GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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カミュから届いた、ダカールの情報。

月ではロロたちの開発が進む一方、ブラッドは旧友アークに、近頃見る夢のことを打ち明けます。

それぞれの思いが交わる前の一話です。どうぞお楽しみください。


第16話 シャアの影

 

 

 

月面アナハイム・エレクトロニクス。

 

通信室の端末に、短い文字列が着信した。

 

「ジュドさん、これ見てください」

 

オペレーターの女性が、紙を差し出す。

 

ジュドは受け取り、目を落とした。

 

 カミュ発。グラナダより。

 イエロースーツ本拠地、ダカールと判明。連邦行政区地下施設。荷受け記録に裏づけあり。

 荷受け記録を送付する。

 

「……ダカール、か」

 

ジュドは紙を折り畳んだ。

 

「レオナージのところへ持っていく。ロロにも見せといてくれ」

 

「もう見せました。工房にいますよ」

 

「相変わらず耳が早えな、あの嬢ちゃんは」

 

     ◇

 

工房の一角で、ロロは端末を睨んでいた。

 

端末には、送られてきた荷受け記録が映っている。

 

「……ダカールかあ」

 

『地名、記録スル?』

 

「うん、記録しといて。でも」

 

ロロは端末を置いた。

 

「カミュたちは、本拠地を見つけたんだね」

 

『ウン。荷受ケ記録モアルヨ』

 

「僕の方も進めなきゃ」

 

ロロは端末の画面を切り替えた。

 

目の前には、もっと差し迫った問題があった。

 

「それより、ハロ。腕の関節、もう一回シミュレーションして」

 

『了解!』

 

床には、人型の骨組みが横たわっている。

 

GBガンダムと名付けられた、ハサン専用の試作機だった。

 

肩から伸びる長い砲身が、まだ仮組みのまま、頼りなく揺れている。

 

「重心が、後ろに寄りすぎなんだよね」

 

ロロは、砲身の付け根を指でなぞった。

 

「ハサン君の動きに、砲が追いつけないと意味ないし」

 

『デモ、コレ以上軽クスルト、冷却ガ……』

 

「うーん」

 

ロロは唸ったまま、しばらく動かなかった。

 

その向こうの作業台では、カロッゾが別の図面と向き合っていた。

 

球形の機体が、いくつも並んだ配置図。

 

「無人機の間隔を、また詰めるのか」

 

独り言のように呟く。

 

「これ以上詰めれば、同士討ちの危険がある」

 

『ソレナラ、位相ヲズラセバ』

 

カロッゾの端末から、別のハロの声がした。

 

「お前まで口を出すのか」

 

『ロロノ真似ヲシテミタ!』

 

「……」

 

カロッゾは、片手で額を押さえた。

 

「Gビットの無人化と、あの少年の専用機。方向は違うが、行き着く先は同じだな」

 

「なにが?」

 

ロロが顔を上げる。

 

「人が、機械の限界に追いつくか。機械が、人の限界に追いつくか」

 

「どっちも面白いよね」

 

「面白い、で片づけるな」

 

カロッゾは、ため息をついた。

 

     ◇

 

その日の夕方、試験棟の隅で、レオナージが端末を確認していた。

 

「主砲の方は、まだですか」

 

「まだですね」

 

技術者の一人が、力なく首を振った。

 

「理論上の最大出力に対して、安定して撃てるのは、今のところ三割ほどです」

 

「三割」

 

レオナージは、数字を見つめた。

 

「それ以上、出力を上げると」

 

「収束部が持ちません。ロロさんの発想で、以前より随分と粘るようにはなりましたが……」

 

「まだ、道半ばか」

 

「はい」

 

レオナージは端末を閉じた。

 

窓の外に、建造中の兵装艦が見える。

 

その巨大さに比べて、内側の技術は、まだ追いついていなかった。

 

     ◇

 

「聞いたか、レオナージから」

 

アークが、部屋に入ってきたブラッドへ声をかけた。

 

「主砲のことか。三割までだそうだな」

 

ブラッドは椅子へ腰を下ろした。

 

「それでも上は撃てと言う」

 

「お前が言われたら、どうする」

 

「命令を聞くしかないさ」

 

アークは窓辺から振り向いた。

 

「昔のお前なら、まず照準の下に何があるか聞いた」

 

「今も聞く。答えが返ってくるとは限らんがな」

 

「聞くだけで終わるなよ、ブラッド」

 

ブラッドは返事をしなかった。アークもそれ以上は責めず、空いた椅子を引いて腰を下ろした。

 

     ◇

 

試験棟の床に、ハサンの足が滑った。

 

頭から肩にかけて測定用の帯を巻き、細い配線を背中の装置につないでいる。手足を動かすたび、画面の骨組みも同じ姿勢を取った。

 

「もう一度、右へ踏み込んで」

 

ロロが端末越しに声をかける。

 

ハサンが右足を出すと、画面の機体は半拍遅れて肩の砲身を振った。警告音が鳴る。

 

「また引っかかった」

 

「僕が急ぎすぎたんでしょうか」

 

ハサンが頭の帯を外そうとする。ルチルが横から手を添え、配線が絡まないように押さえた。

 

「今の動きは訓練どおりです。もう一度見てもらいましょう」

 

ロロは画面を巻き戻した。ハサンの身体が先に動き、機体の肩だけが遅れる。

 

「うん。ハサン君の動きは変えなくていい」

 

「自分の動きが悪いわけじゃないんですか」

 

「違うよ。機械が、君に合わせなきゃいけないんだから」

 

ロロは砲身の付け根を指した。

 

「ここを直せば、まだ追いつける」

 

「じゃあ、次も呼んでください」

 

「もちろん。君が乗る機体だもの」

 

ハサンは、少し照れたように笑った。ルチルが装置の電源を落とし、三人で試験棟を出る。

 

廊下の資料室の前に、ブラッドが立っていた。

 

ロロは足を止める。

 

「……こんにちは」

 

「こんにちは。試験をしていたのか?」

 

「うん。でも、まだ全然」

 

ロロは端末を抱え直した。手の甲に、小さな赤い痕がある。ブラッドの視線がそこに止まった。

 

「熱を持った部品に触れたのか」

 

「ちょっとだけ。もう平気だよ」

 

「次は手袋をしなさい。作る手を傷めては、続きができなくなる」

 

ロロは、自分の手を見た。

 

「……母さんにも、よく言われた」

 

「そうか」

 

「今はいないけど、覚えてる」

 

ブラッドはそれ以上、母親のことを尋ねなかった。ロロも口を閉じた。

 

「でも、機体のことは諦めないよ。筒がなくてもビームを絞れたんだから、これだって方法があるはずなんだ」

 

「見つかるといいな」

 

「うん」

 

ロロは少しだけ笑い、工房へ向かった。

 

「気になるか」

 

ルチルとハサンを見送ったアークが、ブラッドの隣へ来る。

 

「火傷を見たら、口が出ただけだ」

 

「そういうことにしておこう」

 

ブラッドは、ロロの去った廊下をもう一度見た。

 

     ◇

 

その夜。

 

ブラッドの私室に、アークが顔を出した。

 

「まだ起きていたのか」

 

「眠れなくてな」

 

ブラッドは、窓の外の地球を見ていた。

 

「アーク、少しいいか」

 

「どうした、ブラッド」

 

アークが、椅子を引き寄せる。

 

「ここ数日、シャアの夢ばかり見る」

 

アークの足が、止まった。

 

「決まって、あの赤い機体の夢だ。何も言わず、こちらを見ている」

 

「……シャアを感じているのか?」

 

ブラッドは、自分の左手を見た。

 

「そうとは言い切れん」

 

一度、言葉を切る。

 

「だが、違うとも言い切れない」

 

アークは、しばらく黙っていた。

 

「死んだと思っていたんだろう、あいつは」

 

「思っていた。今は分からん」

 

アークは窓の外へ目をやった。

 

「まずいことにならなければいいんだが」

 

「シャアのことか。それとも主砲か」

 

「両方だ」

 

ブラッドが振り向くと、アークは椅子の背をつかんだまま立っていた。

 

「夢で見た相手を、地上のどこかにいると決めつけるなよ」

 

「分かっている」

 

「ならいい。お前が一人で抱えるときの顔を、俺は知っている」

 

「昔みたいに、また殴らないのか」

 

「はは……お前を殴ったのは、俺が最初だったか?」

 

「ああ。長いつきあいだな」

 

「今更だ」

 

アークは椅子を戻し、部屋を出ていった。

 

残されたブラッドは、もう一度、窓の外の暗い地球を見つめた。

 

その地表のどこかに、ダカールという街がある。

 

街の名は知っている。そこへ主砲が向けられたとき、自分が何を選ぶのかは、まだ決めていなかった。

 

     ◇

 

地球、ダカール。

 

連邦行政区の一室で、一人の男が窓辺に立っていた。

 

ローナン・マーセナスである。

 

窓の外には、乾いた大地が、地平線まで広がっていた。

 

 ――かつて、この街は、もっと緑があった。

 

若い頃、ローナンは砂漠化の進む郊外の村々を歩いた。井戸が枯れ、農地を捨てる人々を見て、連邦に灌漑の予算を求めた。

 

「ダカールのために、その予算が要る」

 

何度言っても、返事は同じだった。

 

「他にも、優先すべき地域がある」

 

やがてローナンは、予算を決める側へ回った。三十代、四十代、五十代。地球に住む者を優先する議案に手を貸し、灌漑より軍や開発の予算を通した。

 

――こちらで力を持たなければ、何も変えられない。

 

そう言い聞かせるうちに、村へ足を運ぶこともなくなった。力を得ても、昔の願いは叶わなかった。

 

今になって、窓の外の乾いた土地を見ている。かつて自分が退けた願いが、老いた胸に戻ってきていた。

 

ローナンは、机の上の書類へ目を戻した。

 

イエロースーツからの、最新の報告書だった。

 

「……坊やには、まだ聞かせられんな」

 

小さく呟いて、彼はその書類を、引き出しの奥へしまった。

 

窓の外では、砂が低く流れていた。

 

     ◇

 

「地下施設の位置は、ほぼ特定できました」

 

月面。作戦室で、エイデン・クロウが報告していた。

 

「連邦の管理局を隠れ蓑にしています。ダカール議会の関係者が、出入りしている可能性もあります」

 

「議会の、関係者?」

 

アークが眉を寄せた。

 

「まだ推測の域です。ですが、これほど長く連邦の目を逃れてきたことを考えれば……」

 

「内側に、手引きする者がいる、か」

 

ブラッドが呟いた。

 

エイデンが頷く。

 

「上層部は、《ブラッド・レイ》の使用を、正式に検討し始めています」

 

部屋が、静かになった。

 

「まだ、三割の力だ」

 

ブラッドが言った。

 

「三割でも、地下施設一つを潰すには、十分な威力です」

 

エイデンの声に、感情はなかった。

 

ブラッドは、しばらく黙っていた。

 

「ダカール、か」

 

「はい」

 

「連邦の行政区の地下を、住民ごと撃つつもりか」

 

エイデンは口をつぐんだ。

 

「地下の出入口だけを狙えるという保証は、まだない」

 

ブラッドが図面を指す。

 

「撃つ前に、地上の状況を確かめさせろ。上には俺から話す」

 

アークは、ブラッドの横顔を見た。

 

     ◇

 

アフリカ大陸北西部。

 

赤い艦《暁》は、砂塵を巻き上げながら、南西へ進路を取っていた。

 

艦橋で、ナナイが地図を確認している。

 

「このままの速度であれば、あと数日でダカール近郊に到達します」

 

「急ぐ必要はない」

 

シュウが、地図を見ながら答えた。

 

「向こうが、まだこちらの動きに気づいていないなら、なおさらだ」

 

「クワトロは」

 

「格納庫だ。あの機体を、随分と気に入っているようだな」

 

ナナイは、小さく頷いた。

 

格納庫では、クワトロが、金色の機体を見上げていた。

 

整備兵が、最後の調整を終えて降りてくる。

 

「クワトロ大尉。稼働率は基準値に達しています」

 

「ご苦労」

 

一人になった格納庫で、クワトロは機体の胸部へ手を触れた。

 

――ダカールか。

 

かつて、あの街で連邦の議会を前に語ったことがある。今度は、その連邦の建物の下へ向かう。

 

同じ街を目指していても、あの頃とは立場が違う。クワトロは手を離し、南へ進む艦の振動に耳を澄ませた。

 

     ◇

 

月面の作戦室では、ダカールの地図が開かれたままだった。

 

地上では、《暁》が砂を押し分けて進む。

 

二つの線は、同じ街へ向かっていた。

 

 

                          (つづく)




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、試作機に向き合うロロとハサン、ブラッドとアークが交わす昔話、そしてダカールを見つめるローナンを描きました。

地上を進む《暁》と、月で検討される《ブラッド・レイ》。二つの動きがこの先どう重なるのか、次回も読んでいただけたら嬉しいです。
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