ついに後継者が決まります。三つの試練を越えて戻ってきた三人の兄妹に、サラサが告げる答えとは……。そして、朱麗にはもう一つ、ずっと待っていた再会が用意されています
静かな回ですが、ぜひ最後まで見届けてください!
神殿の広間に、三人の兄妹が並んでいた。
サラサの座の右には神官たち。サルガの後ろにはリナート、ラセルの後ろにはリュネが控え、少し離れてモンドが立っている。
朱麗は、セラの後ろに立った。
サルガの肩には、薄く布が当てられていた。
「皆、よく戻りました」
サラサは、一人ずつ顔を見た。
「石碑では、どのような光を見ましたか。色と、どのような光であったかを聞かせてください」
「緑です」
サルガが、一歩進み出た。
「木漏れ日の下で見上げた、葉のような色でした」
「自然と調和する色ですね」
サラサは、目を細めた。
「法を守り、秩序を重んじる心。昔のムーン・ムーンが持っていた、よい姿そのものです」
サルガは何も言わず、わずかに背筋を伸ばした。
「ラセルは?」
「青です」
ラセルが、静かに答える。
「底まで見える水のようであり、どこまでも続く空のようでもありました」
「冷静に物事を見つめ、想像を広げられる人の色です」
ラセルは、静かに一礼した。
サラサの視線が、末の娘へ向く。
セラは、自分の掌を見た。
「私は……白でした」
神官の一人が、顔を上げた。
「白い光を?」
「はい。眩しくなくて、そっと触れてもいいと思える光でした」
続けかけて、朱麗の方へ目を向けた。
彼は黙って、こちらを見ている。
セラは、サラサへ向き直った。
「それだけです。うまく、説明できなくて」
「十分ですよ」
サラサは、微笑んだ。
「純粋で、飾らない色です。人をまっすぐに見る人の光」
サラサは、しばらく三人を見つめていた。
「緑の調和も、青の冷静さも、白の純粋さも、どれも今のムーン・ムーンに必要なものです」
「それでも、選ぶのは一人です」
ラセルが尋ねた。
「白が最も優れている、ということですか」
「いいえ。純粋であるだけでは、人を率いることはできません。守るべきものを守る強さも、先を読む目も必要です。どれが上、どれが下ということはありません」
サルガが、わずかに顎を上げた。
サラサは、彼へ目を向けた。
「おばば様と守り手からも、話を聞いています」
「サルガ。水を蓄えるだけでなく、翌朝に配るところまで考えたそうですね」
「当然です。池に入れただけでは、民の喉は潤いません」
「坂では、父を庇ったとも」
サルガの手が、肩の布へ触れた。
「二人で越える試練でしたから」
リナートが、小さく笑った。
サラサも、目元を緩めた。
「ラセル。あなたは、家々に水を置くことを選びましたね」
「ええ。その方が、必要なときに使えます」
「そして、リュネのために足を止めた」
ラセルは、後ろの従者を一度見た。
「倒れられては、帰りに困りますので」
リュネが、少しだけ目を伏せた。
「二人とも、人を預かる者として、大切なものを持っています」
サラサは、膝の上で手を重ねた。
「そのうえで、私の後を継ぐ者を決めます」
衣擦れの音が、止まった。
「セラ」
呼ばれた本人が、顔を上げる。
「あなたに、継いでもらいたい」
セラの唇が、わずかに開いた。
隣で、サルガの足が動いた。
「母上」
強い声だった。
「理由を、伺ってもよろしいでしょうか」
「この村には、決まりを守って暮らしていても、困っていることを言えずにいる者がいます」
サラサは、セラを見た。
「水をくみに来られない者は、どうするのか。あなたは、そこを尋ねましたね」
「……はい」
「私は長く、この村を見てきました。それでも、見落としてきたものがあります。これからは、そういう声を聞く者に、村を預けたいのです」
セラは、衣の裾を握った。
「でも、私には、お兄様たちのような……」
「一人で何もかもできる者はいません」
サラサの視線が、二人の兄へ戻る。
「サルガ。あなたの堅実さが必要です。ラセル。あなたの目も必要です。セラを、支えてほしい」
サルガの眉が、寄った。
「私に、妹を支えろと?」
「そうです」
「力も、経験も足りぬ者を。まして、あれは父も違う――」
「サルガ」
リナートの声がした。
大きな声ではなかった。
サルガは、父を見た。
次に妹を見て、口を閉じた。
セラは、うつむかなかった。
裾を握る手だけが、白くなっていた。
「三人とも、私の子です」
サラサが言った。
「三人に試練を受けさせたのは、私です。その結果を見て、後継者を選ぶのも私です」
サルガは、深く息を吐いた。
「……承知しました」
頭を下げたが、セラへは顔を向けなかった。
ラセルは、静かに片眼鏡を直した。
「継承までに、覚えていただくことは多そうですね」
セラは、彼を見た。
「ええ。教えていただきたいわ」
ラセルは、すぐには答えなかった。
*
神官が話を進めようとしたとき、セラが一歩、前へ出た。
「お母様。その前に、一つお願いがあります」
サラサが、顔を向ける。
「ヘモス様を、牢から出していただけませんか」
サルガの顔が上がった。
「早速、それか」
彼の目が、朱麗へ向いた。
「その男の願いをかなえるために、引き受けたのか」
「俺から頼んだ」
朱麗が、初めて口を開いた。
「従者を務める代わりに、祖父を助けてほしいとな」
「ほら、見ろ」
サルガは、サラサへ向き直った。
「身内を助けたいからと、掟を曲げる。これで他の者に、何と言えばよいのです」
セラが、朱麗の前へ出かけた。
彼は、彼女を止めなかった。
「ユファおば様から、お話を聞いていました。私も、何とかしたいと思っていたのです」
「でしたら、なおさら確かめるべきでしょう」
ラセルの声が、間へ入った。
「ヘモスだけを解放する理由が、他の囚人にも説明できますか。ご家族の話だけでは、足りません」
セラは、言葉を探した。
サルガは腕を組み、ラセルは返事を待っている。
「統治者の親族を守る掟はあります。ですが、ヘモスはその親族ではありません」
ラセルが続けた。
「そして、セラ。あなたは後継者です。まだ、母上から権限を引き継いだわけではない」
セラの目が、朱麗へ動いた。
すぐに、兄へ戻った。
「でも、まだヘモス様のお話を聞いていません。聞かないまま、決めてしまっていいのですか?」
ラセルが、口を閉じた。
「すぐに出せないのなら、せめて、何があったのかを確かめたいです」
サラサは、神官の一人へ目を向けた。
「当時の記録を、私のもとへ。それから、本人の話も聞きます」
「かしこまりました」
サルガが、母を見た。
「母上」
「今、ヘモスを預かっているのは私です。解放するかどうかも、事情を確かめたうえで私が決めます」
サラサの声は、揺れなかった。
「セラ。継承の儀を終えるまでは、こうした判断は私が行います。あなたも、その間に学びなさい」
「……はい」
セラが頭を下げる。
サラサは、朱麗へ顔を向けた。
「朱麗。今日は、短い面会を許します。見張りの指示に従ってください」
内側で、息をのむ気配があった。
『師匠……』
ドモンは、サラサへ頭を下げた。
「感謝する」
サルガは何か言いかけたが、腕を組み直しただけだった。
*
神殿を出ると、ユファが待っていた。
セラの顔を見て、朱麗へ目を移す。
「どうなりました?」
「お母様が、調べてくださることになったわ。今日は、会わせていただけるそうです」
ユファは、胸元へ手を当てた。
「そう……そうですか」
セラは、朱麗を振り返った。
「選ばれたのに、ちっとも嬉しくないの」
小さく笑って、続ける。
「怖いのよ。お兄様たちに、あんなふうに言われて」
「怖くても、動けばいい」
ドモンは、静かに言った。
「坂で、そうしただろう」
セラは目を瞬かせ、それから、ふっと肩の力を抜いた。
「そうね」
少しうつむいてから、顔を上げる。
「まだ、約束を果たせていないわ」
「お前が、話を聞くところまで持っていった。まずは、会ってくる」
セラは、少しだけ口元を緩めた。
「ええ。私も、待っているわ」
迎えの衛兵が、道の先へ手を向けた。
朱麗はユファとともに、神殿の裏手へ歩き出した。
*
牢は、石造りの建物の奥にあった。
細い窓から差す夕日が、床へ一筋、落ちている。
「今日は、短い面会です。時間になりましたら、お声をかけます」
衛兵が告げた。
朱麗はうなずき、格子の前へ進んだ。
奥で、老人が顔を上げた。
腰掛けていた木の椅子から、ゆっくり立ち上がる。
「ユファ。今日は、誰を……」
途中で、声が止まった。
朱麗も、足を止めた。
白い髪。頬の深い皺。少し小さくなった肩。
『……じっちゃん』
内側から、かすれた声がした。
ヘモスは、格子へ近づいた。
顔を上へ向け、朱麗を見つめる。
「朱麗、か」
ドモンはうなずいた。
ユファが、傍らへ寄った。
「帰ってきたのですよ」
ヘモスの口が、少し開いた。
朱麗の肩から、顔へ。もう一度、顔から肩へ。
「大きくなった」
それだけ言って、笑った。
ユファは、目元を指で押さえた。
『じっちゃん……僕……』
その先は、続かなかった。
ドモンは、格子の前にしゃがんだ。
ヘモスも椅子を格子のそばへ寄せて座り、同じ高さで顔を合わせる。
「ずいぶん、変わったな」
ドモンは、老人の目を見た。
「……長い間、来られなかった」
格子の間から、手が伸びた。
ドモンはそれを取り、そっと包んだ。
細い指だった。
握り込まず、その重みを受け止める。
ヘモスの親指が、彼の掌へ触れた。
硬いたこを、ゆっくりなぞる。
「生きていてくれた。それでいい」
ドモンは、何も言わなかった。
内側でも、声は聞こえなかった。
ただ、手を握っていた。
しばらくして、老人の目が、孫の顔をゆっくりなぞった。
「腹は、減っておらんか」
内側で、息が揺れた。
『……じっちゃん、昔も、そうやって……』
ドモンは、口元を少し緩めた。
「食わせてもらった。大丈夫だ」
「なら、よかった」
ヘモスがうなずく。
その手は、まだ離れなかった。
窓からの光が、少しずつ細くなった。
「そろそろ、お時間です」
衛兵の声がした。
ドモンは老人の顔を見て、静かに息を吐いた。
「また来る」
内側で、朱麗も小さくうなずいた。
「ああ。待っておる」
ヘモスの指が、そっと緩んだ。
二人の手が、格子越しにゆっくり離れた。
22話、お疲れさまでした〜!
今回は「誰が選ばれたか」より、「どう選ばれたか」を書いたつもりです。緑も青も白も、どれが上というわけではなく、サラサが今のムーン・ムーンに必要なものを見て決める――サルガにもラセルにも、それぞれ筋の通った言い分があります
そして、ヘモスとの再会。ドモンは多くを語らず、ただ手を握っています。内側の朱麗が言葉にならなかった分、「待っておる」の一言に気持ちを込めました。
次回は、後継者に決まったセラと、動き出す兄たち。継承の儀に向けて、ムーン・ムーンの空気が少しずつ変わっていきます。次回もお付き合いいただけたら嬉しいです〜!