GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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 いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みいただき、本当にありがとうございます。

 第40話「再び、ムーン・ムーンへ」をお届けします。

 ついに40話まで来ることができました。ここまで読み続けてくださっている皆さまのおかげです。改めて、心からお礼を申し上げます。

 前回は、ムーン・ムーンで大きな事件が起こり、兄弟たちが動き出したところで幕を閉じました。続きが気になっていた方も多いと思いますが、今回は少し視点を変えて、あの人物の側から物語が始まります。

 しばらく離れていた場所へ、もう一度向かう。
 その手には、長い時間をかけて仕上げたものが抱えられています。

 今回は、機械と人との関係を、これまでとは少し違う角度から描いてみました。機械を動かすのは、ボタンでも操縦桿でもなく、乗る人そのもの。そんな仕組みに触れたとき、それぞれの人物が何を感じるのか。作者自身も書きながら、とても楽しい回になりました。

 そして、懐かしい顔ぶれと、久しぶりの再会もあります。
 言葉にできない気持ちや、言葉にしてしまいそうな気持ち。その揺れも、じっくり読んでいただけたら嬉しいです。

 賑やかな場面もあれば、静かな場面もあり、最後には――。

 詳しい中身は、あえて伏せておきます。ぜひ本編でお確かめください。

 それでは、第40話をお楽しみください


第40話 再び、ムーン・ムーンへ

 

 

 

 グラナダの港で、輸送艇への積み込みが続いていた。

 

 最後の箱を見届けると、ロロは腕に抱えたケースを持ち直した。

 中には、同じ形のヘッドギアが三つ収まっている。

 

「それも持っていくのかね」

 

 レオナージに声をかけられ、ロロが振り返る。

 

「はい。向こうの機体でも、試してみたくて」

「新しい機体一機では、足りない?」

「使えるようになれば、モンドさんたちも助かると思うんです」

 

 ロロは輸送艇を見上げた。

 格納庫には、数か月かけて仕上げた機体が、固定されていた。

 

 図面の端の「朱麗へ」という書き込みは、もう消してある。

 けれど、誰に乗ってほしくて作ったのかは、変わっていなかった。

 

「戻ってから、結果を聞かせてくれ」

「はい!」

 

 ロロが乗り込み口へ駆けていく。

 その背を見送り、カロッゾが隣へ並んだ。

 

「ロロ君に、ずいぶん持っていかれましたね」

「構わんさ。システムの権利は、こちらでいただいた」

 

 レオナージは、小さく笑った。

 

「退職金代わりだと思えば、安いものだ」

「辞めるとは、言っていませんが」

「冗談だよ。それくらい、こちらも得をしたということだ」

 

 カロッゾも口元を緩めた。

 そこへ、ジュドが大股で歩いてくる。

 

「おう、二人とも! 行ってくるぜ!」

「ジュド君」

 

 カロッゾが呼び止めた。

 視線が、格納庫の奥へ向く。

 

 ダブルゼータだった機体は、もう、かつての姿ではなかった。

 ジュドはその背を振り返り、にやりとした。

 

「おう。炎虎の調子は、ちゃんと見てくるよ」

「背中の砲は、まだ調整が済んでいません。撃たないでいただきたい」

「分かってるって」

「……本当に、お願いしますよ」

 

 ジュドは片手を上げ、そのまま艇へ乗り込んだ。

 

 やがて、輸送艇が港を離れる。

 レオナージは小さくなっていく船体を見ながら、隣へ尋ねた。

 

「大丈夫かね」

「機体は」

 

 カロッゾは、そう答えた。

 

 

     ◇

 

 

 久しぶりに降りたムーン・ムーンの港には、見慣れない土の袋が積まれていた。

 通路を狭めるように重ねられ、その陰に、槍を持った戦士が立っている。

 

 ロロが足を止めると、向こうからモンドが駆けてきた。

 

「ロロ! ジュドも来たのか!」

「おう。どうしたんだよ、この騒ぎは」

「……ちょうどいいところに帰ってきたぜ」

 

 モンドの服には油の染みがついていた。

 以前はなかった傷が、頬に一本残っている。

 

「セラさんは?」

「こっちだ。話は、会ってからにしよう」

 

 港の奥の部屋で、セラは村人たちの報告を受けていた。

 ロロを見つけると、立ち上がる。

 

「ロロさん。戻ってきてくださったのですね」

「うん。……何かあったの?」

 

 セラは一度、モンドを見た。

 それからロロたちへ、椅子を勧めた。

 

「お母様が、連れ去られました」

 

 ロロの顔から、笑みが消えた。

 

「連れ去られた?」

「ヘモス様とリナート様は取り戻しました。でも、お母様は、まだ……」

 

 セラは膝の上で手を重ねた。

 

「どこにいらっしゃるのかも、確かめられていません」

 

 ロロはジュドを見た。

 ジュドも、もう笑っていなかった。

 

「誰が、そんなことを」

「ネオ・アルツトと名乗る連中だ」

 

 モンドが答えた。

 

「昔から機械を扱ってきた奴らでな。今じゃ、モビルスーツまで持ち出してきやがる」

 

 ロロが口を開きかけたとき、外で鐘が鳴った。

 

「またか!」

 

 モンドが扉へ向かう。

 入れ違いに、戦士が飛び込んできた。

 

「港の先の通りに、敵機です! 守備隊が向かっています!」

 

 ジュドが立ち上がった。

 

「話の続きは、あとだな」

 

 

     ◇

 

 

「下がれ! その先には家がある!」

 

 ビーチャの声が、通信に響いていた。

 

 通りの向こうから、敵の機体が進んでくる。

 前を塞いだモンドのジムへ、一機が体当たりした。

 モンドが踏みとどまる。その横を、別の一機が抜けようとした。

 

 エルのジェガンが盾を差し込む。

 だが、離れた通路にも、新たな機影が現れた。

 

「そっちまで、手が回らねえ!」

 

「だったら、俺が行くぜ」

 

 聞き覚えのある声に、モンドが顔を上げた。

 

 港の方から、一機のモビルスーツが歩いてくる。

 手には、長いなぎなたを持っていた。

 

「ジュド? その機体……」

「ガッハッハッハ! やっと、炎虎のお披露目だ!」

 

 炎虎が、敵機の前へ出た。

 

「やっていいんだよな、ロロ!」

「ジュドさん、殺さないでね!」

 

 港の連絡所から、ロロの声が返る。

 続いて、セラの声も聞こえた。

 

「お願いします。あの人たちも、ムーン・ムーンの民なんです」

「……へいへい。分かったよ。壊すのは武器だけ、ってな」

 

 敵機が銃口を向け、立て続けにマシンガンをぶっ放した。

 銃口が火を噴き、轟音が通りに響き渡る。

 無数の弾丸が炎虎の胸に叩き込まれ、激しい火花と煙が機体を包んだ。

 

 その胸が、蜂の巣になったかに見えた。

 

 ジュドは、操縦席で少しだけ身を揺らした。

 画面を確かめ、口の端を上げる。

 

「おいおい。そんな武器で、俺の炎虎に傷一つでもつけられると思ったのか?」

 

 煙が薄れ、炎虎の胸があらわになる。

 その装甲には、傷一つついていなかった。

 

 炎虎のなぎなたが、低く動いた。

 銃身を払い上げ、そのまま引っかける。

 敵機が握り直す前に、銃が手からもぎ取られた。

 

「ほら、もう一つ」

 

 横から迫った敵が、斧を振り上げる。

 炎虎は柄を差し込み、相手の腕を押し返した。

 斧を持つ手が開く。落ちる前に、ジュドが蹴り飛ばした。

 

「もう一機、そっちへ行ったわよ!」

 

 通信機から、エルの声が飛んだ。

 

「見えてるって」

 

 少し離れた敵機が、長い銃を構えた。

 炎虎のバルカンが、短く鳴った。

 

 銃の前半分が砕けた。

 敵機が、壊れた武器を抱えたまま後ずさる。

 

「……今ので、そこまで壊れんのかよ」

 

 ジュドは発射の指を離した。

 

「こいつまで、ずいぶん強くしたもんだな」

 

 残った機体が、通路の曲がり角へ下がっていく。

 ジュドはそちらを見て、背中の砲の操作へ手を伸ばした。

 

「せっかくだ。ハイ・メガ――」

「ジュドさん! コロニーに穴が開いちゃう!」

 

 ジュドの手が止まった。

 

「……あはは。そうだった。おっさんも、撃つなって言ってたな」

 

 炎虎はなぎなたを肩へ担いだ。

 

「ま、今日はこれで勘弁しといてやるよ」

 

 敵機は、それ以上近づいてこなかった。

 

 通りの陰から、サルガが顔を出した。

 戦士たちを率いてここまで来たが、機体同士の間へ入ることはできなかった。

 

 その頭上で、炎虎がモンドのジムへ片手を上げた。

 

「おう、モンド。無事か」

「……お前が来てから、こっちは何もしてねえよ」

「だったら、帰ってきた祝いに、あとで一杯頼むぜ」

 

 

     ◇

 

 

 敵が引くと、港には作業の声が戻った。

 

 ロロは輸送艇の格納庫へ駆け戻った。

 運び込んだ新造機の足元に、朱麗が立っている。

 

 少し手前で、ロロは足を止めた。

 

「……久しぶり」

「ああ」

 

 朱麗はロロを見ていた。

 ロロは工具袋を抱え直し、機体を見上げる。

 

「持ってきたんだ。乗ってみてほしくて」

「俺にか」

「うん。朱麗のために作ったんだ。まだ、名前はないんだけど」

 

 朱麗が、機体の顔を見上げた。

 内側の朱麗は、何も言わなかった。

 

 ロロはケースを開き、ヘッドギアを一つ取り出した。

 

「これをつけて、自分の体を動かすんだ。機体の方が、その動きについてくる」

「操縦桿は?」

「使わないよ。……ちょっと、かがんで」

 

 朱麗が頭を下げる。

 ロロの指が髪に触れ、耳のそばを通った。

 

 近かった。

 

 留め具を合わせる指が、一度、空回りする。

 

「……ご、ごめん。もう一回」

「急がなくていい」

 

 二度目で、留め具がかちりと鳴った。

 ロロは手元を見たまま、もう一度締まり具合を確かめた。

 

「きつくない?」

「問題ない」

「よし。乗ってみよう」

 

 

     ◇

 

 

 操縦桿も、足元のペダルもなかった。

 

 中には、手足を伸ばして立てる空間が広がっていた。

 壁に沿って並ぶ小さなカメラが、その中心を取り囲んでいる。

 

 ロロは朱麗の両手首と足首にアタッチメントを留め、端末を確かめた。

 画面には、中央に立つ朱麗の全身が映っている。

 

「指まで、細かく動かしていいよ。体の動きと、機体の動きが合っているか、こっちでも見てるから」

 

 朱麗は、掌を見下ろした。

 何かを握るために出した手が、何もない空間に浮いている。

 

 足を少し開く。

 肘を曲げても、肩を回しても、ぶつかるものはなかった。

 

 ドモンは右手をゆっくりと前へ出した。

 低い駆動音とともに、機体の腕も前へ伸びる。

 

 ドモンの手が止まった。

 

 握る。開く。

 もう一度、握る。

 

 画面の端に映る機体の指が、同じように動いた。

 

「すごい……!」

 

 通信機から、ロロの弾んだ声が聞こえた。

 

「ずれがほとんどない! 朱麗、足も動かしてみて。最初は、ゆっくりね」

 

 ドモンは左足を半歩引いた。

 腰を落とし、肩の力を抜く。

 右の拳を、まっすぐに突き出した。

 

 機体が、ついてきた。

 

 拳を引き、体をひねる。

 師から叩き込まれた型を、一つずつ確かめていく。

 

 操縦桿を倒すのでも、ボタンを探すのでもない。

 自分がどう動くか。それだけを考えればよかった。

 

『師匠……?』

 

 内側の朱麗が呼んだ。

 ドモンの動きが、型の途中で止まっていた。

 

 ――この感覚は……。

 

 遠い世界で、何度も身にまとっていた感覚だった。

 自分が動けば、機体が動く。

 拳を握れば、巨大な拳が握られる。

 

 もう二度と触れることはないと、思っていた。

 

「朱麗?」

 

 ロロの声が、少し不安そうになった。

 

「どこか、変だった? 反応が強すぎる? それとも――」

「いや」

 

 ドモンは、ゆっくり息を吐いた。

 

「……よく、作ったな」

 

 通信機の向こうで、ロロが黙った。

 それから、照れたような笑い声が聞こえた。

 

「えへへ。でしょ」

 

 ロロには、何を思い出しているのかまでは分からなかった。

 端末の上で、機体と朱麗の動きが重なる。

 

『師匠。……よかったですね』

 

 ――ああ。

 

 ドモンは、もう一度構えた。

 

 

     ◇

 

 

 足場を降りてからも、朱麗は何度か手を握ったり開いたりしていた。

 ロロが工具袋を抱えて駆け寄る。

 

「どうだった? 直してほしいところがあったら言って。関節の重さとか、反応の速さとか――」

 

 朱麗の手が、ロロの肩に置かれた。

 

「これなら、俺も戦える」

 

 ロロは顔を上げた。

 朱麗は、笑っていた。

 

 片腕のジムの中で、立ち上がることもできなかった。

 相手が宇宙にいれば、自分の拳は届かなかった。

 

 その手が、今は届く。

 

 ドモンはロロを抱き寄せた。

 

「ありがとう、ロロ」

 

 ロロの体が固まった。

 工具袋が足元へ落ち、中の工具が床の上で小さく鳴る。

 

『し、師匠!?』

 

 内側の朱麗の声が裏返った。

 

 ロロは、返事ができなかった。

 頬のすぐそばに、朱麗の肩がある。

 

 帰ってきたら、機体を渡す。

 動かし方を教える。

 喜んでもらえれば、それでいい。

 

 船の中では、そう考えていた。

 

「お前が何も言わずに出て行ったから、俺は心配していたんだ」

 

 ロロの肩が、小さく震えた。

 

『……どうでもいいって』

 

 内側の声が、ぽつりとこぼれた。

 

『僕のことなんか、どうでもいいって、思われてるのかと思ってた』

 

 ドモンは返す言葉を探した。

 その前に、ロロの手が持ち上がった。

 

「違うよ、朱麗」

 

 服の背を、きゅっと掴む。

 

「嫌になったんじゃない。私は、いつだって……」

 

 顔を胸へ寄せたまま、声が途切れた。

 

 ドモンは、何か言おうとした。

 

『……師匠』

 

 内側の朱麗が、それを止めた。

 

『今だけ、何も言わないでください』

 

 ドモンは口を閉じた。

 抱きしめる腕を、緩めなかった。

 

 ロロも、それ以上は言わなかった。

 けれど、離れようともしなかった。

 

 向こうの作業場で、工具を置く音がする。

 誰かが笑い、重い箱を床へ下ろした。

 

 ロロは目を伏せた。

 諦めようとしていた気持ちが、また胸をいっぱいにしていた。

 

「調整は、うまくいっていますか?」

 

 セラの声だった。

 

 ロロが、跳ねるように離れた。

 工具袋を拾い上げ、中を覗き込む。耳まで熱かった。

 

「う、うん! すごく。ずれもほとんどなくて……ね、朱麗?」

「ああ。問題ない」

 

 朱麗は、いつもどおりの声で答えた。

 

「それは、よかったです」

 

 セラは機体を見上げ、それからロロへ向き直った。

 

「ロロさん。届けてくださって、ありがとうございます」

「……うん。まだ、調整はあるけどね。僕も、もう少しここにいるから」

「はい。その間に、ほかにも相談に乗っていただけますか」

 

 

     ◇

 

「それなら、俺からも頼む」

 

 モンドが、イーノと一緒に入ってきた。

 エルも続き、その後ろにはサルガとラセルがいる。

 

「ジュドが来てくれたから、今日は助かった。だが、ずっといてもらうわけにもいかねえだろ」

「その通りですね」

 

 セラが頷いた。

 

「まあ、確かに俺たちも、ずっとここにはいられんしな」

 

 ジュドが、入口の柱にもたれかかっていた。

 

 ロロは、その声ではっとした。

 そうだ。ジュドさんも、すぐそばにいたんだ。

 

 さっきの姿を見られていたと思うと、顔が真っ赤になった。

 工具袋を胸に抱え直し、慌てて目を伏せる。

 

 モンドは、外へ顎を向けた。

 

「数が足りねえんだ。あっちを押さえりゃ、こっちが空く。ここんところ、宇宙から来る連中も増えてるしな。俺たちの機体だけじゃ、追いつかねえ」

「整備している間は、その機体を出せませんし」

 

 イーノが言った。

 

 サルガは、新造機を見上げていた。

 

「人を集めても、あれを相手にはできん。今日も、俺たちは見ているしかなかった」

 

 ロロはケースへ目を向けた。

 

「動かしたいなら、持ってきたのがあるよ」

 

 残る二つのヘッドギアを見せる。

 

「量産型にも使えるものだから、実際に動かしてみる?」

 

「俺でも使えるものなのか」

 

 サルガは、ヘッドギアを持つロロの手を、包むように握った。

 ケースを覗き込もうとしたラセルが、慌てふためいた。

 

「これを付ければ、俺が動いたとおりに、あの機械が動くんだな?」

「うん。剣を振るみたいにね。さっき、朱麗にも試してもらったよ」

「なら、俺にも試させてくれ」

 

 モンドの口が、半分開いた。

 イーノも、思わずサルガを見た。

 

「……兄上が、機械にお乗りになるんですか」

 

 ラセルの問いに、サルガが眉を寄せた。

 

「何かおかしいか」

「いえ。機械の話には、まるで興味をお持ちでなかったので」

「今は、必要だろう」

 

 ロロは、格納庫の外に並んだ機体を見た。

 

「モンドさんのジム、借りてもいい? ヘッドギアをつないでみたいんだ」

「お、おう。構わねえけどよ……」

 

 モンドが、サルガとロロを交互に見た。

 

 ロロは工具袋を抱え、ジムの足元へ向かった。

 腕と脚のジョイント部分に、持参したアタッチメントを固定していく。

 

 機体側の端子へ配線をつなぎ、それから操縦席へ上がった。

 ヘッドギアの接続口を取り付け、端末で接続を確かめながら、機体の反応を合わせていった。

 

「よし。サルガさん、乗って」

 

 サルガが足場を上がる。

 操縦席に収まると、ヘッドギアを自分でかぶろうとして、斜めにずれた。

 

「貸して」

 

 ロロが身を乗り出し、ヘッドギアを直した。

 留め具が、一度でかちりと鳴った。

 続けて、サルガの両手首と足首にも、アタッチメントを留めていく。

 

「きつくない?」

「……問題ない」

 

 サルガは、前だけを見ていた。

 

「最初は、ゆっくりね。普段、体を動かすときと同じでいいから」

 

 

     ◇

 

 

 ジムが、輸送艇の前の広場へ出た。

 その一歩目は、ぎこちなかった。

 

 踏み出しかけた足が、途中で止まる。

 引くべきか、出すべきか。機体は、その迷いまで拾っていた。

 膝が半端に沈み、上体が前へ流れる。

 慌てて踏みとどまると、地面が鈍く鳴った。

 

「おいおい、大丈夫かよ」

 

 モンドが、半分笑いながら声をかけた。

 

「あ、そっか」

 

 ロロが、端末を覗き込んだ。

 

「迷うと、それも伝わっちゃうんだ。機械を動かそうって考えないで、いつもどおりに体を使ってみて」

 

 サルガは答えなかった。

 

 機械を動かす。

 そう考えるのを、やめた。

 

 目を閉じ、一度、長く息を吐く。

 剣を構えるときと、同じ姿勢を取った。

 

 目を開ける。

 ジムの動きが、変わった。

 

 重心が、すっと低く落ちる。

 足の運びに、無駄がなくなる。

 さっきまでの揺れが、嘘のように消えていた。

 

「……へえ」

 

 格納庫の入口にいたジュドが、身を乗り出した。

 

「モンド。試しに、一本相手してやれよ」

「は? 俺がか?」

「手加減はいらねえと思うぜ」

 

 モンドは頭をかき、エルへ振り返った。

 

「ジェガン、借りるぞ」

「壊さないでよね」

 

 モンドが操縦席へ上がる。

 

「軽くだぞ、軽く」

 

 ジェガンが、ジムへ向かって踏み込んだ。

 

 サルガは、半歩だけ横へずれた。

 伸びてきた腕を取り、相手の踏み込む力をそのまま流す。

 

 ジェガンの巨体が、地面へ組み伏せられていた。

 

 一瞬の出来事だった。

 見ていた者たちが、静まり返る。

 

「……は?」

 

 押さえつけられたまま、モンドの声が通信機から漏れた。

 

 ジュドが、口笛を吹いた。

 

「やるじゃねえか」

 

 ラセルは、何も言わなかった。

 ただ、片眼鏡を指で直した。

 

 

     ◇

 

 

 ヘッドギアを外して足場を降りてきたサルガは、自分の手を見ていた。

 

 握る。開く。

 

「……俺も、これで戦えるのか」

 

 確かめるように、拳を握り直す。

 

「うん」

 

 ロロが、嬉しそうに頷いた。

 

「いつもの動きになってからは、ぴったり合ってたよ」

 

 サルガは、ロロの顔を見た。

 それから、すぐに目を逸らした。

 

 格納庫へ戻ると、ロロはサルガからヘッドギアを受け取り、ケースへ戻した。

 

「でも、機体の数は、それじゃ増えない」

 

 ロロは、イーノへ向き直った。

 

「ここで、造ろうか」

「造るって……モビルスーツを?」

「うん。直すだけじゃなくて、新しく造れる工場にするんだ」

 

 イーノが、周りの作業場を見回した。

 

「僕たちにも、造れるかな」

「僕も手伝うよ。図面も描くし、最初の機体は、一緒に作ろう」

 

 ラセルが、一歩前へ出た。

 

「場所を探します。今の作業場を広げられるかどうかも、確かめます」

「待て。先に、セラの話を聞け」

 

 サルガに言われ、ラセルは足を止めた。

 

 皆の目が、セラへ向いた。

 

 セラは港の方を見た。

 外には、持ち場へ戻っていく戦士たちの姿がある。

 

「工場を造りましょう」

 

 セラは、皆へ顔を戻した。

 

「この村を、私たちの手で守れるように」

 

 サルガが頷いた。

 

「人手は、俺も出す」

「材料を集める方は、私が」

 

 ラセルが続けた。

 イーノは、作業台に積まれていた道具を端へ寄せる。

 

「ロロ。ここ、使えるよ」

「ありがとう」

 

 ロロは端末を置いた。

 新しい図面を開こうとして、背後を振り返る。

 

 朱麗が、機体の足元に立っていた。

 目が合うと、小さく頷いた。

 

 ロロも頷き、作業台へ向き直った。

 

「じゃあ、始めよう」

 

 

     ◇

 

 

 神殿へ戻る小道は、もう暗かった。

 

 灯りは、少し先の角に一つあるきりだ。

 ロロとセラは、並んで歩いていた。その数歩うしろを、サキとリュネがついてくる。

 

「工場の場所、明日ラセルお兄様と見て回るわ」

「うん。僕も行く。図面、今夜中に一枚は描いておくね」

 

 それきり、話が途切れた。

 

 昼間のことを、ロロは口にしなかった。

 セラも、何も聞かなかった。

 

「ロロさん」

 

 セラが、足元を見たまま言った。

 

「ロロさんが来てくれて、本当によかった」

「……うん」

 

 ロロは、それだけ答えた。

 

 角の灯りが、ふっと消えた。

 

「セラ様、下がって!」

 

 リュネが前へ飛び出した。

 

 闇の中から、黒い影がいくつも滑り出てきた。音がない。

 リュネの拳は空を切り、次の瞬間には、その体が石壁へ叩きつけられていた。

 

「リュネ!」

 

 サキが駆け寄ろうとして、腕をねじり上げられる。

 口を塞がれ、声が途切れた。

 

 影の一人が、セラの手首を掴んだ。

 

「セラは、こっちだ」

 

 低い声だった。

 

「やめて!」

 

 ロロが、その腕にしがみついた。

 

「離してよ! セラさんに、触らないで!」

「邪魔だ」

 

 腕が振り払われた。

 

 ロロの体が、宙に浮いた。

 背中から石壁にぶつかり、そのまま崩れ落ちる。

 

「ロロさん!」

 

 セラの声が、遠くで聞こえた。

 

 立てない。

 セラが連れていかれるのに、指一本、動かない。

 

 胸元で、何かが熱を持った。

 

 トライアングルペンダントが、赤く光り始めていた。

 

 ――炎が、見えた。

 

 崩れてくる梁。

 息ができないほどの煙。

 

 その向こうから、知らない男が、自分に呼びかけていた。

 

「ミリア!」

 

 その名を、ロロは知らない。

 けれど、胸の奥が、その声に応えた。

 

   *

 

 影たちが、振り返った。

 

 壁際に崩れていた少女が、ゆっくりと立ち上がっていた。

 胸元のペンダントが、赤く灯っている。

 その髪に、赤い光が、淡く重なっていた。

 

 少女は、小道を見回した。

 

 石壁の下で、呻いているリュネ。

 腕をねじ上げられ、口を塞がれたサキ。

 そして、手首を掴まれ、引きずられていくセラ。

 

 少女の目が、細くなった。

 

「……何だ、あれは」

 

 影の一人が、一歩、後ずさった。

 

 次の瞬間、その体が宙を舞っていた。

 

 何が起きたのか、誰にも見えなかった。

 投げ出された男が、地面を転がって動かなくなる。

 

 セラの手首を掴んでいた影が、短剣を抜いた。

 その腕が振り上がるより早く、少女はもう、男の懐にいた。

 

 手首を返す。

 短剣が落ちる。

 男の体が、セラから引き剥がされ、石畳へ叩きつけられた。

 

 少女は、セラの前に立った。

 

「ロロ、さん……?」

 

 ミリアは、背を向けたまま、残った影たちを見回した。

 

「あんたたち」

 

 声に、殺気がこもっていた。

 

「女の子に手を出すなんて、最低だね」

 

 

                         (つづく)





 第40話「再び、ムーン・ムーンへ」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 今回は、ロロが新しい機体を抱えて、ムーン・ムーンへ帰ってくる回でした。

 まずは、ジュドと炎虎のお披露目。
 「やっと、炎虎のお披露目だ!」と意気込んだものの、ロロとセラに「殺さないで」と止められ、なぎなた一本で手加減しながら敵を退ける形になりました。マシンガンの雨を浴びても傷一つつかない装甲、軽く撃っただけで武器を砕くバルカン。それでも本人にとっては、まだまだ本気の「ほ」の字も出していない相手です。
 ハイ・メガ・キャノンを撃とうとして止められ、「おっさんも、撃つなって言ってたな」と頭をかく姿も含めて、ジュドらしさを楽しんでいただけたなら嬉しいです。炎虎が本当の力を見せるのは、もう少し先のお楽しみとさせてください。

 そして、今回いちばん描きたかったのが、新しい機体の調整の場面です。

 操縦桿のない、体の動きそのものが伝わる機体。
 ロロにとっては、技術者として積み重ねてきたものの成果でした。けれど、乗り込んだ朱麗にとっては、それだけではありませんでした。
 型の途中で動きが止まり、「……よく、作ったな」とだけ口にする。その一言に込められたものを、ロロはまだ知りません。

 「これなら、俺も戦える」

 生身では届かなかった場所へ、ようやく手が届く。その喜びのまま、朱麗はロロを抱き寄せました。
 感謝の抱擁のつもりでも、受け取る側の胸の内はまた別です。諦めかけていた気持ちが、もう一度動き出してしまったロロ。そして、内側で『今だけ、何も言わないでください』と師匠を止めた、もう一人の朱麗。同じ一瞬が、それぞれにとってまったく違う意味を持つ。この作品ならではの場面になったと思います。

 また今回は、サルガにも大きな見せ場がありました。
 機械にはまるで興味のなかったはずの彼が、ロロの持ってきたヘッドギアには真っ先に手を伸ばす。……その理由は、読者の皆さまのご想像にお任せします(笑)。
 最初は迷いまで機体に伝わってしまい、うまく動けなかったサルガ。けれど、「機械を動かす」と考えるのをやめ、剣を構えるときと同じ姿勢を取った瞬間、すべてが変わりました。体で積み重ねてきた経験は、乗り物が変わっても嘘をつきません。
 「……俺も、これで戦えるのか」
 見ているしかなかった男が、ようやく戦う手段を手に入れた瞬間でした。

 朱麗の「これなら、俺も戦える」と、サルガの「俺も、これで戦えるのか」。似ているようで、少しだけ違う二つの言葉を、ぜひ並べて味わってみてください。

 ムーン・ムーンは、自分たちの手で村を守るため、工場を造るという大きな一歩を踏み出しました。機械を禁じてきた村が、これからどう変わっていくのか。そこにも注目していただけたら嬉しいです。

 そして、最後の場面。

 夜の小道で、セラを狙った襲撃。
 何もできずに倒れたロロの胸元で、トライアングルペンダントが、赤く光りました。

 炎の記憶。自分を呼ぶ、知らない声。
 立ち上がった彼女は、もう、それまでのロロではありませんでした。

 「女の子に手を出すなんて、最低だね」

 題名の「再び、ムーン・ムーンへ」には、ロロがもう一度この地へ戻ってきたことと、離れていた気持ちがもう一度この場所へ向かい始めたこと、その両方の意味を込めています。けれど、ムーン・ムーンへ戻ってきたのは、ロロだけではなかったのかもしれません。

 赤い光をまとった少女は、何者なのか。
 セラは、サキとリュネは、その姿をどう受け止めるのか。

 次回も、どうぞよろしくお願いいたします。
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