もし、コンビ解消した真城に相田班長がちょっとだけ早く接触して『原作:蒼樹紅』の作画をすることになったら 作:蒼樹組
吉祥寺駅中央口から出て目の前にあるマンションを仕事場にしている、週刊少年ジャンプ作家がいる。
漫画家、新妻エイジ。そのアシスタントの福田慎太が怒号を上げた。
「ハァ!? 雄二郎さん、どういうことっすか!」
「いやぁ、スマンスマン。連載会議に回したけど、まずは読切で結果を出せって言われちゃってさ」
にべもなく返すのは、漫画家、新妻エイジの担当の傍ら福田慎太を抱えるWJ(ウィークリージャンプ)編集の服部雄二郎。
「チッ、相変わらず編集部見る目無いっすね。ならせめて本誌で載せてくださいよ」
「もちろん、そのつもりだ。それと、真城くんも本誌読切だそうだ」
その一言に、『ぐぎゃーん』、『しゅぴーん』などと効果音を口にしながら原稿にペンを入れ続けていた新妻エイジの耳がピクリと反応し、勢いよく立ち上がる。
「亜城木先生ですか!?」
雄二郎は、エイジと亜城木が複雑な関係だったことを思い出して、
「いや、掲載されるのは真城くんだ」
「どういうことです? コンビ解消したです?」
「いや、俺も詳しくは知らないけど――」
ストキン準キングの作画を担当することになった経緯を簡単に説明した。
「ハッ、面白ぇ」
一人、不敵に笑い、闘志を燃やす男がいる。
広島のロミオこと福田慎太である。
「要はこの読切で人気取った方が連載に近づくってことっスよね」
「! ああ、そうなるな」
「へっ、上等。どっちが上か白黒ハッキリさせてやんよ」
なお、この後、福田慎太の『
◇ ◇ ◇
蒼樹が読切原稿完成の報告を受けたのは10月上旬のことだった。
相田班長から送られてきたFAXを見て息を詰まらせる。
(すごい……こんなに綺麗な絵を、高校に通いながら?)
蒼樹は今回の確認が、塗り残しやアクセサリーの反転などの細かい点のチェックということを忘れて、頭から最後まで通しで熱中した。
読んだというよりも読まされたと表現した方が適切な、気迫のこもった作画が、彼女から一時呼吸の仕方さえ忘却させていた。
読後の余韻にたっぷり浸った後、ハッと、ようやく作画ミスの確認が本来の主目的だったと思い出し、もう一度頭から読み直す。
今度は、先を読ませようとする作画の引力に呑まれないよう気を張りつめながら、一コマずつ、じっくりと。
だから気づいた。
一コマ一コマが全身全霊。
ふと、初めて出会った日のことを思い出す。
――本気で連載目指しているんです。
激しい昂奮と緊張で、体の動きがぎこちなくなった。
称賛の言葉を、きちんと自分の声で伝えたいと強く感じて、相田へ『真城さんにお礼の言葉を伝えたいので連絡先を教えていただけませんか?』と連絡を入れた。
指先が震える理由は、蒼樹にもよくわからない。
永遠にも思える、しかしわずかな間を置いて、電話番号が返ってくると、少し胸が高鳴った。
耳たぶのあたりにきゅぅと熱がこもるのを感じながら、少し駆け足で番号を入力し、葛藤。
迷惑ではないだろうか。
いや、仕事のお礼を言うだけで、他意は無いのだからと言い聞かせて、息を呑み、意を決して、コール。
『……はい、真城です』
久々に聞いた声。
蒼樹は一瞬、世界が時間を忘れたのかと思った。
凍り付いていたのは自分の方だと気づくまでの寸秒言葉を失って、酷く慌てて声を返した。
「あ……蒼樹です、原作の。原稿、読ませていただきました」
『! 何か気になる点がありましたか!?』
「いえ、そうではなくてですね」
不思議と脈が加速する。
声が上擦る。緊張のせい?
「その……とても、よかったです。そのことを、どうしても直接伝えたくて」
『あ、ありがとうございます』
電話越しでも、真城の緊張が声音に乗って伝わってきて、それがなんだか、二人の感情の境界を曖昧にさせるような心地がして、欲が出る。もう少し、話していたい。
「あの! 作画は高校に通いながら?」
『えっと、その、実は、少しサボりました』
「だめじゃないですか」
『ご、ごめんなさい』
例に洩れず真城は学校を4日ほど休んで原稿を完成させていた。
東応大学院生の蒼樹に、高校をサボるという発想は無かった。
だが、不思議と嫌悪感は湧かない。むしろ、夢に向かって真っすぐ全力なところは応援したくなるし、一緒に頑張りたいと思えた。少し不良なところも、年相応な子どもっぽさがあって可愛らしいとさえ思えた。
「相田さんから聞いたんですけど、読切、本誌掲載が決定したらしいですよ」
『本誌ですか!
いやな感じの「あっ」を聞き洩らさなかった。
「真城さん? どうなさいました?」
『えっと、ペンネームどうしようかなと』
「そういえば、亜城木夢叶は高木さんとのペアネームだったんですよね」
『はい……』
それなら、蒼樹紅の樹を使って亜城
言わなくて良かったと安堵するのはその直後のこと。
「いまのペンネームにはどんな意味が?」
『前に少しだけ話したお付き合いしてる女性が亜豆って苗字なんですけど、僕と亜豆の夢が叶うようにって。高木は、僕が告白するとき一緒にいて、原作者だしって』
「……」
蒼樹は思った。想像以上に重い話が来た。
「そ、そのこと、彼女さんは!?」
『い、言えてないです……! 告白の時も、高木と一緒に漫画家になるって宣言したので、多分、まだ組んでると思ってるはず……』
「いますぐ彼女さんと話してください! いいですね!?」
『はい!』
名残惜しくもあり、真城が電話を切るまで、蒼樹は自分から通話を終えることができなかった。
しばらく、電話口からツーツーと終了を知らせる音色を聞きながら立ちつくす。
(真城さんって、本当に、素敵な恋愛をしていますよね)
悶々とした気持ちを抱えながら蒼樹は口を尖らせた。
◇ ◇ ◇
同時刻、
(蒼樹さん、すごい剣幕だったな)
通話を終えた後しばらく経っても、真城の心臓はドキドキしっぱなしだった。
もちろん、恋愛による動悸ではない。
悪戯がバレた子どものような、ばつの悪い緊張から来る脈拍上昇だった。
(ペン入れしてるときは夢中で忘れてたけど、そろそろ亜豆にちゃんと伝えなきゃ)
唇を強く噛みながら、アドレス帳から亜豆のメアドを選択。
最近は短い文面でのやり取りが多かったメールが、今日はやけに長くなる。
言い訳がましいのだ。
ぶんぶんと頭を振って、全文を削除。
男らしくない。
亜豆にどう思われようと、自分で決定した選択。
なよなよした気持ちを悟られるのは、カッコ悪い。
『本誌読切決まりました!
11月2日発売の号です!
ペンネームなんですが、亜城夢叶にしてもいいでしょうか?』
送信。すぐに返事が来る。
『おめでとう!
ペンネームを変えるのはどうして?』
伝えないと。
わかっているのに、指が重たい。
考えて書いて、言い訳がましくて消して、また書いて。
『僕はいま、別の原作者と作品を描いています』
送信。
今度はなかなか返事が来なかった。
(亜豆、怒ったかな)
時間の流れが、やけに遅い。
着信の無い液晶を確認するたび、不安な気持ちが胸中広がっていく。
もどかしい気持ちでいっぱいになりながら折り返しを待って、どれくらい経っただろうか。
不意に、携帯が震えた。
(キタ……! って、電話?)
知らない番号だった。蒼樹との通話を切ってすぐに亜豆とメールのやり取りをしたから、蒼樹の電話番号の登録は完了していない。仲直りできたかどうかの確認だろうか。
「はい、真城です」
結構世話焼きなんだな、と意外な一面に笑いを零しながら電話に出る。
しかし、聞こえてきた声は、真城の想像を裏切った。
『亜豆です』
どきりと心臓が凍り付いた。
(亜豆――!? なんで)
夢が叶うまでは会わない。そう約束してから、やりとりは主にメールを通してのみで、通話をしたことは無かった。
言葉にして確認したわけではないけれど、なんとなく、通話ではなくメールで励まし合うのが暗黙の了承だった。
それを破ってまで電話をかけてきたことに、ひどく動揺した。
『高木くんと組むの、嫌になっちゃったの?』
「ちが……っ、そうじゃない」
とっさに出た言葉に、真城自身が一番驚いた。
(なんでだ。シュージンとはもう組めなくなるかもしれない。その覚悟で、連載を取る決意を固めたはずだろ)
そのはずなのに、どうやら未だに、高木と組んで叶える夢に未練たらたらだと、はっきりと気付かされた。
『あのね、真城くん。いまからすごく自分勝手で、わがままなこと言うね? 本音を言うと、真城くんには高木くんと一緒に夢を叶えてほしい』
唇を噛む。
「それは、最初の約束だから?」
『うん。真城くんと高木くん、二人で作った漫画のアニメに出ることも、私の夢だから。――だから、あのね?』
呼吸を失う1秒。
真剣な声音で亜豆が打ち明ける。
『高木くんのこと、許してあげられない?』
虹彩を揺らす。
「亜豆さん、僕たちがコンビ解消したこと――」
『
「ご、ごめんなさい」
『どうして謝るの? 悪い事したと思ってるの?』
「……そう、かもしれない」
話しているうちに、緊張が少しだけ抜けてきた。
星空を見上げると前頭葉と頭蓋骨の間に隙間ができて、それがほんの少し心に余裕を作り出した。
冷静に状況を俯瞰する。
ずっと、もやもやしていた迷いの霧が、上からのぞき込めばはっきりと見えてくる。
「最初は、決めつけだった。見吉と遊んでたから、高木はネームを切れないんだって」
真城は叔父、真城
その叔父が生前言っていた。
一度も締め切りを破らなかった。
一度も休載しなかった。
それだけが誇りだと。
それがプロの生き様と信じて疑わなかったから、ネームを描けなかった高木に、酷く裏切られたような気持ちになった。
「でも」
本当に、それだけだったのだろうか。
「そうじゃなかった。高木は真剣に向き合ってた。……多分、俺は嫉妬してたんだと思う。高木と見吉に」
『だったら――!』
亜豆の詰りを遮るように言葉をかぶせる。
「最初はなさけない理由だったけど、いまは違う。一秒でも早く亜豆にヒロインの声を当ててもらうために、全力で挑んでる」
電話の向こうで息を呑む音を聞いた。
『私との約束を果たすため?』
「……うん」
『……わかった。じゃあ、もうわがまま言わない』
「いいの?」
『うん。真城くんが、覚悟を持って決めたことだってわかったから。だったら、私は信じて待ってる』
どくん、心臓の鼓動が、やけにうるさい。
『ねえ、真城くん』
「は、はい!」
声が上擦る。隠し事を打ち明けられたと思うと力が抜けて、却って、亜豆と話していると意識して緊張が帰ってきてしまった。
『私、電話だとわりと話せる』
「うん、僕も」
でも、声が聞こえるだけでどうしようもなく嬉しくなってしまうから、必要無いことで電話するのはやめようと確認し合って、
「亜豆さんのためにも、絶対連載取る」
『うん! 頑張って。私も、頑張る』
通話を終了した。
◇ ◇ ◇
その少し後。
蒼樹のもとに1通のメールが届く。
タイトルは、真城です。
『亜豆と話し合って、無事解決しました! 蒼樹さんが連絡するように言ってくれたおかげです。ありがとうございます!』
まるで自分ごとのように嬉しくなっている心の動きに、蒼樹の乙女心は、しばらくドギマギするのだった。