いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みいただき、本当にありがとうございます。
第42話「アルツトの民」をお届けします。
前回は、ある少女の思いがけない一面が次々と明らかになり、ムーン・ムーンがにぎやかに揺れた一日でした。今回はその翌朝から物語が始まります。
昨日と今日で、同じ人なのに、まるで話がかみ合わない。周りの人たちが覚えていることと、本人が覚えていること。その食い違いから、朝いちばんの小さな騒動が起こります。肩の力を抜いて、くすっと笑っていただけたら嬉しいです。
そして今回は、しばらく続いてきたある出来事にも、大きな動きがあります。
剣や機体で押し切るのではなく、向き合って言葉を交わすことで、何が変わるのか。正しさが一つではない場所で、それぞれが何を守ろうとしているのか。作者としても、いつも以上に丁寧に書きたいと思った回です。
詳しい中身は、あえて伏せておきます。ぜひ本編でお確かめください。
それでは、第42話をお楽しみください。
戸を叩く音で、ロロは目を覚ました。
「……はあい」
返事をすると、戸が開いた。
「起きたか」
朱麗だった。
ロロは、寝台の上で固まった。
髪を直そうと、布団から手を出す。その手首を、朱麗が掴んだ。
「今日こそは、教えてもらうぞ」
「え……しゅ、朱麗?」
「なあ、いい加減教えてくれ」
朱麗の顔が、すぐそばにあった。
「朝っぱらから、いきなりどうしたの?」
「昨日、あれだけ……」
「き、昨日?」
手首を掴まれたまま、ロロは目を泳がせた。
腕を抜くどころか、布団を握るもう片方の手にも、力が入っている。
「ちょっと、待って。近い……」
朱麗の手が緩んだ。
ロロは起き上がろうとした。
「いたたっ!」
肩から背中へ、痛みが走った。
足を動かすと、今度は腿がつるように痛む。
「何これ。なんで、体中……」
「ロロ、危ない!」
寝台から落ちそうになったロロを、朱麗が背後から抱きしめた。
支えた朱麗の手が、その胸に当たっていた。
ロロは、ますます顔を赤くした。
『師匠……いつものロロさんです』
ドモンは、ロロの顔を見た。
『それより師匠、胸、胸!』
ドモンは、慌てて手を離した。
「すまない、ロロ。そんなことより、昨日のことを……」
「いいから、朱麗、出てって!」
ドモンは、慌てて部屋を出ていった。
ロロは、まだ熱い頬に手を当てた。
それから、そっと足を床へ下ろす。
「……いたぁ」
立ち上がるだけで、ひと苦労だった。
◇
ロロが広間へ来ると、サルガが振り返った。
「ロロ。昨日は、見事だった」
「……何が?」
「また相手を頼む。ただし、今日は休め。歩き方がおかしいぞ」
「相手って、何の?」
サルガは、首を傾げた。
「昨日のお前は、ものすごかったぞ。俺にとっても有意義だった」
「え? すごかったって、一体……」
ロロは、一体昨日何があったのか、想像するだけで恥ずかしくなってしまった。
隣で、ラセルが紙をまとめている。
「工場の図面も、今日は難しそうですね」
「図面……あっ、そうだ。描かなくちゃ」
「昨日は、寝てしまって描けなかったと伺いましたが」
「寝てたの? 相手をしてたの? 僕、どっち?」
「ロロさん。何を勘違いしているんですか」
「あ、やだ、あははは。僕、一体何を言ってるんだろう」
ロロは、恥ずかしそうに頬を押さえた。
ラセルは、ほんのりと顔を赤くした。
冷静さを保とうと、片眼鏡を直す。
「……一体、何を言っているんだか」
「ロロさん」
振り返ると、セラが立っていた。
「おはようございます、セラさん」
セラは、まばたきを一つした。
「……おはようございます」
「セラさん、どうしたの? ぽかんとして」
「今日は、セラちゃんとは呼んでくれないんですね」
「え、セラちゃんって……」
セラが寂しそうに立ち去る姿を、ロロは眺めていた。
◇
古水路の奥にある倉には、荷箱が積み上がっていた。
蓋を開けた箱の中に、小さな歯車や、機械につなぐ管が並んでいる。
若い男が、一つを取り出して卓へ置いた。
「いつもの品だ。数も揃えてある」
向かいの商人は品物を手に取り、裏返した。
だが、帳面を開こうとはしなかった。
「……この値段では、もう引き取れない」
壁際の椅子で、サラサが顔を上げた。
膝には薄い掛け物があり、そばに水の椀が置かれている。
顔の半分を布で覆った男が、商人の前へ出た。
「これまでは、この値で買っていたはずだ」
「そうだ。だが、あれから港の値がまた下がった」
「なら、数を減らしてもいい。半分だけでも」
「数の問題ではないんだ」
商人は、管を卓へ戻した。
「我々メディシンも、長くおたくと取引してきた。こちらしか品物を仕入れられなかった頃は、ずいぶん助けてもらった」
「それが今は、要らんというのか」
「港へ行けば、もっと安く手に入る。品もいい。前に買った機械に、そのまま合う部品まで揃っている」
若い男が、卓へ手をついた。
「こっちだって、悪い物は作っていない」
「分かっている。だが、同じ金を出すなら、客は向こうを選ぶ」
覆面の男が、低く言った。
「いくらなら買う」
「港と同じ値なら、何とか――」
「材料代も出んぞ」
商人は答えなかった。
倉の奥で、手を止めた者たちがこちらを見ていた。
削りかけの部品が、作業台の上に残っている。
「……残念だが、今回は見送らせてもらう」
商人が帳面を鞄へしまった。
「セラ様の側と取引しなければ、今度は我々が食っていけなくなる。こちらにも、暮らしていかなきゃならん者がいるんだ」
若い男が何か言いかけた。
覆面の男が、片手で止める。
「もういい。帰れ」
商人は頭を下げ、倉を出ていった。
空の荷車が、外で軋んだ。
誰も、後を追わなかった。
「……前は、あんなに欲しがっていたのに」
若い男が、管を箱へ戻した。
覆面の男は、閉じた戸を見ていた。
「この箱は、どれも売るための物なのですか」
サラサが尋ねた。
男が振り返る。
「ああ。そこの分は、前の便でも残った」
「こちらも?」
「その前だ」
サラサは、倉の奥へ目を向けた。
積まれた箱の脇には、人が一人通れるほどの隙間しかなかった。
「機械を使ってよいと言われても、これでは、暮らせませんね」
「やっと、分かったか」
男の声が、倉に響いた。
「港には、毎日のように船が来る。あんたたちの村は、さぞ暮らしがよくなっただろうな」
サラサは膝の上で手を重ねたまま、黙っていた。
若い男が、覆面の男へ近づく。
「次の材料は、どうする。これが売れなければ――」
「分かっている」
返事は短かった。
サラサは二人を見た。
やがて男が、戸口の部下を呼んだ。
「使いを出す。村の者も、集めさせろ」
それから、サラサへ向き直る。
「話してもらうぞ。今度こそ、皆の前でだ」
◇
昼を過ぎて、神殿に一人の男が来た。
剣は持っていなかった。
差し出した書状を、衛兵がセラのもとへ運んだ。
セラは、最後に添えられた文字を見つめた。
――セラ。来てください。私からも、話があります。
「お母様の字です」
リナートが、セラの肩越しに書状を見た。
サルガも、黙って顔を寄せる。
日が傾く頃、古水路の外の荷卸し場へ。
サラサを連れて出る。
村の者を集め、昔の掟について答えよ。
「モビルスーツは近づけるな、か」
サルガが、書状の一節を読んだ。
「ラセル。どう見る」
「お母様を連れて、人目のある場所へ出てくる。こちらの話を聞く気が、どれほどあるかは分かりませんが……」
ラセルは、セラを見た。
「私は、行きます」
セラが言った。
「お母様には、必ず帰ってきていただきます」
リナートが、短く頷いた。
「私も行こう」
「では、護衛は俺がまとめる」
サルガが書状をラセルへ返した。
「クガナ。道を空けておけ。人が集まっても、押し合いにならんようにな」
「分かりました」
戸口で話を聞いていたヘモスが、前へ出た。
「俺も、連れていってくれ」
「ヘモス殿」
「あいつとは、まだ話の途中だ」
セラは、ヘモスの顔を見て頷いた。
朱麗が戸口を離れた。
ロロも、椅子からゆっくり立ち上がる。
「僕も行くよ」
「歩けるのか」
「ゆっくりなら」
◇
荷卸し場には、村から来た者と、古水路の里の者が集まっていた。
空いた荷台へ腰を下ろす者。
腕を組んで立つ者。
相手の顔を見つけても、声をかけずに目を伏せる者もいた。
人の間から、サラサが姿を見せた。
覆面の男と、二人の部下が付き添っている。
その手に縄はなかったが、男たちは脇を離れなかった。
若い男が椅子を運んできて、サラサを座らせた。
「お母様!」
セラが一歩、前へ出た。
サラサは、その声に顔を上げた。
少し痩せた頬に、笑みが浮かぶ。
「セラ」
リナートも前へ進みかけた。
男の部下が、腰の剣へ手をかける。
「抜くな」
覆面の男が言った。
サルガも、後ろの戦士たちへ片手を上げた。
荷卸し場が、静まった。
「皆、聞いてくれ」
男が、人々へ向き直った。
「俺たちは、機械を使ったために、掟を破る者だと言われた。村を汚すと言われた。それが今は、港で誰でも機械を動かしている」
里の者たちが、顔を上げる。
「では、俺たちは何なんだ。掟が変われば、昔のことは忘れろというのか」
「忘れてよいことではありません」
サラサが答えた。
「掟を変えたのは私です。けれど、罰せられた方々が、その後どう暮らしているのか、確かめてきませんでした」
「今さら、頭を下げられてもな」
人垣から、声が上がった。
「品物は売れん。仕事もない。どうやって食っていけと言うんだ」
「港には、あれだけ物があるのによ」
セラは、声のした方を見た。
サラサが、セラへ向き直った。
「今日、メディシンの商人が来ました。倉には品物が揃っていたのに、一つも持って帰りませんでした」
「……買い取らなかったのですか」
「港で、もっと安く、よい物が手に入るからだそうです」
セラは、覆面の男を見た。
男は否定しなかった。
「セラ。この方たちの腕を、工場で生かすことはできませんか」
ラセルが顔を上げた。
サラサは続けた。
「機械を直し、部品を作る手は、村でも必要なはずです。売る物が変わっても、その腕まで要らなくなるわけではありません」
セラは、少し考えてから頷いた。
「はい。港の作業場を広げて、モビルスーツも造れる工場にする計画を進めています」
人々の間に、ざわめきが広がった。
覆面の男が、口を開いた。
「仕事を与えれば、昔のことは済むと思っているのか」
セラは、男を見た。
「いいえ。昔の処罰については、一人ずつ記録を調べ直します」
「調べて、どうする」
「機械を使ったことだけで罪とされたのなら、その処罰を取り消します。記録も改めます」
男の後ろで、誰かが息をのんだ。
「ただし、機械を使ったことと、人を傷つけたことは分けます。何があったのか、皆さんからも聞かせてもらいます」
「本当に、変えるのか」
先ほど声を上げた男が、尋ねた。
「昔の帳面を直して、それで終わりじゃないだろうな」
「村の皆さんにも、改めたことを知らせます。あなた方を罪人として扱い続けることは、認めません」
セラは、人々を見渡した。
「それから、里の代表にも、村の話し合いに加わっていただきます。決まったことだけを、後から知らされるままにはしません」
覆面の男が、低く言った。
「……また都合が変われば、追い出すのではないか」
「ここにいる皆さんの前で、お約束します」
セラは、目を逸らさなかった。
「この場の言葉を、私だけのものにはしません。皆さんにも、覚えていていただきます」
風が、人々の間を抜けた。
男のそばにいた若い者が、サラサを見た。
それから、覆面の男の顔を窺う。
ヘモスが、ゆっくり前へ出た。
「俺は、この話を聞いてみたい」
男が、ヘモスへ目を向ける。
「お前たちは、どうする」
誰も、すぐには答えなかった。
覆面の男は、後ろを振り返った。
倉で品物を箱へ戻していた若い男が、そこにいた。
その手には、削りくずのついた布が握られている。
「……もう、隠れて作らなくていいのか」
若い男が言った。
セラは頷いた。
「はい」
覆面の男は、長く息を吐いた。
サラサの脇に立っていた部下へ、手で下がるよう示す。
男たちが、道を空けた。
「……帰ってくれ」
サラサが男を見る。
「あなたも、最後まで話を聞いてくださいね」
「ああ」
セラが駆け寄った。
サラサの手を取り、リナートと二人で立ち上がるのを支える。
「お母様……」
「待たせましたね」
セラは首を振った。
握った手を、すぐには離せなかった。
リナートが、サラサの肩へ自分の上着を掛けた。
「帰りましょう」
「ええ。もう少しだけ、待ってください」
サラサは、覆面の男へ顔を戻した。
◇
男は、セラたちの前へ進み出た。
「話は、まだ終わっていない」
サルガが、男を見た。
男は腰の短剣を、鞘ごと外した。
地面へ置き、そこから一歩離れる。
「この人をさらえと命じたのは、俺だ。あんたを狙わせたのも、俺だ」
セラは、サラサの手をリナートへ預けた。
「罰を受けるのは、俺だ。仲間には――」
「もちろんです」
セラが、言葉を継いだ。
「あなたには、犯した罪を償ってもらいます」
若い男が、前へ出た。
「待ってくれ! 俺だって、言われたからやっただけじゃない!」
「俺もだ。全部、この人に押しつけるな!」
二人、三人と、男のそばへ出てくる。
覆面の男が振り返った。
「下がれ。お前たちは――」
「下がるかよ」
若い男は、動かなかった。
セラは、一人ずつ顔を見た。
「あなた方のしたことも、確かめます。誰か一人が代わりに背負えば済むことではありません」
男たちが、口を閉じた。
セラは、覆面の男へ向き直る。
「あなたには、新しい工場で、働く者たちをまとめる責任者を命じます」
男の目が、わずかに開いた。
「……工場?」
「機械を造り、直し、この村の暮らしを支えるために働きなさい。それを、あなたへの罰とします」
荷卸し場のあちこちで、囁く声がした。
セラは、男の後ろにも目を向けた。
「あなた方にも、それぞれの働きで償ってもらいます」
覆面の男は、セラを見つめていた。
「人を預かる責任は重大です。投げ出すことは許しません」
セラが、一歩近づいた。
「その責任を、最後まで果たせますか」
男は、ゆっくりと顔の布へ手をかけた。
結び目をほどく。
露わになった口元を、固く結んだ。
男の目は、涙でいっぱいだった。
「……もちろんです」
セラは頷いた。
「あなたの名前を、聞かせてください」
「ガレス」
男は答えた。
「ガレスと申します」
その後ろで、若い男が腰の武器を外した。
ほかの者も、それに続く。
「里に残った者にも伝えろ。もう、村を襲うな。機体も動かすな」
ガレスが言うと、部下の一人が頷き、里への道を走っていった。
ガレスは、サラサとリナートへ向き直った。
「あなた方にしたことは、言い訳のしようもない。……すまなかった」
深く、頭を下げる。
サルガが戦士たちへ目を向けた。
「帰りの道を空けろ。母上を、神殿へお連れする」
クガナが頷き、人々へ声をかけ始めた。
ロロは、人の間を通って、セラのそばへ来た。
「工場、忙しくなるね」
「はい」
セラは笑いかけたが、すぐにサラサへ顔を戻した。
「お母様。帰りましょう」
サラサが頷く。
その手を握ったまま、セラは歩き出した。
リナートが、反対側からサラサを支える。
ガレスは、その背中を見送っていた。
手には、外した布が残っていた。
◇
「ガレスさん、起きて! 朝だよ!」
宿舎の戸が、勢いよく開いた。
ガレスは、寝台の上で目を開けた。
紙の束を抱えたロロが、戸口に立っている。
「……こんな朝早くからか」
「責任者でしょ。工場を造るんだから、やることはいっぱいあるよ」
ガレスは、ゆっくり体を起こした。
「分かった。支度をする」
「急いでね。みんな、もう食堂に来てるよ」
ロロは出ていきかけて、振り返った。
「働かざる者、食うべからず、だよ!」
ガレスは閉まった戸を見た。
それから、寝台の脇に揃えられた靴へ手を伸ばした。
*
食堂では、ガレスについてきた仲間たちが、長い卓を囲んでいた。
皿を手に席へ戻る者もいれば、熱い汁物をふうふう吹いている者もいる。
ガレスに気づいた若い男が、隣の椅子を引いた。
「ガレスさん、こっちだ」
その向かいで、イーノも手を上げた。
「こちらです。食事も、用意してありますよ」
椅子を引きかけたガレスの手が止まった。
厚く切られたパン。
湯気の立つ汁物。
肉と野菜を盛った皿まで、卓の上に並んでいる。
「……これが、朝飯か」
里では、残った食料を皆で分けていた。
腹が満ちるより先に、皿が空になる日が続いていた。
「遠慮しないで。みんなの分も、ちゃんとあるから」
ロロが、パンの皿を寄せた。
「食べ終わったら、早速、工場を造るのを手伝ってもらうからね」
ガレスは腰を下ろした。
「これを、全部食っていいのか」
「足りなければ、おかわりもありますよ」
イーノが答えた。
「……じゃあ、俺も、もう一杯もらってくる」
向かいの男が、空になった椀を持って立ち上がった。
ガレスはそれを見送り、パンをちぎった。
一口食べて、しばらく黙る。
その隣で、ロロが紙の束を広げた。
「それでね。昨日、見てきた場所なんだけど、ここを――」
「ロロ。図面は、食事が終わってから」
「でも、ちょっとだけ」
「早く食べてって、言ったばかりだろう?」
ロロは口を閉じた。
広げかけた紙を、渋々まとめる。
ガレスの口元が、少し緩んだ。
「……描き上げたなら、早く見せたくもなる」
「でしょ!」
ロロが、すぐに顔を上げた。
ガレスは、汁物の椀を引き寄せた。
「だが、食わせろ。話は、それからだ」
イーノが笑った。
食事をしていた仲間たちも、顔を見合わせて笑う。
ロロは紙を抱えたまま、隣の椅子へ腰を下ろす。
ガレスは椀に口をつけた。
温かい汁が、空いた腹へ落ちていく。
食べ終えたら、仕事が待っている。
顔を上げれば、その話をしたくて待ちきれない者がいる。
「……分かった。すぐに食う」
ガレスは、もう一口、パンをちぎった。
(つづく)
第42話「アルツトの民」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、ネオ・アルツトに捕らわれていたサラサが、ようやく帰ってくる回でした。
まずは、朝のロロ。
一晩眠って、いつもの「僕」のロロに戻った彼女には、前日の記憶がありません。そこへ「昨日の続きだ」と押しかけてくる朱麗。昨日なら、するりと抜けたはずの手首。抱きとめられて真っ赤になるロロと、内側で慌てる本来の朱麗。そして、ひとりだけ「そんなことより」と昨日の話を続けようとするドモン。三人の温度差を、楽しんでいただけたなら嬉しいです。
サルガの「昨日のお前は、ものすごかったぞ」に、ロロがいったい何を想像したのかは……読者の皆さまのご想像にお任せします(笑)。
そして、セラの「今日は、セラちゃんとは呼んでくれないんですね」。昨日のミリアと過ごした時間を、セラはちゃんと覚えています。
一方、ネオ・アルツトの倉では、静かな場面がありました。
長い付き合いのメディシンの商人が、品物を一つも持ち帰らずに去っていく。腕が悪いわけではありません。港が開き、もっと安くて良い品が外から入ってくるようになった。それだけのことで、隠れて機械を扱い、暮らしを支えてきた人たちの仕事がなくなっていく。
商人も、自分たちが生きていくために断っています。誰か一人が悪者なのではなく、村が良くなっていく流れの中で、取り残される人が出てしまう。その姿を、捕らわれていたサラサが目の前で見ることになりました。
そして、題名にもなった「皆の前で」。
第39話で、覆面の男は「次は、皆の前でだ」と言い残して去りました。そのときの「皆の前で」は、罪を突きつけ、責めるための場所でした。
けれど今回、荷卸し場に集まった人々の前で、セラは約束を語ります。機械を使ったことと、人を傷つけたことを分けること。一人ずつ記録を見直すこと。これからは里の人にも村の話し合いに加わってもらうこと。
「この場の言葉を、私だけのものにはしません。皆さんにも、覚えていていただきます」
責めるための場所が、約束を残すための場所に変わる。この回でいちばん描きたかったのは、そこでした。
「……もう、隠れて作らなくていいのか」
若い男のこの一言に、ネオ・アルツトの人たちが本当に求めていたものが詰まっていたように思います。
覆面の男に、セラは罰を言い渡しました。牢に入れるのではなく、工場で働く者たちをまとめる責任者として、村の暮らしを支えること。
「その責任を、最後まで果たせますか」
覆面を外し、涙をこらえて「もちろんです」と答えた男は、ここで初めて、ガレスという名前を名乗りました。
ガレスの新しい一日は、さっそくロロに叩き起こされるところから始まります(笑)。
冒頭で朱麗に起こされて振り回されたロロが、最後は人を起こして振り回す側になる。そして、温かい朝食を前にしたガレスの姿に、新しい暮らしの始まりを感じていただけたら幸いです。
サラサは帰ってきて、ネオ・アルツトとの争いには、ひとまず区切りがつきました。けれど、記録の見直しも、工場づくりも、まだ始まったばかりです。
ロロがやっと描き上げた工場の図面には、何が描かれているのか。
ガレスたちと村の人々は、本当に一緒に働いていけるのか。
そして、朱麗がまだ聞けずにいる「昨日のこと」は――。
次回も、どうぞよろしくお願いいたします。