GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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第21話は、試される回です。
三つの門を前に、三人が何を見せるのか。
知恵でしょうか、力でしょうか、それとも別の何かでしょうか。

それぞれの個性が、はっきりと表れる一話です。
答えは、ぜひ本編でご確認ください。


第21話 三つの門

第21話 三つの門

 

 

 森の入口で、セラは足を止めた。

 石段の先は、木々に覆われている。

 

「寒いか」

 

 朱麗に聞かれ、首を振った。

 

「少し、緊張しているだけ」

 

 サルガが、鼻で笑った。

 

「余所者を従者に選ぶとはな。覚悟だけは見事だ」

「兄上」

 

 ラセルが、静かにたしなめる。

 

「母上のお言葉をお忘れですか」

「忘れてはおらん。手は出さん」

 

 サルガは、朱麗を一瞥して、それきり口を閉じた。

 

 セラは握っていた手をほどき、衣の裾を直す。

 サルガの傍らには、父リナートが立っていた。ラセルの横には、リュネが控えている。

 

 神官が、巻物を開いた。

 

「知力の門では、民の暮らしを預かる判断を。武力の門では、危難から身を守る力を示していただきます」

 

 セラは、隣の朱麗を見上げた。

 彼は怒涛剣を背負い、黙って聞いていた。

 

「最後に、光の間の石碑へ触れてください。そして、見えた光の色を、サラサ様へお伝えいただきます」

「それだけか」

 

 サルガが尋ねた。

 

「石碑の前で、特別な作法は?」

「掌を当てて、お待ちください」

 

 神官は巻物を閉じた。

 

「試練は一組ずつ。前の組が次の門へ進んでから、ご案内いたします」

 

「父上。参りましょう」

 

 緑の鉢巻きを締め直し、サルガが石段を上がった。

 

 

     *

 

 

 知力の門の前に、おばば様と呼ばれる老婆が一人座っていた。

 目の前の石台には、小さな畑と家々、池の模型が並んでいる。

 

「来たか。では、お前たちに問う」

 

 おばば様は、杖で模型を示した。

 

「この里には、桶三杯分の水があるとしよう。畑と里へ、どう分ける?」

 

 サルガは、石台へ近づいた。

 

「どれだけ必要なのだ」

「畑は今日一杯もらわねば、苗が枯れる。二杯では流されてしまう。里も井戸が涸れておるから、一杯は必要じゃ。二杯までは受けられる」

「池に取っておくこともできるのか」

「一杯だけならな。ほかにも、聞きたいことがあれば尋ねなされ」

 

 サルガは、池の模型を指した。

 

「畑に一杯、里に一杯。残りは池へ取っておく」

「その水は、いつ使う?」

「明日だ。池から里へ送れるのだろう?」

「送れる」

「ならば、朝になったら配るよう、番の者に命じておく。今日の分を渡し、明日の分も残す」

 

 傍らで、リナートがうなずいた。

 おばば様はサルガの顔を見てから、杖を上げた。

 

「相わかった。では、次の関門へ行きなされ」

 

 サルガは一礼し、父を伴って坂道へ向かった。

 

 

     *

 

 

 次に呼ばれたラセルは、同じ問いを聞くと、家の模型へ目を向けた。

 

「家には、水を取っておく桶がありますか」

「ある。今は、どれも空じゃ」

「それなら、畑に一杯、里に二杯です」

「池には残さぬのか?」

「家の桶に入れておけば、明日の朝を待たずに使えます。池からもう一度送る手間もいりません」

 

 リュネが、家々の模型を見た。

 

「夜中に喉が渇いても、困りませんね」

「ええ。必要なときに、すぐ使えます」

 

 ラセルは、おばば様へ向き直った。

 

「それが、私の答えです」

「わかった。先へ進みなされ」

 

 二人が頭を下げ、石台を離れた。

 

 

     *

 

 

 セラの番になった。

 問いを聞き終えても、すぐには答えが出てこなかった。

 朱麗は少し後ろで、黙って待っている。

 

 セラは、里の小さな家々を見つめた。

 

「水は、皆さんがくみに来るの?」

「そうじゃ」

「出てこられない方は?」

 

 おばば様が、セラを見た。

 

「病人も、年寄りもおるじゃろうな」

「その方たちには、誰かに届けてほしいわ」

 

 家の模型へ、そっと指を添えた。

 

「元気な方だけが、明日の分まで持って帰ってしまったら……あの家には、今日の分もないかもしれないもの」

 

 少し考えてから、顔を上げる。

 

「畑と里に一杯ずつ。残りは池へ取っておきます。まず、今日の水が皆さんに届いたか、確かめてもらいたいの。明日の分は、それから配りたいです」

 

 おばば様は、最後まで聞いていた。

 セラが手を引くと、静かにうなずいた。

 

「そなたの考えは、わかった。では、次の関門へ行きなされ」

 

 セラは、ほっと息を吐いた。

 一礼して振り返ると、朱麗は何も言わず、小さくうなずいた。

 それから、坂道の方へ顎を向けた。

 

「行くか」

「ええ」

 

 二人は並んで、門をくぐった。

 

 

     *

 

 

 知力の門から続く坂道で、先に進んだサルガたちは、行く手をふさぐ守り手と打ち合っていた。

 

 槍の柄が、乾いた音を立てた。

 

 サルガは打ち込まれた棒を弾き、相手の肩を押した。

 仮面の戦士が、一歩下がる。

 

 坂の上には、石の門が見えていた。

 そこまで、守り手が何人も待っている。

 

 入口で渡されたのは、先に布を巻いた棒だった。

 持参した武器は、門の係に預けてある。

 

「二人そろって、門を越えよ」

 

 試練役の言葉は、それだけだった。

 

「父上、右へ!」

 

 リナートの棒が、横から伸びた一撃を受けた。

 手首を返し、相手の棒を下へ押さえる。

 その隙を、サルガが抜けた。

 

 門まで、あと少し。

 

 背後で、靴が砂利を滑った。

 サルガは振り返った。

 リナートの膝が、わずかに落ちている。

 別の守り手が、その背へ回った。

 

「父上!」

 

 サルガは引き返した。

 父の前へ身を投げ出す。

 棒が、肩を強く打った。

 

「ぐっ……!」

「サルガ! 先へ行けばよかったものを」

「二人そろってと、言われたでしょう。父上を、置いていけるものですか」

 

 サルガは歯を食いしばり、守り手の棒を押し返した。

 リナートは、一瞬、息子の横顔を見た。

 口元が、わずかにゆるんだ。

 息は、少し荒かった。

 

「ならば、もうひと働きしなくてはな」

 

 二人が背を合わせた。

 サルガは、父の足元を一度見た。

 

「大股で進まなくて結構です。私が、前を開けます」

 

 

     *

 

 

「右に三人。左は二人です」

 

 リュネが、小声で告げた。

 ラセルは、坂の途中で棒を構えていた。

 

「左の二人の間へ出られますか」

「出られます」

「私が後ろを通るまで、引きつけてください」

 

 リュネが踏み込んだ。

 右へ顔を向けたまま、棒を左へ走らせる。

 守り手の構えが崩れた。

 

 ラセルは岩際を抜けた。

 すぐには走らず、一度足を止める。

 背後からの棒が、鼻先を横切った。

 

「危ないところでした」

 

 呟きながら身を低くし、その腕の下をくぐった。

 

「ラセル様、先へ!」

 

 リュネが追いつく。

 ラセルは坂の上へ視線を走らせた。

 門の直前に、二人いる。

 

「今度は、私が引きつけます」

「大丈夫ですか?」

「長くは持ちません。頼みますよ」

 

 リュネは笑う余裕もなく、うなずいた。

 

 

     *

 

 

 坂の入口で、朱麗は怒涛剣を係の者へ預けていた。

 代わりに受け取った棒は、軽すぎて頼りないほどだった。

 

 セラは、両手で棒を握っていた。

 前にも後ろにも、仮面が見える。

 

「顔を下げるな」

 

 朱麗の声がした。

 

「足元ばかり見ていると、来るものが見えん」

「でも……」

「俺を見ていろ。動いたら、ついてこい」

 

 セラはうなずいた。

 

 一人が走ってきた。

 棒が、朱麗の肩へ振り下ろされる。

 

 朱麗の片手が上がった。

 木と木がぶつかる短い音。

 次の瞬間、相手の棒が宙へ舞っていた。

 

「え……」

 

 朱麗は振り向きもせず、それを空いた手で受けた。

 もう一人が、セラへ回り込む。

 

「右へ一歩」

 

 セラは動いた。

 さっきまで立っていた場所を、棒がかすめる。

 朱麗の足が、相手の踏み込んだ足へ添えられた。

 軽く押しただけに見えた。

 守り手は尻餅をつき、手を離した。

 

 朱麗は、奪った棒を道の脇へ置いた。

 

「行くぞ」

 

 セラは慌てて追った。

 坂の上から、三人が下りてくる。

 

「止まれ」

 

 セラは、その背中の後ろで踏みとどまった。

 

 朱麗の棒が円を描いた。

 三本の棒が弾かれ、中央の一人がよろめく。

 襟をつかんで支え、その男を横の二人へ預けるように押し戻した。

 

 道が空いた。

 

「今だ」

 

 セラは走った。

 裾を持ち上げ、石を避ける。

 足を取られかけたとき、朱麗の手が肘を支えた。

 

「……すまん。速かったか」

「平気よ」

 

 息を切らせて答えた。

 怖さが消えたわけではなかった。

 それでも、声が聞こえれば足を動かせた。

 

 二人で、石の門を越えた。

 

 守り手たちが、構えを解く。

 朱麗は棒を返し、坂を振り返った。

 

「怪我はないか」

 

 仮面の一人が、苦笑交じりに答えた。

 

「……それは、こちらの台詞です」

 

 セラは、朱麗を見上げた。

 息も、ほとんど乱れていない。

 

「あなた、こんなに……」

「ん?」

「いえ」

 

 セラは、握っていた手を開いた。

 まだ、指先が震えていた。

 

「ありがとう」

「礼はいい。怖くても、動いた。それで十分だ」

 

 セラは、目を瞬かせた。

 それから、そっと笑った。

 

 

     *

 

 

 坂を越えた先に、光の祠があった。

 ここで挑むのが、第三にして最後の、光の試練だった。

 

 光の間には、窓がなかった。

 壁際の灯火が、石碑の輪郭を照らしている。

 

 サルガは、入口にリナートを残して進んだ。

 石碑の表面には、細い筋が幾重にも刻まれていた。

 

 掌を当てる。

 冷たかった。

 

 やがて、閉じた瞼の奥に緑が広がった。

 木漏れ日の下で見上げた葉のような色だった。

 

 サルガは息を止めた。

 指を離すと、緑は静かに消えた。

 

「ご覧になれましたか」

 

 リナートが尋ねる。

 

「ああ」

 

 サルガは、掌を見た。

 

「父上には?」

「何も。ただ、あなたが触れておられるのを見ていました」

 

 サルガは、もう一度石碑を見た。

 さっきと同じ、暗い石だった。

 

 

     *

 

 

 石碑へ近づく途中で、リュネが足を止めた。

 

「どうしました」

「何か……聞こえます」

 

 ラセルには、何も聞こえなかった。

 リュネは額へ手を当てている。

 

「誰か、呼んでいるような」

 

 ラセルは、差し出しかけた手を引いた。

 リュネの肩へ触れる。

 

「座りましょう」

「でも、試練が」

「石碑は逃げません」

 

 壁際へ連れ、隣へ腰を下ろした。

 リュネは呼吸を整えようとしていた。

 

「申し訳ありません。私から、ついてくると言ったのに」

「ええ。ずいぶん張り切っていましたね」

 

 ラセルが水筒を渡す。

 

「ですから、帰りも働いてもらいます。今は休んでください」

 

 リュネは、水筒を両手で受け取った。

 

 そこへ、足音が近づいた。

 セラと朱麗だった。

 

 セラは、壁際のリュネを見て足を止めた。

 

「リュネさん、顔色が悪かったから……」

「セラ?」

 

 ラセルが顔を上げる。

 セラは、自分の水筒を差し出した。

 

「よかったら、私のも。まだ、たくさん残っているの」

 

 ラセルは、少し驚いたように妹を見た。

 これから競う相手に、水を差し出す。

 そんな発想は、彼にはなかった。

 

「……ありがとう、セラ」

「いいえ。放っておけなかっただけ」

 

 リュネが、小さく頭を下げた。

 しばらくして、肩から力が抜けた。

 

「もう、大丈夫です」

「立てますか」

「はい」

 

 ラセルは彼女の顔を確かめてから、立ち上がった。

 

 石碑へ掌を置く。

 灯火の色が遠のき、青が広がった。

 

 底まで見える水のようであり、どこまでも続く空のようでもあった。

 ラセルは、しばらく手を離さなかった。

 

 

     *

 

 

「ここまで、来られたのね」

 

 セラは、石碑の前で立ち止まった。

 朱麗は、少し後ろにいた。

 

「ああ。あとは、触れるだけだ」

 

 セラは手を伸ばした。

 途中で止める。

 

「何も見えなかったら……」

 

 朱麗は、石碑を見た。

 

「まず、やってみろ」

 

 セラは小さくうなずき、掌を当てた。

 

 石の冷たさが、指先から伝わった。

 目を閉じる。

 

 白い光があった。

 

 眩しくて目をそらしたくなるような白ではなかった。

 そっと触れてもよいと思える、柔らかな光だった。

 

 セラは息を吐いた。

 胸のつかえが、少しほどけた。

 

 そのとき、後ろにいる人の気配が、ふいに近くなった。

 

 一人。

 けれど、その奥にも。

 

「……あら」

 

 セラは手を離し、振り向いた。

 

「どうした」

 

 朱麗が、こちらを見ている。

 

「今、あなたの中に……誰か、もう一人いるような気がしたの」

 

『師匠』

 

 ドモンは、黙った。

 セラは目を瞬かせ、困ったように笑った。

 

「ごめんなさい。変なことを言って」

 

 石碑へ目を戻した。

 もう、白は見えなかった。

 

「色は見えたのか」

「ええ」

 

 セラは、掌を胸へ引き寄せた。

 

「お母様に、お話しできるわ」

 

 

     *

 

 

 森を出る頃には、光が傾いていた。

 迎えの神官の向こうで、モンドが手を振っている。

 その隣に、ユファの姿があった。

 

 セラは、歩みを速めた。

 

「おば様」

 

 ユファが、二人の顔を見た。

 朱麗の腕、セラの衣の裾へ視線を下ろす。

 

「お怪我は?」

「大丈夫よ。二人とも」

 

 セラは朱麗を振り返った。

 目が合うと、少し照れたように笑った。

 

 先に戻っていたサルガが、その様子を見ていた。

 ラセルはリュネへ水筒を渡し、神官の呼びかけに顔を上げた。

 

「サラサ様がお待ちです」

 

 三人が、神殿へ続く道に並んだ。

 

 セラは、石碑に触れた手を開いた。

 今は、何も光っていない。

 そっと握り直し、兄たちの後へ続いた。




第21話、お疲れさまでした〜!

今回は「水の問い」で、三人の人柄をそれぞれ違う質問の仕方で出してみました。サルガは池、ラセルは家の桶、セラは「出てこられない方」へ――同じ問いでも、目の向き方が違うんですよね 

坂の試練では、サルガが父を庇うところと、セラが怖くても動いたところ、書いていて楽しかったです。ラセルとセラの小さなやり取りも、この先の伏線のつもりで入れました。

そして石碑の色。三人が見た光の意味は、次回、サラサの前でのお話の中で明らかになっていきます。セラが朱麗に感じた「何か」も、いずれ……✨

次回もお付き合いいただけたら嬉しいです〜!
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