第52話「二筋の航路」をお届けします。
前回は、リーンホースの格納庫で、長い時を越えた再会が描かれました。たくさんの方に読んでいただき、とても嬉しかったです。
今回は、久しぶりにシュウたちのもとへも目を向けます。
《暁》を失い、乗る機体もなかったシュウ。その前に、博士たちが用意していたものとは。
そしてリーンホースでは、新しく加わった一人の女性が、初めて作戦の席に着きます。
彼女の名前を聞いて、ある人物の顔色が変わるかもしれません。
詳しい中身は、あえて伏せておきます。ぜひ本編でお確かめください。
それでは、第52話をお楽しみください
ゼネラル・レビルの格納庫の奥に、布をかけられた機体が立っていた。
その前に、五人の博士が並んでいる。
ヨハネスが、腕を組んだまま顎をしゃくった。
「来たか。待ちくたびれたぞ」
シュウは、布の下の影を見上げた。
肩の傷は、もう疼かなかった。
「完成したのか」
「ほっほっほ。わしらを誰だと思うておる」
ゲオルグが、楽しそうに笑った。
その奥の整備台にも、もう一機が立っていた。
ばらばらになったはずのカゲロウの残骸が、ひと回り大きな姿に組み上げられようとしている。
背には、広げた翼のような装甲が重なっていた。
「あっちの機体はのう、クワトロがずいぶん気に入っておってな。あやつの機体にしようと思うんじゃが、異論はなかろう?」
ハインリヒが、顎で奥の整備台を示した。
シュウは、そちらへ目を向けた。
「クワトロにか。……ああ、いいだろう」
「では、こちらのお披露目といこうかの」
オットーとハインリヒが、両側から布の端をつかむ。
「乗る機体もない大将など、締まらんからのう」
「引け」
布が、床へ滑り落ちた。
深紅と黒に塗り分けられた機体だった。
鋭く尖った肩。重ねられた装甲。
背と脚に、いくつもの推進器が別々の向きで並んでいる。
左腕には、二枚に割れる盾。右手には、長い銃身の先に刃を備えたライフル。
格納庫で作業していた整備員たちの手が、止まった。
「シナンジュ・ヴァリアント」
セバスティアンが、名を告げた。
「もとはフル・フロンタルという男のために作られた機体じゃ。図面だけは、わしらの手元に残っておった」
「それを、お前の身体に合わせて作り直した」
ヨハネスが、端末を叩いた。
「以前のカゲロウと違って、この機体にファンネル機構は付いておらん。……まずは、座ってみろ」
シュウは、足場を上がり、開いた操縦席へ体を沈めた。
その脇へ上がってきたヨハネスが、身を寄せる。
声は、シュウにだけ聞こえるほど低かった。
「その代わり、お前の特殊能力を機体に同調させた。推進器の切り替えを、手より速くできる。投げた得物も、手元へ戻せる」
ヨハネスは、シュウの顔をまっすぐに見た。
「ただし、使いすぎれば、疲れるだけでは済まん。いいか、使いすぎるなよ」
シュウは、ヨハネスを見返した。
「ただの技術屋だとは思っていなかったが……まあいい。よくやってくれた」
計器が灯った。
シュウは目を閉じ、一度だけ意識を向けた。
背の推進器が、小さく向きを変えた。
脚の推進器が、それとは逆を向く。
火は入っていない。それでも正面の画面には、前へ進む力と横へ流れる力が、二本の矢印になって重なっていた。
手を動かすより先に、推進器の向きが切り替わっている。
シュウは、画面の矢印をもう一度動かした。
「……なるほど」
シュウの口元が、かすかに動いた。
「逃げ道まで、武器にできるか」
足場の下で、ゲオルグが満足そうに頷いた。
「背中の増速ユニットで、一気に距離を詰める。邪魔になったら、切り離せばよい」
「脱ぎ捨てるわけか」
「そうじゃ。わしらは、空蝉と呼んでおる」
「空蝉……抜け殻か」
シュウは、画面に映る機体の背の装備図を見た。
切り離したあとの姿は、ずいぶん身軽に見えた。
「シュウ様!」
格納庫の入口から、ナナイが駆け込んできた。
手にした端末を、操縦席へ向けて掲げる。
「連邦の通信を拾いました。小惑星帯のネオ・ジオン残党と、それに与する者の討伐命令です」
シュウは、操縦席から身を乗り出した。
「どこが来る」
「……リーンホースです」
格納庫が、静かになった。
整備台の上で、ヤザンが顔を上げた。
「リーンホースだと? あの青いのも、来やがるのか」
シュウは、何も言わなかった。
深紅と黒の機体の操縦席から、閉じた格納庫の扉を見ていた。
◇
複製のサイコフレームを本部へ送る手配が済んだ日、リーンホースに入電があった。
「ネオ・ジオン残党、およびそれに与するシュウ一派を、小惑星帯にて討伐せよ。エコーズは、これを支援する」
アークは、文面を読み終えて顔を上げた。
「作戦会議を開く。……フェニーチェくん、君にも来てもらいたい」
*
作戦室の卓に、小惑星帯の図が映し出されていた。
アークの横に、フェニーチェが立っている。
卓を囲むのは、カミュ、ジュド、バナジ、ロロ。
画面の向こうには、エコーズの艦の指揮官がいた。
部屋の隅で、リディは壁にもたれていた。
「今回の地形について、彼女の意見を聞きたい。まず、紹介しておこう」
アークが言った。
「フェニーチェ・シロッコくんだ。経歴を確認させてもらったが、観測所に入る前は、木星船団で航路の選定に携わっていたそうだ」
カミュの目が、上がった。
「……シロッコ?」
フェニーチェは、カミュの方を向いた。
柔らかな顔のまま、小さく頭を下げる。
「木星船団を率いていたパプテマス・シロッコは、私の兄です。そして私も、船団を率いる資格をいただいております」
アークが、頷いた。
「そういう経緯もあり、今回の作戦では、彼女に参謀を務めてもらおうと思う」
部屋が、静かになった。
ジュドが、カミュの横顔をうかがった。
カミュは、しばらくフェニーチェを見ていた。
「あの男は、人を駒としか見ていなかった。女も、男も、自分の盤の上に並べて動かすだけの」
「私に対しては、人間味のある優しい兄でした。しかし、そういう噂も何度も聞いています」
フェニーチェは、目をそらさなかった。
「大きな損失を防ぐためには、小さな損失も厭わない、という言葉があります。もしそうした選択が必要になるのであれば、私もそれを選ぶことはあります」
カミュが、フェニーチェをにらんだ。
そら見ろ、と言いたげな目だった。
フェニーチェは、その視線をまっすぐに受け止めた。
「ただし、それは人命を救うための選択でもあります。私まで兄と同じだとは、思わないでいただきたい」
フェニーチェは、図へ手を伸ばした。
小惑星帯の一角に、指で二本の線を引く。
「連邦から届いた位置と、観測図を重ねました。この図で、大型艦が通れると確認できるのは、この二筋です」
一本目の線の先に、印が灯った。
「こちらをA地点、もう一方をB地点とします。A地点にはエコーズの艦を見せます。風船のダミー艦を多数交ぜて、大艦隊に見えるように」
「偽の艦?」
ジュドが、声を上げた。
フェニーチェは、ロロの方を見た。
「用意できますか」
「何隻?」
ロロは、もう端末を開いていた。
フェニーチェが、少しだけ笑った。
「そのあいだに、リーンホースは岩陰を回って、B地点へ先回りします」
二本目の線の先に、もう一つ印が灯る。
「隠れている相手を、こちらから探しに入る必要はありません。出てきていただけばいいんです」
「相手が動かなければ?」
カミュが言った。
「そのときは、出口を押さえたまま待ちます。こちらが先に危険を冒す理由はありません」
「偽物なんて、近づけば見破られる」
「ええ」
フェニーチェは、あっさり頷いた。
「見破られるまでに、先回りできれば十分です」
カミュは、口を開きかけた。
それから、黙って図を見下ろした。
二本の線の先で、二つの印が灯っていた。
どちらへ出ても、その先には誰かが待っている。
画面の向こうで、エコーズの指揮官が短く頷いた。
バナジは、居住区を示す印を見ていた。二つの出口の外に定めた待機位置とは、距離がある。
「……これなら、岩の中の人たちは巻き込まずに済むな」
小さな声だった。
フェニーチェは、バナジの方を見て、ほんの少しだけ目を細めた。
アークが、卓から顔を上げた。
「航路を偵察して、図と食い違いがないか確かめる。そのうえで、この作戦を進めよう。指揮は私が執る」
フェニーチェが、A地点の印へ指を添えた。
「A地点には、炎虎のジュドさんと、ユニコーンのバナジさんを。ダミー艦隊を背に、敵を追い込みます」
その指が、もう一方の線へ移る。
「そこから逃れようとする敵を、B地点で待ち受けます。蒼天のカミュさんと、バンシィのリディさんには、こちらをお願いします」
カミュが、不満そうにフェニーチェを見た。
「必ずB地点に追い込まれるという確証は、ないじゃないか。なぜ、そう言い切れる」
「いえ、絶対にシュウは、そこに追い込まれます」
「絶対だと? もし、来なかったら」
「そのときは、私がこの陣営から去ります」
「その言葉、しかと覚えたぞ」
カミュは背を向け、作戦室を出ていった。
フェニーチェが、一歩下がった。
アークは、部屋の隅へ目を向けた。
「リディ。バンシィで出てもらう。いいな」
部屋の目が、一斉にリディへ向いた。
リディは、壁から背を離した。
卓の上の図を、一度だけ見る。
二本の線の先にある、岩の隠れ家を。
「……了解しました」
会議を終え、一同が席を離れた。
フェニーチェは、卓の前に残っていた。
「アーク艦長」
アークが、端末を閉じかけた手を止める。
「B地点には、シュウと、その一行が追い込まれるでしょう」
「なぜ、それが君に分かる。この状況からでは、そこまでは分からんはずだが」
「ええ。それでも、必ずそうなります」
フェニーチェの声に、迷いはなかった。
「そこで、蒼天のカミュさんが、本当にシュウを断ち切れるのか。見定めさせていただきます」
アークは、しばらく黙っていた。
あのとき、ひとり戻ってきた蒼天を、艦橋から見ていた。「敵首領機と思われる赤い機体、撃破」。その報告を聞いても、アークは何も問わなかった。
「……なるほど。君には、それが分かるのかね」
「はい」
フェニーチェは、部屋の隅へ目を向けた。
さっきまで、リディが壁にもたれていた場所だった。
「ただ、ことはカミュさんだけの問題ではありません。あのリディという青年も、ここで選択を強いられるでしょう」
アークは、閉じかけていた端末を、もう一度開いた。
画面の中で、二本の線の先の印が、静かに灯り続けていた。
(つづく)
第52話「二筋の航路」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
まずは、シュウの新しい機体。
シナンジュ・ヴァリアント。『機動戦士ガンダムUC』でフル・フロンタルが乗ったシナンジュを、博士五人衆がシュウのために作り直した機体です。
シュウはニュータイプではなく、ファンネルも使えません。代わりに博士たちは、彼の念動の力を機体に同調させました。
「ただし、使いすぎれば、疲れるだけでは済まん」
口の悪いヨハネスですが、シュウの体を一番気にかけているのも彼なのかもしれません。
「……なるほど。逃げ道まで、武器にできるか」
計算で戦うシュウらしい、機体の受け取り方でした。
博士たちが「空蝉」と呼ぶ理由は、まだ全部は見せていません。抜け殻、という言葉がどんな意味を持つのか。それは実戦でのお楽しみです。
奥の整備台では、ばらばらになったカゲロウの残骸から、もう一機が組み上げられていました。
背に広がる、翼のような装甲。『逆襲のシャア』をご覧になった方には、何の機体か思い当たったかもしれません。名前は、乗り手が決まるその時まで取っておきます。
そしてリーンホースの作戦会議。
「木星船団を率いていたパプテマス・シロッコは、私の兄です」
フェニーチェのこの一言に、カミュの目が変わりました。『機動戦士Ζガンダム』をご覧になった方なら、その理由は説明するまでもないと思います。
「私まで兄と同じだとは、思わないでいただきたい」
兄を否定するでも、かばうでもなく、自分は自分だと言い切る。それが、今のフェニーチェです。
彼女の策は、隠れている相手を探しに入らず、出てきてもらうこと。
二筋の航路のうち、一方には風船のダミー艦を交ぜた大艦隊を見せ、もう一方でリーンホースが待ち受けます。
「見破られるまでに、先回りできれば十分です」
そして「来なかったら、私がこの陣営から去ります」。三国志をご存じの方は、赤壁のあとの華容道で、孔明と関羽が交わした軍令状を思い出されたかもしれません。
最後に、アークと二人きりになったフェニーチェが明かした狙い。
カミュは本当に、シュウを断ち切れるのか。
そして、ずっと部屋の隅で黙っていたリディもまた、選ばなければならなくなる。
二筋の航路の先で、それぞれが何を選ぶのか。次回以降、どうぞ見届けてください。
次回も、どうぞよろしくお願いいたします。