サハラ砂漠の出来事があった数日後
イエロースーツたちは変わらず行動していた。
そこに一人の男が立ち寄る。
かつて、教祖ルル=スーンはこう説いた。
「地球に生きる人も、宇宙(そら)に生きる人も同じです」
「人類は――一つにまとまるべきです」
その言葉に共鳴する者は、少しずつ増えていった。
やがて彼女の思想に共鳴する者たちの集まりは、いつしか――
「ルル教」
と呼ばれるようになった。
そして、その教団は時とともに勢力を増し――
やがて、ルル本人の手にも負えないほど巨大なものへと成長していった。
時は流れ――。
サハラ砂漠の、とある街。
広場の一角に、大勢の人々が集まっていた。
その中心。
簡素な壇上に立つ、一人の男。
男が拳を高々と掲げる。
「同志諸君!」
そして――叫んだ。
「蒼き宇宙(そら)の世は死んだ!」
ざわめいていた人々が、壇上へ目を向ける。
「かつて宇宙(そら)へ上がった者たちは、自らを新たな人類と称した!」
「地上に残った我々を旧き人類と呼び――自分たちこそ人類の未来なのだと!」
男は空を指差す。
「そして幾度となく、宇宙(そら)から地球へ戦いを仕掛けてきた!」
「だが――」
男はゆっくりと腕を下ろした。
「その時代は、もう終わったのだ!」
群衆が静まり返る。
「宇宙(そら)から聞こえていた反乱の声も、今はない!」
「ならば――」
男は集まった人々を見渡した。
「今度は、我々が立つ番ではないか!」
「…………!」
「我々はこれまで、ただ地上で耐えてきた!」
「戦争が起これば巻き込まれ――街を焼かれようと、家族を失おうと、ただ耐えてきた!」
男の拳が、再び上がる。
「立てよ――黄色き民!」
「オオオオオオッ!!」
群衆の一部から歓声が上がった。
「地球も宇宙(そら)もない!」
「我々は同じ人間だ!」
「かつてルル=スーンが説いたように――」
「人類は、一つになるべきなのだ!」
「オオオオオオオオッ!!」
歓声が広場を包んだ。
やがて男は、壇上の脇へ視線を向ける。
そこには何着もの――黄色いスーツが用意されていた。
「そして――我々と志を共にしてくれる者には、この衣を身につけてもらいたい!」
隊員たちがスーツを手に取り、壇上の周囲へ集まった住民へ差し出していく。
「少しでも我々の考えに共鳴してくれる者なら、ぜひ手に取ってもらいたい!」
男は笑顔で両腕を広げる。
「遠慮はいらない!」
住民たちは顔を見合わせた。
やがて一人の男が、おそるおそる差し出されたスーツを受け取る。
「……へえ」
広げてみる。
「思ったより軽いな」
胸元に小さなスイッチがあった。
「なんだ、これ?」
――カチッ。
「……ん?」
男の表情が変わった。
「おおっ!?」
「どうした?」
「冷てえ!」
周りにいた者たちが寄ってくる。
「これ、冷却機能が付いてるぞ!」
その声を耳にした壇上の男が、すかさず笑った。
「その通りだ!」
住民たちが再び壇上を見る。
男は自らが着ている黄色いスーツを叩いた。
「これは、ただ我々の志を示すだけの衣ではない!」
「温度調節、防塵、そして防護機能も備えている!」
「砂漠の熱にも、夜の寒さにも耐えられる!」
「さらには、多少の銃弾からも諸君の身体を守ってくれるだろう!」
「銃弾も……?」
「すげえな……」
住民たちが手元のスーツを見る。
先ほどの男も、黄色いスーツをまじまじと眺めていた。
隣にいた知り合いが声をかける。
「お前……まさか入る気か?」
「ん?」
「お前、ルル教なんて興味なかっただろ」
「今も別にねえよ」
「だったら、なんでだよ?」
「…………」
男は黄色いスーツを肩にかける。
そして――
頭上から容赦なく照りつける太陽を見上げた。
「暑いから」
「…………」
「それだけかよ」
男は汗をぬぐいながら答えた。
「当然だろ」
イエロースーツの拠点。
広場では、黄色いスーツに身を包んだ隊員たちが訓練を続けていた。
「構え!」
号令とともに、一斉に銃を構える。
「撃て!」
まるで機械のように的に向かって射撃が繰り返される。
その様子を、建物の窓から一人の男が眺めていた。
ロレッツオ主教だった。
「…………」
その顔は、どこか面白くなさそうだった。
やがて――
「お呼びでしょうか、ロレッツオ主教様」
若い男が部屋へ入ってきた。
ロレッツオは振り返らず、窓の外を眺めたまま口を開く。
「きみがフォンセ=カガチくんですね?」
「はい」
「この件については、以前の担当者にも話したはずなのですが―― 」
ロレッツオは、訓練を続ける隊員たちへ目を向ける。
「鍛錬に励むのも結構。組織のために働くのも結構です。」
「が――」
わずかに眉をひそめた。
「彼らはイエロースーツである以前に、ルル教の信徒です」
「はい。」
「教会へ毎日来いと言っているわけではない」
ロレッツオはため息をついた。
「せめて週に一度くらいは、教会へ祈りを捧げに来てもよいのではないですかね?」
「……おっしゃる通りです」
カガチは静かに頭を下げた。
「その件につきましては、私からもイエローの代表たちへ日々伝えております」
「では、なぜ教会へ来ない?」
「それが……」
カガチは少し言葉を選んだ。
「代表からは、入隊する者に信仰そのものを強制することはできない、と」
ロレッツオの眉が動いた。
「強制?」
「はい」
「ルル教へ籍を置くことは求める。しかし、祈りや教義への向き合い方まで条件にしてしまえば――」
「イエロースーツへ加わろうとする者が減ってしまう、と」
「…………」
主教は不愉快そうに鼻を鳴らした。
「都合のいい時だけ、ルル様のお名前を使うというわけかね?」
「…………」
カガチは、すぐには答えなかった。
「まあ……いいでしょう」
ロレッツオは再び窓の外を見る。
「彼らのおかげで、多くの者がルル教の名を知った。それは私も認めています」
そして、小さく付け加える。
「だが、今となっては数だけ増えても仕方がないでしょう」
「はい」
「イエローについては、よからぬ噂も絶えません。だからこそ今は、彼らにもルル様の教えに向き合ってもらうことが肝要なのです」
「承知しました」
カガチは頭を下げる。
そして――
訓練を続ける黄色い隊員たちへ、ちらりと視線を向けた。
――サハラ砂漠。
灼けつく大地の上を、一人の男が歩いていた。
大柄な身体。
日に焼けた肌。
伸び放題の髪に、顔を覆う無精髭。
遠目から見れば――まさに熊だ。
「ったく……暑っちぃな」
男は額の汗を腕で拭った。
その足元には、焼け焦げた機械の残骸が転がっている。
男は足を止めた。
「…………」
しゃがみ込み、残骸の一部を拾い上げる。
装甲板。
駆動部。
そして、焼け残った電子部品。
しばらく眺めていた男の表情から、先ほどまでの気だるさが消えた。
「……やはりな」
男は立ち上がった。
「イエローの奴……派手にやったな」
辺りには、破壊された機械兵器がいくつも転がっていた。
「いったいなにがあった……仲たがいか?」
無精髭をガリガリと掻く。
「いよいよかな、こりゃあ」
男は遠くを見る。
砂漠の向こうに、一つの街が見えていた。
そして再び歩き始める。
街へ入った男は、頭上を見上げて足を止めた。
「……なんだ、ありゃ?」
街を覆う巨大な環境制御ブース。
その一部に、大きな損傷の跡が残っていた。
穴そのものは、トリモチによって応急的に塞がれている。
さらに視線を移せば、街の一角では建物が大きく崩れ、復旧作業が続いている。
ちょうど通りかかった住民を捕まえる。
「なあ、ちょっといいか?」
「ん?」
男は頭上を指差した。
「ありゃなんだい?」
「ああ……あれか」
住民は嫌そうな顔をする。
「ちょっとした騒ぎがあってな」
「ちょっとした、ねえ……」
男はもう一度、巨大な補修跡を見る。
「俺には全然ちょっとに見えねえんだけど」
「知らない方がいいこともあるさ」
住民はそう言い残して去っていく。
「…………」
男は頭を掻いた。
「なんだよ、この街……」
――ピッ。
そのとき、懐の端末が小さく鳴った。
男が取り出す。
通信表示が圏外から切り替わっていた。
「おっ」
ようやく表情が明るくなる。
「やっと繋がったか」
砂漠では拾えなかった長距離通信網。
街の中継設備を経由すれば、軌道上の通信網へアクセスできる。
男は慣れた手つきで、一つの連絡先を呼び出した。
「さて、と……」
表示された名前を見て、ニヤリとする。
「久しぶりだな、アストナージさん」
通信を開始する。
数度の呼び出し音。
やがて――
『はい』
若い男の声が聞こえた。
「…………」
男の眉が動く。
『こちらアナハイム技術スタッフ室――』
「ちょっと待て」
『はい?』
「アストナージさんは?」
短い沈黙。
そして相手は、意外な答えを返した。
『……どちらさまで?』
「…………?」
男は端末を耳から離した。
画面を見る。
もう一度耳へ戻す。
「お前……誰だ?」
『誰と言われましても……ここの技術スタッフですが』
「いや、そうじゃなくて。アストナージさんに代わってくれよ」
『兄に、ですか?』
「…………」
男の動きが止まった。
「兄?」
『はい』
「…………」
再び端末を耳から離す。
「お前……アストナージさんの弟か?」
『そうですが』
「弟なんていたのかよ……」
『兄から聞いていませんか?』
「聞いてねえよ」
男は無精髭をガリガリと掻いた。
「まあいいや。それで、アストナージさんは?」
一瞬、相手が黙る。
『兄は……現在、ここにはおりません』
「いない?」
『はい。今はこちらの設備を、私が引き継いで使っています』
「そうなんだ……」
男は少し困ったように空を見上げた。
「参ったな」
『私で分かることでしたら。……着信履歴には、ジュドとありますが』
「そうそう」
『兄のお知り合いの方なら大歓迎です。何かありましたか?』
「ありがてえ。実は地球(こっち)でさ――」
男は街の外、先ほど見てきた砂漠の方角へ目を向ける。
「中古のモビルスーツとか、最悪モビルワーカーでもいいんだけど……そういうのを扱ってる所、知らねえかなあ?」
『中古のモビルスーツ?』
「ああ。新品じゃなくていい。シャングリラみたいに、安く手に入れられた方が助かる」
『今いらっしゃる場所ですと……』
『…………』
『機体そのものとなると、すぐには何とも言えませんが――修理や改造を含めて相談できそうな方なら、一人心当たりがあります』
男の眉が上がった。
「本当か?」
『アルフレッド=イズルハという技術屋です』
「アルフレッド……?」
『ええ。フォン・ブラウン技術功労賞を受賞したほどの方です。なぜサハラなんかにいるのか、不思議なくらいですよ』
「どこにいるか分かるかい?」
『少々お待ちを』
短い間。
『……現在地を確認しました』
「おう」
『あなたが今いる街です』
「…………」
男は周囲を見回した。
「ここ?」
『はい』
「なんだよ」
男の顔に、ようやく笑みが浮かぶ。
「だったら話が早えじゃねえか」
急ぎ街中へ去っていった。
ジュドは通信を切ると、送られてきた地図へ目を落とした。
「アルフレッド……ねえ」
聞いたことのない名前だった。
だが、腕の方は信用してもよさそうだ。
「しかし……」
男は地図と周囲を見比べる。
「こんなところに、そんな大層な技術屋がいるのかねえ」
表示された案内に従い、通りを歩いていく。
「……ここか?」
ジュドは足を止めた。
目の前にあるのは、街の一角に建つ機械屋だった。
店先には、修理待ちと思われる機械や部品が雑然と並べられている。
どう見ても――。
「普通の機械屋じゃねえか」
ジュドは頭を掻いた。
「まあ、いいか」
店の中へ入る。
「ごめんよう」
返事はない。
奥から機械を削る音が聞こえてくる。
「おーい。誰かいねえの?」
「はいはい、ちょっと待ってくれ!」
しばらくして、店の奥から一人の男が姿を現した。
作業着姿。
手には油汚れが残っている。
「悪いね。ちょうど手が離せなくて」
「いや、こっちこそ突然悪いな」
「修理かい?」
「いや――」
男は少し相手の顔を眺めた。
「アルフレッドさんってのは?」
「ああ。私だが」
「…………」
男はアルフレッドを上から下まで見る。
「油まみれですまんね」
アルフレッドが苦笑した。
「で、お客さん何の修理で?」
「ああ、それなんだけどさ」
「はい」
「モビルスーツって、いじれる? 中古でいいんだ。最悪、モビルワーカーでも構わねえ」
「そのモビルワーカーは今、外に?」
「いや、まだ持ってねえんだ」
アルフレッドは腕を組んだ。
「修理や改造なら、物を見れば何とかできるかもしれんが、実物がないんであれば……」
「さすがに、この街に置いてあったりしないかい?」
「俺は機械屋だ。中古MSの仲介屋じゃないんでね」
「やっぱ、そうだよなあ……」
男は頭を掻いた。
「昔なら、そこらに転がってるのを拾ってくりゃよかったんだけどな」
「どんな時代だよ、それ」
「昔の話」
そのとき――。
店の奥から声がした。
「探せばあるんじゃないですか?」
「ん?」
男が振り向く。
作業台の向こう。
機械部品の山に半分隠れるように、一人の少女がいた。
作業着姿。
手には工具を持っている。
額には――見覚えのあるような、大きなゴーグル。
アルフレッドが振り返る。
「ロロ」
「中古なんですよね?」
少女は男を見る。
「まあな」
「動けばいいんですか?」
「いや……できれば戦える方がありがたいけど」
「じゃあ、探してみればいいじゃないですか」
「探すって……」
男は首を傾げた。
「どこを?」
ロロは工具を作業台へ置いた。
そして――。
額に上げていたゴーグルを、パカッと目元へ下ろす。
「ハロ」
一瞬。
ゴーグルの内側に、小さな光が灯った。
『ハーイ、ロロ!』
「…………?」
男の眉が上がった。
ロロは何事もなかったように続ける。
「この周辺で、中古のモビルスーツかモビルワーカーを扱ってるところ、ある?」
『検索スルヨー!』
「…………」
男はゆっくりとアルフレッドを見る。
「……今、誰と喋ってんの?」
アルフレッドは小さく笑った。
「まあ、見てなって」
「?」
ロロの目の前――。
ゴーグルの中では、膨大な情報が次々と流れていく。
地図。
中古機械販売店。
ジャンクショップ。
廃棄機材を扱う業者。
その中央を、小さなハロが忙しそうに飛び回っている。
やがて――。
『ロロ!』
「うん?」
『アッタヨ!』
「ほんと?」
『何件カアル!』
ロロの指が、空中の何かを選ぶように動いた。
「この近くだと……旧スーダン地方に置いてあるね」
「どれだ?」
「あ……おじさん、近い。ハロ、映し出してくれる?」
『ハーイ!』
――ピッ。
ゴーグルの側面から淡い光が放たれる。
「お?」
ロロたちの目の前に、半透明の立体映像が浮かび上がった。
「かなり古いけど――」
『RGM-89、ジェガン!』
「ジェガンか!」
ジュドの顔が、ぱっと明るくなった。
ロロが意外そうに振り向く。
「知ってるんですか?」
「まあ……昔な」
「これが一番近いし……おすすめかな」
ロロは小さく頷く。
「ハロ、この機体の設計資料ってある?」
『アルヨ!』
「現在の規格と照合してみて」
『ハーイ!』
空中のジェガンが、分解されるように展開していく。
装甲。
フレーム。
駆動系。
制御系。
それぞれが立体図となって宙に浮かぶ。
アルフレッドの目つきが変わった。
「……ほう」
『旧式部品、イッパイ!』
「でしょうね」
『現行部品ニ置キ換エルト――』
いくつもの部品が光り、次々と現在の規格へ置き換わっていく。
アルフレッドは腕を組み、立体図をじっと眺めた。
「……これだったら、現行の部品で何とかできそうだ」
「本当かい?」
ジュドの顔が明るくなる。
「じゃあ、いつ頃なら出られそうだ?」
「うーん……」
アルフレッドは腕を組んだ。
「そうだなあ……」
「何かまずいか?」
「いや、行くとなればそれなりに準備もいる。それに――」
アルフレッドは店の中を見回した。
「何日もここを空けるわけにもいかないんでね」
「ああ……そりゃそうだな」
ジュドも困ったように頭を掻く。
そのとき――。
「じゃあ、私が行く!」
「ん?」
二人が同時に振り向いた。
ロロがゴーグルを額へ上げる。
その目が――妙に輝いていた。
「私ならいつでも行けるよ」
「いや、ロロ……」
「機体の状態を見るだけなんでしょ?」
「まあ、そうだが」
「だったら大丈夫。設計図もあるし、ハロもいるし」
『ハロモイルヨ!』
「それに――」
ロロはもう一度、空中に浮かぶジェガンへ目を向けた。
「……実物、見てみたい」
「…………」
アルフレッドは、その顔を見て小さくため息をついた。
「そっちが本音だろ」
「えへへ……」
ジュドが二人を交互に見る。
「お嬢ちゃん、本当に大丈夫なのかい?」
「おじさんさっそく行こう!」
間髪入れずに答えた。
アルフレッドは諦めたように息を吐いた。
「ただし、ちゃんと準備してからだぞ」
「うん!」
ロロは嬉しそうに頷いた。
「お嬢ちゃん、いいのかい?」
「もちろん!スーダンまで道案内するね!」
「そうか」
ジュドはニッと笑った。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
「はい!」
――こうして。
ロロは、突然現れた熊のような男とともに、街を出ることになった。