GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みくださり、ありがとうございます。

第31話で、ようやく再会した二人。
第32話は、その翌日からのムーン・ムーンを描く回です。

ひとつの村の朝と、そこで起きる小さな出来事。
そして、グラナダの様子も少しだけ。
それぞれの場所で、誰が何を思っているのか。
詳しい中身は、あえて伏せておきます。

どうぞ、肩の力を抜いて読み進めてみてください。

それでは、第32話「隣にいる人」をお楽しみください。


第32話 隣にいる人

 

 ドモンは、ロロの隣に腰を下ろした。

 客間の灯りは小さく、窓の外は、すっかり暗くなっていた。

 ロロは膝の上で指を組み、しばらく、その指を見つめていた。

「グラナダで、ね」

 ようやく、口を開く。

「作業をしてたら、急に耳の奥で、雑音がして。気がついたら、霧の山道にいたんだ」

「山道」

「うん。縮れ毛の男の人が、赤ちゃんを抱いて、登っていくの。僕は、その背中を見てた」

 ロロは、胸元のペンダントに触れかけて、手を止めた。

「そこに、連邦の兵隊が来て。女の人が、言ったんだ」

 声が、少しだけ低くなる。

「『この子は、私一人で育てますから』って」

『ルルさん……』

 内側で、朱麗が小さくつぶやいた。

 ドモンは、何も言わずに続きを待った。

「あの赤ちゃんは、僕だった。女の人は、お母さんで、男の人が……」

 ロロは、唇を噛んだ。

「ブラッド大佐が、僕のお父さんだった」

「……ああ」

「会っていたのに、お父さんだって知らなかったんだ。何も知らないまま、話してた」

 笑おうとして、うまくいかなかった。

「お父さんだって分かったときには、もう、いなかったんだ」

 客間に、静かな時間が落ちた。

 ドモンは、ロロの横顔を見た。

 泣いてはいなかった。ただ、泣くのを我慢している顔だった。

『師匠』

 朱麗の声が、そっと背中を押す。

『何か、言ってあげてください』

 ――何を言えばいいか、分からん。

『上手い言葉でなくていいんです。ちゃんと聞いたよ、って、伝わればそれで』

 ドモンは、少しの間、迷った。

 それから、ロロの組んだ指の上に、自分の手を重ねた。

「聞いた。全部、聞いている」

「うん」

「言いたくなったら、また言え。何度でも聞く」

 ロロの肩が、ほんの少し、揺れた。

 それから、ふっと息が漏れた。

「……朱麗、言い方、硬いよ」

「む」

「何度でも聞く、なんて。そんな言い方、朱麗しかしないよ」

 ロロは、泣き笑いの顔で、重ねられた手を見下ろした。

「でも、嬉しい。……ほんとに、何度も言うからね?」

「ああ」

『師匠、そこは「ああ」じゃなくて、もうひと言あってもいいんですよ』

 ――うるさい。

「あのね。朱麗に、先に言っておきたかったんだ」

「……そうか」

「朱麗が聞いてくれたら、本当のことになる気がして」

 その言い方が、ひどく幼く聞こえた。

 けれど、笑う気にはなれなかった。

「ブラッド大佐が、僕のお父さんだった。ちゃんと、そう言えたから。もう、大丈夫」

 ロロは、ようやく顔を上げた。

 目の縁は赤かったが、声は落ち着いていた。

「今日は、もう寝るね。朱麗も、ちゃんと休んでよ」

「ああ」

 ロロが立ち上がり、奥の寝台へ向かう。

 途中で一度だけ、振り返った。

「おやすみ、朱麗」

『おやすみなさい、ロロ』

 返事は、ドモンの口から出た。

「……ああ」

     ◇

 翌朝。

 セラは、神殿の石段で、客人を待っていた。

 昨夜は、あまり眠れなかった。

 帳面の数字のほかに、ロロが朱麗の袖をつまんでいた手が、何度も浮かんだのだ。

 あれほど自然に、誰かの隣にいられる人を、セラは知らなかった。

「お待たせしました」

 扉が開き、ロロが顔を出した。

 その後ろから、朱麗が続く。

「おはよう。よく眠れた?」

「うん。ぐっすり」

 ロロは、はにかんで笑った。

「では、村をご案内します」

 石段を降りると、段々に重なる畑の間を、細い水路が縫っていた。

 水面に、人工の空の光が揺れている。

「水が、ぐるぐる回ってるんだね」

「ええ。水も空気も、この村の中だけで巡らせています。その仕組みを動かしているのが、あちらの循環装置です」

「へえ……!」

 ロロの目が、きらきらした。

 機械の話になると、こんな顔をするのだと、セラは初めて知った。

 朱麗は、少し後ろを歩いている。

 すれ違う村人たちが、次々に頭を下げた。

「朱麗、人気者だね」

「……知らん」

「顔、赤いよ」

「赤くない」

 セラも、つられて口元が緩んだ。

 そのとき、畑の向こうから、水路番の老人が駆けてきた。

「女王様! 循環装置が、止まりました!」

 セラの背筋に、冷たいものが走った。

「すぐに見に行きます。案内してください」

     ◇

 循環装置は、村外れの古い建物の中にあった。

 太い管と、古びた制御盤が並んでいる。

 ロロは制御盤を覗き込み、指先で配線をたどった。

「……だいぶ古くなって、傷んでるね。悪いところを替えれば直せるけど、予備の部品が要る」

「倉にあるはずですが、鍵は」

「俺が預かっている」

 戸口に、サルガが立っていた。

「予備の部材は、俺の管轄だ。使うなら、まず申請を出せ。帳面に記してからだ」

「そんなの、待ってられないよ!」

 ロロが、振り向いて言った。

「今やらなかったら、水が回らなくて、作物が育たなくなる。そっちのほうが、よっぽど大惨事じゃないか」

「決まりは、決まりだ。順序を飛ばせば、後で崩れる」

「畑が駄目になってからじゃ、順序も何もないでしょ!」

 ロロの主張が正しかったのか、サルガは言い返そうとして、言葉に詰まった。

 セラは、兄が言い負かされるのを、初めて見た。

 サルガは、セラの袖を引き、声を落とした。

「おい、セラ。あの娘は、いつもああなのか」

「ロロさんは、こういうところもあるんです」

 セラは、小声で答えた。

「でも、間違ったことは言っていません。申請は、あとで私が責任をもって出します」

「……そうか」

 サルガは、無言で倉のほうへ歩いていく。

 老人が、小声で言った。

「サルガ様は、ああは言いましたが、いつでも出せるようにと、準備はしていなさるんですよ」

 セラは、言葉を失った。

 手順にうるさい兄は、そのやり方で、ずっと村を守ってきたのだ。

 やがて戻ってきたサルガは、油紙に包んだ部品を、ロロへ差し出した。

「今回だけだぞ。今回は特別だ。……壊すなよ」

「はい。大事に使います」

「それと、お前本人が俺のところに来て、状況を報告しろ」

「分かりました」

 いつもの兄とは、まるで違う様子だった。

 セラは、思わず小さく笑った。

 ロロは、制御盤の前にしゃがみ込み、作業を始めた。

 やがて、ロロが額の汗を拭った。

「部品は替えたよ。じゃあ、動かすからね」

「お願いします」

 ロロが、制御盤のレバーに手をかけた。

「いくよ。ゆっくり、ね」

 低い唸りが、床を伝った。

 壁の管の中を、水が流れる音がした。

 最初は細く、それから、少しずつ太く。

 外から、歓声が上がった。

「水が! 水が、澄んできたぞ!」

 老人が、外へ駆け出していく。

 セラは、ほっと息をついて、その場に座り込んだ。

「やった……」

「やったね、セラさん」

 ロロが、手を差し出す。

 その手は、油で真っ黒だった。

 セラは、一瞬ためらってから、その手を取った。

 自分の掌にも、黒い汚れがついた。

「あ」

「あ、ごめん!」

「いいえ。大丈夫」

 顔を見合わせて、ふたりは同時に吹き出した。

 朱麗が、静かに近づいてきた。

 無言で袖を引き、ロロの頬の汚れを、ぐいと拭う。

「わっ、痛い、朱麗」

「動くな」

「子供じゃないんだから!」

「顔が黒い」

 その手つきは雑なのに、ひどく優しかった。

 ロロは、頬をこすりながら、ふとセラを見た。

「ねえ、セラさん。サルガさんの言う通り、順番を守ったほうがよかったのかな。僕、勝手なことを言ったかも」

「いいえ。助かりました」

 セラは、首を振った。

「母の頃は、兄の言うような形で、物事を進めていました。でも私は、私のやり方でやってみたいと思っていたんです」

 視線を、動き出した装置へ向ける。

「ただ、私は女王になったばかりで、左も右も分からなくて。手探りで、一つ一つ決めるたびに、どうなるのか、毎日怖くてしょうがないの」

「そっか」

 ロロは、やわらかく笑った。

「じゃあ、今回みたいにうまくいくことが、少しずつ増えるといいね」

「……ええ」

 セラは、笑いながら、涙がにじむのを感じた。

「あの。お昼にしませんか」

 ごまかすように、持ってきた包みを広げる。

 蒸した芋と、干した果実だった。

「わあ、おいしそう」

「作業のあとは、お腹が空くでしょう」

「うん、ぺこぺこ!」

 ロロは、芋を頬張って、目を細めた。

 朱麗も、黙って受け取った。

 古い装置のそばで、三人は並んで座った。

 水の流れる音が、ずっと続いていた。

     ◇

 その頃、グラナダでは。

「おい、まだなのか!」

 ジュドは、整備場の床に胡坐をかいたまま、怒鳴った。

 目の前では、ダブルゼータが、片腕を吊られている。

 右腕の換装は終わっていた。だが、脚部の推進器の調整が、まだ残っている。

「あと半日ですよ、ジュドさん」

 リンが、端末から顔を上げた。

「焦ったって、早くは直りませんってば」

「分かってるよ、そんなこたあ」

 ジュドは、頭をがしがしと掻いた。

「それより、リィナだ。それに、ロロもだ。艇を借りて出て行ったきり、連絡一つ寄越さねえ」

「大丈夫ですよ。艇の信号、まだ拾えてますから。壊されてたら、とっくに消えてます」

「ほんとか」

「ほんとです。……場所、ムーン・ムーンですよ」

「なに?」

 リンは、少しだけ得意そうに言った。

「艇の手配、私も手伝ったんです。だから、追えるんですよ」

 ジュドが、がばっと顔を上げた。

「ムーン・ムーンだと? 何しにそんなところまで!」

「座標、渡しておきますね」

 リンが、小さな記録片を差し出す。

「ダブルゼータが直ったら、すぐ行けますね。……でも、昔の記録だと、あそこにモビルスーツで入るのは無理だったはずなんです。うかつに近づけないかもしれませんよ」

「そんなもん、約束はできねえな」

 ジュドは記録片をひったくり、ポケットに突っ込んだ。

「リィナもロロも、何やってんだ、まったく」

 口ではそう言いながら、その顔は、少しだけ緩んでいた。

「半日だな。それまでに、終わらせとけよ」

「はいはい。頑張ります」

 リンは、小さく笑った。

     ◇

 その夜。

 セラは、神殿の回廊に、ひとりで立っていた。

 光の間の扉は閉ざされ、水面だけが、月のように白く揺れていた。

「眠れないのか」

 背後から、声がした。

 振り向くと、朱麗が立っていた。

 赤い衣の肩に、夜の風が触れている。

「朱麗さん」

「昼間の、礼を言いに来た」

「お礼?」

「ロロを、気にかけてくれた」

 セラは、首を振った。

「私こそ、助けていただきました。ロロさんがいなければ、あの装置は」

「お前が決断しなければ、あの装置は作動できなかった」

 ドモンは、短く言った。

 セラは、苦笑した。

 それから、柱に背を預けて、水面を見つめた。

「……朱麗さん。聞いても、いいですか」

「何だ」

「人の暮らしを左右することって、怖くないですか」

 返事はなかった。

 セラは、構わず続けた。

「昨日まで、母がいました。母は、迷わない人でした。村のことを決めるとき、いつも静かで」

「…………」

「でも私は、今日、あの装置が動くまで、ずっと息を止めていました」

 声が、わずかに揺れた。

「決断を一歩間違えたら、と思うと、息ができなくなって」

 セラは、そこで言葉を切った。

 しばらくして、ドモンが、低い声で言った。

「怖いのは、当たり前だ」

「え」

「怖さを知らない者は、決断をしてはいけない」

 セラは、目を瞬かせた。

「お前は、ロロの言い分を聞いて、兄に自分が責任を負うと言った。人任せにはしなかった。それでいい」

「……でも」

「一人で抱えるな。今日のように、周りを頼ればいい」

 その声は、不器用だったが、まっすぐだった。

『師匠、もう少し優しく言えないんですか』

 内側で、朱麗がそっと茶々を入れた。

 ――黙っていろ。

「朱麗さん?」

「何でもない」

 ドモンは、わずかに視線をそらした。

「お前には、周りがいる」

「周り……」

 セラは、小さくつぶやいた。

 サルガ。ラセル。モンド。

 それから、あの笑い声。

 油にまみれた手を差し出した、ロロの顔。

 無言で頬を拭ってやった、この人の手。

「はい」

 セラは、微笑んだ。

 今度は、唇の端が、きちんと上がった。

「ありがとうございます。少し、楽になりました」

「そうか」

 朱麗は、一礼して、客間のほうへ戻っていった。

 その背中を見送りながら、セラは思う。

 あの人の隣には、ロロがいる。

 今夜は、どうしてもそう思ってしまった。

 胸の奥に、小さな痛みが、また灯った。

 けれど今夜は、その痛みごと、抱えていけそうな気がした。

 水面が、静かに揺れていた。

 その向こうで、遠い星が、ひとつ、またたいた。

                          (つづく)





第32話「隣にいる人」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

今回は、ロロの父の話から始まり、
村の機械を直す一日、グラナダの様子、
そして夜のセラの時間へとつながる回でした。

ロロは、父のことを「ブラッド大佐が、僕のお父さんだった」と言葉にしました。
会っていたのに、父とは知らなかった。
その重さを、朱麗に聞いてもらう形で描いています。

昼の場面では、ロロの勢いと、サルガの戸惑いを書くのが楽しかったです。
決まりを守ることも、目の前の畑を守ることも、どちらも間違いではありません。
セラがそのあいだで何を選んだのかも、見ていただけたら嬉しいです。

サルガについては、今回はまだ多くを語っていません。
あの台詞の意味は、そのうち分かるかもしれません。
気になった方は、次回以降もお付き合いください。

リンとジュドの場面は、短いながら、次の展開への小さな足がかりです。
ジュドがどう動くのか、楽しみにしていただければ幸いです。

タイトルの「隣にいる人」は、
誰の隣に誰がいるのか、という意味を込めています。
読み終えたあとに、ふっと思い返していただけたらと思います。

感想や応援のお言葉は、いつも執筆の大きな励みになっています。
今後とも、『GUNDAM TRIANGLE』をよろしくお願いいたします。
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