いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みくださり、ありがとうございます。
第34話では、騒ぎのあとの村と、それぞれの胸の内を描きました。
第35話は、その続きにあたる回です。
詳しい中身は、あえて伏せておきます。
静かな夜のあとに、何が訪れるのか。
登場人物たちの表情を、ゆっくり追っていただければ嬉しいです。
それでは、第35話「引いた手」をお楽しみください。
「大将、こいつらを狩っていけばいいんだよな」
ヤザンの声が、通信の向こうで弾んでいた。
暗礁宙域の闇の中に、黄色く塗られた機体が、いくつも散っている。
「ああ、そうだ」
《暁》の艦橋で、シュウが答えた。
「ダカールの残党だ。集まって勢力を組み直す前に、追い詰めろ。一人残らず、叩きのめせ」
「俺の受け持ちにしては、ちと数が多いな」
ガランが、低く唸る。
「ぼやくんじゃないよ、ガラン」
ミランダが、楽しげに笑った。
「アリの子一匹、逃がしはしないさ」
追撃は、短く、容赦がなかった。
岩陰に潜んでいた黄色い機体が、一つ、また一つと、光に変わっていく。
「な、なんだ、こいつらは……!」
逃げ惑う古参のパイロットが、悲鳴に近い声を上げた。
「こんな連中がいるなんて、聞いてないぞ!」
その背後で、ヤザンが、わずかに苦笑をにじませた。
「おい、ナナイ。さすがに、全部狩るのは、ちょっと難しいようだぞ」
「無理に追う必要はありません」
ナナイが、落ち着いた声で答えた。
「深追いは、しないでください」
◇
包囲を抜けた数機の先頭で、先ほどの古参パイロットが、奥歯を噛みしめていた。
被弾した脚が、きしむ音を立てている。
背後に、追っ手の光はまだ見えない。それでも、いつ追いつかれるか分からなかった。
ダカールが焼けた、あの日から、何もかもが転げ落ちるように悪くなった。
上は消え、仲間は散り、残ったのは、こうして逃げ回る毎日だけだ。
「こんなところで、死んでたまるか」
誰に聞かせるでもなく、吐き捨てた。
そのとき、前方の闇に、ぼんやりと光が浮かんだ。
古びた円筒の影だった。
「コロニー……? こんなところに」
地図には、載っていない。
近づくと、外壁の一部が、大きく裂けて口を開けていた。
『隊長、あそこなら、中へ入れます』
『隠れて、補給もできるかもしれません』
部下たちの声が、通信に流れ込む。
古参は、操縦桿を握り直した。
「……行くぞ」
黄色い機体が、コロニーの裂け目へ向かって、静かに降下を始めた。
◇
その夜更け。
神殿の奥で、誰かが倒れる音がした。
世話係の娘が駆け込むと、サラサが、床に膝をついていた。
「サラサ様!」
「……大事ありません。それより、セラを」
呼ばれて駆けつけたセラに、サラサは顔を上げた。
その顔色は、ひどく白かった。
「お母様、お加減が……」
「来ます。黄色い悪意が、すぐそこまで」
セラの背筋が、冷たくなった。
「ラセルお兄様! 港に警報を!」
夜の村に、けたたましい警報が鳴り響いた。
◇
広場では、宴の片づけが、まだ半ばだった。
杯を手にしたまま、ジュドが跳ね起きた。
「なんだ!?」
「ジュドさん、敵よ! 港の外に、機影が!」
リンが、駆け込んできた。
昼間の、しゅんとした顔は、もうどこにもなかった。
「酔ってる場合じゃないわよ!」
「酔ってねえ!」
ジュドは、杯を放り出して走り出した。
港のほうから、ラセルが駆け戻ってくる。
「未確認の機体が、外扉の裂け目から入ろうとしています。数機です」
「未確認だと? 一体どこのどいつの仕業だ」
「分かりません。ですが、村へ入れるわけにはいきません」
「村の者は、神殿の下へ避難させろ。急げ」
サルガの声が、広場に響いた。
「ジュドさん、行きましょう!」
「おう! リン、部下の連中も叩き起こせ!」
「もう呼んでるわよ!」
◇
港の外扉は、まだ半ば崩れたままだった。
その裂け目の向こうから、黄色く塗られた機体が、闇を割って滑り込んでくる。
まだ動く砲台が、外へ向けて火を噴いた。
先頭の一機が、肩をかすめられて傾く。
だが、後続は止まらない。
「構うな、押し込め! 中へ入ってしまえば、こっちのものだ!」
古参の叫びを、黒い影がさえぎった。
ダブルゼータだった。
「ここから先は、通さねえ!」
ジュドは、突っ込んできた機体の腕を、真正面から掴んだ。
勢いを殺さず、懐へ潜り込み、そのまま機体ごと投げ飛ばす。
黄色い機体は、外扉の裂け目の向こう、暗い宇宙へ叩き出された。
「ビームは使うな! 中で撃ったら、コロニーが持たねえぞ!」
『分かってる! 外へ押し出すのね!』
リンの声が、通信を走った。
ΖⅡが、港の天井近くから舞い降りる。
左肩には、応急に塞いだ焦げ跡が残っていた。
ジュドの右へ迫っていた機体に、ΖⅡは、盾ごと体当たりした。
体勢を崩した機体の脚を掴み、そのまま裂け目へ向かって、押し流していく。
「相変わらず、思い切りがいいな!」
『褒めてる場合じゃないでしょ!』
その横で、リンの部下のジェガンが四機、港の入口に並んだ。
盾を構え、裂け目から入ろうとする機体を、一機ずつ押し返していく。
敵が、ひとかたまりに、外へ押し出されていく。
残るは、一機。
古参のパイロットは、仲間が裂け目の向こうへ追いやられていくのを、呆然と見ていた。
「嘘だろ……」
たった二機だ。
あの二機に、ここまで、一方的に――。
「こんなところで……死んでたまるか!」
残った推進剤を、ありったけ噴かして、ダブルゼータへ突っ込む。
ダブルゼータは、逃げなかった。
真正面から機体を受け止め、両腕で抱え込む。
装甲が、きしんだ。
ジュドは、歯を食いしばった。
「お前らが何者でも、ここは通さねえ」
痛めた脚の推進器が、悲鳴のような音を立てる。
それでも、ダブルゼータは、黄色い機体ごと、裂け目の外へ飛び出した。
外へ出た瞬間、ジュドは、機体を突き放した。
「リン! 今だ!」
『任せて!』
裂け目の縁に、ΖⅡが膝をつく。
コロニーに背を向けた銃口が、闇へ向けて、ぴたりと止まった。
射線の先には、何もない。
コロニーからは、十分に離れている。
『弾は、もうほとんど残ってないの。だから――』
引き金に、指がかかる。
『一発も、外さない』
光が、一筋、走った。
黄色い機体は、一瞬、動きを止め、それから、静かな光に変わった。
先に押し出された機体も、ジェガン隊の盾に追われて、闇の向こうへ流されていく。
そこへ、ΖⅡの光が、一つ、また一つと、重なった。
やがて、外扉の向こうには、動くものが、何も残らなくなった。
ジュドは、肩で息をした。
「……終わったか」
『うん。終わった』
リンの声は、少しだけ、かすれていた。
◇
戦いが終わった工房の前で、歓声が上がった。
「やった……!」
「押し返したぞ!」
「さすが、巨神殿だぜ!」
モンドが、拳を突き上げた。
ビーチャとエルが、肩を叩き合って喜んでいる。
サルガも、ほかの村人たちも、一斉に歓喜の声を上げた。
巨神の脅威を、巨神が打ち滅ぼしたのだ。
その歓声の外で、セラとサラサは、広場の端から、港を見つめていた。
出撃できたのは、ダブルゼータとΖⅡだけだった。
ほかの機体は、一機も動かせなかった。
――あの二人がいたから、よかったものの。
――このままでは、だめだ。
セラは、手を固く握りしめた。
隣で、サラサも、同じことを考えていた。
もし、あの二人がいなかったら。
その先を思い描くことが、恐ろしかった。
◇
夜明け前の港には、焼けた金属の匂いが漂っていた。
ダブルゼータとΖⅡは、並んで膝をついている。
その後ろで、修理途中の旧式機が、外装を外されたまま、静かに横たわっていた。
「いやあ、助かったぜ! 二人とも、ありがとうな!」
モンドが、ジュドとリンに、大きく手を振っている。
ビーチャとエルも、笑顔で駆け寄っていった。
村人たちも、ほっと息をつきながら、その光景を眺めていた。
セラは、母とともに、裂け目の向こうの静けさを見つめていた。
「ジュドさんたちが、たまたま、ここにいてくださった。それだけのことでした」
「ええ」
サラサは、杖を握る手に、力を込めた。
「次も、客人に救っていただけるとは限りません」
「……はい、お母様」
「私は、ジュドさんたちの巨神が現れた頃から、今のままではいけないと、感じていました。けれど、変えることが怖くて、踏み出せなかったのです」
サラサの声は、静かだった。
「小さな工房なら、少しずつ、作ってまいりましたが。それでは、足りなかったのですね」
「はい。足りませんでした」
セラは、顔を上げた。
「私の代で、変えます。機械も、守る力も。今あるものを、無かったことにはしません。一つずつ、確かなものにしていきたいのです」
背後で、足音がした。
サルガだった。
腕を組んだまま、しばらく黙っていたが、やがて、短く言った。
「ムーン・ムーンのしきたりを、すべて変えるのでなければ、俺は賛成だ」
サルガは、視線を、工房のほうへ向けた。
「あのロロという子も、同じ思いなのだろう」
「はい、兄さん。ありがとうございます」
反対は、しなかった。
◇
同じ頃、工房の隅で。
ロロは、机いっぱいに広げた大きな紙へ、ペンを走らせていた。
この村へ来てから、皆が寝静まったあとに、少しずつ描き足してきたものだった。
傍らの椅子では、ラセルが、帳面を抱えたまま、うとうとと舟をこいでいる。
教わった工具の名前を書き留めようとして、そのまま眠ってしまったらしい。
ロロは、最後の線を引いた。
ペン先を、紙から離す。
「……できた」
小さな声が、こぼれた。
紙の上端には、大きく、名前が記されている。
モーションリンクシステム。
まだ、図面の上にしかない仕組みだった。
けれど、これがあれば。
――これなら、朱麗の強さが、ちゃんと届く。
ロロは、紙の隅へ、そっとペンを寄せた。
ためらってから、小さく書き添える。
〈朱麗へ〉
頬が、じんと熱くなった。
「ここにいたのか」
戸口から、ジュドの声がした。
「わあ!」
ロロは、慌てて紙を丸めた。
「……何を隠してんだ」
「な、なんでもないよ!」
背中に回した紙を見て、ジュドは、少しだけ首をかしげた。
それ以上は、聞かなかった。
「ま、いいや。話がある」
「何?」
「グラナダに戻る。リンの弾薬は、ほとんど空だし、機体の整備も、向こうでやり直さねえとな。報告もある」
「……そっか」
「お前とリィナも、一緒に帰るだろ」
ロロは、丸めた紙を、ぎゅっと握った。
「うん。帰るよ。……あのね、ジュドさん」
「ん?」
「出る前に、朱麗に話があるんだ。一緒に来てくれないか、聞いてみる」
ジュドは、にやっと笑った。
「そうか。ま、お前が頼めば、あいつも断らねえだろ」
ロロは、頬を赤くして、うなずいた。
◇
日が傾くころ、ロロは、丸めた紙を抱えて、村の中を歩いていた。
「朱麗殿なら、さっき、循環装置のほうへ行かれましたよ」
水路番の老人が、教えてくれた。
ロロの足は、自然と速くなった。
一緒に来てほしい。
グラナダで、これを、一緒に形にしたい。
組み上げるのにも、調整するのにも、朱麗の力がいる。
それから、……それから、本当は、ずっと朱麗と一緒にいたい。
離れたくない。誰よりも近くに、いたい。
循環装置のある古い建物の、石壁の角。
その向こうから、声が聞こえて、ロロは足を止めた。
「朱麗さん。ひとつ、伺ってもよいですか」
セラの声だった。
「何だ」
「ロロさんとは、どういうご関係なのですか」
ロロの息が、止まった。
壁の向こうで、朱麗が、黙った。
長い、沈黙だった。
「……ロロは」
「ロロは、その……」
言葉が、続かない。
ロロの心臓が、うるさいほど鳴っていた。
「答えにくければ、今でなくて構いません」
セラの声は、静かだった。
「でも、その前に、言わせてください。私は、あなたに初めてお会いしたときから、惹かれていました」
ロロの腕の中で、紙が、くしゃりと音を立てた。
「朱麗さん、私は――」
その先を、聞く前に。
ロロは、走り出していた。
◇
ロロは、港の隅の、積み荷の陰にうずくまっていた。
息が苦しい。
走ったせいだけでは、なかった。
――お似合いだ。
宴の夜にも、そう思った。
セラさんは優しくて、朱麗は頼りになって。
あの二人が並んでいる姿は、本当に、きれいだった。
「……そうだよね」
声が、震えた。
「朱麗には、セラさんみたいな人が、いいんだ」
「ロロ?」
顔を上げると、リィナが、心配そうに覗き込んでいた。
「泣いてるの?」
「泣いてないよ」
ロロは、袖で目をこすった。
「ちょっと、ほこりが入っただけ。……ねえ、リィナ。明日、帰ろう」
「朱麗は?」
「朱麗は、ここに必要な人だから」
笑おうとした。
うまく、笑えなかった。
リィナは、何も言わずに、ロロの手を握った。
◇
翌朝。
港の外扉の裂け目の向こうに、人工の朝焼けが、薄く広がっていた。
艇の昇降口の前で、ジュドが、ロロの顔をじっと見た。
「朱麗には、声をかけたのか」
「……ううん」
ロロは、首を振った。
「顔を見たら、行けなくなっちゃうから」
「そうか」
ジュドは、それ以上、何も言わなかった。
代わりに、大きな手で、ロロの頭を、ぐしゃりと撫でた。
艇が、ゆっくりと港を離れた。
小さな窓の向こうで、古いコロニーが、少しずつ、遠ざかっていく。
ロロは、膝の上で、丸めた紙を広げた。
「……ちゃんと、断ち切らなくちゃ」
小さく、つぶやいた。
恋は、やめる。
その代わり、この仕組みを、一日でも早く、完成させる。
朱麗が、これからも戦っていけるように。
それだけで、いい。
そう決めたはずだった。
ロロは、図面の隅の、小さな文字に、指を伸ばした。
〈朱麗へ〉
消してしまえば、きっと、楽になる。
なのに、指は、その上で止まったまま、動かなかった。
「……消せないや」
ぽたり、と、紙に雫が落ちた。
ロロは、胸元のペンダントを、ぎゅっと握りしめた。
胸の奥が、まだ、ひどく痛かった。
窓の外では、小さくなったコロニーが、星の海に溶けていった。
(つづく)
第35話「引いた手」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、宇宙で追われる側の視点から始まり、ムーン・ムーンでの短い戦い、
そして、ロロの気持ちの転機までを、一話にまとめました。
戦いの場面では、ジュドとリンの二人に、思い切り動いてもらいました。
前の話の騒ぎのあとだけに、二人にとっては「今度こそ守る」戦いでもあったと思います。
一方で、修理の途中で動けなかった機体や、見ているしかなかった朱麗の姿も、書き残しました。
ムーン・ムーンだけでは、まだ守りきれない。
その実感が、セラとサラサの決意につながっていきます。
後半は、ロロの話です。
図面に書き添えた、小さな一行。
朱麗に伝えようとした言葉と、聞いてしまった言葉。
ロロが何を思って身を引いたのか、読み返したときに、また違って見えるかもしれません。
ロロの想いが、このまま消えてしまうのかどうかは、これからの物語で見ていただけたら嬉しいです。
タイトルの「引いた手」は、
ロロが引いた手と、まだ誰にも差し出されていない手、
その両方を意味しています。
感想や応援のお言葉は、いつも執筆の大きな励みになっています。
今後とも、『GUNDAM TRIANGLE』をよろしくお願いいたします。