GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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今回は朱麗編・中編です。

ムーン・ムーンを離れ、初めて地球へ降り立った朱麗。未知の自然や新しい暮らしの中で、少年カガチ、そしてルルと幼いロロに出会います。

朱麗にとって、二つの家族とも呼べる人々との日々を、どうぞお楽しみください。


第11話 朱麗・中編

 

 

 

夜明け前の空に、一筋の光が尾を引いた。

 

旧インド北西部――ラージャスターン東部。

 

その光は、チャンバル川の支流が刻んだ峡谷地帯へ、炎を上げて墜落した。

 

「なんだ、ありゃ……!」

 

夜番をしていた男が、火の手を見つけて仲間を呼んだ。

 

「星が落ちたぞ!」

 

「馬鹿を言え。星が落ちて燃えるか」

 

そう言いながらも、男たちは松明を手に、燃える光の方へ駆け出した。

 

先頭を走っていたのは、ゲドという名の男だった。

 

日に焼けた顔に、無精髭。チャンバルの峡谷に隠れた盗賊の町――ドラガの、古株の一人である。

 

「……こいつは」

 

焼け焦げた地面に突き刺さるようにして、見慣れない金属の塊が転がっていた。

 

丸みを帯びた、ポッドのような形。表面はまだ熱を持ち、白い煙を上げている。

 

「宇宙のもんか?」

 

「触るな、まだ熱い」

 

ゲドは水袋の水をかけ、焦げた覆いを蹴り開けた。

 

中から、小さな身体が転がり出てきた。

 

十二、三歳ほどの少年だった。煤にまみれ、意識を失っている。

 

「……生きてるな」

 

ゲドは少年の首筋に手を当てた。脈があった。

 

「連れて帰るぞ」

 

「宇宙人かもしれんぞ」

 

「生きてる人間だ。放っておけるか」

 

     ◇

 

「父ちゃん、そいつ何なんだよ」

 

町へ運ばれた少年を見て、ゲドの息子が顔をしかめた。

 

フォンセ・カガチ。まだ十歳になったばかりの少年である。

 

「知らねえよ。空から落ちてきた」

 

「気持ち悪い格好してるな」

 

少年――朱麗が着ていた服は、ムーン・ムーンで織られた素朴な作りで、この土地の者には奇妙に映った。

 

三日後、朱麗は目を覚ました。

 

見知らぬ天井。見知らぬ匂い。

 

「……ここ、どこ」

 

「起きたか」

 

覗き込んできたのは、カガチだった。

 

「お前、宇宙から落ちてきたんだろ」

 

「宇宙……?」

 

朱麗は、ゆっくりと身体を起こした。頭の奥が、まだ重い。

 

「ここは、地球なのか」

 

「当たり前だろ。他にどこがあるんだよ」

 

カガチは、少し得意げに鼻を鳴らした。

 

「コロニー育ちなんだって? ひょろっちいな」

 

「……お前こそ、汚い格好してるな」

 

「あ?」

 

「服も髪も、埃だらけだ」

 

カガチの眉が吊り上がった。

 

「地球じゃ、そんなの気にする奴の方が珍しいんだよ」

 

「変な星だ」

 

「うるせえ」

 

二人は、それきり睨み合った。

 

     ◇

 

だが、睨み合いは長く続かなかった。

 

朱麗には、地球のことが何も分からなかった。

 

食べられる草と、食べられない草の見分け方。

川の深いところと、浅いところ。

夜になると鳴き始める虫の名前。

 

何もかもが、初めて見るものだった。

 

「これ、食えるのか?」

 

「馬鹿、それ食ったら腹壊すぞ」

 

カガチが、呆れながらも教えてやる。

 

「なんでお前、そんなことも知らねえんだよ」

 

「ムーン・ムーンには、こんな草生えてなかった」

 

「ムーン・ムーンって、お前の故郷か」

 

「……昔、住んでた場所」

 

朱麗は、それ以上を言わなかった。

 

カガチも、それ以上は聞かなかった。

 

     ◇

 

その晩、朱麗は初めて、この町の食卓についた。

 

木の椀に、湯気を立てる汁物。

 

「熱いから、気をつけろ」

 

ゲドが言うより早く、朱麗は椀へ顔を近づけていた。

 

「待て。地球の飯は逃げたりしない」

 

「ムーン・ムーンの飯だって逃げないよ」

 

「じゃあ、なんでそんなに慌ててるんだ」

 

「初めて見るからだよ」

 

ゲドは、一瞬きょとんとしてから、豪快に笑った。

 

「変わった坊主だな」

 

そう言って、自分の分のパンを、朱麗の皿へ置いた。

 

朱麗は遠慮も知らず、素直にそれを頬張る。

 

「おい、それ父ちゃんの分だぞ!」

 

カガチが文句を言った。

 

「子供が腹を空かせてるのに、自分だけ食えるか」

 

ゲドは、それだけ答えて、自分は水を飲んだ。

 

朱麗は、その言葉の意味を、しばらく考えていた。

 

――誰かが、自分のために我慢する。

 

そんなことは、ムーン・ムーンでも当たり前にあったはずだった。

 

けれど今は、それが、ひどく温かいことのように感じられた。

 

     ◇

 

それから幾日かした夕暮れ。

 

朱麗とカガチが町へ戻ると、入口にはゲドが立っていた。

 

二人の服は泥だらけで、朱麗の膝からは血がにじんでいる。

 

「どこまで行ってた」

 

低い声だった。

 

「川の向こうまで……」

 

「日が沈む前に戻れと言ったはずだ」

 

朱麗が口を開こうとすると、カガチが前へ出た。

 

「僕が連れていったんだ。朱麗は悪くない」

 

ゲドは二人をしばらく睨み、それから深いため息をついた。

 

「怒ってるんじゃねえ。帰ってこなかったら困るんだ」

 

ゲドは朱麗を座らせると、その場で傷口の泥を洗い流した。

 

手つきは乱暴だったが、痛まないよう気をつけていることは分かった。

 

「次からは、必ず二人で帰ってこい」

 

「……うん」

 

朱麗は、自分の膝を押さえる大きな手を、黙って見つめていた。

 

     ◇

 

季節が幾度か巡った。

 

朱麗とカガチは、泥だらけになって町へ帰ってくることが増えた。

 

「お前が兄貴なんだから、朱麗を危ない場所へ連れていくな」

 

ゲドに叱られ、カガチが口を尖らせる。

 

「なんで僕が兄貴なんだよ!」

 

「この町じゃ、お前の方が先輩だろ」

 

その翌日から、カガチは朱麗へ、地球での暮らし方を教えるようになった。

 

毒のある実。獣の足跡。崩れやすい崖。

 

朱麗は機械のことなら誰よりも詳しいのに、地球の常識をまるで知らない。

 

そこでは、カガチが兄貴分だった。

 

「よし、これで一人前だな」

 

「一人前って、何の」

 

「地球でちゃんと生きていける、ってことだよ」

 

朱麗は、素直に嬉しかった。

 

     ◇

 

町の頭領は、ダガンという男だった。

 

大柄な身体に、日焼けした赤ら顔。声は大きく、笑い方も豪快だった。

 

「ダガンさん」

 

ある日、朱麗はダガンの前で、壊れた発電機を直してみせた。

 

長らく使い物にならなかった機械が、朱麗の手が入ると、あっさり息を吹き返した。

 

「おお……!」

 

ダガンは、目を丸くして機械を見つめた。

 

「使える腕だ。お前、ここを自分の家だと思え」

 

「……いいの?」

 

「当たり前だ。俺たちは、身内は大事にする」

 

ダガンは、朱麗の頭を乱暴に撫でた。

 

その言葉が、朱麗にはとても嬉しかった。

 

もっとも、この町の「身内には優しい」という言葉の裏に、もう一つの顔があることを、朱麗はまだ知らなかった。

 

ある日、朱麗は見慣れない服を渡された。

 

「これ、どこから持ってきたの」

 

「細かいことは気にするな」

 

ゲドは笑って答えた。

 

「今は、お前の服だ」

 

朱麗は、それ以上は聞かなかった。

 

     ◇

 

そんなある日、朱麗とカガチは、いつもより遠くまで足を延ばした。

 

「こっちの方、行ったことないな」

 

「行ってみるか」

 

岩がちの斜面を登り、藪を抜けた先に、思いがけない光景が広がっていた。

 

切り立った山肌に、ぽっかりと口を開けた洞窟。

 

そこから、小さな灯りが漏れていた。

 

「……誰かいる」

 

二人が近づくと、洞窟の奥から、澄んだ声がした。

 

「そこにいるのは、誰ですか」

 

姿を現したのは、若い女性だった。

 

長い黒髪。柔らかな微笑み。まとう空気が、この土地の誰とも違っていた。

 

「私はルル。ここで、子供たちと暮らしています」

 

その背後から、小さな女の子が顔を覗かせた。

 

朱麗より、幾つか年下だろうか。

 

「……ロロです」

 

ロロは、姿勢を正し、澄ました声で名乗った。

 

まるで、大人の真似をしているかのような口調だった。

 

朱麗は、そのとき初めて、ロロという少女を見た。

 

     ◇

 

ルルは、洞窟で幾人もの孤児を育てていた。

 

「お腹は空いていませんか」

 

朱麗とカガチが持ってきた干し肉を、ルルは丁寧に礼を言って受け取った。

 

「こんなに、いただいてしまって」

 

「別にいいよ。町にはいっぱいあるから」

 

朱麗が、少し得意げに言う。

 

ルルは、静かに首を振った。

 

「持ってきていただかなくても、二人が来てくれるだけで嬉しいのですよ」

 

その言葉に、朱麗もカガチも、なぜか胸の奥が温かくなった。

 

母親と呼べる存在を知らない二人にとって、ルルの声は、初めて触れる何かだった。

 

     ◇

 

別の日、朱麗は腕に擦り傷を作って洞窟へやってきた。

 

「これくらい、平気だよ」

 

そう言って隠そうとしたが、ルルは何も言わず、朱麗の手を取った。

 

清らかな水で傷を洗い、薬草を当て、白い布を巻いていく。

 

「強い子でも、痛いときは痛いと言ってよいのですよ」

 

「でも、本当に痛くないし」

 

「では、私が心配することを許してください」

 

朱麗は返す言葉を失った。

 

傍らでは、ロロが心配そうに朱麗の腕を見つめている。

 

「大した傷ではありません。ですから、あなたも落ち着きなさい」

 

ルルに言われ、ロロは慌てて背筋を伸ばした。

 

「わ、私は、最初から心配などしていません」

 

「そうか」

 

朱麗が笑うと、ロロは頬を膨らませた。

 

ルルの手の温かさと、ロロのその顔を、朱麗はいつまでも覚えていた。

 

一方、ロロは、二人が持ってくる品物より、町の話を聞きたがった。

 

「今日は、どんな話を持ってきてくれるの?」

 

朱麗たちの足音が聞こえただけで、ロロは洞窟の入口まで駆けてきていた。

 

だが、朱麗たちの姿が見えると、急に澄ました顔に戻る。

 

「お待ちしていました。今日も、無事で何よりです」

 

「今、走ってきてただろ」

 

カガチが笑って言う。

 

「風の様子を、見ていただけです」

 

「洞窟の中からか?」

 

「……今日は、風がよく入るのです」

 

朱麗は、そのやり取りを見て、くすりと笑った。

 

     ◇

 

ロロは、不思議な少女だった。

 

ルルのそばにいるときは、背筋を伸ばし、大人びた言葉遣いをする。

 

「物珍しさだけで、物に心を奪われてはいけません」

 

朱麗が見つけた、小さな機械仕掛けの玩具を見せたときも、ロロは澄まし顔でそう言った。

 

「じゃあ、いらないのか?」

 

朱麗が引っ込めようとすると、ロロの目が、慌ててそれを追った。

 

「いらないとは、言っていません」

 

「でも、物に心を奪われるなって」

 

「どのような仕組みなのか、確かめることは、修行の一つです」

 

「じゃあ、動かすぞ」

 

朱麗がスイッチを押すと、玩具が小さな羽を動かした。

 

その瞬間、ロロが身を乗り出した。

 

「わあ……! どうして動くの? 中に何が入ってるの?」

 

言ってから、少し離れた場所でルルが見ていることに気づく。

 

ロロは慌てて姿勢を正した。

 

「……おそらく、簡単な仕組みだと思います」

 

その様子を、ルルは何も言わず、ただ静かに笑って見ていた。

 

朱麗は、その一部始終を見て、胸の奥が、くすぐったいような感覚に包まれるのを感じた。

 

――澄ました顔も、無邪気な顔も、両方とも、ロロなんだ。

 

そのどちらもが、朱麗の心を、少しずつ捉えていった。

 

     ◇

 

町での暮らしにも、洞窟での時間にも、朱麗は満たされていた。

 

だが、それは、いつまでも同じ形のままではいられなかった。

 

「なあ、朱麗」

 

ある晩、カガチが言った。

 

「ルルさんたちさ、あんな洞窟でずっと暮らすの、大変じゃないか」

 

「そうだな……」

 

「町に来た方が、絶対いいと思うんだよな。飯だって、もっと美味いもの食えるし」

 

朱麗も、頷いた。

 

「僕もそう思う。ロロだって、もっと色んなもの見られるし」

 

「よし、親父たちに言ってみようぜ」

 

二人に、悪意は欠片もなかった。

 

ただ、大切な人たちに、少しでも良い暮らしをしてほしい。それだけだった。

 

     ◇

 

「洞窟に、女が住んでいるだと?」

 

ゲドから話を聞いたダガンは、片眉を上げた。

 

「それも、えらい別嬪だっていうじゃねえか」

 

「見た目のことは知らんが……子供たちがえらく懐いてる」

 

「ほう」

 

ダガンは、興味を隠さなかった。

 

数日後、ダガンは自ら、幾人かの手下を連れて霊山へ向かった。

 

洞窟の前に立つルルを見て、ダガンは、しばらく言葉を失った。

 

「……こいつは」

 

その美しさに、目を奪われていた。

 

「町の頭を務めている、ダガンという者だ」

 

「これは、ご丁寧に」

 

ルルは、静かに一礼した。

 

「こんな洞窟で、子供らと暮らすこたぁねえだろう。俺の町に来ねえか」

 

「お心遣いは、ありがたく存じます」

 

ルルは、穏やかに、しかしはっきりと答えた。

 

「ですが、この地を離れるわけには参りません」

 

「なんでだ」

 

「この子には、まだ、ここで積むべき修行があります」

 

視線の先には、ロロがいた。

 

「修行だぁ?」

 

「……あなたには、お分かりいただけないかもしれません」

 

ダガンは、しばらくルルを見つめていたが、やがて、笑みを作った。

 

「そうかい。そりゃ残念だ」

 

その日は、それ以上何も言わず、ダガンは町へ引き返した。

 

だが、その足取りは、来たときより、明らかに重かった。

 

     ◇

 

その夜。

 

ダガンは、町の広場に、腹心の男たちを集めていた。

 

「断られちまってな」

 

低い声で言う。

 

「だが、俺は諦めが悪い性分でな」

 

男たちが、互いに顔を見合わせた。

 

「迎えに行くぞ」

 

ダガンは、松明の炎を見つめながら、続けた。

 

「今度は――断れねえようにな」

 

     ◇

 

夜の町に、男たちが集まり始めていた。

 

武器を確かめる者。松明へ油を染み込ませる者。荷車へ縄を積む者。

 

その中に、ゲドの姿もあった。

 

ゲドは武器の革帯を締めながら、周囲の男たちへ低く言った。

 

「女も子供も傷つけるな。町へ連れてくるだけだ」

 

それは仲間へ向けた言葉であると同時に、自分自身へ言い聞かせているようでもあった。

 

朱麗には、それが何の準備なのか分からなかった。

 

だが、カガチには分かった。

 

何度も見てきた。

 

山賊たちが、夜のうちに獲物を襲うときの支度だった。

 

「朱麗……どうしよう」

 

「何が?」

 

カガチは、父親たちに聞こえないよう声を落とした。

 

「たぶん、父ちゃんたち……今夜、ルルさんたちの洞窟を襲う」

 

「……え?」

 

「連れてくるつもりなんだ。ルルさんも、ロロも」

 

「そんなの、嘘だ」

 

「でも、この支度は――」

 

カガチが言い終えるより早く、朱麗は走り出していた。

 

「朱麗!」

 

「俺が知らせてくる! みんなを逃がす!」

 

カガチは追いかけようとした。

 

だが、一歩を踏み出したところで、父親の姿が目に入った。

 

足が、止まった。

 

朱麗の背中だけが、夜の暗がりへ小さくなっていく。

 

「……ごめん」

 

その言葉は、朱麗には届かなかった。

 

町の中央で、ダガンが松明を掲げた。

 

「出るぞ!」

 

男たちの声が、夜の町を揺らした。

 

朱麗は一人、霊山へ走っていた。

 

 

                          (後編へつづく)

 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

今回は、地球へ降り立った朱麗と、少年時代のカガチ、ルル、幼いロロとの出会いを描きました。

山賊の町で父親のような温かさを知り、霊山では母親のようなルルの慈愛と、不思議な魅力を持つロロに惹かれていく朱麗。

大切な人たちに幸せになってほしい。

そんな朱麗とカガチの純粋な善意が、思いもよらない形で二つの家族を引き裂こうとしています。

一人で霊山へ走る朱麗は、ルルとロロたちを救えるのか。

次回、朱麗編・後編へ続きます。
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