今回はシュウの過去を中心に、これまで断片的に見えていた彼の人間性や、現在の行動につながる出来事を描いています。
少し長めの回になりますが、後半まで読んでいただけると、第1話でのシュウの言動にも少し違った見え方が出てくるかもしれません。
それでは、よろしくお願いします。
砂漠のただ中に、その施設はあった。
乾いた大地に打ち込まれた杭のような、灰色の建造物。周囲には町らしい町もなく、遠くまで見渡しても砂と岩ばかりが続いている。
連邦治安局――。
その建物の奥深く。
窓一つない取調室に、一人の青年が拘束されていた。
両腕は肘掛けに固定され、手首には金属製の拘束具。両脚も同様に椅子へ固定されている。
さらに胸元から腰にかけて、幾重にもベルトが巻かれていた。
青年は抵抗する様子もなく、黙って椅子に腰掛けていた。
取調室の扉が開く。
「ヤザン主任……」
それまで青年を担当していた捜査官が、入ってきた男を見て立ち上がった。
日に焼けた肌。短く刈った髪。四十を過ぎたあたりだろうか。スラっとした体格の男だった。
胸元には、小さな身分証が下げられている。
――連邦治安局 主任捜査官 ヤザン。
「お疲れさん。あとはこいつのことは俺がやる。お前は下がってろ」
「あ……はい。了解しました」
捜査官が部屋を出ていく。
男は入れ替わるように、幾重にも拘束された青年の正面へ腰を下ろした。
しばらく青年の顔を眺める。
「一通り、お前さんのことはいろいろと調べさせてもらった」
返事はない。
「DNA鑑定、指紋。それからコンピュータに登録されてる戸籍、犯罪歴、軍歴……まあ、調べられるものは一通りな」
青年は黙っている。
「ところが、だ」
ヤザンは椅子の背にもたれた。
「何ひとつ出てこないんだ」
青年はわずかに視線を上げた。
「指紋は照合できない。DNAにも該当なし。戸籍もなけりゃ、犯罪歴も軍歴もない。何一つヒットするもんがないとは……」
ヤザンは青年を見つめる。
「まるで、何もかもがお前さんの存在そのものを否定してるみたいじゃないか?」
わずかな沈黙。
「一体、お前さん――何者なんだ?」
答えはなかった。
ヤザンはしばらく待った。
やがて、諦めたように鼻から息を吐く。
「俺の母親から聞いた話では俺の親父は、ヤザンっていう名前なんだそうだ」
青年の眉が、ほんのわずかに動く。
「親父は名が幸運をもたらすってんで、自分の名前がえらく気に入っててね。息子の俺にまで同じ名前をつける始末。」
ヤザンは苦笑した。
「ただ、俺はこの名前が大っ嫌いでな。」
青年は黙って聞いていた。
「ひょっとすると、お前さんも同じ理由でダンマリきめこんでるんじゃないだろうなあ?」
ヤザンは少し身を乗り出した。
「もしそうなら、境遇としちゃ俺と一緒だ。せめて名前ぐらい教えてくれても構わないだろう?」
沈黙。
だが――今度は青年の唇が動いた。
「シュウだ」
ヤザンの顔がわずかにほころんだ。
「シュウっていうのかい。いい名前じゃないか」
シュウは何も答えなかった。
「そこで質問なんだがな、シュウさん」
ヤザンの声音が少しだけ変わった。
「お前、なんでそこまでイエロースーツに固執する?」
シュウの目がヤザンを見る。
「あれだけ連中を嗅ぎ回って、砂漠の街じゃあんな騒ぎまで起こした」
ヤザンは続ける。
「俺たち治安局から追われるくらい、お前さんの脳みそなら想像できただろうに」
しばらくして――
シュウが口を開いた。
「……復讐」
「復讐?」
「そうだ」
ヤザンは答えず、机の片隅へ一瞬だけ目をやった。
そこには、取調室にいる人間の心拍や呼吸、わずかな身体反応を拾うモニターがある。
数値に、大きな乱れはない。
ヤザンは再びシュウを見る。
「(嘘じゃねえ……)」
小さく呟く。
「だが、全部喋ってる顔でもねえな」
シュウは何も言わない。
ヤザンは腕を組んだ。
「お前さん、ひょっとして――イエロースーツに何かされたのかい?」
シュウはまったくの無表情であった。
ただ、その左眼だけがヤザンを見ていた。
左目の瞳の奥底から。
ゆらり。
炎が揺れた。
徐々に炎は大きくなっていく。
ここはどこかの辺境の地。とある村。
村から少し離れた場所に、古びた一軒家があった。
壁はところどころ色褪せ、軒先には乾燥させた薬草などが吊るされている。周囲には似たような家すらほとんどない。
その古びた家を一人の女が訪ねてきた。
黒い服を身にまとった女だった。
左眼を黒い眼帯で覆っている。
その手に引かれているのは、六歳ほどの少年だった。
少年は不安そうに家を見上げながら、女の手を強く握りしめていた。
二人の後ろには、荷物を持った男が一人ついてきていた。
女が戸を叩いた。
しばらくすると、中から小柄な老人が姿を現した。
老人は女を見る。
そして、その隣に立つ少年へ目を移した。
「……この子か?」
「はい、老師。以前お話ししていた子です」
女は少年の背中へそっと手を添えた。
「名は、シュウと申します」
シュウは女の陰へ身を隠した。
老人が自分を見ている。
それだけで、居心地が悪そうに俯いてしまう。
「以前お話しした通り、この子を老師にお預けしたいのです」
女は続けた。
「いずれこの子には、自らの身を守り、人を見極め……生き抜くための術が必要となるでしょう。老師から、それを教えていただきたいのです」
老人は、女の陰からじっと見ているシュウを一瞥した。
少し考えるような間を置いたあと、仕方がないとでもいうように息を吐く。
「……分かった。引き受けよう」
女の後ろに控えていた男が前へ出る。
手にしていたケースを開いた。
生活費と呼ぶには、あまりにも多額の現金が詰められていた。
「この子に必要なものは、ここからお使いください」
「……わかった」
老人は何も聞かなかった。
「……受け取っておこう」
男が、もう一つ小さな包みを取り出した。
女はそれを老人へ差し出す。
「老師。こちらも今月の分です」
老人が受け取る。
「老師もご存じの通り、その薬はこの辺りでは手に入れることが叶いません」
「うむ」
「来月もお持ちしますので、どうかお身体をご自愛ください」
老人は包みを懐へしまった。
「わかっとる。まだ死ぬわけにはいかんのでな」
女がわずかに微笑む。
そして――シュウの前にしゃがんだ。
「シュウ様」
「……なに?」
「今日から、ここのお家があなたのお家となります」
シュウの顔が曇った。
「……ナナイ、行っちゃうの?」
「はい」
シュウの手が、ナナイの服を掴む。
ナナイはその小さな手に、自分の手を重ねた。
「必ずまた来ます」
「……ほんと?」
「ええ。ですから、心配なさらないでください」
やがてナナイが立ち上がる。
「では老師。また来月、お伺いいたします」
「ああ」
ナナイと男が歩き出す。
シュウはその場から動かなかった。
小さくなっていくナナイの背中を、いつまでも見つめている。
老人がそんなシュウを横目で見た。
「おい、小僧」
「…………」
「もう家の中に入るぞ」
シュウは袖で目元を拭った。
そして――。
まだ少し鼻をすすりながら、老人の後を追っていった。
翌朝から老人の修行が始まった。
「ほれ。両手に一つずつ持て」
「それを持って、向こうまで歩いて戻ってこい。ただし――」
「一滴でもこぼすでないぞ」
シュウはぎこちなく歩く。
少し慣れてきたところで、老人が小石を転がす。
シュウが踏む。
水がこぼれる。
「足元ばかり見でない」
もう一度。
また失敗。
「おい小僧。最初からやり直しじゃ」
何度も繰り返す。
泥と水でぐしゃぐしゃになったシュウ。
とうとう泣き出す。
「……もう、やだ……」
「できないよ……」
「なんじゃ。もうやめるのか?」
「やめたいなら、やめてもええぞ」
「じゃが、来月になればあの女がまた来るんじゃろ」
「その時、こんな体たらくなお前を見て、女が何と言うかのう」
シュウが涙を拭く。
「……やるよ」
「なんどでも、やる」
老人がわずかに笑う。
「……そうか」
何度も何度も同じ修行を繰り返した。
老人の言いつけは厳しくつらいものではあったが、次第に少年はその修行にも慣れ、老人からありとあらゆる技と技術を会得していった。
幾年もの月日が過ぎていった。
幼かったシュウも、今では十五歳になっていた。
「師匠、風呂の水はこれで足りますか?」
家へ続く道を、少年が歩いてくる。
両手には、大きな桶が一つずつ。
どちらにも水が縁近くまで入っている。
だが、その水面はほとんど揺れていなかった。
「ああ。そこへ置いといてくれ」
「はい」
シュウは二つの桶をこともなげに下ろした。
家の前に腰掛けていた老人も、あの頃よりいくらか老けている。
「シュウよ、ご苦労じゃった。飯にするとしようかのう」
「はい、師匠」
二人が食卓につく。
いつもと変わらない朝食。
シュウが箸を伸ばした、その瞬間だった。
老人の箸が横から伸びてくる。
だが――。
カッ。
シュウの箸がそれを受け止めた。
次の瞬間。
老人が狙っていたおかずではなく、シュウの箸が逆に老人の皿へ伸びる。
ひょい。
一番うまそうな一切れが消えた。
シュウは何食わぬ顔で口へ運ぶ。
老人の眉が吊り上がった。
「年寄りのおかずに手を出すとは、なんちゅうやつじゃ」
「歳のせいにして、甘えられたら困りますよ、師匠」
「……ほんに、生意気になりおって」
シュウは笑った。
老人も、呆れながら飯を口へ運ぶ。
そこに戸を激しく叩く音がした。
ドンドンドンッ!
「ペペさん! ペペさん!」
老人――ペペが顔を上げた。
「なんじゃ、朝っぱらから」
戸を開ける。
そこには息を切らした村人が立っていた。
「女の子が一人、道端で倒れてるんだ!」
シュウも箸を置いて振り返る。
「ひどい怪我をしてる。なんとかしてくれないか!」
ペペの表情が変わった。
「……どこじゃ」
「こっちだ!」
ペペはすぐに治療道具を手に取る。
「シュウ」
「はい」
二人は村人の後を追って、家を飛び出した。
村人に案内され、二人は村外れへと向かった。
しばらく走ったところで、道の先に何人かの村人が集まっているのが見えた。
「ペペさん、こっちだ!」
人垣が開く。
その中心に、一人の少女が倒れていた。
年の頃は、シュウよりいくらか幼いだろうか。
衣服はところどころ破れ、露出した腕や脚には無数の擦り傷が走っている。
土と泥にまみれ、髪には小さな枝や葉まで絡みついていた。
「…………」
シュウが息を呑む。
ペペはすぐに少女の傍らへ膝をついた。
「見つけた時から、このままなんだ」
村人が心配そうに言う。
「声をかけても全然起きなくてよ」
「……分かった。少し下がっとれ」
ペペは少女の手首を取り、脈を確かめた。
続いて呼吸を確認する。
「息はしとる」
シュウが傍らにしゃがみ込む。
「師匠、この傷……」
「ああ」
ペペは少女の腕や脚を確認していった。
細かな傷は多い。
だが、そのほとんどは見た目ほど深くない。
「ずいぶん派手にやられとるが……身体の傷は、見た目ほどひどくはないようじゃな」
ペペの手が止まった。
少女の髪をそっとかき分ける。
その表情が変わった。
「……こいつが一番まずいのう」
「え?」
シュウが覗き込む。
少女の頭部には、何かに強く打ちつけたような傷があった。
「頭を打っておる。脳にまで障害が残っておらねばよいが……」
シュウの表情が曇った。
「ここでは何もできん。とにかく家へ運ぶぞ」
「はい」
少女がペペ達の家で介抱されてから数日が過ぎた。
少女は、一室に寝かされていた。
身体中の傷には手当てが施され、頭には包帯が巻かれている。
ペペは日に何度も少女の様子を確認した。
シュウも水を替え、言いつけられた薬を運んだ。
だが――少女はなかなか目を覚まさなかった。
その日。
シュウはいつものように、水の入った器を持って部屋へ入った。
枕元に置こうとした時だった。
シュウは少女の指が、わずかに動いたことに気づいた。
やがて少女の瞼がゆっくりと開いていく。
「…………」
ぼんやりと天井を見つめている。
「おい」
シュウは器を置いた。
「聞こえるか?」
少女の目が、ゆっくりとシュウへ向いた。
「…………」
シュウはすぐに立ち上がった。
「師匠!」
部屋を飛び出す。
「師匠! あの子が目を覚ました!」
ほどなくして、ペペが入ってきた。
「どれ」
少女の傍らに腰を下ろす。
「お嬢ちゃん。わしの声が聞こえるか?」
少女が小さく頷いた。
ペペは少女の目の様子を確かめる。
そして、目の前で三本の指を立てた。
「お嬢ちゃん。わしの指が何本に見える?」
少女はぼんやりと指を見つめる。
「……三本」
「そうか。」
ペペの表情が緩んだ。
傍らのシュウも、ほっと息を吐く。
「頭をひどく打っとったからのう。目を覚まさんのではないかと心配しとったんじゃ」
少女はまだ状況が分からない様子で、二人を見ている。
ペペは少し声を柔らかくした。
「嬢ちゃん。名前はなんていうんだい?」
「なまえ…………」
少女が口を開く。
「私は……」
しばらくして。
「なまえが…………わからない」
シュウの表情が変わった。
「え?」
「私……自分の名前が、わからない……」
ペペの顔から、先ほどまでの笑みが消えた。
少女は必死に思い出そうとする。
その瞬間少女の頭に激痛が走った――。
「お嬢ちゃん、無理に思い出そうとせんでええ」
ペペがすぐに止める。
「今はまだ休んどきなさい」
「…………」
少女は息を整えながら、ゆっくりと部屋を見回した。
そして不安そうに尋ねる。
「……ここは、どこですか?」
シュウも少女を見つめる。
ペペは、少女の頭に巻かれた包帯へ目をやった。
「……シュウよ、ちょっとこっちへ来なさい。」
「うん?」
隣へ移るとペペはシュウに深刻そうに言った。
「どうやらこの子は――記憶を失っておるらしいのう」
シュウは何も言えなかった。
少女の傷はかなり回復した。
ふと、村人が見舞いに立ち寄った。
「おお、起きられるようになったのか」
「助けてくれて、ありがとうございました」
「いやいや。俺はペペさんを呼んだだけだよ」
村人がふと思い出す。
「そういや……」
「この子を見つけた時なんだけどな。何かずっと呟いてたんだよ」
「ミ……リア……」
「……ミリア?」
少女がその言葉を繰り返す。
「ミリア……」
シュウが聞く。
「聞き覚えがあるのか?」
「……わからない」
「でも……」
「なんだか……知ってる気がする」
ペペ爺。
「さてのう。その言葉がお嬢ちゃんの名前だったのか、確信は無いのじゃがのう……」
少女。
「……ミリア」
「私の名前……ミリアなのかな」
「そうかもしれないな」
「……うん」
「私、ミリアでいい」
「“でいい”って……」
「だって、いつまでも名前がないままじゃ困るでしょ?」
「ほっほっほ。では決まりじゃな」
こうして少女は、ミリアと呼ばれるようになる。
ミリアは家事を手伝うようになる。
食器を洗う。
掃除をする。
薬草を整理する。
「おい、ミリア。それは俺がやるよ」
「これくらい大丈夫よ」
「まだ怪我人だろ」
「もう治ってるってば」
「この前まで寝込んでた奴が言うなよ」
「シュウって、意外とうるさいのね」
「心配して言ってるんだよ」
「はいはい」
それを見ているペペ爺。
「ほっほっほ……」
「師匠、何笑ってるんですか?」
「別に何でもないわい」
いつの間にか、ペペとシュウの二人だった家には、ミリアのいることが当たり前になっていた。
やがて身体がすっかり回復する頃には、ミリアもシュウと同じ学校へ通うようになっていた。
ミリアが学校へ通うようになって、しばらく経った。
シュウは、学校でも女子生徒からの人気がすごかった。
ミリアはそんなシュウが自慢だった。
「シュウ兄、早く!」
「分かったから走るなって」
そんな二人の姿も、学校ではすっかり見慣れたものになっていた。
ある日の放課後。
ミリアが校舎の脇を通りかかると、少し離れたところにシュウの姿が見えた。声をかけようとしたが、足が止まる。
向かいには、一人の女子生徒がいた。
「私、シュウ君のことが好きなの。……付き合ってもらえる?」
「ごめん。俺、そういうことには全然興味ないんだ」
それだけ言うと、シュウはさっさとその場を立ち去ってしまった。
「…………」
ミリアはその様子を物陰から眺めていた。
満更でもない顔をすると、ミリアもその場を後にした。
*
パンッ
「あんた、一体何様のつもりよ!」
突然浴びせられた平手に、ミリアはたじろいだ。
「え……?」
数日後の放課後。
ミリアの前には、先日シュウに告白していた女子生徒が立っていた。
その後ろには、友人らしい女子生徒が数人いる。
「あんた、シュウ君と一緒に住んでるらしいじゃない」
「……そうだけど」
「本当の兄妹でもないくせに……」
「…………」
「それなのに毎日一緒に学校へ来て、帰る時も一緒。挙句の果てに私のシュウと一つ屋根の下なんて…」
「……っ!」
ミリアは目を見開いた。
叩いた女子生徒自身も、一瞬だけ動きを止める。
だが、すぐに自分の行為を取り繕うように声を荒らげた。
「とにかく、あんた、生意気なのよ!」
ミリアは赤くなった頬を押さえた。
その時だった。
「――ミリア?」
聞き慣れた声に、女子生徒たちの顔色が変わった。
シュウがこちらへ歩いてくる。
「どうした?」
シュウの視線が、ミリアの頬で止まる。
「……お前、その顔」
「シュ、シュウ君……」
女子生徒は気まずそうに目を逸らすと、
「……行こう!」
友人たちを連れ、逃げるように立ち去っていった。
シュウはそんな事も気にせずミリアを心配した。
「大丈夫か、ミリア」
「……うん。大丈夫」
「大丈夫って、お前。叩かれてたじゃないか」
「…………わたしが悪いから」
シュウは少し考え込むように、ミリアを見つめていた。
*
翌朝。
学校は休みだった。
家の裏手には、シュウが幼い頃から使ってきた小さな修練場があった。
シュウはそこへミリアを連れ出した。
「なあ、ミリア」
「なに?」
「今日から、お前にも自分の身の守り方を教えるよ」
「……私が?」
「ああ」
シュウは昨日叩かれたミリアの頬をちらりと見た。
「お前、ちょっと人が良すぎるんだよ」
「なによ、それ」
「悪口じゃないって」
シュウは苦笑する。
「それに、いつも誰かが助けに来てくれるとは限らないだろ?」
「…………」
「だから、せめて自分の身くらいは自分で守れるようにしとけよ」
ミリアはしばらくシュウを見つめていたが、やがて頷いた。
「……分かった」
「よし。じゃあ、まず立ち方からだ」
シュウはミリアの前に立った。
「いいか。相手と向き合う時、真正面から立つな」
身体をすっと斜めにする。
「こうやって半身になる」
ミリアも見よう見まねで身体を斜めにした。
「……こう?」
「そう。真正面から突っ立ってるより、相手から見える身体の幅が小さくなる」
シュウはミリアの姿勢を確かめる。
「そんなに力を入れるな。すぐ動けるようにしとけ」
「……こうかな」
「そうそう。そんな感じ」
ミリアが何度か姿勢を取り直す。
「じゃあ、次」
シュウは傍らに置いてあった修練用の木剣を手に取った。
「いいか。どんなに身体を鍛えた奴でも、鍛えられないところがある」
「鍛えられないところ?」
「ああ」
シュウは木剣の先で、ミリアの膝や肘などの関節を順に示していく。
「ここと、ここ。関節。それから、すねみたいに骨がすぐ近くにあるところ」
「…………」
ミリアは木剣の先を目で追う。
シュウはさらに木剣を上げた。
「首なんかもそうだ。身体には、鍛えたってどうにもならないところがある」
「そういうところを狙えばいいの?」
「どうしても戦わなきゃならない時はな」
シュウは木剣を下ろした。
「お前よりずっと身体の大きな奴が相手でも、ここだけは女性の力でも攻撃されるとひるませる事が出来る。」
ミリアは真剣な表情で頷いた。
「相手の力量を見極める」
「力量?」
「ああ。相手が自分より強いのか、弱いのか。戦う前にちゃんと見ろ。徐々に覚えていこう。」
「もし私の方が強かったら?」
「それならいい」
「じゃあ……相手の方が強かったら?」
シュウは即答した。
「逃げろ」
「え?にげちゃうの?」
「勝てない相手と戦う必要ないだろ」
「でも、それじゃ負けたみたいじゃない」
「負けたっていいじゃないか」
シュウは当たり前のように言った。
「無事に帰れた方が大事だろ」
「…………」
ミリアは少し意外そうにシュウを見る。
「逃げるのも、身を守る方法の一つなんだよ」
「……そっか」
「ただ、逃げようと思っても逃げられない時だってある」
「その時は?」
「そのためのやり方もある。これから教えるよ」
それからシュウは、ミリアに様々なことを教えていった。
相手との距離の取り方。
危険を察した時の逃げ方。
自分より大きな相手への対処。
そして、戦わなければならない時に、どう自分の身を守るのか。
幼い頃から長い年月をかけて身につけてきたものを――
今度はシュウが、ミリアへと一つずつ叩き込んでいった。
シュウとミリアが相変わらず修行をしている。
二人の様子をペペ爺は微笑ましく見守っていた。
「ほっほっほ……」
思わず笑みがこぼれる。
「老師」
一人の男が突如声をかけてきた。
「少々、お伝えしたいことが」
ペペ爺。
「……仕事か?」
男がシュウとミリアを見る。
ペペ爺と男は少し離れる。
会話の内容は二人には聞こえなかった。
「……分かった」
「では、よろしくお願いいたします。老師」
男が帰る。
ペペ爺が二人のところへ戻る。
「シュウ、ミリア」
「なんですか、師匠?」
「なに、師匠?」
「わしは明日、いつもの出張に出かけねばならんのでな。一日、家を空けるぞ」
「わかりました」
「二人で留守番を頼むぞ」
「はい」
「分かった、師匠」
その夜。
二人が眠ったあと、ペペ爺は家を出た。
その日の深夜。
村から離れた大きな屋敷。
寝室で眠っていた屋敷の主が、異変に気づく。
(静かすぎる。)
目を開けた瞬間。
小さな吹き矢が首へ刺さった。
「うっ……」
館の主が振り返ると闇の中に老人が立っていた。
「ほっほっほ……」
屋敷の主が顔色を変える。
「き、貴様……何者だ!」
身体に異変。
「いったい……お前……何をした……!」
「もうじき、手足の感覚がなくなってくる頃じゃ。そのうち、立っていることもできんようになるじゃろて・・・」
老人は静かに笑う。
「薬の扱いは、わしの専売特許でのう」
男が倒れる。
暗闇の中、細く開かれた老人の眼だけが、鋭く光っていた。
シュウとミリアはいつものように修練に励んでいた。
「だから違うって、ミリア。もう少し相手の動きを見ろよ」
「見てるってば、シュウ兄!」
「見てたら、そんな簡単に――」
シュウがミリアの腕を取る。
「きゃっ!」
ミリアが体勢を崩す。
シュウが支える。
顔が近い。
見つめ合う二人。
ミリアが離れる。
「……もう一回やろ、シュウ兄」
「……あ、ああ」
二人は再び向かい合い、組み手を始めた。
さらに月日が流れ、シュウは18、ミリアも近い年齢に成長していた。
夕食後。
シュウとミリアが片づけをしている。
「ねえ、シュウ兄」
「ん?」
「シュウ兄は……聞かないの?」
「何を?」
「私のこと」
「私が……誰だったのか」
「だって私、自分の名前だって本当にミリアなのか分からないんだよ」
「師匠もシュウ兄も、今まで何も聞かなかったでしょ?」
「お前が知らないのに、俺が聞いてどうするんだよ」
「そりゃ、気にならないって言ったら嘘になるけど」
「でも、思い出せないものを無理に思い出せって言っても仕方ないだろ」
「それに、今のお前がミリアなのは変わらないじゃないか」
「……私ね」
「最初は、思い出したかったんだ」
「自分が誰なのか。どこから来たのか」
「家族がいるのか……どうしてあんなところで倒れてたのか」
「全部、知りたかった」
「でもね……最近、ちょっと怖いの」
「……記憶が戻ること」
「もし、思い出した私が……今の私と全然違う人だったら?」
「どこかに本当の家族がいて、そこへ帰らなきゃいけなくなったら?」
「もしかしたら……好きな人だって、いたかもしれないし」
「……」
一瞬シュウは言葉に詰まった。
「今ここで過ごしたことまで、なくなっちゃったらどうしようって」
「師匠のことも……」
「シュウ兄のことも……」
「全部、忘れちゃったらって思うと……怖い」
シュウは笑顔を保った。
「そんなこと、まだ起きるって決まったわけじゃないだろ」
「だったら、今から怖がってても仕方ないよ」
「私……記憶なんか戻らなくてもいい」
「今のままでいい」
「師匠がいて……シュウ兄がいて……」
「私、ここにいたい」
そして――。
「だって私……」
「シュウ兄のことが好きだから……シュウ兄は?」
「俺も好きだよ」
「……ほんと?」
「ああ」
そしてシュウは、ミリアの華奢な身体を強く抱きしめるのだった。
窓の向こうでは、夕日が空を真っ赤に染めていた。
二人の初めての恋もまた、その夕日のように、赤く燃え上がっていくのだった。
一方 隣町の一角。
黄色いスーツを着こなした男が、とある店の主人と話している。
店主は以前、ペペ爺へ仕事を持ってきた男だった。
「噂によると旧ネオ・ジオンの残党らしい。うちも3人が犠牲になっているんです。ぜひ命令を出している上官をやってほしい。」
相手の男は静かに答える。
「分かりました。お任せください」
スーツ姿の男は大金の入ったアタッシュケースを置いて行った。
シュウとミリアがいつものように修練している。
そこへ以前と同じ男が声をかけてきた。
「老師、少々、お伝えしたいことが」
「ほう。今度はどんな用件じゃ?」
二人はシュウたちから離れる。
話を聞いたペペ爺は躊躇なく答えた。
「早ければ、今晩中には仕事は終わるじゃろう」
「何か遅れるようなら、わしの方からお主に連絡を入れる」
男は去っていった。
ペペはいつものように二人に話しかけた。
「わしは今晩、また出張に出るぞ。二人で留守番を頼む」
「分かりました」
「うん」
シュウとミリアが一瞬、互いを見る。
「……じゃあ、今日も二人だね。シュウ兄」
「……そうだな」
ペペは二人の微妙な会話の違いには気づかずに家に入った。
ここは旧ネオ・ジオン兵が隠れるアジト。
薄暗い明りの部屋で、ナナイは調べものをしていた。
部下の一人がドアをノックし入ってきた。
「どうした?」
「ナナイ様。少々、お耳に入れておきたいことが」
「なにごとか?」
「昼間から、我々の周辺を探っている者がいます」
ナナイの目が部下をにらんだ。
「人物は特定できたのか?」
「それが……老師です」
「……何?」
「老師が?」
「はい。どうやら今夜、暗殺を決行するとのことで……」
「目的は?」
「……ナナイ様ではないかと」
ナナイの表情が変わる。
「なぜ老師が、私を狙うのです?」
部下はやっと本題に入れるとばかりに捲し立てた。
「……どうやら、先日我々が襲撃したイエロースーツの何人かが、関係しているようでして・・・」
「その者たちから依頼され、老師が依頼を受けたようです」
ナナイは少し驚く。
「……なんということだ」
ナナイは決断を迫られ命令するしかなかった。
「老師を捕らえなさい」
「はい」
「決して殺してはなりません」
「多少、手荒になっても構いません。ですが――」
「必ず生かしたまま、私のもとへ」
「承知しました」
部下たちがそそくさと行動に移り部屋を出ていく。
ナナイは一人取り残され、肩を震わせた。
「老師……やはり私の思い通りにはならないのですね……」
ナナイは寂しげにつぶやいた。
深夜。
ペペは一人、旧ネオ・ジオンのアジトへ向かっていた。
人気のない道を進みながら、周囲の様子を探っていく。
いつもの仕事と何ら変わらない。
依頼された標的へ近づき、その所在を確認する。
だが――。
標的となる人物を確認した瞬間。
ペペの足が止まった。
「…………」
見覚えのある女。
黒い服。
左眼を覆う黒い眼帯。
「……ナナイ?」
思わず声が漏れる。
「……どういうことじゃ」
ペペは物陰に身を潜めた。
胸元に手を当てる。
「くっ……」
わずかな痛み。
続いて、足元が揺れるような眩暈。
「……薬の予備を持ってくるべきだったわい」
薬の残りは家に置いてある。
ペペはもう一度、ナナイのいる建物を見る。
「こいつは……少々、話が違うぞ」
しばらく考えた末――。
「今夜の仕事は、ここまでじゃな」
ペペはその場を離れた。
*
同じ頃。
ペペの家。
夜はすっかり更けていた。
ミリアはシュウのすぐそばで、穏やかな寝息を立てていた。
シュウもまた、その隣で静かに眠っている。
その時だった。
何かの異変を感じ取ったシュウが、ふと目を覚ました。
「…………」
暗い部屋。
何も見えない。
だが――。
(何かが、迫ってくる。)
シュウは隣を見る。
「ミリア……」
軽く肩を揺さぶった。反応はない。
「おい、ミリア」
まだ眠っている。
シュウは静かに身体を起こした。
ミリアを起こさないよう、ベッドから降りる。脱ぎ散らかした衣服を纏うとそっと部屋の外へ出ようとした――。
が、その瞬間。
首筋へ冷たいものが当てられた。
「動くな」
シュウの背後。
いつの間にか、一人の男が立っていた。
刃物が首へ当てられている。
さらに部屋の入口にも数人。
全員、武装していた。
「…………」
「老師は今、どこにいる?」
シュウは視線だけを動かした。
「師匠は、出張だと聞いてる。だから今、家にはいない。」
兵士たちが互いを見る。
そのうち一人が、ベッドへ目をやった。
眠っているミリア。
男がそちらへ近づいていく。
「…………」
シュウの表情が変わった。
兵士がミリアへ手を伸ばす。
「ミリア!」
シュウが突然身体をひねった。
刃をかわし、男の腕を払う。
「何っ!?」
そのままベッドへ駆け寄る。
「ミリア! 起きろ!」
「……ん……シュウ兄……?」
「起きろ! 早く!」
ミリアが目を覚ます。
シュウはミリアの衣服を羽織らせ、腕をつかみ、引っ張った。
「行くぞ!」
二人が出口へ向かう。
「待て!」
パンッ!!
足を止めるための威嚇射撃。
その弾丸が壁際をかすめた。
衝撃で暖炉の薪が崩れる。
火の粉が飛び散った。
その一つが――。
カーテンへ。
ボッ。
「あっ……」
炎が一気に広がる。
「――しまっ!」
「火を消せ!」
しかし、すでに遅かった。
乾燥した布から壁へ。
火は急速に燃え広がっていく。
外。
銃声を聞いた村人たちが家から飛び出してくる。
「今の音、なんだ!?」
「あっちだ!」
「ペペさんの家じゃないか?」
「煙が出てるぞ!」
兵士たちも外の騒ぎに気づく。
「……まずい」
「ここまでだ。引くぞ!」
「だが老師は――」
「ここにはいない!」
「撤収する!」
兵士たちは次々と家を離れていった。
*
「シュウ兄!」
「水だ! 早く!」
シュウとミリアは必死に火を消そうとする。
だが、炎の勢いは増すばかりだった。
「駄目……全然消えない!」
「クソっ!!」
その時――。
ミシッ。
天井から嫌な音。
シュウが上を見る。
ミリアのちょうど真上の燃えた柱が傾きだした。
「ミリア!」
「え?」
「上だ! 危ない!」
柱が落ちる。
シュウが咄嗟に手を伸ばした。
「――っ!」
その瞬間だった。
部屋中に垂れていたコード。
縄。
細いワイヤー。
それらが突然――。
シュルシュル……
ミリアの方へ手を差し伸べるように動き始めた。
「……え?」
シュウが目を見開く。
何本ものコードが空中で絡み合う。
まるで網のように。
そして――。
落下してきた柱を受け止めた。
ドンッ!!
コードの網が大きくたわむ。
シュウは歯を食いしばる。
「くっ……!」
柱の勢いは、確かに殺した。
だが――。
完全には止めきれなかった。
ブチッ。
一本。
また一本。
コードが切れる。
「ミリア!!」
網を押し切った柱の一部が――。
ミリアの頭部を激しく打ちつけた。
「――っ!」
ミリアの身体が床へ倒れる。
「ミリア!」
シュウが駆け寄る。
「おい、ミリア!」
「しっかりしろ!」
返事がない。
「ミリア!」
額からは血が溢れ出ていた。
炎はさらに広がる。
煙が部屋を覆っていく。
「ゴホッ……!」
シュウが咳き込む。
「ゴホッ……ゴホッ、ゴホッ……!」
視界が霞む。
身体に力が入らない。
それでもミリアへ手を伸ばす。
「……ミリア……」
膝をつく。
そして――。
シュウも床へ倒れた。
炎に照らされた床に、ミリアが倒れている。
その光景だけが、シュウの目に焼きついた。
「…………ミリア……」
シュウの意識が途切れた。
*
村へ戻ってきたペペ。
遠くから赤い炎の光が見える。
「……?」
次の瞬間。
ペペの顔色が変わった。
「なっ……」
自分の家が燃えている。
「何事じゃ!」
ペペは走った。
周囲では村人たちが消火を試みている。
「ペペさん!」
「中に二人が!」
ペペは答えるより早く炎の中へ飛び込んだ。
「シュウ!」
「ミリア!」
煙の向こう。
倒れている二人。
「……!」
ペペが駆け寄る。
まずミリアを見る。
頭部から血が流れている。
「ミリア……!」
息を確認する。
「……生きとる」
シュウも倒れている。
こちらも息はある。
ペペは一瞬迷う。
そして――。
頭を強く打っているミリアを抱き上げた。
「待っとれ、シュウ!」
「すぐ戻る!」
ミリアを抱え、炎の外へ飛び出す。
「ミリア、大丈夫か……!」
その時だった。
ペペが顔を上げる。
「…………」
周囲。
いつの間にか――。
ネオ・ジオンの捕縛部隊に囲まれていた。
ペペはミリアを庇うように身体を動かす。
「……お前たち、一体何者じゃ」
兵士たちは武器を構える。
「老師」
「我々と一緒に来てもらいます」
「…………」
ペペが燃える家を見る。
中にはまだシュウがいる。
「悪いが、今はお前さんらに付き合っとる暇はないんじゃがのう」
ペペの目つきが変わる。
兵士の一人が叫ぶ。
「撃つな!」
「殺すなとの命令だ!」
ペペはその言葉を聞いた。
「…………」
わずかに目を細める。
*
一方。
ナナイ率いる別働隊の兵士たちが、炎の中へ入った。
床に倒れているシュウを発見。
「いたぞ!」
「シュウ様だ!」
二人がシュウを抱え上げる。
「急げ!」
燃える家から運び出す。
「シュウ様……!」
兵士からシュウを受け取る。
「シュウ様!」
「しっかりしてください!」
反応はない。
「シュウ様……!」
ナナイが何度も呼びかける。
「シュウ様……」
「シュウ様……」
その声が――。
遠く。
遠く。
シュウの意識の中で響いていく。
「シュウ様……」
「シュウ様……」
*
「……シュウ様」
「…………」
ゆっくりと瞼が開く。
白い天井。
知らない部屋。
「……?」
ベッドの横。
ナナイが安堵の顔でいとおしそうに見詰めていた。
「シュウ様」
「……ナナイ……?」
「シュウ様……!よかった……本当に……」
シュウが身体を起こそうとする。
「うっ……」
「シュウ様、まだ起きてはいけません」
ナナイが支える。
「……ナナイ……」
シュウが辺りを見る。ふと我に返った。
「……一緒にいた女……」
シュウが顔を上げる。
「ミリアは……どうなったんだ?」
「…………」
ナナイは答えられなかった。
「ナナイ」
しばらくして――。
「……残念ですが」
ナナイは静かに言った。
「あの火災の状況では、おそらく……」
*
炎。
赤く燃え上がる炎。
その炎が――。
ゆっくりと小さくなっていく。
やがて。
一つの瞳の中へ吸い込まれていく。
「…………」
連邦治安局。
取調室。
ヤザンは、長い間黙っていたシュウを見ていた。
「……」
「なあ、いい加減に話しちゃくれないか?」
少し姿勢を変える。
「お前さん、イエロースーツに何を――」
そんなヤザンの言葉をさえぎるがごとく冷たい物が後頭部へ押し付けられた。
カチャッ。
「…………」
ヤザンの言葉が止まった。
銃口。
いつの間にか―― 一人の女が背後に立っているのがわかる。
「シュウ様」
ナナイはヤザンではなく、シュウを見た。
「お待たせして申し訳ございません」
シュウが顔を上げた。
「ナナイ」
「はい」
「お疲れ様」
そして、何事もなかったように。
「待っていたよ」
「…………」
ヤザンは目だけを動かした。
廊下。
足音。
取調室の扉が開く。
先ほど部屋を出ていった捜査官が、ネオ・ジオン兵に銃を突きつけられながら入ってくる。
「ヤ、ヤザンさん……!」
男の顔は青ざめている。
「こいつら一体何者なんですか……!」
「うるさい。黙って歩け」
兵士が男を室内へ押し込む。
別の兵士がナナイへ報告する。
「施設内の制圧、完了しました」
「ご苦労」
二人の兵士がシュウへ近づき次々と拘束具を外していく。
カチャ。
最後の金具が外れた。
シュウがゆっくりと立ち上がる。
「…………」
長く固定されていた両手を――。
ブラブラ。
軽く振る。
そして首を左右へ動かす。
コキッ。
まるで、ちょっとした準備運動でもするかのように。
ヤザンはその様子をじっと見ていた。
頭にはまだナナイの銃が向けられている。
だが――。なぜかヤザンは怯えてはいなかった。
「……なるほどな」
ヤザンが小さく笑う。
「そう来たか」
シュウを見る。
「やっぱり俺が睨んでた通り――」
「あんた、ただ者じゃなかったんだな」
シュウは何も答えない。
その時だった。
ヤザンの右手が動いた。
素早く腰の拳銃を抜いた。
銃口が――。
シュウへ向く。
「シュウ様!」
ナナイが即座にヤザンにこれでもかと銃を押しつける。
周囲の兵士たちも一斉に武器を構える。
緊張が走る。
だが――。
シュウだけは動かなかった。
ヤザンの銃口をまっすぐ見ている。
ナナイの指が引き金へかかる。
「やめろ、ナナイ」
「……シュウ様?」
ヤザンの口元が歪んだ。
「分かってるじゃないか」
次の瞬間。
ヤザンが銃口を横へ振った。
パンッ!!
「――っ!」
撃たれたのは――。
シュウではない。
先ほどの捜査官。
男の身体が床へ崩れ落ちる。
「…………」
室内が静まり返る。
ヤザンは銃を下ろした。
そして、シュウを見る
。
「俺も、お前さんの仲間に入れてもらうぜ」
シュウはヤザンを見つめた。
シュウは羽織っていた制服を、ヤザンへ放り投げる。
ヤザンは制服を軽々と受け取り抵抗することなく羽織ってみせた。
取調室内の静けさが戻った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
今回はかなり長い回になりましたが、シュウという人物を描くうえで、一度きちんと過去を見せておきたいと思っていました。
ミリア、ペペ、ナナイとの関係は、この先の物語にも大きく関わってきます。
また、今回登場したヤザンについても、単純に「仲間が一人増えた」というだけではありません。
なぜ彼があの選択をしたのか。
そして、なぜシュウが彼を受け入れたのか。
そのあたりは、今後の行動から少しずつ見えてくればと思っています。
次回から、物語はまた大きく動き始めます。
引き続き『GUNDAM TRIANGLE』をよろしくお願いします。