GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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 いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みいただき、本当にありがとうございます。

 第46話「隣に、いさせてくれ」をお届けします。

 前回は、リーンホースの初陣と、カミュとシュウの再会を描きました。重い回でしたが、たくさんの方に読んでいただき、とても嬉しかったです。

 今回は、少し息をついて、ムーン・ムーンへ戻ります。
 ロロたちが届けたものが、村でどんなふうに形になっているのか。そして、ずっと答えを出せずにいた朱麗が、ある決断をします。

 笑える場面もあれば、胸が痛くなる場面もあります。
 とくに、あの人の不器用さには、作者も書きながら笑ってしまいました(笑)。

 詳しい中身は、あえて伏せておきます。ぜひ本編でお確かめください。

 それでは、第46話をお楽しみください。



第46話 隣に、いさせてくれ

 

 

 

「昇進……僕も、ですか」

 

 ハサンは、差し出された通知をもう一度見た。

 リーンホースの艦橋で、アークが頷く。

 

「司令部から正式に届いた。君と、カミュだ」

 

 敵艦の撃沈と、敵首領機の撃破。

 通知には、二人の戦果が並んでいた。

 

「すごいじゃないか、ハサン」

 

 そばにいた乗組員が、肩を叩いた。

 ハサンは、まだ実感の湧かない顔で笑った。

 

「ありがとうございます」

「カミュさんも、おめでとうございます」

 

 声をかけられたカミュは、通知へ目を落としたままだった。

 

「俺もジュドも、助っ人として来ているだけだ。階級には興味がない」

 

 乗組員が、続けようとした言葉を止めた。

 ハサンは自分の通知を見て、それからカミュを見た。

 

「……そうなんですか」

「お前は、喜んでいい」

 

 カミュは、それだけ言った。

 ハサンは少し迷ってから、通知を折り目に沿って畳んだ。

 胸のポケットへ、丁寧に収める。

 

 アークは二人を見送り、机に残った報告書へ目を戻した。

 

 

     ◇

 

 

 ムーン・ムーンの港には、以前とは違う音が響いていた。

 

 大きく開いた工場の入口から、台車が出てくる。

 積まれているのは、切り揃えた金属の板だった。運んできた若者が声を上げると、別の作業台から二人が駆け寄った。

 

「そっちは、こっちだ。機体の前を塞ぐなよ」

 

 ガレスが、奥の空いた場所を指した。

 かつて顔を隠していた布は、もうない。腕まくりした服の袖も、首に掛けた手拭いも、すっかり油で汚れていた。

 

「ガレスさん。これ、見て」

 

 ロロが小さな部品を持ってきた。

 ガレスは受け取ると、親指で縁をなぞった。

 

「ここか」

「うん。引っかからなくなったでしょ」

 

 ガレスが、そばにいた若者へ部品を返す。

 

「通ったぞ。次も、この仕上がりで頼む」

 

 若者の顔が、ぱっと明るくなった。

 部品を掲げて作業台へ戻ると、仲間がその肩を叩いた。

 

 ロロは、その様子を嬉しそうに見ていた。

 

「もう、僕が全部見なくても大丈夫だね」

「全部見ようとするから、飯を食い損ねるんだ」

 

 ガレスは、壁の時計へ目をやった。

 

「今日は、ちゃんと来いよ」

「分かってるってば」

 

 答えたそばから、ロロはイーノに呼ばれて顔を向けた。

 ガレスは短く息をつき、ついてきた仲間たちへ休憩の声をかけた。

 

 入口の外で、朱麗が足を止めていた。

 ロロは作業台へ身を乗り出し、イーノと二人で何かを覗き込んでいる。

 隣の台では、村の若者がガレスの仲間から工具の持ち方を教わっていた。

 

「ずいぶん、変わりましたね」

 

 横へ来たラセルが言った。

 朱麗は頷いた。

 

「ああ」

「ロロさんには、よく働いていただきました」

 

 ラセルは、手にしていた帳面を閉じた。

 

「朱麗殿。少し、お時間をいただけますか」

 

 

     ◇

 

 

 工場を離れると、人の声が遠くなった。

 資材を積んだ車を道の端でやり過ごし、ラセルは歩みを止めた。

 

「以前お話しした、セラとの縁組の件ですが」

 

 内側の朱麗が、息をのんだ。

 ドモンはラセルへ顔を向けた。

 

「ヘモスは、もう戻ってきた」

「承知しています。ヘモス殿をお救いするために、親族になる必要はなくなりました」

 

 ラセルは、片眼鏡を指で直した。

 

「ですから、改めて伺いたいのです。あなた自身は、どうなさりたいのですか」

 

 朱麗は、すぐには答えなかった。

 工場の方から、ロロの笑い声が聞こえた。

 

『師匠……』

 

 呼んだきり、内側の声も途切れた。

 

「村に残れ、ということか」

「残っていただきたい。私としては、そう考えています」

 

 ラセルの返事は、はっきりしていた。

 

「ですが、私だけの考えで進められる話でもありません。セラは、あなたの返事を待っています」

 

 朱麗は工場へ目を向けた。

 入口を通る台車の陰に、ロロの姿が隠れた。

 

「……少し、考えさせてくれ」

「分かりました」

 

 ラセルは頭を下げた。

 

「セラにも、そう伝えておきます」

 

 

     *

 

 

 その日の夕方、ラセルは神殿の廊下で兄に会った。

 サルガは見回りから戻ったところで、腰の剣を外していた。

 

「朱麗殿と、話しました」

「セラのことか」

「ええ。ですが、すぐにはお返事をいただけませんでした」

 

 サルガが眉を寄せた。

 

「何が不満だというのだ」

「不満とは限りません。ほかに、想う相手がいるのかもしれません」

 

 サルガの手が止まった。

 

「……ロロか」

「私は、名前までは申し上げていませんが」

 

 兄は、もう聞いていなかった。

 壁に掛けた剣を見て、それから廊下の先へ顔を向ける。

 

「そうか。ならば、俺も黙っているわけにはいかん」

「兄上?」

 

 ラセルは、歩き出しかけた兄を呼び止めた。

 

「何をなさるおつもりです」

「俺の気持ちを、きちんと伝える」

 

 サルガは、胸を張って言った。

 ラセルはしばらく兄を見ていたが、やがて片眼鏡へ手をやった。

 

「……私の話、聞いていましたか」

 

 

     ◇

 

 

 夜になっても、内側の朱麗は黙っていた。

 

 ドモンは部屋の窓を開けた。

 工場の明かりは消え、港に残る灯りが、道の向こうで小さく並んでいた。

 

 ――いつまで、そうしている。

 

『……分かってます』

 

 ようやく、声が返った。

 

『セラさんを、待たせてることも』

 

 ドモンは窓枠へ肘を置いた。

 その先を、黙って待った。

 

『でも、僕は……ロロさんが』

 

 声が細くなった。

 

『会えたら、ちゃんと言おうと思っていたんです。グラナダへ戻ってしまう前に。なのに、会うと、何も……』

 

 ドモンは目を閉じた。

 

 ――好きなのは分かった。だが、お前が黙っている間も、二人は悩んでいる。

 

 返事はなかった。

 しばらくして、内側で小さく息を吸う気配がした。

 

『……ロロさんと、話したいです』

 

 ドモンが、目を開ける。

 

『僕がどう思っているのか、伝えたい。そのあとで、セラさんにも、ちゃんと返事をしたいです』

 

 ――分かった。

 

 短く答え、窓を閉めた。

 

 

     ◇

 

 

「ロロ。俺と手合わせしてくれ」

 

 翌日、工場の作業台へ広げた図面の向こうに、サルガが立っていた。

 ロロは顔を上げた。

 

「え、今?」

「ああ。今日こそ、俺の思いを剣で伝えたい」

 

 サルガは、稽古用の木剣を二本持っていた。

 

「俺がお前から一本取ったら、俺と結婚してくれ」

 

 ロロの手から、鉛筆が落ちた。

 

「……なんで、そうなるの!?」

 

 隣で帳面を見ていたガレスが、顔を上げた。

 イーノも端末を持ったまま動かなくなった。

 

「前の手合わせで、よく分かった。お前ほどの者ならば、言葉を並べるより、剣を交える方が――」

「分かってないよ! 僕、そんなことできないって!」

 

 ロロは両手を振った。

 サルガは、その手へ木剣を一本差し出す。

 

「謙遜することはない。この前の動きは、見事だった」

「だから、僕は覚えてないんだってば」

 

 入口の方で、モンドが口を押さえた。

 隣のジュドが、その肘を小突く。

 

「笑ってる場合かよ」

「いや、だって……」

 

「中で振るな。品物に当たる」

 

 ガレスの声に、サルガが頷いた。

 

「そうだな。外へ出よう」

「そういう話じゃないよ!」

 

 ロロは作業台の端を回り、サルガに押し出されるように入口へ向かった。

 片手には、受け取ってしまった木剣がある。

 工場前の空き地で足を止め、困りきった顔で振り返った。

 

「サルガさん。ちょっと、聞いて」

「心配はいらん。お前の腕は、俺が知っている」

 

 サルガが構えた。

 前の手合わせを思い出したのか、その顔には、期待するような笑みさえあった。

 

「行くぞ」

 

 一歩、踏み込んだ。

 振り下ろされる木剣を見て、ロロは肩をすくめた。

 

 受けなきゃ。

 けれど、どこへ剣を出せばいいのか分からなかった。

 

「待っ――」

 

 胸元で、ペンダントが赤く光った。

 

 ――肩に、力が入りすぎだ。

 

 どこかで聞いた声が、頭をよぎった。

 ふっと、肩から力が抜けた。

 

 ロロの足が、横へ滑った。

 サルガの木剣が、肩のすぐ脇を通る。

 

 少女は下がらなかった。

 踏み込んだ男の手首を押さえ、持っていた木剣の柄を、その肘の内側へ当てた。

 

「なっ」

 

 サルガの上体が前へ傾いた。

 体を起こそうと出した足を、少女の足が払う。

 

 大きな背中が、地面へ落ちた。

 鈍い音がして、モンドが口を開けた。

 

「……うわ」

 

 サルガが仰向けのまま、目を瞬かせた。

 その胸元へ、木剣の先が突きつけられている。

 

「いきなり、何するのよ」

 

 ミリアは、眉をひそめて男を見下ろしていた。

 胸のペンダントが、まだ赤く灯っている。

 

「……また、あなた?」

 

 あのとき、何度も打ち合って息が上がった相手だった。

 手首を押さえていた指を離し、木剣を下ろす。

 

「強い……」

 

 サルガが呟いた。

 ミリアは、少し息を整えた。

 

「もう終わり。いい?」

「やはり、俺の嫁にふさわしい」

 

 木剣を返そうとした手が止まった。

 

「……は?」

 

 サルガは体を起こした。

 背中についた土も払わず、真っすぐミリアを見る。

 

「ロロ。俺と結婚してくれ」

 

 このおっさん、何を言っているんだろう。

 

 ミリアは、しばらく男を見た。

 顔を向けた先で、モンドがとうとう吹き出した。

 

「一本取ったら、って言ってなかったか?」

「細かいことを言うな!」

「負けたの、そっちでしょ」

 

 ミリアが言うと、クガナが横を向いた。

 マウノは、咳払いで何かをごまかしていた。

 

「勝ち負けだけで決めるものでもあるまい」

「……一本取ったらって言い出したの、ご自分ですよね」

 

 マウノが、ぼそりと言った。

 

 ミリアは木剣を差し出した。

 サルガが受け取っても、まだこちらを見ている。

 

「私には、好きな人がいるの。分かった?」

 

 サルガの顔から、笑みが消えた。

 

「……好きな、人」

「そう。だから、その話はおしまい」

 

 ミリアは背を向けた。

 

「待て。いや、だが……俺は諦めんぞ!」

 

 後ろから、声が飛んできた。

 ミリアは立ち止まらず、片手だけをひらひら振った。

 

「兄上」

 

 騒ぎを聞いて来たラセルが、空き地に立っていた。

 サルガの木剣を見て、土のついた背中を見る。

 

「気持ちは、伝わりましたか」

 

 サルガは、答えなかった。

 

 

     ◇

 

 

 ミリアは工場に戻り、水を一杯もらった。

 見覚えのない作業台が増えている。前に来たときは、壁を広げるとか、図面がどうとか言っていたはずだった。

 

 聞きたいことはあったが、入口の外からは、まだサルガの声がする。

 

「その男とは、いつから――」

「兄上。こちらへ」

 

 ラセルが、何か言いながら兄を連れていった。

 ミリアは空の器を置いた。

 

「……めんどくさ」

 

 反対側の戸から外へ出る。

 少し静かな場所へ行こうとしたところで、声をかけられた。

 

「ロロ。少し、話がある」

 

 朱麗が立っていた。

 ミリアは、その顔を見上げた。

 

「え、何? 手短にお願いできる?」

 

 朱麗が、口を開きかけた。

 けれど、すぐには続けなかった。

 

「……今日は、機嫌が悪いんだな。あとにしようか」

「いいわ。早く言ってよ」

 

 工場の中で、何かを打つ音がした。

 朱麗は一度そちらを見てから、ミリアへ目を戻した。

 

「セラと、結婚する話が出ている」

 

 ミリアは、眉を上げた。

 さっきの男の顔が、頭をよぎる。

 

「……ロロは、どう思う」

「なんで私に聞くの?」

 

 朱麗の指が、ゆっくりと握られた。

 

「そんなこと、分かってるだろう」

 

 ドモンは、目を逸らさなかった。

 

「俺は、お前が好きなんだ」

 

『そうだ……僕は、君が好きなんだ』

 

 内側で、朱麗の声が重なった。

 

「だから、私には好きな人がいるって言ってるじゃない」

 

 ミリアは、息をつくように返した。

 朱麗の手から、力が抜けた。

 

 それを見て、ミリアは口を閉じた。

 目の前の男は、返事を待ったまま動かない。

 

「……真面目に、言ってるのね」

 

 ミリアは、少し声を落とした。

 

「でも、セラちゃんがそんなにあなたのことを好きなんだったら、結婚してあげなよ」

 

 朱麗は黙っていた。

 

「私は、いいからさ」

 

 工場の音が、また響いた。

 

「……そうか」

 

 

     ◇

 

 

 神殿へ戻る途中、ドモンは一度だけ足を止めた。

 内側からは、何も聞こえなかった。

 

 人が二人、前を横切っていく。

 工場へ向かうのだろう。布に包んだ昼飯を持ち、楽しそうに話していた。

 

『……師匠』

 

 ようやく、朱麗の声がした。

 

 ――ああ。

 

『セラさんは、まだ、待ってますよね』

 

 ドモンは、神殿を見た。

 

 ――会うか。

 

『……はい』

 

 それだけ聞いて、歩き出した。

 

 

     ◇

 

 

 セラの部屋の戸は、少し開いていた。

 中では、若い神官が書類を読み上げている。

 

「では、明日はその順番で。私も、お話を聞きに行きます」

「かしこまりました」

 

 神官が出てくるのを、朱麗は廊下の端で待った。

 開いた戸の向こうから、セラがこちらに気づいた。

 

「朱麗さん」

 

 立ち上がりかけた彼女の動きが、少し止まった。

 朱麗は、戸口で足を止めていた。

 

「邪魔をしたか」

「いいえ。ちょうど、終わったところです」

 

 セラは卓の書類を重ね、脇へ寄せた。

 空いた椅子を引く。

 

「どうぞ。こちらへ」

 

 朱麗が腰を下ろすと、セラは器に水を注いだ。

 差し出された水を、朱麗は両手で包んだ。

 

「外は、暑かったでしょう」

「……ああ」

 

 水を一口飲んだ。

 乾いていた喉を通って、胸の奥へ落ちていく。

 

 セラは向かいの席へ戻らず、隣に座った。

 少し離れたところで、両手を膝の上に揃える。

 

 朱麗は、器の縁を見ていた。

 

 何をしに来たのか。

 返事は決まったのか。

 

 セラは、どちらも聞かなかった。

 

 廊下を歩く足音が、部屋の前を通り過ぎた。

 窓から入った風が、卓の紙の端を持ち上げる。

 セラは、そっと手で押さえた。

 

『……セラさん』

 

 内側の声が、小さく揺れた。

 

「返事を待たせた。すまなかった」

 

 朱麗が言うと、セラは顔を向けた。

 

「はい」

 

 その先を、待っていた。

 朱麗は器を卓へ置いた。

 

「俺で、いいのか」

 

 セラは、朱麗を見つめた。

 困った顔もしなかった。考えるように目を伏せることもなかった。

 

「朱麗さんが、いいんです」

 

 内側で、息を詰める気配がした。

 ドモンは、卓に置いた自分の手を見た。

 

『僕は……』

 

 朱麗の声が、途切れた。

 

『この人を、また一人で待たせたくないです』

 

 ドモンは、セラへ目を戻した。

 膝の上で揃えていた彼女の指が、互いを握っている。

 

『……僕からも、お願いします』

 

「セラ。お前の隣に、いさせてくれ」

 

 セラの唇が、わずかに開いた。

 言葉は、すぐには出てこなかった。

 

 朱麗の手へ、彼女の手が伸びた。

 指先に触れ、それから両手で包む。

 

「……怖くても、来てくれたんですね」

 

 あの坂で、息を切らしていたセラの姿が、ドモンの頭をよぎった。

 震えていた指も、必死に走っていた背中も覚えている。

 

 今、その手が、こちらを握っていた。

 

「それで、十分です」

 

 セラが微笑んだ。

 けれど、笑った目の端から、涙が一つこぼれた。

 

「……すみません」

 

 拭おうとして、片手を離しかける。

 朱麗が、その手を握り返した。

 

『師匠。そのまま……』

 

 ドモンは、何も言わなかった。

 セラも、手を離すのをやめた。

 

 涙を頬に残したまま、もう一度笑う。

 

「お母様に、お話ししてもいいですか」

「ああ」

「そのときは、一緒に来てくださいね」

 

 朱麗は頷いた。

 

「一緒に行く」

 

 

     *

 

 

 二人でサラサの部屋へ行くまで、セラは何度も朱麗を振り返った。

 歩く速さは、いつもより少しだけ早かった。

 そのたびに立ち止まりかけて、また隣へ戻る。

 

「置いていかん」

 

 朱麗が言うと、セラは耳まで赤くなった。

 

「……分かっています」

 

 けれど、その手は袖の近くから離れなかった。

 

 サラサは、二人を迎えて腰を下ろした。

 セラが話し始めると、すぐにその意味を察したようだった。

 最後まで聞いてから、朱麗へ目を向けた。

 

「この子と、夫婦になってくださるのですね」

「ああ」

 

 朱麗は答えた。

 セラの手が、そっと袖に触れた。

 

「よろしくお願いします」

 

 サラサは、深く頭を下げた。

 セラが慌てて、母の方へ身を乗り出す。

 

「お母様」

「今日は、母として言わせてください」

 

 サラサは顔を上げ、娘に微笑んだ。

 

「よかったわね、セラ」

 

 セラは頷いた。

 返事をすると、また泣いてしまいそうだった。

 

 

     ◇

 

 

 翌朝、ロロは工場の入口で、そっと肩を回した。

 

「……昨日、僕、何したんだろう」

 

 眠って起きたら、腕の付け根が少し痛かった。

 思い出せるのは、図面を広げていたところへサルガが来たことだった。

 木剣を渡され、その先が曖昧になっている。

 

「また、変なこと言ってないといいけど」

 

 胸元へ目を落とした。

 ペンダントは、いつもの青を返した。

 

「ロロ。こっちを見てくれ」

 

 ガレスが、作業台から呼んだ。

 ロロは肩から手を離し、工場へ入った。

 

 台の上には、先日確かめたものと同じ形の部品が並んでいた。

 一つずつ持ち上げて確かめる。どれも、指に引っかからない。

 

「……うん。これで大丈夫」

「そうか」

 

 ガレスが、作っていた男たちへ頷いた。

 ロロが次の図面を探すより早く、若者が棚から紙を取ってきた。

 

「次は、これだな」

「そう。それは――」

「こっちは最後に削る。先にやると、固定できなくなるんだろう?」

 

 ロロは、開きかけた口を閉じた。

 

「……覚えてたんだ」

「三回も教えてもらったからな」

 

 周りで笑い声がした。

 ロロも笑った。

 

 向こうでは、イーノが村の若者と機械を動かしている。

 ガレスは運ばれてきた荷を見て、空いた作業台へ人を振り分けた。

 ロロが立っている間にも、仕事は先へ進んでいく。

 

 ジュドが入口から顔を出した。

 

「いたいた。飯、先に食うぞ」

「うん。僕も行く」

 

 ロロは、手にしていた部品を台へ戻した。

 少し迷ってから、ガレスへ顔を向ける。

 

「ガレスさん。ここ、任せてもいいかな」

 

 ガレスは、ロロを見た。

 

「……帰るのか」

「そろそろ、向こうの仕事も気になるから」

 

 ガレスは頷いた。

 

「困ったら、聞くぞ」

 

 ロロは、腰に下げた通信機を軽く叩いた。

 

「もし分からなくなったら、いつでもこの通信機で僕を呼び出して」

「分かっている。必ず連絡を入れる。俺は、ここの責任者だ」

 

 その返事に、ロロの顔がほころんだ。

 

「うん。よろしくお願いします」

 

 工場を出ると、ジュドが待っていた。

 ロロは隣に並び、朝の港へ目を向けた。

 

「ジュド。そろそろ、グラナダへ戻ろうか」

「……いいのか?」

 

 ロロは振り返った。

 開いた入口の奥で、ガレスが片手を上げた。

 その向こうには、図面を囲んで話す仲間たちがいる。

 

「うん。ちゃんと、動き始めたから」

 

 ジュドも工場を見た。

 それから、ロロの背中を軽く叩いた。

 

「じゃあ、帰り支度だな。飯を食ってから」

「あはは。うん」

 

 二人は、食堂へ続く道を歩き出した。

 少し行ったところで、ジュドが頭をかいた。

 

「そういや、聞いたか。朱麗のやつ、セラと一緒になるってよ」

 

 ロロの足が、止まった。

 

 港の方から、荷を下ろす音が聞こえてくる。

 ジュドは、それ以上何も言わなかった。

 

「……そっか」

 

 ロロは、胸元のペンダントに触れた。

 

「よかった」

 

 それから、顔を上げた。

 

「ちゃんと、おめでとうって言わなきゃね」

 

 ジュドが、ロロの頭をくしゃりと撫でた。

 ロロは笑って、また歩き出した。

 後ろでは、今日も工場の機械が動いていた。

 

 

                          (つづく)





 第46話「隣に、いさせてくれ」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 冒頭は、リーンホースの小さな後日談でした。
 昇進を素直に喜ぶハサンと、「階級には興味がない」と言い切るカミュ。同じ戦いを終えても、二人にとって昇進の意味はまったく違います。それでもカミュは「お前は、喜んでいい」とだけ言いました。

 そして、ムーン・ムーン。
 ガレスたちの工場は、もう動き出していました。顔を隠していた布はなくなり、今は油で汚れた手拭いを首に掛けています。「俺は、ここの責任者だ」という一言に、第42話からの歩みが詰まっています。

 今回の主役の一人は、間違いなくサルガでした(笑)。
 ラセルの「ほかに、想う相手がいるのかもしれません」を勝手に受け取って、「一本取ったら、俺と結婚してくれ」。負けたのに「やはり、俺の嫁にふさわしい」。そして断られても「俺は諦めんぞ!」。
 不器用で、まっすぐで、どこか憎めない。そんなサルガを、これからも応援していただけたら嬉しいです。

 けれど、その騒ぎのすぐ後に、もう一つの告白がありました。
 ミリアにとっては、面倒事が続いただけだったのかもしれません。同じ「好きな人がいる」という言葉が、サルガには笑い話になり、朱麗には決定的な答えになりました。
 「私は、いいからさ」
 この一言をどう受け取るかは、読者の皆さんにお任せします。

 そして、セラ。
 何があったのかも、返事が決まったのかも聞かずに、水を一杯差し出して、隣に座る。
 「この人を、また一人で待たせたくないです」
 内側の朱麗のこの言葉で、朱麗自身もこの結婚を選んだことが伝わっていたら嬉しいです。
 「怖くても、来てくれたんですね」は、第21話の坂の場面を覚えている方には、少し懐かしく響いたかもしれません。

 最後は、ロロでした。
 工場をガレスに任せて、グラナダへ戻ると決めたあとで、朱麗の結婚を知ります。
 「ちゃんと、おめでとうって言わなきゃね」
 ロロが何を思っていたのかは、書かずにおきました。

 ムーン・ムーンの物語は、ここでひと区切りです。
 次回からは、また別の場所へ舞台が移ります。

 次回も、どうぞよろしくお願いいたします。
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