前回の出来事の裏で、砂漠にはもう一つの大きな流れが育っていました。
黄色い服をまとった人々は、何を求め、何を語っているのでしょうか。
そして、一人の大柄な旅人が、ロロの前に現れます。
彼女の意外な「特技」にも注目してみてください。
かつて、教祖ルル=スーンは、こう説いた。
「地球に生きる人も、宇宙(そら)に生きる人も同じです」
「人類は――一つにまとまるべきです」
その言葉に共鳴する者は、少しずつ増えていった。
やがて、彼女の教えを慕う人々の集まりは、いつしか「ルル教」と呼ばれるようになった。
教団は時とともに大きくなり――やがて、ルル本人の手にも負えないほど、巨大なものへと育っていった。
◇
時は流れ――。
サハラ砂漠の、とある街。
広場の一角に、大勢の人々が集まっていた。
その真ん中、簡素な壇の上に、一人の男が立っている。
男は、拳を高々と掲げた。
「同志諸君! 蒼き宇宙(そら)の世は、死んだ!」
ざわめいていた人々が、壇上へ目を向けた。
「かつて宇宙(そら)へ上がった者たちは、自らを新たな人類と称した! 地上に残った我々を旧き人類と呼び、自分たちこそが人類の未来なのだと!」
男は、空を指さした。
「そして幾度となく、宇宙(そら)から地球へ戦いを仕掛けてきた! だが――その時代は、もう終わったのだ!」
群衆が、静まり返った。
「宇宙(そら)から聞こえていた反乱の声も、今はない! ならば――今度は、我々が立つ番ではないか!」
男の声が、一段と大きくなる。
「我々はこれまで、ただ地上で耐えてきた! 戦争が起これば巻き込まれ、街を焼かれようと、家族を失おうと、ただ耐えてきた!」
拳が、再び突き上げられた。
「立てよ――黄色き民!」
「オオオオオオッ!」
群衆の一部から、歓声が上がった。
「地球も宇宙(そら)もない! 我々は同じ人間だ! かつてルル=スーンが説いたように――人類は、一つになるべきなのだ!」
「オオオオオオオオッ!」
歓声が、広場を包んだ。
男は、壇の脇へ目を向けた。
そこには、黄色いスーツが何着も用意されていた。
「我々と志を共にしてくれる者には、この衣を身につけてもらいたい! 少しでも我々の考えに共鳴してくれるなら、遠慮はいらない!」
隊員たちが、集まった住民へスーツを差し出していく。
住民たちは顔を見合わせた。
やがて一人の男が、おそるおそる一着を受け取った。
「……へえ。思ったより軽いな」
胸元に、小さなスイッチがあった。
「なんだ、これ?」
――カチッ。
「……おおっ!?」
「どうした?」
「冷てえ! これ、冷房が付いてるぞ!」
周りの者たちが、わっと寄ってきた。
壇上の男が、すかさず笑う。
「その通りだ! これは、ただ志を示すだけの衣ではない! 温度調節、砂ぼこりよけ、そして身を守る力も備えている! 砂漠の暑さにも、夜の寒さにも耐えられる! 多少の銃弾からも、諸君の体を守ってくれるだろう!」
「銃弾も……?」
「すげえな……」
さっきの男は、黄色いスーツをまじまじと眺めていた。
隣の知り合いが、声をかける。
「お前……まさか、入る気か? ルル教なんて、興味なかっただろ」
「今も別にねえよ」
「だったら、なんでだよ」
男は、黄色いスーツを肩にかけた。
そして、容赦なく照りつける太陽を見上げた。
「暑いから」
「…………それだけかよ」
「当然だろ」
◇
イエロースーツの拠点。
広場では、黄色いスーツの隊員たちが訓練を続けていた。
「構え! ――撃て!」
号令とともに、機械のようにそろった射撃が、的へ繰り返される。
その様子を、建物の窓から一人の男が眺めていた。
ルル教の、ロレッツオ主教だった。
その顔は、どこか面白くなさそうだった。
「お呼びでしょうか、ロレッツオ主教様」
若い男が、部屋へ入ってきた。
ロレッツオは振り返らず、窓の外を見たまま口を開いた。
「きみが、フォンセ=カガチくんですね?」
「はい」
「以前の担当者にも、話したはずなのですが――」
ロレッツオは、訓練を続ける隊員たちへ目を向けた。
「鍛錬に励むのも結構。組織のために働くのも結構です。が――彼らはイエロースーツである前に、ルル教の信徒です。毎日教会へ来いとは言いません。せめて週に一度くらいは、祈りを捧げに来てもよいのではないですかね?」
「……おっしゃる通りです。私からも、イエローの代表たちへ伝えております」
「では、なぜ来ない?」
カガチは、少し言葉を選んだ。
「代表からは、入隊する者に、信仰そのものを強制することはできない、と。祈りや教えへの向き合い方まで条件にすれば、加わろうとする者が減ってしまう、と」
ロレッツオは、不愉快そうに鼻を鳴らした。
「都合のいい時だけ、ルル様のお名前を使うというわけかね?」
カガチは、すぐには答えなかった。
「……まあ、いいでしょう。彼らのおかげで、多くの者がルル教の名を知った。それは私も認めています」
ロレッツオは、小さく付け加えた。
「だが、今となっては、数だけ増えても仕方がない。イエローには、よからぬ噂も絶えません。だからこそ今は、彼らにもルル様の教えに向き合ってもらうことが大切なのです」
「承知しました」
カガチは頭を下げた。
そして、窓の外の黄色い隊員たちへ、ちらりと目を向けた。
◇
サハラ砂漠。
灼けつく大地の上を、一人の男が歩いていた。
大きな体。日に焼けた肌。伸び放題の髪に、顔を覆う無精ひげ。
遠目に見れば――まさに熊だ。
「ったく……暑っちぃな」
男は、額の汗を腕でぬぐった。
その足元に、焼け焦げた機械の残骸が転がっていた。
男はしゃがみ込み、残骸の一部を拾い上げた。
装甲の板。関節の部品。焼け残った電子部品。
眺めているうちに、男の顔から気だるさが消えていった。
「……やっぱりな」
辺りには、壊された機械兵器がいくつも転がっていた。
「イエローの奴ら……派手にやりやがったな。いったい何があった。仲間割れか?」
無精ひげを、ガリガリとかく。
「いよいよかな、こりゃあ」
砂漠の向こうに、一つの街が見えていた。
男は、再び歩き出した。
◇
街へ入った男は、頭上を見上げて足を止めた。
「……なんだ、ありゃ?」
街を覆う、巨大なドーム。
その一部に、大きな穴の跡があった。穴はトリモチで応急的にふさがれている。
街の一角では建物が大きく崩れ、片づけの作業が続いていた。
男は、通りかかった住民を呼び止めた。
「なあ。ありゃ、なんだい?」
「ああ……あれか。ちょっとした騒ぎがあってな」
「ちょっとした、ねえ。俺には、全然ちょっとに見えねえんだけど」
「知らない方がいいこともあるさ」
住民は、それだけ言って去っていった。
「……なんだよ、この街」
――ピッ。
懐の端末が、小さく鳴った。
画面の「圏外」の表示が消えている。
「おっ。やっと繋がったか」
砂漠では拾えなかった長距離通信も、街の中継設備を通せば、宇宙の通信網まで届く。
男は慣れた手つきで、一つの連絡先を呼び出した。
「久しぶりだな、アストナージさん」
呼び出し音が数回。
やがて――。
『はい。こちらアナハイム技術スタッフ室――』
若い男の声だった。
「ちょっと待て。アストナージさんは?」
『……どちらさまで?』
男は端末を耳から離して、画面を見た。
もう一度、耳へ戻す。
「お前……誰だ?」
『ここの技術スタッフですが』
「いや、そうじゃなくて。アストナージさんに代わってくれよ」
『兄に、ですか?』
「…………兄?」
『はい』
「お前、アストナージさんの弟か? 弟なんていたのかよ……」
『兄から、聞いていませんか?』
「聞いてねえよ」
男は、無精ひげをガリガリとかいた。
「まあいいや。それで、アストナージさんは?」
『兄は……今、ここにはおりません。こちらの設備は、私が引き継いで使っています』
「そうなのか……参ったな」
『私で分かることでしたら。……着信の記録には、ジュドとありますが』
「そうそう」
『兄のお知り合いなら、大歓迎です。何かありましたか?』
「ありがてえ。実は地球(こっち)でさ――中古のモビルスーツとか、最悪モビルワーカーでもいいんだけど、そういうのを扱ってる所、知らねえかなあ? 新品じゃなくていい。シャングリラの頃みたいに、安く手に入ると助かるんだ」
しばらく、相手が黙った。
『機体そのものとなると、すぐには何とも……。ただ、修理や改造を含めて相談できそうな方なら、一人心当たりがあります。アルフレッド=イズルハという技術屋です』
「アルフレッド?」
『ええ。フォン・ブラウン技術功労賞を受けたほどの方です。なぜサハラなんかにいるのか、不思議なくらいですよ。……現在地を確かめました。あなたが今いる街です』
「ここ?」
男――ジュドは、周りを見回した。
その顔に、ようやく笑みが浮かぶ。
「なんだよ。だったら話が早えじゃねえか」
ジュドは通信を切ると、送られてきた地図に目を落とした。
「アルフレッド、ねえ。こんなところに、そんな大層な技術屋がいるのかねえ」
地図の案内に従って、ジュドは通りを歩き出した。
◇
「……ここか?」
ジュドは、一軒の機械屋の前で足を止めた。
店先には、修理待ちの機械や部品が、ごちゃごちゃと並んでいる。
「普通の機械屋じゃねえか。……まあ、いいか。ごめんよう」
返事はない。
奥から、機械を削る音が聞こえてくる。
「おーい。誰かいねえの?」
「はいはい、ちょっと待っておくれ!」
しばらくして、奥から白髪まじりの老人が出てきた。
年季の入った作業着。手には、油汚れが残っている。
「すまんね。ちょうど手が離せなくてな。修理かい?」
「いや。アルフレッドさんってのは?」
「ああ。わしだが」
ジュドは、老人を上から下まで眺めた。
「油まみれで、すまんね。で、何の修理だい?」
「モビルスーツって、いじれる? 中古でいいんだ。最悪、モビルワーカーでも構わねえ」
「そいつは今、外に置いてあるのかい?」
「いや。まだ持ってねえんだ」
アルフレッドは、腕を組んだ。
「修理や改造なら、物を見ればなんとかなるかもしれん。だが、実物がないんじゃあねえ。わしは機械屋だ。中古のモビルスーツの仲介屋じゃないんでね」
「やっぱ、そうだよなあ。昔なら、そこらに転がってるのを拾ってくりゃよかったんだけどな」
「どんな時代だい、それは」
「昔の話」
「探せば、あるんじゃないですか?」
店の奥から、声がした。
作業台の向こう、機械部品の山に半分隠れるようにして、一人の少女がいた。
作業着姿。手には工具。額には、大きなゴーグル。
「ロロちゃん」
「中古なんですよね? 動けばいいんですか?」
「いや……できれば、戦える方がありがたいけど」
「じゃあ、探してみればいいじゃないですか」
「探すって、どこを?」
ロロは工具を作業台へ置いた。
そして、額に上げていたゴーグルを、パカッと目元へ下ろした。
「ハロ」
ゴーグルの内側に、小さな光がともった。
『ハーイ、ロロ!』
「この近くで、中古のモビルスーツかモビルワーカーを扱ってるところ、ある?」
『検索スルヨー!』
ジュドは、ゆっくりとアルフレッドを見た。
「……今、誰と喋ってんの?」
「まあ、見てなって」
ロロのゴーグルの中を、地図や店の情報が次々と流れていく。中古機械の店。ジャンクショップ。捨てられた機材を扱う業者。
その真ん中を、小さなハロが忙しく飛び回っていた。
『ロロ! アッタヨ! 何件カアル!』
ロロの指が、空中の何かを選ぶように動いた。
「この近くだと……旧スーダン地方に置いてあるね。ハロ、映して」
『ハーイ!』
――ピッ。
ゴーグルの横から淡い光が伸び、三人の前に、半透明の立体映像が浮かび上がった。
『RGM-89、ジェガン!』
「ジェガンか!」
ジュドの顔が、ぱっと明るくなった。
「知ってるんですか?」
「まあ……昔な」
「かなり古いけど、これが一番近いし、おすすめかな。ハロ、この機体の設計資料ってある?」
『アルヨ!』
「今の規格と、照らし合わせてみて」
空中のジェガンが、ばらばらにほどけるように広がっていった。
装甲。骨組み。足回り。制御の仕組み。それぞれが立体図になって、宙に浮かぶ。
アルフレッドの目つきが変わった。
「……ほう」
『古イ部品、イッパイ!』
「でしょうね」
『今ノ部品ニ置キ換エルト――』
いくつもの部品が光り、次々と新しい規格の部品へ置き換わっていく。
アルフレッドは、立体図をじっと眺めた。
「……これなら、今の部品でなんとかできそうだ」
「本当かい! じゃあ、いつ頃なら出られる?」
「そうさなあ……。行くとなれば、それなりに準備もいる。それに、何日も店を空けるわけにもいかんのでね」
「ああ……そりゃ、そうだな」
ジュドが、困ったように頭をかいた。
「じゃあ、僕が行く!」
二人が、同時に振り向いた。
ロロがゴーグルを額へ上げる。その目が、妙に輝いていた。
「僕なら、いつでも行けるよ。機体の状態を見るだけなんでしょ? 設計図もあるし、ハロもいるし」
『ハロモ、イルヨ!』
「それに――」
ロロは、空中に浮かぶジェガンを、もう一度見つめた。
「……実物、見てみたい」
アルフレッドは、小さくため息をついた。
「そっちが本音だろう」
「えへへ……」
ジュドが、二人を見比べた。
「お嬢ちゃん、本当に大丈夫なのかい?」
「もちろん! スーダンまで、道案内するね!」
「ただし、ちゃんと準備してからだぞ、ロロちゃん」
「うん!」
ジュドは、ニッと笑った。
「そうか。じゃあ、よろしく頼むよ」
「はい!」
――こうして。
ロロは、突然現れた熊のような男とともに、街を出ることになった。
(つづく)