GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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 いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みいただき、本当にありがとうございます。

 第45話「蒼天の選択」をお届けします。

 前回は、ロロ陣営の新しい艦、リーンホースのお披露目の回でした。小さな艦と、そこに集まった人たちを気に入っていただけたなら、とても嬉しいです。

 今回は、そのリーンホースが、いよいよ初めての戦場へ向かいます。
 待っているのは、《暁》と、拿捕されたゼネラル・レビル。そして、カミュがよく知るあの男です。

 題名のとおり、今回はカミュが、ひとつの選択をする回です。
 何を選ぶのか。なぜ、それを選ぶのか。書きながら、作者自身も何度も立ち止まった場面です。

 新しい艦と新しい機体の戦いぶりも、たっぷり詰め込みました。メカの好きな方にも、人物の好きな方にも、楽しんでいただけたら嬉しいです。

 詳しい中身は、あえて伏せておきます。ぜひ本編でお確かめください。

 それでは、第45話をお楽しみください。



第45話 蒼天の選択

 

 

 

 ゼネラル・レビルの格納庫で、ヤザンは振り返った。

 

 自分の機体を収めても、まだ奥がある。

 天井を走るクレーンが、隣の区画へ消えていった。

 

「でけえな。部屋へ帰るだけで、日が暮れそうだ」

「迷ったら呼べ」

 

 ガランが、機体の膝についた傷を見上げていた。

 

「迎えには行ってやる」

「笑いに来るだけだろうが」

 

 足元を、弾薬の台車が通っていく。

 二人とも壁へ寄った。

 作業員たちは、まだこの艦のどこへ何を置くかも決めきれていなかった。

 

 《暁》から移す荷は、山ほどあった。

 機体。交換部品。食料。治療の途中の兵士。

 船を一隻手に入れただけでは、すぐに自分たちの家にはならない。

 

 

 艦橋では、ナナイが通路図を開いていた。

 その向こうで、連邦の操舵手が席につき、背後には武装した見張りが立っている。

 

「機関室への人員配置は、済んだのか」

 

 クワトロが聞いた。

 

「ええ。こちらの整備員をつけています。ただ、操艦には、まだ彼らの手が要ります」

 

 ナナイは、別の画面へ目を移した。

 横を進む《暁》の格納口から、また一艇、荷を積んだ連絡艇が離れた。

 

「シュウ様。そちらは」

「あと少しだ」

 

 《暁》へ戻っていたシュウが答えた。

 最後に残した兵と荷を、自分の目で確かめてから移るつもりだった。

 

「操艦に要る者以外は、次の艇へ乗せる。機体で出られる者は、自力でそちらへ行かせる」

「では、ご自身も次の艇に」

「分かっている」

 

 回線を閉じ、シュウは格納庫を見渡した。

 カゲロウの横で、古いモビルスーツの足元に兵たちが集まっていた。

 肩には、黄色い塗装が少し残っている。

 

「シュウ様。向こうへ行ったら、こいつの部品も頼めますか」

 

 一人が、機体の肘を叩いた。

 

「前から、動きが遅れるんです」

「整備員には言ったのか」

「後回しでいいと。ほかにも、壊れた機体がありますから」

 

 シュウは、傷だらけの腕を見上げた。

 

「あとで、その遅れの分だけ敵に待ってもらえるのか」

 

 兵が、口をつぐんだ。

 

「向こうへ着いたら、修理してもらえ」

「はい」

 

 照れたように笑った、その顔を赤い灯が照らした。

 

 警報だった。

 

 

     ◇

 

 

「前方に艦影。モビルスーツも接近しています!」

 

 《暁》の艦橋から届いた映像に、白い艦が映った。

 連邦の戦艦にしては、なんとも不格好な戦艦だった。

 

「まるで重戦車だな。さながらチャリオットか」

 

 シュウが、画面を拡大させる。

 白いモビルスーツ。その脇を進む、もう一機。

 さらに上方で、青い翼が開いた。

 

 シュウの目が、細くなった。

 

「……蒼天」

 

 艦からの呼びかけが、回線へ入ってきた。

 

「こちらリーンホース。両艦は機関を停止し、武装を解除せよ」

 

 ナナイが、すぐに別回線を開いた。

 

「シュウ様。ゼネラル・レビルの砲は、まだこちらの者だけでは扱えません。迎撃に出せる機体も、補給の途中です」

 

 シュウは、二隻の位置を見た。

 大きな艦は、まだ向きを変えている。

 今、止められれば、逃げ出すことさえ難しくなる。

 

「そちらは進め。《暁》を間へ入れる」

「こちらへお戻りください」

「移乗する艇まで撃たせるつもりか」

 

 シュウは、格納庫の奥へ歩き出した。

 

「残った機体は出るぞ。艦が離れるまで、敵を近づけるな」

 

 兵たちが、昇降機へ駆けた。

 

「ナナイ。先へ行け。追いつく」

 

 返事を待たず、カゲロウの胸へ上がった。

 

 

     *

 

 

「《暁》、こちらへ向きを変えます。発進口、開放!」

 

 アークは、正面の画面を見ていた。

 小さな光が、艦腹から続けて飛び出してくる。

 その後ろで、巨大な旗艦が艦尾を向け始めた。

 

「一隻で、こちらを止める気か」

 

 艦橋の床へ、低い振動が伝わった。

 

「キャリッジ、ブライドル、接続部に異常ありません。全艦、戦闘配置」

「よし。前へ出ろ」

 

 アークが、肘掛けから身を起こした。

 

「各機、敵の前衛を押し返せ。ゼネラル・レビルへの射撃は禁ずる。まだ連邦の乗員が残っている可能性がある」

 

 画面の中で、敵の砲口が瞬いた。

 

「来るぞ!」

 

 《暁》の主砲が火を噴き、光が艦首の先を横切った。

 三隻をつないだ艦が、わずかに腹を見せて旋回する。

 返す砲火が、その上下へ伸びていった。

 

 

     ◇

 

 

 ハサンの正面に、盾を構えた敵のモビルスーツが迫った。

 

 敵は二機。横に並び、それぞれが盾で機体の前を守っている。

 盾の脇からライフルを突き出し、ハサンへ撃ってきた。

 

「ハサン。正面から撃ち合うな。俺が横へ回る」

 

 エイデンのヘビーガンが、横へ滑った。

 撃ち出された弾が散り、盾の外側へ回り込む。

 一機がそちらへ向き直った。

 

「今だ」

 

 ガンダムXのライフルが、火を噴いた。

 

 ビームが、盾を突き破った。

 その後ろの肩まで一息に貫き、敵機の背後へ突き抜けていく。

 肩から腕がちぎれ、機体が大きく回り、爆発した。

 

「え……一発で?」

 

 ハサンの指が、引き金から離れた。

 今までのライフルなら、盾に受け止められていた。

 それが、機体ごと撃ち抜いてしまった。

 

 手持ちのビームライフルも、かなり強力だから気をつけてくれ。

 

 カロッゾの声が、頭によみがえった。

 

「これが……」

 

「見ている暇はない!」

 

 もう一機が、爆発の陰からサーベルを振りかざしてきた。

 ハサンは刃をかわし、敵の腕を斬り落とした。

 続くヘビーガンの射撃が胴を貫き、その機体も爆発した。

 

「止まるな。次が来るぞ!」

「はい!」

 

 二機を倒しても、敵は次々に押し寄せてきた。

 エイデンがミサイルで敵の列を崩し、ハサンがビームライフルで撃ち抜いていく。

 斬りかかってきた敵には、サーベルを振るった。

 ガンダムXとヘビーガンが並んで進む先で、敵機が次々と爆発した。

 

 

     *

 

 

「敵のモビルスーツが、左右から回り込んできます」

 

 ルチルが、アークへ知らせた。

 

「敵を、この艦へ近づけるな」

「はい」

 

 ルチルはGビットを左右に分け、迎撃に向かわせた。

 Gビットの一斉射撃が、近づく敵機を次々に撃ち落としていく。

 敵が逃げようとすると、上からも別のGビットが撃ちかけた。

 敵のモビルスーツは、リーンホースへ近づけなかった。

 

 その奥で、《暁》の主砲がリーンホースを狙った。

 ルチルは、ビームが来るのを感じ取った。

 

「艦長、右へ避けてください!」

「右へ回避!」

 

 アークの命令で、リーンホースが右へ向きを変えた。

 直後、《暁》の主砲から放たれたビームが、ブライドルの上をかすめた。

 

 ルチルは、艦のそばに残していたGビットを《暁》へ向かわせた。

 Gビットが狙いをそろえて撃ち、砲塔を一基、吹き飛ばした。

 

「助かった。続けられるか」

「もちろんです。……あっ!」

 

 ルチルが、はっと顔を上げた。

 

「何かが来ます。速い……これは……」

 

 

 赤い巨体が、退く味方の間を抜けた。

 

 シュウは、正面のGビットを撃った。

 避けた先へ、別の機体が入る。

 そちらへ向けた銃口を戻すと、最初の一機が、もう横から狙っていた。

 

「これも、持ち出したか」

 

 カゲロウが盾を上げた。

 敵のビームが装甲の縁を焼く。

 シュウは、撃ってきた相手を追わなかった。

 

「散るな。二機ずつ組め。前を塞ぐ相手だけ狙え」

 

 左右の兵が頷いた。

 カゲロウの射撃に合わせ、一方が撃ち、もう一方がその先へ進む。

 

 Gビットの一機が、弾を避けきれなかった。

 肩を砕かれ、列からはじき出される。

 

 そこへ、赤い機体が飛び込んだ。

 

 ルチルは、息を止めた。

 振り返らせたGビットのライフルを、トマホークが斬り飛ばした。

 返す柄が胴を押し、その機体が後ろの一機へぶつかる。

 

「あの敵は、我が艦を狙っているというのか」

 

 アークの前で、敵の印が近づいた。

 

 カゲロウが、リーンホースを射撃できる距離まで迫った。

 シュウは、艦橋へライフルを向けた。

 

 撃てる。そう思った瞬間、目の前に青い翼が割り込んだ。

 

「ここで君か。神は、よほど俺たちを引き合わせたいらしい」

「悪趣味な神だ」

 

 カミュは、まんざらでもない笑顔で答えた。

 カゲロウは《暁》のそばへ退いた。蒼天は追わず、リーンホースの前を守った。

 

 奥で、《暁》の砲がまた火を噴いた。

 艦そのものが、モビルスーツの戦列へ近づいてきていた。

 

 

     ◇

 

 

「進路を変えません。このまま来ます!」

 

 リーンホースの艦橋で、報告が重なった。

 避けたビームが、格納庫の外側をかすめる。

 足元が跳ね、ルチルは座席の肘掛けを掴んだ。

 

「ジョイント部分は」

「異常なし。キャリッジ外装に被弾、内部は無事です」

 

 アークは、こちらへ艦首を向ける《暁》を見た。

 後方のゼネラル・レビルとは、すでに距離が開いていた。

 

「主砲、目標《暁》。撃て」

 

 リーンホースの艦首から、砲撃が伸びた。

 《暁》の船体が、ぐらりと傾く。

 古い艦とは思えない速さで横へ滑り、砲撃はその艦腹のわずか外を抜けていった。

 

「外れました! 敵艦、なおも接近!」

「……読まれているな」

 

 二射目も、三射目も同じだった。

 《暁》は撃たれる寸前に向きを変え、こちらの砲が届かない角度から、また艦首を向けてくる。

 

「司令部へつなげ」

「回線、つながりました。エヴァンズ副官です」

 

 通信の画面が開いた。

 エヴァンズの背後では、負傷した兵を乗せた担架が運ばれていた。

 

「司令部、こちらリーンホース。敵艦は二隻。うち一隻が、こちらへ前進してきます」

「沈められるか」

「本艦の通常の武装では、困難です」

 

 短い間があった。

 

「……ならば、サテライトキャノンを撃ちたまえ」

 

 アークは、画面の男を見た。

 

「よろしいのですか。まだ、一度も試射を行っておりません」

「実戦で試験をしておるのだろう」

 

 エヴァンズの声は、低かった。

 

「あの一団を、これ以上放っておくわけにはいかん。四の五の言わずに、撃つのだ」

 

 通信が切れた。

 

 アークは、しばらく何も映っていない画面を見ていた。

 それから、機体への回線を開いた。

 

「ハサン。サテライトキャノン、使用を許可する。目標、《暁》」

 

 

 ハサンは、背中の装備を示す表示を見た。

 赤かった文字が、切り替わっていく。

 

「……了解」

 

 ガンダムXが、後ろへ下がった。

 ヘビーガンが近づき、ガンダムXの肩へ手を置いた。

 接触回線から、エイデンの声が聞こえた。

 

「ハサン、どうした」

「発射命令が下りました。サテライトキャノンを撃ちます」

「準備に、どれぐらいかかる」

「三十秒です」

「分かった。その間、俺が敵を牽制する」

「お願いします!」

 

 ヘビーガンが手を離し、ガンダムXの前へ出た。

 ハサンは、背中の装備を操作した。

 四枚のリフレクターが、ゆっくりと開く。

 

 背中に、Xができた。

 

 月から伸びる光を受け、パネルの表面が輝き始めた。

 肩の上へ、長い砲身が起き上がる。

 

 シュウの視線が、そちらへ動いた。

 

「あれは……」

 

 月面。開いた板。白い機体へ集まる光。

 頭の中で、ばらばらだったものがつながった。

 

「《暁》、回頭しろ! 艦首を外せ!」

 

 シュウは、カゲロウの推力を上げた。

 

「あの白い機体を狙え!」

 

 シュウの命令で、敵のモビルスーツ二機がガンダムXへ突進した。

 エイデンはヘビーガンを二機の前へ出し、ライフルで一機を撃ち落とした。

 もう一機がその脇を抜け、発射準備中のガンダムXへ迫る。

 

「そちらへは、行かせません」

 

 ルチルがGビットを向かわせた。

 Gビットは敵機を左右から挟んで撃ち、ガンダムXへ近づく前に撃墜した。

 

「助かる、ルチルさん!」

 

 エイデンは、再びヘビーガンをガンダムXの前へ戻した。

 ルチルもGビットを周囲に並べ、次の敵に備えた。

 

「ハサン。あなたの前は、空けておきます」

 

 ハサンは、照準の先を見た。

 《暁》の横腹が、少しずつ見え始めている。

 まだ砲は撃っていた。

 《暁》のそばでは、赤いカゲロウと、護衛のモビルスーツが飛び交っていた。

 

 送られてくるエネルギーが、機体の中へ満ちていく。

 操縦桿を握った指に、細かな振動が伝わった。

 

 ハサンが報告した。

「マイクロウェーブ充電率100%」

 

 アークが、正面を見据えた。

 

「味方、射線から退避。――撃て!」

 

 ハサンは、引き金を引いた。

 

 

     *

 

 

 白くなった。

 

 《暁》の艦首が、光の中へ入った。

 船体を横へ向ける、その途中だった。

 砲塔も、甲板も、格納口の赤い灯も、同じ白さに塗りつぶされていく。

 

「シュウ様、肘が――」

 

 声が切れた。

 

 シュウは、操縦桿を引き倒した。

 避ける先で、仲間の機体が消えた。

 カゲロウは盾を構えたが、光に触れた盾の半分が、一瞬で溶け落ちた。

 

 赤い巨体が、横へ弾かれた。

 

 シュウの肩を、ベルトがえぐった。

 画面が揺れ、星が何度も回った。

 

 

 ゼネラル・レビルの艦橋で、ナナイが立ち上がった。

 

 味方の表示が、一度に消えていた。

 《暁》の名も、そのそばにいた機体も。

 

「シュウ様」

 

 呼びかけた回線には、雑音しか返らない。

 

「カゲロウ。応答してください」

 

 ナナイは、別の回線へ切り替えた。

 指が同じ場所を二度押した。

 

「《暁》、位置を報告。……誰でもいい、応答を」

 

 明るさの戻った画面に、船の形はなかった。

 灼けた破片が、細かく散っていた。

 

 ナナイの口が、わずかに開いた。

 次の命令が、出てこなかった。

 

「ナナイ」

 

 クワトロが、その肩へ手を置いた。

 

「まだ、何も分かっていない。探そう」

 

 彼女は、画面を見たまま頷いた。

 

 格納庫への回線が、急に開いた。

 

「ヤザン、出るぞ!」

「補給が終わっていません!」

「飛べるだけありゃいい!」

 

 ガランの声が続いた。

 

「俺も行く。受け入れる場所を、空けておいてくれ」

 

 クワトロが、管制員へ向き直った。

 

「二機を出せ。ミランダは艦の護衛へ。捜索に出た者が戻るまで、この艦を沈めるな」

 

 

     ◇

 

 

 ハサンは、引き金から指を離していた。

 

 照準は、まだ同じ場所にあった。

 そこを埋めていた艦が、いなかった。

 

 端末の数字が下がっていく。

 それだけが、いつもどおりに動いていた。

 

 艦橋では、管制員が戦況を報告していた。

 

「サテライトキャノン、命中。《暁》の艦影は消失しました」

 

 アークが頷いた。

 

「分かった。ガンダムXは補給のため帰艦させろ。エイデン、ハサンを連れて戻れ」

 

「ハサン」

 

 エイデンの声がした。

 

「聞こえるか」

「……はい」

「帰艦する。俺についてこい」

 

 ハサンは、手元を見た。

 何を操作するのか、一瞬、分からなくなった。

 

「ハサン」

「はい。戻ります」

 

 ハサンはリフレクターを閉じ、砲身を背中へ戻した。

 ガンダムXが、ヘビーガンの後を追ってリーンホースへ向かう。

 

「ガンダムX、ヘビーガン、帰艦します」

 

 エイデンが告げ、二機は甲板へ降りた。

 開いた格納口へ進み、キャリッジの格納庫に収まる。

 固定具が脚を押さえても、ハサンはすぐには操縦桿から手を離せなかった。

 

 

 艦橋では、ルチルが胸元へ手を当てていた。

 

 機体の位置は分かる。

 Gビットも、ハサンも、エイデンも。

 それなのに、さっきまで感じていた幾つものものが、途切れていた。

 

 息を吐いても、胸の奥が詰まったままだった。

 

「ルチル君」

 

 アークが振り返っていた。

 

「さっきまで、あそこに人がいたのが……分かるんです」

 

 ルチルは、操作盤へ手を戻した。

 傷ついたGビットを、一機ずつ艦へ戻していく。

 誰も乗っていない機体は、呼べば、すぐに帰ってきた。

 

 

     ◇

 

 

 シュウは、警報を止めた。

 

 左腕は動く。脚も、まだ動く。

 盾の残りは、肘の下へ溶けついていた。

 

 《暁》の回線を呼び出した。

 返事はなかった。

 

 シュウは、顔を上げた。

 はるか先に、ゼネラル・レビルの灯が見えた。

 その向こうへ、月の白い縁が続いている。

 

「……まずいな」

 

 あれは、ブラッド・レイそのものだ。

 シュウは、あの白い機体に恐怖を覚えた。

 その機体が入っていったリーンホースへ、目を向ける。

 

 次の標的は、ナナイの乗る戦艦か。それとも……。

 

「動ける者。返事をしろ」

 

 雑音のあとに、声が二つ返った。

 片方は、ひどく息が荒かった。

 

「シュウ様……《暁》が」

「見えている」

 

「これから、あの新造戦艦へ特攻を仕掛ける。お前たちの命をくれ」

 

「シュウ様……」

「あの艦だけは、絶対に沈めなければいけない」

「……了解」

 

 シュウはライフルを持ち上げた。

 

「俺が前へ出る。両側から続け」

 

 カゲロウが、噴射の尾を引いた。

 二つの光が、その左右を追った。

 

 

     *

 

 

「敵のモビルスーツ三機、本艦へ急速接近!」

 

 リーンホースの艦橋で、管制員が叫んだ。

 画面には、まっすぐ艦へ迫る赤い機体と、その左右を飛ぶ二機が映っていた。

 

「なぜ、敵のモビルスーツに気づかなかったんだ」

 

 アークが、管制員を振り返った。

 

「すみません!」

 

「こちら蒼天。大丈夫だ。俺一機で十分だ」

 

 カミュは、赤いモビルスーツと、その左右を飛ぶ二機のモビルスーツを見つけた。

 

「あれか」

 

 青い翼が、三機の進路へ割り込んだ。

 

 シュウの右側のモビルスーツが援護射撃をする。

 蒼天が斜めに飛び、ビームの列を抜けてくる。

 長い柄が、敵機のライフルを跳ね上げた。

 続けて青白い刃が、肩から胴へ走った。

 

 機体が折れた。

 

 もう一機が、蒼天の背へ迫る。

 振り返るより早く、翼が噴射した。

 青い機体の向きが反転し、薙いだ刃が敵の腰を抜けた。

 

 二つ目の爆発が、カゲロウの画面を照らした。

 

「また君か、カミュ」

 

 赤い巨体が、光の中から突き出した。

 

 

     ◇

 

 

 トマホークが、偃月刀へ叩きつけられた。

 

 衝撃に、蒼天の腕が沈む。

 カゲロウは止まらなかった。

 肩をぶつけ、刃を押しつけたまま、青い機体を後ろへ運ぶ。

 

 カミュの背が、座席へ食い込んだ。

 

「そこをどけ!」

「どこへ行く」

「あの艦を沈める。二度目は撃たせん!」

 

 カゲロウの噴射が、さらに伸びた。

 偃月刀の柄が軋む。

 

「その先には、俺の仲間がいる」

「俺の後ろにもいる!」

 

 蒼天の翼が、大きく開いた。

 押されていた機体が、突然、下へ沈む。

 カゲロウが前へつんのめった。

 

 刃が離れた、その隙間へ、偃月刀の石突きが跳ね上がった。

 赤い胸の装甲を打つ。

 

「ぐっ!」

 

 シュウの歯が鳴った。

 だが、後ろへは引かなかった。

 

 カゲロウの胸が、光った。

 

 至近距離から、拡散メガ粒子砲が広がった。

 蒼天が身をひねる。光の端が肩を削り、背中の翼に火花が散った。

 

 青い機体が、回転しながら離れた。

 

 シュウは追い撃ちをしなかった。

 空いた道へ、機体を突っ込ませる。

 

「行かせん!」

 

 頭上から、長い刃が落ちてきた。

 カゲロウが腕を上げる。

 トマホークの根元で受けた衝撃が、手首から肩へ突き抜けた。

 

 二機が、もつれたまま横へ飛んだ。

 目の前を、《暁》の外板が回りながら流れていく。

 

 シュウは、その板を蹴った。

 

 巨大な破片が、蒼天へぶつかる。

 カミュが刃を引き、切り払った。

 二つに裂けた板の向こうへ、赤い機体が消えた。

 

 ライフルの光が来た。

 

 蒼天の脇腹をかすめ、装甲が細く剥がれる。

 カミュが機体を引く。その先にも、次の一発が待っていた。

 

 偃月刀を立てた。

 光が柄の端を焼き、両腕へ衝撃が走った。

 

「……まだ、やるか」

 

 カミュは、散る破片の奥を見た。

 

 シュウの指が、三度目の引き金を引いた。

 カゲロウも、同時に動いていた。

 射撃を追い越すように、斜め上へ。

 蒼天が身を避ける、その反対側から抜ける。

 

 だが、青い翼は下がらなかった。

 

 加速した。

 

 放たれたビームのすぐ脇を、青い機体が突き上がってくる。

 シュウがトマホークを返すより先に、偃月刀が左から右へ抜けた。

 

 ライフルを握った腕が、肩から消えた。

 

 赤い機体の中で、警報が鳴った。

 シュウは片腕だけで機体を振り、トマホークを横へ叩きつけた。

 

 蒼天が受けた。

 今度は、動かなかった。

 

「……大した機体に、なったものだ」

 

 シュウが、息の間から言った。

 

「本当に悪趣味な神様だ」

「そこは同じ意見だな」

 

 カミュが、柄を握り直した。

 

 シュウの口元が、一瞬だけ動いた。

 次には、カゲロウが全身をぶつけていた。

 

 残った腕で刃を押さえ、膝を腹へ入れる。

 蒼天の上体が折れた。

 赤い肩が、その顔へ迫る。

 

 カミュは、押し返さなかった。

 偃月刀を引き、機体を横へ流した。

 

 空振りになったトマホークが、宇宙を裂いた。

 

 長い刃が、下から返る。

 

 右腕が飛んだ。

 シュウが脚の噴射を踏み込む。その二本の脚を、続く一閃が断った。

 

 赤い巨体が、前へ流れた。

 腕も脚も、ついてこなかった。

 切断された脚の付け根から、細い炎が噴き出していた。

 

 

 警報だけが、鳴り続けていた。

 

 シュウは、動かなくなった操縦桿を握っていた。

 画面の向こうに、蒼天が立っている。

 斬り落とされた自分の腕が、二機の間をゆっくりと回っていった。

 

 シュウは、操縦桿から手を離した。

 

「お前に撃たれるのなら、悪くないかもしれんな」

 

 カミュの手が止まった。

 

 通信の中で、シュウが小さく息を吐いた。

 目を閉じた。

 

 背中で、爆発した。

 

 カゲロウの赤い胴が、内側から跳ね上がった。

 画面が消える。

 座席ごと身体が押し上げられ、シュウの頭が背へ打ちつけられた。

 

 自動脱出の表示が、一瞬だけ灯った。

 

 

     ◇

 

 

 カミュは、腕を伸ばした。

 

 爆発の中から、小さな球が飛び出していた。

 偃月刀を離す。

 蒼天の指が、球の縁を掴んだ。

 

 勢いに引かれ、青い機体が半回転した。

 翼を噴かし、両手で包み込む。

 

 止まった。

 

 手の中で、赤い灯が点滅していた。

 

 カミュは、近距離の回線を開いた。

 

「シュウ。聞こえるか」

 

 返事はなかった。

 短い雑音のあと、かすかな息遣いが聞こえた。

 

 

 接近警報。

 

 カミュが顔を上げた。

 黒い機体と、重い砲を抱えた機体が、破片の間を抜けてくる。

 

「カミュ!」

 

 ヤザンの声だった。

 黒い機体が、武器を持ち上げかけた。

 

「待て、ヤザン。手を見ろ」

 

 ガランが、その前へ腕を出した。

 

 蒼天は、動かなかった。

 両手の中にあるものを、二人へ向けた。

 

 黒い機体が、急に減速した。

 

「……大将か」

 

 カミュは頷いた。

 

「生きている」

 

 ヤザンの機体が、握っていた武器を放した。

 長い得物が、二機の横を流れていく。

 ガランの機体も、砲を手から離した。

 二機が、空になった両手を開いて見せた。

 

「……武器は捨てた。そいつを返せ」

 

 カミュの目に、フォン・ブラウンの格納庫がよみがえった。

 隣にはファがいた。

 帰る先があり、乗って帰る機体まであった。

 

 蒼天の識別番号を、全軍へ通達しろ。

 

 あの日、帰ると告げた自分を、この男は止めなかった。

 

 カミュは、両腕を前へ出した。

 

「連れて帰れ」

 

 ヤザンは、答えなかった。

 

「聞こえなかったか」

「……聞こえてる」

 

 空いた両手が、ゆっくりと伸びてきた。

 

 蒼天の指が開く。

 球が、黒い機体の手へ移った。

 

「落とすなよ」

「誰に言ってやがる」

 

 ヤザンの声が、少しだけ震えた。

 抱えたポッドを胸へ寄せ、その灯を確かめる。

 

 それから、蒼天を見上げた。

 

「お前、一体どういうつもりだ」

 

 カミュは、空になった手を見た。

 

「これで、借りは返した」

 

 ヤザンは、それ以上何も聞かなかった。

 本当に聞いてほしい相手は、まだ目を覚ましていなかった。

 

「行け」

 

 ガランが、黒い機体の背へ手を添えた。

 二機が向きを変える。

 

 カミュは、遠ざかる噴射を追わなかった。

 

 

     ◇

 

 

「カゲロウ、撃破。もう、動くことはない」

 

 リーンホースへ、カミュの報告が届いた。

 

「操縦者は」

 

 アークが聞いた。

 回線が、わずかに静かになった。

 

「……機体は、もう動かない」

 

 アークは、画面から目を離さなかった。

 しばらく、何も言わなかった。

 

「司令部へ報告。敵首領機と思われる赤い機体、撃破」

 

 通信士が、短く返事をした。

 

「蒼天、帰投しろ。Gビットも収容する」

 

 管制員が、別の表示を拡大した。

 

「ゼネラル・レビル、離れていきます。追撃しますか」

「追わん。乗員を巻き込んで沈めるために来たのではない」

 

 アークは、ルチルを振り返った。

 

「蒼天の着艦を誘導してくれ。Gビットの収容も急ぐ」

「はい」

 

 Gビットが艦首の前を離れ、傷のついた蒼天へ着艦の道を空けた。

 

 

     *

 

 

「ナナイ。聞こえるか」

 

 ヤザンの声に、ナナイが顔を上げた。

 

「聞こえます」

「見つけた」

 

 ナナイの指が、操作盤の上で止まった。

 

「大将は、生きてる。医者を呼んでおけ」

 

 声を出そうとして、息だけが漏れた。

 卓の端を掴む。

 クワトロが、すぐそばに立っていた。

 

「ナナイ」

 

 彼女は一度、深く息を吸った。

 

「第一格納庫へ。医療班は、収容位置で待機してください」

 

 声は戻った。

 卓を掴んだ手は、まだ離せなかった。

 

 

 ポッドが格納庫の台へ下ろされたとき、ナナイはもうそこにいた。

 整備員が、外装の留め具を外している。

 ヤザンは機体を降り、足場から飛び下りた。

 

「開くか」

「あと少しです。……開きます!」

 

 丸い蓋が浮いた。

 

 中で、シュウが目を開けた。

 ぼやけた視界へ、幾つもの顔が入ってくる。

 

「……艦は」

「無事です」

 

 医療班がベルトを外した。

 身体を起こそうとして、シュウは顔をしかめる。

 肩へ、ヤザンの手が置かれた。

 

「じっとしてろ」

 

 シュウは、ようやくその顔を見た。

 

「お前が、拾ったのか」

「受け取った」

 

 ヤザンは、格納口の向こうへ目をやった。

 

「カミュからな」

 

 シュウの目が、少し開いた。

 しばらく、そのままヤザンを見ていた。

 

「……そうか」

 

 身を預け直し、天井を見上げる。

 見慣れた《暁》の天井ではなかった。

 

 ナナイが、医療班へ道を空けた。

 担架が動き始める。

 

「借りは返した、とよ」

 

 ヤザンが、背中へ声を投げた。

 

 シュウは、顔を横へ向けた。

 開いた格納口から、遠い星が見えていた。

 

「……律儀な男だ」

 

 目を閉じても、青い翼が残っていた。

 

 

                          (つづく)





 第45話「蒼天の選択」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 今回は、リーンホースの初陣と、シュウとカミュの再会の回でした。

 シュウたちは、拿捕したゼネラル・レビルへの引っ越しの真っ最中。そこへ、リーンホースが追いついてきます。
 シュウは「まるで重戦車だな。さながらチャリオットか」とつぶやきました。三隻が合体したあの姿を、敵の側から見るとこう映る。作者としても、書いていて楽しい一言でした。

 ハサンのガンダムX、エイデンのヘビーガン、そしてルチルの操るGビット。
 前回は名前だけだった新しい力が、今回は戦場で一気に動き出しました。

 そして、カミュとシュウ。
 「ここで君か。神は、よほど俺たちを引き合わせたいらしい」
 「悪趣味な神だ」
 敵同士として向き合いながら、カミュの顔には、どこか再会を喜ぶような表情が浮かびます。この二人の間にあるものは、敵と味方という言葉だけでは、なかなか割り切れません。

 後半、エヴァンズの命令で、ついにサテライトキャノンが放たれました。
 「四の五の言わずに、撃つのだ」
 まだ一度も試射をしていない兵器を、いきなり実戦で使う。その光の先にあったものを、ハサンはこれから先も忘れないはずです。

 そして、カミュの選択。
 手足を失い、もう戦えなくなったカゲロウ。その中から放り出された脱出ポッドを、カミュは受け止めました。
 「これで、借りは返した」
 三国志がお好きな方は、どこかで見た場面だと思っていただけたでしょうか。
 カミュが司令部へ送った報告は、「赤い機体、撃破」。嘘ではありません。けれど、すべてでもありません。
 そのことを、アークは何も言わずに見送りました。艦長が何を思っていたのかは、読者の皆さんの想像にお任せします。

 ヤザンの「……武器は捨てた。そいつを返せ」も、ぜひ心に留めておいてください。荒っぽい男ですが、守りたいものは、ちゃんと分かっている人です。

 ラストで、シュウは「……律儀な男だ」とつぶやきます。
 目を閉じても残っていた青い翼。シュウにとって、カミュはどんな存在なのか――。

 《暁》を失い、多くの仲間を失ったシュウたちは、これからどこへ向かうのか。
 次回も、どうぞよろしくお願いいたします。
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