超輝夜姫!   作:白鳥ダイヤ

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第18話

ツクヨミへログインした瞬間から、街を覆う空気は普段とは明らかに違っていた。

大通りに浮かぶ広告の多くが竹取合戦へ切り替わり、帝とかぐやを並べた巨大な告知の前には何重もの人だかりができている。会場へ近づくにつれて人の流れはさらに密度を増し、開始まではまだ時間が残っているにもかかわらず、観客席の方角から何度も大きな歓声が響いていた。

 

ヤチヨカップ首位を走るBlack onyXと、ここへ来て急速に人気を伸ばしているかぐやいろPチャンネルの直接対決。それだけでも十分に注目される組み合わせだったが、今回は帝自身が提示した条件まで広く知られ、輝夜が負ければ帝と結婚するという部分だけが面白半分に切り取られた結果、普段SENGOKUをほとんど見ない者まで集まっているらしい。

 

背中に巨大なハンマーを装備した輝夜は、大勢の視線に圧倒されるどころか、自分たちを待っていた観客の多さを嬉しそうに見渡した。

 

「すごい人ね」

 

「黒鬼相手の試合だし、結婚の条件まで広まってるからね」

 

「だったら、ちょうどいいわ。私が勝つところを、たくさんの人に見てもらえるでしょう?」

 

ここまで来ても負けた場合のことをほとんど考えていないらしい輝夜に、彩葉はもう何度目になるか分からない説明を繰り返すのを諦め、その少し後ろを歩いている真実へ目を向けた。

 

今日、輝夜とともに戦う予定なのは彩葉と真実であり、真実は以前からSENGOKUを遊んでいるため、戦い方そのものに大きな不安があるわけではない。問題はむしろ別のところにあり、会場へ入ってからというもの、真実はBlack onyXの広告が視界へ入るたびにさりげなく目で追い、場内放送から帝の名前が聞こえるだけでも僅かに肩を揺らしていた。

 

「真実、本当に大丈夫?」

 

彩葉が声を潜めると、真実はすぐにこちらへ顔を向けた。

 

「大丈夫だって。私だって配信してる側なんだから、帝様と直接会うくらい普通にできるし」

 

言葉だけなら頼もしかったが、その間にも遠くへ映し出された帝の姿へ一度視線が動いており、彩葉にはとても平静とは思えなかった。

 

「帝が目の前まで来ても?」

 

「…………大丈夫」

 

わずかな沈黙が本人の答えより雄弁で、彩葉が何とも言えない目を向けると、真実は頬を僅かに赤くしながら顔を逸らした。

 

「今、心の準備してたでしょう?」

 

「準備くらいするよ。試合になったらちゃんとやるから!」

 

それ以上追及される前に話を切り上げるように、真実は対戦エリアへ視線を戻した。普段の彼女ならもう少し余裕のある返しをしてきただろうから、その時点で彩葉の不安はかなり現実味を帯びていたものの、まさか本当に試合へ出られなくなるほどとは、まだ考えていなかった。

 

やがて開始予定の時間が近づき、輝夜、彩葉、真実の三人が所定の位置へ立つ。観客席の照明がゆっくりと落とされる一方、会場上方に設けられた実況席だけが明るく照らされ、中央の巨大スクリーンにも二人の姿が映し出された。マイクの前へ勢いよく身を乗り出した忠犬オタ公が、観客席の熱を受け止めるように両腕を広げる。

 

「さあ、ツクヨミ中が待っていたこの一戦! 竹取合戦、まもなく開幕です! 本日の実況は私、忠犬オタ公がお送りしまーす!」

 

声が会場全体へ響き渡ると、観客席から大きな歓声が返ってきた。忠犬オタ公はその勢いをさらに煽るように片手を上げ、それから隣へ座る少女へ大きく掌を向ける。

 

「そして今日は解説にも注目です! ツクヨミで見かければ幸運が訪れるとも言われながら、滅多に姿を現さないと噂のあの幸運白兎――因幡てゐが、なんと実況席まで来てくれています!」

 

名前が呼ばれた途端、試合開始前とは思えないほど観客席の一角がざわめき、てゐの姿を探すように視線が一斉に実況席へ集まった。それだけ騒がれても本人は少しも気負った様子を見せず、椅子へ深く腰掛けたまま、ひらひらと片手を振っている。

 

「解説の因幡てゐだよ。そんなにありがたがっても、見ただけで幸運になるかは知らないけどね」

 

「そこは夢を持たせてくださいよ!」

 

忠犬オタ公がすぐさま突っ込むと、観客席から笑いが起こる。てゐは悪びれることもなく口元を緩め、対戦エリアへ視線を落とした。

 

「まあ、細かいところは私が拾ってあげるから、オタ公はちゃんと試合を見失わないようにね」

 

「自己紹介から信用されてない!?」

 

再び笑いが広がるなか、てゐはすでに対戦エリアへ目を細めていた。まだBlack onyXの姿すら現れていないというのに、これから始まる勝負を思い浮かべるような表情だけは、普段の軽さより少しだけ鋭い。

 

「黒鬼が相手だからね。派手なところだけ見てると、いつの間にか勝負が決まってるかもしれないよ」

 

「開幕前から怖いことを言う! しかし、対するかぐやいろPも今日は輝夜、いろP、そしてまみまみの三人! どんな戦いを見せてくれるのか注目です!」

 

実況席から三人の名前が呼ばれ、観客席のあちこちから声援が飛んでくる。輝夜は自分の名前が聞こえるたびに嬉しそうに手を振り、彩葉は苦笑しながらその隣に立っていたが、真実だけは対戦相手の入場口を意識しているのか、先ほどからほとんど視線を動かしていない。

ところが、予定時刻が迫っても反対側にはBlack onyXの姿が見当たらなかった。観客席でも同じことに気づいた者が増え始め、楽しみにしていた登場を待つようなざわめきが少しずつ大きくなっていく。

 

「まだ来ないの?」

 

巨大なハンマーを肩へ担いだ輝夜が不思議そうに辺りを見回した、その直後だった。

会場上方から腹の底へ響くような轟音が落ち、対戦フィールドを囲む岩壁の一角が内側から弾け飛んだ。砕けた岩片と白煙を押し退けながら、虎を模した巨大なバイクが空中へ飛び出し、低い駆動音とともに三つの人影が姿を現す。

 

先頭には帝、その後ろには雷と乃依。対戦映像の中で何度も見てきたBlack onyXが、試合を待っていた観客の期待をさらに上回るほど派手な方法で姿を現した瞬間、会場を包んでいたざわめきが爆発するような歓声へ変わった。

 

「来たあああああ! Black onyX! 黒鬼、ご来臨――ッ!」

 

忠犬オタ公の絶叫が歓声へ重なる。けれど、Black onyXが用意していた登場演出はそれだけでは終わらなかった。

虎バイクの進行方向へ巨大な鬼のエネミーが立ちはだかると、帝は振り上げられた腕が届くより先に車体を蹴り、高く跳び上がった。空中で巨大な金棒を振り抜き、変形させた刃を続けざまに走らせると、巨体のあちこちへ刻まれた光が最後の一撃と同時に弾け、鬼の身体は色鮮やかな爆発へ変わって会場上空へ広がった。

 

花火のような光を背負いながら帝が着地し、その少し後ろへ雷と乃依も降り立つ。三人とも観客席からの歓声を当然のように受け止めており、長く首位を走ってきたチームらしい余裕が、その立ち姿だけでも伝わってきた。

 

「いやあ、相変わらず登場から派手だ! 試合前から会場の温度を一気に上げてきましたBlack onyX!」

 

「帝はこういうの好きだからねえ。でも、見た目だけに気を取られない方がいいよ。帝だけじゃなくて雷も乃依も、相手との距離に合わせて戦い方を変えられるからね」

 

てゐの解説を聞きながら、彩葉が派手すぎる登場へ呆気に取られている横で、輝夜だけは子供のように目を輝かせていた。

 

「すごいわね。私もああいうのやりたい」

 

「勝負するの、登場じゃないからね」

 

思いもよらない方向へ対抗心を燃やし始めた輝夜に彩葉が苦笑しているあいだにも、Black onyXの三人は観客の歓声を受けながら対戦エリアまで歩いてくる。

つい先ほどまで巨大な鬼を斬っていた帝は、何事もなかったような軽い調子で片手を上げた。

 

「どーも。対戦受けてもらってありがと」

 

「ええ。待ってたわ」

 

輝夜が一歩も引かずに帝を見返した横で、真実だけは先ほどまでとは比較にならないほど身体を強張らせていた。

画面越しに何度も見てきた帝が、今は自分と戦うためにすぐ目の前まで来ている。普段は大勢の視聴者を相手に配信している真実でさえ、その距離だけはまるで別物だったらしく、一度口を開きかけては閉じ、それでも何も言わないまま終わらせることだけは嫌だったのか、意を決したように声を上げた。

 

「あ、あの……!」

 

帝が真実へ顔を向ける。

 

「ん?」

 

たったそれだけで肩が跳ね、用意していたはずの言葉が一気にどこかへ飛んでしまったらしい。真実は頬どころか耳まで赤くしながら、それでも伝えたかったことだけをどうにか絞り出した。

 

「私、帝様の……ふぁ、ファンで……ずっと、配信もSENGOKUも見てて……!」

 

普段の真実からは想像できないほど途切れ途切れの言葉だったが、帝には十分伝わったらしい。少し驚いたように目を開いたあと、素直に嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「ありがとう」

 

その返事だけでも真実の表情はさらに赤くなったものの、帝はそこで終わらず、これから対戦する相手を見る眼差しへ戻ると、彼女を真っ直ぐに見た。

 

「まみ、悪いけど今日は手加減できない」

 

真実が固まった。

 

それまでどうにか保っていた表情も、震えていた指先も、呼吸すら一瞬止まったように見え、彩葉が横から名前を呼んでも反応が返ってこない。ようやく動いた唇から零れたのは、試合への返事ではなかった。

 

「……名前……」

 

帝が自分を知っていた。

しかも、目の前で「まみ」と呼んだ。

その事実を理解した直後、限界まで張っていた糸が切れたように真実の身体から力が抜け、彩葉は咄嗟に腕を伸ばして、地面へ倒れる寸前でその身体を受け止めた。

 

「真実!?」

 

完全に意識を失っているにもかかわらず苦しそうな様子はなく、むしろ顔には信じられないほど満ち足りた表情が残っている。実況席では忠犬オタ公が思わず立ち上がり、倒れた真実を指さしていた。

 

「まみまみーっ!? まだ試合始まってませんよ!?」

 

てゐは真実の幸せそうな顔を確認すると、口元を引きつらせる忠犬オタ公の横で小さく肩を竦めた。

 

「本人は幸せそうだけど、このままじゃ試合は始められないねえ」

 

「そうなんです! 三対三のSENGOKU、まさかの開始前に一名戦闘不能!」

 

会場が笑いと戸惑いに包まれるなか、帝はいつまでも真実だけを気にしているわけにもいかず、やがて視線を輝夜へ移した。

 

「そして俺の姫、輝夜ちゃん」

 

「誰があなたの姫よ」

 

輝夜は即座に言い返し、背負っていた巨大なハンマーを軽々と下ろすと、その先を帝へ向けた。勝手に姫扱いされたことへの抗議より、ようやく本人と直接戦えることへの期待の方が強いらしく、その目にはすでに勝負の熱が宿っている。

 

「帝、勝負よ!」

 

帝はその勢いを楽しむように笑い、挑戦状で提示した条件を改めて口にした。

 

「俺が勝ったら、本当に結婚してくれる?」

 

「しません!」

 

輝夜が答えるより早く、彩葉の声が割り込んだ。

考えてから止めたのではなく、「結婚」という言葉が出た瞬間には反射的に否定しており、その勢いに帝だけでなく輝夜まで彩葉へ顔を向ける。輝夜はそんな彩葉をしばらく見つめたあと、これで答えは決まったとでも言うように帝へ向き直った。

 

「彩葉がダメって言ってるわ」

 

「いや、そこは輝夜が決めることでしょう! あと名前!」

 

前半については自分でも何を訂正しているのか分からなかったが、それ以上に問題だったのは後半だった。ツクヨミでは「いろP」として活動しているにもかかわらず、輝夜はよりにもよって対戦相手である帝の目の前で、何のためらいもなく本名を口にしてしまったのである。

 

「名前?」

 

「ここではいろP!」

 

そこでようやく意味を理解したのか、輝夜の口から小さく「あ」と声が漏れた。けれど、当然ながらもう遅い。

帝は二人のやり取りを聞きながら、面白いことを一つ知ってしまったときのような笑みを浮かべている。彩葉はその表情を見た瞬間、自分から「彩葉」という名前を本名だと補強するような反応までしてしまったことに気づいた。

 

「……忘れてください」

 

「どうしようかな」

 

「忘れてください!」

 

今度ははっきり念を押す彩葉の横で、原因を作った輝夜は申し訳なさそうにするより先に、なぜか楽しそうに帝と彩葉を見比べている。そんな軽いやり取りで一度緩んだ空気の下では、真実がまだ完全に気を失っていた。Black onyX側には帝、雷、乃依が揃っている一方、こちらで戦えるのは輝夜と彩葉だけになってしまっている。

 

「……三人必要なのよね?」

 

輝夜が幸せそうに眠り続ける真実を見下ろしながら尋ねる。

 

「うん。このままだと始められないよ」

 

彩葉が答えるのとほとんど同時に、実況席の忠犬オタ公も人数表示へ気づいた。

 

「さあ、ここで想定外の事態です! 輝夜いろP側、まみまみがまさかの戦闘不能! 三対三のSENGOKU、このままでは人数が足りません!」

 

てゐも戦況表示へ目を向けたものの、この先どうなるのかを知っている様子はなく、少しだけ首を傾げる。

 

「運営がどう判断するかだね。二人のまま始めるってことは、さすがにないと思うけど」

 

その言葉が終わるより早く、何もなかった対戦エリアの一角へ淡い光が集まり始めた。観客席から戸惑ったようなざわめきが広がり、人が転送されてくるときとは少し違う光が消えたあと、そこに残されていたのは華やかな装飾を施された玉手箱だった。

 

誰かが触れたわけでもないのに蓋がゆっくりと持ち上がり、小さな箱の内部へ収まっていたとは思えないほど大量の白煙が噴き出した。煙の向こうへ一人分の輪郭が浮かび、最初にその正体へ気づいた観客の一人が名前を叫ぶと、それを合図にしたように歓声が一気に広がっていく。

煙が薄れた先に立っていたのは、月見ヤチヨだった。

 

「ヤチヨ!」

 

輝夜の表情が驚きから喜びへ変わる。

実況席では忠犬オタ公が両手を上げ、先ほどまでとは比べものにならない声量で叫んだ。

 

「来たあああああ! 人数不足を埋める緊急助っ人、月見ヤチヨ! お助けヤッチョ発動です!」

 

てゐもそこで初めて楽しそうに口元を緩め、よく知る相手を見下ろした。

 

「これで三人は揃ったね」

 

ヤチヨが輝夜へ答えるより先に、その姿を見つけた帝が面白そうに笑う。

 

「ヤチヨちゃんがそっちにつくの?」

 

呼びかけられたヤチヨは帝へ身体を向けると、今回だけ特別に敵側へ入ったわけではないとでも言うように、少しおどけた調子で片手を上げた。

 

「この間は帝様側についてましてよ〜」

 

その短いやり取りだけで、人数の足りない側へヤチヨが助っ人として加わること自体は珍しいことではなく、以前には逆に帝側へ入ったこともあるのだと彩葉にも分かった。

ヤチヨはそれから輝夜たちへ向き直り、完全に気を失っている真実と、その身体を支える彩葉を見比べる。詳しい説明を聞く前から大まかな状況を察したらしく、目元を僅かに緩めた。

 

「一人足りなくなっちゃったんだね」

 

「真実が帝に名前を呼ばれて倒れたの」

 

あまりにも簡潔な輝夜の説明に、ヤチヨは真実の幸せそうな顔を一度確認し、事情を理解したように頷く。

 

「なるほどねえ」

 

観客席でも、玉手箱からヤチヨが現れた時点で何をするつもりなのか察した者が増えているらしく、彼女の参戦を期待する声が徐々に大きくなっていく。ヤチヨはそんな空気を気にした様子もなく、輝夜へ視線を戻した。

 

「じゃあ、私が入れば三人だ。せっかくだから一緒に勝ちましょう」

 

「ええ。絶対勝つわ」

 

輝夜が迷いなく頷くと参加者の変更が認められ、会場の巨大な表示から真実の名前が消え、代わって月見ヤチヨの名が加わった。

 

輝夜、いろP、ヤチヨ。

 

対するBlack onyXは、帝、雷、乃依。

 

六人の名前が並んだ瞬間、ヤチヨの緊急参戦に観客席から再び大きな歓声が上がり、配信画面を流れるコメントも一気に速度を増した。

真実を運営側へ預けると、六人の足元へ転送陣が広がった。光が視界を覆い、次の瞬間には城郭と竹林、その間を三本のレーンが貫くSENGOKUの戦場へ景色が切り替わる。

 

トップ、ミドル、ボトムの先にはそれぞれ櫓があり、守りを固める牛鬼の姿も確認できた。さらに奥には両陣営の天守閣がそびえ、そこへ至るまでにどれだけ有利を積み重ねられるかが勝敗を左右する。

実況席の映像も戦場上空へ切り替わり、忠犬オタ公の声が六人のもとまで響いてくる。

 

「役者は揃いました! Black onyX対輝夜いろP、竹取合戦第一ラウンド、いよいよ開幕です!」

 

てゐも三本のレーンを映す戦況表示へ視線を落とした。

 

「黒鬼は三人ともSENGOKUの経験がかなりあるからね。真正面から殴り合うだけじゃ厳しいよ。誰をどこへ置くか、誰が何のために動くか、その辺まで見ておくと面白いんじゃない?」

 

「なるほど! 個人技だけではなく、三人の動きそのものに注目ということですね!」

 

輝夜は巨大なハンマーを下ろしたものの、開始を待ち切れず前へ出ようとはせず、まず自分たちの立っている位置から戦場全体へ視線を巡らせた。彩葉とヤチヨの位置を確かめ、それから反対側に配置されたBlack onyXの三人を見る。その動きを横から見ていた彩葉は、最初に戦場へ出た頃の輝夜なら、開始前から味方の位置まで確かめることなどなかっただろうと思った。

 

「彩葉、私が行きすぎたら言ってね」

 

「……今度は小声だからいいけど、できればいろPって呼んで」

 

先ほどの件がまだ尾を引いている彩葉の返事に、輝夜は少しだけ首を傾げたものの、すぐ素直に頷く。

 

「分かった。いろPが間違ってたら?」

 

「私だって全部正しいとは限らないから、そのときは――」

 

答えようとした彩葉より先に、輝夜の視線が少し離れた場所にいるヤチヨへ向いた。

 

「ヤチヨがいるでしょう?」

 

突然頼られたヤチヨは驚くどころか、楽しそうに笑った。

 

「随分信頼されてるね」

 

「だって強そうだもの。このハンマーだって一番強そうだから選んだけど、本当に強かったわ」

 

自信満々に巨大なハンマーを示す輝夜を見て、ヤチヨは困ったように眉を下げながらも笑いを堪えきれない。

その二人を横目で見ていた彩葉は、見た目も声もまるで違うはずなのに、勝負を前に楽しそうに笑う表情だけが不思議なほど似ていることへ、説明しにくい違和感を覚えた。

 

けれど、その感覚へ意識を向けている余裕はもうない。

反対側では、帝、雷、乃依がすでに配置についている。つい先ほど真実へ柔らかく笑いかけ、彩葉の本名を聞いて面白そうにしていた帝の顔からは、もう軽い雰囲気が消えていた。雷も余計な動きをせず正面を見据え、乃依は短弓へ手を掛けながら、気怠げな表情の奥だけを試合へ切り替えている。

 

Black onyXは、本気で勝ちに来る。

 

それを理解した輝夜も巨大なハンマーを両手で握り直したが、その横顔に怯えた様子はなく、映像の中で何度も研究してきた相手とようやく直接戦えることへの期待が、隠しきれないほど浮かんでいる。

輝夜は帝から目を離さないまま、隣の彩葉へ声をかけた。

 

「絶対勝つわよ」

 

彩葉も一度だけ深く息を吸い大きく頷き、自分の装備を握り直した。

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