新しい機体に乗る仲間たち、そしてクワトロの戦いにもご注目ください
最後の覆いが、風にほどけた。
砂の上に、赤い艦首が現れる。
見上げても、その奥にそびえる艦橋までは一度に見渡せなかった。
「……こいつは、すごいねえ」
ミランダが首を反らした。
隣のガランも、腕を組んだまま動かない。
ナナイは手元の端末を閉じた。
「人も機体も増えました。いつまでも別々の輸送車で動くわけにはいきませんので」
「それにしたって、限度ってものがあるだろう」
「整備場、居住区、医務室。必要なものをまとめた結果です」
ヤザンが低く笑う。
「今度は寝床ごと戦場へ持っていくってわけだ」
艦底から、腹に響く低音が伝わってきた。
地面に積もった砂が、輪を描いて押し出される。
巨大な船体が、ゆっくりと浮いた。
整備兵たちから声が上がった。
「浮いたぞ!」
「前に出るな! 砂を食うぞ!」
シュウは頬に当たる砂を払い、赤い船腹を眺めていた。
「どこから持ってきた?」
「火星です。レジオンが使っていたグラン・ザンドレル級。その試作艦を引き取りました」
「試作?」
「元の船を改造し、陸上での運用を試した艦です。正規のものができてからは、持て余されていたようで」
ナナイが開いた格納庫を示す。
「搭載区画は正規型の半分ほどですが、現在の我々には十分です。地上で使うための調整も済ませました」
シュウは、次々と荷を運び込む兵たちを見た。
部隊ごとに違っていた作業着が、同じタラップに集まっていく。
「名前は?」
「《暁》ではどうかと。乗員から出たものです」
「任せる。」
近くにいた若い整備兵が、仲間と目を合わせた。
そっと拳を握る。
「では、《暁》で」
ナナイが言うと、格納庫の上から声が飛んだ。
「聞いたか! 艦名、決まったぞ!」
シュウは一足先にタラップへ向かった。
「中を見よう。お披露目はそれだけじゃないんだろう?」
◇
格納庫の床には、新しい固定金具が並んでいた。
その奥で、三機のモビルスーツが待っている。
ガランは、最初の一機の足元で立ち止まった。
「ドムIIIか」
「あなたの機体です。砂地での走行試験は済んでいます」
ナナイの説明を聞きながら、ガランは厚い脚部を見上げた。
「トローペンより、余裕があるな」
「荷物を増やすための余裕ではありませんよ」
「分かっている」
隣では、ミランダが機体の拳を覗き込んでいた。
両肩に盾を備えた、シュツルム・ガルス。
「ずいぶん思い切ったものを持ってきたねえ」
「ご不満ですか」
「いいや。相手の顔がよく見えそうだ」
拳の先へ手を伸ばし、ミランダは笑った。
「ドライセンじゃ、狭いところで振り回せないこともあったからね」
その向こうで、ヤザンがもう梯子を上っていた。
「おい。説明は後だ。電源を入れろ」
「まだ最終確認が――」
「俺がする」
整備兵がナナイを見る。
ナナイは小さく息をつき、頷いた。
ハンムラビ・ツヴァイのモノアイに光が入る。
ヤザンが操縦桿を動かすと、片腕がわずかに持ち上がった。
「……ほう」
今度は指を曲げる。
続けて、足首。腰。肩。
「遅れねえな」
「駆動系も制御系も、旧型とは別物です。出力にも余裕を持たせてあります」
「そいつは楽しみだ」
兵装架にはバズーカと、長い柄を持つ武器が置かれていた。
脇のケースには、連結された円盤状の爆薬が収まっている。
「チェインマインも積んであります。ただし、艦内では――」
「試さねえよ。そこまで馬鹿じゃねえ」
ミランダが吹き出した。
「念を押されるくらいには、信用されてないね」
「てめえにだけは言われたくねえな」
シュウは、整備兵が差し出した新しい部隊表へ目を落とした。
三人の名の脇に、短い文字が添えてある。
「鉄嵐のガラン。迅雷のミランダ。狩鬼のヤザン」
読み上げると、ミランダが振り返った。
「いつの間に、そんなものまで」
「部隊が増える。顔を知らない兵にも、誰がどこを受け持つか覚えてもらわないとな」
「狩鬼、ねえ」
ヤザンの声が、頭上のコックピットから降ってきた。
「獲物が逃げなきゃ、何でもいいぜ」
ガランは何も言わず、自分の機体をもう一度見上げた。
格納庫の最奥には、もう一機分の場所があった。
そこだけ、仕切りが閉まっている。
「あれは?」
シュウが尋ねると、後ろから声がした。
「私が頼んだものだ」
クワトロだった。
彼は仕切りの向こうへ目を向け、そのままナナイを見る。
「こちらも、間に合ったようだな」
「ええ。整備班には、ずいぶん無理をしてもらいました」
「そぅか・・ナナイには苦労をかけた。」
クワトロは丁重に礼を言い考え深く見上げた。
◇
数か月前。
端末に映った古い機体を見て、ナナイはしばらく黙っていた。
「……これを、お使いになると?」
「ああ」
「随分と古い機体です。動力部も駆動系も、そのままでは使い物になりません」
「入れ替えればいい」
「新しいモビルスーツを一機造るほどの費用がかかりますが」
クワトロは画面から目を離さなかった。
ナナイは、その横顔を見る。
「……いいでしょう。こちらで手配します」
「もう一つ、頼みがある」
ナナイの指が止まった。
「まだ、ございますか」
「コックピットは、当時のものを再現してほしい。座席から操縦桿までの距離も、握った感触もだ」
「操作系まで古いものにするおつもりですか」
「中身は新しくして構わん。手に触れるところを合わせてくれればいい」
彼は、何もない空間で指を軽く曲げた。
「覚えているものがあるのでな」
ナナイは端末へ視線を戻した。
「整備班への説明は、ご自分でもなさってください」
「承知した」
◇
艦橋の床に、穏やかな振動が広がった。
《暁》が動き出している。
後方の監視画面から、荷を積み終えた空き地が遠ざかっていった。
クワトロが艦橋を出ると、一人の兵が通路の脇で姿勢を正した。
左の袖口に、古いジオンの徽章が縫い込まれている。
「大佐。お待ちしておりました」
「ここでは、クワトロだ」
「はっ。……クワトロ大尉」
言い直しても、背筋の伸び方は変わらなかった。
「頼んだ件か」
「はい。ダカールから戻った者の報告です」
兵が薄い記録端末を差し出す。
「連邦の公用車が使う搬入口へ、イエロースーツの連絡員が入っています。一度ではありません。同じ人物の出入りを、日を変えて確認しました」
「建物は」
「行政区の地下施設です。地上では、連邦の管理局になっています」
クワトロは画像を送った。
門。車両。降りてきた男の横顔。
自分の手で集めていた情報が、その顔とつながった。
「ナナイには?」
「まず、大佐にお届けするようにと」
兵は迷わず答えた。
クワトロは、その目を一度見た。
「分かった。彼女を呼んでくれ」
◇
「ダカールが、イエロースーツの本拠地です」
作戦室で、ナナイが告げた。
シュウの前に、クワトロから預かった画像が並ぶ。
連邦の標識が立つ門の前で、黄色い上着を脱ぐ男が映っていた。
「ずいぶん、立派な隠れ家だ」
「出入りする者と、こちらで把握している連絡員が一致しました。ダカールから各地へ命令が出ています」
「連邦のお膝元で、連邦を襲う連中を飼っているわけか」
シュウは椅子に身を預けた。
ナナイは返事を待つ。
「行こう」
そのとき、地図を見ていたガランが指を置いた。
「その前に、ここだ」
ダカールの東。
ティエスと記された町だった。
「郊外に補給施設がある。あの三人が、今はそこにいる」
ミランダが卓の縁に腰を預ける。
「残してきた部下が調べてくれたよ。イエローの上層。ローデン、エナム、ベルザ。三人とも、まだ元気らしい」
「俺たちがダカールへ向かえば、あそこの見張りに必ず引っかかる」
ガランの指が、施設から西へ道をたどった。
「本拠地へ知らせが飛ぶ。逃げるにしろ、待ち構えるにしろ、時間を与えることになる」
「だから、先に口を塞ぐ」
シュウの言葉に、ガランが頷いた。
「俺は、そうするべきだと思う」
「私も賛成だね。あいつら、自分の命がかかるとなると俄然仕事が早いからねえ」
ミランダの笑みが消えた。
「今度は、こっちの顔を見て話してもらうよ」
シュウはナナイを見る。
「進路をティエスへ。市街には入らず、施設を囲む」
「承知しました」
「通信設備と、西へ抜ける道を先に押さえる。あの三人に、報告の暇は与えない」
ナナイが艦橋を呼び出した。
ガランとミランダは、もう地図の前で話し始めていた。
「北の斜面は、まだ通れるか」
「通れる。あんたの新しい足ならね」
◇
一方ここはダカール・会議場の議長室。
磨かれた廊下の向こうで、議員の到着を知らせる声がした。
扉が閉まると、外のざわめきは聞こえなくなった。
ローナン・マーセナスは、机に置いた報告書を指で押さえていた。
読み終えた頁を戻し、同じ箇所をもう一度見る。
「報告のたびに、話が変わる」
向かいに立つリディへ、書類を滑らせた。
「第六集積所の件だ。ガランとミランダは敵側へ移ったというのに、ローデン卿を含むあの三人は、施設の損失ばかり書いて寄越す」
リディが書類を拾う。
「現地へ行けということですか」
「ティエスで何があったのか、確かめてこい。三人から直接聞くんだ」
「分かりました」
リディは書類を閉じた。
ローナンは椅子へ深く座り直す。
「弁解を運んでくる必要はない」
取っ手へ伸びたリディの手が、一度止まった。
「事実を持って戻ります」
◇
ティエス郊外の補給施設へ、リゼルが降りた。
着地の風が、格納庫前の砂を巻き上げる。
誘導灯を振っていた兵が顔を背け、もう一人が慌てて黄色い上着の前を閉じた。
連邦の制服を着た整備兵が、足場を寄せた。
「お待ちしておりました」
リディは返事をしながら、格納庫の奥を見た。
連邦の機体の隣で、黄色く塗られたザクが整備を受けている。
ヘルメットを脇に抱え、その間を通り抜けた。
奥の建物では、三人が立って待っていた。
「遠いところを、わざわざ」
ローデンが口を開く。
連邦にいた頃の癖なのか、上着には勲章を留めるための穴が残っていた。
エナムは机の上の記録をまとめ、黄色い襟のベルザは、リディの目を避けた。
「挨拶はいい。ガランとミランダの件を聞く」
リディが言った。
「あの二人を施設ごと吹き飛ばそうとしたと聞くが?」
ローデンの笑顔が止まる。
「それは、少々誤解が――」
「爆破命令は出ている。誰が決めた」
「敵を足止めするための措置でした」
エナムが答えた。
「あの拠点を維持する価値は、すでになかったのです」
「人間もか」
短い問いに、エナムは口をつぐんだ。
「失敗続きの二人です」
ベルザが言う。
「兵も失い、補給地も守れず、最後には敵に寝返った。かばう理由はありません」
「寝返る前に、お前たちは二人を捨てたという報告もあるが?」
リディは机へ書類を置いた。
「二人だけじゃない。その下にいた兵もまとめてだ。使える部隊を、自分たちで敵へ渡してどうする」
ローデンが、口元を拭った。
「こちらにも、事情がございます。ダカールから要求される物資を揃えるためには――」
窓の外が白く光った。
次の瞬間、床が跳ねた。
机の上のカップが倒れ、熱い飲み物が書類へ広がる。
「何だ!」
ベルザが窓へ走った。
敷地の北端。
通信塔の上部が折れ、火を噴きながら倒れていく。
警報が鳴った。
『北方より敵艦! モビルスーツ隊、接近!』
砂煙の向こうで、赤い艦首が姿を現した。
◇
「通信塔、沈黙。西側の中継設備も破壊しました」
《暁》の艦橋で、通信兵が報告した。
ナナイは正面の画面を見ていた。
「妨害を継続。市街へ砲を向けないよう、砲術班に徹底なさい」
「了解!」
発進口の表示が、一つずつ緑に変わる。
砂を巻き上げ、ドムIIIが飛び出した。
低く身を沈めたまま、北の斜面を滑り降りていく。
その後ろからシュツルム・ガルスが進み、ハンムラビ・ツヴァイが西へ分かれた。
最後に、格納庫の奥の仕切りが開いた。
照明を受けて、金色の装甲が光った。
作業をしていた兵たちの手が止まる。
「おい、あれ……」
「百式か?」
百式改の量産型を基にした、金色の機体。
新品の関節が動くたびに、古い姿からは想像できない滑らかさで重心が移った。
コックピットの中で、クワトロが操縦桿を握り直す。
指の収まるくぼみも、親指の先にあるスイッチも、覚えている位置にあった。
『調整はいかがですか』
ナナイの声が届いた。
「よく仕上げてくれた」
クワトロは、前方の光を見た。
「クワトロ、出るぞ」
金色の足が床を蹴った。
背部の噴射光が伸び、機体は砂煙の上へ躍り出た。
◇
「連邦の守備隊を出せ!」
ローデンが通信器へ怒鳴った。
隣ではベルザが別の回線を開いている。
「何を待っている! 格納庫の機体を全部出すんだ!」
エナムはダカールを呼び続けていた。
返ってくるのは、耳障りな雑音だけだった。
「予備回線は」
「つながりません」
「伝令を走らせろ。西の道だ!」
リディは、飛び散ったガラスを踏んで扉へ向かった。
「配置図を俺の機体に送れ」
「お待ちください。あなたまで出ては――」
「ここを失う訳にはいかんであろうが!」
ローデンの返事を待たず、リディは走り出した。
◇
格納庫の正面扉が開いた。
黄色いザクが二機。
続いて、連邦の標識をつけたジェガン。
互いを警戒する様子もなく、左右へ分かれて銃口を上げる。
「見たかい、ガラン」
ミランダが言った。
「ああ。昔の俺たちには、寄越さなかった戦力だ」
ザクの機関砲が火を噴いた。
その隣から、ジェガンのビームが走る。
ミランダはコンクリートの仕切りの陰へ飛び込んだ。
頭上が砕け、破片が肩の盾へ降ってくる。
『連邦機を確認した。黄色の連中と一緒に撃ってきている』
ガランからの報告を、シュウはカゲロウの中で聞いた。
少し離れた高まりから、施設全体を見渡している。
「隠す余裕もなくなったか」
ナナイへ画面を送る。
「記録しておいてくれ。あの印ごとな」
赤い機体が、高まりを下りた。
◇
ガランの前で、二本のビームが砂を焼いた。
ドムIIIが右へ滑る。
大きな機体の影が動き、ジェガンの照準が追いかけてきた。
ガランは引き金を引かなかった。
追わせたまま、さらに右へ回る。
「ミランダ。三秒だ」
『長いね』
「待て」
ジェガンが一歩踏み出した。
その背後に、ザクが重なる。
ドムIIIのバズーカが吠えた。
弾はジェガンの足元を割った。
噴き上がる土砂の中で、機体が片膝をつく。
背後のザクが、横へ逃げた。
「今だ」
シュツルム・ガルスが、仕切りの陰から飛び出した。
ザクの銃口が戻る。
その内側へ、ミランダは肩から入った。
「遅い!」
盾が銃身を跳ね上げる。
続く拳が胸部を打ち、黄色い機体が格納庫の壁へ叩きつけられた。
ミランダは止まらない。
片膝をついたジェガンの腕を払い、立ち上がろうとするところへもう一撃を入れた。
胸の装甲がへこみ、背部の噴射が途切れる。
「確かに、よく動くねえ!」
正面の警告が鳴った。
別のジェガンが、格納庫の脇から照準を合わせている。
ミランダが振り向くより早く、ドムIIIが射線を横切った。
バズーカの一撃で、相手のライフルが腕ごと跳ね飛ぶ。
「深く入りすぎるな」
「後ろが堅いから、ついね」
ミランダは機体を下げた。
すぐ前を、二発目が通り抜ける。
敵の盾と肩が、砂煙の奥へ消えた。
◇
西門が、半分だけ開いた。
装甲車が二台、砂地へ飛び出してくる。
その前を一機のジェガンが走り、道路へ向かってライフルを振った。
「そっちは通行止めだぜ」
ヤザンが機体を起こした。
ハンムラビ・ツヴァイのバズーカが、先頭のジェガンを狙う。
相手は盾を構えた。
発射。
衝撃に耐えたジェガンが、盾の向こうから顔を出す。
そこには、もうヤザンの機体はいなかった。
上から、何かが落ちてきた。
連なる円盤。
鎖のようにつながったそれが、ジェガンの肩に引っかかり、胴へ巻きついた。
「そいつは、置いていけねえ土産だ」
着地と同時に、ヤザンは機体を伏せた。
チェインマインが、短い間隔で次々に爆ぜた。
盾を構えたまま、ジェガンが横倒しになる。
装甲車が急旋回した。
道路を捨て、低い窪みへ逃げ込もうとする。
ヤザンはバズーカを持ち直し、車の前の路面を吹き飛ばした。
先頭車が穴の手前で止まる。
後続車がぶつかり、二台とも動かなくなった。
「降りろ。走ったら、次は当てる」
砲塔が止まった。
ほどなく、ハッチから両手が上がる。
ヤザンは、その向こうの西門へ目を向けた。
まだ閉じきっていない。
「次は、誰だ?」
◇
リゼルが、格納庫から飛び出した。
リディは、視界に入った金色の機体へライフルを向けた。
敵は一機のジェガンを抜き、その背後にいたザクへ銃口を振っている。
「そこだ!」
撃つ。
金色の機体が腰をひねった。
ビームは脇を抜け、倉庫の壁に穴を開けた。
リディは二発目を撃ちながら前へ出た。
敵の狙いが自分へ移る。
その間に、味方のザクが物陰へ退いた。
『格納庫前の機体は、南の壁際まで下がれ! ばらばらに出るな!』
リディが指示を飛ばす。
応答は遅れたが、二機のジェガンが互いに距離を詰め始めた。
クワトロは、リゼルの動きを見ていた。
「今の射撃で、味方を逃がしたか」
百式の背部が光る。
左へ流れながら、足元へ一射。
リゼルが跳ぶ。
空中で姿勢を変え、ライフルを撃ち返してきた。
クワトロは頭部を引き、機体を沈めた。
金色の肩を、光がかすめる。
『あれは、隊長機か』
シュウの声が入った。
「おそらくな。出てきてから、周囲の動きが変わった」
『面白い』
リゼルが前へ出る。
ライフルを連射し、最後の一発とともにビームサーベルを抜いた。
光の刃が、百式の首元を狙う。
クワトロはライフルを引き、左手のサーベルで受けた。
火花のような光が、二機の間を散る。
「押し切れると思ったか」
百式の足が半歩ずれた。
受けていた刃が傾き、リゼルのサーベルが肩の外へ滑る。
クワトロは、そのまま相手のライフルへ刃を走らせた。
リディは手を開いた。
切断された銃が落ちるより先に、リゼルが後ろへ跳ぶ。
盾に備えたビーム砲が光った。
「……っ!」
百式が盾の射線から身をかわす。
わずかに開いた距離へ、リゼルは追い打ちをかけなかった。
反転。
被弾して動けなくなったジェガンの前へ着地し、その腕を引いた。
『歩けるか!』
『右脚が……!』
『左で踏ん張れ。壁まで下がるぞ!』
クワトロは銃口を上げたが、すぐには撃たなかった。
リゼルは盾をこちらへ向けたまま、味方を引きずっている。
シュウが回線を開いた。
『そのパイロットを殺すな。生け捕れるか?』
「うちの首領は無理難題をおっしゃる」
『頼める人間にしか、頼んでいない』
クワトロは短く息を漏らした。
「ならば、せめて逃げ道を狭めてくれないか」
◇
「リディ殿は、何をしている!」
ローデンが、机を拳で打った。
窓から見える防壁は、すでに半分が崩れていた。
ドムIIIの砲撃が守備隊を押し込み、隙間へシュツルム・ガルスが入り込んでくる。
「奮戦しておられます」
エナムが答えた。
「ですが、北側はもう――」
「地下から出るぞ」
ベルザが、壁の鍵箱を開いた。
「整備用の出口がある。西の道へつながっている」
「あちらにも敵がいる」
「ここで死ぬよりはましだ!」
ローデンは通信器を取った。
「リディ殿。西側へ敵が回り込んでおります。そちらを押さえていただきたい」
『今、負傷者を下げている。西の守備隊はどうした』
「通信が途絶えました。あなたの機体なら、間に合うはずです」
返事を聞き終える前に、ローデンは通信器をエナムへ押しつけた。
「持ってこい」
◇
西側の土手に、二つ目の出口が開いた。
ヤザンが、片方の口角を上げる。
「いたな」
小型の装甲輸送車が這い出してきた。
続いて、護衛のザクが姿を見せる。
『西の地下出口。車が一台だ』
ヤザンの報告に、ガランが答えた。
『押さえる』
ドムIIIが、大きく弧を描いて西へ回った。
ザクが銃を構える。
その横へ、ハンムラビ・ツヴァイが踏み込んだ。
長い柄の先で、曲がった光刃が伸びる。
ビームの鎌。
銃ごと腕を刈り取られ、ザクがよろめいた。
ヤザンは腰を返し、二撃目を胴へ叩き込んだ。
「いい切れ味じゃねえか!」
崩れるザクの脇を、輸送車が抜ける。
その正面に、ドムIIIが滑り込んだ。
車が止まった。
「降りろ、ローデン」
ガランの声が、外部スピーカーから響いた。
「話をしに来た」
車内で、エナムが息を呑んだ。
前方の映像に、巨大なモノアイが映っている。
「ガラン……」
ベルザが側面の武装を起動した。
「抜けろ! 脚の間だ!」
輸送車の機関砲が火を噴く。
弾がドムIIIの脚部を叩いた。
ガランは一歩も引かなかった。
「今度も、返事はそれか」
バズーカの砲口が下がる。
砲声は一度だった。
輸送車が路面から浮き、炎の中で横転した。
吹き飛んだ通信器が、砂の上に落ちる。
まだ小さく、呼び出し音を鳴らしていた。
◇
リディが西へ出たとき、すでに道は塞がっていた。
正面にドムIII。
左には、鎌を下げたハンムラビ・ツヴァイ。
背後から金色の機体が追いついてくる。
崩れた格納庫のそばでは、シュツルム・ガルスが最後の守備機を押さえ込んでいた。
『武器を捨てた者は撃たない。機体から降りろ』
施設内に、女の声が響く。
リディは機体を止めなかった。
背部の出力を上げ、低い建物を飛び越える。
空中でリゼルの脚が畳まれた。
飛行形態へ変わる。
「抜ける!」
百式が、わずかに先回りした。
撃ち込まれたビームを避け、リディは機首を下げる。
道路すれすれへ。
西を塞ぐドムIIIの頭上を越えれば、その先は開けている。
ドムIIIがバズーカを上げた。
撃たせるより先に、リディは再び変形を始めた。
脚を伸ばし、空中で姿勢を起こす。
盾のビームが、ドムIIIの足元を焼いた。
ガランが下がる。
そこへ着地し、リゼルはさらに踏み込もうとした。
警告音。
横から飛んできた小さな重りが、機体の周囲で散った。
その間を細い線がつないでいる。
リディはサーベルを振った。
一部が焼き切れる。
残った網が肩と脚へ絡みついた。
「一本切れば済むと思ったかよ」
ヤザンが笑った。
電流が走る。
リゼルの画面が乱れ、関節の動きが一瞬止まった。
「まだ……!」
リディは盾を捨て、左腕を振った。
網ごと外れた盾が地面へ落ちる。
右の刃を返し、肩に絡んだ線を断った。
機体が前へ動く。
『抜けたぞ!』
味方の兵の声に、ヤザンは笑みを深くした。
「いいや」
網の陰から、海ヘビの先端が伸びた。
リゼルの足首へ絡む。
引かれた片脚が、砂を削った。
体勢の崩れたリゼルの前へ、金色の影が降りた。
リディがサーベルを振り上げる。
クワトロはその手首へ刃を当て、武器を持つ手だけを切り離した。
光刃が空を回る。
リゼルの胸元へ、ライフルの銃口が置かれた。
「そこまでだ」
落ち着いた声が聞こえた。
リディは、左手で操縦桿を引いた。
右腕は応えない。
片脚はつながれ、もう片方にも警告が出ていた。
正面の金色の機体は、動かなかった。
『パイロットは、生かすんだ』
別の声が回線に入った。
赤いモビルスーツが、少し離れたところで止まる。
『まだ動かすなら、残った手足も外させる。どうする』
リディは、施設の方を見た。
黄色い服の兵と、連邦の制服の兵。
どちらも武器を置き、両手を上げていた。
負傷者を担架に載せている者もいる。
リディは奥歯を噛んだ。
「……降伏する」
操縦桿から、指を離した。
◇
コックピットの扉が開くと、熱い風が入ってきた。
リディは両手を見せながら、足場へ出た。
下に銃を持った兵が待っている。
地面へ降りると、背後で両手をまとめられた。
目の前に、黒い服の青年が立っていた。
「あの機体を動かしていたのは、君か」
リディは答えなかった。
青年は、動かなくなったリゼルを見上げる。
「随分、手間をかけさせた」
「殺すなら、早くしろ」
「そのつもりなら、とっくにやっている」
青年が視線を戻した。
「名前は」
リディは、その顔を睨んだ。
「……リディ・マーセナス」
そばにいたナナイが、わずかに目を動かした。
シュウはそれに気づいたが、先には尋ねなかった。
「俺はシュウだ」
「知っている」
「それなら、話が早い。艦へ来てもらう」
「断れるような言い方をするな」
シュウは、ほんの少し笑った。
「歩けるか」
リディは返事をせず、兵に促される前に歩き始めた。
その背中を見送り、ナナイがシュウへ顔を寄せる。
「マーセナスの名をご存じですか」
「後で聞く。今は、あのパイロットの方に興味がある」
損傷したリゼルへ、回収車が近づいていた。
「機体も運ぼう。直せるところまででいい」
「残った機体で使えそうな物も回収しろ。パイロットもだ」
ナナイが早急に指示を出していた。
◇
施設に残っていた兵が、外へ集められた。
格納庫の骨組みは傾き、通信設備も砲台も、もう動かない。
持ち出せる記録と補給品を回収すると、工兵が奥の設備に爆薬を仕掛けた。
ガランとミランダは、艦へ戻る列の最後尾にいた。
「終わったね」
ミランダが振り返る。
西の出口には、黒く焼けた車体が残っていた。
「ああ」
ガランは、それ以上言わなかった。
《暁》の格納庫が閉まる。
しばらくして、地面を伝わる鈍い音がした。
施設の奥が沈み、土煙が立ち上った。
艦橋では、ナナイが最後の報告を受けていた。
「西へ抜けた車両はありません。通信塔の破壊後、本拠地への送信も確認されていません」
「長くは隠せないな」
シュウは正面を向いた。
「向こうが、返事のないことを不審に思う前に動こう」
「進路、ダカールですね」
「ああ」
背後で、クワトロが手袋を外していた。
「随分と、賑やかな初航海になったものだ」
「気に入ったか?」
「機体は、な」
「どうやらナナイの見立ては正しかったようだな」
シュウは微笑みクワトロと握手を交わす。
ナナイが、二人を一度見た。
それから艦橋の前へ進む。
「各部、移動準備。《暁》、前進」
赤い艦首が、西を向いた。
◇
月面都市グラナダ。
カガチは、背後の足音を聞きながら角を曲がった。
閉じた店。
積まれた荷箱。
頭上には、古い通風管が何本も走っている。
人通りのある道へ出れば、顔を見られる。
裏道を選べば、追いつかれる。
「ちくしょう……」
胸元へ手を入れ、薄い記録媒体を確かめた。
まだある。
上着の内ポケットへ押し戻す。
逃走に使うつもりだった車は、もう置いてきた。
乗り込もうとしたとき、通りの向こうに女が立っていた。
ファだった。
見つかったと分かった瞬間、身体が先に走っていた。
今度の角を曲がると、低い階段があった。
カガチは手すりをつかみ、二段ずつ下りる。
最後の一段で足がもつれた。
壁へ肩をぶつける。
「ぐっ……」
しばらく息ができなかった。
ずり落ちるように、配管の陰へ座り込む。
遠くで、人を呼ぶ声がした。
下を向いたカガチの手に、擦り傷ができていた。
薄くにじんだ血を、親指で拭う。
昔も、こんなふうに手を隠したことがあった。
◇
「カガチ。手を見せてください」
ルルに呼ばれ、少年は背中へ手を回した。
「何でもないよ」
「では、見せていただけますか」
先に根負けしたのは、カガチだった。
洞窟の入口に座る。
ルルが水を持ってきて、手のひらの泥を洗った。
「木から落ちたのですか」
「落ちてない。降りるときに、枝が折れただけ」
「そうでしたか」
ルルは笑わなかった。
ただ、水をかける手を少し緩めた。
「染みますね」
「平気だよ」
奥では、小さな子供たちが食事の支度をしていた。
朱麗とロロの声も聞こえる。
カガチは、入口に置いた籠を顎で示した。
「今日は、あれだけしか取れなかった」
小さな実が、底に少しだけ入っている。
「持ってきてくれたのですね。ありがとう」
「でも、全員の分はないよ」
「食べたい子と分けましょう」
「なくなったら?」
「また別のものを食べます」
あまりに普通に言うので、カガチは顔を上げた。
「怒らないの?」
「何をですか」
「もっと持ってこい、とか」
ルルは白い布を取り、少年の手へ巻いた。
「前にもお話ししましたね。何も持ってこなくても、来てよいのですよ」
「でも、それじゃ役に立たないだろ」
布を結ぶ手が止まった。
ルルは、カガチの目を見た。
「今日は、ここで休んでいってください」
「手伝いは?」
「その手が治ってから」
「何もしなくても?」
「ええ」
食事の支度ができたらしい。
奥から、子供がルルを呼んだ。
彼女は返事をし、カガチへ手を差し出した。
「一緒に食べましょう」
◇
別の日だった。
日が落ちても、カガチは洞窟の入口で座っていた。
朱麗はロロと何かの部品を並べている。
町へ帰るには、まだ少し時間があった。
「ルルさん」
「はい」
「みんな一つになれば、喧嘩しなくなる?」
ルルは、繕っていた衣から顔を上げた。
「喧嘩は、するかもしれませんね」
「するの?」
「一緒に暮らしていても、考えることは違いますから」
カガチは膝を抱えた。
「じゃあ、誰かが決めればいい。みんながその通りにすれば、喧嘩にならない」
「もしその子が、間違えたときは?」
少年は口を開き、閉じた。
ルルが針を布へ戻す。
「嫌だと言う子の話も、聞いてあげてください」
「それでも、言うことを聞かなかったら?」
「どうして嫌なのか、もう少し聞いてみましょう」
「面倒だなあ」
今度は、ルルが笑った。
「ええ。人と暮らすのは、手間のかかることですね」
そのとき、奥で子供が泣き出した。
誰かが、先に使っていた道具を取ってしまったらしい。
ルルは針を置き、立ち上がった。
「ルルさんが決めてやれば、すぐ終わるのに」
カガチが言う。
彼女は二人のそばへしゃがみ込んだ。
泣いている子にも、道具を握りしめた子にも、同じように顔を向ける。
「どうしたのですか。順番に、聞かせてください」
少年は、その後ろ姿を見ていた。
◇
配管を流れる音がした。
カガチは、血のにじんだ自分の手を見ていた。
何も持ってこなくても、来てよい。
そんなことを言った人の為に、良かれと思い金を集めた。
従わない者の名を帳簿に記し、上へ送った。
役に立たない者は切る。
疑う者は黙らせる。
そうやって数を増やした組織が、ルルの名を大声で唱えていた。
あの洞窟では、誰も大声で彼女の名を叫んだりしなかった。
ただ、腹が減れば呼び、痛ければ呼んだ。
カガチは口元をゆがめた。
「……俺は、どこで間違えたんだろうな」
「そこまでだ、カガチ」
声に顔を上げた。
階段の上に、カミュが立っていた。
背後の通路から、ファが姿を現す。
カガチは立ち上がろうとした。
脚に力が入らない。
「もう走れないだろう」
カミュが下りてきた。
「銃を置け」
上着の中へ伸びかけていた手が止まった。
しばらくして、カガチは小型の拳銃を床へ落とした。
ファがそれを拾い、カミュがカガチの腕を押さえる。
「あなたに聞きたいことがある。イエローの幹部、フォンゼ=カガチ。」
「人違いだ」
「そんな嘘は意味がない。私とお前は何度も会っているだろう?」
「・・・・・」
「イエローの本拠地はどこだ?今のお前には隠す意味がないはず」
カガチは荒い息を吐いた。
「聞いて、どうする」
「お前の上にいる者に会う」
「会って、話が通じる相手だと思うのか」
「場所を聞いている」
カミュの声は変わらなかった。
カガチは、階段の上へ目をやった。
誰も来ない。
「……言ったら、俺はどうなる」
カミュは、押さえていた腕を少し緩めた。
「本当のことを話せば、ここからは逃がす」
「口だけなら、何とでも言える」
「お前にも、同じことが言えるな」
カガチは下を向いた。
胸元にある、小さな記録媒体。
逃げ延びた先でも、自分には使い道があると示すために持ってきたものだった。
指を入れる。
ファが銃口を上げた。
「ゆっくり」
カガチは二本の指で、媒体をつまみ出した。
「荷の受け取り記録だ。俺が扱ったものは、ここに残してある」
カミュが受け取り、端末へ差し込む。
物資の一覧が出た。
差出人には、月や各コロニーの企業名が並んでいる。
行き先は、どれも地球だった。
「これが本拠地と、どうつながる」
カガチが一つの欄を指した。
「受領印を開け。表の荷受け先とは別だ。連絡員が、そこへ運び込む」
ファが画面を覗く。
受領記録の住所を開くと、同じ地区の名前が続けて現れた。
連邦の管理施設。
地下搬入口の指定。
イエロースーツの連絡員が使う識別番号。
カミュが目を上げる。
「ここへ、行ったことがあるのか」
「ある」
カガチは、壁から背中を離した。
「通用門は東側だ。地上の受付へ行っても、追い返される。俺たちは地下から入る」
カミュは画面を見直した。
「……ダカール?」
その名を口にすると、カガチが頷いた。
「そこだ。お前たちが探している本拠地は」
ファが、カミュを見る。
「宇宙へ逃げたから、こちらに上がいると思っていたのに」
「俺が、逃げたかっただけだ。当てが外れたな」
カガチはかすれた声で答えた。
「地球には、もう戻りたくなかった」
カミュはしばらく、その顔を見ていた。
やがて、階段の前から身を引く。
カガチが、わずかに目を見開いた。
「行け。約束だ」
カガチは、二人の間を通った。
一段目で足を止めたが、何も言わなかった。
手すりにつかまり、ゆっくり上っていく。
やがて、その姿が通路の向こうへ消えた。
ファが端末へ目を戻した。
「連邦の中枢じゃない……」
カミュは答えず、表示された地球の地図を見つめていた。
追ってきた道が、月から地上へ戻っていく。
その先に、ダカールがあった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回はシュウたちの地上での戦いと、月でカガチが思い出すルルとの日々を描きました。異なる場所でつかんだ手がかりが、同じ地名へとつながります。
次回もよろしくお願いします。