第50話「朱雀の翼」をお届けします。
ついに、50話まで来ることができました。
ここまで続けてこられたのは、毎回読んでくださる皆さんのおかげです。感想や評価の一つひとつが、書き続ける力になっています。心から、ありがとうございます。
前回は、木星圏での捕獲作戦と、思いがけない二人の再会で幕を閉じました。
今回は、その続きからです。
再会した二人は、これからどうするのか。
そして、捕まえようとするほど逃げていく金色の機体を、ロロたちはどうやって迎えるのか。
題名の「朱雀の翼」が何を指しているのか、読み終えたときに思い浮かべていただけたら嬉しいです。
詳しい中身は、あえて伏せておきます。ぜひ本編でお確かめください。
それでは、第50話をお楽しみください。
ヘルメットの奥の顔を、リディは見つめていた。
年月は、確かに流れていた。
それでも、あの頃の面影が、そのまま残っていた。
――ミネバ・ザビ。
『オードリー! 聞こえるか、オードリー!』
回線に、男の声が飛び込んできた。
リディは顔を上げた。
岩の向こうから、一機のモビルスーツがこちらへ向かってくる。
灰色の機体だった。背中に、予備の腕を負っている。
その声を、リディは知っていた。
「……バナジ」
*
サプレッサーが、黒い機体の前で止まった。
バンシィの胸に、誰かが取りついている。
その後ろには、見慣れない灰色の可変機が浮いていた。
バナジは、ライフルを構えかけた。
手を止めたのは、取りついている男のヘルメットの奥が見えたからだった。
「……リディ、なのか」
リディは、両手を上げてみせた。
『久しぶりだな、バナジ』
「オードリーは! オードリーは無事か!」
『無事だ。ひどく疲れてるが、怪我はない』
バナジの肩から、力が抜けた。
それから、ようやく目の前の男を見直した。
なぜ、ここにいるのか。聞きたいことは、いくらでもあった。
『話はあとだ。早く、艦へ連れて行ってやってくれ』
オードリーを抱えたサプレッサーが、ゆっくりと向きを変えた。
リディは、黒い機体の操縦席に身を沈めた。
計器の灯は、まだ点っている。
サプレッサーと入れ替わるように、二つの光が近づいてくる。
赤い機体と、青い機体だった。
「バナジ! 見つかったのか!」
「ああ。オードリーは無事だ」
ジュドの声に答えて、バナジは黒い機体の方を見た。
炎虎が、灰色の可変機の前で止まった。
「おい。見たことのねえ機体だな。どこのだ、こいつ」
蒼天が、その横に並んだ。
カミュは、灰色の可変機をしばらく見ていた。
「……シュウのところの機体だ」
「何だと?」
ジュドの声が、低くなった。
カミュは、可変機と、黒い機体の操縦席にいる男を見比べた。
「……リディか」
『カミュさん。……ご無沙汰してます』
ジュドが、カミュの方を振り向いた。
「知り合いか?」
「シュウのところで、一緒に戦ったことがある」
『向こうじゃ、ろくに話す機会もなかったですからね。いい機会だ。……あなたの話も、ぜひ聞いてみたい』
◇
リーンホースの艦橋で、リディはアークの前に立っていた。
両脇には、エコーズの兵が二人。
少し離れて、バナジとジュド、カミュがいる。
アークは、しばらくリディの顔を見ていた。
「……リディ・マーセナスか」
「ご無沙汰しております、艦長」
リディは、まっすぐに頭を下げた。
「同じ艦にいた頃の君に比べると、ずいぶん大きくなったようだな。……嬉しいよ」
「お褒めにあずかり、光栄です」
アークは、少しだけ声を落とした。
「ダカールのことは、報告で聞いている。……本当に、悔やまれてならない」
「ありがとうございます」
リディは、顔を上げた。
「ですが、父は自分の信じた道を歩いて、その先で倒れたんです。俺も、自分の道を歩くだけです」
アークは、黙って頷いた。
「シュウのところの機体に、乗っていたそうだな」
「ええ」
「なぜ、あそこにいた」
リディは、少しだけ間を置いた。
「ダカールで捕まりましてね。そのまま、あの艦に」
「それだけか」
「……向こうに、昔の知り合いがいたんです。放っておけなかった」
アークは、リディの目を見ていた。
リディは、目をそらさなかった。
「今日は、何をしに来た」
「金色の光が見えたもので。一人で、様子を見に」
エコーズの兵が、一歩前へ出た。
「艦長。この男の身柄は、こちらで」
「いや」
アークの声は、静かだった。
「この艦で預かる。責任は、私が持つ」
兵は何か言いかけたが、アークの顔を見て口を閉じた。
アークは、リディへ目を戻した。
「君は、ラプラス事変の頃、確かあの黒い機体に乗っていたことがあったな」
「……はい」
「今度の作戦には、あれを乗りこなせる者が必要となった。オードリーくんは、あの機体に乗れる状態ではないのでな」
リディは、黙ってアークを見返した。
「手を貸してもらえるか。シュウの部下としてではなく、君として」
しばらくの間があった。
「……あの機体を、連邦の実験には使わせない。それが約束できるなら」
「この艦で預かっている間は、使わせん。……それなら、約束できる」
リディは、もう一度頭を下げた。
「それと、君の機体だが。本艦には置き場がない。エコーズの艦で預かることになる」
「……壊さずに置いといてもらえるなら」
「伝えておこう」
リディは、黙って頷いた。
――ダカールを焼いた、あの光。
あれを撃たせたのは、誰だ。
この艦にいれば、それが分かるかもしれない。
張り詰めた思いを胸の奥へ押し込み、リディは艦橋をあとにした。
*
医務室の寝台で、オードリーは体を起こしていた。
顔色は、まだ白い。
けれど、扉から入ってきたリディを見ると、小さく笑った。
「本当に、リディなのね」
「さっき、ハッチ越しに見ただろう」
「夢かと思ったの」
バナジが、壁際の椅子を引いてリディに勧めた。
リディは座らず、寝台の脇に立ったままだった。
「バンシィには、俺が乗る。艦長の許可も取った」
「……あの子、私には言うことを聞いてくれなかった」
「最初は、誰にでもそうさ。君たちにも子供ができているだろうから、分かるだろう?」
オードリーとバナジが、ちらりと顔を見合わせた。
オードリーは、小さく笑っただけだった。
それから、リディの顔を見上げた。
何か聞きたそうな目だった。
けれど、それを口にする前に、扉の向こうから声がした。
「お、いたいた」
ロロだった。
後ろから、ジュドとカミュものぞいている。
「新しい人が来たって聞いたから。僕、ロロ。ここで機体の面倒を見てるんだ」
「リディだ。……面倒を見てるって、君が?」
「うん」
ロロは、あっさり頷いた。
バナジが、リディに向き直った。
「ロロには、何度も助けてもらってる。……それで、出撃のことなんだけど」
バナジは、少し言いにくそうに続けた。
「バンシィにはリディが乗るとして、俺はサプレッサーで出る。それでいいだろう」
「え?」
ロロが、首をかしげた。
「ユニコーンだったら、もう仕上がってるよ」
医務室が、静かになった。
「……何?」
バナジとオードリーの声が、重なった。
*
格納庫の奥に、白い機体が立っていた。
ばらばらだったはずの装甲が、元の姿に組み上がっている。
一本の角を持つ頭が、天井の灯りを受けて静かに光っていた。
バナジは、足場の上で立ち尽くしていた。
「いつの間に……」
「航海の間に。暇だったから」
ロロが、手すりに寄りかかって言った。
「もう一機、見本があったからね。見ながらなら、そんなに難しくなかったよ」
ロロは、格納庫の空いた一角を指さした。
「あ、場所が要るから、サプレッサーと空いたコンテナは、エコーズの艦に移しといたよ」
「……俺の機体を?」
「だって、もう乗らないでしょ」
バナジは、何も言い返せなかった。
足場の下で、作業着の男が機体を見上げていた。
長い間、黙ってそうしていた。
「……元のままか?」
ロロの目が、少しだけ泳いだ。
「うん。……だいたいはね」
男は、それ以上は聞かなかった。
ただ、白い機体の脚へそっと手を当てた。
◇
警報が鳴ったのは、その翌日だった。
「金色の機体、確認! 木星から見て、ガニメデ寄りの宙域です!」
「ユニコーン、バンシィ、発進準備」
アークの声が、艦内に響いた。
白と黒の機体が、並んで宙へ出た。
『リディ。あれに近づくと、こっちのNT-Dが引っ張られる』
「分かってる。前にも、似たような目に遭った」
リディは、操縦桿を握る手に力を込めた。
機体の奥で、何かがざわついているのが分かる。
前のように、呑まれはしない。
前方に、金色の光が見えた。
フェネクスは、木星の縞模様を背に、ゆっくりと漂っていた。
二機が近づくと、一本の角を持つ頭がこちらを向いた。
『……こっちを見てる』
バナジが、速度を落とした。
リディも、それにならう。
あと少し、というところで、金色の機体が身をひるがえした。
鳥が飛び立つように、軽く。
次の瞬間には、もう遠くの光になっていた。
『……逃げられたか』
追う間もなかった。
フェネクスと二機の追いかけっこは、数日にわたった。
そして決まって、ガニメデの近くで姿をくらますのだった。
「あそこに、何がある」
「観測所が一つ。民間の、小さなものです」
アークは、画面を見つめた。
「行ってみるか」
◇
ガニメデの観測所は、岩だらけの地平に、ぽつんと建っていた。
リーンホースから降りた連絡艇が、その手前に着く。
ノーマルスーツ姿の三人が、艇を降りた。
「本当に、こんなところに人がいるのかよ」
「灯りが点いてる。誰かいるよ」
ロロが指さした窓の向こうで、人影が動いた。
そのとき、ジュドが空を見上げた。
「おい……」
屋根のすぐ上に、金色の機体が浮かんでいた。
観測室の中に、女が一人立っていた。
窓に手を当て、何かを話しかけている。
フェネクスは、その声を聞くように、じっと動かなかった。
「……あの人のところに、帰ってきてたんだ」
ロロが、小さくつぶやいた。
*
観測所の扉を開けたのは、女の方だった。
三人が入ると、背後で気密室の扉が閉まった。
空気の満ちる音がする。
ヘルメットを外した三人の前で、女は柔らかく微笑んでいた。
長い髪を、後ろでまとめている。
「お客さまなんて、久しぶりです」
「フェニーチェ・シロッコと申します。ここで、木星を見ています」
バナジが、名乗り返した。
ロロとジュドも続く。
フェニーチェは、一人ずつ丁寧に頭を下げた。
「あの子のことで、いらしたのでしょう」
窓の外を、フェニーチェは見た。
金色の機体が、まだそこにいた。
「時々、ああして来てくれるんです。最初は驚きましたけれど、今では、来ないと寂しいくらいで」
「あいつを、追いかけてる連中がいるんだ」
ジュドが言った。
「連邦の部隊だ。捕まえて、調べたがってる。俺たちも、その手伝いで来た」
「でも、近づくと逃げちゃうんだ」
ロロが、窓の外を見た。
「あなた、あの子とお話しできるんだよね。だったら、一緒に来てもらえないかって、言ってもらえないかな」
フェニーチェは、フェネクスに顔を向けた。
「どう?」
しばらく、何かを聞くように黙っていた。
それから、ロロたちへ向き直った。
「気が乗らないそうです。でも、私が乗って一緒に行くなら、いいそうです」
ジュドの口が、ぽかんと開いた。
「え。乗れるのか、あんた」
「もちろんです」
*
フェネクスは、観測所の前に降りてきていた。
ノーマルスーツ姿のフェニーチェが、その足元に立つ。
見上げるほどの金色の機体を前に、彼女は少しも怯えていなかった。
フェニーチェは、機体の胸を見上げた。
「乗せてくださいますか」
声は、まるで友人に頼みごとをするようだった。
金色の装甲が、音もなく開いた。
操縦席の扉が、彼女を迎えるように下りてくる。
「……開いた」
バナジが、息をのんだ。
フェニーチェは、扉に手をかけて振り返った。
「少しだけ、付き合ってくださいね」
その言葉が、誰に向けたものなのか。
ロロたちには分からなかった。
◇
金色の機体が、リーンホースの格納庫へ降り立った。
整備員たちが、作業の手を止めて見上げている。
開いた操縦席から、フェニーチェが降りてきた。
艦橋から下りてきたアークが、その前に立つ。
「この艦の艦長、アーク・ノアだ」
「フェニーチェ・シロッコです。お世話になります」
アークの眉が、わずかに動いた。
けれど、何も言わなかった。
人の輪が、少しずつ金色の機体から離れていった。
その中で、一人だけ機体のそばに残っている男がいた。
作業着の男だった。
足場を上がり、開いたままの操縦席をのぞき込む。
計器を一つずつ確かめ、座席の縁に手を置く。
その指が、そっと操縦席の内壁をなでた。
懐かしむような、穏やかな顔だった。
(つづく)
第50話「朱雀の翼」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
冒頭、ヘルメット越しにオードリーの顔を確かめたリディは、心の中で一つの名前をつぶやきます。
「――ミネバ・ザビ。」
そこへ、バナジの声が割り込みました。リディが何を考えかけていたのか。ここまで読んでくださった方なら、思い当たることがあるかもしれません。
駆けつけたバナジが、何より先に口にしたのは「オードリーは無事か!」でした。
なぜリディがここにいるのか。聞きたいことはいくらでもあるはずなのに、まず彼女のこと。バナジらしさを、その順番で見せたかった場面です。
リーンホースの艦橋では、アークとリディが久しぶりに顔を合わせました。
「ずいぶん大きくなったようだな。……嬉しいよ」
そしてダカールのことを悔やむアークに、リディはこう返します。
「父は自分の信じた道を歩いて、その先で倒れたんです。俺も、自分の道を歩くだけです」
立ち直った青年の言葉にも聞こえます。けれど、艦橋を出る前のリディの胸の内を読むと、少し違って見えてくるかもしれません。
シュウのもとにいた理由について、彼がアークにどこまで本当のことを話したのか。それも含めて、覚えておいていただけると嬉しいです。
医務室では、ロロが「え、ユニコーンだったら、もう仕上がってるよ」と、さらりと言ってのけました。
前回、ばらばらのまま運び込まれた白い機体を、長い航海の間に一人で組み上げていたわけです。驚くバナジとオードリーをよそに、本人は「暇だったから」。
作業着の男の「……元のままか?」に、「うん。……だいたいはね」と目をそらすあたり、何かいじったのは間違いなさそうです。
そして、ガニメデの観測所。
前回、窓の外の光に「……鳥になりたいの? あなた」とつぶやいたフェニーチェ・シロッコが、ついにロロたちの前に姿を見せました。
「気が乗らないそうです。でも、私が乗って一緒に行くなら、いいそうです」
捕まえようとする者からは逃げ続けた機体が、彼女の「乗せてくださいますか」には、静かに操縦席を開く。
題名の「朱雀の翼」は、二つ名を「朱雀」とする彼女が、金色の翼を得た瞬間のことでした。
最後に、誰もいなくなった格納庫で、一人の男が操縦席に触れていました。
名前は、まだ出していません。けれど『ガンダムNT』をご覧になった方には、あの穏やかな顔の意味が伝わったかと思います。
改めて、50話までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。