最初は説明ターンです。
煙が揺らぐ。ニコチンとタールで薄汚れた、時代遅れの白煙だ。空は青く、没日には絶好の天気だと思える。なんせ私は晴天がこの上なく好きだから。しかし煙草と青空は似合わない。燻らせた白が視界に映る度、匂いが鼻を突き、昼下がりのように気分はグレーだった。
そんな折、アレが来た。
ソレは"恐怖"に見えた。
逃れようのない恐怖そのものに。
「来たか」
宙ぶらりんな空への一歩。崖っぷちから踏み出す自殺志願者。刻一刻と過ぎ行く時間の中で、そんなイメージが頭に浮かんだ。一秒後、一分後、一時間後、一日後。どれだけ未来の景色を思い浮かべても、そこに私は居なかった。ここから先の景色を、私は見ることができない。
そうして初めて、私は彼の方へ顔を向ける。
「お〜、コワいねえ?」
決意に満ちた顔が、やけに鮮明に写った。
◆◆◆
「分かった…!分かったぞぉっ!!」
暗い廃墟の庭、焚き火に身を寄せながら俺は理解ってしまった。
俺は天才だ…!これは紛れもないジーニアス!
「ハッハァ!遂に…!遂にやった!!」
天才!天才的で華麗なる素晴らしき発想!発明!これが、これこそが真実!!
「俺は辿り着いたのだァ!ハハハハハッ!」
報われる!遂に遂に遂にィ!俺の全てが報われるゥっ!
「ハッハハハッ!ハッ、ハッ、ハァ…」
さあ、早速行動に移さねば。何せ時間は有限。機を逃せばまた眠らねばならない。
「そうと決まればこの一人称も変えねばな…あー、ワタシ、わたし、私、私…これだな」
形から入るという行為は忌避されるものだが、私は気に入っている。自分の意思を何かに表すことは、決意が鈍った時の枷となるから。
さて、そろそろ時間だろう。彼らに会いに行かねば。
焚き火を消して歩き出す。碌でもない何かの跡地であろう廃墟群を抜け、真っ暗な森を進む。大丈夫だ。何も心配はいらない。この道も、最早目を閉じていても進める。歩き方を覚えれば獣も、虫さえ出会わない。
明かりが見えた。もうすぐだろう。
「……間に合ったか」
森を抜け、道路とガードレールを挟んだその下には、人工の明かりと暗く静まった古い住宅街が広がっていた。
ここは
「行くか」
ここはその里霧町の最西端。この町で唯一何もない、いや、何かあったのであろう、何者も近寄ろうとしない廃墟群のある森だ。所謂セーフティーゾーン。まあ、それも今だけなのかもしれないが。
眼下には古くさい街並みが広がっているが、あちらまで降りるのは中々に骨が折れる。とはいえ自由落下に任せて直行などしようものなら死んでしまう。時間を食うがこのままコンクリの道に沿って歩いていくしかないのだ。まあ、今は考え事をしたいから丁度良いのだが。
「……この感じ、三日目か」
この町には、超常的なことが多くある。怪異や神共の存在もそうだが、人もそうだ。ここには、町の人間がほぼ居ない。今この町に居るのは外から集められた人間が大半なのだ。集められたというより呼び寄せられたと言った方が正しいだろう。方法は不明だが、寝て起きたらこの町に居たという、そんな奴らで溢れかえってる。私もその一人だが、今や遠い昔の話だ。
人間はここから出ることは出来ない。町は結界に囲まれて通ることはおろか、触れることさえ拒まれる。こんな状況で私達は生き残らねばならない。襲い来る怪異共から自分の身を守り、出る方法を探さねばならない。それが、この町で出来ることだ。
「おお、見えた見えた」
今目指しているのは中央公園。人間達の中でも、これから中心グループへとなっていく奴らの拠点である。
人間共はいつも彼らを活動家と呼ぶ。実際彼らの活動によって人間は生き残れるわけで。それが中心になるのも名前が付くのも何らおかしいことではない。まあ、何れ欲を掻いて崩壊するのだが。
その景色はいつ見ても醜いものだった。素晴らしい指導者の導きがあろうと、愚かな若輩者一人の過失でチームが崩れることの悲惨さたるや……私だったらその若者一人撃ち殺して未然に防ぐがね。
……まあ、こんなあれこれ言えるのも私がループしてるからであって、最初は私にも何も出来なかった。いや、ループという言い方は正しくない。精確には、私だけが記憶を受け継げるのだ。誰も彼も気付いてないだけで、皆繰り返しているのだ。理解出来ないのは何を起点に巻き戻されているのか分からない点だが…まあ、毎回私が死んだ後に何かが起こっているのだろう。しかし私にあの日を越えることは出来ない。私はいつだってあの日に死ぬ。それよりも前に死ぬことは出来てもあの日以降を生きることは出来ない。つまり原因を知る術は用意されていないのだ。
っと、考えすぎも良くないな。いつの間にか公園の目の前まで着いてしまった。何をすべきかも決めていないが、取り敢えずは彼らの輪に入るべきだろう。何、スタンスは決まっているのだから言葉も自然と出るだろうさ。
「やあ、少し良いかい?」
◆◆◆
僕がこの町で目覚めてから半日。見知らぬ人達に助けられながら辿り着いたこの公園。彼らから中央公園と呼ばれたこの場所で、その人は唐突に現れた。
「やあ、少し良いかい?」
「え?うわっ!?」
「おいどうし……何処から来たあんた?」
新品みたいな茶色いコートに特徴的な分厚い丸眼鏡。そこらに捨てられたかのようなボロボロのつば付き帽子を被った姿は、一見只のホームレスに見えた。
「お〜、そんなに警戒しないでよ。いきなり声を掛けたのは謝るからさ」
「それよりもまず質問が先だ。さっさと答えろ」
ピリピリとした言葉を放つのは僕を助けてくれた
「いやそんなに警戒しなくても…」
「駄目だ。お前も見ただろ、ここのバケモノは何してくるか分からねえ」
言ってることは分かるけど、この人は只の人間に見える。いや半日程度何が分かるんだって話だけど。
「う〜ん、さっきそこの道端で目が覚めたから私にもよく分からないんだけど…どうやら酒を飲んでたみたいでね。何があったのかあんまり覚えてないんだよ」
特段、嘘を言っているようには見えない。何か立場を証明出来るようなものは無いけれど、だからといって怪しさがあるわけでもない答えだった。
「まあ、分かった。じゃあここのことは何も知らないんだな?」
「ここのこと?……ああ、この町のことかい?それなら少しは」
「何?」
「その様子だと、君達もしかして新人かい?ここ数日でこっちに来た感じだ?」
どうやらこの人は前からこの町に居たらしい。僕はまだ半日程度だけど、みんな来たタイミングがバラバラなんだな……
「……ああ、そうだ」
「そっかそっか、それなら少しは私も役立てるかもね。どうだい?私をここに入れてくれないかい?」
「…付いて来い。俺の一存じゃ決められない」
「そう。なら案内よろしく」
「あっ、僕も行きます!」
国枝さんがズカズカと歩いて行ってしまう。もう夜も遅いからここで見失うとマズイ!
「あ、えっと、あなたも急ぎましょう!」
「ふむ、まあそんなに急がなくても見失いはしないさ」
悠長な人だなあなんて、そんなことを思いながら国枝さんを追いかける。これが僕と博士の出会いだった。
◆◆◆
「それで、何が言いたいんだい?」
「あー、つまりだ…」
活動家のグループへの接触には成功した。現在は彼らのグループと行動を共に出来るかという場面だが、今回の目的の半分は達成したと言っても良い。そも、何故私が彼らへの接触を図ったかと言われれば、それはあるキーマンがここに居たからだ。そして彼とのファーストコンタクトを私は既に終えている。何せ最初に話し掛けたのだから。
ああ、国枝君の方ではない。あのナヨナヨした黒髪の少年の方だ。彼が、彼こそがこの私を救いに導く要。彼なくして、私の天才的な発想の実現は成り立たない。彼の名は
「――おい、聞いてるのか!」
「ああ、聞いているとも」
さて、どうやらあちらの話も纏まったようだ。
「私が狩りをすれば良いのだろう?君達の役に立てるよう頑張るさ」
「うん、分かってるなら良いんだ」
タダ飯喰らいとならない程度に、私の価値を示せば良いわけだ。まあ、人間という集団において当たり前の原始的条件だな。
そしてこの男。今私の正面に座っているこの男こそこの活動家達のリーダーとなる人物だ。名を
「場所は何処にするんだい?私としては北は避けたいんだが」
「ああ、そんなに遠出はしないよ。そこら辺であいつらと戦ってもらうだけ」
「良いだろう」
良かった。北はどうしても避けたかったし南と東もどちらかと言えば嫌だったからな。近場で済ましてくれるのはありがたい。さて、時間も時間だ。もう向かわねば。
「もう行くのかい?」
「早く終わらしてしまいたいだろう?夜が深まる前にはね」
「…分かった。じゃあさっさと行こう」
「あ、全さん俺達も」
「…そうだな、国枝君だけついてきてくれ。それ以外は大丈夫。僕が居ない間は、見張り以外みんなテントの中で休んでるように」
「分かりました」
恐らくこの町に来てからまだ1月も経っていないだろうにこの統制。やはり凄い統率力だな。指導者としての資質は彼が一番だろう。他の追随を許さないカリスマだ。
「行こうか」
「ウッス、全さん」
「よろしくねえ、全君」
彼は善良で素晴らしいリーダーだ。例え人が目の前で死んでも自分の役割を忘れず指揮を取れるほど理性的でもある。そして自分が死ぬときでさえ他者を慈しむ優しさを見せる。その超人っぷりは、時折他者に畏怖を植え付ける程である。
「ああ、そういえば名前は?」
「
「ハカセ、か。うん、よろしく」
「国枝君も、短い間かもしれないけどよろしくねえ」
国枝鉄士
「おう、おっさん」
「ハハッ、まだおっさんなんて歳でもないんだけどねえ」
「失礼だぞ、国枝君」
「スマセン」
「いいよいいよ、よくあることだ」
記憶を覚えている期間だけで言えば私の方が圧倒的に歳上だ。そう言われても間違いではない。
「因みに実際のご年齢は?」
「21」
「嘘だろおっさんっ!?」
「僕の一つ上…!?」
「その方が失礼だぞキミ達」
いつ私がそんな年寄りになったというのか。ループしても体年齢は変わらないのだし、私はまだまだ若いのだぞ。
「全く…そら、時間だ。二人とも一応構えて」
「ん?もうこんな場所か。期待してるよハカセさん」
「基本手出しはしねえから、頑張れよおっさん」
「はいはい、怪我しない程度にやるさ」
辺りは真っ暗。公園からも1キロ程遠ざかった道端。木造が目立つ一昔前の住宅街。何の変哲も無いこの場所で、構えとも取れぬ何かで外敵に備える。
さて、私は今何を狩ろうとしているのか。それはこの町に巣食う溢れんばかりの怪異である。怪異は形や色、大きさなど各々違いがあるが、共通しているのは人間に害を与える存在ということだ。奴等は不可思議な力を持つ化け物であり、人は奴等から身を守る力を持たねばならない。基本、生身で対抗出来るような怪異は存在しないから。
そんなわけで、活動家達は自分の身は守れる程度の力があるのかテストしようとしているわけだ。この町ではいつものことである。野蛮かつ原始的ではあるが、分かりやすく効果的な手法だ。
なら私はどうやってこの試練を乗り越えるのか。答えは単純。武力による制圧だ。懐に手を伸ばし、慣れた手付きのような、染み込んだ動きで1.43kgの拳銃を握る。
何の音も、匂いもない。しかし感じる。明かりの無い、真下のコンクリの色を微かにしか認識できないようなこの場所で、確かに気配が蠢いた。
じんわりと汗ばむ手のひらで、躊躇なくそこに撃鉄を下ろす。
瞬間、私の世界が飛ぶように揺らぐ。
突き抜けるような衝撃と共に、鉄の火花は弾けた。