いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みいただき、本当にありがとうございます。
第54話「月の光」をお届けします。
前回は、小惑星帯での戦いと、カミュの選択を描きました。フェニーチェの言い渡しに、ほっとしてくださった方も多かったようで嬉しかったです。
今回は、久しぶりにムーン・ムーンへ戻ります。
工場が動き始め、村の暮らしも少しずつ変わってきました。訓練に励む者がいれば、森の奥で一人、静かに修行を続ける者もいます。
そんなムーン・ムーンに、一人の来客が訪れます。
題名の「月の光」が、誰の目に、何として映るのか。
詳しい中身は、あえて伏せておきます。ぜひ本編でお確かめください。
それでは、第54話をお楽しみください。
港の外れの訓練場では、二機のモビルスーツが向き合っていた。
ジェガンと、ジムだった。
どちらの操縦席にも、モーションリンクシステムのヘッドギアがつながれている。
「違う。腕だけで振るんじゃない!」
足場の上から、サルガが声を張り上げた。
ジェガンの手から、訓練用の棒が離れて転がる。
「分かってるって! でも、こいつ、ちょっとでも気を抜くと、勝手に前へ出るんだよ!」
「気を抜くからだ」
サルガは、手すりを握ったまま言った。
「体が覚えている動きを、機体も覚える。ならば、乗り手が迷えば、機体も迷う」
「……サルガさんが言うと、説得力があるんだかないんだか」
エルのぼやきに、隣のモンドが笑いをこらえた。
「相手が下がったからって、追いすぎんなよ、エル。後ろにもいるんだからな」
「分かっている。今、それを教えるところだ」
サルガが、胸を張った。
ジムが、ジェガンへ踏み込んだ。
ジェガンは盾を出しかけて、そのまま尻もちをついた。
地面が揺れる。
訓練を見ていた若者たちが、一斉に首をすくめた。
「……おい、エル」
「今のは、ビーチャがずるいんだって!」
「ずるくねえよ。お前が遅いんだ」
ジムの操縦席から、ビーチャの笑い声がした。
ジムの操縦席では、ビーチャがヘッドギアを外していた。
「あっ、ずるい! ビーチャ、普通の操縦に戻してるじゃない!」
「当たり前だろ。こっちの方が、よっぽど楽だ」
「それじゃ、練習にならないでしょ!」
エルは、ジェガンを起こしながら口をとがらせた。
「……でも、分かる。私たちは、やっぱり普通に操縦した方が楽だわ」
「慣れってのは、そういうもんだ」
モンドが、肩をすくめた。
「俺たちは、操縦桿で覚えちまってるからな。だけど、村の連中は違う。体で覚えた方が早い奴だっている」
訓練場の端で、若者たちが、エルの動きを食い入るように見ていた。
「もう一度だ!」
サルガは、手すりから身を乗り出した。
その指が、白くなるほど手すりを握り込んでいた。
自分で気づいて、指を一度開く。
「……そうだ。肩の力を抜け」
誰に言ったのかは、言わなかった。
「次は、俺が乗る。エル、降りてこい」
「えー、まだ始めたばっかり――」
「降りてこい」
イーノが、端末を抱えて駆け上がってきた。
「サルガさん、待ってください。接続の値を、まだ戻してないんです」
「構わん」
「構いますって。前に乗ったとき、膝が逆に曲がりかけたじゃないですか」
サルガは、黙った。
モンドが横を向いて、肩を震わせていた。
◇
森の奥は、静かだった。
工場の音も、港の声も、ここまでは届かない。
枝の間から落ちる光が、苔の上にまだらな模様をつくっていた。
朱麗は、岩の前に立っていた。
張り出した葉の先に、水が一滴、膨らんでいる。
水滴が、葉を離れた。
朱麗の指が伸びる。
水はその指をすり抜け、岩の上で砕けた。
『……また、だめでした』
――今は、どこを見ていた。
『水です。落ちてくるところを』
――それで?
『つかもうとしました』
ドモンは、指先を見た。
――つかむことばかり考えるな。
『そんなこと言われても……』
『僕には、無理です。あの岩のときだって、割ったのは師匠でした。僕は、怖くて見ていただけで』
――あのとき、お前は水の一雫を見た。
『見ましたけど……』
――見たのは、お前だ。俺じゃない。
朱麗は、黙った。
次の一滴が、葉の先に膨らんだ。
ドモンは、目を閉じた。
落ちる。
そう思うより先に、葉がわずかに持ち上がった。
朱麗の指が動いた。
速くはなかった。むしろ、遅いくらいだった。
水滴が、指先で丸く光っていた。
『……今の』
――どうだ。何か分かったか。
『落ちてから、じゃなかった。離れる前に、少しだけ』
内側の声は、小さかった。
『そこだけ、静かになった気がしました。音が、消えたみたいに』
ドモンの口元が、わずかに動いた。
『……今の、もう一度お願いします』
返事は、さっきより早かった。
――ああ。
『師匠。今の、褒めてくれたんですか』
――調子に乗るな。
『はい』
その声は、少しだけ笑っていた。
腰の通信機が、鳴った。
「朱麗さん。神殿へ、戻ってきてもらえますか」
セラの声だった。
「連邦から、使いの方がいらしています」
指先の水滴が、岩へ落ちた。
◇
評議の間には、セラが座っていた。
その横にラセル、少し離れてサラサがいる。
卓の向かいに、灰色の服を着た男が座っていた。
鞄を膝に抱え、案内の神官に何度も頭を下げている。
朱麗が部屋へ入ると、男は一度目を向けたが、すぐに書面へ戻った。
「連邦政府の、移転事業局から参りました」
男は、鞄から一枚の書面を出した。
両手で、卓の上へ置く。
「本コロニーは、連邦の施設転用計画の対象に指定されました。住民の移転に必要な調査を開始します」
評議の間が、静まり返った。
セラは、書面へ目を落とした。
読み終えても、しばらく顔を上げなかった。
「転用、とは。何の施設に変えるのです」
「私どもは、手続きをお伝えするよう言われております。何に使われるかまでは、存じません」
男の答えは、淀みなかった。
嘘をついている顔ではなかった。
「移転、と書いてあります」
「はい。住民の皆さまの移り先は、連邦が責任を持って用意いたします」
ラセルが、書面を手に取った。
片眼鏡の奥で、目が文字を追っていく。
「……日付が、もう入っていますね。調査団の到着は、三日後」
「はい」
セラの手が、膝の上で握られた。
朱麗は、その手を見た。
何も言わず、彼女の隣へ立つ。
セラが、顔を上げた。
「ここで暮らしている者の承諾もなく、移転を決めたのですか」
男は、少し困った顔をした。
「決めたのは、私ではございません。私は、お伝えに来ただけで」
「では、お伝えください」
セラの声は、静かだった。
「ムーン・ムーンは、この申し出をお受けできません。入港も、調査も認めません。ここは、私たちの村です」
サラサが、娘の横顔を見た。
何も言わなかった。
男は、深く頭を下げた。
「確かに、お伝えいたします」
それから、書面を卓の上に残したまま、鞄を抱え直した。
「ただ、調査団は予定どおり参ります。それが、決まりですので」
*
男を送り出してから、セラは長く息を吐いた。
「私たちが何と答えても、進めるつもりなのでしょうか」
「来てから考えるつもりなんだろう」
朱麗が、閉じた扉を見た。
「なら、こちらの答えは変えなくていい」
ラセルが、卓の上に残された書面へ手を伸ばした。
「港には、私から伝えます。許可のない船は、入れないように」
セラは頷いた。
膝の上の手を、ゆっくりと開いた。
◇
三日後、港の管制室に警報が鳴った。
「艦影、一。その前に、モビルスーツが四機」
イーノが、画面を拡大した。
白い船体の艦と、その前を固めるジェガンとヘビーガンが映っている。
「調査団にしては、ずいぶん物々しいな」
モンドが、画面をのぞき込んだ。
セラは、管制室の真ん中に立っていた。
「通信を、つないでください」
イーノが頷いた。
画面の一つに、連邦の軍服を着た男が映った。
「こちら、連邦移転事業局の調査団、護衛隊長。これより入港する。港を開けられたい」
「ムーン・ムーンの女王、セラ・ムーンです」
セラは、画面の男を見た。
「先日お越しになった方に、お断りをお伝えしました。入港は、お受けできません」
「その件は、承知している」
隊長の声は、変わらなかった。
「だが、調査は決定事項だ。こちらの任務は、調査団を港へ送り届けることにある」
「お受けできません、と申し上げました」
「……ならば、こちらで開けさせてもらう」
通信が切れた。
画面の中で、ジェガンが一機、港の扉へ向かってきた。
その腕が、外から扉の開閉装置へ取りつく。
「無理やり開ける気か!」
モンドが叫んだ。
ラセルが、管制室の扉へ目を向けた。
「兄上たちを」
「もう、出てる!」
イーノが、別の画面を指した。
サルガのジェガンと、ビーチャのジムが、港の内側の扉の前に立っていた。
ジェガンの手には、訓練場から持ってきたままの棒が握られていた。
*
扉が、軋んで開いた。
隙間から、ヘビーガンが体をねじ込んでくる。
その前に、サルガのジェガンが立ちふさがった。
「止まれ! ここから先は、ムーン・ムーンだ!」
ヘビーガンは、止まらなかった。
伸びてきた腕を、サルガの棒が外へ払う。
ヘビーガンは、払われた腕ごと、盾をサルガの機体へぶつけてきた。
「くっ……!」
ジェガンの足が、床を滑った。
後ろへ下がりながら、サルガは盾を押し返す。
二機目のジェガンが、隙間から入ってきた。
ビーチャのジムが、その前へ出る。
「港の中だ! 撃つなよ、撃ったら穴が開く!」
「分かっている。だから、こうするんだ」
連邦のジェガンが、ビームサーベルを抜かず、ジムの肩をつかんだ。
そのまま、壁へ叩きつける。
「ビーチャ!」
モンドの声が、管制室から飛んだ。
ジムは、壁から体を起こせなかった。
サルガのジェガンも、ヘビーガンに押されて膝をついている。
乗り手の腕が違った。
機体を動かすことはできても、戦うことには、まだ慣れていなかった。
ヘビーガンが、サルガの機体の頭をつかんだ。
「……っ、この……!」
そのとき、港の奥から、低い駆動音が響いた。
*
操縦席の中は、暗かった。
朱麗が中央に立つと、壁に沿って並んだカメラが一斉に灯った。
手首と足首の留め具が、かちりと締まる。
目の前に、丸い光が浮かんだ。
「ハロ、ハロ!」
ドモンは、思わず身を引いた。
「……なんだ、これは」
光は、緑色の丸い形をしていた。
小さな耳のようなものを、ぱたぱたと動かしている。
「ハロ、セツメイ、スル! ロロ、イナイトキ、ハロ、セツメイ、スル!」
――ロロの仕業か。
『か、かわいい……』
内側の朱麗が、ぽつりと言った。
「テキ、ミナトノナカ、ニキ! ソト、ニキ! カンテイ、イッセキ!」
ハロの横に、港の図が浮かんだ。
赤い点が四つ。そのうち二つが、扉の内側にある。
「ミナトノナカ、ビーム、ダメ! コロニー、アナ、アク!」
「分かっている」
ドモンは、肩を回した。
機体の肩も、同じように回った。
「外へ、出せばいい」
朱麗は、膝を沈めた。
*
ヘビーガンの乗り手は、目の前の機体から顔を上げた。
港の奥から、何かが来ていた。
白い機体だった。
盾も、銃も持っていない。
ただ、両の拳を握って、まっすぐ走ってくる。
「なんだ、あれは。……な、何? ガンダムだと?」
次の瞬間、その機体はもう目の前にいた。
ヘビーガンの手首が、横から叩かれた。
サルガの機体の頭を放した腕が、勝手に跳ね上がる。
胴へ、拳が入った。
一発ではなかった。三発、四発。どれがどこへ入ったのか、乗り手には分からなかった。
ヘビーガンの体が、浮いた。
白い機体が、くるりと背を向ける。
その背中へ、ヘビーガンの胴が乗った。
投げられたヘビーガンは、開いた扉の隙間を抜けて、外の暗がりへ飛んでいった。
サルガは、膝をついたまま、白い機体を見上げていた。
「朱麗……か」
「下がっていろ。ここは、狭い」
白い機体は、もう次の相手へ向いていた。
ビーチャのジムを押さえていた連邦のジェガンが、手を離して身構える。
「ガンダム? 聞いてないぞ!」
白い機体は、正面から踏み込んだ。
ジェガンが、腕を振り下ろした。
白い機体は、その腕の内側へ滑り込んだ。肘を押さえ、肩で胴を押す。
ジェガンの背が、開いた扉へ向かって流れていく。
白い機体は離さなかった。押したまま、一緒に扉を抜けた。
◇
港の外には、星が広がっていた。
足元の床が消えても、ドモンの体は迷わなかった。
機体が、宙に浮いたまま、ジェガンを蹴り離す。
「ソト! ビーム、ツカエル! テキモ、ツカエル!」
「なら、撃たせなければいい」
外で待っていたヘビーガンが、ビームライフルを構えた。
さっき投げ出された一機と合わせて、三つの銃口がこちらを向いている。
『師匠、三機です!』
「分かっている」
「ダレトハナシテル?」
ハロが、くるりと回った。
「……あとで説明する」
光が走った。
白い機体は、その光の間をすり抜けた。
速かった。
けれど、ただ速いのではなかった。銃口が向く前に、その先から体が外れていた。
――撃つ前に、分かる。
『さっきの……水と、同じ……』
――ああ。感じていろ。
一機目のヘビーガンの懐へ入った。
ライフルを握る手を、下から蹴り上げる。
ライフルが、くるくると回りながら遠くへ流れていった。
『右から、もう一機!』
ドモンは、振り向かなかった。
正面の機体の肩をつかみ、右から迫る機体へ押し出す。
二機がぶつかり、動きが止まった。
その向こうで、蹴り離したジェガンが体勢を立て直していた。
ライフルの先が、ゆっくりと持ち上がる。
「この白い悪魔め、これでも食らえ!」
『銃口が、港へ向きます!』
ドモンの手が、伸びた。
下から腕をすくい、機体ごと外へ向ける。
放たれた光が、何もない闇へ消えていった。
――今のは、よく気づいた。
内側の朱麗は、すぐには答えなかった。
見えていた。
敵の腕が動く、その少し前が。
『……もう一度、やってみます』
――焦るな。今の感覚を、忘れるな。
二機目が、ビームサーベルを抜いた。
振り下ろされる刃の、柄を握る手首だけを、拳で打った。
刃が、消えた。
残るジェガンが、真横から撃とうとしていた。
白い機体は、そちらを見もしなかった。
回し蹴りが、ジェガンの頭を横から払った。
*
「なんだ……なんだ、あいつは!」
ジェガンの乗り手は、画面を見ていられなかった。
白い機体が、目の前にいたかと思えば、もういない。
残った光の跡に、腕が、脚が、幾重にも重なって見える。
「一体、腕が何本あるんだ! ガンダムとは、こういうものなのか!」
叫んだそばから、機体が揺れた。
腕を押さえられ、胴を打たれ、気がつけば、手足の関節がまともに動かなくなっていた。
画面の端で、味方の三機が同じように宙を漂っていた。
どれも、撃ち抜かれてはいない。
武器を失い、手足を動かせなくされ、ただ浮いているだけだった。
「ゼンキ、ブキ、ナイ! コウゲキ、テイシ!」
ハロの声に、白い機体は拳を下ろした。
それ以上、追わなかった。
*
港の扉の内側で、サルガは、外を映す画面を見ていた。
「……同じ仕組みで、動かしているのか」
ついさっきまで、自分も体の使い方を教えていた。
だが、あの機体は、教えようとした動きの何歩も先にいた。
棒を握る手に、また力が入っていた。
サルガは、その指をゆっくりと開いた。
◇
管制室の画面に、白い機体が映っていた。
誰も、口を開かなかった。
モンドは、画面の前で口を開けたまま固まっていた。
イーノは、端末を抱えたまま、数字を見ることも忘れていた。
「……港の中へ、一発も通していません」
ラセルが、片眼鏡を外した。
レンズを拭こうとして、その手が止まる。
「記録に残る機体の動きは、いくつも見てきました。ですが、あのような動きは、一度も……」
言葉が、続かなかった。
セラは、白い機体を見つめていた。
拳が動くたびに、その跡に、淡い光が残っていた。
残った光が、また次の光に重なっていく。
いくつもの光に見えた腕が、今は静かに下ろされている。
その後ろに、港の明かりがあった。
「……月の光みたい」
セラが、小さくつぶやいた。
モンドが、ゆっくりとセラを見た。
それから、画面へ目を戻した。
「月の光……ムーンライト」
モンドは、口の中でその言葉を転がした。
「ムーンライトガンダム、ってところか」
セラが、振り返った。
「ガンダム?」
「昔、ジュドたちが乗ってた機体が、そう呼ばれてたんですよ。とんでもなく強い機体の名前です、セラ様」
セラは、もう一度画面を見た。
「……ムーンライトガンダム」
その名を、確かめるように口にした。
*
残った連邦の艦から、通信が入った。
「……護衛隊長だ。調査団は、引き揚げる。本件は、司令部へ報告する」
画面の男は、さっきとは違う顔をしていた。
「部下の機体を、回収させてもらえるか」
「どうぞ」
セラが答えた。
「乗っていた方々も、ご無事ですか」
「……ああ。一人も、死んでいない」
「こちらからも、記録を添えて抗議します。住民の承諾なく、立ち入ることは認めません」
隊長は、何も返さずに通信を切った。
連邦の艦が、漂う四機を回収していく。
ムーンライトガンダムは、港の前で、それを最後まで見送っていた。
セラはその姿を見届けてから、ようやく椅子へ腰を下ろした。
*
操縦席の中で、ドモンは、ゆっくりと腕を下ろした。
「ハロ、キロク、シタ! ゼンブ、キロク、シタ!」
「……そうか」
『師匠』
内側の声が、震えていた。
『あれ、僕にも、少しだけ見えました。撃たれる前に……光が、来る前に』
ドモンは、握っていた拳を、ゆっくりと開いた。
「……ああ。見えていたな」
「ダレトハナシテル?」
ハロが、また回った。
「独り言だ」
「ヒトリゴト、オオイ! ハロ、シンパイ!」
『……ちょっと、うるさいですね』
――お前もな。
◇
リーンホースの格納庫で、ロロの腰の通信機が鳴った。
「あ、ガレスさんだ」
ロロは、整備台の陰で通信を開いた。
小さな画面に、油で汚れた顔が映る。
「ロロ。見てほしいものがある。機体の記録だ」
「記録?」
「朱麗の機体が、戦った。今、送る」
ロロの手が止まった。
「……戦ったって、誰と」
ガレスは、少しだけ間を置いた。
「連邦だ」
*
格納庫の端末に、記録の映像が流れていた。
ロロの後ろに、ジュドとバナジが立っている。
少し離れて、アークも画面を見ていた。
白い機体が、港の扉からジェガンを押し出していく。
宙へ出ると、三つの銃口の間をすり抜け、拳と蹴りだけで、一機ずつ止めていく。
ジュドの口が、開いたまま閉じなかった。
「……おい」
「うん」
「もう一回」
ロロが、同じところへ戻す。
白い機体の手足が、また幾重にも重なった。
「お前、こんな動きをさせるつもりで作ったのか?」
「動けるようには作ったよ。動かしてるのは朱麗だけどね」
ロロは、少しだけ胸を張った。
ジュドが、その顔と画面を見比べる。
「……えらそうに」
「えっへん」
返事があまりに早くて、ジュドは言葉を失った。
バナジは、画面から目を離さなかった。
「……一機も、撃ち抜いてない」
「うん。朱麗は、そういう人だから」
ロロは、嬉しそうに画面を見ていた。
アークだけが、別のところを見ていた。
映像の端に映った、白い艦。その船体に描かれた、連邦の印。
「ロロ君」
アークの声に、ロロが振り返った。
「ムーン・ムーンに、連邦の調査団が行ったのか」
「え? うん。ガレスさんは、そう言ってたけど……」
アークは、しばらく画面を見ていた。
「……そんな話は、聞いていない」
格納庫の灯りの下で、映像の中の白い機体が、もう一度、拳を突き出していた。
(つづく)
第54話「月の光」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
まずは、訓練場のにぎやかな面々から。
「私たちは、やっぱり普通に操縦した方が楽だわ」
モンドたちは、『機動戦士ガンダムΖΖ』の頃からモビルスーツを乗り回してきた腕利きです。それでもモーションリンクシステムを試しているのは、体で覚える方が早い村の若者たちのため。そして体の使い方を教えるのは、戦士隊を率いてきたサルガです。
「……そうだ。肩の力を抜け」
部下に言ったのか、自分に言ったのか。サルガらしい場面になったと思います。
森の奥では、朱麗の修行が続いていました。
23話で、内側の朱麗は死を覚悟した瞬間に水の一雫を見て、明鏡止水へ至りました。けれど、あのとき岩を割ったのはドモンです。
「見たのは、お前だ。俺じゃない」
今回の朱麗は、落ちる水を前に、ほんの少しだけ何かをつかみかけます。
『離れる前に、少しだけ』
大きな一歩ではありません。それでも、確かに朱麗自身の一歩です。
そこへ届いたのが、連邦からの通知でした。
「本コロニーは、連邦の施設転用計画の対象に指定されました」
使いの役人は、何のための転用なのかを知りません。ただ決まったことを伝えに来ただけ。
「ムーン・ムーンは、この申し出をお受けできません」
女王として、セラがはっきりと断りました。その隣には、何も言わずに朱麗が立っています。
そして三日後。
断られてもなお、調査団の護衛機は港の扉をこじ開けてきました。先に一線を越えたのは、連邦の側です。
サルガたちが押し込まれたそのとき、港の奥から、あの機体が動き出しました。
40話でロロが届けた、まだ名前のなかった機体。
ついに、初陣です。
コロニーの中ではビームを使えません。だから敵を投げて外へ出し、宇宙で拳と蹴りだけで戦う。一機も撃ち抜かず、誰も死なせない。それがドモンの戦い方でした。
「この白い悪魔め、これでも食らえ!」
一年戦争のころ、ジオンの兵たちはガンダムをそう呼んで恐れました。今回それを叫んだのは、連邦の兵です。ご存じの方には、にやりとしていただけたでしょうか。
戦いの中で、内側の朱麗も声を上げました。
『銃口が、港へ向きます!』
「今のは、よく気づいた」
森で落ちる水を見ていた感覚が、ここでつながりました。
操縦席には、もう一人のにぎやかな仲間も現れました。
「ハロ、セツメイ、スル!」
ロロがいないときの説明役です。内側の朱麗の声までは聞こえないので、ドモンがつい返事をすると、すかさず「ダレトハナシテル?」。これからも、この二人(?)の掛け合いを楽しんでいただければ嬉しいです。
そして、命名。
連邦の兵には、腕が幾重にも見える恐ろしい機体に映りました。ラセルには、記録でも見たことのない動きに映りました。
けれどセラにだけは、違う姿に見えていたのです。
「……月の光みたい」
その一言をモンドが受け取って、ムーンライトガンダム。
同じ戦いを見ていても、見る人によって違うものが映る。題名の「月の光」には、その思いを込めました。
最後は、リーンホース。
「お前、こんな動きをさせるつもりで作ったのか?」
「動けるようには作ったよ。動かしてるのは朱麗だけどね」
胸を張るロロの「えっへん」の早さには、ジュドも言葉を失いました。
けれどアークだけは、映像の端に映った連邦の艦を見ていました。
「……そんな話は、聞いていない」
ムーン・ムーンで、いったい何が進められようとしているのか。それは、これから描いていきます。
次回も、どうぞよろしくお願いいたします。