第47話「岩陰の艦隊」をお届けします。
前回は、ムーン・ムーンで朱麗とセラの物語がひとつの区切りを迎えました。温かい感想をたくさんいただき、とても嬉しかったです。
今回は、舞台をシュウたちのもとへ戻します。
《暁》を失い、奪った連邦の旗艦ゼネラル・レビルで逃げ続けるシュウ陣営。彼らがたどり着いた先で、思いがけない出会いが待っています。
ガンダム作品を長く見てきた方には、懐かしい艦の名前や、見覚えのある光景が出てくるかもしれません。どこで「おや?」と思っていただけるか、作者としても楽しみにしています。
詳しい中身は、あえて伏せておきます。ぜひ本編でお確かめください。
それでは、第47話をお楽しみください。
通路の片側に、木箱が積まれていた。
《暁》から運び込んだまま、収める場所の決まらない荷だった。
シュウは、その間を通り抜けた。
作業着の男たちが、台車を止めて道を空ける。
「すまん。すぐ片づける」
「急ぐな。中身を確かめてからでいい」
箱の一つに、持ち主の名前が書かれていた。
シュウはそこへ一度目をやり、艦橋へ続く扉をくぐった。
「大将、もう起きてていいのかよ」
ヤザンが、壁から背を離した。
シュウの肩には、上着の下に包帯が巻かれている。
「横になっている間に、ずいぶん遠くまで来たようだな」
「寝てる奴を待ってたら、連邦に尻を蹴られるからな」
シュウは正面の画面を見た。
暗い宇宙に、岩が浮かんでいた。
艦に近いものは山のように大きく、遠くのものは星と見分けがつかない。
操舵席で、連邦の制服を着た男が顔を上げた。
その後ろには、見張りの兵が立っている。
「針路は、そのままでいい」
シュウが言うと、男は黙って前へ向き直った。
ナナイが、報告の画面を閉じた。
「シュウ様。お身体の方は」
「歩ける。今の状況を報告してくれ」
ナナイは椅子を示した。
シュウが腰を下ろすのを待って、端末を差し出す。
「食料と医薬品は、補充が必要です。機体の弾薬も、種類によって残りが少なくなっています」
「艦は」
「航行できます。ただ、捕らえた乗員に扱いを聞きながらの運用です。整備に使う部品も、十分に把握できていません」
シュウは、並んだ項目へ目を通した。
ヤザンが、横から口を挟む。
「格納庫は広いぜ。広いが、置き場所が分からねえ。ガランが、部品を探して艦の中を走り回ってる」
「ヨハネス博士は」
「修理に回せるものを、整理しておられます。機体と艦、両方を一度に直すには、設備も人手も要ります」
ナナイの指が、最後の項目で止まった。
「ここから先、戦闘を避けて進めたとしても、いずれ推進剤の補給は必要になります。逃げ続けるだけでは、整備も追いつきません」
クワトロが、画面へ目を向けた。
「落ち着いて艦を点検できる場所が、欲しいところだな」
「ああ」
シュウが端末を返しかけたとき、索敵席から声が上がった。
「前方に艦影。岩陰から出てきます!」
ナナイが振り返った。
「拡大してください」
画面の中央に、大きな艦が映った。
厚みのある船体が、岩の向こうからゆっくりと姿を現す。
その両側にも、小さな艦影が続いた。
「艦型、サダラーン級。後方の二隻は、ムサイ級と思われます」
クワトロが、腕を組み直した。
シュウは画面へ身を乗り出した。
「……あれだけの艦を、今も動かしているのか」
継ぎ当ての装甲はあった。
だが、左右の護衛艦は乱れずに位置を取っていた。船体の脇から出たモビルスーツが、その前へ広がっていく。
「サダラーン級、主砲をこちらへ向けています!」
砲塔が、揃って動いた。
ムサイも左右へ離れ、こちらの進路を塞ぐ。
「来やがったか」
ヤザンが扉へ顔を向けた。
ナナイは、すぐに格納庫への回線を開いた。
「各機、出撃準備。ただし発進は待ってください」
シュウが片手を上げた。
「こちらからは撃つな。速度を落とせ」
操舵席の男が、短く返事をする。
レビルの振動が、少し変わった。
「敵艦から通信です」
「つなげ」
◇
通信の画面に、年配の男が映った。
上着の襟には古い徽章がついていた。男は、こちらの艦橋を探るように見ている。
「連邦の旗艦が、この宙域に何の用だ」
シュウが立ち上がった。
「俺はシュウ。この艦を奪った者だ」
男の眉が動いた。
「その艦を、奪ったと?」
「連邦に聞けば、取り返してくれと言うだろうな」
男は笑わなかった。
画面の隅へ目をやり、手元の資料を確かめる。
「……ゼネラル・レビルの拿捕。あの報告は、本当だったのか」
「俺たちを追ってきた艦もいる。ここへ来るまでに引き離したが、いずれ捜索は及ぶ」
ナナイが、シュウの横顔を見た。
シュウは言葉を続けた。
「食料と弾薬を補充したい。損傷した機体を直す部品と、艦を整備する場所も必要だ。責任者と話せるか」
男は、しばらくシュウを見ていた。
画面の外から、何かを告げる声がした。
「代表者一名。こちらの艦へ来てもらう。武装は認めない」
「護衛を一人つける。それでよければ、俺が行こう」
男が、画面の外へ顔を向けた。
すぐに、こちらへ戻る。
「許可する。ただし、護衛も非武装だ。連絡艇の進入路を送る。指示から外れるな」
「分かった」
通信が切れた。
正面の画面には、砲口を向けたサダラーン級が残っていた。
◇
「シュウ様自ら、行かせるわけにはまいりません」
ナナイが、はっきりと言った。
「交渉には、私が参ります。必要な物資と修理の条件を確かめてまいります」
「いや、俺が行く」
シュウは、椅子に掛けていた上着を取った。
「補給だけで済む話ではない。向こうの艦隊を率いている者と、直接話したい」
「でしたら、私に判断をお任せください。まだ治療の途中です」
ナナイは、出口へ続く道を空けなかった。
「相手が、本当に交渉するつもりかも分かっておりません」
「分かっている。だから、俺の目で確かめる」
シュウは、上着の袖へ腕を通した。
肩を動かしたところで、わずかに顔をしかめる。
ナナイの目が、その肩へ向いた。
「……そのお身体で」
「座って話をするくらいはできる」
クワトロが、壁から離れた。
「俺が同行しよう」
シュウとナナイが、そちらを見た。
「護衛が一人必要なのだろう。途中で具合が悪くなれば、俺が連れて戻る」
ナナイは、クワトロを見つめた。
彼は、黙って頷いた。
しばらくして、ナナイがシュウの腰の銃へ目を向けた。
「交渉が終わり次第、お戻りください」
シュウへ手を伸ばす。
彼も自分の銃を抜き、差し出された手に載せた。
「帰艦後は、医療班へ。治療の続きがございます」
「ああ。留守を頼む」
クワトロも、銃をナナイへ渡した。
ヤザンが、扉のそばから声をかける。
「大将。今度は、俺に迎えを出させるなよ」
「そうならないようにする」
「する、じゃねえ。そうしろ」
シュウは小さく笑い、クワトロと艦橋を出た。
ナナイは二人の銃を持ったまま、閉まった扉を見ていた。
◇
連絡艇の窓いっぱいに、サダラーン級の船体が広がった。
その脇を、護衛のモビルスーツが飛んでいる。
ライフルの銃口は、艇から外れなかった。
シュウは窓越しに、もう一方の岩へ目を向けた。
暗い表面に、四角く開いた場所がある。
その奥に、照明をつけた作業場が見えた。
船体の一部を外したムサイが、足場の間に収まっている。
作業用の機械が、交換する装甲板をゆっくりと運んでいた。
別の入口からは、貨物を積んだ小艇が出てくる。
「艦隊ごと、ここで暮らしているのか」
シュウが呟いた。
クワトロも、窓へ顔を向けた。
岩に沿って点る灯りは、一か所だけではなかった。
艦の影にも、離れた岩の陰にも、人の働く明かりがあった。
格納庫へ降りると、兵士たちが待っていた。
シュウとクワトロが艇から出た瞬間、数丁の銃が上がった。
「両手を、見えるところへ」
シュウは、ゆっくりと両手を開いた。
兵が上着の内側と腰を調べる。
クワトロも、同じ検査を受けた。
奥の壁には、旧ネオ・ジオンの印があった。
モビルスーツの整備台には人が集まり、工具の音が響いている。
通信に出た男が、兵士たちの間を歩いてきた。
「こちらへ」
銃を構えた兵が、前後につく。
通路の角にも、階段の脇にも、見張りが立っていた。
シュウは彼らを見ながら進んだ。
持っている銃は揃っている。二人を見て動いた兵の後ろにも、必ず別の兵が残った。
通りかかった作業員は、何も聞かずに道を空ける。
クワトロは、前を歩く男の背を見ていた。
古い軍の歩き方だった。
壁に残る印も、兵の胸についた徽章も、覚えのあるものばかりだった。
やがて、背の高い扉の前で足が止まった。
「お待ちです」
男の合図で、扉が左右へ開いた。
◇
広い謁見の間だった。
奥まで続く床の両側に、兵士が並んでいた。
その銃口が、入ってきた二人を追う。
高い壁には、ジオンの紋章が掲げられていた。
数段の階段を上がった壇の中央に、椅子が一つある。
そこに、一人の女が座っていた。
飾りの少ない服だった。
落ち着いた顔つきで、こちらを見下ろしている。
案内の男が、壇の前で頭を下げた。
「お連れしました」
女は頷いた。
「ミネバ・ザビである」
シュウの目が、少し細くなった。
クワトロは、女へ礼をした。
「クワトロ・バジーナと申します。こちらにいるシュウの護衛を任されて参りました」
女の視線が、彼の顔に止まった。
だが、何も言わなかった。
「そなたが、かの連邦の旗艦を奪ったという男か?」
シュウへ、目が戻った。
「ああ」
「そして、追撃を受けてここへ逃げてきたというのは、まことか」
「その通りだ」
ミネバと名乗った女は、椅子の肘掛けへ手を置いた。
「あれだけの連邦の数をかいくぐってきて、これだけの傷というのは、むしろ称賛に値する」
シュウの後ろで、兵の靴が小さく鳴った。
「称賛はありがたい。だが、失ったものも多い」
シュウは、壇の上の女を見た。
「ここでの補給を期待している」
ミネバは、わずかに眉を動かした。
「ほほう……いいであろう。補給を認めよう」
「感謝する」
女は、シュウを見つめた。
やがて、案内の男へ目を向ける。
「長旅で疲れたであろう。茶を用意させよう」
壇の下に、椅子が二つ運ばれた。
低い卓に、端末が置かれる。
シュウとクワトロが腰を下ろすと、ミネバは兵たちに銃口を下げさせた。
◇
「食料、医薬品、弾薬。推進剤と、整備用の部品」
ミネバは手元の資料を見た。
「通信で聞いた希望だな。加えて、あの大きな艦を整備する場所も求めているとか」
「ああ。艦内で済む修理には限りがある。外から船体を点検し、傷んだ箇所を直したい」
「部品の型は分かっているか」
「整備を担当する者から、一覧を渡す。使える部品がなければ、作る設備を借りたい」
ミネバは、後ろの男を見た。
男が頷いた。
「この艦隊は、各地に残った兵たちを受け入れてきた。戦争のたびに居場所を失い、家族を連れて来た者もいる」
「そなたらがこのアステロイドベルトに来たことで、連邦に勘づかれ、騒ぎを起こされては困るのだ」
クワトロが答えた。
「心得ている」
声は静かだった。
側近の男が、扉の向こうへ声をかけた。
「ハマーン。お客人に、お茶を」
クワトロの指が、椅子の肘掛けで止まった。
「はい」
扉の向こうから、返事があった。
◇
しばらくして、盆を持った女が入ってきた。
兵士が、一歩横へ退いた。
女はその脇を通り、二人の座る卓へ向かう。
服の袖を肘の手前までまくり、盆の上の器を気にしながら歩いていた。
顔を上げた。
クワトロは、息をのんだ。
髪には、白いものが混じっていた。
目元にも、過ぎた年月が刻まれている。
だが、その目を、クワトロは知っていた。
――ハマーン。
遠い日の謁見が、頭をよぎった。
幼いミネバのそばに立っていた女。
こちらを見据え、言葉を返してきた、あの顔。
目の前の女は、知らない客を前に、少しだけ肩をすくめていた。
「どうぞ」
卓に盆を載せ、一つずつ器を下ろす。
クワトロの前にも、茶が置かれた。
「ありがとう」
「いいえ」
クワトロは、小さく頷いた。
女の目は、クワトロの顔の上を、ほかの客と同じように通り過ぎていった。
「足りなければ、お呼びください」
女は、二人へ小さく頭を下げた。
空いた盆を持ち直し、入ってきた扉へ戻っていく。
クワトロは、その背中を目で追わなかった。
膝の上で、指を一度だけ握った。
扉が閉まった。
ミネバの視線が、ほんの一瞬、クワトロの上で止まった。
それから、シュウへ戻る。
シュウは、置かれた茶を一口飲んだ。
クワトロの器からは、まだ湯気が上がっていた。
「明日、担当者を連れて、もう一度参れ。物資の引き渡しと、整備の順番を決めよう」
シュウが、椅子から立った。
「では、明日」
クワトロも立ち上がった。
卓の茶は、ほとんど減っていなかった。
◇
連絡艇へ戻る途中、シュウは何度かクワトロを見た。
彼は前を歩く兵の背を追い、余計なことは何も言わなかった。
艇がサダラーン級を離れてから、シュウが口を開いた。
「ミネバ・ザビ。あんたの知っている女か」
クワトロは、窓へ目を向けていた。
「俺が知っているのは、まだ幼かった頃だ」
「そうか」
シュウは、それ以上は聞かなかった。
窓の外で、ムサイが船体を傾けた。
連絡艇の進路を空けながら、その砲口はレビルを追っている。
「警戒は、まだ解かんようだ」
シュウが言った。
クワトロは、ようやく彼を見た。
「あの立場なら、当然だ」
「ああ。簡単に懐へ入れる相手より、信用できる」
シュウは、座席へ背を預けた。
上着の肩口を軽く押さえる。
クワトロはその手を見て、操縦する兵へレビルの格納口を確かめた。
◇
帰艦すると、ナナイが格納庫で待っていた。
その後ろには、医療班もいた。
シュウが、足を止めた。
「先に、報告を――」
言い終える前に、医療班がシュウの両脇についた。
「クワトロ、頼めるか」
「いいだろう」
「歩きながら伺いますね」
ナナイは、預かっていた銃を兵に託した。
医療班に連れられていくシュウを追い、クワトロと並んで通路へ向かった。
「補給は認められた。明日、担当者を連れて、物資の引き渡しと整備の順番を決める」
クワトロの報告を、ナナイは端末へ書き込んだ。
「では、ガランと整備担当を。物資の一覧は、こちらでまとめます」
医療班は、そのままシュウを医務室へ連れていった。
扉が閉まり、ナナイたちは通路に残った。
「相手を率いていたのは、誰でしたか」
「ミネバ・ザビと名乗った」
ナナイが、端末から目を上げた。
「……ザビ家の」
「本人かどうかは、今のところ分からん。だが、あの艦隊を動かしている。交渉も、彼女が決めていた」
クワトロは、ナナイへ目を移した。
「ハマーン・カーンがいた」
ナナイの手が止まった。
「俺を見ても、何も気づかなかった」
ナナイは、彼を見ていた。
言葉は返さなかった。
ナナイが、端末を閉じた。
「では、明日の準備を進めます」
ナナイは、クワトロをもう一度見た。
何かを言うことはなく、通路を歩いていった。
*
クワトロは、通路の窓の前で立ち止まった。
遠くに、サダラーン級が見えた。
護衛艦は、まだその両側についている。
クワトロは窓枠へ手を置いた。
あのグリプス戦役の頃、果たせなかった共闘を、今度こそ実現できないだろうか。
だが、あのとき味わった悔しさもよみがえる。
クワトロは、長く息を吐いた。
「この先は、長そうだ」
岩陰に並ぶ艦の灯りを、しばらく見ていた。
(つづく)
第47話「岩陰の艦隊」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
《暁》から運び込んだ荷が、まだ通路に積まれたままのゼネラル・レビル。
持ち主の名前が書かれた箱に、シュウが一度だけ目をやる場面から始めました。何も言わずに通り過ぎる。それが、今のシュウなりの受け止め方なのだと思います。
出かける前の艦橋では、ナナイがシュウの銃を預かりました。
止めきれないと分かっていても、せめて自分の手で送り出したい。言葉にしない心配を、手の動きで見せたかった場面です。
ヤザンの「今度は、俺に迎えを出させるなよ」「する、じゃねえ。そうしろ」も、前回ポッドを受け取りに行った彼だからこその一言でした。
そして、小惑星帯の岩陰に潜んでいたのは、サダラーン級とムサイ級の艦隊。
戦争のたびに居場所を失った兵たちと、その家族が暮らす場所でした。
率いていたのは、「ミネバ・ザビ」と名乗る女性です。本当に彼女がミネバなのか。それは、これから少しずつ明らかになっていきます。
お茶を運んできた女性の名は、ハマーン。
ΖΖをご覧になった方には、この名前の重さが伝わったかと思います。かつてネオ・ジオンを率いた彼女は、今は何も覚えていないまま、静かに客へ茶を出していました。
クワトロは、その名を声には出しませんでした。警戒されている交渉の席で、旧知だと明かすような男ではありません。心の中で一度だけ呼び、膝の上で指を握る。それが精いっぱいでした。
帰艦してから、クワトロはようやく「ハマーン・カーンがいた」と口にします。
そのとき、ナナイの手が止まりました。彼女が何を思ったのかは、今は書かずにおきます。
最後のクワトロの独白に出てくる「グリプス戦役の頃、果たせなかった共闘」は、『機動戦士Ζガンダム』でクワトロがアクシズと手を組もうとした出来事のことです。
あのとき叶わなかったものが、今度は形になるのか。
「この先は、長そうだ」というクワトロの言葉どおり、シュウ陣営の新しい物語は、ここから始まります。
次回も、どうぞよろしくお願いいたします。