GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みくださり、ありがとうございます。

第27話で、物語は大きく動きました。
連れ去られた人たちは、これからどうなるのか。
残された人たちは、何を選ぶのか。

第28話は、その続きです。
今回は、これまで少しずつ積み上げてきたものが、あちこちで動き出す回になりました。
見どころは、ぜひ最後まで読んで確かめてください。
詳しくは、あえて伏せておきます。

ガンダムがお好きな方なら、思わず「おっ」と声が出る場面もあると思います。
その瞬間を、楽しみに待っていただければ嬉しいです。

それでは、第28話「客人」をお楽しみください。


第28話 蒼天立つ

 

 

 

 

「……すまん」

 

 ジュドが、頭を下げた。

 

 グラナダの格納庫には、焼けた装甲の臭いが残っていた。

 背後で、損傷したジェガンが整備台へ運ばれていく。担架を押す足音が、ジュドたちの前を通り過ぎた。

 

 リンは、その向こうを見ていた。

 戻ってくる機体は、もうなかった。

 

「父さんと母さんは」

「連れていかれた。俺が、止められなかった」

 

 リンの唇が、わずかに開く。

 ジュドは顔を上げられなかった。

 

「ファさんを押さえられてな。カミュさんは、武器を捨てたんだ。あいつら、そのまま二人とも……」

「生きているんですね」

 

 ジュドは、ようやく顔を上げた。

 

「ああ。最後に声を聞いた。ファは生きている、俺もだって。そう言った」

「……そうですか」

 

 リンは息を吐いた。

 握っていた拳は、開かなかった。

 

「だったら、連れ戻さないと」

「分かってる。だが、どこへ行ったかが……」

 

 ジュドの視線が、少し離れた端末へ向いた。

 

 ロロは画面を切り替えていた。

 隣に立つレオナージも、口を結んでいる。

 

「ゼータの発信機は?」

 

 リィナが尋ねた。

 ロロの指が止まった。

 

「途中で、信号が切れてる。最後に拾えたのも、ここまで」

 

 月面図の上を指でなぞる。

 敵が後退していった線は、何もない場所で途切れていた。

 

「止められたんだろうな」

 

 レオナージが、低く言った。

 

「ゼータとファのジェガンを運べる艦が、どこかにいる。だが、艦名も分からん」

「あの赤いのを捕まえてりゃ……!」

 

 ジュドが拳を握る。

 リィナは、その腕に手を置いた。

 

「お兄ちゃんが戻ってこなかったら、この人たちも助からなかったのよ」

 

 整備台の向こうで、担架に乗せられた兵士が身を起こそうとしていた。

 衛生兵に押し戻されながら、こちらへ頭を下げる。

 

 ジュドは、何も返せなかった。

 

「ジュドさん」

 

 リンが呼んだ。

 

「父さん、ほかには何か言っていましたか」

「……残った者を頼む、と」

 

 リンは目を伏せた。

 しばらくして、うなずく。

 

「父さんらしいですね」

 

 声の終わりが、少しだけ揺れた。

 

 ロロは端末へ向き直った。

 途切れた線の先に、月面図を広げていく。

 

 点は、一つも現れなかった。

 

 

     ◇

 

 

 《暁》の応接室で、カミュの前に、水の入った杯が置かれた。

 

 手首を縛るものは、もうない。

 だが、指を開くたびに、海蛇の電撃が残した痺れが走った。

 

「ファはどこだ」

 

 向かいに座った男へ、カミュは尋ねた。

 

「別室で休んでもらっている。手当ても済ませた」

「会わせてもらおう」

「もちろんだ。この話が終わったら、すぐに」

 

 男は椅子を引いた。

 戦場で通信越しに聞いた声より、落ち着いている。

 

「俺はシュウだ」

「聞きたいのは、お前の名前ではない」

 

 部屋の隅で、ヤザンが鼻を鳴らした。

 

「ずいぶん偉そうじゃねえか。こっちの機体を、あれだけ――」

「ヤザン」

 

 シュウは振り向かなかった。

 

「外で待て」

「……へいへい」

 

 扉が閉まった。

 壁際にいたナナイだけが、その場に残る。

 

 シュウは、カミュの手元を見た。

 

「さっきの電撃は、すまなかった。もうさせない」

「それで、何を聞きたい」

 

 カミュは杯に触れなかった。

 

「君は、あのブラッド・レイを守るために戦っていたのか」

 

 カミュの眉が動いた。

 

「あそこには、俺の仲間がいる」

「だから守った」

「ああ。ブラッド・レイを認めたわけではない」

 

 シュウは、小さくうなずいた。

 

「なら、俺たちと同じだ」

 

 カミュは顔を上げる。

 

「俺たちは、あれを黙らせるために来た」

「そのために、ファを人質にしたのか」

 

 シュウの笑みが消えた。

 カミュは、目を逸らさなかった。

 

「仕方がなかった。ああしなければ、君は俺たちの話を聞かなかっただろう」

「随分と都合のいい言い分だな」

「そうだな」

 

 シュウは、その言葉を受けたまま続けた。

 

「だが、壊したいのはブラッド・レイだ。君たちの仲間と、戦いたいわけじゃない。なるべくなら、戦わずに済ませたい」

「俺に、その言葉を信じろと?」

「だからこそ、君の目で確かめてほしい」

 

 シュウは、卓上に両手を置いた。

 

「俺たちと行動してくれ。俺の言ったことが偽りだと思えば、ここを抜けて構わない」

 

 カミュは、しばらく男の顔を見ていた。

 

「……俺は、お前の部下になるつもりはない」

「それでもいい」

 

 返事は早かった。

 

「あの一撃で、街が消えた。また別の場所が狙われる前に止めたい。それには、君の力が要る」

 

 カミュの目に、格納庫の作業台が浮かんだ。

 

 照射面積を絞れ、と飛んでいた声。

 間に合わなかった、と工具を置いた工作員の手。

 

「……ブラッド大佐たちも、あの発射には反対していた」

 

 ナナイが、わずかに顔を上げた。

 シュウは、カミュを見たままだった。

 

「そうか」

「上の命令だったと聞いている。現場の連中も、まだ改良を続けている」

「それでも、命令が下れば撃つ」

 

 カミュは答えなかった。

 

 シュウは椅子へ背を預けた。

 

「今すぐにでも動きたいところだが、まだ確かめなければならないことがある」

「何だ」

「次の発射はいつだ。今度は、どこを狙う」

 

 カミュは首を振った。

 

「まだ決まっていないはずだ。そんな話は聞いていない」

「では、上から指示があって初めて、撃つ場所が決まるわけだな」

「ああ。あんなものを、現場の判断で勝手に撃てるわけがないだろう」

「その通りだ」

 

 シュウは、一度言葉を切った。

 

「では、まだ発射される危険はないわけだな」

「ああ」

 

 カミュの返事を聞いて、シュウは息を吐いた。

 

「なら、準備する余裕はある」

 

 ナナイへ目を向ける。

 彼女は黙ってうなずいた。

 

「出撃の準備ができたら、君にも知らせる。それまでは、休んでいてくれ」

 

 カミュは立ち上がった。

 

「ファも一緒だ」

「ああ。ただ、出撃の際には、彼女にはここに残ってもらう」

 

 椅子の背を掴んだ手が止まった。

 

「まだ人質が要るのか」

「君を縛りつけるつもりはない。だが、つい先ほどまで敵だった。互いに、言葉だけで済む関係でもないだろう」

 

 カミュの指が、椅子の縁へ食い込む。

 

「……手を出すな。それだけは守れ」

「約束する」

 

 シュウは扉へ目を向けた。

 

「それと、君たちの案内を頼んである。目付け役も兼ねてな」

 

 扉が開いた。

 立っていたクワトロが、片手を上げる。

 

「私で、不服はあるかな」

 

 カミュは、長い息を吐いた。

 

「……あなたか」

 

 

     ◇

 

 

 二人の足音が遠ざかってから、シュウは座り直した。

 

「ナナイ」

「はい」

「聞いたな」

「発射には、上層部による目標の指定と命令が要る。少なくとも、彼が知る運用はそうなっています」

 

 シュウは、卓上に置かれたままの杯を指で回した。

 

「前の戦いでも、あの主砲は撃たず、モビルスーツが迎え撃った。発射命令を待っていたなら、説明がつく」

「ただし、我々への攻撃命令が出れば、事情は変わります」

「ああ。その前に準備を終える」

 

 シュウは杯から手を離した。

 

「それにしても、惜しい男だ」

「期間を限った協力です。お忘れなく」

「分かっている」

 

 返事をしながら、口元が緩んでいる。

 ナナイは、少しだけ目を細めた。

 

「ファさんの扱いも、約束どおりに」

「もちろんだ。あの男の信頼まで失って、どうする」

 

 シュウは立ち上がった。

 扉へ向かいかけ、思い出したように振り返る。

 

「そういえば、前に話していた彼の機体は、もう出来上がっているのか」

「手配は済んでおります」

「分かった」

 

 

     ◇

 

 

 部屋の扉が開くと、ファが椅子から立った。

 

「カミュ」

 

 カミュは、彼女の前で足を止めた。

 手首に巻かれた包帯へ目を落とす。

 

「痛むか」

「少し。あなたは?」

「大したことはない」

 

 ファが手を伸ばす。

 触れられたカミュの指が、わずかに震えた。

 

「……嘘ばっかり」

 

 ファはその手を、両手で包んだ。

 

 クワトロは扉を閉め、二人から少し離れた椅子を引いた。

 

「カミュ君。すまなかった。ずいぶん手荒な迎え方になってしまった」

「あなたに会うために、捕まったわけではない」

「分かっている」

 

 クワトロは、カミュの顔を見た。

 群青の髭。昔よりずっと厚くなった肩。

 その目にある厳しさを見て、口元がほころんだ。

 

「それにしても、立派になったものだ。随分と見違えたよ」

「あなたの機体を斬ったばかりだぞ」

「ああ。そちらは、身に染みた」

 

 ファが、かすかに笑った。

 カミュも、口元を動かしかけた。

 だが、すぐに表情を戻す。

 

「クワトロ大尉。本当に、ブラッド・レイを黙らせたら、出ていっていいんだな」

 

 クワトロは笑った。

 

「君がそう呼んでくれても、今の私は軍人ではないんだがな」

「……そうだったか」

「ここも、軍隊ではない。旧ネオ・ジオンの者は多いが、皆が同じ命令系統にいたわけではないんだ。今は、シュウが全体を取り仕切っている」

 

 カミュは、隣に座ったファを見た。

 

「その男に、ファを預けろと言われた」

「聞いている。君が留守の間も、彼女に不自由はさせない」

 

 クワトロの笑みが収まった。

 

「シュウは、一度交わした約束は必ず守る男だ。それは私が保証する」

 

 カミュは、その顔を見つめた。

 ファも、クワトロへ目を向けている。

 

「……あの砲を、このままにはしておけん」

 

 クワトロは、静かに続けた。

 

「街一つを消して、従えと言う。あれを認めてしまえば、次も同じことが起きる」

「それは、俺もそう思う」

 

 カミュが答えた。

 

「だが、あちらには仲間がいる。娘もいる。ここの仲間になるわけにはいかん」

「ああ」

「ブラッド・レイを止めるまでだ。それまでは、客人として手を貸す」

 

 ファの手が、カミュの手からゆっくり離れた。

 

「帰るときは、一緒よ」

「分かっている」

 

 クワトロは、二人を見てうなずいた。

 

「まあ、君に対するあの男の好意は、病気みたいなものだ。少しだけ付き合ってくれ」

「戦場で言うことか、あれは」

「私も、あの場で始まるとは思わなかった」

 

 今度は、カミュも小さく笑った。

 

 しばらく、三人の間に静かな時間が流れた。

 艦内を走る台車の音が、扉の向こうを通り過ぎる。

 

「大尉」

 

 カミュは呼びかけて、口を止めた。

 

「……いや、クワトロさん」

「無理に直さなくてもいい」

「あなたは、連邦へ戻る気はないのか」

 

 クワトロは、サングラスの位置を直した。

 それから、少し笑う。

 

「私は、ここの連中が気に入っていてね。離れる気にはならないんだ」

 

 カミュは何か言いかけ、やめた。

 

「そうか」

「すまないな」

 

 クワトロは椅子から立った。

 

「二人とも、少し休みたまえ。食事は後で運ばせる」

 

 扉へ向かう背中を、カミュは見送った。

 

「クワトロさん」

 

 振り返った男へ、今度は迷わずに言う。

 

「世話になる」

 

 クワトロは、入ってきたときと同じように、片手を上げた。

 

 

     ◇

 

 

 捕らえた二機を収容した《暁》は、フォン・ブラウンの修理ドックへ戻った。

 

 ドックへ移されたゼータは、胸部装甲を開かれていた。

 その周囲を、作業足場が囲んでいる。

 腰の横へ張り出した足場に、シュウとナナイが立っていた。

 

「中は、随分と手が入っているな」

「はい。操縦系統も、現在のものへ換装されています。外見から想像するより、ずっと新しい機体です」

 

 ナナイが端末を差し出す。

 シュウは表示へ目を走らせてから、もう一度ゼータを見上げた。

 

「あの男が乗って、あれだけ動く。だが、ブラッド・レイに向かわせるなら、もう少し欲しい」

「何を、ですかな」

 

 足場の向こうから、ヨハネスが歩いてきた。

 手には、油のついた手袋を丸めている。

 

「出力と、武装だ。今のままより、強くできるか」

「できますよ」

 

 ヨハネスは、ためらわずに答えた。

 

「機体ごと、任せていただけますかな」

「ああ。任せる」

 

 ヨハネスは、ゼータの脚を見下ろした。

 やがて、頬を緩める。

 

「では、遠慮なく」

 

 ナナイが、端末を持ち直した。

 

「博士。まずは改修案を――」

「金なら、使えるだけ使って構わない」

 

 ナナイの言葉を、シュウが追い越した。

 

「ドクター。頼めるか」

「分かりました」

 

 ヨハネスは手袋を腰へ挟み、足場の階段へ顔を向けた。

 

「ただ、私一人では手が回りませんのでな。あと四人、連れてきております」

 

 下から、足音が上がってきた。

 

 先頭の男は、シュウたちより先にゼータを見た。

 次の男は開いた胸部へ身を乗り出し、三人目は足場の手すりへ図面を広げる。

 最後の一人だけが立ち止まり、軽く会釈した。

 

「ゲオルグ、セバスティアン、ハインリヒ、オットです。仲間内では、G、S、H、Oと呼んでおります。こちらの四人も、参加させてよろしいですかな」

「もちろんだ」

 

 シュウの顔が明るくなった。

 

「欲しいものがあれば言ってくれ。機体も、人手も揃えてある」

「任せてくだされ」

 

 ハインリヒが答えた。

 ほかの三人も、もうゼータから目を離していない。

 

 シュウは満足そうにうなずいた。

 

「ナナイ。百式改は、どうだ」

「腕と脚の交換だけでは済みません。関節と内部の骨格にも、損傷が広がっています」

 

 ナナイが、別の画面を開いた。

 

「修理して元に戻し、その上で強化するなら、新しく一機を組む以上に費用がかかります」

 

 シュウは、奥の整備台を見た。

 金色の機体が、支柱へ体を預けている。

 

「なら、彼には新しい機体を作ってくれ」

 

 ハインリヒが、顔を上げた。

 

「クワトロの機体だ。頼めるか、H」

「承知した。ただし、出来上がるまでには時間が要るぞ」

「できるところまで、進めてくれ。それと、俺のサザビーも頼む」

 

 シュウは、博士たちへ向き直った。

 

「この前の戦いで分かった。今の武装では、火力が足りない。ほかの機体も、改良と武装の強化を急いでほしい」

 

 ヨハネスが、ゆっくりと笑った。

 

「そこまで任せていただけるなら、こちらもやりがいがある」

 

 

     ◇

 

 

 出撃の日、カミュの部屋にクワトロが顔を出した。

 

「準備ができた。出撃する」

 

 カミュは、椅子から立った。

 ファも立ち上がる。

 

「ゼータガンダムへの補給は、ここでもできるのか」

「大丈夫だ。格納庫へ行こう」

 

 カミュは手袋をはめ、ファを見た。

 

「行ってくる」

「ええ」

 

 ファは、その手を一度握った。

 

「帰るところを、忘れないで」

「忘れるものか」

 

 カミュはうなずき、クワトロとともに廊下へ出た。

 

 

 フォン・ブラウンの修理ドックに接舷した《暁》には、改修を終えた機体が運び込まれていた。

 

 格納庫の入口で、ヤザンが首を巡らせている。

 ガランとミランダも、その脇で足を止めていた。

 

「俺の機体は、一体どこへ行ったんだ」

 

 ヤザンが、ぼやいた。

 カミュは、並ぶ機体を見上げた。

 ゼータの姿がない。

 

「君が、カミュ・ビダン君だね」

 

 作業足場から降りてきたヨハネスが、声をかけた。

 

「俺だが」

 

 ヨハネスは、深い青をまとった機体を指した。

 

「君が乗る機体は、これになる」

 

 厚い胸部。大きく張り出した肩。

 背部に畳まれた翼の間から、増設された推進器が覗いている。

 顔の両側から下へ伸びる長い装甲は、髭のようにも見えた。

 

「ゼータは、どうした」

「これが、その改修型だ」

 

 カミュは、もう一度顔を上げた。

 胸から腰へ視線を下ろし、ようやく元の姿を拾う。

 

「……言われてみれば、面影はあるな」

 

 ナナイが、機体と博士を交互に見た。

 

「全く別物ではありませんか」

「必要な改修です」

「改修にも、ほどがあります」

 

 ヨハネスは気にした様子もなく、機体の脇へ置かれた巨大な銃を指した。

 

「バスターライフルだ。以前、ゼータで使っていたメガバズーカランチャーの十倍の威力がある」

「十倍?」

 

 カミュの声が、わずかに上がった。

 その視線が、銃の隣へ移る。

 

 長い柄の先に、湾曲した刃の発生器があった。

 

「ビーム偃月刀。サーベルも残してあるが、こちらを主に使ってみたまえ」

 

 カミュは近づき、柄から機体の手へ目を移した。

 指を、ゆっくり握る。

 

「……いいな」

「ブラッド・レイへ向かうなら、このくらいは要る。期待しているぞ、カミュ」

 

 その声へ顔を向けると、シュウが笑っていた。

 

「使わせてもらう」

 

 カミュは昇降機へ足をかけた。

 

 

 操縦席へ体を収めると、正面の表示が点った。

 新しい武装の項目が並ぶ。だが、操縦桿を握った手には、馴染みのある感触が残っていた。

 

『カミュ君。そこから音声入力をしてくれたまえ』

 

 胸元の足場に立つヨハネスが、開いたハッチを見上げていた。

 

「何を入れる」

『この機体の名前を』

 

 画面の中央で、空欄が明滅している。

 カミュは、はっきりと告げた。

 

「蒼天」

 

 短い電子音が鳴った。

 機体名の下に、搭乗者の名が現れる。

 

『登録完了だ。これ以降、この機体を起動して動かせるのは、君だけになる』

 

 足場の下で、ナナイが顔を上げた。

 

「博士。それでは、カミュさんがここを去ったら――」

「ほかの者には、動かせんな」

 

 ナナイは、隣のシュウへ向き直った。

 

「シュウ様。これだけの費用をかけた機体が、こちらでは使えなくなります」

「それでいい」

 

 シュウは、操縦席を見上げていた。

 

「あの男のために用意したんだ」

 

 カミュは、ハッチの外へ目を向けた。

 こちらを見ている男へ、一度だけうなずく。

 

 指先で操縦桿を押すと、機体の手がわずかに動いた。

 帰った後も、これなら仲間を守れる。

 

 正面に浮かぶ《蒼天》の文字へ、カミュは目を戻した。

 

 

 ナナイの端末に、各機の費用が届いていた。

 

 一機分を読み、次へ送る。

 交換部材。武装。追加工事。

 その先にも、まだ数字が続いている。

 

「……シュウ様」

「どうした」

「私が、《暁》をいくらまで値切ったか、お覚えですか」

「ああ。よくやってくれた」

 

 シュウは、新しい機体の列を見た。

 

「おかげで、こっちへ回せた」

 

 ナナイの膝が折れた。

 

「参謀殿!」

 

 そばにいたコルが、慌てて腕を支えた。

 落ちかけた端末を、もう片方の手で受け止める。

 

「椅子を!」

「……合計を、見せないで」

 

 ヨハネスが、後ろの四人を振り返った。

 

「使えるだけ、と聞いたが」

「わしも、そう聞いた」

 

 シュウは、満足そうにうなずいていた。

 

 

     ◇

 

 

「私の機体は」

 

 クワトロに尋ねられ、ハインリヒは首を振った。

 

「すまんな。新しい方は、間に合わなかった」

 

 ドックの奥には、装甲の揃わない骨格が残されていた。

 

「なら、俺の機体に乗れ」

 

 シュウが、赤い巨体を指した。

 

「サザビーを?」

「そちらも改修は済んでいる。使ってくれ」

「君は、どうする」

「《暁》に残る。今回は、全体を見る」

 

 クワトロは、機体を見上げた。

 胸部から肩にかけて、装甲の形が変わっている。

 

「カゲロウを任せる。帰ってこいよ」

 

 シュウの言葉に、クワトロはうなずいた。

 

「使わせてもらおう」

 

 

 ドックの扉が開いた。

 

 《暁》が、整備足場からゆっくり離れていく。

 博士たちはドックの管制室に残り、試験用の通信回線を艦へつないだ。

 

 月面を背に、艦が進む。

 グラナダの警戒宙域が表示されると、ナナイが顔を上げた。

 

「各機、発進準備が整いました」

 

 シュウは、正面を見据えた。

 

「全機、発進」

 

 

 拘束具が外れ、黒い機体が前へ進んだ。

 

「こいつが俺の機体か。……待ちくたびれたぜ」

 

 ヤザンは、長い鎌を機体に沿わせた。

 

「ヤザン、デス・ハンムラビ、出るぞ!」

 

 発進灯が青へ変わる。

 黒い影が、宙へ躍り出た。

 

「ミランダ、迅雷、出るわ!」

 

 白い噴射光が、その後を追う。

 続いて、太い脚の機体が発進位置へ入った。

 

「ガラン、鉄嵐、出撃する!」

 

 巨体が加速し、格納庫の壁を白く照らした。

 

 

 蒼天の表示へ、ファからの通信が入った。

 

『気をつけて』

「ああ。必ず戻る」

 

 ファが静かにうなずいた。

 その顔を見届けてから、カミュは正面へ目を戻す。

 

「蒼天のカミュ。参る」

 

 青い翼が開いた。

 偃月刀を携えた機体が、発進口を越えていく。

 

 その後へ、赤い巨体が進んだ。

 

「クワトロ、カゲロウ、出る」

 

 左右の表示を確かめ、クワトロは操縦桿を倒した。

 

 

     ◇

 

 

 最後の一機に、発進の許可が下りた。

 

 灰色の可変機が、拘束具から離れる。

 ナナイが手配したデルタプラスを、博士たちが改修した機体だった。

 

 操縦席の男が、ヘルメットの顎紐を確かめる。

 

『リディ』

 

 ナナイの声に、顔を上げた。

 

『あなたのお父様の弔い合戦です』

 

 リディは、前を見たまま動かなかった。

 

 地上で、ガランたちに見せられた報道が、瞼の裏に浮かぶ。

 焼けたダカール。何度見ても、父の姿はそこになかった。

 誰も、父が生きているとは言ってくれなかった。

 

 ガランたちと月へ上がった後、シュウが会いに来た。

 

「俺は、あの兵器を止めたい。手を貸してくれないか」

 

 差し出された手を、リディはすぐには取れなかった。

 

「……止められるんですか」

「そのために、ここにいる」

 

 あの光が、また別の街へ落ちる。

 それを考えたとき、リディの手が動いた。

 

 操縦桿を握り直す。

 正面の灯が、青へ変わった。

 

「リディ、弔星、出ます!」

 

 機体が発進口を離れた。

 畳まれていた翼が開き、先行する光の列へ加わっていった。

 

 

     ◇

 

 

 グラナダのドックから、ジェガン隊が出てきた。

 

 先頭の部隊が左右へ広がり、その後ろへ別の部隊が続く。

 遠くには、ブラッド・レイの巨大な砲身が見えていた。

 

『接近中の艦およびモビルスーツ隊に告ぐ。直ちに進路を変更せよ』

 

 ヤザンは、正面の機体へ照準を合わせた。

 

「さて、新型のお披露目だ」

 

 ジェガンが撃った。

 デス・ハンムラビが身を沈め、光の下へ潜る。

 もう一機が横へ回り込んでくる。

 

 ヤザンは、そちらへ鎌を振った。

 

 敵が後退する。

 引いた盾の先へ、長く伸びた刃が届いた。

 

『何っ――!』

 

 盾と腕が、一緒に斬り飛ばされた。

 デス・ハンムラビは止まらない。

 振り切った鎌を返し、正面へ残った機体の胴を薙いだ。

 

「前と同じ距離で逃げられると思ったかよ!」

 

 噴き上がる光を横へ置き、次の敵を追う。

 大きく振っても、機体の向きはすぐに戻った。

 

「いいじゃねえか、G! 気に入ったぜ!」

『刃先ばかり見るな。左から来るぞ』

 

 ゲオルグの声と同時に、警報が鳴った。

 ヤザンは、画面の端で接近する機影を拾う。

 

『海蛇を使え。引き寄せれば、鎌を戻す手間も省ける』

「言われなくても!」

 

 ケーブルが伸びた。

 サーベルを構えたジェガンの脚へ巻きつき、横から引く。

 

 敵が姿勢を崩した。

 そこへ、光の大鎌が振り下ろされた。

 

 

 ジェガン隊が散開した。

 デス・ハンムラビから距離を取り、左右から銃口を向けようとする。

 

「好きには回らせん!」

 

 ガランが、引き金を引いた。

 

 鉄嵐のガトリング砲が回る。

 連なる火線が左の機体を追い、盾を削りながら押し戻した。

 右へ逃れた二機には、肩の装甲が開いた。

 

 ミサイルが、扇状に広がる。

 

 急上昇したジェガンの先へも、白い噴射が回り込んだ。

 爆発を避けて下へ潜った機体へ、ガトリングの火線が追いつく。

 

「今までとは、射撃範囲が段違いだ!」

 

 ガランは、広がった敵の列を見た。

 銃口を大きく振らなくても、左右の敵が退いていく。

 

「S、よくもこれだけ積んでくれたな!」

『胸の装甲も開け。まだ使っておらん武器がある』

「まだあるのか!」

 

 鉄嵐の胸部が開いた。

 現れた砲口が、正面へ新たな火線を重ねる。

 

 サーベルを抜いて近づこうとしていた一機が、慌てて盾を上げた。

 その盾が砕け、肩が弾けた。

 

 ガランは、腹の底から笑った。

 

「鉄嵐の名に恥じんな。まとめて来い!」

 

 

 砲撃から逃れたジェガンが、月面の岩陰へ降りていく。

 

 その向こうから、迅雷が飛び出した。

 

 両手に、深く湾曲した刃を握っている。

 赤熱したヒートショーテルが、左右へ開いた。

 

「そこ、通してもらうわよ!」

 

 一機目の盾を、左の刃が引っかけた。

 腕ごと外へ押し開く。

 空いた胴へ、右の刃が走った。

 

 ミランダは、止まらずに抜けた。

 背後で機体が折れ、光が膨らむ。

 

『次は前だ。二枚重ねてみろ』

 

 オットの声がした。

 正面のジェガンが、盾を立てて突っ込んでくる。

 

「これで?」

 

 二本の刃を合わせる。

 迅雷の背部が光った。

 

 踏み込むように、一気に距離が詰まる。

 振り下ろした刃が、盾を割った。

 そのまま胸部の装甲へ食い込み、ジェガンを下へ押し流す。

 

 ミランダは刃を引き抜き、横へ跳んだ。

 追ってきた射撃は、さっきまで彼女がいた場所を貫いていった。

 

「速い……!」

 

 座席へ押しつけられた背を戻し、ミランダは笑った。

 

「槍の代わりに、ずいぶんいいものを持たせてくれたわね。O、あんた最高よ!」

 

 

     ◇

 

 

 警戒線の向こうへ、黒い機体が抜けた。

 その脇を重装の機体が進み、さらに別の一機が岩陰から守備隊の背後を取る。

 

 ジュドは、歯を食いしばった。

 

「また、好き勝手やりやがって」

 

 ダブルゼータが、ドックの前へ出た。

 後方から、ハサンのGBガンダムと、エイデンのヘビーガンが続く。

 

『左の部隊は、僕が援護します!』

 

 ハサンの声に、ジュドは短く答えた。

 

「頼む。俺は前を止める!」

 

 ダブルゼータの二連装ライフルが火を噴いた。

 味方を追っていた敵が、進路を変える。

 

 その奥に、赤い機体が見えた。

 

「あれだ……!」

 

 前の戦いで、最後まで追撃を邪魔した機体。

 そこへ向かおうとしたジュドの前を、青い巨体が横切った。

 

 大きな翼。髭のように伸びた顔の装甲。

 長柄の武器を下げた姿が、ゆっくりこちらを向く。

 

「あの赤いモビルスーツじゃねえのか。……あいつの仲間か、こいつも」

 

 ジュドは、推力を絞った。

 ライフルを上げても、青い機体は慌てない。

 

 横から、味方のジェガンが三機飛び出した。

 

「待て、お前たち!」

 

 声より先に、サーベルが抜かれていた。

 先頭の一機が青い機体へ斬りかかる。

 

 長柄が動いた。

 

 振り下ろされたサーベルを外へ弾き、返した刃が肩から胸へ走る。

 ジェガンが崩れた。

 その陰から突き出された二本目の刃も、長い柄に押し上げられた。

 

 青い機体が、半身を入れ替える。

 広い刃が二機目を斬り払い、その勢いで三機目の銃口まで薙ぎ飛ばした。

 

「下がれ!」

 

 ジュドが前へ出た。

 武器を失ったジェガンを脇へ逃がし、サーベルを抜く。

 

 青い機体は、追わなかった。

 刃を引き、ダブルゼータの前で止まる。

 

「お前の相手は俺だ」

 

 ジュドは、一歩分ずつ間合いを詰めた。

 偃月刀の切っ先が、こちらの動きに合わせてわずかに上がる。

 

 そのとき、横の表示に味方機が入った。

 

『ジュドさん!』

「リン? 何でここまで出てきた!」

 

 ジェガンが、ダブルゼータの横へ並んだ。

 

『私だって、戦えます!』

「そいつには近づくな!」

 

 リンは、もう加速していた。

 青い機体の側面へ回り込み、サーベルを振り上げる。

 

 偃月刀が返った。

 長い刃が、ジェガンの胴へ向かう。

 

「リン、危ない!」

 

 ダブルゼータが、二機の間へ飛び込んだ。

 ジュドはサーベルを横へ構える。

 

 だが、刃はぶつからなかった。

 

 青い光が、ダブルゼータのすぐ前で止まっていた。

 

 

     ◇

 

 

 カミュは、操縦桿を握ったまま息を止めていた。

 

 正面にダブルゼータ。

 その肩の向こうに、ジェガンがいる。

 

「リン……お前なのか」

 

 通信の向こうで、小さく息を呑む音がした。

 

『え……お父さん?』

 

 ダブルゼータのサーベルが、わずかに下がった。

 

『もしかして、その機体に乗ってるのはカミュさんなのか?』

「ああ」

『何で、そっちから来るんだ! ファさんはどうした!』

「無事だ。向こうの艦にいる」

 

 リンのジェガンが、ダブルゼータの脇から顔を出した。

 

『だったら、母さんも一緒に帰ってきてよ!』

 

 カミュは、娘の機体を見た。

 まだサーベルを握っている。その手が、下がっていった。

 

「ちょっと成り行きでな。わけがあって、このような機体に乗っている」

 

 偃月刀を引き、ダブルゼータへ向き直る。

 

「ジュド。どいてくれないか」

『どけって……どこへ行く気だ』

「ブラッド・レイを止める。済めば、ファと戻る」

 

 ダブルゼータが、再びサーベルを上げた。

 

『通してくれと言われて、通す馬鹿がどこにいる!』

 

 カミュの眉が、わずかに寄った。

 

「お前たちと、戦いに来たのではない」

『なら、武器を下ろして帰ってこい! その姿で主砲へ向かう奴を、黙って通せるか!』

 

 カミュは、遠くの砲身へ目を向けた。

 あれを黙らせれば、ファを連れて帰れる。

 

 正面で、ダブルゼータが腰を落とすように構えた。

 

 

 ジュドの手には、かつて得物を合わせたときの重さが戻っていた。

 

 イエロースーツの頃、カミュと渡り合った。

 互いに引かず、どちらも倒れなかった。

 

 止められる。

 ここで食い止め、話をさせればいい。

 

「リン、下がっていろ!」

 

 ジュドは、操縦桿を倒した。

 

 ダブルゼータが踏み込む。

 青い機体の肩へ、サーベルを振り下ろした。

 

 カミュの腕が動いた。

 

 一閃だった。

 

 サーベルを握っていた右腕が、視界の上へ飛んだ。

 青い刃は、ダブルゼータの胸を外して斜めに抜け、腰の脇から脚部の推進器まで斬り崩していた。

 

 警報が重なる。

 ジュドは姿勢を戻そうとした。

 片側の推力が応じず、機体が大きく傾いた。

 

「……何?」

 

 青い機体は、もう横を抜けていた。

 振り切った偃月刀を、静かに引いている。

 

 ジュドは、動かない右腕の表示を見た。

 サーベルを受けた感触さえ、手に残っていなかった。

 

『ジュドさん……?』

 

 リンの声がした。

 彼女のジェガンは、その場で動けずにいた。

 

 カミュが、娘の方へ機体を向ける。

 

『リン。ダブルゼータを頼む。回収してくれ』

『お父さん、待って!』

 

 蒼天の翼が開いた。

 光を引き、砲身の方へ飛び去っていく。

 

 リンは追おうとして、止まった。

 傾いたダブルゼータが、まだ流されている。

 

 ジェガンの腕を、その肩へ伸ばした。

 

「……ジュドさん、掴まって」

 

 ジュドは、残った左手を動かした。

 

「すまん」

 

 それだけを、ようやく口にした。

 

 

     ◇

 

 

 GBガンダムの射撃が、ドックへ向かう敵の進路を塞いだ。

 

 ハサンは引き金を戻し、味方の位置を確かめた。

 ジェガン二機が、その間に後退する。

 だが、別の方向から新たな敵が抜けてきていた。

 

「右の部隊、下がりすぎないで! 僕が援護します!」

 

 銃口を振り、撃つ。

 敵は身を翻し、止まらずに上へ抜けた。

 

 そこへ、エイデンのヘビーガンが回り込んだ。

 短い射撃で敵を押し返し、ハサンの横を通り過ぎる。

 

『前だけを見るな。回り込んでくる』

「分かっています!」

 

 ヘビーガンの背から、小さな火が離れた。

 散った弾体は別々の方向へ向かい、逃れた敵を追う。

 

 回避した一機が、後ろから来た閃光に呑まれた。

 ハサンはその隙に、中央へGBガンダムを戻した。

 

 通信が割り込んだ。

 

『ダブルゼータ、戦闘不能! パイロットは生存、回収中!』

 

 ハサンの指が止まった。

 

「ジュドさんが……!?」

 

 援護へ向けかけた機体の前を、光が横切る。

 盾を上げると、続く一射が表面を削った。

 

『動くな、ハサン。ここを空ければ抜かれる!』

 

 エイデンの声が飛んだ。

 ハサンは唇を噛み、正面へ撃ち返す。

 

「でも、あっちは……!」

『回収は任せろ。俺たちは、ここでやるしかない』

 

 エイデンは、広がっていく敵の機影を睨んだ。

 止めた一機の向こうを、また別の一機が越えていく。

 

「くそっ……!」

 

 ヘビーガンが加速した。

 主砲へ通じる空間へ、もう一度その身を入れた。

 

 

     ◇

 

 

 リディは、ジェガンの肩を撃ち抜いた。

 

 傾いた機体を追わず、その下へ抜ける。

 横から来た一機にはサーベルを合わせ、ライフルを持つ腕ごと斬り払った。

 

 警報が鳴る。

 すぐ後ろに、新しい機影が三つ現れていた。

 

「まだ来るのか……!」

 

 弔星を捻る。

 盾が一射を受け、操縦席が揺れた。

 押し返そうとすれば、さらに別の銃口がこちらを向く。

 

 リディは、月面へ機首を下げた。

 腕と脚が畳まれ、翼が開く。

 人型の間をすり抜けた可変機が、岩のすぐ上を走った。

 

 前方に、大きな影があった。

 兵装艦から伸びる砲身。

 

「あの主砲さえ、落とせば……!」

 

 背後を光が追ってくる。

 リディは推力を上げた。

 

 

 その上方で、カゲロウが盾を掲げた。

 

 クワトロは、弔星へ向かう射撃の出所を見た。

 横へ回り、ビームライフルを放つ。

 

 ジェガンが散った。

 空いた進路へ、灰色の機体が抜けていく。

 

「リディ。一人で出すぎるな」

『もう、見えているんです!』

「見えている相手には、こちらも見られている。右へ寄れ」

 

 カゲロウが撃った。

 弔星の前へ出ようとしていた敵が、盾を構えて退く。

 

 クワトロは追わなかった。

 青い翼が、左から合流してくる。

 

『先を急ぐ』

 

 カミュの声に、クワトロは目を細めた。

 

「ああ。道を開こう」

 

 

     ◇

 

 

 《暁》の艦橋で、シュウは正面の画面を見ていた。

 

 守備隊の列に、いくつもの切れ目ができている。

 その向こうへ、味方の機体が進んでいた。

 

「各機、主砲を射程に捉えました。主砲に、発射の兆候はありません」

 

 ナナイが、位置を示す表示へ指を走らせた。

 

「クワトロ、カミュ、ヤザン。ミランダとガランも続いています。リディは下方から接近中です」

 

 シュウは、席から身を乗り出した。

 

「全機、ブラッド・レイの主砲を狙え。破壊するんだ」

 

 返答が、続けて入る。

 モニターの中で、青い機体が長柄を収めた。

 代わりに、巨大なライフルが前へ出る。

 

 そのとき、ナナイの手が止まった。

 

「お待ちください、シュウ様」

 

 砲身の根元へ、画面を拡大する。

 兵装艦の側面で、灯が次々に点っていた。

 

「ブラッド・レイのカタパルトから、数十機のモビルスーツ反応が!」

 

 シュウの目が、そちらへ動いた。

 

 

     ◇

 

 

「後は、主砲を潰すだけだ」

 

 ヤザンは、鎌を肩へ担がせた。

 後退していくジェガンの向こうに、砲身が大きく見える。

 

「やけに簡単な仕事だったぜ」

 

 笑いながら、残りの距離を確かめた。

 

 砲身の脇を、光が一つ走った。

 その隣に、もう一つ。

 

 ヤザンの笑みが止まった。

 

 機影が、左右へ広がっていく。

 同じ形の頭部。同じ位置に構えられたライフル。

 後ろから出た機体が列の上へ入り、その下にも別の列が並んだ。

 

 主砲へ続いていた空間が、モビルスーツで埋まっていく。

 

「……何だ。まだ、これだけ隠してやがったか」

 

 ヤザンは、鎌を下ろした。

 

 

     ◇

 

 

 ブラッド・レイの制御システムのコクピットで、ルチルは目を開いた。

 

 Gビットシステムの表示が、正面いっぱいに広がっている。

 接続された機体の数だけ、灯が点っていた。

 

『敵機、主砲へ接近中!』

『迎撃せよ!』

 

 飛び交う通信を聞きながら、ルチルは指を動かした。

 

 遠方に並ぶ無人機が、一斉に顔を上げる。

 その眼に映る敵の姿を、彼女も見ていた。

 

 口元が、ゆっくりと吊り上がった。

 

「戦いは、ここからが本番よ」

 

 

                          (つづく)

 





第28話「客人」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

今回の題名の「客人」には、少し含みを持たせています。
捕らわれた身でありながら、客として迎えられる。
そのちぐはぐな立場が、この回の空気をつくっています。
カミュとクワトロの会話で、「大尉」から「クワトロさん」へ呼び方が変わる場面は、二人の距離の移り変わりを、呼び名だけで伝えたいと思って書きました。

お披露目の場面では、ナナイの悲鳴を楽しんでいただければ幸いです。
改修された機体が並ぶ横で、シュウと博士たちが満足そうにしている。
その温度差が、書いていて一番楽しかった部分です。
機体の名前は、それぞれの異名から受け継がせました。
カミュの「蒼天」は、長く名乗ってきた二つ名が、そのまま機体の名前になっています。
武装には、ガンダムシリーズのファンの方に思わず微笑んでいただけるような、遊び心を入れています。

後半は、ジュドとリンも交えた戦闘になりました。
立場が分かれてしまった者同士が向き合う場面は、書くのにも力が入りました。
そして、最後に出撃したリディにも、注目していただければと思います。
彼がここへ来るまでに何を抱えていたのかは、これから少しずつ描いていきます。

物語はいよいよ、ブラッド・レイとの本格的な戦いに入っていきます。
次回も、お付き合いいただければ幸いです。

感想や応援のお言葉は、いつも執筆の大きな励みになっています。
今後とも、『GUNDAM TRIANGLE』をよろしくお願いいたします。
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