ダカールの跡地で、ブラッドが「何か」を感じ取るところから始まります。そして今回は、あの二機が、ついに登場します 懐かしい人は、ぜひニヤリとしながら読んでください!
光が、消えた。
戦略指令室の画面に、白い余韻だけが残っている。
発射管制卓の前で、ブラッドは操縦桿から手を離せずにいた。
こめかみの奥を、鋭いものが走り抜けた。
怒りだった。
悲しみに似た、熱い何か。
見覚えのある色が、瞼の裏で揺れた。
「……ブラッド?」
アークが、気配に気づいて近づく。
ブラッドは、答えなかった。
焼けた地上の映像を、アイマスク越しに見つめたまま、低く呟いた。
「……シャア。生きていたのか」
アークの足が、止まった。
「今、何と言った」
「分かるのは、それだけだ」
ブラッドは、静かに首を振った。
「どこにいるのか。何をしているのか。……あの街の側にいたのかどうかも」
画面の中で、ダカールの跡地が、静かに煙を上げていた。
*
翌日。
グラナダでの調査を終えたカミュとファが、アナハイムの廊下で足を止めた。
壁際の端末が、同じ報道を繰り返している。
ダカールの行政区、壊滅。
原因は、調査中。
「……何だ、これは」
カミュの声が、低くなった。
ジュドが、廊下の奥から歩いてきた。
いつもの豪快さが、影を潜めていた。
「お前らも、見たのか」
「街ごと、消えちまったそうだ」
カミュは、何も言わずに歩き出した。
「カミュ」
ファの声にも、足は止まらなかった。
*
戦略指令室の扉の前で、カミュは足を止め、一度だけ息を整えた。
扉を叩く。
「ブラッド大佐、失礼します」
中へ入ると、ブラッドとアークが、同時に顔を上げた。
カミュに続いて、ジュドとファも入った。
「ニュースは、拝見しました」
カミュは、まっすぐに言った。
「ダカールを撃ったのは、あなたですか」
「その通りだよ、カミュ君」
ブラッドの声は、低かった。
カミュは、視線を逸らさなかった。
「私が知らせたのは、本拠地の場所です。街ごと焼けとは、言っていません」
室内の空気が、張りつめた。
ブラッドは、すぐには答えなかった。
アイマスクの下の表情は、誰にも読めなかった。
「私が望んで行った攻撃ではない。軍の指示だ」
ブラッドの隣で、アークが口を開いた。
「我々は軍隊だ。上から命令が下れば、それに従わなければならない。君も軍にいた経験は、あるのだろう?」
カミュは、アークへ目を向けた。
「今の私は、軍人ではありません。民間人です」
重い沈黙が、室内に満ちた。
ファが、入口で、自分の袖口をそっと握りしめた。
*
その静けさを、先に破ったのはブラッドだった。
「カミュ君。そこにいる、ジュド君も」
彼は、画面の方へ向き直った。
「二人に、頼みがある」
ジュドが、顔を上げた。
「ブラッドレイシステムの防衛に、君たちの力を借りたい。一時的にではあるが、軍の人間として働いてもらえないだろうか」
「冗談じゃねえ」
ジュドが、鼻を鳴らした。
「俺たちには、その気はないぜ。俺たちがいなくたって、困りゃしねえだろう」
アークが、少しの間を置いた。
「確かに、イエロースーツの本拠地は壊滅した。今の連邦に攻めかかる勢力など、ないと思うだろう」
それから、静かに続けた。
「だが、あいつは必ず攻めてくる」
「あいつ?」
ジュドが、聞き返す。
「あいつとは、誰のことですか」
カミュが、問いただした。
アークも、ブラッドも、答えなかった。
「十日後に、もう一度、ここへ来てくれ」
ブラッドが言った。
「私たちは、軍に入った覚えはありません」
「あくまで一時的な話だ」
ブラッドは、二人を見据えた。
「君たち二人のことは、よく知っている」
そして、横のアークへ目を向けた。
アークが、小さくうなずいた。
彼は、二人へ歩み寄り、声を落として何かを告げた。
何を言ったのかは、聞こえなかった。
ジュドの目が、見開かれた。
カミュも、息をのんでアークを見つめた。
「……あんた」
アークは、静かに身を引いた。
「すまない。あくまで、一時的な話だ。二人の好きにしていい」
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがて、カミュが言った。
「……一時的な協力ですよ。それだけは、忘れないでください」
十日後の再訪を、そう言って了承した。
*
それから、十日が過ぎた。
月面アナハイムの格納庫の一角に、巨大な布が二つ、並んで掛けられていた。
「見せたいものがある」
アークは、呼び出したジュドとカミュを見渡した。
傍らには、付き添いのファもいた。
少し離れて、レオナージ、カロッゾ、そしてロロの姿もあった。
格納庫の扉の脇には、ブラッドも立っていた。
白い軍帽に、黒いアイマスク。彼は、一言も発しなかった。
「連邦の主力として、長く使われてきた機体だ」
アークが言った。
「今は、お蔵入りになっている。それを、ブラッドが掛け合って回収した」
彼は、わずかに苦笑した。
「昔は、なかなか回してもらえなかったがな」
「内部の更新は、レオナージたちの仕事だ」
布が、引かれた。
白と青と赤の、細身の機体。
その隣に、分厚い装甲をまとった、頭部に砲を載せた大型の機体。
装甲には、傷一つなかった。
塗装も、関節も、すべて磨き上げられている。
格納庫が、静まり返った。
レオナージが、二機を順に指した。
「MSZ-006。それから、MSZ-010だ」
ジュドの声が、掠れた。
「……ダブルゼータ……」
「おい……まるで新品じゃねえか!」
彼は駆け寄り、脚部の装甲を、遠慮なく叩いた。
カミュは、動かなかった。
目の前に立つ白い機体を、ただ見つめていた。
傍らで、ファが、その横顔を見上げた。
「へえ」
ロロが、首をかしげて言った。
「ずいぶん、古い型だね」
「型はな」
レオナージが、低く笑った。
「中は、別物だ」
*
タラップを上がり、コクピットへ滑り込む。
新しい部品の匂いがした。
その奥に、遠い昔の、鉄と油の匂いが、かすかに残っていた。
カミュは、操縦桿を握った。
腕を、わずかに動かす。
機体が、応えた。
「……この反応」
声が、思わず漏れた。
中身は、一新されたはずだった。
それなのに、動き出す感覚が、指先に馴染んでいる。
「君の記録が残っていた」
外部通信から、アークの声が届いた。
「合わせてある」
カミュは、返事をしなかった。
隣で、ダブルゼータのコクピットから、ジュドの声が弾けた。
「おい、こいつ、俺の癖までそのままかよ!」
笑い声が、格納庫に響いた。
カミュは、操縦桿から手を離し、通信を開いた。
「念を押しておきます。私は、私の判断で動かせてもらいます。それでいいんですね」
ブラッドは、アークと目を合わせた。
「ああ。約束どおりだ」
カミュは、小さくうなずいた。
もう一度、操縦桿を握る。
ゼータの頭部が、静かに、ゆっくりと上がった。
*
コクピットから降りたカミュは、格納庫の奥から飛んできた声に、足を止めた。
「照射面積を、現状の五パーセントまで絞る! まずはそこだ! 調整をやり直せ!」
レオナージだった。
格納庫の片隅に、作業台が並べられている。
広げられた図面には、主砲の収束部が描かれていた。
端末を抱えた工作員たちが、慌ただしく行き交う。
カロッゾも、呼び止められては、計算結果を確かめていた。
「この値では、まだ広がる」
「発生器の配置を変えますか」
「変えた場合も出せ。両方見る」
カミュは、部品を載せた台車のそばまで歩み寄った。
「主砲の改良ですか」
台車の脇にいた若い工作員が、顔を上げた。
「ええ。狙った範囲に、もっと細かく絞れるようにしているんです」
「五パーセント、というのは」
「今の照射面積の、五パーセントです。それでも、まだ広すぎるくらいで」
カミュは、少し間を置いて、尋ねた。
「……まだ、不完全だったんですか」
工作員の手が、止まった。
握っていた工具を、そっと台車の上へ置く。
「ブラッド大佐も、アーク教官も、あの状態での発射には反対していました」
「二人とも?」
「はい。ですが、上から発射の指示が来て……延期は、認められなかったんです」
カミュは、何も言わなかった。
工作員は、奥の図面へ目を向けた。
「最終的には、一部屋ほどの範囲まで絞るつもりでした。もう少し待ってもらえれば、そこまで調整できたかもしれないのに」
声が、小さくなった。
「……間に合わなかった」
「次の結果は、まだか!」
レオナージの声に、工作員が慌てて顔を上げた。
「すみません。戻ります」
台車を押し、作業の輪へ戻っていく。
カミュは、その背を見送った。
私が望んで行った攻撃ではない。
指令室で聞いた言葉が、よみがえった。
作業台の向こうで、カロッゾが図面の一点を指し、レオナージがうなずく。
工作員たちが、また動き出した。
カミュは、しばらく、その場に立っていた。
*
手すりのそばで二機を見上げていたロロは、ゆっくりと、作業台の方へ歩いていった。
格納庫の扉の脇に、ブラッドの姿は、もうなかった。
作業台では、レオナージとカロッゾが、まだ図面を囲んでいた。
ジュドの笑い声は、耳に入っていた。
それなのに、頭の中には、別のものが居座っていた。
衛星写真に映っていた、白く焼けた街の跡。
「ねえ」
ロロは、図面を囲む二人へ向けて言った。
「あんな力があるなら、Gビットなんて、要らないんじゃない?」
カロッゾが、図面から顔を上げた。
「一発撃てば、次を撃つまで時間がかかる。その間に攻め込まれたら、どうする?」
「それは……」
レオナージも、図面から目を離した。
「それに、敵がまとまって来るとは限らん。ばらばらに迫る機体を、主砲一つで全部追えるわけじゃない」
ロロは、黙って、二機を見つめた。
「……だから、Gビットが要るんだ」
「そういうことだ。今日の二機も、同じだ」
カロッゾが、短く言った。
ロロは、しばらく動かなかった。
やがて、小さく呟いた。
「……あのおじさんは、あれを撃ちたかったのかな」
誰も、答えなかった。
格納庫の床に、二機の影が、長く伸びていた。
*
その頃。
月面都市フォン・ブラウンに、シュウたち一行が集結していた。
先に月へ渡っていた者も。
あとから、地上を離れて追ってきた者も。
顔ぶれは、ようやく、揃っていた。
グラナダのブラッドたちは、まだ、そのことを知らなかった。
第25話、お疲れさまでした〜!
今回は、あの二機の再登場と、ダカールの後始末を、一話の中に並べてみました。外は新品のように磨かれていても、中はまったくの別物。そして、乗った瞬間に伝わる、あの懐かしい感覚……。書いていて、とても楽しかったです
ただ、カミュにとっては、ただ喜べる話ではありません。ブラッドを許したわけではなく、「私の判断で動かせてもらいます」と念を押して乗る。その距離を、どうしても残したくて、あの形にしました。
ロロの「あのおじさんは、あれを撃ちたかったのかな」も、答えのないまま置いています。「あいつ」とは誰なのか。そして、最後の「その頃」……。
次回は、動き出したシュウ側の様子も、描いていきます。次回もお付き合いいただけたら嬉しいです〜