銀貨三十枚貸したら少女になって返ってきた   作:マフ30

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■銀色の出会い①

 

 朝露もまだ乾かない早い時間にジャベルは猟に出た。

 春日和の空は雲一つなく、散策日和といった風だが木々が生い茂る山中を進む彼の表情は険しい。

 

 森は危険に溢れている。 

 獣はもちろん、人間を積極的に襲おうとする魔物も多く生息している。

 ここは彼らの領域。元来、人間が大きな顔をして出歩いて良い場所ではない。

 

 腰に大小のナイフを帯びたジャベルは自作の竹槍で藪を払いながら注意深く獣道を進んでいると何かが落ち着きなく動いているような物音が徐々に大きく聞こえてくる。

 

「……よし。当たりだ」

 

 目的地に到着して、良い報せが待っていたジャベルは噛み締めるように呟いた。

 視線の先には彼が仕掛けておいた竹と鋼線を材料に手作りしたくくり罠に掛かった大きな猪が逃れようとじたばたと動き回っていた。

 

赤猪(レッドボア)か。久しぶりの大物だな」

 

 山林の中でもしっかりと根を張った大樹にくくり罠で繋がれた猪は泥や砂で汚れていて分かり辛いがその体毛が赤いのが確認できる。赤猪はカテドラル地方特有の動物で雑食だが好んで蜜をつくる花などの植物を食べる影響か肉に甘みにも似た深い旨味があるという。

 ジャベルは落ち着いた様子でまだ生きている獲物をよく観察していた。赤猪は既にジャベルの姿に気付いており、鼻息荒く彼のことを睨んでいる。

 罠で動ける範囲は制限されているとは言え、裏を返せば仕留めるために迂闊に近づけば返り討ちに遭う可能性は大いにある。

 

「何様のつもりだとは思うがね……もしもその牙を俺に突き立てられたなら、その罠を死ぬ前に解いてお前さんを自由にすると誓おう」

 

 人間の言葉を獣が理解するはずがないと知りながら、ジャベルはあえて赤猪に聞こえるように大きな声で宣言するとゆっくりと竹槍を構えた。

 そして、じりじりと自ら赤猪との距離を詰めていく。

 一歩、また一歩と睨み合う視線を決して外すことなく近づき続けると赤猪が恐ろしい鳴き声を上げて飛び掛かった。獣の間合いにジャベルは踏み込んでいたのだ。

 瞬間、力と力が衝突する大きな音が山中に轟いた。

 

「良い踏み込みだったぞ。だけど、俺を殺すにはまだ遅い」

 

 目にも止まらぬ早業だった。

 赤猪が飛び掛かろうとするより早く、ジャベルの竹槍が突き放たれていた。

 赤猪の前足が地面を離れるよりも前に繰り出された槍の一刺しは獲物の右目から脳までを一気に貫いていた。

 

「感謝する。その命、丁重にもらい受けた。ありがとう」

 

 一呼吸して残心を終えるとジャベルは仕留めた赤猪に黙祷を行う。

 命を奪った獣への感謝と弔いの念を忘れてはならない。

 町の先輩猟師から技術や知識以上に何度も言い聞かされた大切な理念だ。

 

「しかし、改めて見ると相当デカい猪だな。荷車でも用意しておくんだった。町まで担いでいる道中にお仲間に誤射でもされたら笑い話にもならねえし、早いところ山を下りるとするかね」

 

 早々にこの日の猟を終えることになってしまったことに一抹の寂しさを覚えながら、ジャベルは狩った猪の血抜きなどの処理を手早く済ませるとホクホクの成果に笑みを浮かべて山を後にした。

 

 

 

 

 グレイルの街はアルアイン王国に属する田舎町だ。

 王国が誇る名物や特産品があるわけではないが港町から王都へと続く街道沿いに位置するため、大きな宿場町ほどではないが人や物の行き来も活発でそれなりに栄えている。

 

 『飯屋のフランキー』は町の入り口近くにある大衆食堂だ。

 営業時間は午前十時から午後八時ぐらいまで。

 日が暮れた頃からは酒場も兼ねて営まれている。昼間は酒を出すことはない。

 メニューこそ少ないが安くて量があり、味もまずまず美味いと言うことで働き盛りの男性を中心に多くの人が足を運ぶ。

 店の厨房では店主のランフランコが開店を前に具だくさんのスープや注文を受けてからすぐに提供できる煮込み料理を作っていた。

 

「お父さーん! 厳つい山の妖精さんが遊びにきたよ!」

「やあ、大将。若い赤猪が獲れたんだが買ってもらえるかい?」

 

 禿頭で熊のように恰幅の良い店主が太い腕で大きな深型鍋をかき混ぜていると今年で十五になる彼の娘がジャベルを伴って裏口から呼びかけた。

 

「よお、ジャベル! ほお、デカいな! 立派なもんだ」

「放血と内臓は抜き取ってある」

「……目玉から脳天まで一突きってか? 相変わらず無茶な狩り方してんな。弓使えよ」

 

 ジャベルが担いでいる赤猪の右目がぽっかりと抉れているのを見て、ランフランコは彼がどうやってこの獣を仕留めたのか凡そ理解するとわざわざ命を危険にさらす方法にもう何度もしている苦言を呈する。

 

「弓はどうもな。矢を無駄撃ちしたらどうしようとか余計なことばかり考えるせいであんまり上達しないんだ」

 

 などと、ジャベルは半分おどけて答えるがランフランコは彼が何故、罠に嵌めた獣を真っ向勝負のような形で仕留めるのかの真相を知っていた。

 彼から直接獣肉を仕入れるようになってすぐの頃にジャベルは「命をいただく以上、こちらも僅かでも命を懸ける意思を見せるべき」そんなことを話していた。付け加えて「手前勝手な驕りだろうがね」とも。

 

「で、どうする? いらないんなら、俺の胃袋にいくだけだ」

「買わせてもらうよ。いくらだ?」

「いまなら解体までして銀貨一枚と銅貨十枚ぐらいでどうだ?」

「せめて銀貨二枚は払わせろ。納屋を使ってくれ。いま湯を持ってくるよ」

 

 商談は成立。

 ランフランコに許可を得たジャベルは暖かくなった懐に笑みを浮かべて『飯屋のフランキー』の裏にある納屋へと向かう。

 小奇麗に手入れされている納屋の梁にジャベルが赤猪を吊るし上げていると熱湯が入った桶を持ったランフランコがやって来た。

 片手を上げて礼を言うとジャベルは湯気が立つ桶に解体用の刃物数本を入れていく。熱湯消毒の為だ。

 

「ウチは助かるが狩りで獲れたもんをあんまり安く売るもんじゃねえぞ」

「大事なお得意さまに日頃の感謝ってやつだ。気にするなって」

「相場があるだろ。度が過ぎると年寄りの猟師たちや肉屋の連中に睨まれるぞ?」

「ランフランコが黙っていればバレない。とはいえ忠告感謝する……以後、気を付けるよ」

 

 本当に注意する気があるのか定かではない声色でジャベルは猪肉の買い取り代金である二枚の銀貨を受け取ると懐にしまう。

 アルアイン王国では三種類の硬貨とチケットと呼ばれる二枚の紙幣から成る通貨制度を採用している。

 銅貨三十枚で銀貨一枚と等価。

 銀貨五十枚で金貨一枚と等価。

 銀貨百枚でシルバーチケット一枚と等価。

 金貨百枚でゴールドチケット一枚と等価。

 

 こういった具合だ。

 王国の調べでは国内の庶民の一カ月の平均的な稼ぎは銀貨十枚から十五枚ほどだと言う。

 また余談ではあるがチケットに関してはまだ流通率は低く、王都やいくつかの大きな都市でしかまだ普及していないらしく、馴染みのない住民も少なくない。

 

「にしてもジャベルよぉ。お前、猟師としての腕は良いのになんでちゃんと肉屋や商店に卸そうとしないんだ?」

「毎回ちゃんと肉になる獣が獲れるわけじゃないからな。俺はのんきにやりたいのさ。

「下世話な話だがそっちの方が小言の多い年寄りたちへの覚えも良いぞ」

「この町に流れ着いてもう三年かな? 一応、住人の一人として勘定に入れてもらえるぐらいに扱ってもらえるなら十分だ」

 

 十分な消毒が出来たと判断したジャベルは熱湯に浸けていたナイフを一本手に取ると赤猪の皮を剥いでいく。

 手首と足首をぐるりと一周、正中線と四肢の中心に一筋ずつの切れ込みを入れてから皮下の脂を削ぎ過ぎないよう気を付けながら少しずつ剥いでいくのだ。

 ジャベルは素早く迷いなく吊るした赤猪に刃を入れてこれらの作業をこなしていく。

 

「ランフランコ」

「なんだ?」

「受け入れてくれて、ありがとう。初対面で柄の悪い傭兵上がりなんぞが獲った獣肉を二つ返事で買い取ってくれたのはあんたが初めてだった」

「まあ、なんだ……俺も親父と喧嘩別れして生まれ故郷を飛び出したクチだもんでなあ。ただの気まぐれだよ」

 

 ランフランコは照れ臭そうに答えると世間話を切り上げて娘に任せている厨房へと戻るようだ。

 

「にしても、お前は相変わらず竹の匂いが染みついてるなぁ。笹くせえぞ」

「ハハ。なんだそりゃあ? 竹は便利だ。家具にも罠にも武器にも使えるからな」

「血生臭いよりましだけど、ウチへ来たってすぐに分かったぞ?」

「そんなにぃ?」

「食い物ないときに竹やら笹を齧っちゃいねえだろうな?」

「……笹を煮出した茶は飲んでる」

 

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