いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みいただき、本当にありがとうございます。
第45話「蒼天の選択」をお届けします。
前回は、ロロ陣営の新しい艦、リーンホースのお披露目の回でした。小さな艦と、そこに集まった人たちを気に入っていただけたなら、とても嬉しいです。
今回は、そのリーンホースが、いよいよ初めての戦場へ向かいます。
待っているのは、《暁》と、拿捕されたゼネラル・レビル。そして、カミュがよく知るあの男です。
題名のとおり、今回はカミュが、ひとつの選択をする回です。
何を選ぶのか。なぜ、それを選ぶのか。書きながら、作者自身も何度も立ち止まった場面です。
新しい艦と新しい機体の戦いぶりも、たっぷり詰め込みました。メカの好きな方にも、人物の好きな方にも、楽しんでいただけたら嬉しいです。
詳しい中身は、あえて伏せておきます。ぜひ本編でお確かめください。
それでは、第45話をお楽しみください。
ゼネラル・レビルの格納庫で、ヤザンは振り返った。
自分の機体を収めても、まだ奥がある。
天井を走るクレーンが、隣の区画へ消えていった。
「でけえな。部屋へ帰るだけで、日が暮れそうだ」
「迷ったら呼べ」
ガランが、機体の膝についた傷を見上げていた。
「迎えには行ってやる」
「笑いに来るだけだろうが」
足元を、弾薬の台車が通っていく。
二人とも壁へ寄った。
作業員たちは、まだこの艦のどこへ何を置くかも決めきれていなかった。
《暁》から移す荷は、山ほどあった。
機体。交換部品。食料。治療の途中の兵士。
船を一隻手に入れただけでは、すぐに自分たちの家にはならない。
艦橋では、ナナイが通路図を開いていた。
その向こうで、連邦の操舵手が席につき、背後には武装した見張りが立っている。
「機関室への人員配置は、済んだのか」
クワトロが聞いた。
「ええ。こちらの整備員をつけています。ただ、操艦には、まだ彼らの手が要ります」
ナナイは、別の画面へ目を移した。
横を進む《暁》の格納口から、また一艇、荷を積んだ連絡艇が離れた。
「シュウ様。そちらは」
「あと少しだ」
《暁》へ戻っていたシュウが答えた。
最後に残した兵と荷を、自分の目で確かめてから移るつもりだった。
「操艦に要る者以外は、次の艇へ乗せる。機体で出られる者は、自力でそちらへ行かせる」
「では、ご自身も次の艇に」
「分かっている」
回線を閉じ、シュウは格納庫を見渡した。
カゲロウの横で、古いモビルスーツの足元に兵たちが集まっていた。
肩には、黄色い塗装が少し残っている。
「シュウ様。向こうへ行ったら、こいつの部品も頼めますか」
一人が、機体の肘を叩いた。
「前から、動きが遅れるんです」
「整備員には言ったのか」
「後回しでいいと。ほかにも、壊れた機体がありますから」
シュウは、傷だらけの腕を見上げた。
「あとで、その遅れの分だけ敵に待ってもらえるのか」
兵が、口をつぐんだ。
「向こうへ着いたら、修理してもらえ」
「はい」
照れたように笑った、その顔を赤い灯が照らした。
警報だった。
◇
「前方に艦影。モビルスーツも接近しています!」
《暁》の艦橋から届いた映像に、白い艦が映った。
連邦の戦艦にしては、なんとも不格好な戦艦だった。
「まるで重戦車だな。さながらチャリオットか」
シュウが、画面を拡大させる。
白いモビルスーツ。その脇を進む、もう一機。
さらに上方で、青い翼が開いた。
シュウの目が、細くなった。
「……蒼天」
艦からの呼びかけが、回線へ入ってきた。
「こちらリーンホース。両艦は機関を停止し、武装を解除せよ」
ナナイが、すぐに別回線を開いた。
「シュウ様。ゼネラル・レビルの砲は、まだこちらの者だけでは扱えません。迎撃に出せる機体も、補給の途中です」
シュウは、二隻の位置を見た。
大きな艦は、まだ向きを変えている。
今、止められれば、逃げ出すことさえ難しくなる。
「そちらは進め。《暁》を間へ入れる」
「こちらへお戻りください」
「移乗する艇まで撃たせるつもりか」
シュウは、格納庫の奥へ歩き出した。
「残った機体は出るぞ。艦が離れるまで、敵を近づけるな」
兵たちが、昇降機へ駆けた。
「ナナイ。先へ行け。追いつく」
返事を待たず、カゲロウの胸へ上がった。
*
「《暁》、こちらへ向きを変えます。発進口、開放!」
アークは、正面の画面を見ていた。
小さな光が、艦腹から続けて飛び出してくる。
その後ろで、巨大な旗艦が艦尾を向け始めた。
「一隻で、こちらを止める気か」
艦橋の床へ、低い振動が伝わった。
「キャリッジ、ブライドル、接続部に異常ありません。全艦、戦闘配置」
「よし。前へ出ろ」
アークが、肘掛けから身を起こした。
「各機、敵の前衛を押し返せ。ゼネラル・レビルへの射撃は禁ずる。まだ連邦の乗員が残っている可能性がある」
画面の中で、敵の砲口が瞬いた。
「来るぞ!」
《暁》の主砲が火を噴き、光が艦首の先を横切った。
三隻をつないだ艦が、わずかに腹を見せて旋回する。
返す砲火が、その上下へ伸びていった。
◇
ハサンの正面に、盾を構えた敵のモビルスーツが迫った。
敵は二機。横に並び、それぞれが盾で機体の前を守っている。
盾の脇からライフルを突き出し、ハサンへ撃ってきた。
「ハサン。正面から撃ち合うな。俺が横へ回る」
エイデンのヘビーガンが、横へ滑った。
撃ち出された弾が散り、盾の外側へ回り込む。
一機がそちらへ向き直った。
「今だ」
ガンダムXのライフルが、火を噴いた。
ビームが、盾を突き破った。
その後ろの肩まで一息に貫き、敵機の背後へ突き抜けていく。
肩から腕がちぎれ、機体が大きく回り、爆発した。
「え……一発で?」
ハサンの指が、引き金から離れた。
今までのライフルなら、盾に受け止められていた。
それが、機体ごと撃ち抜いてしまった。
手持ちのビームライフルも、かなり強力だから気をつけてくれ。
カロッゾの声が、頭によみがえった。
「これが……」
「見ている暇はない!」
もう一機が、爆発の陰からサーベルを振りかざしてきた。
ハサンは刃をかわし、敵の腕を斬り落とした。
続くヘビーガンの射撃が胴を貫き、その機体も爆発した。
「止まるな。次が来るぞ!」
「はい!」
二機を倒しても、敵は次々に押し寄せてきた。
エイデンがミサイルで敵の列を崩し、ハサンがビームライフルで撃ち抜いていく。
斬りかかってきた敵には、サーベルを振るった。
ガンダムXとヘビーガンが並んで進む先で、敵機が次々と爆発した。
*
「敵のモビルスーツが、左右から回り込んできます」
ルチルが、アークへ知らせた。
「敵を、この艦へ近づけるな」
「はい」
ルチルはGビットを左右に分け、迎撃に向かわせた。
Gビットの一斉射撃が、近づく敵機を次々に撃ち落としていく。
敵が逃げようとすると、上からも別のGビットが撃ちかけた。
敵のモビルスーツは、リーンホースへ近づけなかった。
その奥で、《暁》の主砲がリーンホースを狙った。
ルチルは、ビームが来るのを感じ取った。
「艦長、右へ避けてください!」
「右へ回避!」
アークの命令で、リーンホースが右へ向きを変えた。
直後、《暁》の主砲から放たれたビームが、ブライドルの上をかすめた。
ルチルは、艦のそばに残していたGビットを《暁》へ向かわせた。
Gビットが狙いをそろえて撃ち、砲塔を一基、吹き飛ばした。
「助かった。続けられるか」
「もちろんです。……あっ!」
ルチルが、はっと顔を上げた。
「何かが来ます。速い……これは……」
赤い巨体が、退く味方の間を抜けた。
シュウは、正面のGビットを撃った。
避けた先へ、別の機体が入る。
そちらへ向けた銃口を戻すと、最初の一機が、もう横から狙っていた。
「これも、持ち出したか」
カゲロウが盾を上げた。
敵のビームが装甲の縁を焼く。
シュウは、撃ってきた相手を追わなかった。
「散るな。二機ずつ組め。前を塞ぐ相手だけ狙え」
左右の兵が頷いた。
カゲロウの射撃に合わせ、一方が撃ち、もう一方がその先へ進む。
Gビットの一機が、弾を避けきれなかった。
肩を砕かれ、列からはじき出される。
そこへ、赤い機体が飛び込んだ。
ルチルは、息を止めた。
振り返らせたGビットのライフルを、トマホークが斬り飛ばした。
返す柄が胴を押し、その機体が後ろの一機へぶつかる。
「あの敵は、我が艦を狙っているというのか」
アークの前で、敵の印が近づいた。
カゲロウが、リーンホースを射撃できる距離まで迫った。
シュウは、艦橋へライフルを向けた。
撃てる。そう思った瞬間、目の前に青い翼が割り込んだ。
「ここで君か。神は、よほど俺たちを引き合わせたいらしい」
「悪趣味な神だ」
カミュは、まんざらでもない笑顔で答えた。
カゲロウは《暁》のそばへ退いた。蒼天は追わず、リーンホースの前を守った。
奥で、《暁》の砲がまた火を噴いた。
艦そのものが、モビルスーツの戦列へ近づいてきていた。
◇
「進路を変えません。このまま来ます!」
リーンホースの艦橋で、報告が重なった。
避けたビームが、格納庫の外側をかすめる。
足元が跳ね、ルチルは座席の肘掛けを掴んだ。
「ジョイント部分は」
「異常なし。キャリッジ外装に被弾、内部は無事です」
アークは、こちらへ艦首を向ける《暁》を見た。
後方のゼネラル・レビルとは、すでに距離が開いていた。
「主砲、目標《暁》。撃て」
リーンホースの艦首から、砲撃が伸びた。
《暁》の船体が、ぐらりと傾く。
古い艦とは思えない速さで横へ滑り、砲撃はその艦腹のわずか外を抜けていった。
「外れました! 敵艦、なおも接近!」
「……読まれているな」
二射目も、三射目も同じだった。
《暁》は撃たれる寸前に向きを変え、こちらの砲が届かない角度から、また艦首を向けてくる。
「司令部へつなげ」
「回線、つながりました。エヴァンズ副官です」
通信の画面が開いた。
エヴァンズの背後では、負傷した兵を乗せた担架が運ばれていた。
「司令部、こちらリーンホース。敵艦は二隻。うち一隻が、こちらへ前進してきます」
「沈められるか」
「本艦の通常の武装では、困難です」
短い間があった。
「……ならば、サテライトキャノンを撃ちたまえ」
アークは、画面の男を見た。
「よろしいのですか。まだ、一度も試射を行っておりません」
「実戦で試験をしておるのだろう」
エヴァンズの声は、低かった。
「あの一団を、これ以上放っておくわけにはいかん。四の五の言わずに、撃つのだ」
通信が切れた。
アークは、しばらく何も映っていない画面を見ていた。
それから、機体への回線を開いた。
「ハサン。サテライトキャノン、使用を許可する。目標、《暁》」
ハサンは、背中の装備を示す表示を見た。
赤かった文字が、切り替わっていく。
「……了解」
ガンダムXが、後ろへ下がった。
ヘビーガンが近づき、ガンダムXの肩へ手を置いた。
接触回線から、エイデンの声が聞こえた。
「ハサン、どうした」
「発射命令が下りました。サテライトキャノンを撃ちます」
「準備に、どれぐらいかかる」
「三十秒です」
「分かった。その間、俺が敵を牽制する」
「お願いします!」
ヘビーガンが手を離し、ガンダムXの前へ出た。
ハサンは、背中の装備を操作した。
四枚のリフレクターが、ゆっくりと開く。
背中に、Xができた。
月から伸びる光を受け、パネルの表面が輝き始めた。
肩の上へ、長い砲身が起き上がる。
シュウの視線が、そちらへ動いた。
「あれは……」
月面。開いた板。白い機体へ集まる光。
頭の中で、ばらばらだったものがつながった。
「《暁》、回頭しろ! 艦首を外せ!」
シュウは、カゲロウの推力を上げた。
「あの白い機体を狙え!」
シュウの命令で、敵のモビルスーツ二機がガンダムXへ突進した。
エイデンはヘビーガンを二機の前へ出し、ライフルで一機を撃ち落とした。
もう一機がその脇を抜け、発射準備中のガンダムXへ迫る。
「そちらへは、行かせません」
ルチルがGビットを向かわせた。
Gビットは敵機を左右から挟んで撃ち、ガンダムXへ近づく前に撃墜した。
「助かる、ルチルさん!」
エイデンは、再びヘビーガンをガンダムXの前へ戻した。
ルチルもGビットを周囲に並べ、次の敵に備えた。
「ハサン。あなたの前は、空けておきます」
ハサンは、照準の先を見た。
《暁》の横腹が、少しずつ見え始めている。
まだ砲は撃っていた。
《暁》のそばでは、赤いカゲロウと、護衛のモビルスーツが飛び交っていた。
送られてくるエネルギーが、機体の中へ満ちていく。
操縦桿を握った指に、細かな振動が伝わった。
ハサンが報告した。
「マイクロウェーブ充電率100%」
アークが、正面を見据えた。
「味方、射線から退避。――撃て!」
ハサンは、引き金を引いた。
*
白くなった。
《暁》の艦首が、光の中へ入った。
船体を横へ向ける、その途中だった。
砲塔も、甲板も、格納口の赤い灯も、同じ白さに塗りつぶされていく。
「シュウ様、肘が――」
声が切れた。
シュウは、操縦桿を引き倒した。
避ける先で、仲間の機体が消えた。
カゲロウは盾を構えたが、光に触れた盾の半分が、一瞬で溶け落ちた。
赤い巨体が、横へ弾かれた。
シュウの肩を、ベルトがえぐった。
画面が揺れ、星が何度も回った。
ゼネラル・レビルの艦橋で、ナナイが立ち上がった。
味方の表示が、一度に消えていた。
《暁》の名も、そのそばにいた機体も。
「シュウ様」
呼びかけた回線には、雑音しか返らない。
「カゲロウ。応答してください」
ナナイは、別の回線へ切り替えた。
指が同じ場所を二度押した。
「《暁》、位置を報告。……誰でもいい、応答を」
明るさの戻った画面に、船の形はなかった。
灼けた破片が、細かく散っていた。
ナナイの口が、わずかに開いた。
次の命令が、出てこなかった。
「ナナイ」
クワトロが、その肩へ手を置いた。
「まだ、何も分かっていない。探そう」
彼女は、画面を見たまま頷いた。
格納庫への回線が、急に開いた。
「ヤザン、出るぞ!」
「補給が終わっていません!」
「飛べるだけありゃいい!」
ガランの声が続いた。
「俺も行く。受け入れる場所を、空けておいてくれ」
クワトロが、管制員へ向き直った。
「二機を出せ。ミランダは艦の護衛へ。捜索に出た者が戻るまで、この艦を沈めるな」
◇
ハサンは、引き金から指を離していた。
照準は、まだ同じ場所にあった。
そこを埋めていた艦が、いなかった。
端末の数字が下がっていく。
それだけが、いつもどおりに動いていた。
艦橋では、管制員が戦況を報告していた。
「サテライトキャノン、命中。《暁》の艦影は消失しました」
アークが頷いた。
「分かった。ガンダムXは補給のため帰艦させろ。エイデン、ハサンを連れて戻れ」
「ハサン」
エイデンの声がした。
「聞こえるか」
「……はい」
「帰艦する。俺についてこい」
ハサンは、手元を見た。
何を操作するのか、一瞬、分からなくなった。
「ハサン」
「はい。戻ります」
ハサンはリフレクターを閉じ、砲身を背中へ戻した。
ガンダムXが、ヘビーガンの後を追ってリーンホースへ向かう。
「ガンダムX、ヘビーガン、帰艦します」
エイデンが告げ、二機は甲板へ降りた。
開いた格納口へ進み、キャリッジの格納庫に収まる。
固定具が脚を押さえても、ハサンはすぐには操縦桿から手を離せなかった。
艦橋では、ルチルが胸元へ手を当てていた。
機体の位置は分かる。
Gビットも、ハサンも、エイデンも。
それなのに、さっきまで感じていた幾つものものが、途切れていた。
息を吐いても、胸の奥が詰まったままだった。
「ルチル君」
アークが振り返っていた。
「さっきまで、あそこに人がいたのが……分かるんです」
ルチルは、操作盤へ手を戻した。
傷ついたGビットを、一機ずつ艦へ戻していく。
誰も乗っていない機体は、呼べば、すぐに帰ってきた。
◇
シュウは、警報を止めた。
左腕は動く。脚も、まだ動く。
盾の残りは、肘の下へ溶けついていた。
《暁》の回線を呼び出した。
返事はなかった。
シュウは、顔を上げた。
はるか先に、ゼネラル・レビルの灯が見えた。
その向こうへ、月の白い縁が続いている。
「……まずいな」
あれは、ブラッド・レイそのものだ。
シュウは、あの白い機体に恐怖を覚えた。
その機体が入っていったリーンホースへ、目を向ける。
次の標的は、ナナイの乗る戦艦か。それとも……。
「動ける者。返事をしろ」
雑音のあとに、声が二つ返った。
片方は、ひどく息が荒かった。
「シュウ様……《暁》が」
「見えている」
「これから、あの新造戦艦へ特攻を仕掛ける。お前たちの命をくれ」
「シュウ様……」
「あの艦だけは、絶対に沈めなければいけない」
「……了解」
シュウはライフルを持ち上げた。
「俺が前へ出る。両側から続け」
カゲロウが、噴射の尾を引いた。
二つの光が、その左右を追った。
*
「敵のモビルスーツ三機、本艦へ急速接近!」
リーンホースの艦橋で、管制員が叫んだ。
画面には、まっすぐ艦へ迫る赤い機体と、その左右を飛ぶ二機が映っていた。
「なぜ、敵のモビルスーツに気づかなかったんだ」
アークが、管制員を振り返った。
「すみません!」
「こちら蒼天。大丈夫だ。俺一機で十分だ」
カミュは、赤いモビルスーツと、その左右を飛ぶ二機のモビルスーツを見つけた。
「あれか」
青い翼が、三機の進路へ割り込んだ。
シュウの右側のモビルスーツが援護射撃をする。
蒼天が斜めに飛び、ビームの列を抜けてくる。
長い柄が、敵機のライフルを跳ね上げた。
続けて青白い刃が、肩から胴へ走った。
機体が折れた。
もう一機が、蒼天の背へ迫る。
振り返るより早く、翼が噴射した。
青い機体の向きが反転し、薙いだ刃が敵の腰を抜けた。
二つ目の爆発が、カゲロウの画面を照らした。
「また君か、カミュ」
赤い巨体が、光の中から突き出した。
◇
トマホークが、偃月刀へ叩きつけられた。
衝撃に、蒼天の腕が沈む。
カゲロウは止まらなかった。
肩をぶつけ、刃を押しつけたまま、青い機体を後ろへ運ぶ。
カミュの背が、座席へ食い込んだ。
「そこをどけ!」
「どこへ行く」
「あの艦を沈める。二度目は撃たせん!」
カゲロウの噴射が、さらに伸びた。
偃月刀の柄が軋む。
「その先には、俺の仲間がいる」
「俺の後ろにもいる!」
蒼天の翼が、大きく開いた。
押されていた機体が、突然、下へ沈む。
カゲロウが前へつんのめった。
刃が離れた、その隙間へ、偃月刀の石突きが跳ね上がった。
赤い胸の装甲を打つ。
「ぐっ!」
シュウの歯が鳴った。
だが、後ろへは引かなかった。
カゲロウの胸が、光った。
至近距離から、拡散メガ粒子砲が広がった。
蒼天が身をひねる。光の端が肩を削り、背中の翼に火花が散った。
青い機体が、回転しながら離れた。
シュウは追い撃ちをしなかった。
空いた道へ、機体を突っ込ませる。
「行かせん!」
頭上から、長い刃が落ちてきた。
カゲロウが腕を上げる。
トマホークの根元で受けた衝撃が、手首から肩へ突き抜けた。
二機が、もつれたまま横へ飛んだ。
目の前を、《暁》の外板が回りながら流れていく。
シュウは、その板を蹴った。
巨大な破片が、蒼天へぶつかる。
カミュが刃を引き、切り払った。
二つに裂けた板の向こうへ、赤い機体が消えた。
ライフルの光が来た。
蒼天の脇腹をかすめ、装甲が細く剥がれる。
カミュが機体を引く。その先にも、次の一発が待っていた。
偃月刀を立てた。
光が柄の端を焼き、両腕へ衝撃が走った。
「……まだ、やるか」
カミュは、散る破片の奥を見た。
シュウの指が、三度目の引き金を引いた。
カゲロウも、同時に動いていた。
射撃を追い越すように、斜め上へ。
蒼天が身を避ける、その反対側から抜ける。
だが、青い翼は下がらなかった。
加速した。
放たれたビームのすぐ脇を、青い機体が突き上がってくる。
シュウがトマホークを返すより先に、偃月刀が左から右へ抜けた。
ライフルを握った腕が、肩から消えた。
赤い機体の中で、警報が鳴った。
シュウは片腕だけで機体を振り、トマホークを横へ叩きつけた。
蒼天が受けた。
今度は、動かなかった。
「……大した機体に、なったものだ」
シュウが、息の間から言った。
「本当に悪趣味な神様だ」
「そこは同じ意見だな」
カミュが、柄を握り直した。
シュウの口元が、一瞬だけ動いた。
次には、カゲロウが全身をぶつけていた。
残った腕で刃を押さえ、膝を腹へ入れる。
蒼天の上体が折れた。
赤い肩が、その顔へ迫る。
カミュは、押し返さなかった。
偃月刀を引き、機体を横へ流した。
空振りになったトマホークが、宇宙を裂いた。
長い刃が、下から返る。
右腕が飛んだ。
シュウが脚の噴射を踏み込む。その二本の脚を、続く一閃が断った。
赤い巨体が、前へ流れた。
腕も脚も、ついてこなかった。
切断された脚の付け根から、細い炎が噴き出していた。
警報だけが、鳴り続けていた。
シュウは、動かなくなった操縦桿を握っていた。
画面の向こうに、蒼天が立っている。
斬り落とされた自分の腕が、二機の間をゆっくりと回っていった。
シュウは、操縦桿から手を離した。
「お前に撃たれるのなら、悪くないかもしれんな」
カミュの手が止まった。
通信の中で、シュウが小さく息を吐いた。
目を閉じた。
背中で、爆発した。
カゲロウの赤い胴が、内側から跳ね上がった。
画面が消える。
座席ごと身体が押し上げられ、シュウの頭が背へ打ちつけられた。
自動脱出の表示が、一瞬だけ灯った。
◇
カミュは、腕を伸ばした。
爆発の中から、小さな球が飛び出していた。
偃月刀を離す。
蒼天の指が、球の縁を掴んだ。
勢いに引かれ、青い機体が半回転した。
翼を噴かし、両手で包み込む。
止まった。
手の中で、赤い灯が点滅していた。
カミュは、近距離の回線を開いた。
「シュウ。聞こえるか」
返事はなかった。
短い雑音のあと、かすかな息遣いが聞こえた。
接近警報。
カミュが顔を上げた。
黒い機体と、重い砲を抱えた機体が、破片の間を抜けてくる。
「カミュ!」
ヤザンの声だった。
黒い機体が、武器を持ち上げかけた。
「待て、ヤザン。手を見ろ」
ガランが、その前へ腕を出した。
蒼天は、動かなかった。
両手の中にあるものを、二人へ向けた。
黒い機体が、急に減速した。
「……大将か」
カミュは頷いた。
「生きている」
ヤザンの機体が、握っていた武器を放した。
長い得物が、二機の横を流れていく。
ガランの機体も、砲を手から離した。
二機が、空になった両手を開いて見せた。
「……武器は捨てた。そいつを返せ」
カミュの目に、フォン・ブラウンの格納庫がよみがえった。
隣にはファがいた。
帰る先があり、乗って帰る機体まであった。
蒼天の識別番号を、全軍へ通達しろ。
あの日、帰ると告げた自分を、この男は止めなかった。
カミュは、両腕を前へ出した。
「連れて帰れ」
ヤザンは、答えなかった。
「聞こえなかったか」
「……聞こえてる」
空いた両手が、ゆっくりと伸びてきた。
蒼天の指が開く。
球が、黒い機体の手へ移った。
「落とすなよ」
「誰に言ってやがる」
ヤザンの声が、少しだけ震えた。
抱えたポッドを胸へ寄せ、その灯を確かめる。
それから、蒼天を見上げた。
「お前、一体どういうつもりだ」
カミュは、空になった手を見た。
「これで、借りは返した」
ヤザンは、それ以上何も聞かなかった。
本当に聞いてほしい相手は、まだ目を覚ましていなかった。
「行け」
ガランが、黒い機体の背へ手を添えた。
二機が向きを変える。
カミュは、遠ざかる噴射を追わなかった。
◇
「カゲロウ、撃破。もう、動くことはない」
リーンホースへ、カミュの報告が届いた。
「操縦者は」
アークが聞いた。
回線が、わずかに静かになった。
「……機体は、もう動かない」
アークは、画面から目を離さなかった。
しばらく、何も言わなかった。
「司令部へ報告。敵首領機と思われる赤い機体、撃破」
通信士が、短く返事をした。
「蒼天、帰投しろ。Gビットも収容する」
管制員が、別の表示を拡大した。
「ゼネラル・レビル、離れていきます。追撃しますか」
「追わん。乗員を巻き込んで沈めるために来たのではない」
アークは、ルチルを振り返った。
「蒼天の着艦を誘導してくれ。Gビットの収容も急ぐ」
「はい」
Gビットが艦首の前を離れ、傷のついた蒼天へ着艦の道を空けた。
*
「ナナイ。聞こえるか」
ヤザンの声に、ナナイが顔を上げた。
「聞こえます」
「見つけた」
ナナイの指が、操作盤の上で止まった。
「大将は、生きてる。医者を呼んでおけ」
声を出そうとして、息だけが漏れた。
卓の端を掴む。
クワトロが、すぐそばに立っていた。
「ナナイ」
彼女は一度、深く息を吸った。
「第一格納庫へ。医療班は、収容位置で待機してください」
声は戻った。
卓を掴んだ手は、まだ離せなかった。
ポッドが格納庫の台へ下ろされたとき、ナナイはもうそこにいた。
整備員が、外装の留め具を外している。
ヤザンは機体を降り、足場から飛び下りた。
「開くか」
「あと少しです。……開きます!」
丸い蓋が浮いた。
中で、シュウが目を開けた。
ぼやけた視界へ、幾つもの顔が入ってくる。
「……艦は」
「無事です」
医療班がベルトを外した。
身体を起こそうとして、シュウは顔をしかめる。
肩へ、ヤザンの手が置かれた。
「じっとしてろ」
シュウは、ようやくその顔を見た。
「お前が、拾ったのか」
「受け取った」
ヤザンは、格納口の向こうへ目をやった。
「カミュからな」
シュウの目が、少し開いた。
しばらく、そのままヤザンを見ていた。
「……そうか」
身を預け直し、天井を見上げる。
見慣れた《暁》の天井ではなかった。
ナナイが、医療班へ道を空けた。
担架が動き始める。
「借りは返した、とよ」
ヤザンが、背中へ声を投げた。
シュウは、顔を横へ向けた。
開いた格納口から、遠い星が見えていた。
「……律儀な男だ」
目を閉じても、青い翼が残っていた。
(つづく)
第45話「蒼天の選択」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、リーンホースの初陣と、シュウとカミュの再会の回でした。
シュウたちは、拿捕したゼネラル・レビルへの引っ越しの真っ最中。そこへ、リーンホースが追いついてきます。
シュウは「まるで重戦車だな。さながらチャリオットか」とつぶやきました。三隻が合体したあの姿を、敵の側から見るとこう映る。作者としても、書いていて楽しい一言でした。
ハサンのガンダムX、エイデンのヘビーガン、そしてルチルの操るGビット。
前回は名前だけだった新しい力が、今回は戦場で一気に動き出しました。
そして、カミュとシュウ。
「ここで君か。神は、よほど俺たちを引き合わせたいらしい」
「悪趣味な神だ」
敵同士として向き合いながら、カミュの顔には、どこか再会を喜ぶような表情が浮かびます。この二人の間にあるものは、敵と味方という言葉だけでは、なかなか割り切れません。
後半、エヴァンズの命令で、ついにサテライトキャノンが放たれました。
「四の五の言わずに、撃つのだ」
まだ一度も試射をしていない兵器を、いきなり実戦で使う。その光の先にあったものを、ハサンはこれから先も忘れないはずです。
そして、カミュの選択。
手足を失い、もう戦えなくなったカゲロウ。その中から放り出された脱出ポッドを、カミュは受け止めました。
「これで、借りは返した」
三国志がお好きな方は、どこかで見た場面だと思っていただけたでしょうか。
カミュが司令部へ送った報告は、「赤い機体、撃破」。嘘ではありません。けれど、すべてでもありません。
そのことを、アークは何も言わずに見送りました。艦長が何を思っていたのかは、読者の皆さんの想像にお任せします。
ヤザンの「……武器は捨てた。そいつを返せ」も、ぜひ心に留めておいてください。荒っぽい男ですが、守りたいものは、ちゃんと分かっている人です。
ラストで、シュウは「……律儀な男だ」とつぶやきます。
目を閉じても残っていた青い翼。シュウにとって、カミュはどんな存在なのか――。
《暁》を失い、多くの仲間を失ったシュウたちは、これからどこへ向かうのか。
次回も、どうぞよろしくお願いいたします。