前回の衝撃から一転、今回は「あの一撃の裏側」を描く回になりました。ダカール側では、ローナンが連邦上層部から詰め寄られるところから始まり、月側ではブラッドが何も知らされないまま引き金を引くことになります。
そして後半は、舞台を地上に戻して、シュウ陣営の「次の一手」へ。宇宙へ向かう準備が、静かに動き出します。
今回も盛りだくさんですが、楽しんでもらえたら嬉しいです!
時は、ダカールが灼熱に包まれる、その少し前に遡る。
地下施設の最奥、執務室で、ローナン・マーセナスは、連邦軍上層部からの定時通信に応じていた。
画面に映るのは、白髪の将官――ベントン元帥である。
「ローナン君。イエロースーツおよび旧ネオ・ジオン残党の制圧状況だが」
「鋭意、進めております」
「進めている、ね」
ベントンの声には、隠しきれない苛立ちがあった。
「成果が、まるで見えてこない。これは、どういうことかね」
「元帥。こちらとしても、全力を尽くしております。ですが」
ローナンは、一度言葉を切った。
「こちらが再三、増援を要請しているにもかかわらず、送られてくるのは、旧式のジェガンばかりです。これでは、十分な制圧など――」
「旧式で何が悪い」
ベントンが、遮るように言った。
「相手も、しょせんは旧式の寄せ集めだろう。それで事足りるはずだ」
「ですが、相手の練度は――」
「ローナン君」
ベントンの声が、一段低くなった。
「君は、何か隠していることでもあるのかね」
ローナンの肩が、わずかに強張った。
「……滅相もありません」
「そうかね」
画面の向こうで、ベントンが、冷たく目を細めた。
「君が、かつて政治家として見せていた誠実さ。あれは、もう、残っていないようだな」
「……どういう、意味でしょうか」
ローナンが、問い返そうとした、その時だった。
執務机の端に、一本の細い筋が走った。
――チリ、チリチリ……。
焦げるような、小さな音。
「……なんだ」
ローナンが、目を凝らす。
次の瞬間。
――――ズドォォォォォン!!
天井が砕け散り、白い光が、部屋ごとローナンを呑み込んだ。
通信は、そこで、唐突に途絶えた。
◇
光は、執務室だけにとどまらなかった。
地下格納庫に並んでいたモビルスーツの残骸。
守備位置に戻っていたサイコガンダムMk-Xの巨体。
そのすべてが、渦を巻く光の奔流に呑み込まれていく。
「上空に、高エネルギー反――」
イレーネ・ファルスの声が、言葉の途中で消えた。
機体の輪郭が、光の中へ溶けていく。
地下施設は、跡形もなく、消滅した。
◇
その数分前、月面。戦略指令室。
ブラッドは、発射管制卓の前に立っていた。
「司令部より、最終確認が入りました」
通信士官の声が、硬い。
「《ブラッド・レイ》、試験運用の第一段階として、地上目標への実射を許可する、との通達です」
「目標は、例の地下施設か」
ブラッドが尋ねる。
「はい。カミュたちから報告のあった、イエロースーツの本拠地です。指定座標も一致しています」
「実射を急ぐ理由は」
「通達にはありません。試験運用として実施せよ、とだけ」
ブラッドは、しばらく画面の座標を見つめていた。
「アーク」
「ここにいる」
アークが歩み寄る。
「お前は、何か聞いているか」
「俺にも、それ以上は来ていない」
アークも画面へ目を向けた。
「本拠地を叩く。それは分かる。だが、なぜ今、この兵器でやる必要がある」
ブラッドの問いに、アークはすぐには答えなかった。
「上は、試験運用の機会だと考えたんだろう。それ以上の事情は、こちらには知らされていない」
「分かっている」
ブラッドは小さく息を吐いた。
その視線が、再びダカールの座標へ戻る。
ここ数日、夢の中に現れていた男の姿が、頭をよぎった。
金色の髪。
こちらを見返す、あの目。
「……どうした」
アークの声に、ブラッドは顔を上げた。
「いや。あいつが、また何かに関わっているような気がしてな」
「シャアか」
ブラッドは答えなかった。
確証はない。
ダカールという地名と、消えない気配だけが、妙に重なっていた。
「感じたことと、分かっていることは別だぞ」
「分かっているさ、アーク」
ブラッドは画面から目を離した。
「命令は受けた。準備を進める」
◇
管制区画の奥で、制御席のロックが外れた。
ブラッドが腰を下ろすと、周囲の表示が順に切り替わっていく。
主砲の状態。
供給されるエネルギー。
そして、地上の指定座標。
「ニュータイプ制御系、接続」
報告に合わせ、ブラッドは操縦桿へ手をかけた。
意識を向ける。
画面の隅で揺れていた照準が、わずかに動いた。
やがて、ダカールの地下施設を示す一点へ重なる。
「照準、固定。出力三割。発射準備、完了しました」
「……了解した」
ブラッドは照準から目を離さなかった。
その先に街があることは、分かっている。
敵の本拠地だけを映す座標の周りにも、人はいる。
だが、なぜこの時機に実射を命じたのか。
上層部が、その一撃で何を片づけようとしているのか。
それは、彼にも知らされていなかった。
背後のアークが、黙って見守っている。
ブラッドは、操縦桿を握り直した。
「発射する」
照準は動かなかった。
引き金が押し込まれる。
月から、光が放たれた。
◇
格納庫の片隅で、レオナージが、通信記録を確認していた。
「……出力三割で、これか」
画面には、ダカール上空の衛星写真が映し出されている。
行政区の広い一帯が、文字通り、消え失せていた。
「地下施設も、地上の建造物も、一切合切」
隣で、カロッゾが、黙って画面を見つめていた。
「……完成すれば、どうなる」
ぽつりと、呟く。
誰も、それに答えなかった。
◇
試験棟の廊下で、ロロは、ハロから聞いた話に、言葉を失っていた。
「ダカールが、消えた……?」
『ウン。衛星写真デ確認サレタ』
「僕たちが作ってるのと、同じ……」
ロロは、自分の手を見た。
GBガンダムの冷却機構を調整していた、その手を。
同じ月の上で、もう一方の兵器は、既に街ひとつを消し去っていた。
「……こんな圧倒的な力なら、Gビットシステムなんていらないんじゃ……」
答える者は、誰もいなかった。
◇
ダカールの上空に、まだ煙が燻っていた。
その焼け跡の、どこにも。
かつて砂漠化と戦い、そして道を誤った一人の政治家の姿は、もう残っていなかった。
息子のリディは、捕虜として《暁》にいた。
あの光を見たときから、父のいる場所がどうなったかを考えずにはいられなかった。
だが、誰も父の消息を伝えてはくれない。
死を疑うことと、それを確かめることは違った。
◇
燃えるダカールから遠く離れた、旧スーダン地方の隠し飛行場。
《暁》が、傷んだ装甲を晒したまま、滑走路の端に停まっていた。
格納庫の一角で、シュウは、ガランと向き合っていた。
「《暁》は、お前たちに預ける」
「宇宙へは、連れて行かれないのですか」
ガランが、静かに尋ねた。
「今のままでは無理だ」
シュウは、艦体を見上げた。
「あの艦は、もとは火星レジオンの試作艦だ。陸戦用に作り替えた際、再突入の耐熱材と、軌道へ上がるための推力を、随分と削っている」
「改修すれば、上がれるようになる、と」
「ああ。だが、時間がかかる」
ナナイが、補足するように続けた。
「幸い、ティエスの補給施設から、使える部材と図面をいくらか押収してあります。装甲材、推進剤、それに旧式ながら熱シールドの仕様書も」
「それを使って、艦と機体を、宇宙仕様へ戻す」
シュウは、ガランを見据えた。
「ガラン。お前に、その改修と、地上の後始末を任せる」
「残党の掃討と、艦の改修と、両方ですか」
「ああ。簡単な仕事ではない」
「……承知した」
ガランは、短く頷いた。
「残党を片づけ、艦が上がれるようになり次第、追ってこい」
「分かりました」
「それと、リディも預ける」
ガランが顔を上げた。
「あの捕虜を、ですか」
「今は連れて行けん。引き続き監視はつけろ。ただし、手荒な扱いはするな」
「承知しました」
「使い捨てにするには惜しい男だ。お前たちが上がってくるときに、一緒に連れてこい」
シュウは、そう言って艦を見上げた。
「早く来い、ガラン。宇宙は、思ったより忙しくなりそうだ」
「お任せを」
◇
「ミランダ、ヤザン」
格納庫の奥で、二人が顔を上げた。
「ガランの指揮下で、地上に残れ」
「えー、つまんないの。私も宇宙、行ってみたいんだけどなあ」
ミランダが、唇を尖らせる。
「《暁》が上がれるようになったら、お前たちも乗せる」
「ほんとに?」
「嘘は言わん」
「……まあ、いいか。それまでは、暴れ足りない分、こっちで発散しとくよ」
「残党狩り、ってやつだな」
ヤザンが、肩をすくめた。
「分かったよ、大将。地上は任せとけ」
「頼む」
◇
出発の前夜、ガランが、一人、シュウの元を訪れた。
「大将」
「なんだ」
「本当に、少人数で行くのか」
「大所帯で動けば、目立つ。それに――」
シュウは、傍らに立つクワトロへ目を向けた。
「こいつは、コロニー暮らしの経験がある」
「宇宙は、勝手が違う。右も左も分からんのでは、話にならん」
クワトロが、静かに言った。
「多少は、役に立てるだろう」
ガランは、しばらく黙っていた。
「留守は、任せろ」
「分かっている」
「ミランダとヤザンも、好き放題言っているが、腕は確かだ」
「知っている。だから、お前に預ける」
シュウは、初めて、わずかに口元を緩めた。
「艦が上がれるようになったら、すぐに続け。宇宙では、戦力はいくらあっても足りん」
「心得た。できるだけ急がせる」
◇
早朝。
出発に使う艦の前に、シュウ、ナナイ、クワトロの三人が並んで立っていた。
ティエスの補給施設で押収した、連邦の高速偵察艦だった。
「けち臭い艦だな、おい」
見送りに出てきたヤザンが、茶化すように言う。
「人数分には足りている」
シュウは、それだけ答えた。
「名前は」
ナナイが、尋ねた。
「まだ、ない」
「では」
ナナイは、少し考えてから言った。
「《疾風》、では」
「……お前が決めろと言った覚えはないが」
「お決めにならないなら、私が決めます」
シュウは、小さく息を吐いた。
「好きにしろ」
◇
「大将、土産話、期待してるからね!」
ミランダが、大きく手を振る。
「宇宙酔いすんなよ、大将」
ヤザンが、にやりと笑った。
「……大将、お気をつけて」
コルが、深く頭を下げる。
「いつから俺を『大将』と呼ぶのが流行っている?」
シュウはあきれ顔でつぶやいた。
クワトロが、整備兵たちへ軽く手を上げた。
「後は、頼んだぞ」
「クワトロも、無事で戻れ」
ガランが、短く答える。
三人は、タラップを上り、艦内へ消えていった。
◇
《疾風》が、滑走路を駆け抜け、夜明け前の空へ舞い上がる。
重力を振り切り、やがて、青い大気の層が、眼下に薄く広がっていった。
操縦席で、ナナイが、計器を確認する。
「上昇は順調です。まもなく軌道に乗ります」
「ああ」
シュウは、窓の外を見ていた。
地球が、ゆっくりと、丸みを帯びていく。
後方の座席で、クワトロが、静かに目を閉じていた。
「シュウ様」
「なんだ」
「本当に、見つかるのでしょうか。あの光を放った者の正体が」
「分からん」
シュウは、正直に答えた。
「だが、確かめに行く価値はある」
ナナイは、それ以上、何も聞かなかった。
窓の外には、無数の星々が、瞬き始めていた。
クワトロが、目を開け、同じ星々を見つめる。
「アムロ……お前との縁も、終わったと思っていたんだがな」
誰に言うでもない呟きが、狭い艦内に、静かに溶けていった。
《疾風》は、その星の海へ向かって、進んでいく。
地上に残してきた者たちの戦いとは、また違う戦いが、その先に待っていた。
(つづく)
第18話、お疲れさまでした〜!
今回のポイントは、前回まで「謎の一撃」として描かれていたブラッド・レイの発射が、実は撃った側にも全容が知らされていなかった、というところです。上からの命令、下への説明不足――この構図は、この先も効いてくると思います
そしてラスト、クワトロの独白。名前を出すかどうか、実はかなり悩んだ末に、はっきり口にする形にしました。この「縁」が、この先どう動いていくのか……。
次回は、宇宙へ飛び立ったシュウたちの側か、地上に残ったガランたちの側か。どちらから描くか、まだ決めていませんが、次回もお付き合いいただけたら嬉しいです〜