「待たせたな。終わったぞー」
「ありがとよジャベル! 相変わらず早いな!」
「若い猪だったからな。皮を剝ぐ工程がかなり楽だったよ」
開店時間となり一人、また一人とお客がやって来てにわかに忙しくなってきた『飯屋のフランキー』の厨房内に赤猪の解体を終えたジャベルが顔を出した。
肩ロースやバラ肉、もも肉と部位ごとに切り分けて竹の皮で包んだ猪肉をジャベルは厨房に置かれた魔法陣が刻まれた金属製の大きな箱の中に収めていく。
「にしても便利なもんだな魔法道具。アイスボックスだったっけ?」
「チルボックスだ。大枚をはたいて買っただけはある。こいつのおかげで大助かりさ」
魔法道具とはその名の通り、器物に特殊な魔法の術式を刻み込んで様々な効果を発動する道具のことだ。
例えばこの店に置かれているチルボックスならば箱内に冷気を発生させて食品の長期保存や鮮度の維持を可能にすることができる。
「賄いご馳走さん! いつも悪いな。美味かったよ」
沢山の竹皮の包みと一緒にジャベルは解体作業の合間に食べ終えた『飯屋のフランキー』自慢のくず肉と根菜の煮込みがたっぷり盛られていた木製の深皿を流し台に入れた。
「構うもんか。獣の解体なんざ自分でやったら半日以上は掛かっちまう。こっちこそサービスと思ってくれ」
「次はちゃんと客として来るよ。その時まで俺が獲った猪肉が残ってるもんかな?」
「そいつは難しいな。昨日からどこかの隊商が来ているから一週間は町中が活気づくだろう。どの店も忙しくなるぞ、当然俺の店もな!」
「ああ、朝から人通りが多いと思ったら……」
「大通りの雑貨屋。ほれ、一昨年から倅が店主を継いだあの店、えーっと……」
「『小世界』のことか?」
「そうだ、そうだ! 昨日、夜に来た客たちが話していたがやり手の二代目が今回も隊商たちからアレコレ珍しいものを上手く仕入れたらしくて慌ただしく賑わってるそうだぞ」
ジャベルはランフランコの話を聞きながら、最後にスープ用の猪の骨を纏めた竹皮の包みをチルボックスにしまうと改めて魔法の粋であるひんやりとした金属の箱をまじまじと見つめた。
「……世の中分からないもんだ。ちょっと前まで魔王相手に戦争だって騒いでいたのにほんの五年で平和で暇になった魔法使いたちがこういう便利な道具を発明するんだ」
「夏場は特に重宝する。どんなに良い肉や魚を仕入れても燻製や干しておかないとすぐに痛んで捨てなきゃならんかったからなあ」
チルボックスの蓋を軽くポンポンと叩き、ジャベルはしみじみとひとりごちる。
いまでこそ平和なアルアイン王国もかつては諸国と同じように魔王の脅威に晒されていた。勇者と呼ばれる者とその一行が魔王討伐を果たして大きな戦乱の世を終わらせたのが五年前になる。ジャベルも傭兵時代に嫌と言うほど魔族や彼らが使役する魔物を相手に戦ったものだ。
「羨ましいぜ。俺のとこにも一台あれば獲れた肉の保管が楽になるしあんたの店に卸す時に最初から解体した状態で持って行けるんだがね」
「だっははは! 猪を四十頭も捕まえて俺の店で売れば買えるぞ」
「それをするなら猟師を辞めて猪の畜産屋にでも転職した方が早いんじゃねえか?」
「違いねえな!」
ジャベルがふと店内の壁掛け時計に目をやると解体を始めて二時間強が経っていた。
多くの人間にとっての昼飯時であり、ランフランコにとっては稼ぎ時だ。
何時までも世間話に付き合わせては悪いと帰ろうとした時だった。
「俺の店で置いているのより、もっと小さいのなら確か銀貨三十枚ぐらいで買えたと思うぞ? 大人が背負えるぐらいの大きさのやつだ」
「へえ……あ!」
「どうした?」
「俺、それなら買えるわ」
何気なしのランフランコの呟きにジャベルはあることを思い出して足を止めた。
銀貨三十枚でも庶民にとっては大金だが彼にはちょっとしたアテがあった。
「良いことを教えてくれたな。ありがとよランフランコ」
「おう、そりゃあ良かった」
「じゃあ、またな。嫁さんと娘さんにもよろしく言っといてくれ。また飯食いにくるよ」
「なあ、ジャベル!」
上機嫌で立ち去ろうとしたジャベルをランフランコは慌てて呼び止めた。
「そのだ……たまには夜にも来いよ。夜道じゃお前ん
「あー、まあ、気持ちは嬉しいが遠慮しておくよ」
ランフランコの誘いにジャベルはそれまでの気安い態度が嘘のように歯切れの悪い様子で首を横に振る。
「酒が入ると俺ってばかなり下品になるんでね。折角積み上げてきた信頼や好感度を台無しにしたら大変だ。特に奥方やあんたの子とは思えないほど別嬪な娘さんには幻滅されたくない」
「あのな。ウチに来る客の連中がどんなのかなんて知ってんだろ? ちっとばかしのくだらねえ下ネタぐらい娘も女房も馴れっこだ」
「かもな。すまない、急用が出来たんだ。もう行くわ。毎度ご贔屓に、どうも」
やや話の流れを強引に打ち切って、ジャベルは『飯屋のフランキー』と後にした。
ランフランコは釈然としない表情でその背中を見送っていたが本格的に忙しくなってきた店を捌くのに意識を切り替えて仕事に集中することにした。
流れ者の先輩だから感じ取れたのだろう。
ランフランコはジャベルがまだこの町に馴染み切れてないことを、もしくは一線を引いて深く他人と交流することを避けているのに気付いていた。
※
『小世界』は大通りの一角にある雑貨店の一つだ。
日用品の販売はもちろん、定期的に街を訪れる隊商たちから大小を問わず珍しい家具や工芸品、香辛料などを幅広く手に入れて、隊商から直接買い物をすることが困難な人たちでも好奇心を刺激する異国の品々を購入することが出来るという理由で近隣ではそれなりに名の知れた有名店だ。
この日も珍しい輸入品を求めて街の住人はおろか周囲の小さな村の人間たちなどが入れ代わり立ち代わりに『小世界』に来店して店は大忙しだった。
ジャベルが店にやって来たのは客入りが一端落ち着いて、若き店主のフェルナンドが小休止を入れようとしたタイミングだった。
「フェルナンドーいるかー?」
「あれぇ? ジャベルちゃんじゃんか! 珍しいねえ! どうしたん?」
茶色の短髪と緑色の瞳を持つ、飄々とした青年は軽薄そうなにこやかな笑顔でジャベルを出迎えた。彼がこの店の若き店主であるフェルナンデス。
若干二十八歳で先代である父親から受け継いだ店を切り盛りしている、なかなかやり手の商人だ。
「まあな。聞いたぞ、最近繁盛しているんだってな」
「いやいやいやぁ! 繁盛だなんて烏滸がましいよぉ! 隊商のおこぼれをもらってるだけだってえ! ジャベルちゃんこそ、本業の猟師はもちろん農家や旅人を襲う魔物退治で大活躍だって聞いてるよ! 流石は傭兵上がり!」
まるで井戸端会議で盛り上がる主婦のような挙動で言葉だけでも謙遜するフェルナンドだが実際は家業が儲かって仕方ないのが丸分かりなほどにだらしなく頬を緩ませた顔をしている。
「俺はお前みたく口が回るわけじゃないから単刀直入に言うぞ?」
「なになに? 何でも言ってよぉ! 欲しいものでもあるなら僕が取り寄せてあげちゃうよー」
「そろそろ貸した金返せ。銀貨三十枚」