懐かしい人々との再会を待っていたのは、サラサが告げる後継者選びでした。
第20話「光の継承者」、お楽しみください。
船の扉が開くと、湿った草の匂いが流れ込んできた。
荷を下ろす作業員の向こうに、槍を持った衛兵が二人立っている。
モンドは先にタラップを降り、片手を上げた。
「サラサさんに会いたいんだけど。取り次いでもらえるかな」
「お名前を」
「モンド。モンド・アカゲだ」
衛兵は顔を確かめ、姿勢を正した。
「特使のモンドさんですね。サラサ様から伺っております。お連れの方々もご一緒ですか」
「ああ。三人とも、俺の連れだよ」
「では、ご案内いたします」
後ろから降りてきたビーチャが、船の貨物口を振り返った。
「なあ。モビルスーツは、そのままでいいのか?」
「はい。お持ち込みの機体は、所定の場所へ移していただければ」
「解体しないの?」
エルが尋ねると、若い衛兵は少し目を丸くした。
「以前にも、お越しになったことがおありなのですね」
「まあね。結構、大変だったんだから」
「今はサラサ様の方針で、外との取引も認められています。メディシンとのつながりも薄れ、昔のようにアルツトの民だけを通して品物を入れるわけにはいきませんので」
「へえ……変わったんだな」
ビーチャが、居並ぶ荷箱を見た。
工具を詰めた箱を、土地の者らしい男が台車へ積んでいる。
「ただし、滞在中に機体を動かす場合は、許可をお取りください」
「わかった。勝手には乗り回さないよ」
モンドが答え、三人を手招いた。
朱麗は、タラップの下で足を止めていた。
建物の向こうに、緑が見える。
風に揺れる木々。その間を通る細い道。
『……帰ってきたんですね』
内側の声に、ドモンは短く応じた。
「ああ」
「朱麗! 置いてくよ!」
エルに呼ばれ、朱麗は歩き出した。
*
神殿の入口で、衛兵が一礼した。
「申し訳ございません。神殿内での揉め事を避けるため、武器はこちらでお預かりしております」
「そりゃ、そうだな」
ビーチャが拳銃を外した。
エルも、腰のナイフを鞘ごと渡す。
朱麗は背負っていた怒涛剣を下ろし、壁際へ立てかけた。
「これは重い。倒すなよ」
「承知しました」
衛兵が剣の大きさを見上げた。
モンドは、その横を通りながら笑った。
「帰りには、ちゃんと返してくれよ」
開かれた扉の奥は、ひんやりとしていた。
高い窓から差す光が、床に長く伸びている。
正面の座に、サラサ・ムーンがいた。
白くなった髪をまとめ、膝に両手を置いている。
左側には、三人の子供が並んでいた。
緑の鉢巻きを締めたサルガ。青い衣をまとったラセル。その隣に、小柄なセラ。
右側には神官と重臣たちが控え、リナート・リヒトもその列に立っていた。
「モンド。よく戻ってきてくれました。仕事、ご苦労でしたね」
「いえ。こっちこそ、長いこと顔も出せなくて」
モンドが頭を下げる。
サラサは、その後ろへ目を向けた。
「そちらの方々は?」
「ビーチャとエルです。覚えておいででしょう? 昔、一緒にここへ来た」
「まあ……お二人とも」
「お久しぶりです」
エルが笑い、ビーチャも照れたように頭をかいた。
「今は二人で、古い巨人を売ったり買ったりしてまして」
「巨人を?」
神官の一人が顔を上げた。
隣の男も、ビーチャたちを見る。
「いや、商売で。欲しい人に紹介して、修理して、運ぶんです。ここで何かするってわけじゃなくて」
「モンド。あんたが慌てると、余計に怪しくなるよ」
エルに言われ、モンドは口を閉じた。
サラサが、小さく笑った。
「わかっています。遠慮せず、お過ごしください」
それから、朱麗を見た。
「もう一人の方は?」
「朱麗です。旅先で偶然出会いまして。とにかく腕が立つんで、用心棒を頼んでるんです」
「朱麗……?」
サラサの指が、膝の上で止まった。
「その名は、聞いたことがある」
サルガが、一歩前へ出た。
「昔、ここから逃げ出した罪人ではないか。ヘモスのところにいた――」
『……師匠』
ドモンは、顔を上げたまま動かなかった。
「サルガ」
サラサの声が、間へ入った。
「当時のことは、私たちにも間違いがありました。いつまでも、それだけで責めるものではありません」
「しかし、母上。掟を破って逃げた者を、そのまま迎えるというのですか」
「その話は、もうよいのです」
サルガは、朱麗の顔を見た。
鉢巻きの下で、眉が寄っている。
「……私は、納得できません」
「兄上。まずは、戻った理由を伺ってもよいのでは」
ラセルが言った。
片眼鏡の奥から、朱麗を見ている。
「何十年も前のことです。今のお考えまで、同じとは限りませんから」
サルガは弟を振り返ったが、言い返さなかった。
セラは、二人のやり取りを黙って聞いている。
サラサが、息子たちを順に見た。
「この者たちに、手を出してはなりません。よいですね、サルガ」
「……承知しました」
サルガが下がった。
「皆、旅で疲れているでしょう。部屋へ案内させます」
モンドが一礼し、三人を促した。
「モンド。あなたには、まだ聞きたいことがあります。少し残っておくれ」
振り向いたモンドに、サラサはうなずいた。
「リナートも」
*
扉が閉じると、広い室内が静かになった。
モンドは、サラサの近くへ進んだ。
「仕事のことでしょうか」
「それもあります。でも、その前に」
サラサは、窓の明かりへ目を向けた。
「私の光族の力は、年々、衰えてきています」
リナートが顔を上げた。
「サラサ……」
「人々の光を感じ取ることも、束ねることも。以前のようには、いかなくなりました」
モンドは、返す言葉を探した。
サラサの顔は、穏やかだった。
「そろそろ、次の世代へ任せる時なのでしょう」
「では、サルガ様に?」
リナートが尋ねる。
「三人に、試練を受けてもらいます」
サラサは、はっきりと言った。
「サルガにも、ラセルにも、セラにも。それぞれが受け継いだ光の力を、確かめたいのです」
「三人とも、ですか」
モンドが聞き返した。
サラサはうなずく。
「光の祠へ、向かってもらいます。その奥にある光の間で、試練に挑んでもらうつもりです」
リナートが、顎へ手を当てた。
「従者は、認めるのですね」
「ええ。一人だけ」
サラサの目が、少し細くなった。
「私が挑んだときは、ラサラが共にいてくれました」
モンドは、黙っていた。
「あの子がいなければ、私も途中で引き返していたかもしれません」
サラサは膝の上の手を重ね、リナートへ顔を向けた。
「日取りを整え、三人へ伝えてください。集合の時刻と場所も。従者は、それぞれ一人を選ぶように」
「わかりました」
リナートが一礼する。
モンドは、閉じた扉を見た。
さっきまで三人が並んでいた場所に、窓からの光だけが落ちていた。
*
墓の周りには、短い草が生えていた。
モンドは、花を置いて腰を下ろした。
少し離れて、ビーチャとエルが立っている。
朱麗も、その横で足を止めた。
「……遅くなったな、ラサラさん」
モンドは、墓石の土を指で払った。
「君がいなくなって、ずいぶん経ったんだな。聞いてくれよ。サラサさんが、子供たちに後を任せたいってさ」
花の向きを、少し直す。
「光の力も、昔のようにはいかなくなってきたんだって」
風が、木の葉を鳴らした。
「君が生きていたら、サラサさんをそばで支えていたんだろうな。二人で相談してさ……もう少し、うまくやれていたのかな」
モンドは、それきり黙った。
エルがそっと近づき、ビーチャも隣へしゃがんだ。
朱麗は、三人の背中を見ていた。
*
「試練か」
伝令が読み上げた日時を聞き、サルガは笑った。
机の向こうに、クガナとマウノがいる。
「ようやく母上も、決める気になられたのだな」
伝令が下がると、サルガは椅子へ深く座った。
「継ぐのは、長兄である私だ。当然だろう」
「従者を一人伴えるのでしたら、やはりリナート様ですね」
クガナの言葉に、マウノもうなずいた。
「もちろんだ。父上以上の戦士が、どこにいる」
サルガは腕を組んだ。
「父親の違う、何も知らない娘に上へ立たれては、たまったものではない。セラには、父上に並ぶ者などついていないはずだ」
「ユファを連れていくのでしょうか」
「あの年寄りを? それなら、なおさら心配はいらんな」
サルガは声を上げて笑った。
笑いが収まると、クガナへ指を向けた。
「それより、あの朱麗だ。戻ってきて、また妙なことをされては困る」
「調べますか」
「人をつけろ。母上に手を出すなと言われたからな。まずは、何をしているのか見ておけ」
クガナが、短く頭を下げた。
*
「妥当なのは、兄上でしょう」
ラセルは、伝令が去った扉へ目を向けたまま言った。
「私は兄上を尊敬しているし、支える役目だと思っています」
「そのようですね」
サキ・メントーが、落ち着いた声で応じた。
その隣で、リュネが顔を上げる。
「何をおっしゃいますか。ラセル様も、後継者のお一人なのですよ。もっと自信をお持ちください」
ラセルは、机に置いた紙へ目を落とした。
三人の名が、等しく記されている。
「母上は、セラも選ぶおつもりだ」
「はい」
「兄上は、気にしていないでしょうね」
片眼鏡の位置を直す。
「けれど、試練でセラが優勢になれば、話は変わる。私も、後を継ぐつもりで挑む必要はあります」
リュネが、少し身を乗り出した。
「では、従者は私ですよね?」
「どちらでも構いません。二人とも、頼りにしていますから」
サキがリュネを見た。
「それなら、お願いできますか。私は、こちらでできることを進めます」
「ええ。お任せください」
リュネが胸に手を当てた。
ラセルは紙を畳み、二人を見た。
「サキ、リュネ。私を支えてください」
二人がうなずく。
「それから、朱麗についても知っておきたい。今は、騒ぎにならないように」
サキが、静かに頭を下げた。
*
「お兄様たちが、継がれるべきだと思うわ」
セラは、伝令から受け取った紙を膝へ置いた。
向かいには、ユファが座っている。
「セラ様にも、資格がおありなのですよ」
「でも、私には無理よ。お母様のように、皆をまとめることなんて」
セラは、指で紙の端をなぞった。
「お兄様たちには、力を貸してくれる方がいるでしょう。私には……」
言葉が止まった。
ユファが、微笑む。
「私は、ここにおりますよ」
「ええ。あなたがいてくれるのは、嬉しいわ」
セラは顔を上げた。
「でも、あなたを危ない目に遭わせたくないの」
扉が叩かれた。
侍女が顔をのぞかせる。
「モンド様と、お連れの方々がお見えです」
「どうぞ」
モンドが入ってきた。
ビーチャ、エル。そして、朱麗。
「改めて、ご挨拶にと思いまして」
「ありがとう。座ってください」
セラが席を示した。
朱麗は、その顔を見て足を止めた。
近くで見ると、目元が似ていた。
少し首を傾けて、こちらを待つ仕草まで。
「……レイン」
「え?」
セラの笑みが、不思議そうな顔に変わった。
「どなたかと、お間違えですか?」
突き出された両手。
遠ざかる白いヴェール。
ドモンは一度、息を吐いた。
「いや。知っている人に、似ていた」
「そうなの」
セラが、また笑った。
朱麗は椅子へ座った。
「あなたが、朱麗さんね。神殿での話、少し気になっていたの」
ユファの手が止まった。
茶を注ぎかけていた器を、机へ置く。
「サルガお兄様が、罪人だとおっしゃっていたけれど……何があったの?」
『師匠。あの人……』
内側の声が震えた。
ドモンは、白い髪の女を見た。
「ヘモスとユファのところで、暮らしていた。子供の頃に、ここを出たんだ」
「……朱麗?」
ユファが立ち上がった。
「あなた、本当に……」
朱麗も立った。
ユファの手が伸び、頬の手前でためらう。
「こんなに、大きくなって」
ドモンは動かなかった。
細い指が、頬へ触れた。
『おばあちゃん……』
ユファは、その胸へ額を寄せた。
「生きていたのね。よかった……」
エルが、ビーチャの袖を引いた。
二人は少し脇へ寄り、モンドも口を閉じた。
セラが、二人を見比べる。
「ユファおば様が話してくださった、お孫さん……?」
ユファは何度もうなずいた。
朱麗の腕をつかんだまま、顔を見上げている。
「ずっと、会いたかったのよ」
*
ユファは、朱麗の隣へ椅子を移した。
茶は少し冷めていた。
「セラ様が、私を助けてくださったの。ここに置いていただいているのよ」
朱麗が、セラを見る。
「祖父は?」
ユファの手が、膝の上へ下がった。
「まだ、牢にいるわ」
朱麗は、机の端へ目を落とした。
その向こうに、伝令の置いていった紙がある。
「試練、か」
「ええ。お母様が、私たち三人から後継者を選ばれるの」
セラは紙を持ち上げた。
「でも、私は……お兄様たちほど、何かができるわけではないから」
朱麗が顔を上げた。
「なあ、セラ。まだ従者は決まっていないんだろう」
「ええ」
「よければ、俺にやらせてもらえないか」
ユファが、朱麗を見た。
「朱麗……?」
「ただ、一つ約束してほしい。お前が後を継いだら、俺の祖父を牢から出してくれ」
セラは、すぐには答えなかった。
紙を机へ戻し、ユファに目を向ける。
「おば様から、お話は聞いているわ。私も、何とかしてあげたいと思っていたの」
ユファが唇を結んだ。
「でも、セラ様。この子は、昔からおとなしくて……試練のお供なんて、ご迷惑ではありませんか」
「腕が立つとは、伺っているけれど」
セラの目が、モンドへ向いた。
モンドはうなずく。
「俺たちは、助けてもらいました。ただ、試練がどんなものかまでは、俺にも」
朱麗は、セラの返事を待った。
「迷惑をかけるかもしれん。それでも、俺でいいか?」
セラは、少し考えてからうなずいた。
「私が選ばれるかは、わからないわ。それでもよければ……一緒にやってみましょう」
ユファの手を、そっと取る。
「ヘモス様を助けられたら、いいわね」
「ああ」
朱麗が答えた。
ユファは、二人を交互に見た。
「……無理は、しないでね」
朱麗はうなずいた。
『師匠。ありがとうございます』
ドモンは、膝の上で手を握った。
セラが、伝令の紙をもう一度開く。
「では、あなたの名前を伝えておくわ。私の従者は、朱麗さんだと」
窓の外で、葉が揺れていた。
森へ続く道に、午後の光が差している。
お読みいただき、ありがとうございます。
サルガ、ラセル、セラ。それぞれ違う思いで、試練に挑む三人。
朱麗もまた、祖父ヘモスを救うため、セラの従者として同行することになりました。
そして、ラサラの墓前に立つモンド。帰郷のひとときに、彼の変わらない思いも描きました。
次回、光の祠で彼らを待つものとは。
引き続き、よろしくお願いいたします。