GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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 いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みいただき、本当にありがとうございます。

 第56話「ガンダムファイト」をお届けします。

 前回は、リーンホースとシュウたちが、ついに手を組むところまでを描きました。「高くつく捕虜」という題名に込めた二つの意味に、気づいてくださった方がいたら嬉しいです。

 二隻が地球圏へ向かう長い旅のあいだ、物語はふたたびムーン・ムーンへ戻ります。

 ……さて、ここからは少しだけ、あの方の口調をお借りして。

 皆さん、お久しぶりです。
 今日は、ムーン・ムーンに来ています。
 日頃の穏やかな暮らしとは違って、この港には、何やらきな臭い影が近づいているようです。
 丁寧な言葉で現れる客人たち。その胸の内にあるものは、いったい何なのか。
 そして、白いガンダムの前に立ちはだかるのは――。

 詳しい中身は、あえて伏せておきます。
 それでは皆さん、ご一緒に。

 ガンダムファイト、レディー・ゴー!



第56話 ガンダムファイト

 

 

「連邦が持ち去る前に、話をつけたまえ」

 

 広い執務室の奥で、白髪の老人が言った。

 窓の外には、どこかのコロニーの街並みが、整然と並んでいる。

 

「あの技術を、失わせてはならん」

「承知いたしました、会長」

 

 ジレ・クリューガーは、深く頭を下げた。

 手元の端末には、アナハイムから流れてきた資料が映っていた。

 操縦桿を使わずに、乗り手の体の動きで機体を動かす仕組み。

 そして、その仕組みを作った娘が工場を建てた、古いコロニーの名前。

 

 ムーン・ムーン。

 

「護衛には、ザビーネをつけましょう」

「ドレルも連れていけ。あれにも、外の世界を見せておきたい」

 

 ジレの手が、一瞬だけ止まった。

 

「……かしこまりました」

 

 

     ◇

 

 

 ムーン・ムーンの港に、見慣れない船が着いたのは、それから十日ほどあとのことだった。

 

 白く塗られた、品のいい船体だった。

 船腹には、どこかの会社の印が描かれている。

 開いた搬入口から、作業用の機械が三機、ゆっくりと降りてきた。

 

「作業機……か?」

 

 管制室で、モンドが首をかしげた。

 

「にしちゃ、ずいぶん体つきがいいな」

 

 イーノが、画面を拡大した。

 手足は太く、肩の装甲も厚い。荷物を運ぶための機械には、少し立派すぎた。

 

「通信が入っています」

 

 画面に、銀色の髪をきちんと整えた男が映った。

 

「ブッホ・コンツェルンの技術調査団、団長のジレ・クリューガーと申します。女王陛下に、お目通りを願いたい」

 

 

     *

 

 

 評議の間には、セラが座っていた。

 その隣に朱麗が立ち、少し離れてラセルが控えている。

 

 卓の向かいには、ジレが座っていた。

 その後ろに、若い男が二人、立っている。

 

 一人は、金色の髪を後ろへ流した、背の高い男だった。

 右目に、色のついた片眼鏡のようなものをかけている。

 もう一人は、それよりずっと若い。まだ少年と言ってもいい顔立ちで、腕を組んだまま、部屋の中をじろじろと見回していた。

 

「こちらは、護衛のザビーネ・シャル。それから、ドレル・ロナです」

 

 ジレが紹介すると、金髪の男だけが、静かに一礼した。

 

「単刀直入に申し上げましょう」

 

 ジレは、卓の上に書類を並べた。

 

「ムーン・ムーンの工場に、我々ブッホ・コンツェルンが支援をいたします。資材、部品、技術者。必要なものは、すべてこちらでご用意できます」

 

 ラセルの片眼鏡が、わずかに光った。

 

「それに加えて、防衛へのご協力も。先日、連邦の部隊が無理に入港しようとしたと伺いました」

 

 セラの指が、膝の上でぴくりと動いた。

 

「連邦は、諦めておりません。次の接収の準備が、すでに進んでいるはずです。そのとき、このコロニーの今の戦力だけで守りきれるでしょうか」

 

 部屋が、静かになった。

 

 ジレは、穏やかに微笑んだ。

 

「ですから、我々がお力になりたいのです」

 

 セラは、書類に目を落とした。

 一枚ずつ、ゆっくりとめくっていく。

 ラセルが、横から同じ書類をのぞき込んだ。

 

 三枚目で、セラの手が止まった。

 

「……この、港と工場の運営、という項目ですが」

「ええ」

「どなたが、運営なさるのですか」

 

 ジレは、少しも表情を変えなかった。

 

「支援を円滑に進めるため、当方の者が責任を持って」

「港と工場を、あなた方が管理なさる、ということですね」

「管理、というと聞こえが悪い。お預かりする、とお考えください」

 

 セラは、書類を閉じた。

 

「お気持ちは、ありがたく思います」

 

 ジレが、頷きかけた。

 

「ですが、このお話は、お受けできません」

 

 ジレの笑みが、ほんの少しだけ薄くなった。

 

「女王陛下。厳しいことを申し上げますが、あなた方に残されている道は、多くありません。連邦に明け渡すか、我々の庇護を受けるか。その二つです」

「どちらにも渡さない、と申し上げています」

 

 セラの声は、静かだった。

 けれど、少しも揺れていなかった。

 

 ジレは、しばらくセラを見ていた。

 それから、書類を鞄へしまった。

 

「……分かりました。一度、持ち帰らせていただきます」

 

 ジレが立ち上がった。

 後ろの二人も、それに続く。

 

 出口へ向かいかけたところで、金髪の男が足を止めた。

 朱麗の前だった。

 

「港で、君の機体を見た。拳で戦う、ガンダムだ」

 

 ザビーネは、朱麗の顔をまっすぐに見た。

 

「先日の連邦の部隊を、一機も撃ち抜かずに退けたと聞いた。君ほどの力を、この小さなコロニーだけに埋もれさせるのは惜しい」

 

 朱麗は、すぐには答えなかった。

 

『師匠……』

 

 内側で、朱麗の声が小さく揺れた。

 

「小さい、か」

 

 ドモンは、ザビーネを見返した。

 

「ここには、俺が守りたい人たちが暮らしている。大きいか小さいかで、決めるものじゃない」

 

 ザビーネの目が、わずかに細くなった。

 何か言いかけて、それから、口元だけで笑った。

 

「……そうか。失礼した」

 

 ザビーネは一礼して、部屋を出ていった。

 

 その後ろで、ドレルが朱麗をにらんでいた。

 少年は、何も言わずに背を向けた。

 

 

     ◇

 

 

 調査団の船の中で、ジレは書類を卓へ放った。

 

「頑固な女王だ」

 

 窓の外では、港の作業員たちが、何事もなかったように荷を運んでいる。

 

「会長には、出直すとお伝えしよう。次は、もう少し条件を――」

 

 扉が開いて、部下が駆け込んできた。

 

「団長。ドレル様が、格納庫の機体で出撃されました」

 

 ジレは、窓の外へ目を向けた。

 

 船の脇から、紫色の機体が一機、港の奥へ向かって飛んでいくのが見えた。

 ベルガ・ダラス先行試作型。ドレルのために調整された、指揮官用の試作機だった。

 手には、身の丈ほどもある大きな槍を握っている。

 

「制止しますか」

 

 ジレは、すぐには答えなかった。

 ダラスが向かう先には、あの娘が建てた工場がある。

 

「……ザビーネには、不測の事態に備えるよう伝えろ」

 

 部下が、一瞬だけジレの顔を見た。

 それから、何も言わずに頭を下げて出ていった。

 

 ジレは、また窓の外を見ていた。

 

 

     *

 

 

「なんだ、あいつ!」

 

 港の奥で、警報が鳴った。

 

「工具はいい、人が先だ!」

 

 ガレスが、工場の若者たちを裏の通路へ走らせていた。

 作業台へ戻ろうとした一人の背を押し、自分も出口へ向かう。

 エルのジェガンが、その通路と港のあいだに立った。

 

「こっちは私が見てる! みんな、奥へ!」

 

 ダラスが、工場へまっすぐ突っ込んでくる。

 頭には、古い兜のような飾りがついていた。

 

「止まれ! ここから先は、ムーン・ムーンだ!」

 

 サルガのジェガンが、工場の前に立ちふさがった。

 

「どけ! お前らみたいな古い機体に、用はない!」

 

 ドレルの声だった。

 

 大きな槍が、まっすぐに突き出された。

 サルガは盾で受けた。受けたはずだった。

 盾ごと、ジェガンの体が後ろへ弾き飛ばされた。

 

「ぐっ……!」

 

 ビーチャのジムが、横から組みつこうとする。

 ダラスは、背中の推進器を一気に吹かした。

 ジムの腕は、空をつかんだ。

 

「速え……!」

 

 ドレルの機体は、もう工場の入口の前にいた。

 大きな槍の先を、扉へ向ける。

 

 そのとき、ムーンライトガンダムが、横から割り込んできた。

 

 

     *

 

 

 操縦席の中で、立体映像のハロがくるくると回っていた。

 

「テキ、イッキ! ヤリ、オオキイ! ミナトノナカ! シャセン、チュウイ!」

「分かっている」

 

 ドモンは、膝を沈めた。

 

 ムーンライトガンダムが、ダラスの前に立った。

 

「……お前か」

 

 ドレルの声に、苛立ちが混じった。

 

「拳で戦うガンダム、か。ザビーネが、やけに気にしていたな」

 

 大きな槍が、突き出された。

 

 ドモンは、半歩だけ横へずれた。

 槍の穂先が、肩のすぐ横を通り抜ける。

 

 ドレルは、すぐに槍を引こうとした。

 けれど、大きな槍は、引き戻すのにも力がいる。

 そのわずかな間に、ムーンライトの足が、槍の柄を下から蹴り上げていた。

 

 槍が、ダラスの手を離れた。

 くるくると回りながら、誰もいない空き地へ落ちていく。

 

「なっ……!」

 

 ドレルの機体が、後ろへ跳んだ。

 

「貴様……! 貴様ごときが……!」

 

 ダラスの背中で、何かが動いた。

 背負っていた推進器のようなものが、いくつも外れて、四方へ飛び出していく。

 

 その一つ一つに、砲口がついていた。

 

 

     *

 

 

「ファンネルかよ!」

 

 工場脇へ下がったジムの中で、ビーチャが叫んだ。

 

 昔、何度も見た光景だった。

 四方から、見えない何かに狙われる。あの女が操っていた、空飛ぶ砲台。

 

 砲の一つが、火を噴いた。

 光ではなかった。重い音とともに、弾が飛ぶ。

 ムーンライトガンダムの足元で、地面がはじけた。

 

「ダンガン! ビーム、チガウ!」

 

 ハロの映像が、跳ねるように揺れた。

 

 ドモンは、飛んでくる弾をかわしながら、浮かぶ砲を目で追った。

 一つ、二つ、三つ、四つ。

 どれも、ばらばらの方向から、こちらを狙っている。

 

『師匠』

 

 内側で、朱麗の声がした。

 

『糸が見えます』

 

 ――糸?

 

『砲から、紫の機体まで。光が当たると、細く光るんです』

 

 ドモンは、目を凝らした。

 

 コロニーの光の中で、何かが一瞬、きらりと光った。

 髪の毛ほどの、細い線だった。

 それが、浮かぶ砲の一つ一つから、ダラスの背中へと伸びている。

 

 ――よく見つけた。

 

 ムーンライトが、腰からビームサーベルを抜いた。

 

 一番近い砲へ向かって、踏み込む。

 砲口が、こちらを向く。

 その前に、光の刃が、細い線だけを断ち切った。

 

 糸を切られた砲は、止まらなかった。

 推進の勢いのまま、ふらふらと村の方へ流れていく。

 

 ドモンは、それを追った。

 追いついて、横から蹴った。

 砲は、誰もいない空き地の地面へ叩きつけられ、そこで止まった。

 

 二つ目。三つ目。

 同じように、糸を斬り、蹴り落とす。

 

「くそっ……! なんで、見えてる……!」

 

 ドレルの声が、裏返った。

 

 残った砲は、一つだけだった。

 ドレルは、その砲をムーンライトの後ろへ回り込ませた。

 

「これで――!」

 

 砲口が、ムーンライトの背中を追う。

 ムーンライトが横へ動けば、砲口も横へ動く。

 

 その射線の先に、家並みがあった。

 

 ドモンには、分かった。

 あの砲は、次の瞬間、撃つ。

 そして、自分がよければ、弾は後ろの家へ飛ぶ。

 

 ムーンライトは、よけなかった。

 

 逆に、砲の正面へ、自分から体を割り込ませた。

 

 重い音がした。

 ムーンライトの左肩の装甲が、火花を散らして弾けた。

 

「ヒダリカタ、ダメージ!」

 

 ハロの映像が、赤く点滅した。

 

 ドモンは、肩を押さえもしなかった。

 ただ、砲の前に立ったまま、動かなかった。

 

 ドレルが、もう一度、引き金に指をかけた。

 

 そのとき、黒い影が、上から降ってきた。

 

 

     *

 

 

 黒い機体だった。

 ベルガ・ギロス先行試作型。ザビーネのためだけに仕立てられた、もう一機の試作機だった。

 

 手にした槍が、残った最後の砲を、横から貫いていた。

 砲は、槍の先に刺さったまま、動かなくなった。

 

 背中で、翼のように広がった推進器が、ゆっくりとたたまれていく。

 その背中に、光でできた旗が灯っていた。

 見たことのない、家の紋章が描かれていた。

 

「射線の先を見ろ」

 

 ザビーネの声だった。

 

「ここを手に入れるつもりか。それとも、壊すつもりか」

 

 ドレルの機体が、びくりと止まった。

 

「ザビーネ……! 貴様、邪魔を――」

「下がれ、ドレル」

 

 ザビーネの声は、静かだった。

 

「後始末は、私がやる」

 

 しばらく、ダラスは動かなかった。

 それから、背を向けて、港の外へと飛んでいった。

 

 ギロスは、槍の先から砲を振り落とした。

 それから、ムーンライトへ向き直った。

 

 肩の装甲が、えぐれている。

 それでも、ムーンライトは、家並みの前から一歩も動いていなかった。

 

「……今のを、わざと受けたな」

 

 ドモンは、短く答えた。

 

「後ろに、人がいる」

 

 ギロスの中で、ザビーネはしばらく黙っていた。

 

 それから、後ろへ顔を向けた。

 港の入口に、調査団の作業機が三機、並んでいた。

 どの機体も、いつの間にか、腕から銃を出していた。

 

「全機、銃を下ろせ」

 

 作業機たちが、ためらうように顔を見合わせた。

 

「聞こえなかったか。下ろせ」

 

 三機の銃口が、ゆっくりと下を向いた。

 

 ザビーネは、ムーンライトに向き直った。

 

「私は、ブッホの者として、このコロニーを手に入れに来た。それは変わらない」

「だろうな」

「だが、君とは、こういう形で決めたくない」

 

 ギロスが、槍を構え直した。

 

「私を退けられたなら、部隊を引こう」

 

 ドモンは、ギロスを見た。

 

「その約束、お前に守らせるだけの権限があるんだろうな」

 

 ザビーネは、少しだけ笑った。

 

「確かめてみよう」

 

 ギロスから、調査団の船へ、通信が飛んだ。

 短いやりとりのあと、ザビーネの声が戻ってきた。

 

「団長は、了承した。私が負ければ、調査団は全員、このコロニーから引き揚げる」

 

 ドモンは、ゆっくりと拳を握った。

 

「……いいだろう」

 

 

     ◇

 

 

 管制室では、誰も口をきかなかった。

 

 画面の中で、ムーンライトとギロスが、港の前の広場で向き合っている。

 まわりには、誰もいない。

 サルガたちも、モンドの指示で、家並みの前へ下がっていた。

 

 セラは、画面の前に立っていた。

 胸の前で、両手を握り合わせていた。

 

「……朱麗さん」

 

 ラセルが、セラの隣に立った。

 何も言わずに、画面を見ていた。

 

 

     *

 

 

 ギロスが、槍を構えた。

 

 ドモンは、正面から踏み込んだ。

 穂先が、胸へ伸びてくる。

 半歩だけ身をずらし、槍の横腹へ右手を添えた。

 

 払える。

 そう見えたときには、もう槍が引かれていた。

 

 柄の根元で、マシンガンが火を噴いた。

 ムーンライトは踏み込みを止め、身を沈める。

 背後の無人の作業場で、土が跳ねた。

 

 顔を上げると、また目の前に穂先があった。

 

「……なるほど」

 

 ドモンは、一度だけ息を吐いた。

 ドレルのダラスとは違う。

 こちらが詰めた分だけ下がり、追おうとすれば撃つ。

 止まれば、槍が来る。

 

 次は、正面を追わなかった。

 

 ドモンは穂先を右手で外へ払い、その腕の下へ身を入れた。

 左足を軸に、ギロスの脇へ回る。

 右の拳を返す。

 

 そこへ、光る盾が割り込んだ。

 

 ドモンは、拳を止めた。

 左肩を引き、盾の縁をかわす。

 えぐられた装甲がこすれ、操縦席に警告音が響いた。

 

「ヒダリカタ、カドウカノウ! フカ、ジョウショウ!」

「分かっている」

 

 ギロスの背で、翼のような推進器が開いた。

 右と左が、別々の方を向く。

 機体が横へ滑りながら、こちらへ向き直った。

 回り込んだはずのドモンの前に、また槍があった。

 

「……あの背中、別々に向きが変わってる」

 

 管制室で、イーノが画面へ顔を寄せた。

 モンドが、黒い機体を目で追う。

 

「ムーンライトが追う前に、もう向き直ってやがる」

 

 ザビーネの指は、休まなかった。

 

 推進器を切り替え、盾を寄せ、ランサーを引く。

 反応を鋭くしすぎた試作機は、わずかな操作にも機首を振ろうとする。

 その動きを抑え、必要な分だけ機体を滑らせた。

 

 ――速い。

 

 指先の操作を一つ遅らせれば、あの拳が届く。

 先ほど、盾の内側へかけられた白い手が、まだ目に残っていた。

 

 ザビーネは、槍をわずかに下げた。

 ムーンライトが、それに合わせて腰を沈める。

 次に肩へ穂先を寄せると、傷のある左腕を引いた。

 

「村を守るためなら、自分が傷ついても構わんか」

「お前を止めれば済むことだ」

「その機体、ビームサーベルを持っていたな。なぜ使わない」

 

 ドモンは、答えなかった。

 

 斬る場所を誤れば、近くの家まで巻き込む。

 武器だけを落とせればいい。

 だが、ギロスは槍を引くたび、銃と盾を間に置いていた。

 

「後ろの家が、気になるか」

 

 ザビーネは、地面へ銃口を下げた。

 マシンガンが短く鳴り、ムーンライトの進路に土煙が上がる。

 家並みの方へは、一発も飛ばなかった。

 

「安心しろ。私は、住む者を撃つつもりはない。撃つのは、立ち向かってくる者だけだ」

「……それで、騎士のつもりか」

「騎士とは、そういうものだ」

 

 土煙の脇を、槍が抜けてきた。

 ドモンは半歩退き、右手を伸ばしかけた。

 つかむ前に、穂先が引かれる。

 追えば、また盾に阻まれる。

 

「君は、強い。だが、甘い」

 

 ザビーネの声が、通信に入った。

 

「守るべきものに心を奪われて、勝つべき戦いを落とす。私情を抑えて、任務を果たせ。それが、力を持つ者の務めだ」

「守りたいから、振るう拳だ」

 

 ドモンは、槍から目を離さなかった。

 

「それを私情と呼ぶなら、好きに呼べ!」

 

 踏み込みかけた右足を、止める。

 銃口が、その先へ振られていた。

 

 槍を払うだけでは、届かない。

 盾の脇へ回っても、向き直られる。

 必要なのは、相手が向き直る前に、その内側へ入る一歩だった。

 

 

     *

 

 

 ドモンは、一度、大きく後ろへ跳んだ。

 ギロスとの間合いを、取り直す。

 

 そのとき、操縦席の中で、立体映像のハロの目が赤く光った。

 

 ピピピッ。

 

「シャイニングフィンガーモード、ハツレイ!」

 

 ドモンの動きが、一瞬だけ止まった。

 

「……今、なんて言った?」

「ドモン・カッシュ。シャイニングフィンガーモード。ジブンガ、イママデ、ヤッテイタ、カンカクデ、ヤッテミテ」

 

 この世界で、誰も知らないはずの名前だった。

 

「……この機体で、あれができるのか?」

「ドモン・カッシュノ、ノウハレベル、ソクテイ。デキルト、ハンダン!」

 

 ドモンは、一呼吸置いた。

 

「朱麗」

『はい、何でしょう、師匠』

「今から俺が口に発することは、ここだけにしてくれ。以後、忘れるように」

『え、師匠、何を言ってるんですか?』

 

 ドモンは答えず、右手を握った。

 ムーンライトの指の隙間から、光が漏れ始めた。

 

 ギロスが、槍を引いた。

 穂先が、まっすぐにムーンライトの胸を向く。撃ち出すつもりだ。

 右へ動けばマシンガン、左へ動けば盾。どちらへかわしても、次の一手に捕まる。

 

 穂先は、まだ動いていなかった。

 けれど朱麗には、その先だけが、静かになったように感じられた。

 葉を離れる前の、あの水滴と同じだった。

 

『師匠、今です!』

 

 穂先が、槍を離れた。

 ムーンライトは、ほんのわずかに身をずらし、撃ち出された穂先をかすめて、槍の脇を抜けた。

 

 ザビーネが、目を見開いた。

 銃口を振ろうとする。

 ムーンライトの左手が、槍を持つ手首を押さえた。

 傷ついた肩から火花が噴く。それでも、放さなかった。

 

 ピピピッ。

 

「オンセイニンショウ。オンセイパスワードヲ、ニュウリョクシテクダサイ」

 

 ドモンは、右腕を振りかぶりながら、もう一歩、踏み込んだ。

 ギロスの盾が、白い胸へ迫る。

 その腕の内側へ、体を入れた。

 

 ザビーネが後退しようとした。

 槍の手首を押さえた左手が、それを引き止める。

 ドモンは右の拳を握った。指の一本一本に、力を込める。

 

 ムーンライトの右手が、それに応えた。

 

 指の隙間から漏れていた光が、一気にあふれ出した。

 手のひら全体が、まばゆく輝く。

 光は手首から腕へと走り、ムーンライトの右腕そのものが、燃えているように見えた。

 

 ドモンは、腹の底から叫んだ。

 

「俺のこの手が光って唸る!! お前を倒せと、輝き叫ぶっ!! 必殺! シャイニングッ! フィンガァァァァッ!!!」

 

 光の塊となった右手が、まっすぐに突き出された。

 

 ギロスの頭を、正面からつかむ。

 古い兜のような、その頭を、五本の指がわしづかみにした。

 

 つかんだところから、光があふれた。

 兜の飾りが、光の中でゆがむ。

 装甲が、内側へ、内側へと潰れていく。

 指が、深く、深く食い込んでいく。

 

 港の前の広場が、真昼のように白く照らされた。

 

 管制室の画面が、光でいっぱいになった。

 モンドが思わず顔をそむけ、セラは、画面から目を離さなかった。

 

 ムーンライトの指の奥で、何かが砕ける音がした。

 

 ギロスの目から、光が消えた。

 

 

     *

 

 

 ギロスは、膝をついていた。

 

 頭は、ひしゃげていた。

 けれど、胴体には、傷一つなかった。

 

 ドモンは、つかんでいた右手を離した。

 槍の手首を押さえていた左手も、ゆっくりと放した。

 

 しばらく、どちらも動かなかった。

 

「……なぜ、コクピットを狙わない?」

 

 ザビーネの声が、通信に入った。

 

 補助のカメラは、まだ生きていた。機体は、まだ動く。

 それでも、ザビーネには分かっていた。

 あの光る手は、胸にも届いていた。頭ではなく胸をつかんでいたら、自分はもう、ここにいなかった。

 

 ドモンは、静かに答えた。

 

「それが、ガンダムファイトというものさ」

 

 しばらく、返事はなかった。

 

「……ガンダムファイト?」

 

 ドモンは、それ以上何も言わなかった。

 

 ムーンライトは、ギロスに背を向けた。

 家並みの方へ、ゆっくりと歩いていった。

 

 やがて、ギロスの通信が、調査団の船へつながった。

 

「ザビーネより、全機へ。勝負は、ついた」

 

 ザビーネの声には、もう乱れはなかった。

 

「約束どおり、引き揚げる」

 

 

     ◇

 

 

 調査団の船の前で、ジレは、セラと向き合っていた。

 

「このたびは、こちらの若い者が、とんだご迷惑を」

 

 ジレは、深く頭を下げた。

 

「ですが、あれは私の命令ではありません。ドレルの、独断でした」

 

 セラは、ジレを見ていた。

 

「ええ。あなたが命じたのではないのでしょう」

 

 ジレが、顔を上げた。

 

「ですが、あなたには、止められたはずです」

 

 港の風が、二人のあいだを吹き抜けた。

 

 ジレは、何も言わなかった。

 しばらくセラを見ていた。

 それから、もう一度だけ頭を下げて、船の中へ消えていった。

 

 セラの手が、震えていた。

 それに気づいたのは、隣に戻ってきた朱麗だけだった。

 

 朱麗は、何も言わずに、その手を握った。

 

 

     *

 

 

 その夜、ドモンは、修理を待つムーンライトの操縦席にいた。

 

 外では、イーノたちが、えぐられた左肩の装甲を見上げて、修理の段取りを話している。

 港の灯りが、操縦席の小さな窓から差し込んでいた。

 

『師匠』

 

 内側の朱麗が、ぽつりと言った。

 

 ――なんだ。

 

『セリフ、長すぎじゃないですか? 攻撃の前に、あれだけ喋るんですか?』

 

 ドモンは、黙っていた。

 

 ――……忘れろと言ったはずだ。

 

『忘れられませんよ。あんなに大きな声で』

「……パスワードだ。仕方ないだろう」

 

 思わず、声に出ていた。

 

「ソウダ! パスワードダカラ、シカタナイ!」

 

 立体映像のハロが、耳をパタパタさせながら言った。

 

 内側で、朱麗が小さく笑った気がした。

 ドモンは、それ以上何も言わなかった。

 

 

     *

 

 

 調査団の船が、ムーン・ムーンから離れていく。

 

 格納庫の奥で、ギロスが固定されていた。

 頭は、ひしゃげたままだった。

 

 ザビーネは、その前に立っていた。

 

 あのガンダムの、光る手。

 村を背にして、弾を受けた姿。

 そして、あの言葉。

 

 聞いたこともない言葉だった。

 それなのに、耳から離れなかった。

 

「……ガンダムファイト、か」

 

 

                          (つづく)





 第56話「ガンダムファイト」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 今回ムーン・ムーンにやって来たのは、ブッホ・コンツェルンの技術調査団です。
 『機動戦士ガンダムF91』をご存じの方は、ジレ・クリューガー、ザビーネ・シャル、ドレル・ロナという名前を見て、思わず身を乗り出されたかもしれません。F91の物語は宇宙世紀0123年。TRIANGLEの時代は、そのほんの少し前にあたります。まだ表に出る前の彼らが、どんな思惑で動いていたのか。そんな想像をふくらませて描きました。

 「連邦に明け渡すか、我々の庇護を受けるか」
 「どちらにも渡さない、と申し上げています」
 54話では連邦の役人に、今回はブッホの団長に。セラは、どちらに対しても、ここで暮らす人たちの側に立ちました。条件を一枚ずつ確かめてから、静かに断る。女王として、また一歩強くなったセラを描けたと思います。

 ザビーネは、交渉の場で朱麗にこう言いました。
 「君ほどの力を、この小さなコロニーだけに埋もれさせるのは惜しい」
 朱麗の答えは、「大きいか小さいかで、決めるものじゃない」。
 相手の力を認めているのに、相手が大切にしているものは見えていない。二人の食い違いは、戦う前から始まっていました。

 そして、ドレルの独断。
 「ドレル様が出撃されました。制止しますか」
 「……ザビーネには、不測の事態に備えるよう伝えろ」
 止めろとも、攻めろとも言わない。止められたのに、止めなかった。ジレという男の怖さは、この一言に詰まっています。

 「ファンネルかよ!」
 ビーチャの叫びは、『機動戦士ガンダムΖΖ』でハマーンのファンネルと戦ってきた仲間だからこそ。正体は、細いワイヤーで操る砲でした。その糸に最初に気づいたのは、内側の朱麗です。
 『師匠、糸が見えます』

 村へ向いた砲口の前に、ムーンライトガンダムは自分から体を割り込ませました。
 「……今のを、わざと受けたな」
 「後ろに、人がいる」
 この短いやりとりで、ザビーネは相手の見方を変えます。そして、撤退を懸けた一騎打ちへ。

 ザビーネの乗るベルガ・ギロス先行試作型は、マシンガンとショット・ランサー、光る盾で、ドモンの拳を一度も届かせませんでした。ドモンの腕が劣るのではなく、近づくまでが難しい。コロニーの中で、村を背にして戦うからこそ、使える手は限られていました。

 そこで、ついに。
 「シャイニングフィンガーモード、ハツレイ!」
 54話からずっと取っておいた、あの技です。
 ハロが手段を教え、内側の朱麗が機会を捉え、ドモンが決める。
 朱麗が感じた「穂先が離れる前の静けさ」は、54話の森の修行で、水滴が葉を離れる前に感じたものと同じでした。修行は、ちゃんと実を結んでいたのです。

 そして、あの口上。
 「俺のこの手が光って唸る!! お前を倒せと、輝き叫ぶっ!!」
 『機動戦士Gガンダム』をご覧になっていた方なら、きっと一緒に叫んでくださったと信じています。
 初めての一撃は、やはりこれでなければいけません。音声パスワードという、少し情けない理由つきではありますが。

 「なぜコクピットを狙わない?」
 「それが、ガンダムファイトというものさ」
 「……ガンダムファイト?」
 頭部を潰されたら負け。ドモンにとっては当たり前の決まりでも、宇宙世紀のザビーネには聞いたこともない言葉でした。命を取れたのに、取らなかった男。その言葉は、きっとザビーネの耳から離れないでしょう。

 「ですが、あなたには、止められたはずです」
 ドモンが拳で勝ち、セラが言葉で責任を問う。
 そのあと、震えていたセラの手を、朱麗は黙って握りました。強く言い切ったセラにも、怖さはあったのです。

 最後は、操縦席での小さな反省会。
 『セリフ、長すぎじゃないですか?』
 「……パスワードだ。仕方ないだろう」
 「ソウダ! パスワードダカラ、シカタナイ!」
 Gガンダムを見ていた頃、一度は思ったことを、朱麗が代わりに言ってくれました。

 今回の一騎打ちは、構想の段階から、二人の共作者と一緒に何度も組み直しました。ザビーネの戦い方、シャイニングフィンガーまでの順番、決め手の一瞬。その積み重ねで、ようやくこの形になりました。楽しんでいただけていたら、これ以上の喜びはありません。

 次回も、どうぞよろしくお願いいたします。
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