空を見上げる大蛇   作:函南

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軌道の交渉

「と、言う訳で一日だけ自宅に行く。その間の雑務を頼んだ。」

 

ゲイリーに諸々の事を頼み、私服のスーツに着替える。

 

「随分と逃げ回っていた家に帰られるんですね。」

 

「だってカミさん怖いんだよ。親父だってヤニングスの件以来、機嫌悪いしな。」

 

「そう言ってもなぁ…俺たちだって希望して鉄道部に転科したんですがね。」

 

「ヤニングス少尉、少佐の家は代々プロシア騎兵でご当主はエルンスト・フォン・ビッター騎兵中将ですよ。どう考えても、近衛騎兵を引き抜いた少佐に良い印象は持ちませんよ。」

 

「少佐、どうして近衛から抜いたんで?」

 

「集まらなかったんだ。じゃ行ってくる。」

 

二人を駅舎の臨時指揮所に残して、自宅への歩めを進めた。

 

 

帝都の比較的近郊の住宅街、どちらかと言えば貴族や裕福な家庭が家を持つエリアに、帝都の別宅がある。地方貴族や辺境貴族は自分の所領の家の他に、帝都にも別宅を持つことが多い。特に高位官吏や高級将校はそうしている家が多い。漏れずにビッター家や叔父上のブラウンシュヴァイク家も帝都に邸宅を構えつつ、自分の所領に本宅を持っている。

渋い顔で自宅の門をくぐり、玄関を叩く。

 

「若様…っ‼︎」

 

家令が驚きの顔で出迎えてくれる。まぁ今年に入ってから会ってなかったしな。

 

「少し時間が出来てな。たまには顔を出しておこうと思ったんだ。」

 

「旦那様はお部屋です。どうぞ…どうぞこちらへ‼︎」

 

「ありがとう。すまんね。」

 

家令の案内で親父の執務室へ向かう。階段を上がると、歴代当主の肖像画が並ぶ廊下を進む。この肖像画は本宅の油絵の複製品だ。歴代、騎兵だったので甲冑を着ている。帝室から賜った旗を皆持っている。我が家の家宝の一つだ。

 

「旦那様、若様がいらしています。」

 

親父の部屋のドアをノックし、家令が要件を伝える。少し間を置いて、短く「入れ」と返されて家令にドアを開けてもらい、入室する。

 

 

 

こちらを見ず、外を眺める親父の背中を眺める事しばらく。無言の時間が続いた。軍服を着ているのが背もたれの端から少し覗いている。軍服で来るべきだったか。

 

「ゲール・フォン・ビッター少佐、ライン方面より帰参しました。」

 

軍人として帰参の申告をする。軽く頭を下げる。

 

「ん、この度の作戦、宮中でも話題になっていた。陛下の兵を多く救ったと聞く。よくやった。聞くに最後まで前線に留まり、最後の一兵まで回収し続けたと。」

 

「鉄道屋の意地があるので。乗客、貨物を捨てて逃げたのでは信用を失います。」

 

親父が褒めてくれた。一つ認めてくれた。が、素直に受け取れなかった。我ながら大人気ない。

 

「最後まで留まり、味方を救う。騎兵の仕事でもある。貴様はそれを鉄道を以て示した。私も認めよう。貴様の目指すものが何であれ、帝国に、カイザーの兵として有用だ。装甲列車というものを教えてはくれまいか。」

 

驚いた。騎兵たちが「我らがオヤジ」と呼び敬う偉大な騎兵中将エルンスト・フォン・ビッターが、俺の話に耳を傾けてくれた。

 

 

執務机の前に椅子を引きずってきて、対面に座る。まるで審問を受ける気分だ。が、ここで有用性を示したら助力を得られるかもしれない。

 

「では、閣下にお伺いします。前線の将兵が求めている兵器をご存知でしょうか?」

 

「最近、各所に配備されている8.8センチ砲などは良いだろうな。対空砲でありながら装甲目標、対塹壕、遠距離と万能兵器。貴様が受領する列車砲にも搭載される。。」

 

「そうです。しかし、8.8センチよりも魔導師の需要は強烈です。」

 

「だが、一人の魔導師を育成する期間と予算で8.8センチは多く作れるのではないか?」

 

「閣下には不要の説法でしょうが兵器体系は費用対効果だけで一概に語れるものではありません。昨今、我が海軍は通所破壊作戦で潜水艦隊を運用していますが、アルビオン王国は港にいる海上艦隊を気にしています。撃沈トン数は潜水艦隊の方が圧倒的でありつつも、アルビオン王国は戦艦群を脅威として見ています。」

 

「艦隊現存主義か。しかし、それは詭弁ではないのか。」

 

「趣旨は‘それにしか出来ない仕事がある’ということです。海軍も潜水艦を増強したいと言っていますが、戦艦の有用性を認めています。」

 

ここで親父はパイプに火を入れた。倣って俺もタバコに火をつける。

 

「では、列車砲やら装甲列車にしか出来ん仕事とはなんだ。」

 

「宣伝や心理効果も一つでありますが、それはおまけです。」

 

「で、あろうな。」

 

「そもそも帝国軍はなぜこれほど複雑な火砲体系を持っているのか、ご存知ですか?」

 

「兵器局の競作であろう。開発者を多く抱えた弊害であるな。シューゲル技師のように何から何まで出来る人間ばかりではない。」

 

「戦車を見てもⅢ号戦車とⅣ号戦車が先ごろ配備されています。基本は主たる兵器とその補助です。」

 

「生産ラインの変更は莫大な金額がかかると聞いている。」

 

「K5列車砲は現在、それらだけで8.8センチを多数製造出来ると言われますが、これは帝都郊外に建設した製造・整備工場の建造予算も計上されているためです。」

 

タバコを灰皿に押し付けて話を続ける。

 

「帝国は大陸国家である性格が強いために多くの火砲を試作製造してきました。従来砲は無論、無反動、高圧低圧、滑空、最近では推進砲など。その理由は、帝国の火砲に致命的な欠陥があるのです。」

 

「欠陥?帝国の火砲にか?」

 

「例えばルーシー連邦の同格の火砲と比較して射程が短いのです。」

 

「まさか…そんなことが‼︎」

 

自国の優位性を疑わない、典型的な愛国的人物。しかし結果を出しているだけに信じられなかったのだろう。驚きの表情を隠さない。

 

「その為に射程の延伸を目的として大型火砲の開発を続けています。残念ながら列車砲を除いて従来砲の改良に過ぎないのが現実です。」

 

「射程不足を大型化によって埋め合わせたというわけか。」

 

「そして空の騎兵たる空軍でありますが、諸外国は…協商連合やダキアは魔導師より空軍に注力した結果、爆撃機を開発配備しています。戦略空軍ですね。しかし、我が空軍は魔導師に注力し地上支援を主目標に戦闘機を多く保有しています。これの本質は戦術空軍です。これが原因となって大射程の大型火砲に需要が生まれました。」

 

「しかし我が軍は先ごろ大型爆撃機を開発している。名前は失念したが…」

 

「聞き及んでいます。操縦席に乗員を集中し、航続距離は短い。長距離作戦は不可能。駄作ですね。」

 

「物質的優位を構築し、その利で短期決戦が我が軍の基本方針だ。」

 

「さらなる大型機の計画もあったと聞きますが、現実的ではない。それこそ小型機を多く製造した方が現状に即している。」

 

「貴様がここまで航空機に詳しいとはな。」

 

「意外でしたか。しかしそれは閣下の視野が少々狭かったと言わざるを得ません。」

 

手近にあったブランデーをグラスに注ぎ、親父と自分に置く。うん。流石に貴族様。上物だ。

 

「空軍の本質は空からの襲撃にあります。爆撃機以外の航空機は本来、それらを補助する物であります。遠距離の目標に爆発物を叩きつける。空軍の本質は砲兵と同じです。装甲列車で砲撃を行う我々は航空機事情に詳しいのです。」

 

「火砲の射程の短さを埋め合わせるのに大型化し、長距離作戦を展開できない空軍の肩代わりとして列車砲が出現した。」

 

「それは正しかったと言えるでしょう。」

 

「その根拠は何かね。」

 

「航空機や魔導師が戦争の趨勢を決すると論じた論文は多く存在しますが、あれは新しい物好きが叫ぶ流行り物に過ぎません。戦争は歩兵騎兵が決するのです。」

 

「鉄道兵砲兵とは思えんセリフだ。泣いて喜びたいところだ。」

 

「続けます。航空戦力で決した戦争はまだありません。それに彼らは決定づける条件を満たすことが不可能です。野戦軍の殲滅という最重要条件を。」

 

「帝国軍将校としては模範的だが、十分条件であって絶対ではない。敵国領土の物理的占領だ。政治、軍部指導者とその国民を銃剣とサーベルの間合いに収めねばならん。」

 

「航空魔導師、空軍は歩兵の進出を補助するものでしかなく、それらは火砲の代替たりえない。」

 

「ほう?」

 

「命中精度と費用を考慮するなら航空機や魔導師には勝てません。が、操縦士に爆撃手を育成する期間、魔導師という限られた人的資源。どちらが効果的かは閣下にもお分かりいただけましょう。それに…。」

 

「それに?」

 

「砲弾は迎撃不可能であります。」

 

再びタバコに火をつけて、ブランデーを煽った。空いたグラスに更に注いで、口を動かす。

 

「協商連合もアルビオンもその空を守り続けています。しかし、長距離砲の砲弾の迎撃は出来ません。近い将来も、未来においても。」

 

「だが、当たらなければ意味がないだろう?」

 

「爆撃は技術的問題であると同時に運であります。統計的な物に頼るなら発射弾数と練度に期待した方が早いでしょう。爆撃機千機と長距離火砲千門でしたらどちらを選ばれますか?」

 

「難問だ。」

 

「閣下も冷徹であらしゃる。大型爆撃機には5人からの専門家が乗っている。墜落すればその技術、知識はスクラップでありますが、砲兵、鉄道兵は装備一式と心中することはありません。直撃すれば話は変わりますが。」

 

「王立空軍はそれを計画していると聞くぞ。」

 

「アルビオンは歴史的にも海洋国家です。渡洋するのが好きなんでしょう。アングロサクソンの本質ですね。」

 

「なるほどな。貴様が装甲列車と列車砲に固執する理由は理解した。ふん…よろしい。協力しよう。」

 

「はい?」

 

思わず素っ頓狂な声を出してしまった。何を言っているのか。

 

「戦務局のゼートゥーアが装甲列車の陸戦隊の人員を探していると聞いた。騎兵科からの転向希望を募ってやる。」

 

「いいんですか?」

 

「口先の有用性は示した。次は戦場で示せ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「帝室と国家に忠義を。」

 

「それは変わることなく。それでは失礼します。」

 

「そうだ。」

 

「なんでしょう?」

 

「中佐昇進、おめでとう、ゲール。」

 

 

こうして久しぶりの帰宅は終わった。帰宅というより議論だったが。最後の祝いの言葉は嬉しかったが。

休暇として家には居たのだが、今は収穫期なので家族は所領、親父は軍務に宮廷付き合いと不在。結果、寝て過ごした。

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