第26話は、シュウ側の物語です。月面都市フォン・ブラウンに着いた一行が、ダカールを襲ったあの兵器の「声明」を目にします。
月面都市フォン・ブラウンの外れに、民間の修理ドックがある。
その一番大きな扉が、重い音を立てて開いた。
宇宙用の艤装を終えたばかりの《暁》が、ゆっくりと、ドックの中へ滑り込む。
接舷の振動が収まるのを待って、昇降口が開いた。
「……着いたか」
先頭に降りたのは、ガランだった。
艦内の長い日々で硬くなった肩を、ゆっくりと回す。
「ああ、肩が凝った」
続いて、ミランダが顔を出した。
「何日、あんな狭い艦に閉じ込められたと思ってる」
「毎日そう言ってただろう。耳に染みついたぞ」
ヤザンが、笑いながら降りてきた。
「あんたの口が悪いのも、同じくらい染みついてるよ」
ヤザンが、鼻で笑った。
「口が悪いのは、お互いさまだ」
ガランが、二人の間を抜けた。
「艦の損傷箇所は、ドックの者に伝えておけ。補給の数も、確かめる」
下で待っていたナナイが、静かに一礼した。
「ドックも補給も、手配は済んでいます。あとは、整備の責任者に、機体を見せるだけです」
「手回しがいいな」
ガランが、短く言った。
その後ろで、シュウと、クワトロが、黙って、艦を見上げていた。
「遅かったな」
シュウが、そう言った。
「文句は、ミランダに言え」
ガランが、表情を変えずに返した。
シュウは肩をすくめかけて、ふと、動きを止めた。
ドックの事務所の壁に、大きなモニターが掛かっていた。
映像が、繰り返し流れている。
*
黒い煙。
崩れ落ちた建物。
その上に、静かな声が重なった。
『ダカールの武装組織は、ブラッド・レイによって排除されました』
焼け野原になった街が、画面いっぱいに映し出される。
『連邦の秩序を脅かす者には、同様の措置を取ります』
声は、最後まで、淡々としていた。
映像は、すぐに、最初へ戻った。
ミランダの口が、閉じた。
ヤザンの笑みも、いつの間にか、消えていた。
「……ダカールか」
ガランが、呟いた。
「あの街には、俺たちが、一度突入した」
「武装組織、ね」
ミランダが、吐き捨てるように言った。
「街ごと消しておいて、秩序と来た」
クワトロは、何も言わなかった。
画面の向こうに、ある男の顔が浮かんでいた。
アイマスクの下の、見えない目。
「……アムロ」
誰にも聞こえない声だった。
*
「新しい客か」
ドックの奥から、白衣の男が歩いてきた。
油の染みた袖をまくり、腕に端末を抱えている。
「ドクターJ。客が着いたそうです」
若い整備員が、後ろから声をかけた。
「聞いてる。艦の補修は後でいい」
男は、ドックの床に並べられた機体を、順に見渡した。
「先に、機体を見せろ」
ガランのドムIII。
ミランダのシュツルム・ガルス。
ヤザンのハンムラビ・ツヴァイ。
クワトロの、金色の百式改。
そして、シュウの機体。
「ヨハネスだ。ここで、整備を預かっている」
男は、そう名乗った。
「依頼は、ナナイさんから聞いている。整備と調整だな」
「そうだ」
ナナイが答える。
ヨハネスは、抱えた端末を、指で軽く叩いた。
「整備記録と稼働データは、先に受け取った。数字を見れば、癖はおおよそ分かる」
それから、顔を上げた。
「だが、数字だけでは足りん。乗り手の話を、聞かせてもらう」
彼は、ガランの前で足を止めた。
「重装の割に、よく動くな。だが、脚が悲鳴を上げている。お前の踏み込みを半分にするか、脚を替えるか、選べ」
「……踏み込みは、変えん」
「なら、脚だ。金は払ってもらうぞ」
次に、ミランダのシュツルム・ガルスを見上げる。
「槍の振りが、右に偏っている。機体より先に、あんたの癖を直せ」
「余計なお世話だよ」
「俺の仕事だ。直さないなら、右の関節だけ先に壊れるぞ」
ミランダが、舌打ちした。
ヤザンの機体の前では、ヨハネスは、あからさまに顔をしかめた。
「この鎖の巻き戻しは、誰が組んだ。雑にもほどがある」
「俺の相棒だ」
「整備泣かせの相棒だな。覚悟しておけ」
最後に、金色の機体の前で、立ち止まった。
「古い機体を、よくここまで保たせた。だが、調整だけでは補いきれん箇所がある」
クワトロを、見る。
「あんたが話してくれないと、俺は何も直せん」
「……考えておこう」
クワトロは、短く返した。
「文句があるなら、他所のドックを探せ。ここでは、遠慮はしない」
ヨハネスは、そう言い捨てて、踵を返した。
ヤザンが、小さく笑った。
「ずいぶん、口の悪い技師だ」
「あんたに言われたくないよ」
ミランダが、肩をすくめた。
*
ドックの事務所に、六人が集まっていた。
モニターの音は、消されている。
それでも、焼けた街の映像が、壁際で、静かに、繰り返されていた。
「グラナダへ行く」
最初に口を開いたのは、クワトロだった。
「あの男に会う。会って、話をする」
「会って、何を話すんです」
ナナイが、静かに言った。
「今のこちらは、何も知りません。あの主砲の規模も、構造も、連射できるのかも」
「話せば分かる」
「分かるのは、あなたの気持ちだけです」
ナナイは、手元の端末を見た。
「調べる項目は、四つ。システムの規模と、主砲の構造。連射の可否と、次の発射までに何が要るのか。操縦席や指令系統、動力といった、心臓部の場所。そして、どこをどう攻めれば、発射を止められ、沈められるのか」
ガランが、腕を組んだ。
「あれを、沈められると思っているのか」
「街を一つ消す砲だ。まともにやり合えば、俺たちは蒸発する」
ヤザンが、口の端を歪めた。
「だから、先に知る」
シュウが言った。
「撃たれる前に、撃たせない方法を」
全員の視線が、シュウに集まった。
「行くのは、俺とナナイだ」
「待て。私も――」
クワトロが、身を乗り出した。
「あなたとブラッドが、互いを感じ取った以上、今回は危険を冒せません」
ナナイが、静かに遮った。
「あなたが近づけば、向こうも、何かを感じるかもしれない。そうなれば、潜入そのものが終わります」
クワトロの手が、机の上で、強く握られた。
長い沈黙のあと、彼は、ゆっくりと、手を開いた。
「……分かった」
納得したわけではない声だった。
「まず見る」
シュウが、そこへ言葉を重ねた。
「仕掛けるかどうかは、その後だ」
*
ドックの出口に、小型の連絡船が一隻、泊まっていた。
「入境の手続きは、商用で訪れた二人として、用意してあります」
ナナイが、書類の入った封筒を、シュウに渡した。
「中古機械の部品を買い付ける業者です。聞かれたら、書類の通りに」
「手回しがいいな」
「仕事ですから」
二人は、連絡船のタラップへ向かった。
その背を、ガランたちが、黙って見送った。
少し離れたところで、クワトロだけが、動かずに立っていた。
「……必ず、戻れ」
誰にも聞こえない声で、呟いた。
タラップが上がる。
扉が閉まり、連絡船が、ゆっくりと、ドックを離れていく。
月の裏側へ。
焼けた街の映像が流れ続ける、グラナダへ。
*
グラナダの入境口は、思ったより、静かだった。
窓口の係員は、二人の書類を、一枚ずつ、ゆっくりとめくった。
「中古機械の部品、か」
「はい。フォン・ブラウンの業者です」
答えたのは、ナナイだった。
「この時期に、わざわざグラナダまで?」
「この時期だからです」
ナナイは、表情を変えなかった。
「改修が続いていれば、交換部品が出ます。古い部品でも、買い手はつきますから」
係員の指が止まった。
しばらく、書類とナナイの顔を見比べ、やがて、判を押した。
「……搬入区画から先へは、入るなよ」
「心得ております」
窓口を離れてから、シュウが、小さく息を吐いた。
「よくあれだけ、すらすら出るな」
「書類に書いてあることを、言っただけです」
ナナイは、前を向いたまま答えた。
*
部品の引き取りには、現地の業者が付き合ってくれた。
無愛想な、年配の男だった。
二人が、自分の同業だと信じて疑わない顔で、トラックのような作業車を走らせる。
「主砲の整備で出た屑部品だ。量が多くてな。引き取り手がいて助かる」
「毎日、そんなに出るのですか」
「ここ数日は、特にな」
男は、それ以上、何も言わなかった。
言う必要もない、という顔だった。
作業車が、巨大なゲートをくぐった。
その向こうが、搬入口だった。
「…………」
作業車を降りたシュウは、思わず、足を止めた。
最初は、壁だと思った。
違った。
壁のように見えたのは、巨大な砲身の、ほんの一部だった。
グラナダの岩盤をくり抜いた空間の奥に、それは、横たわっていた。
端が、見えない。
天井の照明が、砲身の表面を、鈍く照らしている。
砲身の根元には、艦の船体が続いていた。
巨大な整備ドックに収容された、一隻の兵装艦。その艦首から、砲身が突き出している。
これが、ブラッド・レイの主砲だった。
ダカールの街を、一瞬で灰にしたもの。
「……映像で見た大きさとは、まるで違うな」
「ええ」
ナナイが、手元の帳面に目を落としながら、小さく答えた。
「ここからでは、全長も見切れません。給電の太いケーブルが、あの壁際に三本。冷却の配管は、天井沿いに」
声は、低く、淡々としていた。
ナナイの目は、見えるものを、片端から拾っていた。
買い付けの帳面に、部品の数を数えるふりをして、短い数字と記号を書き留めていく。
傍目には、買い付けの帳簿をつけているようにしか見えなかった。
*
砲身の周りでは、大勢の整備員が、働いていた。
足場が、何重にも組まれている。
砲口に近い部分の外装は、半分ほど剥がされ、新しい部材が、少しずつ取り付けられていた。
「……作り直してるのか」
「改修中、ということでしょう」
ナナイが、シュウの横で、ささやく。
「完成品を、見せているのではありません。まだ、手を入れている最中です」
整備員たちは、誰も、口をきかなかった。
工具の音と、機械の唸りだけが、広い空間に響いている。
誰かが、一瞬、手を止めた。
隣の男が、それを見て、目で促す。
手を止めた男は、黙って、作業に戻った。
シュウは、その様子から、目を離せなかった。
そのとき、天井のスピーカーから、声が流れた。
『ダカールの武装組織は、ブラッド・レイによって排除されました』
聞き覚えのある、あの声明だった。
『連邦の秩序を脅かす者には、同様の措置を取ります』
整備員たちは、顔を上げなかった。
工具を握る手も、止まらなかった。
ただ、淡々と、働き続けていた。
あの声明が流れている真下で。
「…………」
シュウの拳が、知らず、握られていた。
*
部品の積み込みが終わるのを待つ間、ナナイが、さりげなく、シュウに近づいた。
「ここまでで、分かったことを整理します」
彼女は、積み荷の確認をするふりをして、小声で続けた。
「規模は、想像以上です。給電と冷却の配置も、ある程度は、掴めました。そして、まだ改修が続いている。これは、確かです」
「だが、分からないことの方が、多い」
「ええ」
ナナイは、頷いた。
「連射が、本当にできないのか。心臓部は、どこにあるのか。それは、ここからでは、見えません」
彼女の視線が、砲身の、さらに奥へ向いた。
その先には、一般の作業員が入れない、分厚い隔壁があった。
「外側だけです。分かるのは」
シュウは、黙って、巨大な砲身を、見上げた。
撃たれた街。
何も言わずに働く男たち。
そして、「秩序」という言葉。
やがて、低い声で、言った。
「……あれの内側を見る必要があるな」
ナナイは、何も答えなかった。
ただ、帳面を、静かに閉じた。
*
積み込みを終えた作業車が、搬入口を離れていく。
背後のスピーカーが、また、あの声を流し始めた。
『ダカールの武装組織は、ブラッド・レイによって排除されました』
月の裏側で、声明は、いつまでも、静かに繰り返されていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました✨
今回は、ブラッド・レイを「見る」だけの回にしました。派手に壊すより先に、この兵器が、どんな場所で、どんな人たちに支えられているのかを書きたかったからです。
いちばん書きたかったのは、声明が流れる下で、整備員たちが黙々と働き続けるところです。この場面で、物語の「静かな怖さ」を感じてもらえたなら嬉しいです
ナナイは、嘘がうまい人でした。ダカール戦から続くシュウとの関係が、少しずつ変わっていく様子も楽しんでもらえたらと思います。
次回は、シュウたちがさらに奥へ踏み込みます。そこで彼らが見るものは何か。楽しみにしていてください