(同時期/馬剃視点)
十二月三十一日、朝九時、実家の自室。
スマートフォンが鳴って、画面に彼の名前が出た瞬間、心臓が、どきん、と跳ねた。
大晦日の朝に、電話。
用件の候補を三つ考える前に、指が勝手に出ていた。
「はい、馬剃です」
用件は、候補のどれでもなかった。
「付き合ってほしい場所があるんだ。……同僚として、じゃなくて」
同僚として、じゃなくて。
「高校の、友達として」
友達。
その言葉を、この人の口から聞くのは、人生で二回目である。
一回目は、十六年前。向山大池の、橋の上。
告白したのは、私だった。
「温水さん、好きです。私とつきあってくれませんか」
言い切った三秒後、困り果てた彼の顔を見て、いっぱいいっぱいになった私は、自分から手を差し出したのだ。
「まずは、友達から始めませんか」
友達から、と申請したのは、私である。
気楽に話したり、出かけたり、そういうことから始めて、いつか好きになってもらえたら、と。
申請は、受理された。
受理されたまま、審査結果が出る前に、彼は東京へ消えた。
その「友達」を、十六年後の電話で、彼はいま、使った。
覚えている、ということである。
あの橋の上の申請書の文言を、この人は、十六年、破棄していなかった。
胸の真ん中が、かっと熱くなって、受話器を持つ手に、力が入った。
入った力を悟られないように、私は確認の様式に逃げた。
「同僚としてと、友達としてで、何が変わりますか」
「断りやすさ、かな。仕事じゃないから、断っていい」
断っていい、と先に言う人である。
断るわけがないのに。
「では、友達として、行きます」
「行き先を聞く前に決めるんだ」
「友達は、そういうものだと聞いています」
聞いた相手は、十六年前の、橋の上の私である。
友達から始めれば、気楽に出かけられるはずだと、あの日の私が、言っていた。
十六年越しに、あの日の私の申請が、初めて本来の運用をされようとしていた。
それから彼は、事情を話した。
文芸部で一緒だった、小鞠知花さんのこと。
小鞠知花。
その名前を聞いた瞬間、私の胸の古い場所で、錆びた釘が、ぎしりと鳴った。
忘れたことはない。
二学期の部長会。
緊張で原稿を床にばらまいて、立ち尽くしていた文芸部の新部長に、進行席の私は言ったのだ。
「報告がないようなら座ってください」
「すいませんが時間が押しています」
切り捨てた。
三秒で、切り捨てた。
時間に追われていた、という言い訳を、私は十六年、自分に許していない。
あの三秒の冷たさは、若さでも余裕のなさでもなく、私の未熟だった。
そして、もう一つの記憶がある。
彼が知らない記憶である。
こども未来館で、小鞠さんの妹の陽奈ちゃんが、迷子になった日のこと。
パニックでスマートフォンを落とした小鞠さんが、私を見て、怯えて、それでも「手伝ってください」と言った日のこと。
私は施設中を走った。
息が切れるまで走って、絵本コーナーで眠っている小さな子を見つけて、二人でへたり込んだ。
へたり込んだ床の上で、私は、ずっと言えなかったことを言った。
「去年の部長会、覚えてらっしゃいますか。あのときのこと、ずっと謝りたかったんです」
頭を下げた私に、小鞠さんは、パタパタと手を振った。
「あ、あれは、わ、私が、ま、周りが見えてなくて。だ、だから、ば、馬剃さんは、わ、悪くない」
悪くない、と言われた。
言われて、借りが消えたことに、私はしていない。
三秒の冷たさと、一時間の捜索は、等価ではないからである。
帰り際、私は調子に乗って、手を差し出した。
「今度、文芸部の部室に伺わせてください。一緒にお話をしませんか」
「そ、それは、やめとく」
即答で、振られた。
振られたのに、あの日の帰り道は、不思議とすがすがしかった。
あの人は、怯えながら、自分の線を引ける人だった。
引かれた線の手前で、私はまた振られちゃいましたね、と一人で呟いて、笑ったのだった。
その小鞠さんに、彼は十六年ぶりに会いに行くという。
迷子事件のことは、言わなかった。
昔の話は、本人の許可なく開示しない。
それに、あれは私と小鞠さんの物語で、彼の詫びの旅に、先に色をつけるべきではなかった。
一人じゃ来られなかった、と彼は言った。
その一言を、私は、たぶんずっと、待っていた。
高校のときも、この九か月も、頼るのはいつも私だった。
赤点の秘密も、選挙の推薦人も、仕事の一つ一つも、差し出す手は、いつも向こうからだった。
その人が、初めて、私に手を出した。
一人では無理だから、と。
「……頼られました」
電話を切った部屋で、私は誰にともなく、声に出して報告した。
報告する相手は、いなかった。
いなかったので、もう一度言った。
「頼られましたので」
二回言うと、事実の輪郭が濃くなる。
濃くなった事実を胸に、私は、クローゼットの前で三十分、研究をした。
同僚の服と、友達の服は、何が違うのか。
研究の結論は、結局いつものコートだったが、マフラーは赤にした。
いつも赤だが、今日は、選んで赤にした。
選んだ、という事実だけが、研究の成果である。
鏡の前で、赤いマフラーを巻きながら、ふと、口から出た。
「……友達、ですか」
自分の声が、部屋に落ちた。
「友達から始めましょうと申請したのは、私ですけれど。……十六年と九か月は、『まずは』の範囲内でしょうか」
鏡の中の私は、答えなかった。
答えないので、私が代わりに認定した。
「……範囲外だと思いますっ」
認定しても、現状は変わらない。
変わらないが、言わないでいると、胸の中の在庫が増える一方なのである。
最近、この在庫の棚が、少しずつ、手狭になってきている。
それから、鞄に缶コーヒーを二本、入れた。
一本は彼が引き返しそうになったとき用。
もう一本は、私の手が震えたとき用である。
二本目の用途は、言っていない。
荷造りの話も、白状しておく。
帰省の鞄に、私は久遠うさぎ先生の文庫を三冊、入れてきていた。
旅の供、と彼には言った。
正確には、供ではなく、電源である。
久遠うさぎ先生の本と出会ったのは、省にいたころ、日付の変わった帰り道の書店だった。
平積みの表紙と目が合って、一冊買って、始発までに読み終えた。
読み終えた朝、私は生きて出勤した。
省の最後の年は、タクシーで帰る夜と、帰らない夜の二種類しかなかった。
辞令が出た夜も、私は一章、読んだ。
読んだ章の中で、登場人物が、逃げることを「移動」と言い張っていた。
私の転職を「移動」と言い張る勇気は、あの一章にもらったのである。
大げさに聞こえるだろうが、あのころの私の消耗の仕方を知っているのは、私だけである。
以来、あの人の本は、私の非常用電源だった。
枯れそうな夜に一章読むと、翌朝が来た。
だから三冊は、帰省という消耗戦への、正規の装備である。
ペンを三本入れたのも、荷造りのときである。
作家に会う予定など、なかった。
なかったが、ファンというものは、会う予定を人生に常備しておくものなのである。
喫茶店で、小鞠さんは、彼を見て「うなっ」と鳴いて、それから私を見た。
見た瞬間、小さな体が、テーブルの下に三センチ沈んだ。
ずきり、と胸が痛んだ。
十六年前の私の三秒が、まだ、あの人の反射の中に住んでいる。
和解しても、反射は消えない。
消えないものを作ったのは、私である。
だから私は、三十度ではない礼をした。
腰から、深く。
「そ、その節は、お、お世話になりました」
「こちらこそ。その節は」
その節の中身を、隣の彼は知らない。
知らないまま「どの節だ」という顔をしていたが、これは私と小鞠さんの節である。
開示予定は、当面、ない。
それから小鞠さんは、私たちを見比べて、聞いた。
「……で、しんちょく、どこまで?」
しんちょく。
進捗。
その語の攻撃力を、私は本日、初めて知った。
どこまで、と聞かれて、答えられる項目が、私の帳簿には存在しない。
存在しないことが、いちばんの答えである気もしたが、認定はしなかった。
彼が「進捗って言うな」と流してくれたので、私は水を一口飲んで、心拍を三つ数えた。
筆名を、彼が口にした。
「筆名、まだ『久遠うさぎ』なんだよね。なろうのころの」
世界が、がこん、と音を立てて、組み変わった。
久遠うさぎ。
私の非常用電源。
枯れそうな夜を何度も充電してくれた、あの文章の書き手が――
十六年前に私が三秒で切り捨てた、あの声の主だった。
気づいたときには、立っていた。
立とうと思って立ったのではない。膝が、勝手に椅子を押していた。
「久遠うさぎ先生っ!?」
声量の制御は、その日はもう、戻ってこなかった。
二冊ずつ買っている話も、旅の供三冊も、そらんじている一行も、全部その場で白状した。
そらんじた一行を作家本人の前で暗唱するという事故については、夜の反省会を予約した。
予約したが、撤回はしない。
事実なので。
白状しながら、胸の中では、別の音が鳴り続けていた。
あの深夜の書店で私を拾い上げた文章は、部長会で私が切り捨てた人が、書いたものだった。
私が三秒で見捨てた人に、私は十六年、何度も救われていた。
帳簿が、音を立てて崩れて、組み直された。
組み直した結果、借りの残高は、増えた。
「ぬ、温水は。じゅ、十六年ぶん、よ、読んだ?」
その質問が来たとき、私は息を殺した。
「読んでない」
彼は、正直に言った。
「開くと、書き続けてる小鞠が見つかって、読み続けなかった俺が、確定するから」
確定するから、開かない。
数えると負けるから、数えない。
同じ構造の逃げ方を、私は知っている。
知っているので、隣で、何も言わなかった。
言わない代わりに、テーブルの下で、鞄の中の二本目の缶を、握った。
私の手用の、二本目である。
震えは、握るだけで、止まった。
渡す出番は、最後まで来なかった。装備とは、そういうものである。
あなたの分の読書は、私が十六年、先にしておきました。
そう言いたいのを、握った拳で止めた。
今この席の主役は、二人であって、私ではない。
「や、約束、わ、私は守ったから。か、書き続けた」
小鞠さんの声に、目頭が熱くなった。
「し、信用は、し、してなかった」
「で、でも、し、信じてた。じゅ、十六年」
信用してないけど、信じてる。
十六年もつ言葉を、この二人は、高校の部室で作っていたのである。
作った言葉の強度に、部外者の私の目の防波堤が、先に決壊しかけた。
決壊は、コーヒーを一口飲んで、ごまかした。
途中、小鞠さんが彼に「ご、五回くらい、し、死ね」と言った。
言われた彼は、笑っていた。
五回の死を笑って受け取る横顔に、私の知らない部室の空気が、一瞬だけ見えた。
十六年前の、二人の空気である。
……少しだけ、いいなと思った。
思ったことは、帳簿に載せない。載せない頁が、また増えた。
読書会の提案をしたのは、勢いではない。
「小鞠さん。……文芸部には、私も、忘れられない借りが一つあります」
「か、返してもらった。む、昔」
「いいえ。まだです」
まだ、である。
三秒と一時間は、等価ではない。
それに今日、残高は増えた。
十六年分の充電の代金を、私はまだ一円も払っていない。
一括で返せる額ではないので、長期の分割にする。
読書会は、その返済計画の第一回である。
返済計画に楽しみという利子がつくのは、会計として例外的だが、この帳簿は例外が多いので、もう慣れた。
精文館で、サインをいただいた。
ペン三本の常備が、人生で初めて実戦投入された。
「お、お名前は」
「馬剃天愛星です」
「て、てぃあら……」
小鞠さんは、ペンを止めて、少しだけ私を見た。
「……い、いい名前。ひ、響きが、つ、強くて、や、やさしい」
どきん、と心臓が鳴った。
この名前を、いい名前だと言われた回数を、私は片手で数えられる。
数えられる回数の最新の一回が、いま、私の非常用電源の作者から来た。
返事は「……っ、あ、ありがとうございます」になった。
様式が、音を立てて崩れた返事だった。
崩れた様式のまま、書いてもらっている三十秒、心臓は、どっどっと走り続けていた。
受け取った本は、両手で持った。
家宝の持ち方は、缶コーヒーの持ち方と、同じでいいはずである。
帰り道、彼が言った。
「今日は、ありがとう。友達枠」
友達枠。
朝の電話の二文字が、夜にもう一度、正式名称になって返ってきた。
「本日の私は、同僚でしたか、友達でしたか」
確認したのは、様式のためではない。
もう一度、耳で聞きたかっただけである。
「友達。全面的に」
全面的、まで付いた。
胸が、ぽっとあたたかくなって、その奥で、小さく別の音がした。
全面的に友達、ということは、全面的に、まだ友達、ということでもある。
手帳を出したのは、耳が熱くなったのを隠すためで、書いた一行は、こうである。
『十二月三十一日。友達(全面的)。』
括弧の中身まで書くのは、記録として過剰だが、過剰でない書き方が、見つからなかった。
その下に、もう一行、書きかけた。
『※いつまで』
三文字で、手が止まって、消した。
消した跡は、頁に残った。
跡が残るのが、手帳というものである。
夜、手帳に新しい頁を立てた。
見出しは『返済計画』である。
第一回、読書会。日程三案、一月五日までに送付。
第二回以降、未定。未定のまま、長く続くこと。
計画に「長く続くこと」と書くのは様式違反だが、この頁は、様式より願いを優先することにした。
除夜の鐘が鳴りはじめたころ、私は布団の中で、一冊目を再読していた。
『傘は、二人には小さかった』
その行で、今日の喫茶店の光景を思い出した。
この町のどこかで、いま、あの人が同じ本の一頁目をめくっている。
作者も、この町のどこかの屋根の下にいる。
十六年遅れの読者と、十六年書き続けた作者と、十六年分先に読んでいた私が、同じ鐘の音の下にいる。
そう思ったら、年越しの読書が、いつもより、少しだけあたたかかった。
本を閉じて、電気を消す前に、窓の外の鐘の音に、一つだけ聞いてみた。
「……来年こそ、と言っていい案件でしょうか」
鐘は、答えなかった。
答えない代わりに、百八つ鳴るらしい。煩悩の数だけ。
私の煩悩の第一位は、十六年、更新されていない。
非常用電源は、今夜は、非常用ではなかった。
ただの、いい本だった。