GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みくださり、ありがとうございます。

第29話の戦いのあと、
物語はいくつかの場所で、同じ時間を別々に進んでいきます。

第30話は、その「それぞれの場所」を順に巡る回です。
戦場の外で、何が起きていたのか。
どうぞ、ゆっくりと読み進めてみてください。
詳しい中身は、あえて伏せておきます。

そして、タイトルの意味は、
最後まで読んでいただいたときに、
ふっと分かっていただけたらと思っています。

それでは、第30話「二つの白い光」をお楽しみください。



第30話「二つの白」

 

 グラナダの工房で、ロロは作業台に向かっていた。

 この日も、いつも通りの作業だった。

 手の中の基板に、はんだを一点ずつ置いていく。

 その途中で、ふと手が止まった。耳の奥で、遠い雑音が鳴っている。

「……あれ? なんだろう、これ」

 誰にともなく呟いた、そのときだった。

 頭の奥を、冷たいものが貫いた。

 何かが、消えた。

 ずっとそこにあった静かな重みが、ふっと途切れた。

 はんだごてが、台の上に転がった。

「……え?」

 ロロは、頭を押さえた。

 理由も分からないまま、涙が溢れそうだった。

 突然、ロロの頭の中に、知らない映像が入り込んできた。

 霧の立ち込める山道を、一人の男が登っていた。

 年の頃は四十前後。縮れた栗色の髪が、霧に濡れて額に張りついている。

 擦り切れた外套。重い足取り。

 洞窟の灯り。振り向いた女が、驚いて目を見開き、それから微笑んだ。

 ルルだった。

 並んで座る。差し出された水の椀。

 やがて、ルルの腕の中に、小さな赤ん坊がいた。

 覗き込んだ視界の中で、赤ん坊の手が、指先を握る。

 その手を、いつまでも離せなかった。

 場面が、ひび割れるように切り替わる。

 連邦の兵士たちに、両腕を掴まれた。

 引き立てられながら、振り返る。

 洞窟の入口で、ルルが首を振っていた。

『この子は、私一人で育てますから』

 何かを言おうとして、言えないまま。

 ルルと赤ん坊の姿が、遠ざかっていく。

 ロロは、床に膝をついていた。

 知っている。

 この静かな重さを、知っている。

 格納庫の扉の脇に、黙って立っていた、あの人の気配だ。

 ずっと、すぐそばにいたのに。

「……あれが、お父さん、だったんだ」

 涙が、ぽたりと床に落ちた。

 その瞬間。

 胸元の三角形の石が、白く光った。

 光は、服の内側から溢れて、工房を満たしていく。

 床に落ちた涙も、散らばった部品も、真っ白な光の中に溶けた。

     ◇

 脱出艇の窓には、燃える中枢艦が映っていた。

 ルチルは、座席に沈んだまま、動けずにいた。

 ――私に任せておけば、ここは防げる。

 大佐は、そう言って笑った。

 今なら、あれが嘘だったと分かる。

 味方回線に、ハサンの声が割れて飛び込んだ。

『ルチルさん! 脱出艇は無事ですか!』

「……無事です。私は」

『よかった……! ルチルさん、つながった。生きてたんですね』

 ハサンの声は、安堵で震えていた。

 けれど、すぐに息を詰める気配がした。

『大佐は! ブラッド大佐は、どこに――』

 答えられなかった。

 窓の外で、影が動いた。

 光の大鎌を提げた機体が、兵装艦の上に降り立つ。

 刃が、主砲の根元へ食い込んだ。

 制御室だけを壊しても、作り直せば、また撃てる。

 あの人たちは、それを分かっているのだ。

 鎌が、引き抜かれる。

 主砲が内側から白く膨らみ、兵装艦が、骨組みごと砕けた。

 飛び散った破片が、脱出艇の船体を叩く。衝撃で、ルチルの身体が肩帯に食い込んだ。

『やめろ……!』

 ハサンのGBガンダムが、前へ出ようとしていた。

 その行く手に、灰色の機体が割り込む。

 脇から二刀の機体が滑り込み、エイデンのヘビーガンを押さえた。

『ハサン、前へ出るな! 囲まれる!』

『でも、中佐!』

 重装の機体が、サーベルを横に構えて退路の中央に陣取っていた。

 その脇を、二刀の機体が固めている。

 誰も、ハサンたちを通さなかった。

 赤い機体だけは、その場を動かなかった。

 砲口を下ろしたまま、崩れた制御室の跡を見つめている。

 その少し後ろで、バスターライフルを下げた機体も、動かずにいた。

 やがて、赤い機体が、ゆっくりと背を向けた。

 それを合図にしたように、他の機体が、潮が引くように月面から離れていく。

 残ったのは、燃え落ちる艦の骨組みと、光を失った無人機の残骸だけだった。

 ルチルは、窓に額を押し当てた。

「……嘘つき」

 小さな声だった。

 脱出艇が、グラナダの灯へ向けて進路を変える。

 窓の向こうで、最後の炎が、音もなく消えた。

     ◇

 その頃、グラナダでは。

 格納庫に、右腕を失ったダブルゼータが運び込まれていた。

 曳いてきたリンのジェガンが膝をつくと、ジュドはコクピットから飛び降り、ヘルメットを床へ叩きつけた。

「くそっ!」

 整備員たちが、慌ただしく行き交っている。

 司令室との回線は、さっきから途切れがちだった。何が起きているのか、誰にも分からない。

「ジュド!」

 リィナが、息を切らして駆け込んできた。

「リィナ。無事だったか」

「私は平気。それより、ロロがおかしいの」

     ◇

 二人が工房へ駆けつけたとき、ロロは廊下にいた。

 扉を開けては閉め、また次の扉へ。

 床に膝をついて、棚の下を覗き込んだりもしている。

 迷子の子どもが、親を探すようだった。

「……朱麗?」

 その声は、いつもの彼女のものより、ずっと幼かった。

 壁に手をつき、ふらつきながら、ロロは小さく名を呼び続けていた。

「ロロ!」

 リィナが呼びかけた。

 ロロが、ゆっくりと振り向く。

 ロロの髪は、ほのかな白い光を帯び、白銀のように見えていた。

 濡れた頬。焦点の合わない目。

 二人を見ても、誰なのか分からない様子だった。

「あの……」

 かすれた声が、唇からこぼれた。

「朱麗は、どこなんですか」

 涙が、ぽろぽろと頬を伝った。

「朱麗が、いないんです……」

 リィナは、息をのんだ。

 ジュドが、一歩踏み出しかけて、足を止める。

 これが、いつも工具を片手に笑っていた娘と同じ人間だとは、とても思えなかった。

 天井のスピーカーが鳴った。

『パイロット、ジュド。至急、司令室まで』

 ジュドは、歯を食いしばった。

「行って、ジュド」

 リィナが言った。

「ここは、私がいるから」

 ジュドは、ロロを一度だけ見た。

 それから、踵を返して駆け出した。

     ◇

 ムーン・ムーン。

 継承の儀を控えた夕刻、神殿の控えの間に、サラサを中心に人が集まっていた。

 神官たちが左右に並び、サルガの後ろにはリナート、ラセルの後ろにはリュネが控えている。

 白い礼装のセラの後ろには、朱麗が立っていた。

「母上」

 ラセルが、一歩進み出た。

「儀の前に、お耳に入れておきたいことがございます。ヘモスの件、記録の確認が終わりました」

「聞きましょう」

 ラセルは、巻物を開いた。片眼鏡の奥の目が、文字を追う。

「判決の記録には、『禁じられた機械を用い、掟を破った』とだけ記されています。理由も、経緯もありません」

 朱麗の肩が、わずかに動いた。

「そこで、同じ日の記録と、神官の控えを照らし合わせました。その日、北の山道で落石があり、村の者たちが岩の下に取り残されています」

 控えの間が、静まった。

「岩を動かせる者も、道具も、村にはなかった。ヘモスは、自ら組んだ吊り上げの機械を持ち込み、岩を除けています」

「助け出されたのは、七名」

 ラセルは、そこで一度、顔を上げた。

「機械を使ったのは、人を助けるためでした」

 サルガの視線が、父へ向いた。

 リナートは、何も言わなかった。

 サルガは、口を開きかけた。

 そして、何も言わずに閉じた。

「……判決には、そのことが、一言も」

 サラサが、低く言った。

「掟を破った事実だけが、書き残されていたのですか。人を助けた事実は、どこにも」

 サラサは、しばらく目を伏せていた。

「また、見落としていたのですね」

 小さな呟きだった。

 朱麗の内側で、息をのむ気配がした。

『じっちゃん……』

 ドモンは、何も言わなかった。

 ただ、握りしめていた拳の力を、少しだけ緩めた。

「セラ」

 サラサが呼んだ。

「ヘモスのことは、あなたが継いでから決めなさい。あなたの、最初の務めです」

「……はい、お母様」

 セラは、深く頭を下げた。

 ラセルは巻物を静かに巻き、一礼して下がった。

 光の間には、窓がなかった。

 壁際の灯火が、石碑の輪郭を照らしている。試練の日と同じ、暗い石のままだった。

 サラサが、石碑の前に立った。

「セラ。証を」

 セラは、両手で月の証を差し出した。

 石碑の中央に、小さな窪みがある。そこへ証を嵌めると、かちり、と乾いた音がした。

 石碑の細い筋が、根元からゆっくりと光を帯びていく。

「手を」

 サラサが、石碑に掌を置いた。

 セラが、その上に自分の手を重ねる。

「私の光を、あなたに渡します」

 サラサは、娘の目を見た。

「重いでしょう。けれど、一人で持つものではありません」

「はい」

 セラの声は、震えていなかった。

 石碑が、白く光った。

 サラサの手から、光が流れ出る。

 重なった掌を伝って、セラの腕へ、胸へ。

 眩しくはなかった。

 そっと触れてもよいと思える、柔らかな白だった。

 灯火の色が遠のき、光の間のすべてが、その白に満ちていく。

 サルガは、目を逸らさずに見ていた。

 ラセルは、片眼鏡を外し、指先で握った。

 リナートが、静かに頭を垂れる。

 セラの唇から、息がこぼれた。

「……あたたかい」

 受け取った光が、セラの内側で静まっていく。

 そのとき、サラサの掌からも、新しい光が灯った。

 二つの白が、重なり合う。

 母の光と、娘の光が、一つになって広がっていった。

 朱麗の内側で、小さな声がした。

『師匠。なんだか、懐かしい光です』

「懐かしい?」

『はい。どこで見たのか、思い出せないんですが』

 ドモンは、石碑の光を見つめた。

 光は、部屋を満たすだけでは収まらなかった。

 石の天井をすり抜け、神殿の屋根を越えて、暮れかけた空の高みへ、まっすぐに昇っていく。

 誰かへ、道を示すように。

 やがて、光が静まった。

 サラサの手が、ゆっくりと石から離れる。膝がわずかに揺れ、神官が慌てて支えた。

「……確かに、渡しましたよ」

 サラサは、微笑んだ。

 セラは、自分の掌を見つめていた。

 まだ、白いものが、指先に残っている。

     ◇

 グラナダ。

 リィナは、ロロを連れて、廊下の窓辺に座っていた。

 工房の中にいるより、少しは気が晴れるかもしれない、と思ったのだ。

 ロロは、リィナが持ってきた温かい飲み物を、両手で包んでいた。

 飲むでもなく、ただ、窓の外の暗がりを見ている。

 泣き疲れたのか、もう「朱麗」とは言わなくなっていた。

 けれど、その目は、何かを探し続けていた。

「……あの」

「なあに」

「お名前を、まだ伺っておりませんでした」

「リィナよ。さっきの大きな人は、ジュド」

「リィナさん。……ご親切に、ありがとうございます」

 ロロが、小さく頭を下げたときだった。

 不意に、その顔が上がった。

 カップが、膝の上で傾く。

「……光」

「ロロ?」

 ロロは、窓の外を見つめていた。

 青い星とは、違う方向。

 星のほかには何もない暗がりの、その一点を。

 冷たくて、澄んだ光が、胸の奥に触れていた。

 洞窟の岩壁に埋まった石が、闇の中で返してくれた光と、同じ手触りだった。

「あそこから、呼ばれています」

「あそこって……何もないわよ」

「いいえ。あります」

 ロロは、窓ガラスに指を当てた。

「あれは、霊山の光です。きっと、あの光の下に、朱麗がいます」

 リィナは、端末を取り出して、航路図を呼び出した。

 ロロの指の先に、線を重ねる。

 何もない宙域の先に、小さな点が一つだけ記されていた。

 コロニー、ムーン・ムーン。

「……あった」

 リィナは、画面とロロを見比べた。

 ロロは立ち上がり、リィナへ向き直った。

 そして、深く頭を下げた。

「お願いがあります。私を、あの光のところへ連れていってください」

 リィナは、すぐには答えられなかった。

 なぜ、こうなってしまったのか。なぜ、突然、光を見つけたのか。

 ロロのことは、何も分からない。

 けれど、頭を下げた小さな背中は、震えていた。

「……一人で行く気だったでしょう」

「いいえ。そんな、無茶は」

「しそうな顔をしてるわ」

 リィナは、小さく息を吐いた。

「分かったわ。連れていく」

 ロロが、顔を上げた。

 その目から、また涙がこぼれる。

 けれど今度は、口元に、小さな笑みがあった。

     ◇

 格納庫の奥に、小型の連絡艇が一隻、係留されていた。

「リン」

 リィナが呼ぶと、ダブルゼータの傍らにいたリンが、振り返った。

「ロロを連れて、行きたい場所があるの。この艇を、貸してもらえない?」

「どこへ……」

 リンは、ロロを見て、言葉を切った。

 涙の跡が残る娘は、今は、きちんと背筋を伸ばして、リィナの隣に立っている。

「……ジュドさんには」

「伝えておいて。ロロを、連れて行くって」

 リンは、少しの間、黙っていた。

 それから、艇の起動キーを差し出した。

「分かりました。ジュドさんには私から伝えます。気をつけて」

「ありがとう」

 ハッチが閉まる。

 副席に座ったロロは、窓の外を見つめていた。

「リィナさん」

「なあに」

「ありがとうございます」

 リィナは、操縦桿を握った。

「しっかり掴まってて」

 格納庫の扉が開く。

 小型艇はカタパルトから滑り出し、ロロが示した方向へ、舵を切った。

 暗い宙の向こうに、白い光の筋が、細く伸びている。

 それはリィナの目には見えず、ロロだけに見えていた。

                          (つづく)





第30話「二つの白い光」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

今回は、戦場の外側で動いていたものを描きました。
タイトルの「二つの白い光」は、
ロロのペンダントが放つ光と、継承の儀で灯る光のことです。
場所も、灯った理由も違う二つの光が、
同じ「白」として物語の中でつながっていく。
そんなイメージで書いています。

ロロについては、あえて多くを語らせませんでした。
彼女の中で何が起きたのか、そして何が変わったのか。
言葉にしすぎず、髪の光や声の幼さ、一つの問いかけだけで伝わるようにしてあります。
「朱麗はどこなんですか」という言葉の意味は、
これまでの物語を読み返していただくと、より重く響くかもしれません。

ムーン・ムーンでは、継承の儀が行われました。
ラセルの報告で明らかになったことと、
サルガがリナートへ向けた視線、そして口を閉じた理由。
それぞれの立場に、それぞれの事情があることを、
少しでも感じていただけていれば嬉しいです。
ヘモスのことは、セラが最初の務めとして向き合っていくことになります。

リンが連絡艇を貸す場面は、小さな場面ですが、
彼女なりの優しさと判断を込めて書きました。
ロロが見つめる白い光の筋が、これからどこへ続いていくのか。
次回も、お付き合いいただければ幸いです。

感想や応援のお言葉は、いつも執筆の大きな励みになっています。
今後とも、『GUNDAM TRIANGLE』をよろしくお願いいたします。
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