GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みくださり、ありがとうございます。

第33話の続きとなる、第34話をお届けします。
慌ただしい出来事のあとに、それぞれが何を思うのか。
詳しい中身は、あえて伏せておきます。

勢いのある場面から、静かな時間まで。
登場人物たちの表情を、ゆっくり追っていただければ嬉しいです。

それでは、第34話「届かぬ拳」をお楽しみください


第34話 届かぬ拳

 

 ΖⅡのコクピットで、リンは、息を詰めていた。

 背後には、ジェガンが四機。

 ジュドの信号を受けて、支度を整え、グラナダを飛び立ってから、すでに長い時間が経っていた。

 ほとんど休みなく、飛び続けてきた。

『リンさん、速度を落としましょう。状況が、まだ分かりません』

「ううん、このまま行く」

 リンは、操縦桿を握る手に、力を込めた。

 ジュドから届いた信号は、短かった。

 二人が捕まっている可能性がある。増援を頼む。

 それだけだった。

 ――私が、艇を手配しなければ。

 あの日から、胸の奥に刺さったままの言葉が、また疼く。

 前方に、ムーン・ムーンが見えてきた。

 港のあたりに、灰色の霧が漂っている。ミノフスキー粒子だ。それも、かなり濃い。

 通信機は、ほとんど雑音しか拾わない。

『リンさん、あれを』

 部下の声に、リンは、視線を向けた。

 霧の中に、ひしゃげた盾が、ゆっくりと漂っていた。

 その向こうに、折れたライフルが、くるくると回っている。

 そして、港の外扉は、内側へ向かって、無残にねじ曲がっていた。

「戦闘が、あったんだ……」

 リンの喉が、鳴った。

「ジュドさんが、やられたんだ」

『そう決めつけるには』

「だって、ほら!」

 そのとき。

 港の外壁から、古い砲台が火を噴いた。

 光が、ΖⅡの左肩をかすめ、装甲を焦がした。

 後ろのジェガンの一機も、脚部の推進器を掠められて、ふらりと姿勢を崩す。

「撃ってきた!」

 リンは、反射的に引き金を引いた。

 ビームが、一直線に走り、砲台を貫く。

 迷いのない、正確な射撃だった。

『リンさん!』

「全機、突入するよ! 先頭は私! ジュドさんたちを助けるんだから!」

『ま、待ってください! 相手の戦力も、状況も、何も――』

「待ってられない! ただし、村や畑のある側には、絶対に撃たないで! 狙うのは、港の砲台と、格納庫だけ!」

 混乱の中でも、そこだけは、リンの頭に残っていた。

 二人を取り戻したいだけだ。関係のない人を、巻き込むつもりはなかった。

 ΖⅡが、ウェイブライダーに変形した。

 機体が、一気に加速する。

 ΖⅡは、ひしゃげた外扉の隙間から、コロニーの中へ飛び込んだ。

     ◇

 広場の空が、揺れた。

 港の方角で、閃光が走り、一拍遅れて、轟音が届く。

 爆風が、畑を撫で、人々の悲鳴を連れてくる。

「港が!」

 ラセルが叫んだ。

 高みを飛ぶ機影の翼下から、爆装が次々と切り離され、港の砲台と格納庫の屋根を、正確に砕いていく。

 だが、その隣の倉庫には、燃料が積まれていた。

 引火した炎が膨れ上がり、黒い煙が立ち昇る。積まれた木箱が燃え、屋根が崩れていく。

 さらに、閃光。

 生き残った砲台が、闇雲に撃ち返し、その流れ弾が、外縁の畑の一角を焼いた。土が弾け飛ぶ。

「ちょっと待てよ、やめろ! リン! リン!」

 ジュドは、すでに操縦席へ滑り込んでいた。

「あいつ、本気で突っ込んできやがった!」

 ハッチを閉める間も惜しんで、機体を起こす。

 ダブルゼータは、地を蹴り、空へ舞い上がった。

 その直後。

 爆風が、広場まで届いた。

 朱麗は、反射的に動いていた。

 セラの前に立ち、ロロとリィナをまとめて背中へ押し込む。

 飛んでくる砂利を、背中で受けた。

「朱麗、大丈夫ですか」

「問題ない」

 歯を食いしばったまま、朱麗は、顔を上げた。

 空では、ダブルゼータが、一つの機影を追って飛んでいる。

 リンの機体だろう。

 その後ろから、四つの影が、煙の中へ突っ込んでくる。

 モンドが、必死に叫んだ。

「村の人たちを避難させろ! 神殿の下へ! 急げ!」

「みんな、こっちだ! 早く!」

 ビーチャとエルが、村人を誘導する。

 イーノが、吊り腕を伸ばして、崩れかけた梁を支えていた。

 朱麗は、その光景を見つめて、拳を握った。

『師匠』

 内側で、朱麗が呼んだ。

『あの機体を、止めましょう。このままでは、村が壊れてしまいます』

 ――ああ。だが、俺の脚力では、あの機体までは届かない。

 朱麗は、広場の端に膝をついている、傷ついたジムを見た。

 モンドが乗ってきた機体だ。片腕を失ってはいるが、まだ動くはずだった。

「モンド! その機体、借りるぞ!」

「は!? おい、待て、朱麗、お前――!」

 朱麗は、返事も待たずに、駆け出した。

     ◇

 ロロは、広場の隅で、一人の老婆を抱え起こしていた。

「大丈夫ですか、立てますか」

「あ、ああ……すまんの……」

 老婆は、腰を抜かしていた。

 ロロは、その腕を自分の肩にかけて、神殿のほうへ歩き出そうとした。

 そのとき。

 頭上で、鈍い音がした。

 港へ続く道の脇に立っていた、高い荷揚げ用の櫓が、ビームの余波で、中ほどから裂けた。

 折れた梁と、鉄の板が、勢いよく、こちらへ飛んでくる。

「え――」

 ロロは、反応できなかった。

 視界いっぱいに、黒い塊が、迫る。

 その間に。

 誰かが、割り込んだ。

 剣が、閃いた。

 鉄の塊は、剣に弾かれて、軌道を変え、ロロの横の地面へ、轟音とともに突き刺さった。

 砂煙が、舞い上がる。

 ロロは、目を見開いた。

 目の前に、広い背中があった。

「……サルガ、さん」

 サルガは、剣を振り抜いた姿勢のまま、荒い息をついていた。

「ぼさっとするな。死にたいのか」

 ロロは、老婆を支えたまま、呆然とつぶやいた。

「ありがとう。だけど、どうして助けてくれたの?」

 サルガは、動きを止めた。

 それから、背を向けたまま、低く、はっきりと言った。

「俺だって、朱麗には負けておらん」

「え?」

 ロロは、きょとんとした。

 ――朱麗に、負けてない?

 戦士としての、張り合いなのだろうか。

 よく分からなかったが、サルガの耳は、真っ赤だった。

「その婆さんを連れて、さっさと行け」

「は、はい……」

 ロロは、老婆の腕を支え直した。

 少し離れた場所で、セラが、じっとその様子を見ていた。

 兄の背中。真っ赤になった耳。ロロの背を、ちらりと見て、すぐ逸らす視線。

 セラは、普段と違う兄の姿を見て、小さく息を呑んだ。

「……兄さん?」

 サルガの肩が、ぴくりと動いた。

「何か言いたげだが、違うからな」

「え?」

 サルガは、剣を鞘に収めた。

 それから、振り返らずに、避難する村人の列のほうへ走っていった。

 そんな兄の姿を見て、セラの口元が、わずかに緩みかけた。

 そして、兄の後を追った。

     ◇

 朱麗は、モンドのジムの操縦席に、体をねじ込んでいた。

「動け」

 目の前に、見慣れない計器が並んでいた。

 レバーが二本。足元に、ペダルが二つ。画面の中に、小さな図形が点滅している。

 ――朱麗。お前、モビルスーツの操作方法は分かっているんだったよな。俺に教えてくれ。

『はい、師匠。まず、あの左の握りを……』

 ――分かっている。

 朱麗は、レバーを倒した。

 ジムが、ぎくりと揺れた。

 片足が持ち上がり、前へ、どすんと踏み出す。

「動いた」

 もう一歩。

 だが、二歩目で、機体が大きく傾いた。

『師匠、右です、右に!』

 ――右とは、どこだ。

 朱麗は、右のレバーを押し込んだ。

 それが、間違いだった。

 ジムの上半身が、ぐるりと回る。

 そして、そのまま、バランスを崩した。

「うおおっ!」

 轟音とともに、ジムは、後ろ向きに倒れた。

 幸い、そこは何もない空き地だった。

 土煙が上がり、コクピットの中が、がたがたと揺れる。

 朱麗は、頭を打ちつけ、しばらく動けなかった。

 ――動かん。

 自分の体なら、迷わず動く。

 だが、この図体は、何一つ、思い通りにならなかった。

『師匠……』

 朱麗の声は、震えていた。

『僕は……みんなを、守りたいのに』

 その声は、痛いほど、悔しさに満ちていた。

『村が焼けているのに、ロロさんたちが危ないのに、僕、何もできない』

 ドモンは、歯を食いしばった。

 ――お前のせいではない。

『でも』

 ――俺のせいだ。

 拳を握る。

 その手が、レバーの上で、小さく震えていた。

「……立て」

 朱麗は、もう一度、レバーを引いた。

「立て、このぽんこつが!」

 ジムは、それでも、起き上がらなかった。

     ◇

 港の上空。

 煙の中を、ΖⅡが、一直線に走っていた。

 その進路に、ダブルゼータが、割り込んだ。

「リン! 止まれ!」

 ミノフスキー粒子のせいで、声は届かない。

 ジュドは、舌打ちをした。

「ええい、直接言うしかねえか!」

 彼は、ダブルゼータの手を伸ばし、ΖⅡの機体に触れた。

 金属が触れ合う感触が、機体の中に伝わる。

 接触した機体どうしなら、振動で声が届く。

「リン、聞こえるか! 撃つな! 俺だ、ジュドだ!」

『……ジュドさん!?』

 リンの声が、震えながら返ってきた。

『ジュドさん、無事なの!? ロロさんたちは!?』

「全員、無事だ! だから撃つな!」

『嘘!』

「嘘じゃねえ!」

『だって、捕まったって! ジュドさん、脅されて言わされてるんじゃ……!』

「違う! あれは、俺の勘違いだ!」

 ジュドは、一瞬、迷ってから、ダブルゼータの外部カメラを、広場へ向けた。

 拡大した映像が、接触回線を通じて、リンの画面へ流れる。

 ひしゃげた櫓の下、舞い上がる砂煙の向こう。

 老婆を支えて、ふらふらと歩くロロの姿が映った。

 その隣に、リィナが、静かに立っている。

 ロロが、カメラのほうを向いて、手を振った。

「な、見ろ」

『…………』

 ΖⅡの動きが、止まった。

 コクピットの中で、リンは、画面をじっと見つめていた。

 指先から、力が抜けていく。

『……よかった』

 小さな声が、漏れた。

『よかった、無事で……』

 それから、ぐっと顔を上げた。

『じゃなくて! ジュドさん!』

「お、おう」

『捕まったって、言ったじゃない! 私、私、ずっと……』

 リンの声が、涙で詰まった。

 ジュドは、深く息を吐いた。

「お前は、おっちょこちょいなんだから。ちゃんと冷静に考えてみろ」

『だって、そう思うじゃない!』

 そこへ、接触回線で、ビーチャの声が割り込んできた。

『ジュド、お前も、人のこと言えないだろ』

 続いて、エルの声も飛び込んでくる。

『ビーチャ! もともとは、あんたがミノフスキー粒子なんて散布するのが悪いんじゃない!』

『あはははは……』

 ビーチャは、乾いた声で笑った。

『まあ、済んだことだ。いいじゃないか』

 リンは、鼻をすすりながら、手信号で後続の四機に停止を命じた。

 ビームの閃光が、止んだ。

 ほとんど同時に、港の最後の砲台も、沈黙した。

 瓦礫の向こうで、復旧班の手が、ようやく遮断レバーに届いたのだった。

 ようやく、コロニーに、静寂が戻った。

     ◇

 港の空に、煙だけが、まだ細く立ち昇っていた。

 広場に降り立ったリンは、ΖⅡから降りるなり、セラの前に走り寄った。

 そして、深く、深く頭を下げた。

「ごめんなさい! 私の早とちりで、勝手にこの国を攻撃してしまって……! どんな罰でも受けます!」

「リンさん、顔を上げてください」

 セラは、静かに言った。

「あなたは、ジュドさんたちを助けようとしただけです」

「でも、倉庫を……」

 ラセルが、帳面を手に、淡々と口を開いた。

「被害を報告します。港の倉庫が一棟、全焼。砲台は数基が、格納庫は屋根が半壊。外扉は大破。外縁の畑が二枚、水路の一部が崩落。旧式機は三機が損傷。軽傷の者が十数名。……死者は、おりません」

 その場の空気が、少しだけ、緩んだ。

 ラセルは、ちらりと、リンの機体へ目をやった。

「そちらも、無傷ではないようですが」

「は、はい。ΖⅡは左肩が焦げて、ジェガンが一機、推進器をやられました。爆装も、全部撃ち尽くしちゃって……弾薬も、もう残りが少ないです」

 リンは、しゅんと肩を落とした。

「ダブルゼータも、脚の推進器に傷が残っています。万全に動ける機体は、双方とも、ほとんどございませんな」

 ラセルの静かな声が、広場の空気を、また重くした。

「死者が出なかったのは、幸いだ」

 サルガが、低い声で言った。

「だが、責任は、取ってもらうぞ。ロロも危ない目にあったしな」

「兄さん?」

 サルガは、「ゴホン」と咳払いをした。

「掟は掟だ。誰かが、この被害の始末をつけねばならんのは、当たり前ではないか」

 セラは、ゆっくりと、兄を見た。

「兄さん。責任は、私が負いますから」

 サルガの眉が、ぴくりと動いた。

「ジュドさんも、リンさんも、悪意があったわけではありません。傷ついた方々の手当てを、まず先に。話は、その後で」

 セラの声は、静かだったが、はっきりとしていた。

 サルガは、何か言いかけて、口をつぐんだ。

 そのとき。

「セラ」

 杖をついたサラサが、世話係に支えられて、広場に姿を現した。

「サラサ様」

 リンが、反射的に背筋を伸ばす。

 サラサは、リンを見て、穏やかに微笑んだ。

「あなたが、ジュドさんの仲間ですね。ずいぶんと、勇ましいこと」

「す、すみません……」

「事情は、分かりました。仲間を思ってのことだったのでしょう。けれど、傷ついた者たちがいます。まず、その者たちに、力を貸してください」

「はい……! もちろんです」

 リンは、もう一度、深く頭を下げた。

「……そして」

 サラサの視線が、ダブルゼータの足元で立ち尽くす、ジュドへ向いた。

「ジュドさん。あなたも、大切な方のために、ここまで来てくださったのですね」

「……お恥ずかしい限りで」

 ジュドは、頭を掻いた。

 サラサは、広場を見渡した。

 疲れた村人たち。煤にまみれた手。焼けた畑の匂い。

「傷ついた者には、手当てを。壊れたものは、また直しましょう。……そして、今夜は」

 サラサは、静かに言った。

「無事を、祝いましょう」

 誰かが、息を呑んだ。

 それから、一人の老人が、ぽつりと言った。

「巨神がまた来たってのに、誰も死なんかった。……こりゃあ、祝わなけりゃ罰が当たるのう」

 周囲から、ちらほらと笑い声が漏れた。

 張りつめていた空気が、少しずつ、ほどけていく。

 その輪の端で、ビーチャが、ニヤニヤしながら朱麗を見ていた。

「なあ朱麗。お前、モンドのジムに乗っただろ」

 朱麗は、ぎくりとした。

「あんな転び方、俺、初めて見たぜ。後ろ向きにどすーんって」

「見ていたのか」

「全員見てたよ」

 ジュドが、目を丸くした。

「へえ、お前でも、苦手なものがあったんだな」

「うるさい」

「いやいや、感心してんだよ。てっきり、何でもできると思ってたからな」

 ジュドは、からからと笑ってから、ふと思いついたように言った。

「でも、お前、あのでかい剣があるだろ。あれで戦えばいいじゃねえか」

 朱麗は、静かに、首を横に振った。

「このコロニーの中ですら、俺の脚力だけでは追いつけなかった。だから機体に乗ったが、それにも限界はある」

 その声は、いつもより、わずかに低かった。

 笑い声が、少しだけ、止まった。

     ◇

 日が傾くまで、誰もが働いた。

 ジュドとリンは、ダブルゼータとΖⅡで、崩れた梁を持ち上げ、倉庫の焼け跡から資材を運び出した。

 イーノの吊り腕が、それを受け取って、安全な場所へ積み替えていく。

 リンの部下たちは、水路から水を引き、残り火を消して回った。

 モンドとエルは、軽傷の者を、神殿の下へ運んだ。

 セラは、自ら薬草と布を抱えて、一人ひとりの傷を見て回る。

 ロロとリィナも、包帯を巻く手を貸した。

 朱麗は、倒れたままのジムを、一人で起こそうとして、結局、人手を呼ぶことになった。

 誰も笑わなかった。ただ黙って、縄を回して、手伝ってくれた。

 すべてが一段落したとき、空は、すっかり暗くなっていた。

     ◇

 夜。

 広場には、灯りがともされていた。

 焼け残った木箱を組んで、卓代わりにして、湯気の立つ椀が並ぶ。

 蒸した芋。野菜の汁。焼いた麦餅。村の人々が、少ない蓄えから、持ち寄ったものだ。

「ほれ、食え食え! 怪我人は、遠慮するでない!」

「巨神殿も、リン殿も、ささ、一杯!」

 ジュドは、杯を押しつけられて、真っ赤になっていた。

 リンは、老婆たちに囲まれて、何度も頭を下げていた。

 モンド、ビーチャ、エルは、イーノを巻き込んで、修理の話で盛り上がっている。

 その賑わいを、朱麗は、少し離れた石段に座って眺めていた。

 昼間の、倒れたジムの感触が、まだ、手に残っている。

「朱麗」

 声がして、ロロが、椀を二つ持ってきた。

「ここ、いい?」

「……ああ」

 ロロは、隣に腰を下ろした。

 椀を一つ、朱麗に渡す。

 しばらく、二人とも、黙って汁をすすった。

「ロロ」

「なに?」

「訊きたいことがある」

 朱麗は、椀を膝に置いた。

「モビルスーツというのは、何を頼りに動かすものなのだ」

 ロロは、目をぱちぱちさせた。

「えっと……基本は、操縦桿とペダルだよ。手で姿勢と向きを決めて、足で推進とブレーキ。あとは、機体の状態を見る画面と、周りのカメラの映像を見ながら……」

「うむ」

「普通は、慣れるまでが大変なんだ。機械の癖を覚えないといけないから。僕も、最初は、うまく歩かせることもできなかったし」

「お前でもか」

「うん。だから、朱麗が、一回で動かせなくても、全然、変じゃないよ」

 朱麗は、少し黙った。

「モビルスーツを扱うというのは、生身で戦うのとは、わけが違うんだな」

「うん。機体の動きは、人の体と、似てるようで違うんだ。だから、難しいと思う」

「慣れれば、動かせるのか」

「動かせると思う。時間は、かかるけど」

 朱麗は、うなずいてから、少し声を落とした。

「もう一つある。昼間、ジュドに、大剣で戦えと言われた。だが、俺の戦い方では、宇宙では戦えん。この先、宇宙で戦うこともあるだろう。そのときは、俺にはどうしようもない」

「……うん」

 ロロは、言葉を選ぶように、少し黙った。

「生身のままだと、宇宙では厳しいと思う。だから、機体に乗れないと、朱麗の強さが、そのまま届かない」

「ああ。それが、悔しい」

 ロロは、椀を両手で持ったまま、考え込むように、空を見上げた。

「……ちょっと、考えてみる」

「考える?」

「うん。何ができるかは、まだ分からないけど」

 朱麗は、ロロを見た。

 それから、小さく息をついた。

「ロロの暇なときでいい。頼む」

「うん、分かった」

 朱麗は、椀を置いて立ち上がった。

「俺は、ちょっとみんなのところに行ってくるよ」

 朱麗に、少しだけ、笑顔が戻っていた。

 そう言って、朱麗は、みんなのところへ戻っていった。

 ロロは、椀を持って立ち上がり、卓のほうへ歩き出した。

 卓のそばで、セラと朱麗が、言葉を交わしている。

 ロロは、そのまま通り過ぎようとした。

 だが、近くに腰かけていた老婆たちが、ひそひそ話を始めていた。

「見てごらんな、あの二人」

「女王様が、あんなに寄り添って」

「お似合いじゃ」

「ほんにのう。あれは、きっと、いい夫婦になるわい」

 ロロの足が、止まった。

 手の中の椀が、小さく鳴った。

 ――いい夫婦に、なる。

 それは、きっと、いいことだ。

 セラさんは優しい人で、朱麗は頼りになる人で、お似合いなのは、本当のことだ。

 そう思うのに。

 胸の奥が、きゅっと、縮んだ。

 ロロは、椀を握りしめたまま、しばらく動けなかった。

 やがて、首を小さく振って、卓から杯を二つ取った。

 戻るときに、うまく笑えるかどうか、自分でも分からなかった。

     ◇

 その夜更け。

 神殿の奥で、サラサは、一人、窓辺に座っていた。

 宴の笑い声は、遠くまで聞こえてくる。

 灯りの揺れる広場が、ここからは小さく見えた。

 穏やかな夜だった。

 サラサは、ふと、手を膝の上に置いた。

 その指先が、すっと冷えた。

「……これは」

 胸の奥で、何かが、きしむ。

 長く、この国の「光」を預かってきた者だけが分かる、あの感覚だった。

 窓の外を、サラサは見つめた。

 人工の夜空の、その向こう。

 コロニーの外壁の、さらに外から。

 何かが、近づいてくる。

「黄色い……悪意」

 サラサは、静かにつぶやいた。

 冷たく、粘りつくような気配だった。

 地上の、遠い底のほうから、這い上がってくるような。

 サラサは、窓の縁に手をかけて、立ち上がろうとして、よろけた。

「誰か……」

 声は、小さかった。

 遠い広場では、人々の笑い声が、まだ、続いていた。

(つづく)





第34話「届かぬ拳」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

今回は、すれ違いから始まった騒ぎと、その後始末を描きました。
リンは、ジュドたちを助けたい一心で駆けつけました。
その気持ちが空回りしてしまったことも、本人にとっては重い出来事だったと思います。
セラが責任を引き受ける場面や、サラサの穏やかな言葉も、見ていただけたら嬉しいです。

朱麗にとっては、これまでの強さが通用しない場面でもありました。
自分の体なら迷わず動けるのに、機体の中ではうまくいかない。
悔しさを抱えた朱麗に、ロロがどう寄り添ったのかも、
ぜひ思い返していただければと思います。

そして、宴の場面で、ロロが感じた小さな胸の痛み。
その理由は、今はまだ、ロロ自身にもはっきりしていません。
続きを、見守っていただければ幸いです。

タイトルの「届かぬ拳」は、
朱麗の拳が届かなかったものと、これから届かせたいもの、
その両方を意味しています。

感想や応援のお言葉は、いつも執筆の大きな励みになっています。
今後とも、『GUNDAM TRIANGLE』をよろしくお願いいたします。
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