第53話「空蝉」をお届けします。
前回は、シュウの新しい機体と、リーンホースの作戦会議を描きました。フェニーチェの策と、カミュとの言葉の応酬に、たくさんの反応をいただけて嬉しかったです。
今回は、いよいよ小惑星帯での戦いです。
二筋の航路の先で、それぞれの機体がぶつかります。
題名の「空蝉」は、蝉の抜け殻のこと。
この言葉が、今回の戦いでどんな意味を持つのか。そして、誰の心に何を残すのか。
詳しい中身は、あえて伏せておきます。ぜひ本編でお確かめください。
それでは、第53話をお楽しみください。
小惑星帯の岩の向こうに、光の列が現れた。
一隻、二隻ではなかった。
岩と岩の間を埋めるように、艦影が幾重にも並んでいる。
「連邦艦隊、正面の航路に展開! 数……二十以上!」
レビルの艦橋に、通信士の声が響いた。
ナナイが、画面を拡大する。
「この短い間に、これほどの数を……」
シュウは、艦長席の横で画面を見ていた。
しばらく、何も言わなかった。
「……熱がないな」
「熱、ですか」
「あれだけ噴射の光を出していて、それに見合う熱の反応がない。半分以上は、張りぼてだ」
ナナイが、息をのんだ。
シュウの口元が、わずかに上がった。
「正面で脅して、裏の出口で待つ。悪くない手だ」
「では、裏の出口は避けて――」
「いや」
シュウは、航路図の二本目の線を指でたたいた。
「乗ってやろう。逃げたふりをして裏へ出る。待っている本命を、こちらから叩く」
「シュウ様」
「向こうは、こちらが罠にかかったと思って出てくる。そこを突く」
シュウは、回線を開いた。
「ヤザン、クワトロ。正面の張りぼてを相手にしてやってくれ。派手にな」
『へっ、張りぼて相手に派手にってのも妙な話だが、任せな』
『了解した』
シュウは、もう一つの回線へ目を移した。
サダラーンの格納庫だった。
「ハマーン。裏へ出る。ついてきてくれるか」
画面の向こうで、キュベレイダムドの操縦席に、女が座っていた。
さっきまで震えていた指が、もう止まっていた。
『……ふん。言われるまでもない』
◇
エコーズの艦の後ろで、一隻の戦艦が膨らんでいった。
細長い船体に、砲塔と艦橋の形が浮かび上がる。
その隣でも、もう一隻。
『近くで見たら、すぐ分かるよ』
ロロの声が、回線から聞こえた。
A地点の宙域で、膨らんだ艦隊の前に、炎虎とユニコーンが並んでいた。
「張りぼての前で踏ん張るってのも、妙な気分だな」
『本物が一隻でもいれば、それでいいんだ。行こう、ジュドさん』
岩の陰から、ヤザンの機体と、クワトロの百式改が飛び出してきた。
鞭のような光が、炎虎の目の前を走る。
「来やがったな!」
ジュドが、機体を前へ出した。
操縦席で、ヤザンが舌打ちした。
「大将の逃げ場作りとはな。とんだ外れくじだぜ」
『そう言うな。あちらさんも、やる気だぞ』
百式改のクワトロが、短く返した。
その言葉が終わらないうちに、ユニコーンが銃口を上げた。
光が、走った。
太い光条が、岩の間を真っすぐに貫いた。
ヤザンの機体のすぐ脇を抜け、その先の岩を丸ごと吹き飛ばす。
砕けた破片が、雨のように降り注いだ。
「な、なんだ、この火力は!」
ヤザンは、思わず機体を引いた。
「本物の戦艦じゃねえのか、あれ!」
『よく見ろ。あのモビルスーツ一機の仕業だ』
クワトロの声は、落ち着いていた。
画面の中で、ユニコーンが次の一射の構えに入っている。
ヤザンの口元が、吊り上がった。
「外れくじかと思ったが……あながち、楽しめそうじゃねえか」
「これでも、食らえっ!」
炎虎の背中で、折り畳まれていた砲身が肩越しに起き上がった。
砲口が光をため、次の瞬間、白い光条を吐き出した。
「おいおい、聞いてねえぞ!」
ヤザンの機体が、岩陰へ転がり込んだ。
すぐ後ろで、岩が赤く溶けた。
クワトロは、ユニコーンと炎虎の光を見比べた。
「……これは、長くはもちそうにないな」
誰に言うでもない、小さな声だった。
*
B地点の出口の外で、リーンホースは岩陰に身を潜めていた。
その前に、二機のモビルスーツが浮かんでいる。
青い翼の蒼天と、黒いバンシィ。
『正面に動きあり。敵艦の一部が、こちらの出口へ向かっています』
艦橋からの声に、カミュは操縦桿を握り直した。
岩の切れ目から、二つの機影が抜けてきた。
一つは、キュベレイダムドだった。肩が大きく張り出し、腕の先に、骨のように長い指が開いている。
もう一つは、深紅と黒に塗り分けられた機体、シナンジュ・ヴァリアントだった。
ヴァリアントが、急に速度を落とした。
シュウは、正面に浮かぶ蒼天を見ていた。
「……蒼天、だと」
計算の中に、なかったものだった。
照準を合わせる手が、一瞬だけ止まった。
『何をためらう』
ダムドが、ヴァリアントを飛び越えた。
『邪魔だ。どけ』
巨大な手が、蒼天へ伸びた。
*
カミュは、伸びてくる指をかわした。
機体の奥で、何かがざわついた。
この重さ。この、肌を刺すような気配。
「……キュベレイ、なのか」
ダムドの背から、小さな影がいくつも飛び出す。
ファンネルだった。
四方から走る光を、蒼天が翼をひるがえして抜けていく。
かつて、同じ光の中を飛んだことがあった。
「ハマーン・カーン……?」
答えは、なかった。
ハマーンは、蒼天を睨んでいた。
なぜかは分からない。この翼を見ていると、胸の奥がざらつく。
「……気に障る機体だ」
ファンネルが、さらに数を増やした。
蒼天は、その間をすり抜け、長柄の刃を振るった。
ダムドの肩の装甲が、火花を散らして削られた。
押しているのは、蒼天の方だった。
*
その脇で、ヴァリアントとバンシィがぶつかり合っていた。
ビーム・アックスと、サーベルが交わる。
機体と機体が押し合ったまま、止まった。
装甲が触れ合ったところから、声が流れ込んできた。
『リディ。お前……裏切ったのか?』
シュウの声は、笑っていた。
「そんなこと、あるわけないじゃないですか。……わざと言ってます?」
リディは、むっとした声で返した。
「少し、調べたいことがありましてね。こいつの乗り手が必要だと言うので、借りています」
『ずいぶん、いい借り物だな』
「詳しくは、あとで話します。今は、あっちを」
二人の目が、同時にダムドへ向いた。
ダムドの装甲が、また一枚、蒼天の刃に削られていた。
『分かった。斬り合うふりをしながら、寄せるぞ』
「はい」
ヴァリアントとバンシィが、離れた。
斬り合いながら、少しずつ、ダムドの方へ流れていく。
*
上から、光が降ってきた。
フェネクスだった。
ダムドと蒼天の間に、真っすぐ割って入る。
装甲が開いた。
一本だった角が割れ、隙間から青い光があふれ出す。
『やはり、そう来ましたか』
フェニーチェの声だった。
突き出された巨大な手を、フェネクスが横へかわした。
すれ違いざまに、刃がその付け根を走る。
ダムドの腕が、宙へ離れた。
「貴様!」
ハマーンが、残った手を伸ばす。
ファンネルの光が、ダムド自身の前を横切った。
命令が、届かない。
次の瞬間、フェネクスが目前にいた。
衝撃で、ハマーンの体が座席へ叩きつけられる。
頭の中を、青い光が突き抜けた。
「……ミネバ、様」
指が、操縦桿から落ちた。
ダムドの目から、光が消えた。
片腕を失ったダムドが、ゆっくりと岩の方へ流れていく。
フェネクスが、そのあとを追おうとした。
その前に、バンシィが飛び込んだ。
*
「行かせない!」
リディは、バンシィをフェネクスの正面へ出した。
装甲の奥で、何かが目を覚ます。
バンシィの装甲が、内側から押し開かれた。
金色の光が、機体じゅうを走る。
――NT-D。
フェネクスとバンシィが、正面からぶつかった。
フェネクスの操縦席で、フェニーチェは静かに前を見ていた。
「大丈夫よ。あの人、悪い人じゃないわ」
ほかには誰もいないはずの操縦席に、少女たちの声が混じった。
『でも、このまま近づかせていいの?』
『引っ張られないで、フェニーチェ』
フェネクスの動きは、乱れなかった。
乱れているのは、リディの方だった。
頭の奥が、熱い。
機体が、勝手に前へ出ようとする。フェネクスだけを追い、手を伸ばそうとする。
「……勝手に、決めるな」
リディは、歯を食いしばった。
それでも、熱は引かなかった。
「くそっ……このままじゃ、呑まれる……!」
リディは、操縦桿を力ずくで引いた。
流されていくダムドが、画面の端に見えた。
気を失っている今なら、運べる。
バンシィが、身をひるがえした。
ダムドの腕をつかみ、岩の切れ目へ向かって一気に加速する。
フェネクスは、追わなかった。
「……ええ。それで、いいんです」
フェニーチェは、小さくつぶやいた。
*
蒼天とヴァリアントが、岩の間で斬り結んでいた。
蒼天の刃を、シュウが二枚の盾で受け流す。
受け流したその流れのまま、横へ滑り、ライフルの先の刃で突く。
カミュは翼をたたんで、紙一重でかわした。
互角だった。
シュウが、ビーム・アックスを投げ放った。
カミュがかわす。
外れたはずの得物が、背後で向きを変えた。
「何……!」
蒼天が、振り向きざまに刃で払った。
アックスは弾かれ、それでもヴァリアントの手へ戻っていく。
シュウのこめかみに、汗が浮いた。
『撃てるか、カミュ』
シュウの声が、回線に入った。
『借りは返した。お前は、そう言ったはずだ』
カミュは、答えなかった。
答えの代わりに、照準を合わせた。
ヴァリアントの胸が、照準の真ん中にあった。
指が、引き金にかかる。
――撃つ。今度こそ。
その瞬間、ヴァリアントの装甲が、外れた。
背の増速ユニット。肩と胸と脚の、重ねられた装甲。
それが、まとめて機体から離れた。
離れた外殻が、そのまま機体の形を保って、照準の真ん中にとどまっている。
その陰から、ひと回り細くなったヴァリアントの本体が、横へ抜けていった。
カミュには、分かった。
照準の中にあるものに、もう人の気配はない。
シュウは、別の方向にいる。
カミュは、照準を動かさなかった。
ビームが、抜け殻の胸を撃ち抜いた。
外殻が、光の中で砕けて散った。
ヴァリアントは、もう岩の向こうに消えていた。
*
A地点では、炎虎とユニコーンに押されたヤザンとクワトロの機体が、岩の奥へ退いていた。
正面の航路から、敵の艦はもう一隻も出てこなかった。
『カミュ! こっちは作戦成功だ! そっちはどうだ!』
ジュドの声だった。
炎虎とユニコーンが、岩の向こうから近づいてくる。
カミュは、砕けた外殻の残骸を見ていた。
「……ああ。シュウの機体は、破壊した。ただ、奴には逃げられた」
『やったじゃねえか!』
『無事でよかった、カミュさん』
バナジの声も、弾んでいた。
その上に、フェネクスが降りてきた。
『カミュ・ビダン』
フェニーチェの声は、静かだった。
『これは、軍規違反にあたります』
回線が、静まり返った。
『あなたは、あれが抜け殻だと分かっていて撃ちました。本体が逃げていく先も、見えていたはずです』
『おい、待てよ。どういうことだ』
『アーク艦長には、すでにお伝えしてあります』
短い間があって、艦橋からの声が入った。
『……彼女の言う通りにしてくれ』
アークの声だった。
『ジュドさん、バナジさん。蒼天を、捕らえなさい』
炎虎が、動けなかった。
ユニコーンも、その場に止まっていた。
蒼天が、長柄の刃を手放した。
刃は、ゆっくりと岩の方へ流れていった。
「……ああ。その通りだ」
カミュの声だけが、落ち着いていた。
蒼天の目から、光が消えた。
カミュは、自らの機体の電源を落とした。
◇
リーンホースの作戦室に、皆が集められていた。
その真ん中に、カミュが立たされていた。
アークが、皆の前で口を開いた。
「蒼天のカミュは、シュウの機体の本体と知りながら追わず、虚偽の報告をした。軍規違反である」
作戦室が、しんと静まり返った。
ジュドも、バナジも、ロロも、誰も口を開けなかった。
フェニーチェが、一歩前へ出た。
「参謀として、言い渡しをいたします」
その声に、ジュドがはじかれたように顔を上げた。
「え、おい、何もそこまで――」
「そうですよ! 確かにカミュさんのやったことは許されないことだけど、でも、だからって……!」
ロロの顔が、みるみる青くなっていく。
「まさか、蒼天ごと宇宙に放り出すとか……それとも、どこかの岩に閉じ込めて、一生出してもらえないとか……!」
「嬢ちゃん、そこまでは誰も言ってねえ」
ジュドが、思わず突っ込んだ。
カミュは、うつむいたままだった。
「軍規違反は、分かっている。……あなたの命令に従おう」
フェニーチェは、カミュの前に立った。
「では、蒼天のカミュ。参謀として伝えます」
作戦室の誰もが、息を止めた。
「今後あなたは、参謀である私の命令には、絶対服従のこと」
カミュは、黙って聞いていた。
「残念ながら、シュウが関わるであろう作戦には、あなたをあてがうことはできません。しかし、それ以外のことで連邦に貢献してもらえれば、今後の処遇は不問とします」
しばらく、誰も動かなかった。
「……それだけ?」
ロロが、ぽつりと言った。
「それだけです」
フェニーチェは、柔らかく微笑んだ。
ジュドが、大きく息を吐いて天井を仰いだ。
「なんだよ……脅かしやがって。嬢ちゃん、お前、何されると思ってたんだよ」
「ジュドさんだって、止めてたじゃないか」
アークが、小さく咳払いをした。
二人が、同時に口を閉じる。
カミュは、顔を上げた。
フェニーチェと、目が合った。
何か言いかけて、カミュは口を閉じた。
それから、深く頭を下げた。
フェニーチェは、何も言わずに、その頭を見下ろしていた。
(つづく)
第53話「空蝉」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
正面の航路に並んだ大艦隊を、シュウは「熱がない」と一目で見抜きました。
けれど、見抜いたうえで、あえて罠に乗る。
「乗ってやろう」
だます側の名手だからこその、驕りでもありました。そしてフェニーチェは、その驕りまで読んでいたのです。
A地点では、バナジのユニコーンとジュドの炎虎が、ヤザンとクワトロを押し返しました。
「本物の戦艦じゃねえのか、あれ!」
ヤザンを驚かせた一撃は、ユニコーンのもの。バナジが本格的に戦う姿を、ようやくお見せできました。
そしてB地点。
計算の外にいた蒼天を前に、シュウの手が一瞬止まります。その横を、ハマーンのキュベレイダムドが飛び越えていきました。
「ハマーン・カーン……?」
「……気に障る機体だ」
覚えている者と、覚えていない者。グリプス戦役以来の二人の再戦です。
シュウとリディは、接触回線で久しぶりに言葉を交わしました。
「裏切ったのか?」
「そんなこと、あるわけないじゃないですか。……わざと言ってます?」
リディがどちらの側にいるのか。50話からずっと伏せてきた答えを、ここで出しました。
「やはり、そう来ましたか」
フェネクスで舞い降りたフェニーチェには、すべてが見えていました。
腕を失い、気を失う直前のハマーンが口にしたのは、「……ミネバ、様」。記憶がなくても、心の一番奥に残っているものがある。そんな一言にしたかった場面です。
リディはそのダムドを抱えて、シュウのもとへ戻っていきました。フェネクスは、追いませんでした。
最後に残ったのは、蒼天とシュウ。
「撃てるか、カミュ」
照準の真ん中に捉えた瞬間、シナンジュ・ヴァリアントは外殻を脱ぎ捨てました。博士たちが「空蝉」と呼んだ仕掛けです。
カミュには、それが抜け殻だと分かっていました。それでも、照準を動かさなかった。
『三国志演義』の華容道で、関羽は恩ある曹操を見逃しました。カミュもまた、45話に続いて、二度目の見逃しを選んだことになります。
題名の「空蝉」には、シュウの機体の仕掛けと、中身のない報告をしたカミュ、その両方を込めています。
帰艦したカミュに、フェニーチェが言い渡したのは、思いのほか軽い処分でした。
シュウが関わる作戦からは外す。けれど、居場所は残す。
「私まで兄と同じだとは、思わないでいただきたい」
52話の言葉を、彼女は行いで示しました。深く頭を下げたカミュの胸に、何が残ったのか。それは、これから描いていきます。
次回も、どうぞよろしくお願いいたします。