GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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今回は朱麗編・後編です。

山賊たちが迫る霊山。ロロを守ろうと懸命に走る朱麗。そして、二人の運命を大きく変える出来事が起こります。

前編、中編から続く朱麗の過去。その結末を、どうぞお楽しみください。


第12話 朱麗・後編

 

 

 

枝が頬を打った。

 

朱麗は拭いもせず、斜面を駆け上がった。

 

息が苦しい。足の裏が熱い。

いつもならカガチとふざけながら登る道が、今夜はどこまでも続いているようだった。

 

――父ちゃんたち……今夜、ルルさんたちの洞窟を襲う。

 

そんなはずはない。

 

ゲドは、帰りの遅い二人を待っていてくれた。

ダガンは、ここを自分の家だと思えと言ってくれた。

 

だからこそ、知らせなければならなかった。

本当に来てしまう前に。

 

木々の向こうへ、洞窟の灯りが見えた。

 

「ルルさん!」

 

入口へ駆け込んだ朱麗に、子供たちが振り向いた。

 

「朱麗?」

 

ロロが立ち上がる。

その奥で、ルルが縫いかけの衣を膝から下ろした。

 

「こんな時間に、どうしたのです」

 

「逃げて……! みんな、早く!」

 

息が続かない。

ルルに肩を支えられ、朱麗はようやく言葉をつないだ。

 

「ダガンさんたちが来る。ルルさんとロロを、無理やり町へ連れていくつもりなんだ」

 

洞窟の中が、静かになった。

 

「カガチが教えてくれた。縄も、武器も……だから、ここにいちゃ駄目だ!」

 

ルルは朱麗の顔を見つめた。

頬についた擦り傷へ指を添え、それから入口の暗がりへ目を向ける。

 

「……そうですか」

 

驚いた声ではなかった。

 

「ロロの修行は、まだ終わっていません。この山で、もう少し時間をかけなければならないのですが……」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないよ!」

 

朱麗の声に、小さな子がびくりと肩を震わせた。

 

ルルは、その子へ手を伸ばした。

 

「ええ。今夜は、ここを離れましょう」

 

静かな声だった。

子供たちを一人ずつ見回し、年長の子へ水袋と食べ物を持たせる。

 

「裏の道を使いなさい。小さい子の手を離さないように」

 

「ルル母さんは?」

 

裾をつかんだのは、アベルだった。

まだ小さな手が、白い布を握りしめていた。

 

「私は、ここでお話をします」

 

「いやだ。母さんも一緒に来て」

 

ルルはしゃがみ、アベルと目の高さを合わせた。

 

「あなたに、お願いがあります。小さい子たちが怖がらないよう、そばにいてあげてください」

 

アベルは首を振った。

ルルはその手を包み、すぐにはほどこうとしなかった。

 

     ◇

 

「朱麗」

 

子供たちが支度をする間に、ルルが呼んだ。

 

「ロロを、お願いできますか」

 

ロロが、母親を見上げた。

 

「山の向こうに、小さな村があります。谷川に沿って下り、白い岩のところで東の道へ。尾根を越えた先です」

 

ルルは床の砂へ、指で道筋を描いた。

 

「あの町の人たちには、教えていない場所です。私の名を伝えれば、かくまってくださるでしょう」

 

朱麗は、その道を目で追った。

 

「ルルさんも、後から来るんだよね」

 

ルルはすぐには答えなかった。

代わりに、自分の首元へ手を添えた。

 

細い紐を外す。

その先で、三角形の小さな石が揺れた。

 

「ロロ。こちらへ」

 

ロロは母の前へ進んだ。

 

ルルが、娘の首へペンダントをかける。

いつも母の胸元にあったものが、自分の胸へ触れた。

 

「この石も、この霊山のものです」

 

ロロは三角形を、両手でそっと包んだ。

 

「お母さんが、ずっと持っていた……」

 

「ええ。離れている間は、これを身につけていなさい」

 

ルルは、岩壁へ目を向けた。

灯りの届くところに、小さな鉱石が幾つも埋まっている。

 

「この山には、あなたの感覚を育ててくれる石が、たくさんあります。この一つだけで、同じ修行ができるわけではありません」

 

「……はい」

 

「皆がここを捜さなくなったら、戻っていらっしゃい。修行の続きは、そのときに」

 

ロロはペンダントを握りしめた。

 

「お母さんと、一緒に?」

 

ルルは娘の髪を撫でた。

 

「今は、無事に逃げることを考えなさい」

 

ロロの唇が、少しだけ動いた。

言いかけたものを飲み込むように、きゅっと結ばれる。

 

それから、背筋を伸ばした。

 

「分かりました。これも、修行の一つなのですね」

 

いつもの、大人びた声だった。

 

ルルは微笑み、娘を胸へ抱き寄せた。

ロロの手が、母の背中に回る。

 

朱麗は、その手が震えているのを見ていた。

 

「……行こう、ロロ」

 

差し出した手を、ロロが取った。

 

ルルは二人を裏の通路へ送り出した。

 

「朱麗」

 

振り返ると、ルルは深く頭を下げた。

 

「知らせに来てくれて、ありがとう」

 

朱麗は何も言えなかった。

 

ロロの手を強く握り、暗い通路へ入っていった。

 

     ◇

 

アベルは、まだ入口の方を見ていた。

 

年長の子に手を引かれても、足が進まない。

ルルは一人、灯りのそばに立っている。

 

「早く、アベル」

 

「でも……」

 

そのとき、外で銃声がした。

 

洞窟の入口で石が弾けた。

子供たちが悲鳴を上げ、裏の通路へ駆け込む。

 

松明の光が、いくつも揺れた。

 

「そんなに慌てなくてもいいだろう」

 

ダガンが、仲間を引き連れて入ってきた。

銃を持った男たちの後ろに、ゲドもいた。

 

「少しばかり、驚かせちまったか」

 

ルルは動かなかった。

 

「子供たちを、怖がらせないでください」

 

「だから、話をしに来ただけだよ」

 

ダガンは笑った。

逃げていく小さな影へ目をやったが、追えとは言わなかった。

 

「うちのカガチも朱麗も、あんたたちのことが気に入っていてね。町へ来てくれりゃ、あいつらも喜ぶ」

 

ゲドが、洞窟の奥へ視線を走らせた。

 

「朱麗は、ここに来ていないか」

 

ルルは答えなかった。

 

「娘はどうした?」

 

ダガンが一歩近づいた。

 

「ロロも一緒でいい。何も、離れ離れにしようって話じゃないんだ」

 

その声を、アベルは岩の裂け目で聞いていた。

 

手を引いていた子が、前の幼子を抱き上げた隙に、戻ってしまったのだ。

細い隙間から、ルルの横顔だけが見える。

 

「あなた方が、こうして来られることは、前から感じていました」

 

ルルが言った。

 

ダガンの笑みが、わずかに止まる。

 

「だったら、話は早いじゃねえか」

 

「そして、私はここで命を奪われるのでしょう」

 

誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 

松明が、ぱちりと鳴った。

 

「……何を言ってやがる」

 

ダガンは眉を寄せた。

 

「殺すなんて、誰が言った。俺は町へ来てほしいだけだ」

 

ルルは、男たちを静かに見つめていた。

 

「何してる。連れていけ」

 

二人が前へ出た。

 

その足が、不意に止まった。

 

ルルの背後で、岩壁が白く光った。

 

一つ、また一つ。

壁に埋まった鉱石が、洞窟の奥から淡い光を返してくる。

 

松明とは違う、冷たい白。

ルルの衣も、髪も、その光に包まれていた。

 

「な……何だ、これは」

 

一人が銃を持ち上げた。

 

ルルは手を伸ばさなかった。

ただ、そこに立っていた。

 

「やめろ!」

 

ゲドの声と、銃声が重なった。

 

最初の一発に驚いた男が、引き金を引いた。

さらに、もう一人。

 

狭い洞窟に、耳をつんざく音が跳ね返った。

 

ルルの身体が、揺れた。

 

白い衣の胸元へ、赤が広がる。

膝が折れ、その姿がアベルの視界から消えた。

 

「……母さん?」

 

声になったのかどうか、分からなかった。

 

光が薄れていく。

石床の上に、ルルの手が見えた。

 

いつもアベルの頭を撫でていた手だった。

 

「誰が撃てと言った!」

 

ダガンが怒鳴った。

 

「俺は連れてこいと言ったんだぞ!」

 

「だ、だって……今、何か……」

 

銃を持った男が、震えていた。

 

ゲドがルルのそばへ膝をつく。

肩へ触れ、顔を覗き込み、それきり動かなくなった。

 

ダガンは足元を見つめていた。

やがて顔を上げ、洞窟の奥へ目を向ける。

 

「……娘はどこだ」

 

誰も答えない。

 

「母親は死んじまった。せめて娘だけでも捕まえるんだ!」

 

「は、はい、頭領!」

 

男たちが駆け出した。

 

アベルの口元を、小さな手が塞いだ。

戻ってきた年長の子が、涙を浮かべながら首を振っていた。

 

アベルは、動かない白い手を見ていた。

 

引きずられるように通路へ戻されても、その手から目を離せなかった。

 

     ◇

 

「……お母さん?」

 

ロロが立ち止まった。

 

胸元のペンダントが、白く光っていた。

ほんの一瞬。指で包むと、光はもう消えていた。

 

「どうした、ロロ」

 

「今……」

 

ロロは、山の上を振り返った。

ここから洞窟は見えない。

 

遠くで、かすかな音がした。

 

「急ごう」

 

朱麗はロロの手を引いた。

 

谷川へ下りる道は、思っていたより険しかった。

夜露に濡れた草が足へ絡み、石の隙間に靴先が取られる。

 

ロロは文句を言わなかった。

転びかけても、朱麗の手を握り直し、ついてきた。

 

やがて、木々の間から空が見え始めた。

黒かった空の端が、わずかに白んでいる。

 

「もう少しだ。川まで下りれば――」

 

「いたぞ!」

 

背後で声がした。

 

朱麗が振り向く。

見覚えのある男が三人、藪を分けて現れた。

 

町で、何度も一緒に飯を食べた顔だった。

 

「なんだ、朱麗じゃねえか」

 

男が息を弾ませながら笑う。

 

「お前も一緒だったのか。捜したぞ」

 

朱麗はロロを背にかばった。

 

「来るな」

 

腰の小刀を抜く。

刃先が、朝の薄明かりを拾った。

 

男たちは足を止めた。

だが、すぐに顔を見合わせて笑った。

 

「はいはい。朱麗、やめな」

 

「そんなもん振り回したら、危ねえだろ」

 

「ロロには近づくな!」

 

「俺たち、仲間だろうが」

 

正面の男が、両手を広げた。

 

「その子だって、一緒に町へ来た方が幸せじゃねえか。飯もある。寝る場所もある」

 

ロロの指が、朱麗の服をつかんだ。

その指先が震えていた。

 

「嫌だって、言ってるだろ!」

 

朱麗は踏み込んだ。

 

男は軽く身を引き、伸びてきた腕を横へ払った。

朱麗の身体がよろめく。

 

その隙に、一人がロロの腕をつかんだ。

 

「いや……!」

 

「暴れるなよ。怪我するぞ」

 

ロロの背中へ腕が回る。

 

朱麗は歯を食いしばり、もう一度小刀を構えた。

 

「離せ!」

 

刃は届かなかった。

手首をはたかれ、小刀が石の上へ落ちる。

 

「ほら。もう終わりだ」

 

男が、それを足で遠ざけた。

 

ロロの腕へ、縄が回されていく。

 

朱麗には、その光景しか見えなくなった。

 

「ふざけるなあっ!」

 

全身でぶつかるつもりで、男へ突っ込んだ。

 

「おっと」

 

男が横へ避けた。

 

その背後に、道はなかった。

 

朱麗の足が、何もないところを踏んだ。

縁の土が崩れる。

 

「あ――」

 

伸ばした手が、草をすり抜けた。

 

「朱麗!」

 

ロロの声が、頭上へ遠ざかった。

 

     ◇

 

「おい……」

 

男が崖の縁へ駆け寄った。

眼下では枝が揺れ、折れた小枝が谷底へ落ちていった。

 

「あいつ、勢いつけすぎだろ……」

 

誰も笑っていなかった。

 

「やばいぞ。ゲドさんに、何て言うんだよ」

 

「朱麗! おい、返事しろ!」

 

返ってくるのは、川の音だけだった。

 

「下りるぞ。生きてるか確かめねえと」

 

「道は?」

 

「向こうから回れる。急げ!」

 

ロロを押さえていた男が、縄の端を握り直した。

 

「歩けるな。お前も来い」

 

ロロは何度も頷いた。

 

「お願い……朱麗を、助けて」

 

男たちは、少女を連れて斜面の向こうへ回り込んだ。

 

     ◇

 

ネオジャパン。

 

高層ビルの屋上を、強い風が吹き抜けていた。

 

眼下には、無数の窓の光。

道路を走る車が、小さな点のように見えた。

 

「レイン?」

 

ドモン・カッシュは、目の前の女へ声をかけた。

 

レインは、何かを言おうとしていた。

唇が開き、また閉じる。

 

「どうした」

 

ドモンが一歩、近づいた。

 

レインの手が、その胸へ触れた。

 

「……ごめんなさい」

 

次の瞬間、強く押された。

 

足が、屋上の縁を離れた。

 

「――レイン!」

 

伸ばした手は、空をつかんだ。

 

女の姿が遠ざかる。

窓が、壁が、凄まじい速さで頭上へ流れていく。

 

掴まるものがない。

蹴る足場もない。

 

「なぜだ……レイン!」

 

声は、風に引き裂かれた。

 

落ちていく。

 

光の粒が滲み、やがて何も見えなくなった。

 

     ◇

 

水の音がした。

 

頬に触れているのは、冷たい砂利だった。

 

ドモンは指を動かした。

掌で地面を押し、ゆっくりと身体を起こす。

 

岩。木々。細い川。

 

見上げても、ビルはなかった。

 

「……どこだ、ここは」

 

自分は、落ちたはずだ。

あの高いビルから。

 

砂利を踏む音がした。

 

三人の男が、斜面を下りてくる。

その間に、両腕を縄で縛られた少女がいた。

 

男の一人が、後ろからその身体を押さえつけている。

 

「朱麗……!」

 

少女が顔を上げた。

 

――何をしている。

 

ドモンの眉が吊り上がった。

 

その頭の奥へ、幼い声が飛び込んだ。

 

『ロロを助けて!』

 

先頭の男が、ほっとした顔で近づいてきた。

 

「朱麗! よかった、生きて――」

 

言い終わるより早く、拳が男の頬へ炸裂した。

 

男が吹き飛ぶ。

 

残る二人が、言葉を失った。

 

その間へ、ドモンは踏み込んでいた。

 

少女を押さえる腕を外へ払い、一人の鳩尾へ拳を入れる。同時に身体をひねり、もう一人の顎を蹴り上げた。

 

二人の男が、ほとんど同時に地面へ崩れ落ちた。

 

一瞬の出来事だった。

 

ロロは、動けなかった。

 

目の前にいるのは朱麗だ。

さっきまで、何度向かっていってもあしらわれていた、あの朱麗だった。

 

ドモンは着地した足へ目を落とし、拳を握り直した。

 

「……おかしい。スピードが足りない」

 

「え……?」

 

「威力もない。どうなっている」

 

ロロを振り返り、その縄へ手をかける。

結び目をほどく間も、眉間の皺は消えなかった。

 

「一体、俺はどうしてしまったんだ……」

 

縄が砂利の上へ落ちた。

 

ロロは手首を押さえながら、少年の顔を見つめていた。

 

「朱麗、大丈夫なの?」

 

ドモンは返事をしなかった。

 

「だいたい、あの高さから落ちて……なぜ生きている」

 

喉がひどく渇いていた。

 

川べりへ歩き、岩の陰の静かな水面へ膝をつく。

水をすくおうと、両手を伸ばした。

 

その手が止まった。

 

水面の中から、見知らぬ少年がこちらを見ていた。

 

頬へ触れる。

少年も、同じところへ手を当てた。

 

「……誰だ、こいつは」

 

『それは、こっちの台詞ですよ』

 

ドモンが振り返った。

 

「誰だ!」

 

そこには、ロロしかいなかった。

 

『あなたこそ、誰なんです?』

 

声は、頭の中から聞こえていた。

さっき、少女を助けてくれと叫んだ声だった。

 

『どうして、僕の身体を動かしているんですか』

 

ドモンは再び、水面へ目を落とした。

 

「お前が……この顔の?」

 

『僕は朱麗です』

 

少し離れたところで、ロロが困ったように眉を寄せた。

 

「朱麗……誰と話しているの?」

 

「いや、ちょっと君、黙っていてくれるか」

 

「……うん、ごめん」

 

ロロは口を閉じた。

 

ドモンは額を押さえた。

 

「俺は、ドモン・カッシュだ」

 

『ドモンさん……』

 

「ネオジャパンにいた。高いビルから落ちて、気がついたらここだ」

 

『ネオジャパン? 日本のことですか?』

 

「それ以外に何がある。……今は何年だ」

 

朱麗が答えた年号を聞き、ドモンの顔が曇った。

 

「宇宙世紀? 未来世紀ではないのか」

 

『未来世紀……?』

 

しばらく、川の音だけが聞こえた。

 

『なるほど。ということはですよ、ドモンさん』

 

「何だ」

 

『これは、異世界転生ってやつじゃないですか』

 

「異世界転生?」

 

ドモンは、水面の自分を睨んだ。

 

「何だ、それは」

 

『くう……これは、たぎりますよ。ドモンさん!』

 

「朱麗。お前の言っていることが、よく分からんのだが」

 

『違う世界の人が、こっちの世界で生まれ変わるんですよ。ほら、物語なんかで――』

 

「俺は今、物語の話をしているのではない!」

 

ロロが、びくりと肩を揺らした。

 

ドモンはそちらを見て、少し声を落とした。

 

「……お前に言ったのではない」

 

ロロはますます困った顔になった。

 

『やっぱり、チート能力とかあるんですか?』

 

「チート?」

 

『普通じゃ考えられないような、すごい力ですよ。さっきみたいな!』

 

「あんなもの、鍛えればできる」

 

『できませんよ! 僕、さっき全然駄目だったんですよ!』

 

ドモンは返そうとして、口を閉じた。

 

ロロが、遠慮がちに手を上げていた。

 

「……もう、いいかな」

 

「何だ」

 

「あの人たち、起きちゃうかもしれないから……早く、逃げよう」

 

倒れた男の一人が、小さく呻いた。

 

ドモンは立ち上がった。

 

「……そうだな」

 

『ドモンさん、それでチートの――』

 

「その話は後だ」

 

またロロが口を閉じかけたので、ドモンは慌てて首を振った。

 

「君じゃない。……行こう」

 

     ◇

 

川沿いに歩きながら、ロロが道を説明した。

 

白い岩のところで東へ。

尾根を越えた先の村へ。

 

「お母さんが、そこなら大丈夫だって」

 

ドモンは頷いた。

 

『ロロを、その村へ連れていくところだったんです』

 

朱麗の声が、今度は静かに続いた。

 

『あの人たちに、捕まる前に』

 

「分かった」

 

ロロは不思議そうに振り返ったが、尋ねなかった。

 

日が高くなるにつれ、岩場の熱が足元から上がってきた。

 

ロロの歩幅は、小さくなっていた。

水を飲ませ、日陰で息を整えさせる。そのたびにロロは、すぐに立ち上がろうとした。

 

「まだ、歩けるよ」

 

「急がなくていい」

 

ドモンはそう答え、歩調を緩めた。

 

だが、細い坂道へ入ったところで、足を止めた。

 

後ろを振り返る。

 

風に混じって、石を踏む音がした。

一つではない。

 

「……また来たか」

 

「え?」

 

「二人。いや、三人だ。こっちへ向かっている」

 

ロロの顔が強張った。

 

ドモンは道の先へ目を走らせた。

まだ尾根は遠い。

少女の足では、追いつかれる。

 

「ロロ。悪いが、少し隠れていてくれ」

 

道から外れ、岩が重なった場所へ入る。

低い藪の奥に、人が一人うずくまれる隙間があった。

 

ドモンは中を確かめ、ロロを座らせた。

 

「俺が、あいつらを引き離す」

 

「一人で?」

 

「大丈夫だ」

 

短い答えだった。

 

ロロはその顔を見上げた。

強がっているようには見えなかった。

 

「もし、日が傾いても俺が戻らなかったら、先に村へ行け。暗くなるまで、ここで待つ必要はない」

 

ドモンは、藪の切れ目から見える道を指した。

 

「追っ手がいないのを確かめてからだ。分かったな」

 

ロロが頷く。

 

「それから、村ではロロと名乗るな」

 

「どうして?」

 

「あいつらは、ロロという娘を捜している。名前は変えておいた方がいい」

 

「じゃあ……何て、名乗ればいいの」

 

ドモンは少し考えた。

 

「ミリアだ」

 

「ミリア……」

 

ロロが繰り返す。

 

「村の人には、そう名乗れ。俺も、ミリアという名で君を捜す」

 

その言葉に、ロロの肩から少し力が抜けた。

 

立ち上がりかけたドモンの袖を、細い指がつかんだ。

 

「待って」

 

「どうした」

 

ロロは首へ手を回し、紐を外した。

 

「少し、かがんで」

 

言われるまま、ドモンが身をかがめる。

 

ロロはその首へ、トライアングルペンダントをかけた。

衣の上に収まるよう、指先でそっと直す。

 

「これは……お守りか?」

 

「うん。きっと、朱麗を守ってくれるから」

 

ロロは顔を上げた。

 

「……戻ってきてね」

 

ドモンは胸元の石へ触れた。

 

「ああ。必ず戻る」

 

そのまま身を翻し、藪を抜けていった。

 

ロロは、袖をつかんでいた手を胸へ引き寄せた。

 

     ◇

 

『あの、ドモンさん』

 

走り出してすぐ、朱麗が言った。

 

「何だ」

 

『それ、ルルさんがロロに渡した、大切なペンダントなんですけど』

 

「……母親のものだったのか?」

 

『はい。ずっと身につけていたもので……僕も、まさか渡すとは思わなくて』

 

ドモンの足が、一瞬鈍った。

 

背後には、ロロを隠した岩場がある。

前方からは、人の近づく気配。

 

今、引き返すわけにはいかなかった。

 

ドモンはペンダントを衣の内側へ入れた。

 

「なら、戻って返す」

 

『……はい』

 

小さくなった朱麗の声を聞きながら、ドモンは道へ飛び出した。

 

「いたぞ! 朱麗だ!」

 

三人の男が立ち止まった。

 

「娘はどうした!」

 

ドモンは答えず、ロロのいる岩場とは反対の斜面へ駆けた。

 

「逃がすな。あいつが知ってる!」

 

足音が追ってくる。

 

ドモンは振り返らなかった。

もう少し離す。

ロロが、安心して道へ戻れるところまで。

 

尾根を一つ越え、谷を回った。

三人の息が乱れ始めたところで、ドモンは足を止めた。

 

追いついた男が腕を伸ばす。

その腕を取った瞬間に、勝負は決まった。

 

三人を倒し終え、来た道へ向き直る。

だが、一歩踏み出した膝が、がくりと折れた。

 

「……今度は、足か」

 

岩へ手をつき、息を整える。

気持ちは先へ行くのに、脚がついてこない。

 

『昨日から、ずっと走ってましたから……』

 

ドモンは唇を噛み、立ち上がった。

引き離すために下った急斜面を、今度は登り返さなければならなかった。

 

     ◇

 

岩陰が、少しずつ涼しくなっていった。

 

ロロは膝を抱え、細い隙間から空を見ていた。

 

何度か、足音が聞こえた気がした。

そのたびに顔を上げたが、朱麗は戻ってこなかった。

 

やがて、向かいの岩へ長い影が伸びた。

 

――日が傾いても俺が戻らなかったら、先に村へ行け。

 

ロロはそっと外を覗いた。

 

誰もいない。

しばらく待っても、話し声は聞こえなかった。

 

「……先に、行ってるね」

 

小さく告げて、岩陰を出た。

 

村へ続く道を、一人で歩く。

 

いつも胸に触れていた石は、もうなかった。

代わりに、首へかけてあげたときの朱麗の顔を思い出した。

 

「朱麗って……あんなに強かったっけ」

 

三人が倒れたところは、ほとんど見えなかった。

気がついたら、朱麗が目の前にいた。

 

縄をほどいてくれた手。

一人で追っ手の方へ走っていった背中。

 

「……かっこよかったな」

 

口に出してから、ロロは慌てて周りを見た。

 

誰もいない。

 

それでも恥ずかしくなって、唇を結んだ。

結んだはずなのに、また少し緩んでしまう。

 

村に着いたら、何て言おう。

 

ありがとう、だけでは足りない気がした。

でも、ほかの言葉を考えると、余計に顔が熱くなった。

 

足元で、石が鳴った。

 

「え――」

 

踏み出した足が滑った。

道の縁が、重さを支えきれずに崩れる。

 

身体が、横へ投げ出された。

 

ロロは岩へ手を伸ばした。

指が届かない。

 

空と崖が、ぐるりと入れ替わった。

 

「朱麗――助けて!」

 

叫び声が、谷へ落ちていった。

 

身体が斜面を打つ。

次の岩角が額をかすめ、視界が白く弾けた。

 

伸ばしていた手が、ゆっくりとほどけた。

 

     ◇

 

夜。

 

松明の火が、岩肌を照らした。

 

朱麗が、藪をかき分けて戻ってきた。

服の袖は裂け、靴には土がこびりついていた。

 

「ロロ」

 

返事はなかった。

 

松明を低くし、岩の隙間へ差し向ける。

 

そこに、少女の姿はなかった。

 

『……ロロ、いませんね』

 

ドモンは、村へ続く道を見た。

 

「先に行けと、言っておいたからな」

 

松明の炎が、風に揺れた。

 

「きっと、あの村へ逃げおおせたんだろう」

 

『そうですね。……早く、追いつきましょう』

 

「ああ」

 

ドモンは胸元へ手を添えた。

衣の下に、三角形の石があった。

 

それを確かめ、歩き出す。

 

松明を片手に、朱麗はロロの後を追った。

 

 

                          (つづく)

 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

三話にわたってお送りした朱麗編は、今回で完結です。

朱麗とドモンの出会い、ロロが「ミリア」という名を与えられた理由、そしてトライアングルペンダントが朱麗へ託された経緯が、ようやく明らかになりました。

重い出来事が続く中、出会ったばかりの朱麗とドモンによる「異世界転生」や「チート」を巡る会話も、二人の長い関係の始まりとして楽しんでいただければ幸いです。

第1話で朱麗がペンダントを見つけた場面も、今回の話を踏まえて読み返すと、少し違った意味に見えるかもしれません。

今後とも『GUNDAM TRIANGLE』をよろしくお願いいたします。
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