いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みいただき、本当にありがとうございます。
第51話「箱の中の声」をお届けします。
前回の50話では、節目の回にたくさんの方に読んでいただき、温かい言葉もいただきました。本当にありがとうございます。
前回、金色の機体はフェニーチェを乗せて、リーンホースへやってきました。
捕まえようとするほど逃げていった機体が、ついに艦の中にいる。けれど、それで一件落着、とはいかないようです。
今回は、格納庫の中だけで進む、少し静かな回です。
その静かな場所で、ある人に、思いがけないことが起こります。
詳しい中身は、あえて伏せておきます。ぜひ本編でお確かめください。
それでは、第51話をお楽しみください。
作業着の男が、座席の縁から手を離した。
格納庫の入口で、靴音が止まった。
エコーズの兵が二人、金色の機体を見上げていた。
「艦長。目標を確保した以上、本部へ移送する準備を進めたい」
アークが、足場の下から振り返った。
「乗ってきた彼女の話では、同行に応じただけだそうだが」
「必要なのは、サイコフレームの研究資料です。これだけの反応を示す機体を、持ち帰らないわけにはいきません」
兵の視線が、フェニーチェへ向いた。
「ご協力には感謝します。ここからは、我々が管理します」
「管理、ですか」
フェニーチェは、背後の金色の脚を見た。
それから、兵へ柔らかく微笑んだ。
「この格納庫の中で、この子に暴れられてもよろしいんですか」
兵は、口を閉じた。
「脅しているのか」
「いいえ。私には、止められませんので」
フェニーチェは、困ったように首をかしげた。
そのとき、金色の機体の目に、光が灯った。
装甲の継ぎ目から、青い光が細くこぼれ出す。
見上げるほどの頭が、ゆっくりと兵たちの方へ向いた。
兵の一人が、思わず一歩下がった。
格納庫の床が、低くうなるように震えていた。
「……あ、ああ。君の言う通りだ」
兵の声は、かすかに上ずっていた。
「本部へ、現状を報告します」
「私からも話そう。それまで、あの機体には手を出すな」
アークの言葉に、兵は短く頷いた。
*
靴音が遠ざかってから、作業着の男が足場を下りてきた。
「あれじゃ、また来る」
男は、フェネクスを振り返った。
「あいつは、物じゃねえ」
「でも、お仕事なんだよね。あの人たちも」
ロロが、兵の去った通路を見ていた。
ジュドが腕を組む。
「だからって、縛って持っていかせるわけにもいかねえだろ」
「うん。だから、欲しいものを渡せばいいんじゃないかな」
「……それじゃあお前は、フェネクスを渡せって――」
「要はさ、連邦さんがこの子を持っていきたがるのって、サイコフレームを使って新しいモビルスーツを作ったり、研究したりしたいだけなんでしょ? この子で何かしたいわけじゃないんだから、同じものを作れば、こっちは連れていかなくて済むよ」
ロロは、自分の作業台へ歩きだした。
台の下から箱を引き出し、留め具を外す。
中には、小さな金属片がいくつも並んでいた。
作業着の男が、箱の前へ寄った。
金属片を一つ、指先で持ち上げる。
「……これを、どこから」
「作ったの。ユニコーンを組んでるときに、少しずつ」
バナジが、男の手元をのぞいた。
オードリーも、その隣で足を止めた。
「ロロ。これは、形を似せただけじゃ……」
「それじゃ研究できないでしょ。中も同じにしてあるよ」
男の指が、金属片を握り直した。
「……これが、本物のサイコフレームだっていうのか」
「まだ途中だけどね。あと三日くらいあれば、なんとかなるかな」
オードリーが、思わず口元を押さえた。
「人の手には余ると……そう思っていたものを、あなたは、三日で……」
ロロは、気にした様子もなく箱の中を数えた。
「徹夜すれば、一日でできると思う」
「徹夜なんかすんじゃねえぞ」
ジュドが言った。
ロロは、もう端末へ向き直っていた。
◇
翌日の作業台には、組み上がった複製のサイコフレームが置かれていた。
組み込まれた金属片の間を、細い光が走っている。
ロロが端末を操作するたび、光は少しずつ明るくなった。
アークに呼ばれたエコーズの兵たちは、測定器を持ってくるため、一度艦へ戻っていた。
作業台の周りには、昨日から気にしていた者たちが集まっていた。
「これで、向こうも納得するのか」
カミュが、フレームを見下ろした。
「測ってもらえば分かるよ。……あれ?」
ロロが、端末から顔を上げた。
光が、操作を止めても消えなかった。
格納庫の奥で、金色の機体が淡く輝いていた。
作業着の男が、振り返る。
「ヨナ、お久しぶり」
男の肩が、小さく揺れた。
作業台の向こうに、女が立っていた。
見慣れていた頃の姿のまま、こちらを見ている。
「……リタ」
男は、一歩だけ足を出した。
その先へ、進めなかった。
「ヨナ、元気にしてた?」
もう一人の声がした。
リタの隣で、ミシェルが笑っていた。
ヨナは、口を開いた。
息だけが漏れた。
二人の顔を、交互に見る。
作業着の裾をつかんだ手が、ほどけなかった。
「……お前たち」
やっと出た声は、それだけだった。
バナジが何か言いかけ、口を閉じた。
オードリーの手が、そっとその腕に添えられた。
ミシェルが、ヨナの顔をのぞくように首を傾けた。
「ずいぶん、待たせちゃったね」
ヨナは俯いた。
長く息を吐いてから、もう一度、二人を見た。
「……本当にな」
*
「おい、ロロ」
ジュドの声は、いつもより小さかった。
「これ、どうなってんだ」
「フレームが共鳴してるの。向こうと、こっちと」
ロロは、フェネクスと作業台を交互に指さした。
「サイコフレーム同士が共鳴すると、魂が行き来できるんだって」
カミュが、ロロを見た。
ロロは端末の表示を確かめながら続けた。
「同じものができたか調べてたら、つながったみたい。あ、これ、まだ学会にも発表してなかった」
「発表?」
ジュドの声が裏返った。
「おいおい、嬢ちゃん。こんなもん世間が知ったら、大変なことになるぜ」
「そうなの?」
ロロは、本当に分からない顔をした。
カミュが、作業台へ手を置いた。
「ロロ。この話は、他言無用だ」
その声に、ロロは指を止めた。
「……分かった。まだ誰にも言わないよ」
フェニーチェは、少し離れたところに立っていた。
二人の女と、その前に立つヨナを、静かに見守っている。
「ようやく、皆さんの前に出てこられたんですね」
リタが、フェニーチェの方を見て、小さく頷いた。
ヨナが、作業台へ目を落とした。
「これを、連邦に渡すのか」
ロロは、フレームを見た。
それから、リタとミシェルへ顔を向けた。
「二人とも、ちょっと待っててね」
◇
エコーズの兵は、測定器の表示を二度確かめた。
隣の兵が、自分の端末に数値を写している。
作業台のフレームのそばには、もう人の姿はなかった。
「……この反応を、ここで再現したのか」
「うん。試験の結果も、こっちに入れてあるよ」
ロロは、記録用の端末を差し出した。
兵は受け取り、アークへ向き直った。
「本部から返答がありました。現段階では、この試料を先に送れとのことです」
「フェネクスは、本艦で引き続き様子を見る。それでいいな」
「……了解しました」
兵は、金色の機体へ目を向けた。
その足元に立つフェニーチェと目が合うと、短く会釈を返した。
フレームが箱に収められる。
留め具が閉じられ、二人の兵が持ち上げた。
「取扱いで、注意することは」
「接続の手順は、その端末に書いてあるよ。先に読んでね」
ロロが言うと、兵は今度こそ頷いた。
*
箱を運ぶ兵たちが、連絡通路へ消えた。
ヨナは、その背中を見送っていた。
隣のバナジも、しばらく動かなかった。
「ロロ」
ヨナが、作業台の前の小さな背中を呼んだ。
「あの二人は」
「うん?」
ロロは、端末の電源を切って振り返った。
「はい。じゃあ二人とも、フェネクスの方に戻しておいたからね」
ジュドが、口を開けた。
カミュの手が、額へ上がった。
ヨナは、ロロを見たまま動かなかった。
背後で、金色の機体が淡く光った。
(つづく)
第51話「箱の中の声」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
格納庫にやってきたエコーズの兵は、フェネクスを研究材料として本部へ運びたがりました。
それに対して、フェニーチェはにこやかに一言。
「この格納庫の中で、この子に暴れられてもよろしいんですか」
脅しではありません。本当に、彼女にも止められないのです。その証拠に、金色の機体は自分から兵たちの方へ顔を向けました。
「あいつは、物じゃねえ」
これまで黙って機体を見つめてきた作業着の男が、初めて声を荒らげた場面です。
ところが、その言葉を言い切る前に、ロロがあっけらかんと話を始めます。
「要はさ、連邦さんがこの子を持っていきたがるのって、サイコフレームを使って新しいモビルスーツを作ったり、研究したりしたいだけなんでしょ?」
欲しいのがサイコフレームなら、同じものを作って渡せばいい。それも「あと三日。徹夜すれば一日」。
『ガンダムNT』の最後で、サイコフレームを「人の手には余る代物」と恐れたオードリーの前で、です。彼女の「人の手には余ると……そう思っていたものを、あなたは、三日で……」には、驚きと同じくらいの怖さが混じっていたはずです。
そして翌日、組み上がった複製のサイコフレームが光を放ったとき。
「ヨナ、お久しぶり」
「ヨナ、元気にしてた?」
49話から名前を伏せてきた作業着の男の正体を、ここでようやく明かすことができました。
ヨナ・バシュタ。『ガンダムNT』で、リタとミシェルとともにフェネクスを追い続けた男です。
二十年以上ぶりに聞く声に、ヨナは「……お前たち」としか言えませんでした。ミシェルの「ずいぶん、待たせちゃったね」に返した「……本当にな」。この短いやり取りに、長い年月を込めたつもりです。
見守っていたフェニーチェの「ようやく、皆さんの前に出てこられたんですね」。
ガニメデで彼女が窓越しに話しかけていた相手が誰だったのか、ここで思い当たった方もいらっしゃるかもしれません。
一方、ロロは「サイコフレーム同士が共鳴すると、魂が行き来できるんだって」と、さらりと言ってのけます。おまけに「まだ学会にも発表してなかった」。
ジュドが慌て、カミュが「他言無用だ」と釘を刺したのも当然ですね。本人だけが、そのすごさに気づいていません。
最後は、複製品を受け取ったエコーズが去ったあとの、ロロの一言でした。
「はい。じゃあ二人とも、フェネクスの方に戻しておいたからね」
題名の「箱の中の声」は、箱に収められたサイコフレームに宿った、二人の声のことです。そしてもう一つ、ロロが開けかけている、別の「箱」のことでもあります。
次回も、どうぞよろしくお願いいたします。