月ではロロたちの開発が進む一方、ブラッドは旧友アークに、近頃見る夢のことを打ち明けます。
それぞれの思いが交わる前の一話です。どうぞお楽しみください。
月面アナハイム・エレクトロニクス。
通信室の端末に、短い文字列が着信した。
「ジュドさん、これ見てください」
オペレーターの女性が、紙を差し出す。
ジュドは受け取り、目を落とした。
カミュ発。グラナダより。
イエロースーツ本拠地、ダカールと判明。連邦行政区地下施設。荷受け記録に裏づけあり。
荷受け記録を送付する。
「……ダカール、か」
ジュドは紙を折り畳んだ。
「レオナージのところへ持っていく。ロロにも見せといてくれ」
「もう見せました。工房にいますよ」
「相変わらず耳が早えな、あの嬢ちゃんは」
◇
工房の一角で、ロロは端末を睨んでいた。
端末には、送られてきた荷受け記録が映っている。
「……ダカールかあ」
『地名、記録スル?』
「うん、記録しといて。でも」
ロロは端末を置いた。
「カミュたちは、本拠地を見つけたんだね」
『ウン。荷受ケ記録モアルヨ』
「僕の方も進めなきゃ」
ロロは端末の画面を切り替えた。
目の前には、もっと差し迫った問題があった。
「それより、ハロ。腕の関節、もう一回シミュレーションして」
『了解!』
床には、人型の骨組みが横たわっている。
GBガンダムと名付けられた、ハサン専用の試作機だった。
肩から伸びる長い砲身が、まだ仮組みのまま、頼りなく揺れている。
「重心が、後ろに寄りすぎなんだよね」
ロロは、砲身の付け根を指でなぞった。
「ハサン君の動きに、砲が追いつけないと意味ないし」
『デモ、コレ以上軽クスルト、冷却ガ……』
「うーん」
ロロは唸ったまま、しばらく動かなかった。
その向こうの作業台では、カロッゾが別の図面と向き合っていた。
球形の機体が、いくつも並んだ配置図。
「無人機の間隔を、また詰めるのか」
独り言のように呟く。
「これ以上詰めれば、同士討ちの危険がある」
『ソレナラ、位相ヲズラセバ』
カロッゾの端末から、別のハロの声がした。
「お前まで口を出すのか」
『ロロノ真似ヲシテミタ!』
「……」
カロッゾは、片手で額を押さえた。
「Gビットの無人化と、あの少年の専用機。方向は違うが、行き着く先は同じだな」
「なにが?」
ロロが顔を上げる。
「人が、機械の限界に追いつくか。機械が、人の限界に追いつくか」
「どっちも面白いよね」
「面白い、で片づけるな」
カロッゾは、ため息をついた。
◇
その日の夕方、試験棟の隅で、レオナージが端末を確認していた。
「主砲の方は、まだですか」
「まだですね」
技術者の一人が、力なく首を振った。
「理論上の最大出力に対して、安定して撃てるのは、今のところ三割ほどです」
「三割」
レオナージは、数字を見つめた。
「それ以上、出力を上げると」
「収束部が持ちません。ロロさんの発想で、以前より随分と粘るようにはなりましたが……」
「まだ、道半ばか」
「はい」
レオナージは端末を閉じた。
窓の外に、建造中の兵装艦が見える。
その巨大さに比べて、内側の技術は、まだ追いついていなかった。
◇
「聞いたか、レオナージから」
アークが、部屋に入ってきたブラッドへ声をかけた。
「主砲のことか。三割までだそうだな」
ブラッドは椅子へ腰を下ろした。
「それでも上は撃てと言う」
「お前が言われたら、どうする」
「命令を聞くしかないさ」
アークは窓辺から振り向いた。
「昔のお前なら、まず照準の下に何があるか聞いた」
「今も聞く。答えが返ってくるとは限らんがな」
「聞くだけで終わるなよ、ブラッド」
ブラッドは返事をしなかった。アークもそれ以上は責めず、空いた椅子を引いて腰を下ろした。
◇
試験棟の床に、ハサンの足が滑った。
頭から肩にかけて測定用の帯を巻き、細い配線を背中の装置につないでいる。手足を動かすたび、画面の骨組みも同じ姿勢を取った。
「もう一度、右へ踏み込んで」
ロロが端末越しに声をかける。
ハサンが右足を出すと、画面の機体は半拍遅れて肩の砲身を振った。警告音が鳴る。
「また引っかかった」
「僕が急ぎすぎたんでしょうか」
ハサンが頭の帯を外そうとする。ルチルが横から手を添え、配線が絡まないように押さえた。
「今の動きは訓練どおりです。もう一度見てもらいましょう」
ロロは画面を巻き戻した。ハサンの身体が先に動き、機体の肩だけが遅れる。
「うん。ハサン君の動きは変えなくていい」
「自分の動きが悪いわけじゃないんですか」
「違うよ。機械が、君に合わせなきゃいけないんだから」
ロロは砲身の付け根を指した。
「ここを直せば、まだ追いつける」
「じゃあ、次も呼んでください」
「もちろん。君が乗る機体だもの」
ハサンは、少し照れたように笑った。ルチルが装置の電源を落とし、三人で試験棟を出る。
廊下の資料室の前に、ブラッドが立っていた。
ロロは足を止める。
「……こんにちは」
「こんにちは。試験をしていたのか?」
「うん。でも、まだ全然」
ロロは端末を抱え直した。手の甲に、小さな赤い痕がある。ブラッドの視線がそこに止まった。
「熱を持った部品に触れたのか」
「ちょっとだけ。もう平気だよ」
「次は手袋をしなさい。作る手を傷めては、続きができなくなる」
ロロは、自分の手を見た。
「……母さんにも、よく言われた」
「そうか」
「今はいないけど、覚えてる」
ブラッドはそれ以上、母親のことを尋ねなかった。ロロも口を閉じた。
「でも、機体のことは諦めないよ。筒がなくてもビームを絞れたんだから、これだって方法があるはずなんだ」
「見つかるといいな」
「うん」
ロロは少しだけ笑い、工房へ向かった。
「気になるか」
ルチルとハサンを見送ったアークが、ブラッドの隣へ来る。
「火傷を見たら、口が出ただけだ」
「そういうことにしておこう」
ブラッドは、ロロの去った廊下をもう一度見た。
◇
その夜。
ブラッドの私室に、アークが顔を出した。
「まだ起きていたのか」
「眠れなくてな」
ブラッドは、窓の外の地球を見ていた。
「アーク、少しいいか」
「どうした、ブラッド」
アークが、椅子を引き寄せる。
「ここ数日、シャアの夢ばかり見る」
アークの足が、止まった。
「決まって、あの赤い機体の夢だ。何も言わず、こちらを見ている」
「……シャアを感じているのか?」
ブラッドは、自分の左手を見た。
「そうとは言い切れん」
一度、言葉を切る。
「だが、違うとも言い切れない」
アークは、しばらく黙っていた。
「死んだと思っていたんだろう、あいつは」
「思っていた。今は分からん」
アークは窓の外へ目をやった。
「まずいことにならなければいいんだが」
「シャアのことか。それとも主砲か」
「両方だ」
ブラッドが振り向くと、アークは椅子の背をつかんだまま立っていた。
「夢で見た相手を、地上のどこかにいると決めつけるなよ」
「分かっている」
「ならいい。お前が一人で抱えるときの顔を、俺は知っている」
「昔みたいに、また殴らないのか」
「はは……お前を殴ったのは、俺が最初だったか?」
「ああ。長いつきあいだな」
「今更だ」
アークは椅子を戻し、部屋を出ていった。
残されたブラッドは、もう一度、窓の外の暗い地球を見つめた。
その地表のどこかに、ダカールという街がある。
街の名は知っている。そこへ主砲が向けられたとき、自分が何を選ぶのかは、まだ決めていなかった。
◇
地球、ダカール。
連邦行政区の一室で、一人の男が窓辺に立っていた。
ローナン・マーセナスである。
窓の外には、乾いた大地が、地平線まで広がっていた。
――かつて、この街は、もっと緑があった。
若い頃、ローナンは砂漠化の進む郊外の村々を歩いた。井戸が枯れ、農地を捨てる人々を見て、連邦に灌漑の予算を求めた。
「ダカールのために、その予算が要る」
何度言っても、返事は同じだった。
「他にも、優先すべき地域がある」
やがてローナンは、予算を決める側へ回った。三十代、四十代、五十代。地球に住む者を優先する議案に手を貸し、灌漑より軍や開発の予算を通した。
――こちらで力を持たなければ、何も変えられない。
そう言い聞かせるうちに、村へ足を運ぶこともなくなった。力を得ても、昔の願いは叶わなかった。
今になって、窓の外の乾いた土地を見ている。かつて自分が退けた願いが、老いた胸に戻ってきていた。
ローナンは、机の上の書類へ目を戻した。
イエロースーツからの、最新の報告書だった。
「……坊やには、まだ聞かせられんな」
小さく呟いて、彼はその書類を、引き出しの奥へしまった。
窓の外では、砂が低く流れていた。
◇
「地下施設の位置は、ほぼ特定できました」
月面。作戦室で、エイデン・クロウが報告していた。
「連邦の管理局を隠れ蓑にしています。ダカール議会の関係者が、出入りしている可能性もあります」
「議会の、関係者?」
アークが眉を寄せた。
「まだ推測の域です。ですが、これほど長く連邦の目を逃れてきたことを考えれば……」
「内側に、手引きする者がいる、か」
ブラッドが呟いた。
エイデンが頷く。
「上層部は、《ブラッド・レイ》の使用を、正式に検討し始めています」
部屋が、静かになった。
「まだ、三割の力だ」
ブラッドが言った。
「三割でも、地下施設一つを潰すには、十分な威力です」
エイデンの声に、感情はなかった。
ブラッドは、しばらく黙っていた。
「ダカール、か」
「はい」
「連邦の行政区の地下を、住民ごと撃つつもりか」
エイデンは口をつぐんだ。
「地下の出入口だけを狙えるという保証は、まだない」
ブラッドが図面を指す。
「撃つ前に、地上の状況を確かめさせろ。上には俺から話す」
アークは、ブラッドの横顔を見た。
◇
アフリカ大陸北西部。
赤い艦《暁》は、砂塵を巻き上げながら、南西へ進路を取っていた。
艦橋で、ナナイが地図を確認している。
「このままの速度であれば、あと数日でダカール近郊に到達します」
「急ぐ必要はない」
シュウが、地図を見ながら答えた。
「向こうが、まだこちらの動きに気づいていないなら、なおさらだ」
「クワトロは」
「格納庫だ。あの機体を、随分と気に入っているようだな」
ナナイは、小さく頷いた。
格納庫では、クワトロが、金色の機体を見上げていた。
整備兵が、最後の調整を終えて降りてくる。
「クワトロ大尉。稼働率は基準値に達しています」
「ご苦労」
一人になった格納庫で、クワトロは機体の胸部へ手を触れた。
――ダカールか。
かつて、あの街で連邦の議会を前に語ったことがある。今度は、その連邦の建物の下へ向かう。
同じ街を目指していても、あの頃とは立場が違う。クワトロは手を離し、南へ進む艦の振動に耳を澄ませた。
◇
月面の作戦室では、ダカールの地図が開かれたままだった。
地上では、《暁》が砂を押し分けて進む。
二つの線は、同じ街へ向かっていた。
(つづく)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、試作機に向き合うロロとハサン、ブラッドとアークが交わす昔話、そしてダカールを見つめるローナンを描きました。
地上を進む《暁》と、月で検討される《ブラッド・レイ》。二つの動きがこの先どう重なるのか、次回も読んでいただけたら嬉しいです。