第27話は、グラナダへの「仕掛け」の回です。最後まで読んでもらえたら嬉しいです✨
《暁》の作戦室に、グラナダの整備ドックが映し出されていた。
岩壁の間から突き出した巨大な砲身。その根元には、兵装艦の船体が続いている。
ナナイは、開かれた外装の一角を指した。
「この区画では、部材の交換が進められていました。ただし、発射できない状態だとは断言できません」
「次に撃つまでの時間は」
「分かっていません。発射を指揮する場所も、外からは確認できませんでした」
シュウは、卓上に置いた手を動かさなかった。
「あれを残したままでは、兵を動かせんな」
艦も、モビルスーツも揃った。
だが、それを一度に差し向ければどうなるか。画面の砲口を見ていると、焼けたダカールの街が重なった。
クワトロが、腕を組んだまま口を開いた。
「ダカールへの発射以来、あの主砲は沈黙している。次に必要なエネルギーを蓄えるまで、相当の時間がかかるのかもしれん」
「それとも、上からの命令がなければ撃てないのか」
クワトロの視線が、シュウへ移った。
「あれだけの兵器だ。何を消すかまで、現場の判断に任せているとは限らん」
「……発射の許可か」
クワトロは、あらためて画面を見た。
「それもあるな」
「許可を求めるところから始めるなら、すぐには撃てまい」
シュウの指が、砲口から離れた宙域を示す。
「百式改とハンムラビ・ツヴァイ。この二機なら、動ける」
「俺たちが餌か」
壁際にいたヤザンが、歯を見せた。
「たった二機のために、あの大砲をぶっ放してくれるかね」
「二機には見せん」
シュウがナナイを見る。
彼女は、別の図を画面へ送った。
ザクの形をしたダミーバルーンが、何体も並んでいる。
「ワイヤーで曳かせます。接近する間だけでも、まとまった部隊に見えれば十分です」
「なるほど。ずいぶん安上がりな増援だ」
ヤザンが笑った。
シュウは、二人へ向き直る。
「主砲には近づくな。外側の警戒線で待て。向こうのモビルスーツが出てくるはずだ」
「そこで主砲も動くか、見るのだな」
「ああ。撃つ兆候があれば散開しろ。俺とミランダも、後から出る。囲まれる前に退路を開く」
◇
月面の陰から、二つの噴射光が伸びた。
百式改の後方には、緑色の機影が連なっている。
少し離れたハンムラビ・ツヴァイも、同じようにザクの群れを曳いていた。
加速が終わると、張ったワイヤーの先で、偽物の部隊がゆっくり姿勢を変える。
『よくできている。喋らなけりゃ、本物より行儀がいい』
「お前も見習ったらどうだ」
『そりゃ無理な注文だな』
クワトロは通信を聞きながら、前方の光を数えた。
グラナダのドックから、噴射光が次々に離れてくる。
ジェガンだった。
『出てきたぜ』
「数が増える。右へ広がれ」
二機は互いの間隔を開いた。
その後ろを、ザクの群れが遅れて追う。
『接近中のモビルスーツ隊に告ぐ。これより先は軍の管理宙域である。直ちに進路を変更せよ』
クワトロは、遠くの砲身を拡大した。
動きはない。
『繰り返す。直ちに――』
警告が途切れた。
先頭のジェガンがライフルを構える。
「来るぞ」
光が走った。
ザクの胸が貫かれ、破れた外皮が大きくめくれる。
ガスを噴いた胴体が、手足を折り畳むように潰れた。
『ダミーだ! 前の二機を狙え!』
クワトロはワイヤーを切り離した。
百式改が横へ滑り、残されたザクの列を光が縫っていく。
その反対側で、ヤザンはすでに懐へ入っていた。
「気づくのが遅いんだよ」
ハンムラビ・ツヴァイの射撃が、一機の胸を撃ち抜いた。
噴き上がった光の向こうから、もう一機がサーベルを振りかざす。
ヤザンは機体を捻り、その腕を斬り飛ばした。
ジェガンが、切断された腕を追うように回転する。
背後の二機が左右に分かれ、ハンムラビへ銃口を向けた。
「数だけは、いるじゃねえか」
ヤザンの頬が緩む。
◇
《暁》の艦橋で、ナナイは戦場と主砲の映像を並べていた。
「ジェガン隊、交戦に入りました。主砲に動きはありません」
発射からの時間を測るために用意した表示は、まだ止まっている。
『分かった。こちらも出る』
サザビーが、発進口から身を乗り出した。
その隣で、ミランダのシュツルム・ガルスが腕を動かす。
『あの二人、助けが来るまで大人しくしてるかしら』
「待ってはいないだろうな」
シュウは短く答え、機体を蹴り出した。
赤い巨体に続き、ミランダと数機のモビルスーツが宙へ出る。
艦橋に残ったガランが、前方を見据えた。
「帰ってくる場所は空けておく。好き勝手に遠出だけはするなよ」
◇
ファの前で、片脚を失ったジェガンが流れていた。
『姿勢が戻せない……!』
「噴射を止めて。こっちで合わせるわ」
ファは自機を回り込ませ、漂う機体の肩を掴んだ。
短く噴射を重ねる。暴れていた機体の回転が、ようやく収まった。
「そのまま後ろへ。動ける?」
『……はい。やってみます』
二機の前を、白い機体が横切った。
太い光が敵の進路を塞ぎ、接近していたハンムラビが急上昇する。
『ファさん、そっちは任せたぜ!』
ダブルゼータだった。
ジュドは二連装のライフルを持ち直し、退いた敵を追った。
「ずいぶん好きに暴れてくれたじゃねえか。今度は俺が相手だ!」
ハンムラビの横を、二条の光が抜ける。
ヤザンが舌打ちした。
「でかいのが出てきやがった」
追撃を避けて回り込もうとした先にも、ダブルゼータの銃口があった。
撃つ。退く。
ヤザンが開けた間合いを、ジュドは真っすぐ潰してくる。
「逃げ回ってんじゃねえぞ!」
「ちっ……!」
その少し先で、金色の機体がライフルを上げた。
ファを狙ったものではない。
ジュドの側面へ回ろうとしている。
青と白の翼が、その射線を横切った。
変形を解いたゼータガンダムが、百式改の正面で止まる。
◇
クワトロは、一瞬、操縦桿を握る手を止めた。
「……ゼータ?」
機体の姿だけではない。
こちらの銃口が動く前に、その先へ入ってくる。
その間合いを、知っていた。
『クワトロ大尉』
低い声が届いた。
「カミュ……なのか」
『久しいな。だが、今は挨拶を交わす場所ではない』
ゼータが、静かにライフルを向ける。
『引いてもらおう』
「君が、ここを守っているとはな」
『後ろにいる者たちを、見捨てるわけにはいかん』
「あの砲が何をしたか、知らぬわけではあるまい」
返事までに、一拍あった。
『知っている』
ゼータの銃口は、下がらなかった。
『だからといって、ここで人を死なせてよい理由にはならん』
クワトロは息を吐いた。
「話を聞いてもらうには、少し場所を変える必要がありそうだ」
『変えたければ、まず兵を退け』
百式改が横へ動く。
同時に、ゼータが撃った。
まだ加速しきらない百式改の肩を、光が掠める。
クワトロは噴射を切り替え、返す一射を放った。
だが、その時にはゼータは射線から外れていた。
次の光が、百式改のライフルを穿つ。
「っ!」
クワトロは破裂する武器を捨てた。
左手でサーベルを抜く。
飛び込んできたゼータの刃を受けた瞬間、座席が軋んだ。
押し返す。
ゼータは力を抜き、百式改の腕の下へ沈んだ。
青白い刃が、金色の腹を掠める。
クワトロは反射的に機体を捻った。
コクピットの警告が赤く点る。
「……そこまで読むか」
思わず、口元が緩んだ。
だが、次の瞬間には歯を食いしばっていた。
ゼータは追ってこない。
百式改が立て直す側へ回り、こちらの進路を塞いでいる。
「カミュ。私の話を――」
『聞いている。退けと、俺は言った』
百式改が斬り込んだ。
刃を合わせず、ゼータが身を引く。
空を切った左腕に、下からサーベルが走った。
肘から先が、光の尾を引いて離れた。
クワトロは残った右手を伸ばす。
ゼータの肩を掴むはずの指が、空を掻いた。
機体の下を、白い影が抜ける。
右脚が切断された。
姿勢が崩れた百式改の視界で、月面と星空が入れ替わる。
噴射を絞って回転を殺した時には、ゼータはもう正面にいた。
『これ以上は、続けるな』
突き出されたサーベルが、胸の前で止まった。
◇
シュウは、拡大した映像から目を離せなかった。
あのクワトロが、まともに反撃できていない。
援護へ向かった味方の一機にも、白い機体は顔を向けずにライフルを撃った。
武器を吹き飛ばされた味方が、慌てて退いていく。
「……いいな」
シュウは、身を乗り出した。
「クワトロ。知っている男か」
『昔の話だ! 見ていないで手を貸せ!』
サザビーの推力が上がる。
間にいたジェガンが盾を構えたが、赤い機体はその上を越えていった。
百式改の胸元へ向けられていた刃に、別の刃が割り込む。
ゼータが離れた。
サザビーは追わず、百式改との間に機体を置く。
『シュウ、助かった。だが、こいつは――』
シュウは後続の一機へ、百式改の回収を命じた。
それから、外部への通信を開いた。
「そこのパイロット。俺のところに来ないか」
クワトロの口が、開いたまま止まった。
『……何を言っている。仲間をやられて、文句を言いに来たのではないのか』
シュウは、笑みを深くしただけだった。
《暁》の艦橋でも、ナナイの指が端末の上で止まっていた。
何か言いかけて、やめる。
やがて、小さく息を吐いた。
「……また、シュウ様の悪い癖が」
『今度は、誰を見つけたんだい?』
ミランダの声が届いた。
彼女のシュツルム・ガルスは、戦場の外縁へ回っていた。
『まさか、あの白いの?』
「ミランダ。前へ出すぎないで。あの機体は――」
『見えてるわよ』
ミランダは、一機のジェガンへ視線を止めた。
傷ついた機体を抱え、少しずつ戦場から離れようとしている。
敵が近づくたびに、ゼータが戻る。
ミランダの口角が、ゆっくり上がった。
◇
ファは、損傷したジェガンの腕を自機の肩へ回させた。
「もう少しよ。向こうまで行けば、回収してもらえる」
『すみません……足を引っ張って』
「喋れるなら大丈夫。その調子でいて」
前方では、ゼータが赤い機体と向き合っていた。
互いに武器を構えている。
それなのに、赤い機体から聞こえてくる声は妙に楽しげだった。
『ずいぶん粘る』
『こちらの台詞だ。退く気はないのか』
カミュの声が低くなった。
ファの警報が鳴る。
下方から、機体が一つ迫っていた。
「下がって!」
ファは救助したジェガンを押し離し、ライフルを向けた。
一射。
敵は身を捻ってかわし、ほとんど速度を落とさず飛び込んでくる。
シュツルム・ガルスの拳が、ライフルを持つ手首を打った。
強い衝撃。
ジェガンの右手が開き、ライフルが離れていく。
「このっ……!」
ファは空いた腕で押し返し、後退の噴射をかけた。
だが、敵の手がその腕を捕らえていた。
捻られた関節から、火花が散る。
背後へ回ったシュツルム・ガルスが、ジェガンの胴を抱え込んだ。
拳の突起が、胸部の装甲へ押し当てられる。
『暴れない方がいいわよ』
女の声だった。
ファは動きを止めた。
目の端で、先ほど助けたジェガンが離れていく。
『そこの白いガンダム。聞こえる?』
ミランダは、ジェガンの胸元へ添えた拳を少し動かした。
『このパイロットを助けたければ、武器を捨てなさい。抵抗せず、こっちへ来るの』
ゼータが振り向いた。
ゼータのサーベルが、こちらへ向く。
カミュはすでに、距離を詰めようとしていた。
『動けば、潰すわ』
刃が止まった。
『カミュ、来ないで!』
ファの声が響いた。
『この人たちの言うことなんか――』
装甲の軋む音が、ファの声に重なった。
カミュは、歯を噛み締めた。
ライフルの照準が、シュツルム・ガルスの頭部に合う。
その下に、ジェガンの胸がある。
『返事は?』
カミュの指が、引き金から離れた。
「その手を止めろ」
ライフルを放す。
浮いた銃が、ゆっくり機体から離れていく。
サーベルの光も消えた。
「俺が行く。だから、その機体に手をかけるな」
『カミュ……!』
ゼータは、両手を開いた。
◇
ヤザンの前を、二条の光が掠めた。
「しつこい野郎だ!」
ハンムラビ・ツヴァイが急旋回する。
その先へ、ミランダの通信が入った。
『ヤザン。こっちは話がついたわ。白い方を押さえて』
「何?」
視線を向ける。
あれだけ暴れていたゼータが、武器を持たずに浮いていた。
その向こうに、ミランダと捕らえられたジェガンが見える。
「……そういうことかよ」
ヤザンは笑い、近くの味方へ短く指示を飛ばした。
「あのでかいのを止めろ。撃ち合うな、足を止めさせりゃいい!」
二機がダブルゼータの進路へ回る。
ジュドは即座に銃口を振った。
「雑魚を置いて逃げる気か!」
先頭の一機が肩を撃ち抜かれた。
もう一機は近づかず、射撃を重ねながら離れていく。
その間に、ハンムラビはゼータの背後へ滑り込んだ。
海蛇が伸びる。
ケーブルがゼータの胴と腕に巻きつき、引き絞られた。
カミュは動かなかった。
「抵抗はしていない。ファを離せ」
『注文をつけられる立場かよ』
ヤザンが操作した。
白い火花がゼータの装甲を走る。
計器が乱れ、カミュの背が座席へ強く押しつけられた。
「ぐあっ……!」
『ヤザン、やめろ!』
シュウの声が飛んだ。
『電流を切れ。丁重にもてなすんだ』
「捕虜に、か?」
『聞こえなかったか』
ヤザンの笑いが消えた。
指を戻す。
火花が収まっても、カミュはしばらく息を整えられなかった。
目の前の計器が、一つずつ戻ってくる。
『カミュ。聞こえるか』
先ほど勧誘してきた男の声だった。
『君も、あのパイロットも連れていく。これ以上、傷つけはしない』
カミュは顔を上げた。
「……その言葉、忘れるな」
シュウは通信を切り替えた。
「全機、引き上げる。ミランダとヤザンは先に戻れ」
◇
「おい!」
ジュドは、後退していく機影を見た。
ハンムラビの後ろに、ゼータがいる。
その両腕は、胴とともに縛られていた。
「カミュさん! 何があった!」
ジェガンも一機、敵に抱えられている。
「ファさんまで……てめえら、どこへ連れていく!」
ダブルゼータが加速した。
正面へ、赤い機体が入ってくる。
ジュドは撃った。
サザビーが盾で一射を受け流し、横へ逃れる。
その先へ照準を追わせたところで、ジュドの指が止まった。
ケーブルに曳かれるゼータが、射線の向こうにいる。
「どけえっ!」
ライフルを退け、サーベルを抜く。
サザビーも刃を構えた。
二機がぶつかる。
重い一撃に、赤い機体が押し戻された。
「こいつも……!」
シュウの目が細くなる。
『シュウ様。戻ってください!』
ナナイの声が、今度こそ彼を引き戻した。
『連邦の増援が出ています。これ以上は、退路が閉じます!』
「……分かった」
サザビーが噴射を強める。
斬り結んだまま機体を捻り、ダブルゼータの脇を抜けた。
ジュドが追う。
だが、ミランダの機体が向きを変え、捕らえたジェガンをこちらへ見せた。
『追いかけっこは、ここまでよ』
ジュドは、操縦桿を握り潰しそうになった。
『ジュド』
カミュの声だった。
『残った者を頼む』
「ふざけんな! 俺が、あんたらを――」
『ファは生きている。俺もだ』
通信に、雑音が混じる。
『……頼んだぞ』
声が途切れた。
赤い機体が最後尾につき、敵の一団が離れていく。
その中には、味方機に支えられた、片腕と片脚のない百式改もいた。
ジュドは、サーベルを振り下ろせなかった。
後方から救助を求める声が届く。
一つではなかった。
「……畜生」
ジュドは歯を食いしばり、機体を返した。
◇
《暁》の格納庫へ、機体が次々と収容されていった。
損傷した百式改。
海蛇を巻かれたままのゼータ。
そして、シュツルム・ガルスに押さえられたジェガン。
作業員たちが駆け寄りかけ、見慣れない二機を見て足を止める。
サザビーのコクピットで、シュウはヘルメットを外した。
『主砲は、最後まで発射しませんでした』
ナナイの声が届く。
『発射の間隔は、測れていません』
「ああ」
シュウの視線は、ゼータから離れなかった。
『……シュウ様』
「聞いている」
ゼータのハッチが開いた。
現れた男は、作業員の差し出した手を借りずに身を起こした。
群青の髭。その顔には、まだ電撃に耐えた汗が残っている。
男は周囲を見回し、少し離れたジェガンを見つけた。
開いたハッチの向こうで、ファが顔を上げる。
二人の目が合った。
カミュは一度だけ頷いた。
それから、こちらを見た。
シュウは席を立った。
「客人を迎えてくる」
通信の向こうで、ナナイが小さく息をついた。
(つづく)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました
今回は、強い人ほど「守りたいもの」で動けなくなる、という場面を書きたかった回です。カミュはクワトロを圧倒するほど強いのに、仲間を盾に取られると武器を捨てます。強さより、何を失いたくないかのほうが、人を描くと思っています。
そしてシュウ。冷静な策士なのに、欲しい人材を見つけると我を忘れます。ナナイの「また悪い癖が」は、書いていて楽しかったです
カミュは「客人」として迎えられますが、帰る場所は変えていません。二人の思惑が、この先どうすれ違っていくのか、見守ってもらえたらと思います。
感想やご指摘があれば、気軽に教えてください