いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みくださり、ありがとうございます。
第36話で、カミュとファはグラナダへ向かいました。
第37話は、その帰りを待っていた人たちの側を描く回です。
出迎える人、迎えに行けない人、その様子を見ている人。
それぞれが、どんな顔で、その日を迎えるのか。
詳しい中身は、あえて伏せておきます。
少しだけ肩の力を抜いて、
ひとりひとりの表情を、ゆっくり追っていただければ嬉しいです。
それでは、第37話「待っていた場所」をお楽しみください。
外された装甲が、整備場の床に並んでいた。
ダブルゼータの右肩には、腕がない。
ムーン・ムーンでの戦いのあと、応急につないだ腕の付け根が持たなくなり、外してあった。
ジュドは足場に片肘をつき、その切断面を眺めていた。
「……見事なもんだ」
あの日、青い刃が落としていったのは、この腕だった。
受けた感触さえ残らなかった。それほど鮮やかな一閃だった。
「感心している場合か。お前が乗る機体だぞ」
足場の下から、レオナージが端末を見上げた。
「乗ってたから分かるんだよ。避けたつもりだったんだがな」
ジュドは、短く笑った。
恨みは、不思議なほどなかった。
◇
グラナダへ戻った日、ロロはレオナージとカロッゾに、持ち帰った図面を見せていた。
「脳から出る電気信号で、機体を動かすのかね」
カロッゾは片眼鏡を直し、図面へ顔を寄せた。
「はい。体を動かそうとする信号を、機体の動きに置き換えるんです。腕を上げようと思えば、モビルスーツの腕が上がるように」
「操縦方法を知らない者でも、自分の体を動かす感覚で扱える……そういうことか」
「まだ調整が必要ですけど。それができるようにしたくて」
カロッゾは、もう一枚の図面をめくった。
「面白い発想だ。これは、私も少し手を貸したいね」
横から図面を覗いていたレオナージが、ロロへ顔を向けた。
「これが完成すれば、パイロットを一人育てるための時間も、金も、まるで変わるぞ。複雑な操縦を一から教え込む必要がなくなる」
「え……」
「操縦技術の試験さえ、いらなくなるかもしれん。ロロ、お前、自分が何を作ろうとしているか分かっているのか?」
ロロは、図面とレオナージの顔を交互に見た。
「ひょっとすると、これは軍事革命になるぞ」
「そんなにですか?」
「ロロ、早速この作業に取りかかってくれ」
ロロはレオナージに急かされ、作業を始めることになった。
整備場の奥の作業台では、ロロが小さな基板を覗き込んでいた。
細い線をつなぎ、端末で確かめ、また外す。
机の隅には、丸めた大きな図面が置いてある。
「ふむ。この配線の取り回しでは、反応が遅れるのではないか」
隣で、カロッゾが片眼鏡の位置を直した。
「そこは、あとで二系統に分けます。もう描いてあります」
「どこにだね」
「……ここです」
ロロが、図面の端を指で押さえる。
カロッゾが図面を引き寄せようとすると、ロロは紙の端を押さえた。
そこには、小さな文字が書いてある。
「まだ、見せられないところがあるのか」
「あ……いえ。そっちは、関係ないんです」
カロッゾは手を離した。
隠された文字には触れず、別の配線を指した。
「ロロ。少し休まない?」
リィナが、飲み物を持って立っていた。
先に置いておいたカップは、手つかずのまま冷めている。
「うん。これが終わったら」
先ほども、同じ返事だった。
「大丈夫だよ。もう少しなんだ」
ロロは笑ってみせた。
リィナは、何か言いかけて、やめた。
代わりに、冷めたカップを下げ、新しいものを手の届くところへ置いた。
◇
そのとき、整備場の呼び出し音が鳴った。
『グラナダ管制より、整備担当へ。蒼天が帰還する。受け入れを準備されたし』
ジュドが顔を上げた。
通路の向こうで、誰かの足音が止まる。
『搭乗者は、カミュ・ビダン、ファ・ユイリ――』
「母さん!」
リンだった。
抱えていた荷物を台へ置き、管制端末へ駆け寄る。
「どこ? もう着くの?」
『着艦位置を指定中だ。迎えは――』
最後まで聞かず、リンは出口へ走った。
「おい、転ぶなよ!」
ジュドが声をかけたが、リンは振り返らなかった。
「ったく」
ジュドは、にやりと笑った。
笑ったはずなのに、目の奥が熱かった。
作業台のロロは、手を止めていた。
工具を持ったまま、天井の放送機を見上げている。
「……カミュさんが、帰ってきたんだ」
「ああ。迎えに行くぞ」
「うん。行きます。でも、これだけ済ませたら」
ロロは、手元の配線を指さした。
半田ごてが、まだ熱を持っている。
ジュドは、ロロの顔をしばらく見た。
笑ってはいる。
けれど、その笑い方が、どこか薄い。
――まだ、引きずってやがるな。
それ以上は、何も聞かなかった。
「先に行ってるぞ。飯まで忘れるなよ」
「分かってるよ」
リィナも立ち上がった。
「待ってるからね」
二人の背中が、出口へ消えていく。
「行かなくてよいのかね」
「すぐ、行きます」
「ふむ。では、私は先に失礼するよ」
カロッゾも出ていくと、ロロは、もう一度工具を持ち直した。
作業を続けている時だけ、唯一、ロロの心の痛みが遠のく時間であった。
◇
格納庫の誘導灯が、滑走路のように点った。
月面の暗がりから、青い機体が、ゆっくりと降りてくる。
左肩の装甲が剥がれ、赤い損傷表示が点っていた。
それでも、翼を畳み、静かに床へ脚をつける動きは乱れていない。
蒼天だった。
待っていた人々が、息をのむ。
ジュド。ハサン。エイデン。レオナージ。
ルチルも、列の端に立っている。
リンは、いちばん前にいた。
両手を、固く握りしめている。
胸部のハッチが開いた。
最初に、カミュが姿を見せ、内側へ手を差し出した。
その手を取って、ファが出てくる。
昇降機が降りる間も、リンは動かなかった。
父の顔を、睨んでいた。
言いたいことは、山ほどあった。
何も言わずに連れていかれたこと。
戦場に、父の機体が敵として現れたこと。
ダブルゼータの腕が、飛んだこと。
どれだけ心配したか。
カミュは、娘の前で足を止めた。
「リン」
「……帰ってくるなら、連絡ぐらい」
声が、思ったよりも小さくなった。
「ずっと、待ってたんだから」
「ああ」
「母さんも連れていかれて。それで、今度は……」
言いかけて、口を閉じる。
カミュが、何か言おうとした。
戦場では、あれほど強かった男が、言葉を探していた。
何を言っても、足りない気がした。
そのとき、ファが一歩、前に出た。
「リン」
両手が、広がった。
リンの顔が、崩れた。
「……母さん」
駆け寄り、胸に顔を押しつける。
ファは、娘を抱きしめた。
背中に回した手を、何度も動かす。
「ただいま」
「遅いよ……」
「うん。遅くなったね」
カミュは、二人のそばに立っていた。
リンの肩へ伸ばしかけた手を、一度止める。
すると、母の胸に顔を埋めたまま、リンがその袖を掴んだ。
「お父さんも」
カミュの手が、娘の背に置かれた。
「ああ。帰った」
少し離れたところで、リィナが目元を拭いた。
ジュドは蒼天を見上げ、腕を組んでいた。
◇
しばらくして、カミュがこちらを向いた。
「ジュド」
「おう」
リンはまだ、父の袖を離していない。
カミュは、その手を見てから続けた。
「お前の機体を――」
「見てきたところだ」
ジュドが言った。
「腕も脚も、すっぱりやりやがって。整備の連中に、何があったと聞かれたぞ」
「すまなかった」
ジュドは、一歩近づいた。
カミュの肩を、拳で軽く押す。
「帰ってきて早々で悪いが、修理は手伝ってもらうぞ」
カミュが、顔を上げた。
「次に俺が出るときには、あれを返してもらわなきゃ困る」
「……分かった」
「それから、ありがとうよ」
ぶっきらぼうな声だった。
「残った者を頼むと言っただろう。みんな無事だぞ」
カミュは、一瞬、目を伏せた。
「ああ。……頼んだ甲斐があった」
列の端で、ルチルだけが、その言葉に目を伏せた。
ジュドは、鼻を鳴らした。
その肩が、少しだけ震えていた。
「ジュドさん、泣いてる!」
「泣いてねえ!」
リンが、泣き笑いの声を上げた。
「そのでかいのも、傷をつけてきたみたいだしな」
ジュドが、蒼天の肩を指した。
カミュは、わずかに眉を寄せる。
「帰り道で、少しな」
「少し、ねえ」
ファが、娘を抱いたまま、苦笑した。
「その話は、あとで」
「だそうだ。……まあ、いい」
ジュドは、ようやく笑った。
列の端で、ルチルが、静かに立っていた。
「お帰りなさい。ご無事で何よりです」
「留守を預けて、すまなかった」
ルチルは、小さく頭を下げた。
カミュも、軽く会釈を返した。
◇
整備場の奥では、まだ半田ごての匂いが漂っていた。
ロロは、図面の前に座ったまま、必死に何かを振り払おうと、手を動かし続けていた。
格納庫のほうから、人々のざわめきが聞こえる。
笑い声。誰かが泣いている声。
行かなければ、と思った。
けれど、あと一本、もう一本と思ううちに、手が止まらなくなっていた。
――行ったら、笑えるだろうか。
まだ、うまく笑える気がしなかった。
そのとき、背後で、足音がした。
大きくも小さくもない、静かな足音だった。
ロロは、振り向かなかった。
手元を見たまま、小さく言った。
「すみません、もう少しだけ……」
「構わん」
低い声だった。
ロロの手が、止まった。
「帰ったぞ」
そっと、顔を上げる。
カミュが、立っていた。
戦場の光の中で見た機体ではなく、疲れて、少しやつれた、一人の男が。
ロロは、工具を持ったまま、立ち上がった。
椅子が後ろへずれて、床の箱にぶつかった。
言いたい言葉が、いくつもあった。
どれも、うまく形にならなかった。
「……おかえりなさい」
やっと出たのは、それだけだった。
カミュは、頷いた。
それ以上は、何も聞かなかった。
何も、言わなかった。
ただ、ロロの肩に、手を置いた。
重くはなかった。
けれど、その温かさが、ロロの胸の奥の固いものを、少しずつ溶かしていった。
「ファが、飯の支度を始めた。リンが、手伝うと言って聞かん」
「え?」
思わず、声が出た。
「お前も来い。腹が減っただろう」
その一言で、ロロは、初めて気がついた。
自分がグラナダへ戻ってから、まだ一食もまともに食べていないことを。
ロロは、自分のお腹をさすった。
ぐう、と小さく、お腹が鳴った。
こんなになるまで食事をしていないなんて……。
――全然、断ち切れてないや。
カミュの口元が、わずかに動いた。
笑った、というほどではない。けれど、目の奥が、少しだけ和らいだ。
ロロは、頬を赤くして、小さく息を吸った。
「……はい」
工具を、作業台の上に置いた。
カチ、と小さな音がした。
その音が、思ったよりも、整備場に響いた。
◇
翌日、ダブルゼータの足元に、白衣の男が立っていた。
金色の髪を後ろへ流し、片眼鏡越しに、右肩の断面を覗いている。
手元の端末と実物を、何度も見比べていた。
「どうだ、カロッゾ」
足場の上から、レオナージが声をかけた。
「直りそうか」
「直すだけなら簡単だ」
カロッゾは、蒼天の機体を、ちらっと見て言った。
「君はあの機体にやられたんだろう?」
「ああ、そうだ」
ジュドが、腕を組んで近づいてきた。
「戦闘の勝ち負けを機体のせいにはしないが、だが、これでは圧倒的に差がありすぎる」
「ジュド君」
カロッゾは、ジュドをまじまじと見据えた。
「君はあの機体に勝ちたいのかね」
「当たり前だ!」
カロッゾは、遠い目を蒼天の機体に向け、ジュドへ語りかけた。
「私は技術屋だ。私も君と一緒で負けず嫌いでね」
「あれを作った人間がどういう者かは分からないが、あの機体には負けない自信はある」
ジュドは、カロッゾが平然と言ってのけた言葉に、魅了された。
「そ、それって……」
「私の全技術を総動員して、君のガンダムを仕上げることを約束しよう」
「お、おう」
「あのモビルスーツと決戦するときは、必ず勝たせて見せよう」
「カロッゾさん……戦わないって。味方なんだから」
カロッゾは恥ずかしくなり、咳払いをした。
「戦闘データを取るという意味だ!」
◇
アーク・ノアは、薄い色のサングラスを外し、机の上に置いた。
連邦から届いた文書の末尾を、もう一度読む。
艦長任命。
その四文字の前で、指が止まった。
「人選を間違えている」
「軍に入った時から艦長代理を務めさせられた。連邦上層はいつも無理を押し付けてきた」
向かいのレオナージが、首を振った。
「名指しです」
「私は教官だ」
「それも承知のうえで、でしょう」
アークは椅子へ背を預けた。
白髪を掻き上げ、息を吐く。
「若い者を育てろと言ったり、艦に乗れと言ったり。忙しいことだ」
横に座っていたルチルが、文書を見た。
「教育のほうは、私が引き受けます」
アークは彼女へ顔を向けた。
ルチルは、目を逸らさなかった。
「全部を一人で抱えなくても、いいと思います」
しばらく、返事がなかった。
アークは、机の文書を裏返した。
「で、どんな艦だ」
レオナージが、次の資料を開いた。
画面に、巡洋艦の輪郭が映る。
「リーンホース。新造艦です」
アークは、その艦首から艦尾まで目を走らせた。
「新造艦ではあるが、外観がずいぶん貧弱じゃないか?」
「これに、あのシステムを載せるのか」
「規模は落とします。旧計画を、そのまま造り直す資金はありません」
レオナージは、画面の隅の別図を示した。
「格納庫を含め、必要な部分は接続式で増やす。Gビットの運用も、この艦を中心に組み直す案です」
「艦のほうが、継ぎ足しに振り回されないだろうな」
「そこは、こちらの仕事です」
レオナージが答えた。
「完成したとは言いません。だから、今のうちに、艦長にも見てもらいたい」
アークは、画面を自分のほうへ寄せた。
新しい艦の輪郭が、外したサングラスの横に映る。
「乗る者は」
「今のところ、ここにいる者が中心です」
レオナージが、名を並べた。
ジュド。カミュ。ファ。リン。ハサン。エイデン。
そして、ロロとカロッゾ。
「戦うだけの艦にはしたくありません」
ルチルが、口を挟んだ。
「若い者たちが、安心して帰ってこられる場所にしたいです」
アークは、しばらく画面を見ていた。
隣に並んで艦橋に立った男は、もういない。
代わりの男を探しても、見つからない。
アークは、文書を表へ戻した。
「搭載機と、人員の一覧を出してくれ」
ルチルが、顔を上げた。
「引き受けるんですね」
「辞令は、もう出ているんだろう」
アークは、サングラスをかけ直した。
「船だけ渡されて出ろと言われても困る。乗る者の顔ぐらい、先に確かめさせてもらう」
◇
夕方の整備場に、言い合う声が戻っていた。
カミュが記録を示し、ジュドがそれに口を挟む。
リンは母の隣から離れず、リィナが笑っている。
ダブルゼータの改装作業が、日夜続いている。
蒼天の肩にも、修理のための印が残っている。
「ロロ、こっちだ」
ジュドが、手を振った。
ロロは、机の端の図面を見た。
丸め直して、棚に置く。
消せなかった文字は、紙の内側へ隠れた。
それから、小さく息を吸って、顔を上げた。
「今、行きます」
ロロは、みんなのいる方へ、歩き出した。
(つづく)
第37話「待っていた場所」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、カミュとファが帰ってきたグラナダの一日と、その翌日までを描きました。
重い戦いが続いたあとなので、あえて静かに、短めにまとめています。
リンの場面では、父と母に対して、それぞれ違う顔を見せるようにしました。
言いたいことは山ほどあるのに、うまく言葉にならない。
そんなとき、人は案外、小さな一言から崩れてしまうものだと思います。
ジュドとカミュのやり取りも、「ありがとう」を素直に言えない二人らしさが出ていれば嬉しいです。
ロロは、迎えに行くのが少し遅れました。
どうして手を止められなかったのか、その理由は本文のとおりです。
カミュの「帰ったぞ」と、ロロの「おかえりなさい」。
この二言のために、今回の話を組み立てたと言っても過言ではありません。
そのあとのお腹の音は、ロロらしい小さなオチのつもりです。
翌日の整備場では、ジュドとカロッゾの組み合わせを書くのが楽しかったです。
静かな人が、静かなまま、案外に熱いことを言う。
その勢いに、ジュドが乗せられていく様子を見ていただけたらと思います。
最後に、咳払いをしたカロッゾの気持ちも、少し想像していただければ幸いです。
そして、アークのもとに届いた任命と、新しい艦。
乗る者の顔を確かめたいという言葉が、これからの彼の立ち位置を少しだけ示しています。
その場で、一人だけ目を伏せた人がいたことも、頭の片隅に置いておいていただければ嬉しいです。
タイトルの「待っていた場所」には、
帰りを待っていた人たちと、
帰ってくる人を待っていた「場所」の、両方の意味を込めました。
誰が、誰を、どこで待っていたのか。
読み返したときに、また違って見えるかもしれません。
グラナダでの日々は、まだ続きます。
彼らが、これからどんな時間を過ごしていくのか。
次回以降も、お付き合いいただければ幸いです。
感想や応援のお言葉は、いつも執筆の大きな励みになっています。
今後とも、『GUNDAM TRIANGLE』をよろしくお願いいたします。