GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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 いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みいただき、本当にありがとうございます。

 第54話「月の光」をお届けします。

 前回は、小惑星帯での戦いと、カミュの選択を描きました。フェニーチェの言い渡しに、ほっとしてくださった方も多かったようで嬉しかったです。

 今回は、久しぶりにムーン・ムーンへ戻ります。
 工場が動き始め、村の暮らしも少しずつ変わってきました。訓練に励む者がいれば、森の奥で一人、静かに修行を続ける者もいます。

 そんなムーン・ムーンに、一人の来客が訪れます。

 題名の「月の光」が、誰の目に、何として映るのか。
 詳しい中身は、あえて伏せておきます。ぜひ本編でお確かめください。

 それでは、第54話をお楽しみください。


第54話 月の光

 

 

 港の外れの訓練場では、二機のモビルスーツが向き合っていた。

 

 ジェガンと、ジムだった。

 どちらの操縦席にも、モーションリンクシステムのヘッドギアがつながれている。

 

「違う。腕だけで振るんじゃない!」

 

 足場の上から、サルガが声を張り上げた。

 ジェガンの手から、訓練用の棒が離れて転がる。

 

「分かってるって! でも、こいつ、ちょっとでも気を抜くと、勝手に前へ出るんだよ!」

「気を抜くからだ」

 

 サルガは、手すりを握ったまま言った。

 

「体が覚えている動きを、機体も覚える。ならば、乗り手が迷えば、機体も迷う」

「……サルガさんが言うと、説得力があるんだかないんだか」

 

 エルのぼやきに、隣のモンドが笑いをこらえた。

 

「相手が下がったからって、追いすぎんなよ、エル。後ろにもいるんだからな」

「分かっている。今、それを教えるところだ」

 

 サルガが、胸を張った。

 

 ジムが、ジェガンへ踏み込んだ。

 ジェガンは盾を出しかけて、そのまま尻もちをついた。

 

 地面が揺れる。

 訓練を見ていた若者たちが、一斉に首をすくめた。

 

「……おい、エル」

「今のは、ビーチャがずるいんだって!」

「ずるくねえよ。お前が遅いんだ」

 

 ジムの操縦席から、ビーチャの笑い声がした。

 ジムの操縦席では、ビーチャがヘッドギアを外していた。

 

「あっ、ずるい! ビーチャ、普通の操縦に戻してるじゃない!」

「当たり前だろ。こっちの方が、よっぽど楽だ」

「それじゃ、練習にならないでしょ!」

 

 エルは、ジェガンを起こしながら口をとがらせた。

 

「……でも、分かる。私たちは、やっぱり普通に操縦した方が楽だわ」

「慣れってのは、そういうもんだ」

 

 モンドが、肩をすくめた。

 

「俺たちは、操縦桿で覚えちまってるからな。だけど、村の連中は違う。体で覚えた方が早い奴だっている」

 

 訓練場の端で、若者たちが、エルの動きを食い入るように見ていた。

 

「もう一度だ!」

 

 サルガは、手すりから身を乗り出した。

 その指が、白くなるほど手すりを握り込んでいた。

 

 自分で気づいて、指を一度開く。

 

「……そうだ。肩の力を抜け」

 

 誰に言ったのかは、言わなかった。

 

「次は、俺が乗る。エル、降りてこい」

「えー、まだ始めたばっかり――」

「降りてこい」

 

 イーノが、端末を抱えて駆け上がってきた。

 

「サルガさん、待ってください。接続の値を、まだ戻してないんです」

「構わん」

「構いますって。前に乗ったとき、膝が逆に曲がりかけたじゃないですか」

 

 サルガは、黙った。

 モンドが横を向いて、肩を震わせていた。

 

 

     ◇

 

 

 森の奥は、静かだった。

 

 工場の音も、港の声も、ここまでは届かない。

 枝の間から落ちる光が、苔の上にまだらな模様をつくっていた。

 

 朱麗は、岩の前に立っていた。

 張り出した葉の先に、水が一滴、膨らんでいる。

 

 水滴が、葉を離れた。

 朱麗の指が伸びる。

 水はその指をすり抜け、岩の上で砕けた。

 

『……また、だめでした』

 

 ――今は、どこを見ていた。

 

『水です。落ちてくるところを』

 

 ――それで?

 

『つかもうとしました』

 

 ドモンは、指先を見た。

 

 ――つかむことばかり考えるな。

 

『そんなこと言われても……』

『僕には、無理です。あの岩のときだって、割ったのは師匠でした。僕は、怖くて見ていただけで』

 

 ――あのとき、お前は水の一雫を見た。

 

『見ましたけど……』

 

 ――見たのは、お前だ。俺じゃない。

 

 朱麗は、黙った。

 

 次の一滴が、葉の先に膨らんだ。

 ドモンは、目を閉じた。

 

 落ちる。

 そう思うより先に、葉がわずかに持ち上がった。

 

 朱麗の指が動いた。

 速くはなかった。むしろ、遅いくらいだった。

 

 水滴が、指先で丸く光っていた。

 

『……今の』

 

 ――どうだ。何か分かったか。

 

『落ちてから、じゃなかった。離れる前に、少しだけ』

 

 内側の声は、小さかった。

 

『そこだけ、静かになった気がしました。音が、消えたみたいに』

 

 ドモンの口元が、わずかに動いた。

 

『……今の、もう一度お願いします』

 

 返事は、さっきより早かった。

 

 ――ああ。

 

『師匠。今の、褒めてくれたんですか』

 

 ――調子に乗るな。

 

『はい』

 

 その声は、少しだけ笑っていた。

 

 腰の通信機が、鳴った。

 

「朱麗さん。神殿へ、戻ってきてもらえますか」

 

 セラの声だった。

 

「連邦から、使いの方がいらしています」

 

 指先の水滴が、岩へ落ちた。

 

 

     ◇

 

 

 評議の間には、セラが座っていた。

 その横にラセル、少し離れてサラサがいる。

 

 卓の向かいに、灰色の服を着た男が座っていた。

 鞄を膝に抱え、案内の神官に何度も頭を下げている。

 

 朱麗が部屋へ入ると、男は一度目を向けたが、すぐに書面へ戻った。

 

「連邦政府の、移転事業局から参りました」

 

 男は、鞄から一枚の書面を出した。

 両手で、卓の上へ置く。

 

「本コロニーは、連邦の施設転用計画の対象に指定されました。住民の移転に必要な調査を開始します」

 

 評議の間が、静まり返った。

 

 セラは、書面へ目を落とした。

 読み終えても、しばらく顔を上げなかった。

 

「転用、とは。何の施設に変えるのです」

「私どもは、手続きをお伝えするよう言われております。何に使われるかまでは、存じません」

 

 男の答えは、淀みなかった。

 嘘をついている顔ではなかった。

 

「移転、と書いてあります」

「はい。住民の皆さまの移り先は、連邦が責任を持って用意いたします」

 

 ラセルが、書面を手に取った。

 片眼鏡の奥で、目が文字を追っていく。

 

「……日付が、もう入っていますね。調査団の到着は、三日後」

「はい」

 

 セラの手が、膝の上で握られた。

 朱麗は、その手を見た。

 何も言わず、彼女の隣へ立つ。

 

 セラが、顔を上げた。

 

「ここで暮らしている者の承諾もなく、移転を決めたのですか」

 

 男は、少し困った顔をした。

 

「決めたのは、私ではございません。私は、お伝えに来ただけで」

「では、お伝えください」

 

 セラの声は、静かだった。

 

「ムーン・ムーンは、この申し出をお受けできません。入港も、調査も認めません。ここは、私たちの村です」

 

 サラサが、娘の横顔を見た。

 何も言わなかった。

 

 男は、深く頭を下げた。

 

「確かに、お伝えいたします」

 

 それから、書面を卓の上に残したまま、鞄を抱え直した。

 

「ただ、調査団は予定どおり参ります。それが、決まりですので」

 

 

     *

 

 

 男を送り出してから、セラは長く息を吐いた。

 

「私たちが何と答えても、進めるつもりなのでしょうか」

「来てから考えるつもりなんだろう」

 

 朱麗が、閉じた扉を見た。

 

「なら、こちらの答えは変えなくていい」

 

 ラセルが、卓の上に残された書面へ手を伸ばした。

 

「港には、私から伝えます。許可のない船は、入れないように」

 

 セラは頷いた。

 膝の上の手を、ゆっくりと開いた。

 

 

     ◇

 

 

 三日後、港の管制室に警報が鳴った。

 

「艦影、一。その前に、モビルスーツが四機」

 

 イーノが、画面を拡大した。

 白い船体の艦と、その前を固めるジェガンとヘビーガンが映っている。

 

「調査団にしては、ずいぶん物々しいな」

 

 モンドが、画面をのぞき込んだ。

 セラは、管制室の真ん中に立っていた。

 

「通信を、つないでください」

 

 イーノが頷いた。

 画面の一つに、連邦の軍服を着た男が映った。

 

「こちら、連邦移転事業局の調査団、護衛隊長。これより入港する。港を開けられたい」

「ムーン・ムーンの女王、セラ・ムーンです」

 

 セラは、画面の男を見た。

 

「先日お越しになった方に、お断りをお伝えしました。入港は、お受けできません」

「その件は、承知している」

 

 隊長の声は、変わらなかった。

 

「だが、調査は決定事項だ。こちらの任務は、調査団を港へ送り届けることにある」

「お受けできません、と申し上げました」

「……ならば、こちらで開けさせてもらう」

 

 通信が切れた。

 

 画面の中で、ジェガンが一機、港の扉へ向かってきた。

 その腕が、外から扉の開閉装置へ取りつく。

 

「無理やり開ける気か!」

 

 モンドが叫んだ。

 ラセルが、管制室の扉へ目を向けた。

 

「兄上たちを」

「もう、出てる!」

 

 イーノが、別の画面を指した。

 サルガのジェガンと、ビーチャのジムが、港の内側の扉の前に立っていた。

 ジェガンの手には、訓練場から持ってきたままの棒が握られていた。

 

 

     *

 

 

 扉が、軋んで開いた。

 

 隙間から、ヘビーガンが体をねじ込んでくる。

 その前に、サルガのジェガンが立ちふさがった。

 

「止まれ! ここから先は、ムーン・ムーンだ!」

 

 ヘビーガンは、止まらなかった。

 伸びてきた腕を、サルガの棒が外へ払う。

 

 ヘビーガンは、払われた腕ごと、盾をサルガの機体へぶつけてきた。

 

「くっ……!」

 

 ジェガンの足が、床を滑った。

 後ろへ下がりながら、サルガは盾を押し返す。

 

 二機目のジェガンが、隙間から入ってきた。

 ビーチャのジムが、その前へ出る。

 

「港の中だ! 撃つなよ、撃ったら穴が開く!」

「分かっている。だから、こうするんだ」

 

 連邦のジェガンが、ビームサーベルを抜かず、ジムの肩をつかんだ。

 そのまま、壁へ叩きつける。

 

「ビーチャ!」

 

 モンドの声が、管制室から飛んだ。

 

 ジムは、壁から体を起こせなかった。

 サルガのジェガンも、ヘビーガンに押されて膝をついている。

 

 乗り手の腕が違った。

 機体を動かすことはできても、戦うことには、まだ慣れていなかった。

 

 ヘビーガンが、サルガの機体の頭をつかんだ。

 

「……っ、この……!」

 

 そのとき、港の奥から、低い駆動音が響いた。

 

 

     *

 

 

 操縦席の中は、暗かった。

 

 朱麗が中央に立つと、壁に沿って並んだカメラが一斉に灯った。

 手首と足首の留め具が、かちりと締まる。

 

 目の前に、丸い光が浮かんだ。

 

「ハロ、ハロ!」

 

 ドモンは、思わず身を引いた。

 

「……なんだ、これは」

 

 光は、緑色の丸い形をしていた。

 小さな耳のようなものを、ぱたぱたと動かしている。

 

「ハロ、セツメイ、スル! ロロ、イナイトキ、ハロ、セツメイ、スル!」

 

 ――ロロの仕業か。

 

『か、かわいい……』

 

 内側の朱麗が、ぽつりと言った。

 

「テキ、ミナトノナカ、ニキ! ソト、ニキ! カンテイ、イッセキ!」

 

 ハロの横に、港の図が浮かんだ。

 赤い点が四つ。そのうち二つが、扉の内側にある。

 

「ミナトノナカ、ビーム、ダメ! コロニー、アナ、アク!」

「分かっている」

 

 ドモンは、肩を回した。

 機体の肩も、同じように回った。

 

「外へ、出せばいい」

 

 朱麗は、膝を沈めた。

 

 

     *

 

 

 ヘビーガンの乗り手は、目の前の機体から顔を上げた。

 

 港の奥から、何かが来ていた。

 

 白い機体だった。

 盾も、銃も持っていない。

 ただ、両の拳を握って、まっすぐ走ってくる。

 

「なんだ、あれは。……な、何? ガンダムだと?」

 

 次の瞬間、その機体はもう目の前にいた。

 

 ヘビーガンの手首が、横から叩かれた。

 サルガの機体の頭を放した腕が、勝手に跳ね上がる。

 

 胴へ、拳が入った。

 一発ではなかった。三発、四発。どれがどこへ入ったのか、乗り手には分からなかった。

 

 ヘビーガンの体が、浮いた。

 

 白い機体が、くるりと背を向ける。

 その背中へ、ヘビーガンの胴が乗った。

 

 投げられたヘビーガンは、開いた扉の隙間を抜けて、外の暗がりへ飛んでいった。

 

 サルガは、膝をついたまま、白い機体を見上げていた。

 

「朱麗……か」

「下がっていろ。ここは、狭い」

 

 白い機体は、もう次の相手へ向いていた。

 

 ビーチャのジムを押さえていた連邦のジェガンが、手を離して身構える。

 

「ガンダム? 聞いてないぞ!」

 

 白い機体は、正面から踏み込んだ。

 

 ジェガンが、腕を振り下ろした。

 白い機体は、その腕の内側へ滑り込んだ。肘を押さえ、肩で胴を押す。

 

 ジェガンの背が、開いた扉へ向かって流れていく。

 白い機体は離さなかった。押したまま、一緒に扉を抜けた。

 

 

     ◇

 

 

 港の外には、星が広がっていた。

 

 足元の床が消えても、ドモンの体は迷わなかった。

 機体が、宙に浮いたまま、ジェガンを蹴り離す。

 

「ソト! ビーム、ツカエル! テキモ、ツカエル!」

「なら、撃たせなければいい」

 

 外で待っていたヘビーガンが、ビームライフルを構えた。

 さっき投げ出された一機と合わせて、三つの銃口がこちらを向いている。

 

『師匠、三機です!』

 

「分かっている」

 

「ダレトハナシテル?」

 

 ハロが、くるりと回った。

 

「……あとで説明する」

 

 光が走った。

 白い機体は、その光の間をすり抜けた。

 

 速かった。

 けれど、ただ速いのではなかった。銃口が向く前に、その先から体が外れていた。

 

 ――撃つ前に、分かる。

 

『さっきの……水と、同じ……』

 

 ――ああ。感じていろ。

 

 一機目のヘビーガンの懐へ入った。

 ライフルを握る手を、下から蹴り上げる。

 ライフルが、くるくると回りながら遠くへ流れていった。

 

『右から、もう一機!』

 

 ドモンは、振り向かなかった。

 正面の機体の肩をつかみ、右から迫る機体へ押し出す。

 二機がぶつかり、動きが止まった。

 

 その向こうで、蹴り離したジェガンが体勢を立て直していた。

 ライフルの先が、ゆっくりと持ち上がる。

 

「この白い悪魔め、これでも食らえ!」

 

『銃口が、港へ向きます!』

 

 ドモンの手が、伸びた。

 下から腕をすくい、機体ごと外へ向ける。

 放たれた光が、何もない闇へ消えていった。

 

 ――今のは、よく気づいた。

 

 内側の朱麗は、すぐには答えなかった。

 

 見えていた。

 敵の腕が動く、その少し前が。

 

『……もう一度、やってみます』

 

 ――焦るな。今の感覚を、忘れるな。

 

 二機目が、ビームサーベルを抜いた。

 振り下ろされる刃の、柄を握る手首だけを、拳で打った。

 

 刃が、消えた。

 

 残るジェガンが、真横から撃とうとしていた。

 白い機体は、そちらを見もしなかった。

 

 回し蹴りが、ジェガンの頭を横から払った。

 

 

     *

 

 

「なんだ……なんだ、あいつは!」

 

 ジェガンの乗り手は、画面を見ていられなかった。

 

 白い機体が、目の前にいたかと思えば、もういない。

 残った光の跡に、腕が、脚が、幾重にも重なって見える。

 

「一体、腕が何本あるんだ! ガンダムとは、こういうものなのか!」

 

 叫んだそばから、機体が揺れた。

 腕を押さえられ、胴を打たれ、気がつけば、手足の関節がまともに動かなくなっていた。

 

 画面の端で、味方の三機が同じように宙を漂っていた。

 どれも、撃ち抜かれてはいない。

 武器を失い、手足を動かせなくされ、ただ浮いているだけだった。

 

「ゼンキ、ブキ、ナイ! コウゲキ、テイシ!」

 

 ハロの声に、白い機体は拳を下ろした。

 それ以上、追わなかった。

 

 

     *

 

 

 港の扉の内側で、サルガは、外を映す画面を見ていた。

 

「……同じ仕組みで、動かしているのか」

 

 ついさっきまで、自分も体の使い方を教えていた。

 だが、あの機体は、教えようとした動きの何歩も先にいた。

 

 棒を握る手に、また力が入っていた。

 サルガは、その指をゆっくりと開いた。

 

 

     ◇

 

 

 管制室の画面に、白い機体が映っていた。

 

 誰も、口を開かなかった。

 

 モンドは、画面の前で口を開けたまま固まっていた。

 イーノは、端末を抱えたまま、数字を見ることも忘れていた。

 

「……港の中へ、一発も通していません」

 

 ラセルが、片眼鏡を外した。

 レンズを拭こうとして、その手が止まる。

 

「記録に残る機体の動きは、いくつも見てきました。ですが、あのような動きは、一度も……」

 

 言葉が、続かなかった。

 

 セラは、白い機体を見つめていた。

 

 拳が動くたびに、その跡に、淡い光が残っていた。

 残った光が、また次の光に重なっていく。

 いくつもの光に見えた腕が、今は静かに下ろされている。

 その後ろに、港の明かりがあった。

 

「……月の光みたい」

 

 セラが、小さくつぶやいた。

 

 モンドが、ゆっくりとセラを見た。

 それから、画面へ目を戻した。

 

「月の光……ムーンライト」

 

 モンドは、口の中でその言葉を転がした。

 

「ムーンライトガンダム、ってところか」

 

 セラが、振り返った。

 

「ガンダム?」

「昔、ジュドたちが乗ってた機体が、そう呼ばれてたんですよ。とんでもなく強い機体の名前です、セラ様」

 

 セラは、もう一度画面を見た。

 

「……ムーンライトガンダム」

 

 その名を、確かめるように口にした。

 

 

     *

 

 

 残った連邦の艦から、通信が入った。

 

「……護衛隊長だ。調査団は、引き揚げる。本件は、司令部へ報告する」

 

 画面の男は、さっきとは違う顔をしていた。

 

「部下の機体を、回収させてもらえるか」

「どうぞ」

 

 セラが答えた。

 

「乗っていた方々も、ご無事ですか」

「……ああ。一人も、死んでいない」

「こちらからも、記録を添えて抗議します。住民の承諾なく、立ち入ることは認めません」

 

 隊長は、何も返さずに通信を切った。

 

 連邦の艦が、漂う四機を回収していく。

 ムーンライトガンダムは、港の前で、それを最後まで見送っていた。

 

 セラはその姿を見届けてから、ようやく椅子へ腰を下ろした。

 

 

     *

 

 

 操縦席の中で、ドモンは、ゆっくりと腕を下ろした。

 

「ハロ、キロク、シタ! ゼンブ、キロク、シタ!」

「……そうか」

 

『師匠』

 

 内側の声が、震えていた。

 

『あれ、僕にも、少しだけ見えました。撃たれる前に……光が、来る前に』

 

 ドモンは、握っていた拳を、ゆっくりと開いた。

 

「……ああ。見えていたな」

 

「ダレトハナシテル?」

 

 ハロが、また回った。

 

「独り言だ」

「ヒトリゴト、オオイ! ハロ、シンパイ!」

 

『……ちょっと、うるさいですね』

 

 ――お前もな。

 

 

     ◇

 

 

 リーンホースの格納庫で、ロロの腰の通信機が鳴った。

 

「あ、ガレスさんだ」

 

 ロロは、整備台の陰で通信を開いた。

 小さな画面に、油で汚れた顔が映る。

 

「ロロ。見てほしいものがある。機体の記録だ」

「記録?」

「朱麗の機体が、戦った。今、送る」

 

 ロロの手が止まった。

 

「……戦ったって、誰と」

 

 ガレスは、少しだけ間を置いた。

 

「連邦だ」

 

 

     *

 

 

 格納庫の端末に、記録の映像が流れていた。

 

 ロロの後ろに、ジュドとバナジが立っている。

 少し離れて、アークも画面を見ていた。

 

 白い機体が、港の扉からジェガンを押し出していく。

 宙へ出ると、三つの銃口の間をすり抜け、拳と蹴りだけで、一機ずつ止めていく。

 

 ジュドの口が、開いたまま閉じなかった。

 

「……おい」

「うん」

「もう一回」

 

 ロロが、同じところへ戻す。

 白い機体の手足が、また幾重にも重なった。

 

「お前、こんな動きをさせるつもりで作ったのか?」

「動けるようには作ったよ。動かしてるのは朱麗だけどね」

 

 ロロは、少しだけ胸を張った。

 ジュドが、その顔と画面を見比べる。

 

「……えらそうに」

「えっへん」

 

 返事があまりに早くて、ジュドは言葉を失った。

 

 バナジは、画面から目を離さなかった。

 

「……一機も、撃ち抜いてない」

「うん。朱麗は、そういう人だから」

 

 ロロは、嬉しそうに画面を見ていた。

 

 アークだけが、別のところを見ていた。

 映像の端に映った、白い艦。その船体に描かれた、連邦の印。

 

「ロロ君」

 

 アークの声に、ロロが振り返った。

 

「ムーン・ムーンに、連邦の調査団が行ったのか」

「え? うん。ガレスさんは、そう言ってたけど……」

 

 アークは、しばらく画面を見ていた。

 

「……そんな話は、聞いていない」

 

 格納庫の灯りの下で、映像の中の白い機体が、もう一度、拳を突き出していた。

 

 

                          (つづく)





 第54話「月の光」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 まずは、訓練場のにぎやかな面々から。
 「私たちは、やっぱり普通に操縦した方が楽だわ」
 モンドたちは、『機動戦士ガンダムΖΖ』の頃からモビルスーツを乗り回してきた腕利きです。それでもモーションリンクシステムを試しているのは、体で覚える方が早い村の若者たちのため。そして体の使い方を教えるのは、戦士隊を率いてきたサルガです。
 「……そうだ。肩の力を抜け」
 部下に言ったのか、自分に言ったのか。サルガらしい場面になったと思います。

 森の奥では、朱麗の修行が続いていました。
 23話で、内側の朱麗は死を覚悟した瞬間に水の一雫を見て、明鏡止水へ至りました。けれど、あのとき岩を割ったのはドモンです。
 「見たのは、お前だ。俺じゃない」
 今回の朱麗は、落ちる水を前に、ほんの少しだけ何かをつかみかけます。
 『離れる前に、少しだけ』
 大きな一歩ではありません。それでも、確かに朱麗自身の一歩です。

 そこへ届いたのが、連邦からの通知でした。
 「本コロニーは、連邦の施設転用計画の対象に指定されました」
 使いの役人は、何のための転用なのかを知りません。ただ決まったことを伝えに来ただけ。
 「ムーン・ムーンは、この申し出をお受けできません」
 女王として、セラがはっきりと断りました。その隣には、何も言わずに朱麗が立っています。

 そして三日後。
 断られてもなお、調査団の護衛機は港の扉をこじ開けてきました。先に一線を越えたのは、連邦の側です。
 サルガたちが押し込まれたそのとき、港の奥から、あの機体が動き出しました。

 40話でロロが届けた、まだ名前のなかった機体。
 ついに、初陣です。
 コロニーの中ではビームを使えません。だから敵を投げて外へ出し、宇宙で拳と蹴りだけで戦う。一機も撃ち抜かず、誰も死なせない。それがドモンの戦い方でした。
 「この白い悪魔め、これでも食らえ!」
 一年戦争のころ、ジオンの兵たちはガンダムをそう呼んで恐れました。今回それを叫んだのは、連邦の兵です。ご存じの方には、にやりとしていただけたでしょうか。

 戦いの中で、内側の朱麗も声を上げました。
 『銃口が、港へ向きます!』
 「今のは、よく気づいた」
 森で落ちる水を見ていた感覚が、ここでつながりました。

 操縦席には、もう一人のにぎやかな仲間も現れました。
 「ハロ、セツメイ、スル!」
 ロロがいないときの説明役です。内側の朱麗の声までは聞こえないので、ドモンがつい返事をすると、すかさず「ダレトハナシテル?」。これからも、この二人(?)の掛け合いを楽しんでいただければ嬉しいです。

 そして、命名。
 連邦の兵には、腕が幾重にも見える恐ろしい機体に映りました。ラセルには、記録でも見たことのない動きに映りました。
 けれどセラにだけは、違う姿に見えていたのです。
 「……月の光みたい」
 その一言をモンドが受け取って、ムーンライトガンダム。
 同じ戦いを見ていても、見る人によって違うものが映る。題名の「月の光」には、その思いを込めました。

 最後は、リーンホース。
 「お前、こんな動きをさせるつもりで作ったのか?」
 「動けるようには作ったよ。動かしてるのは朱麗だけどね」
 胸を張るロロの「えっへん」の早さには、ジュドも言葉を失いました。
 けれどアークだけは、映像の端に映った連邦の艦を見ていました。
 「……そんな話は、聞いていない」
 ムーン・ムーンで、いったい何が進められようとしているのか。それは、これから描いていきます。

 次回も、どうぞよろしくお願いいたします。
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