今回はいよいよ、サラサ・ムーンの後継者を決める「試練」が始まります!サルガ、ラセル、セラ、三人それぞれの従者を連れて、知力・武力・光の三つの門に挑みます。
誰がどんな答えを出すのか、どんな戦い方をするのか。兄妹の人柄がわかる回になったと思います。ぜひ最後まで見届けてください
森の入口で、セラは足を止めた。
石段の先は、木々に覆われている。
「寒いか」
朱麗に聞かれ、首を振った。
「少し、緊張しているだけ」
サルガが、鼻で笑った。
「余所者を従者に選ぶとはな。覚悟だけは見事だ」
「兄上」
ラセルが、静かにたしなめる。
「母上のお言葉をお忘れですか」
「忘れてはおらん。手は出さん」
サルガは、朱麗を一瞥して、それきり口を閉じた。
セラは握っていた手をほどき、衣の裾を直す。
サルガの傍らには、父リナートが立っていた。ラセルの横には、リュネが控えている。
神官が、巻物を開いた。
「知力の門では、民の暮らしを預かる判断を。武力の門では、危難から身を守る力を示していただきます」
セラは、隣の朱麗を見上げた。
彼は怒涛剣を背負い、黙って聞いていた。
「最後に、光の間の石碑へ触れてください。そして、見えた光の色を、サラサ様へお伝えいただきます」
「それだけか」
サルガが尋ねた。
「石碑の前で、特別な作法は?」
「掌を当てて、お待ちください」
神官は巻物を閉じた。
「試練は一組ずつ。前の組が次の門へ進んでから、ご案内いたします」
「父上。参りましょう」
緑の鉢巻きを締め直し、サルガが石段を上がった。
*
知力の門の前に、おばば様と呼ばれる老婆が一人座っていた。
目の前の石台には、小さな畑と家々、池の模型が並んでいる。
「来たか。では、お前たちに問う」
おばば様は、杖で模型を示した。
「この里には、桶三杯分の水があるとしよう。畑と里へ、どう分ける?」
サルガは、石台へ近づいた。
「どれだけ必要なのだ」
「畑は今日一杯もらわねば、苗が枯れる。二杯では流されてしまう。里も井戸が涸れておるから、一杯は必要じゃ。二杯までは受けられる」
「池に取っておくこともできるのか」
「一杯だけならな。ほかにも、聞きたいことがあれば尋ねなされ」
サルガは、池の模型を指した。
「畑に一杯、里に一杯。残りは池へ取っておく」
「その水は、いつ使う?」
「明日だ。池から里へ送れるのだろう?」
「送れる」
「ならば、朝になったら配るよう、番の者に命じておく。今日の分を渡し、明日の分も残す」
傍らで、リナートがうなずいた。
おばば様はサルガの顔を見てから、杖を上げた。
「相わかった。では、次の関門へ行きなされ」
サルガは一礼し、父を伴って坂道へ向かった。
*
次に呼ばれたラセルは、同じ問いを聞くと、家の模型へ目を向けた。
「家には、水を取っておく桶がありますか」
「ある。今は、どれも空じゃ」
「それなら、畑に一杯、里に二杯です」
「池には残さぬのか?」
「家の桶に入れておけば、明日の朝を待たずに使えます。池からもう一度送る手間もいりません」
リュネが、家々の模型を見た。
「夜中に喉が渇いても、困りませんね」
「ええ。必要なときに、すぐ使えます」
ラセルは、おばば様へ向き直った。
「それが、私の答えです」
「わかった。先へ進みなされ」
二人が頭を下げ、石台を離れた。
*
セラの番になった。
問いを聞き終えても、すぐには答えが出てこなかった。
朱麗は少し後ろで、黙って待っている。
セラは、里の小さな家々を見つめた。
「水は、皆さんがくみに来るの?」
「そうじゃ」
「出てこられない方は?」
おばば様が、セラを見た。
「病人も、年寄りもおるじゃろうな」
「その方たちには、誰かに届けてほしいわ」
家の模型へ、そっと指を添えた。
「元気な方だけが、明日の分まで持って帰ってしまったら……あの家には、今日の分もないかもしれないもの」
少し考えてから、顔を上げる。
「畑と里に一杯ずつ。残りは池へ取っておきます。まず、今日の水が皆さんに届いたか、確かめてもらいたいの。明日の分は、それから配りたいです」
おばば様は、最後まで聞いていた。
セラが手を引くと、静かにうなずいた。
「そなたの考えは、わかった。では、次の関門へ行きなされ」
セラは、ほっと息を吐いた。
一礼して振り返ると、朱麗は何も言わず、小さくうなずいた。
それから、坂道の方へ顎を向けた。
「行くか」
「ええ」
二人は並んで、門をくぐった。
*
知力の門から続く坂道で、先に進んだサルガたちは、行く手をふさぐ守り手と打ち合っていた。
槍の柄が、乾いた音を立てた。
サルガは打ち込まれた棒を弾き、相手の肩を押した。
仮面の戦士が、一歩下がる。
坂の上には、石の門が見えていた。
そこまで、守り手が何人も待っている。
入口で渡されたのは、先に布を巻いた棒だった。
持参した武器は、門の係に預けてある。
「二人そろって、門を越えよ」
試練役の言葉は、それだけだった。
「父上、右へ!」
リナートの棒が、横から伸びた一撃を受けた。
手首を返し、相手の棒を下へ押さえる。
その隙を、サルガが抜けた。
門まで、あと少し。
背後で、靴が砂利を滑った。
サルガは振り返った。
リナートの膝が、わずかに落ちている。
別の守り手が、その背へ回った。
「父上!」
サルガは引き返した。
父の前へ身を投げ出す。
棒が、肩を強く打った。
「ぐっ……!」
「サルガ! 先へ行けばよかったものを」
「二人そろってと、言われたでしょう。父上を、置いていけるものですか」
サルガは歯を食いしばり、守り手の棒を押し返した。
リナートは、一瞬、息子の横顔を見た。
口元が、わずかにゆるんだ。
息は、少し荒かった。
「ならば、もうひと働きしなくてはな」
二人が背を合わせた。
サルガは、父の足元を一度見た。
「大股で進まなくて結構です。私が、前を開けます」
*
「右に三人。左は二人です」
リュネが、小声で告げた。
ラセルは、坂の途中で棒を構えていた。
「左の二人の間へ出られますか」
「出られます」
「私が後ろを通るまで、引きつけてください」
リュネが踏み込んだ。
右へ顔を向けたまま、棒を左へ走らせる。
守り手の構えが崩れた。
ラセルは岩際を抜けた。
すぐには走らず、一度足を止める。
背後からの棒が、鼻先を横切った。
「危ないところでした」
呟きながら身を低くし、その腕の下をくぐった。
「ラセル様、先へ!」
リュネが追いつく。
ラセルは坂の上へ視線を走らせた。
門の直前に、二人いる。
「今度は、私が引きつけます」
「大丈夫ですか?」
「長くは持ちません。頼みますよ」
リュネは笑う余裕もなく、うなずいた。
*
坂の入口で、朱麗は怒涛剣を係の者へ預けていた。
代わりに受け取った棒は、軽すぎて頼りないほどだった。
セラは、両手で棒を握っていた。
前にも後ろにも、仮面が見える。
「顔を下げるな」
朱麗の声がした。
「足元ばかり見ていると、来るものが見えん」
「でも……」
「俺を見ていろ。動いたら、ついてこい」
セラはうなずいた。
一人が走ってきた。
棒が、朱麗の肩へ振り下ろされる。
朱麗の片手が上がった。
木と木がぶつかる短い音。
次の瞬間、相手の棒が宙へ舞っていた。
「え……」
朱麗は振り向きもせず、それを空いた手で受けた。
もう一人が、セラへ回り込む。
「右へ一歩」
セラは動いた。
さっきまで立っていた場所を、棒がかすめる。
朱麗の足が、相手の踏み込んだ足へ添えられた。
軽く押しただけに見えた。
守り手は尻餅をつき、手を離した。
朱麗は、奪った棒を道の脇へ置いた。
「行くぞ」
セラは慌てて追った。
坂の上から、三人が下りてくる。
「止まれ」
セラは、その背中の後ろで踏みとどまった。
朱麗の棒が円を描いた。
三本の棒が弾かれ、中央の一人がよろめく。
襟をつかんで支え、その男を横の二人へ預けるように押し戻した。
道が空いた。
「今だ」
セラは走った。
裾を持ち上げ、石を避ける。
足を取られかけたとき、朱麗の手が肘を支えた。
「……すまん。速かったか」
「平気よ」
息を切らせて答えた。
怖さが消えたわけではなかった。
それでも、声が聞こえれば足を動かせた。
二人で、石の門を越えた。
守り手たちが、構えを解く。
朱麗は棒を返し、坂を振り返った。
「怪我はないか」
仮面の一人が、苦笑交じりに答えた。
「……それは、こちらの台詞です」
セラは、朱麗を見上げた。
息も、ほとんど乱れていない。
「あなた、こんなに……」
「ん?」
「いえ」
セラは、握っていた手を開いた。
まだ、指先が震えていた。
「ありがとう」
「礼はいい。怖くても、動いた。それで十分だ」
セラは、目を瞬かせた。
それから、そっと笑った。
*
坂を越えた先に、光の祠があった。
ここで挑むのが、第三にして最後の、光の試練だった。
光の間には、窓がなかった。
壁際の灯火が、石碑の輪郭を照らしている。
サルガは、入口にリナートを残して進んだ。
石碑の表面には、細い筋が幾重にも刻まれていた。
掌を当てる。
冷たかった。
やがて、閉じた瞼の奥に緑が広がった。
木漏れ日の下で見上げた葉のような色だった。
サルガは息を止めた。
指を離すと、緑は静かに消えた。
「ご覧になれましたか」
リナートが尋ねる。
「ああ」
サルガは、掌を見た。
「父上には?」
「何も。ただ、あなたが触れておられるのを見ていました」
サルガは、もう一度石碑を見た。
さっきと同じ、暗い石だった。
*
石碑へ近づく途中で、リュネが足を止めた。
「どうしました」
「何か……聞こえます」
ラセルには、何も聞こえなかった。
リュネは額へ手を当てている。
「誰か、呼んでいるような」
ラセルは、差し出しかけた手を引いた。
リュネの肩へ触れる。
「座りましょう」
「でも、試練が」
「石碑は逃げません」
壁際へ連れ、隣へ腰を下ろした。
リュネは呼吸を整えようとしていた。
「申し訳ありません。私から、ついてくると言ったのに」
「ええ。ずいぶん張り切っていましたね」
ラセルが水筒を渡す。
「ですから、帰りも働いてもらいます。今は休んでください」
リュネは、水筒を両手で受け取った。
そこへ、足音が近づいた。
セラと朱麗だった。
セラは、壁際のリュネを見て足を止めた。
「リュネさん、顔色が悪かったから……」
「セラ?」
ラセルが顔を上げる。
セラは、自分の水筒を差し出した。
「よかったら、私のも。まだ、たくさん残っているの」
ラセルは、少し驚いたように妹を見た。
これから競う相手に、水を差し出す。
そんな発想は、彼にはなかった。
「……ありがとう、セラ」
「いいえ。放っておけなかっただけ」
リュネが、小さく頭を下げた。
しばらくして、肩から力が抜けた。
「もう、大丈夫です」
「立てますか」
「はい」
ラセルは彼女の顔を確かめてから、立ち上がった。
石碑へ掌を置く。
灯火の色が遠のき、青が広がった。
底まで見える水のようであり、どこまでも続く空のようでもあった。
ラセルは、しばらく手を離さなかった。
*
「ここまで、来られたのね」
セラは、石碑の前で立ち止まった。
朱麗は、少し後ろにいた。
「ああ。あとは、触れるだけだ」
セラは手を伸ばした。
途中で止める。
「何も見えなかったら……」
朱麗は、石碑を見た。
「まず、やってみろ」
セラは小さくうなずき、掌を当てた。
石の冷たさが、指先から伝わった。
目を閉じる。
白い光があった。
眩しくて目をそらしたくなるような白ではなかった。
そっと触れてもよいと思える、柔らかな光だった。
セラは息を吐いた。
胸のつかえが、少しほどけた。
そのとき、後ろにいる人の気配が、ふいに近くなった。
一人。
けれど、その奥にも。
「……あら」
セラは手を離し、振り向いた。
「どうした」
朱麗が、こちらを見ている。
「今、あなたの中に……誰か、もう一人いるような気がしたの」
『師匠』
ドモンは、黙った。
セラは目を瞬かせ、困ったように笑った。
「ごめんなさい。変なことを言って」
石碑へ目を戻した。
もう、白は見えなかった。
「色は見えたのか」
「ええ」
セラは、掌を胸へ引き寄せた。
「お母様に、お話しできるわ」
*
森を出る頃には、光が傾いていた。
迎えの神官の向こうで、モンドが手を振っている。
その隣に、ユファの姿があった。
セラは、歩みを速めた。
「おば様」
ユファが、二人の顔を見た。
朱麗の腕、セラの衣の裾へ視線を下ろす。
「お怪我は?」
「大丈夫よ。二人とも」
セラは朱麗を振り返った。
目が合うと、少し照れたように笑った。
先に戻っていたサルガが、その様子を見ていた。
ラセルはリュネへ水筒を渡し、神官の呼びかけに顔を上げた。
「サラサ様がお待ちです」
三人が、神殿へ続く道に並んだ。
セラは、石碑に触れた手を開いた。
今は、何も光っていない。
そっと握り直し、兄たちの後へ続いた。
第21話、お疲れさまでした〜!
今回は「水の問い」で、三人の人柄をそれぞれ違う質問の仕方で出してみました。サルガは池、ラセルは家の桶、セラは「出てこられない方」へ――同じ問いでも、目の向き方が違うんですよね
坂の試練では、サルガが父を庇うところと、セラが怖くても動いたところ、書いていて楽しかったです。ラセルとセラの小さなやり取りも、この先の伏線のつもりで入れました。
そして石碑の色。三人が見た光の意味は、次回、サラサの前でのお話の中で明らかになっていきます。セラが朱麗に感じた「何か」も、いずれ……✨
次回もお付き合いいただけたら嬉しいです〜!