あれから村は五度目の夏を過ごしていた。
シトロの会社が厚生省とバチバチにやりあってたり、千歳社長は去年選挙に出馬して普通に国会議員になってたりした。
村も整備から拡張の段階に入って、周囲の使ってない山を買いとったりしている。
村の奥の依織の研究所も増築して立派な怪しい秘密基地みたいになった。
「母様!郵便来ましたよ!」
「おっ、あれかい?」
「ええ、たぶんアレですよ!」
そして私たちはその成果を受け取っていた。
村民全員分のゼノミムスのマイナンバーカードだ。
そう、ゼノミムスの人権議論は国が国民と認める形で落ち着いた。
選挙権はまだ議論中だけど、こればかりはシトロと千歳社長に感謝だね。
「水乃星、ヨル……認められたんですね、私たち」
包みを開けてカードを取り出すとヨルは感慨深そうにそれを眺めていた。
私の分もある。『水乃星らいふ』か……
ちょっと感動しちゃうよね。私たちが家族と認められたみたいで。
「ああ、そうだね……そうだ、お昼にしようか」
「ええ、ちょうどいいでしょう」
私たちは自治会の書類仕事を置いて食堂に向かう。
そういえば自治会の建物もプレハブからコンクリート造りになった。
ちょっとづつだけど私たちも進んでいるんだ。
『お昼のニュースです。ゼノミムスの日本国籍が認められて一か月がたちますが……』
そういえば認められた瞬間にはこのキャスターがうちの村に取材に来てたな。
私は万歳三唱したけど。
まだ何かあるのかな。よもやもう選挙権とか!?まさかね。
とりあえず私たちは山菜そばを注文した。
こういう凝ったものも出せるようになったんだよね……成長を感じるよ。
『成田空港には今世界各地からゼノミムスが来ています!どういう事でしょうか?』
「ハァ!?」
「母様!?」
思わず声がでちゃうよね。もう想像ついてるんだよ!どうせうちに来るんだろ!
『なぜ日本へ?どこから来られました?』
『アメリカです。日本へは亡命に。ここでは少なくとも人間として認められますから』
それは……そう!
日本以外では基本的に動物あつかいだったり、裏社会に生きるしかないから……
なんならインタビューを受けているゼノミムスには家族らしい人間もいるんだよ。
『そちらのご家族もゼノミムスですか?』
『妻は人間です。子供はハーフになりますね』
『なるほど……ではこれからどうなさるおつもりですか?』
『……たなばたの里に行ってみようと思います。私たちゼノミムスによる村に興味があります』
ほら来た!
そんなこったろうと思ったよ!
『ありがとうございます。あれっ、後ろの皆さんももしかして?』
『はい、ありったけの同胞にSNSで声をかけました。集まったのは百人ほどですが……』
なんでそう変な方向に思いきりがいいんだよ!
交渉には人数をそろえたほうが有利だからだ。それはそう!
『あっ!どんどん来ます!すごい数ですよ!百人どころじゃありません!次の便でも来ています!』
ヨルと私は顔を見合わせてしまう。
ヨルがうんざりしながら不安そうな顔を向けてくる。
「母様、どうしましょうね」
私は硬直した真顔のまま、低い声で矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「キャンプセットをありったけ注文しろ。食料もだ。備蓄のも全部出すんだ」
「は、はい!また修羅場ですか!?」
「そうだよ。とりあえずご飯食べよう。こういう時こそちゃんと食べなきゃいけない」
「慣れてきましたね私たちも……」
うれしくない慣れ方だよ。
とりあえず私たちはスマホをポチポチポチポチやって待ち時間の間に必要なものを注文する。
「しかし、とりあえずはこれで良いですが……そのあとはどうしましょうね……」
「無理だね。いきなり百人増えるのは支えきれない……!でも放り出すわけにもいかないしなあ……!」
頭抱えちゃうよ。
そこに食堂の有線放送で中島みゆきの『糸』が流れてきた。
いい歌だよねえ……あっ、思いついた。糸だ。縁の糸だよ!
「これだよ!私たちが今まで紡いだ縁を総動員しよう!」
「夜回りの会やシトロン・グラフテッドに流すしかないですかね……」
「それだけじゃない。舟木さんやユーチューバーの人たちも全部だ!頼れる縁は何でも使うしかない!」
「ユーチューバーもですか!?」
「とにかく人出がいるんだよ!もうこうなったら謝り倒してボランティアでも真壁さんの会社でも何でもだ!」
ヨルはふーっとため息をついて顔を上げた。
「また謝罪行脚ですか……慣れたものですからね!」
「ああ、やろう!」
山菜そばを食べ終えると私たちは自治会館で片っ端から電話をかけた。
「カナメ?ニュース見たかい?」
「そろそろ泣きついてくんじゃねえかなって思ってたよ。まあ最低限ドカタ作業する気あんなら住み込みで二十人はいけるわ」
「ありがとう……!」
「ほかの会社にも話回しとくからよ。まあ見てなって。今度いい飯屋にでも行こうぜ。あんたのおごりでな」
「……もちろんだ。それでお礼になるなら」
「その間はなんなんだよ」
カナメは最後はちょっと苦笑していた。やっぱり頼りになるなあ!
次は夜回りの会だ。
「もしもし神代さんかい?ニュースは見たかな?」
「うちで引き受けろってことかい?家賃だしてくれればまあ十人二十人くらいは面倒見れるよ」
「……ごめん。頼む」
「一個貸しだよ?あと落ち着いたらそっちに行くよ」
「……ありがとう」
「いいよ。あれからこっちも色々あったからね。積もる話もあるってこと」
「ああ、その時は歓迎するよ」
シトロからは向こうから電話してきた。
「なにやら、お困りのようですね?」
「……ああ、だいぶ困っている。難民の詳しいことはまだわからないけど、そっちでやっていけそうな人がいればなんとかしてほしい」
「いいでしょう。数は力ですからね。とはいえ、工場作業員にしか使えないような人材ばかりでも困りますよ」
「……わかった。厳選はするよ」
「ええ、よろしくお願いします。そういえば、そろそろお盆ですね?時期を外して少しそちらにバカンスに行きましょう」
「……わかった。その時は客としてもてなすよ」
「ぜひともそのおつもりでよろしくお願いします」
念のためアイにも声をかける。
山に向かって指笛を鳴らして大声で叫ぶ。
「アイ!いるかい?」
「なあにー」
「外国からたくさん私たちの仲間が来るらしいんだ。少しだけ面倒見てもらえるかい?」
「ええー?アイ英語わかんないよ?またあの手をニギニギするやつする?」
「いや、向こうに日本語を話せるようになってもらうよ」
「ならいいよ!でもこの山はアイが先輩だからね!住むならアイの手下だからね!」
「……それも説明するよ。ちゃんとね」
「やったー!仲間がふえるね!」
相変わらずだなあ……!向こうにもたぶん野生児組はいるかもしれないし。
そうじゃなくても、しばらく難民キャンプになるかもだしね。
トラブルはもう予想されるけど、今のアイなら任せられる……と思いたい。
五年の歳月は無駄じゃないはずだ。
「舟木さん……ちょっと予想とは違いますけど、頼るときが来ました」
「ああ、ニュースは見ましたけん。難民ですよね?こっちの自治会には話通しておきましたけん、あぶれた人を空き家に入れるくらいはやりますわ」
「ありがとうございます……!」
「いやいや、こないだルナちゃんを連れて里帰りさせてくれましたけん、ええんですよ。恵比寿が世話になってますから。こういう時はお互い様ですわ」
「助かります……!」
頼れる大人だなあ……!本当にありがたい……
ユーチューバーたちにも話を通しておく。
「真壁さん、実は今回の難民の事で相談したいことが……」
「いいっすよ!全然ボランティア行きます!炊き出しくらいならしますんで!」
「ありがとうございます……!」
「まあ、今回も動画回してうちの飯屋の宣伝もしますから!ギブアンドテイクですよ!」
さすが話が早い!
「はい~、文月コトハです。らいふさんお久しぶりですねえ!何かできることあります?」
「とりあえずボランティア募集の告知はできそうかな?」
「んん~、事務所に相談してみますね!たぶんオーケー出ると思いますよ!」
「ありがとう……!」
「あっ、あと久世さんがそっちに食べられる野草の本送ったって言ってたのでもうすぐ着くと思いますよ!」
「あの人は相変わらずだねえ……お礼を言っておくよ」
あと頭を下げる人物は……我が社にいたよ!
「道明寺さん……!」
「かまへんよ。こんな時のために金貯めてるんやさかい。パーッと使えばええねん」
「ありがとうございます……!」
「ええんよ。結局きみらで僕らもだいぶ儲けさせてもろたからね。恩返しや」
後で村の口座みたら億入ってたから金持ちは違うよ。
……これが私たちが織りなした縁の布だ。
この布がやがて外の傷ついた同胞たちを温めるだろう。
一人一人という一本の糸が出会うことで布を生み出す。
それが縁の本質なんだろうね。
私は何かとても誇らしい気分になった。
自治会館で難民を待ち受けながら、私の心は不思議に安心していた。
■
そうして、難民をさばききってボランティアも帰った秋ごろ。
なんやかや収まるところに収まった。
アイのところでさえ、森で猟師をやっていたゼノミムスが逆にうまくアイを指導して山の番人になっている。
村の人口もかなり増えたが、なんだかんだで許容範囲内だ。
「ここもだいぶ賑やかな観光地になったねえ!」
「その観光地であなたと出会うのは心外でしたが」
神代アキと高木シトロがキャンプ場のコテージでにらみ合っていた。
そういえば二人とも都会にいるし、顔見知りではあるのか。
「そんなに嫌うことないじゃん。ちょくちょく釘を刺しにいったくらいでしょ?」
「あなたが中止を求めたプロジェクトによる損害は安くはないのですが」
「そりゃ止めるよ。あれはさすがにブッチギリでやばかったもん」
あっ、これは仲裁しないとまずいな。
一応もてなす側としてね?
「まあまあ、二人ともせっかくバカンスに来たんだからさ。嫌なら部屋割りを変えるよ」
「わかったよ。ここではノーサイドで行こうじゃないか」
「……私は元よりそのつもりです」
ええいもう肉だ。バーベキューなんだからどんどん肉を追加していくよ。
この肉に使われてる香辛料も依織が造ったもので、道明寺さんが味の監修をしてるからめちゃくちゃうまいんだよね。
「うん!うまいね!」
「まあまあビールも飲みなよ。聞こうじゃないか、積もる話ってやつを」
神代はキャンピングチェアに座ると珍しく静かに話し出した。
「一応さ、うちの夜回りの会も警察の外郭団体みたいな感じで収まったんだよ」
「それは……おめでとうと言っておくべきかな。ちゃんと予算と立場がついたんだからね」
「まあね……でもさあ、思っちゃうわけ。結局僕たちは少ししか変えられなかった。僕たちが何をしようと世間は勝手に受け入れてて、それなりに回ってたってね」
神代はビール缶をぐっと飲み干す。
「……もう僕らが殴らなくても回るなら、それはそれでいいんだけどさ」
その横顔は少し寂しそうだった。平和になると戦士はまあそうなるよね。
「それは私たちもそうだよ。結局私も君たちもほんの少しの必要悪でしかなかった。でもそれこそが人間社会なんじゃないかな。大それたことはできない、でもちょっとづつ日々を良くしていくしかないんだ」
「でもそれって世間にとって僕たちの活動ってホントに必要だったのかなって考えちゃうよね」
「それは違う。君たちの行いが世間をちょっとよくした結果なんだよ」
「ああ、ちょっとだけね」
自警団ってのも大変なんだなあ……
「そうだね、でもそれは長い目で見れば大きな一歩なんだよ」
「アームストロング船長か」
「ああ。宇宙のロマン。いいだろ。それだって結局は日常に回収されたんだ。私たちもそうさ」
私は大きく息を吸い込んだ。木のにおい、川の香り、生命のざわめき。
これがこの星だ。少なくともその一面だ。
「僕たちのやったことは致命的な破綻を防ぐために水漏れを塞ぐのが精いっぱいで……それはこの村も、なんならシトロのところもそうだったんだろ?」
「ああ。……シトロン社もかい?」
マジで?現在進行形でうちよりもブッチギリでヤバいのに?
「綱渡りの場面があったのは否定しません。ですが、それよりもいかに高度な人材を揃えようとそれだけでは成功できるほど人間社会は単純ではありませんでした」
「だろうね」
シトロは疲れたOLみたいな雰囲気を出してモリモリ肉を食い始めた。
「例えば高度な人材であるがゆえにそれぞれが別の方向性を向いて独立を始めたり」
「そう言えばシトロン社から独立した会社がどうとかあったねえ」
「ええ、他にもこの国の官僚制の強固さは侮れません。規制を盾に天下りを要求したり……それで社内に無駄な人材が増え、その人材が無駄な手続きを増やしたり……」
うわあ、苦労してるなあ。でもまあそれはそうなるだろうよ。
日本の村社会のダークサイドだね。
もちろん、良いところもたくさんあるんだけど。
「我が社はゼノミムスによる優秀さを生かしたイノベーション集団のはずでした。ですが、人間の日常というものはそれすら飲み込んだのです。これは明確に誤算でした。人間の凡庸さは侮れない……水乃星博士は慧眼でしたね」
「あら、呼んだ?」
依織がなんかのついでらしくクーラーボックスを持ちながらシトロに近づく。
「依織。仕事は終わったのかい?」
「ええ、だからシトロン社から預かっていたサンプルを返しに来たのよ」
「さすがは水乃星博士。仕事が早いですね。ええ、確かに」
シトロはさっとクーラーボックスの中のサンプルを確かめてコテージにさっと仕舞って戻ってくる。
「博士、結果はどうでしたか?」
「カリストとエウロパのサンプルは一致したわね。そこから考えるとやはりあなた達の起源はあの彗星よ」
「やはりそうですか」
なんか専門的な話をしてるな……と思ったら神代がそこに首を突っ込んできた。
「なになに、何の話?それってゼノミムスそのものに関わる話じゃないの?」
「ええ、でもまだ発表まではオフレコよ」
「もちろん!言いふらす気はないさ」
「なら言うけど、五年前に地球を通過した彗星あったわよね。あなたたちの起源はたぶんそこよ。というかあの星自体が巨大なゼノミムスね。あなたたちは銀河を長い時間をかけて回りながらそこらじゅうの星に散っていく存在なのよ」
あー、だからたぶんあのカリストとエウロパのサンプルってそういうことか。
チラッと見せてもらったけどなんか菌糸みたいなのに妙に共鳴がして変だと思ったよ。
そうかあ……違う星に落ちればそんなこともあるか。
「彗星が母星だったってこと……じゃないよね?」
神代が確かめるように尋ねる。
「違うわ。あれも旅をしているだけ。しいてあなた達の故郷を挙げるなら、この宇宙そのものになるんじゃないかしら」
それを聞いて私の心は不思議に凪いでいた。
「じゃあ、私の故郷はここでもいいんだね」
「ええ、地球もまた宇宙の一部ですもの」
「そっか……」
ふと、私はコテージに置かれた睡蓮鉢を見た。
小奇麗に飾った火鉢をメダカの水槽に活用するやつだ。
これも古民家の蔵から出てきたガラクタの再利用だ。
メダカと金魚は涼しそうに睡蓮鉢の中を泳いでいる。
この村もまた依織の睡蓮鉢の一つなんだろう。あるいは、地球そのものが。
この鉢でたゆたうように生きていくのも、きっと悪くない。
「……あの星にも、きっと誰かがいるんだろうね」
「……ええ、そうでしょうね」
私たちは、そうやってしばらく夜空を見上げていた。
神代も、シトロも同じように皆が少しのあいだ星を見ていた。
こうして今年の夏も終わっていく。
きっと来年も、その次も……何事もなかったかのように七夕は巡るのだろう。
「エイリアンは睡蓮鉢でたゆたう」 完