もし、コンビ解消した真城に相田班長がちょっとだけ早く接触して『原作:蒼樹紅』の作画をすることになったら   作:蒼樹組

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真城(ましろ)と申しますが、WJ(ウィークリージャンプ)の相田さんいたらお願いします」

 

 電話口から流れる保留音に息を呑む。

 

『真城くん? 作画の話、考えてくれた?』

「はい」

 

  ◇  ◇  ◇

 

 時は少しさかのぼって、9月2日の昼過ぎ。

 僕、真城(ましろ)最高(もりたか)は集英社にいた。

 理由は、締め切りを守れなかった原作担当のシュージンとコンビを解散し、これからは自分一人で漫画家を目指すことを編集の服部(はっとり)さんに伝えるため。

 

 だったんだけど、服部さんがトイレに行くと席を立った時、入れ違いで相田さんという編集部の人が入ってきて、僕に作画担当を持ちかけてきた。

 

 見せてもらったのはストーリーキングというジャンプ公募で準キングを取ったというネーム。

 まあ、トイレから帰ってきた服部さんが「中途半端な気持ちで受けるものじゃない」と割って入ったから、読めたのは最初の数ページだけだったけど。

 だけど、僕の中の焦燥は苛烈を増していた。

 福田慎太だけじゃない。

 みんな、僕よりもずっと面白い話を作れている。

 

(いつだ? いつになったら、僕は一人で話を書けるようになる?)

 

 僕の漫画がアニメになって、そのヒロインを亜豆が演じるという約束。その果てにある、結婚。

 足踏みなんてしてる暇ない。一秒も無駄にできない。

 

 作画の話は僕にとってチャンスだ。

 話作りに苦戦しているんだから、前のめりに受けるべきだったんだ。

 でも、迷ってしまった。

 

 ――僕が絵を描いて、こいつが原作。

 

 亜豆と約束した日、隣にはシュージンがいた。

 あの日の亜豆のキラキラした目と笑顔がもう一度見たい。

 でも、高木以外と組んで、二人の夢が叶ったとして。

 亜豆はそれでも、あの日のようなキラキラした目を見せてくれるのか?

 

『亜豆さんは、僕が高木以外と組んで漫画家を目指すことをどう思いますか』

 

 光る液晶が映す文字列に嫌気がさす。

 

「聞けるかよ、こんな情けないこと」

 

 文面を削除し、ため息を吐いた。

 

 問題はそれだけじゃない。

 相田さんの話に乗って作画をするとしたら、担当は服部さんじゃなく相田さん。

 持ち込み当時から親身になってくれて、赤マルジャンプでエイジと競わせてくれた服部さんには感謝してもしきれない。

 いくら夢のためと言っても、乗り換えるなんて不義理じゃないだろうか。

 

「ダメだ。やらない言い訳ばかり考えてる」

 

 ぎゅっと口を一文字に結ぶ。

 

 違う。そうじゃない。

 本気で夢を追いかけるなら、ぶすぶすとくすぶってる暇なんて無いはずなんだ。

 

 ガラケーを取り出す。

 叩くのは集英社の受付の番号。

 

真城(ましろ)と申しますが、WJ(ウィークリージャンプ)の相田さんいたらお願いします」

 

 電話口から流れる保留音に息を呑む。

 

『真城くん? 作画の話、考えてくれた?』

「はい――僕に、作画をやらせてください」

 

  ◇  ◇  ◇

 

 で、編集の相田さん、原作の蒼樹(あおき)さんと打ち合わせすることになって、再び集英社へ。

 

「ひょっとして、真城さんですか?」

 

 ロビーに入って受付をしようと思ったところで、ミディアムボブの女性に声を掛けられた。

 編集部の人? いや、見覚えは無いような……。

 

「はい。えっと、どこかでお会いしましたっけ」

「『hideout(ハイドアウト) door(ドア)』原作の蒼樹です」

「えっ!」

 

 女性だったのか……!

 

 ていうかこれマズいんじゃ。

 女性とコンビ結成って、亜豆はいい気はしないよな?

 

「本日はよろしくお願いいたします」

「は、はい、こちらこそ」

 

 かと言って、時間を取らせておいて「彼女がいるので」なんて理由で断るわけにはいかないし……。

 よし、異性だと意識するのをやめよう。

 蒼樹さんはあくまで、漫画家を目指す仕事仲間。

 亜豆もきっとわかってくれる。

 

 受付を済ませるとブースに案内されて、ほどなく、相田さんが編集部から降りてきた。

 

「やあ、待たせたね! 蒼樹くん、こちら作画の話を引き受けてくれた真城くん。まだ15才だけど亜城木(あしろぎ)夢叶(むと)名義で赤マルジャンプに掲載経験もある」

「! 亜城木さんでしたか。『この世は金と知恵』……私はいいと思いませんでした。少年誌に載せる内容ではないと思いました、夢がないという意味で」

 

 ハッキリ言う人だな、と思った。

 だけど、それ以上に、よくわかってる、とも思った。

 シュージンと作った『この世は金と知恵』は、8割の人が嫌っても、残りの2割が票を入れてくれればいいと割り切った邪道漫画。

 

「ジャンプらしくない漫画。それを目指して描いたんで」

「なぜそのような真似を?」

「赤マルジャンプで王道作品は競合する。だったら、毛色の違う話の方が印象に残る。アンケートで人気を取れる。そう担当に言われました」

「相田さん、最低です」

「え!?」

 

 突然話を振られた相田さんが「俺かよ!?」と驚愕した。

 

「違う違う! その話を担当していたのは服部!」

「え、すみません。私、とんだはやとちりを」

「ついでに訂正しておくと、真城くんは『この世は金と知恵』でも作画担当。エグいシナリオを描いたのは相方の高木くん」

「え……あ、二人で一つの名義を?」

 

 僕は「そんな感じです」とはぐらかした。

 シュージンとのコンビを解消した理由に触れられたくなかったから。

 

 じっと、蒼樹さんが視線を向けてくる。

 でも、すぐに何も言わず、戻された。

 僕が話したくないことを感じ取ったのだろうか。

 漫画原作者って、これくらい人間観察眼に優れてないとなれないのかも。

 

「わかりました。では、私の作品を描くときは絵柄を変えてください。正直、あの劇画調では世界観が崩れます」

 

 相田さんが「絵柄なんてそう簡単に変えられるものじゃない」となだめようとしていたけど、構わず声をかぶせ、僕は鞄から紙束を取り出した。

 

「僕もそう思います! だから、蒼樹さんの世界観を出し切れる絵に挑戦しているところです!」

 

 紙束に描かれているのは、今日の打ち合わせのために持ってきたキャラデザや、ペン入れ前の下描き。

 

「驚いた。真城くんに話をしたのは数日前だったよね? それに、見せたネームもほんの数ページだったはず」

「! そこからこれだけのイラストを?」

 

 厳密には、絵柄を変え始めたのは相田さんに連絡を入れてから。

 

「本気で連載目指しているんです」

 

 また、蒼樹さんと視線がぶつかった。

 

 僕は問いかけた。あなたはどれくらい本気なのかと。

 彼女は決して目をそらさなかった。

 それがある意味での答えだった。

 

「うんうん。蒼樹くんはマーガレットに読切を3作掲載してるからね。作品の質は保証するよ」

「え、どうしてジャンプに?」

「世界観が精緻で精細。女性誌よりも男性誌でやった方がいいとマーガレットの編集が判断したらしい。それと、これが今回真城くんに作画を依頼するネーム」

 

 『hideout(ハイドアウト) door(ドア)』。

 妖精と出会った男の子が自分も妖精になろうとする話。

 

「確かに、この世界観を絵で表現できれば、いいファンタジー作品になると思います。ただ……」

 

 蒼樹さんが眉を持ち上げる。

 言うべきか逡巡して、彼女も思ったことをはっきり言うのだから、僕も本音をぶつけるべきだと思って、言った。

 

「ただ、1番にはなれない」

「……理由をお聞きしても?」

 

 肌がひりつく。一触即発の空気。

 顔が綺麗な分、怒ると凄味が増して、僕はなんとなく岩瀬を思い出した。

 でも、言わないわけにはいかない。

 

「蒼樹さんは『この世は金と知恵』を少年誌向きじゃないと言いました。でもそれは『hideout(ハイドアウト) door(ドア)』も同じ。殴る蹴るが無い邪道作品」

「……! それは!」

 

 赤マルジャンプで『この世は金と知恵』は、速報で1位だった。

 だけど、エイジの作品が話題になって、他のバトルものが票を伸ばして本ちゃんは3位。

 

「編集部でも、何かと戦ったり、そういう要素が欲しいという意見は出ていた」

「相田さんまで……精神の葛藤は描いてます」

「そうなんだが、内的葛藤を描きたいなら小説の方が向いている。漫画が得意なのは、もっと圧倒的で鮮やかなドラマなんだ。とりわけジャンプならやっぱり異能バトル」

「お断りします。バイオレンス表現は『hideout(ハイドアウト) door(ドア)』の世界観の真逆です。私の世界を不純物で穢したくありません」

 

 逆……? 不純物……?

 小さな引っかかりを覚えてネームをもう一度読む。

 

 妖精の世界へつながる扉を開けた男の子に、妖精が二つの選択肢を突きつけるシーンが描かれている。

 

 ――ふたつにひとつなの。妖精の(ちから)を得て仲間になるか、晩餐(エサ)に出されるか……

 

「逆、そうか、逆なのかも。蒼樹さん、ここのシーン、主人公が仲間になることを断ったら晩餐(エサ)にされるんですよね。でも、そんなこと受け入れられるわけがない。逃げ出そうとする主人公と、追いかける妖精、そんな構成にはできませんか?」

 

 相田さんが勢いよく立ち上がる。

 

「それいいよ真城くん! そうだ、ヒロインは過去に迷い込んだ元人間の妖精で、主人公が元の世界に帰られるよう手助けをするのはどうだ? あ、いや。蒼樹くんが書きたくないなら強制はしないが」

 

 蒼樹さんが僕と、僕の描いた下描きを見て、冷茶を一口啜った。

「真城さんは、短い期間にこれだけたくさんの試行錯誤を積み重ねてくださったんですよね」

 ふっと、蒼樹さんの表情から険が取れたように、柔らかい笑みが浮かんだ気がした。

 

「3日、いえ、2日ください。『hideout(ハイドアウト) door(ドア)』、もっと面白くしてみせます」

 

 ネームを描き直す中2日あけた3日後に打ち合わせの約束をして、その日は解散になった。

 その宣言通りの3日後、僕はマーガレット読切掲載経験者の本領を目の当たりにすることになる。

 

  ◇  ◇  ◇

 

 3日後。集英社。2度目の打ち合わせ。

 受付を済ませ、案内された1Fブースにて。

 

「真城さん。相田さんが来る前に、ネームを読んで感想をいただいても?」

 

 もう邪道漫画なんて言わせない、という気迫のこもった雰囲気で臨まれて、僕は委縮しながらネームを受け取った。

 だけど、

 

(あれ? これって……)

 

 緊張は、たちまち興奮に様相を変えていく。

 

「すごいですよ、これ! ちゃんとジャンプ漫画になってる!」

「と、当然です」

 

 ぷい、とそっぽを向かれた。

 

 かつて妖精になったヒロインが、妖精の世界に迷い込んだ人間の脱出を手助けするファンタジー物語。

 それを、種族の垣根を超えた恋愛の逃避行という形で整えてきた。

 しかも、きちんと王道の形にして。

 

(そうか、シュージンがSFやダークな話を得意とするように、蒼樹さんはファンタジーや恋愛モノが得意なんだ)

 

 総身に戦慄が走る。

 早くこの話を描き上げたい。

 

「お待たせ。なんか盛り上がってたけど、どうしたの?」

「相田さん! すごいですよこれ! めちゃくちゃ面白くなってます!」

「! 本当か! 早く読ませてくれ!」

 

 服部さんのときも思ったことだけど、編集者はみんな読む速度が異常に早い。

 そのすさまじい速度でめくられていくネームに、相田さんの眼差しがどんどん鋭くなっていく。

 

「うぅむ、やられたな。こう直してきたか。確かに、格段に面白くなっている」

「では、このネームで真城さんに作画を依頼しても?」

「いや、それは早い。まず、恋愛要素を加えたのは正解だ。それもラブコメではなく純粋なラブ。王道でありながら被る作品が無い。これは面白いところを突いている」

 

 特に女性視点の恋心がうまく描けている、と相田さんは付け加えた。

 それは僕も思ったところだ。

 

「一方で、全体的にヒロイン視点で描かれてしまっている。少年ジャンプなんだから男主人公をメインで描き直せるかな?」

「……もちろんです」

「それから――」

 

 ネームの指摘がいったん落ち着いたら、次は僕のキャラデザやコンセプトアート、絵柄のすり合わせ。

 特に世界観は蒼樹さんに直接指摘してもらうたび、どんどん良くなっていくのがわかる。

 

 この作品でアニメ化、夢じゃない。

 

「よし、今日はここまでにしよう」

 

 みっちり2時間打ち合わせをして、その日は解散になった……んだけど。

 

「あ、あの、真城さん!」

 

 集英社を出てすぐのところで、

 

「ごめんなさい」

「え!? な、何がですか!?」

「さっきは見栄を張ってしまいましたが、実は私、お付き合いをした経験がないんです。ですので、男の子目線で恋愛感情と言われても、その、よくわからなくて」

 

 相当テンパってるのか、珍しく身振り手振りせわしなく、早口にまくしたてている。

 

「もしよければ、男性の気持ちをご参考にさせていただけませんか?」

 

 今度は僕が混乱する番だった。

 

「えーと、僕も周りからは普通じゃないっていわれるお付き合いしかしたことが無くて、普通の恋愛観がわかるかというと……」

「普通じゃないお付き合い?」

 

 蒼樹さんが一歩距離を詰めてくる。

 やばっ、返答間違えたか?

 

「真城さん! この後時間ありますか?」

「え、はい」

「ぜひお話をお聞かせください!」

「え、えっと……」

「ジャンプで1番を取るために必要なんです!」

 

 有無を言わせぬ剣幕を前に嫌だなんて言えるわけもなくて、神保町のカフェで打ち合わせの続きを。

 僕は亜豆との約束を一から赤裸々に語らされることに。

 

  ◇  ◇  ◇

 

「小学生の時から両片思いで、中3でやっとお互いの気持ちが確認できたんですか」

「えと、まあ、はい」

「いまはどれくらい進展しているんですか?」

「お互い夢を叶えるまでは会わないって約束をしてて、でも、夢が叶ったら結婚って話で、いまはまだ手も握ったことがなくて――」

 

 なんだ、これ。

 僕はどうして拷問に掛けられているんだ?

 

「やっぱり、変ですよね。好きなら会うのが普通」

「いえ、素敵だと思います……けど」

「けど?」

「まさか『この世は金と知恵』の作者がこれほど理想的な純愛をしているなんて思いもしませんでした」

「……からかってますよね」

「本心です」

 

 なおさら質の悪い言葉に気恥ずかしくなって、僕はアイスコーヒーに意識を反らした。

 恋愛経験を赤裸々に語って、共有できたのは偏った恋愛観だけ。

 こんなの、本当に作品の為になるのか?

 ただ僕が恥ずかしい思いをしただけなんじゃ……。

 

「真城さんは、今どきの少し進んだ恋愛をしているお友達に心当たりは?」

 

 たぶん、僕は眉を曇らせたと思う。

 脳裏に浮かんだのは、見吉とキスしているシュージンを目撃してしまった時のこと。

 

 シュージンなら普通の男の子を言語化できるかも。

 

 コンビは解消したけど、喧嘩別れしたわけじゃない。

 相談してみるか?

 ダメだ。

 相談するにはまず、別の原作者と組んでることを話さないといけない。

 コンビを解消した相手に、いまは別の人と組んでますってのは、なんとなく――

 

「え、サイコー? こんなところでなにしてんの?」

 

 聞き覚えのある声に、跳ね上がるような勢いで振り返る。

 

「シュージン……」

 

 よく見知った男子が、ふさがらない開いた口で驚いたようにこちらを見ていた。

 

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