GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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お待たせしました〜!第24話です✨

月の証を持ち帰った朱麗たち。村は歓喜に沸きますが、その裏で、動き出す人たちがいます。今回は、村から遠く離れた「ある里」が舞台です。新しい顔も登場しますので、ぜひ最後まで見届けてください!


第24話 濁流の岸

 

 神殿の広間には、ざわめきが満ちていた。

 セラは、両手で月の証を差し出した。

 小さな証が、灯火を受けて鈍く光る。

「お母様。滝の岩から、取り出してきました」

「……誰が」

「朱麗さんが、神剣で岩を開いてくれました」

 サラサは、椅子の肘掛けに手をついた。

 神官が支えようとするのを片手で制し、ゆっくりと立ち上がる。

 一歩。もう一歩。

 震える指が、証へ伸びた。

 触れる直前で、止まる。

 長い間、誰も息をしなかった。

 やがて、指は静かに下りた。

「……よく、持ち帰ってくれました」

 サラサは、目を閉じた。

「皆に、伝えなさい」

     *

 その日のうちに、話は村じゅうへ広まった。

 石の内に眠る月が、光の下へ戻った。

 神官たちの触れ回る声が、広場から路地へ、路地から畑へ、波のように伝わっていく。

「月の証を取り出した方が、おられるそうだ」

「あの余所者が、岩を斬ったと聞いたぞ」

 広場の真ん中で、朱麗は人々に囲まれていた。

 子供が裾を引き、老人が手を合わせ、誰かが焼き菓子を押しつけてくる。

「おいおい、すっかり英雄だな」

 モンドが、にやにやしながら肘で突いた。

「この間まで剣も持てなかったくせに、今度は岩を斬ったって?」

 エルが、腕を組んで言った。

『それは師匠です……』

 内側で、朱麗が小さく呟いた。

――聞こえている。

「あんた、顔が引きつってるよ」

「……慣れていない」

 モンドが、ふと首を傾げた。

「そういや、イーノの奴、まだ着かねえのか」

 ビーチャが、笑いを噛み殺して言った。

「あいつなら、そのうち来る。今は主役の相手をしてやれ」

 その横で、セラが朱麗の袖をそっと引いた。

「これなら、ヘモス様のことも、前へ進められるかもしれないわ」

「ああ」

 ドモンは、短く答えた。

『じっちゃんに、いい報告ができますね』

 内側の声が、明るく弾んでいた。

     *

 広場の端で、衛兵の怒鳴り声が上がった。

「里の者は、村へは入れん!」

 人垣の向こうに、泥だらけの若者が膝をついていた。

 息が荒い。足は傷だらけで、草鞋が破れている。

「頼む……古水路の壁が、崩れかけているんだ」

 歓声が、すっと引いた。

「古水路の里の者か」

「追放された連中だ。関わるなよ」

 囁きが、広場を渡っていく。

「通しなさい」

 ラセルが、人垣を割って進み出た。

「助けを求める者の声を聞くのも、サラサ様の治めるムーン・ムーンのはずです」

「しかし、あの里は――」

「用件を聞くだけです」

 衛兵は、渋々道を空けた。

 若者は、額を地面につけた。

「里の者だけでは、手が足りません。水が漏れて、人が流されかけて……どうか、手を貸してください」

 誰も、答えなかった。

 追放された者たちの里へ、助けに行こうと名乗り出る者は、いなかった。

 ラセルが、広場を見渡した。

「ですが、月の証を取り出した方なら、あの者たちも救えるのではありませんか」

 視線が、一斉に朱麗へ集まった。

 ドモンは、若者を見下ろした。

 泥にまみれた手のひらが、小刻みに震えている。

「場所は」

「古水路の里です。ここから、半日ほど……」

「分かった。俺が行く」

 人々が、どよめいた。

「私も行くわ」

 セラが言った。

「セラ。あなたには、儀の支度があります」

 ラセルが、穏やかに首を振る。

「後継者が村を空けるのは、よくありません」

「でも――」

「すぐ戻る」

 ドモンが言った。

「待っていろ」

 セラは、唇を結んだ。

 それから、小さくうなずいた。

 ラセルが、朱麗の傍らで足を止めた。

「ヘモス殿の記録は、その間に私が調べておきます」

 声は低く、セラにも聞こえるほどだった。

 ドモンは、その横顔を見た。

 片眼鏡の奥の目は、静かで、何も読ませない。

「……頼む」

 それだけ答えた。

     *

 朱麗が門を出るとき、モンドが肩を並べた。

「俺も行くぜ。イーノの奴を探すついでだ」

 エルとビーチャは、セラの傍らに残った。

 門のところで、セラは朱麗の背を見送っていた。

 その隣で、ラセルが穏やかに声をかける。

「さあ、セラ。儀の支度を進めましょう」

「……はい」

 ラセルの目は、遠ざかる赤い衣の背中を、最後まで追っていた。

 広場の隅で、サルガは一言も発しなかった。

 彼は、人々の歓声に背を向け、村の裏の道へ歩き出した。

 その背を、リナートが黙って見送った。

 そして、杖代わりの槍を握り直し、同じ道を追った。

     *

 古水路の里は、谷の底にあった。

 石を積んだ家々は、何度も継ぎ足された跡がある。

 屋根の板も、壁の漆喰も、不揃いな材で直されていた。

 その脇を、古い水路が流れている。

 石壁に、斜めに亀裂が走っていた。

 水が細く染み出し、足元を濡らしている。

 壁の両側には、粗末な滑車と綱で組み上げられた、大きな吊り腕が三台並んでいた。

 二台は壁を支え、残る一台は補修の石を運んでいる。

「あれは、まずいな」

 ドモンが呟いたとき、水路の脇から声がした。

「そこ、もう少し右だ! 綱を緩めて!」

 石を運ぶ吊り腕の下で、眼鏡の男が、袖をまくって指示を出している。

 モンドの顔色が変わった。

「イーノ!」

 叫んで、駆け出した。

「こんなところにいたのか!」

「モンド……」

 男は、振り返った。

 癖のある髪。眼鏡の奥の目が、驚きから呆れに変わる。

「迎えに来てくれるって言ったじゃないか」

「お前が来ねえからだろ!」

 二人が、互いの肩を叩いた。

「道に迷ってさ。ここの人たちに助けてもらったんだ。お礼に、この人たちが作った機械を借りて、水路を直してるところだよ」

「壊れてるのか?」

「壁にひびが入って、水が漏れてる。二台で壁を支えて、もう一台で石を運んでるんだ。上流で雨が降ったらしくて、水かさも増してきた。放っておけないからね」

 イーノは、朱麗へ目を向けた。

「モンド、こちらは?」

「朱麗だ。こっちで世話になってる」

「そうか。イーノだ。よろしく」

「ああ」

「この人たちは、悪い人じゃない。道に迷った僕を、泊めてくれたんだ」

 周りで作業をしていた住民たちが、手を止めて朱麗たちを見ていた。

 村から来た者への、警戒の眼差しだった。

「……村の人間か」

 年老いた男が、杖を突いて進み出た。

「また、追い立てに来たのか」

「違う」

 ドモンは、静かに言った。

「助けを求められて、来た」

 老人の目が、わずかに揺れた。

     *

 谷の上から、足音が降りてきた。

 サルガだった。

 彼は、住民たちの手にある工具と、三台の機械を、順に見渡した。

 顔から、血の気が引いていく。

「機械を使っているな」

 低い声だった。

「掟に背いて、村を追われた者どもが。まだ懲りぬと見える」

「ちょっと待ってくれ!」

 イーノが、操作盤から叫んだ。

「水が増えてるんだ! 話は後にして、そこから離れて!」

「黙っていろ」

 サルガは、見向きもしなかった。

「全員、その場を動くな。事情を聞く」

「追い出しておいて、今さら何を裁く!」

 若い男が、鉄の槌を構えて前へ出た。

「抵抗するのか」

 サルガが、剣を抜いた。

 刃が、陽を弾いた。

 住民たちが、悲鳴を上げて後ずさる。

 槌を持った若者が、歯を食いしばった。

 サルガの剣が、振り下ろされた。

 その腕を、朱麗の手が掴んだ。

 鈍い音が、谷に響く。

 刃は、若者の肩の手前で止まっていた。

「……どけ。お前には関係ない」

「俺を追ってきたんだろう」

 ドモンは、手首を離さなかった。

「なら、俺に話せ」

 背後で、水の音が少しずつ大きくなっていた。

「待て」

 谷の上から、声が飛んだ。

 リナートが、息を切らして駆け下りてきた。

「サルガ。剣を収めろ」

「父上! この者たちは――」

「追放の沙汰は、消えておらん」

 リナートは、息子の前に立った。

「だが、この者たちは、定められた場所で暮らしている。今、何を理由に捕らえるのだ」

「機械を使っています!」

「今は掟が変わっている。機械を使ったというだけで、この者たちを捕らえることはできん」

 サルガは、言葉に詰まった。

「掟を守るというお前が、今の掟に背いてどうする」

 静かな声だった。

 サルガの腕から、力が抜けた。

 朱麗が、手を離す。

 剣先が、ゆっくりと地面へ下りた。

 杖を突いた老人が、その様子を見つめていた。

「今は、機械を使ってもいいと聞いた」

 掠れた声だった。

「なら、俺たちは、いつまで罪人なんだ」

 誰も、答えられなかった。

 その沈黙の中で、機械の上の若い住民が、操作盤を握りしめた。

「……まだ、俺たちを捕まえるつもりか」

 震える手が、レバーを引いた。

 壁を支えていた吊り腕が、サルガとリナートの前へ振り出された。

 もう一台も、向きを変える。

 壁との間で、ぎしり、と綱が鳴った。

 支えを失った石壁が、ずるりと傾いた。

「待って! その腕は動かさないで! 壁が持たない!」

 イーノの叫びは、遅かった。

 亀裂から、水が噴き出した。

     *

 轟音とともに、水路が口を開けた。

 濁った水が、堰を切ったようになだれ込んだ。

「逃げろ! 高いところへ!」

 住民たちが、悲鳴を上げて駆け出す。

 足の悪い老婆が、よろめいて倒れた。

 その手を、小さな子供が必死に引いている。

「ばあちゃん、立って!」

 濁流が、迫る。

 リナートが、真っ先に走った。

 倒れた老婆を抱え上げ、子供の手を掴む。

「こちらへ!」

 水が、その足元を襲った。

「父上!」

 サルガの叫びも、水音に呑まれた。

 リナートは、二人を高台へ突き飛ばした。

 その直後、濁流が膝を呑み、体ごと押し流す。

 数人の住民とともに、白髪が水に消えた。

 ドモンは、走り出していた。

 濁流へ飛び込み、近くで流される住民の腕を掴む。

 一人。二人。

 怒涛剣が背で重く沈む。

 流れの勢いに、足を取られそうになる。

『師匠!』

――まだだ。

 子供の襟を掴み、岸へ押し上げる。

 岸辺に立ったサルガが、縄を握っていた。

 流される者へ向けて、必死に腕を伸ばす。

 届かない。

 濁流は、あまりに速かった。

「イーノ! あれを動かせ!」

 モンドが叫んだ。

「吊り腕で、下流の者を拾うんだ!」

「分かってる!」

 イーノは、操作盤へ飛びついた。

 古い歯車が軋み、巨大な腕が、ゆっくりと持ち上がる。

 下流の流れの中に、梁にしがみついた白髪が見えた。

「あの人だ! 誰か、もう一台を!」

 腕の先に、綱の輪が下がる。

 その声に、機械の上の若い住民が、震える手で操作盤を握り直した。

 先ほど腕を振り出した男だった。

「俺の……俺のせいで……」

「いいから、右へ回して! 梁を押さえて!」

 男の機械の腕が、流れてくる梁を、横から押さえた。

 梁が、くるりと止まる。

 その上へ、イーノの輪がするりと下りた。

「つかまって! 輪に腕を通して!」

 リナートが、最後の力で輪へ腕を差し入れた。

「引くぞ!」

 歯車が悲鳴を上げた。

 綱が張り、腕が震える。

 サルガが、縄を握っていた。

 ほかの住民たちと並んで、全身で引いた。

 輪が、水面から持ち上がる。

 リナートの体が、ゆっくりと岸へ運ばれていった。

 続いて、流された住民たちが、一人、また一人と引き上げられた。

 サルガは、膝をついて父の体を受け止めた。

「父上……父上!」

 リナートは、水を吐いた。

 咳き込み、うっすらと目を開ける。

「……サルガか」

「はい」

「無事か」

「私は、何ともありません」

 声が、震えていた。

     *

 水が引いた谷に、静けさが戻った。

 濁った水の跡が、里を斜めに横切っている。

 それでも、流された者は、一人も欠けていなかった。

 イーノは、操作盤にもたれて座り込んでいた。

 煙を吐く吊り腕を、ぼんやり眺めている。

「……動いたよ」

「ああ。よくやった」

 モンドが、その肩を叩いた。

 若い住民は、機械の上で、顔を覆っていた。

 老人が、黙ってその肩に手を置いた。

 サルガは、父の傍らに膝をついたまま、動かなかった。

 縄を握っていた掌が、赤く擦り切れていた。

 その視線の先で、朱麗が濡れた髪をかき上げている。

 サルガは、ゆっくりと顔を上げた。

「……父を助けたことには、礼を言う」

 低く、絞り出すような声だった。

「無事で何よりだ」

 ドモンは、それだけ返した。

 サルガは、何も言わなかった。

 煙を上げる機械を、父の傍らから、ずっと見つめていた。




第24話、お疲れさまでした〜!

今回の登場人物の一人、イーノが、ついに登場しました  モンドたちと久しぶりに再会する場面は、書いていて楽しかったです。ただ、ゆっくり再会を喜んでいる暇はなくて……。

もう一つ、今回描きたかったのは、サルガの変化です。掟を守るサルガにとって、機械は「咎めるもの」でした。その機械に、大切な人が救われる。彼が何を感じたのかは、あえて書かずに、読者の皆さんの想像に預けました 

「掟が変わったのに、昔の罪は消えていない」――そんな人たちが、ムーン・ムーンにはまだ取り残されています。この問題は、これからも物語の中で触れていくことになります。

次回は、ラセルが調べている「ある記録」が、少しずつ動き出す予定です。次回もお付き合いいただけたら嬉しいです〜 
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