモップで拭いていたスモトリ作業員に火柱の炎が引火! たちまち火達磨になり、ホームを転げまわる! ナムアミダブツ! まるで作業員を殺す為の設備だ!殉職者を出す事で雇用の流動性を実現しているのだろうか!?
「NS893便の準備が整いましたので、ダイミョ・クラスのお客様から乗車ドスエ」
ホームと出発ロビーに、電子マイコ音声のアナウンスと和太鼓の小気味良いBGMが流れ、キョート・アトモスフィアを高める。ダイミョ・クラスは、一般的な飛行機で言うところのファースト・クラスであり、実際高い。
そんなダイミョ・クラスに重そうなスーツケースを引いて乗り込む黒尽くめの集団にクチュリエールは妙な既視感を感じた。暗黒メガコーポにクローンヤクザ程度いて当たり前だろうに、何故自分が既視感を得たのか、その理由に全く思い至らなかった。
「続いてカチグミのお客様、ご乗車くださいドスエ」
電子マイコ音声が、カチグミ・クラス……いわばビジネス・クラスの乗客たちを、ホームへと案内する。このクラスの座席は、読者諸氏が知る一般的な長距離エクスプレス列車のそれに近い。リクライニング、IRC端末、オスモウ中継など、快適な機能が備わっている。
「続いて中央部車輛に荷物の積み込みが行われますので、後部車輛となるマケグミ・クラスのお客様はもう少々お待ちくださいドスエ」
マイコ音声のアナウンスが流れる中、クチュリエールはサラリマンたちの窮屈な長い列に混じって、チケットの車輛番号と席番号を何度も抜かりなく確認していた。アマクダリが手配した偽造チケットだ。
「残りのお客様、ゲートが開きましたので、十分以内の乗車に御協力ドスエ」
無表情だがどこか高圧的な電子マイコ音声が流れる。クチュリエールは乗車し、七十二号車B3番席を探した。床に引かれたグリッド線を頼りにB3の位置を探し、そのマス目からはみ出さないように、天井から垂れた吊り革を握る。マケグミ・クラスに座席は無いのだ。
「間もなく出発ドスエ」
車内にマイコ音声が流れた。ジェットエンジンの轟音と共に新幹線が走り出す。アマクダリの偽造パスポートとチケットは正しく機能したのだ。
しかし、クチュリエールは胸をなで下ろす事が出来なかった。隣にはニンジャスレイヤーことフジキド・ケンジ。またの名をモリタ・イチローが立っていたのだ。
「ド、ドーモ、モリタ=サン。ミチルです」
「ドーモ、ミチル=サン。モリタです」
ミチルとは今回使用しているクチュリエールの偽名である。モリタは偽名について一切触れなかった。
クチュリエールはモリタが奥ゆかしく流してくれた事に内心感謝しつつも、波乱の気配を感じ取っていた。
クチュリエールの脳波等から嘘を言ってないと確信したアガメムノン=サンはクチュリエールが勘だけでここまでやった事に戦慄してます。
(クチュリエールは〝前世知識なんて勘みたいな物〟と本気で考えている為、本人視点で嘘は言ってません)