GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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 いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みいただき、本当にありがとうございます。

 第57話「最後の見送り」をお届けします。

 前回は、ムーン・ムーンで、ついにあの技が炸裂しました。前書きの前口上ごと楽しんでくださった方、一緒に叫んでくださった方、本当にありがとうございました。

 今回は、ふたたびリーンホースとシュウたちのもとへ戻ります。
 長い旅の果てに、二つの艦は、いよいよグラナダへ近づいていました。

 55話で交わした「捕虜」という約束。
 その約束が、今回、本当に試されます。

 詳しい中身は、あえて伏せておきます。
 どうか、最後まで見届けてください。

 それでは、第57話をお楽しみください。



第57話 最後の見送り

 

 

 

 グラナダまで、あと三日。

 

 リーンホースの艦橋に、連邦の司令部から通信が入った。

 

『到着後、捕虜シュウ・シラカワおよびその一味の身柄を、ただちに引き渡すこと。受け取りには、コンラッド・バレンタイン大将の部隊が当たる』

 

 アークは、画面の文字を最後まで読んだ。

 

『なお、引き渡しに遅れが生じた場合、リーンホースの乗員にも、相応の疑いがかかるものと心得られたし』

 

 通信は、そこで切れた。

 

「……大将、自らか」

 

 アークは、艦長席の肘掛けを握った。

 

 数えきれないほどの艦隊を、たった一人の男に崩された将軍。

 その男を、今度は自分の手で受け取りに来る。

 

 艦橋の誰も、口を開かなかった。

 

 アークは、私用の回線を開いた。

 つないだ先は、レビルだった。

 

『艦長』

 

 画面に、フェニーチェの顔が映った。

 人質としてシュウの艦に残ってから、もう何か月にもなる。

 

『司令部からの知らせは、こちらでも聞きました』

「そうか」

『艦長。一つ、策があります』

 

 アークは、しばらく画面を見ていた。

 

「……中身は、聞かずにおこう」

『よろしいのですか』

「君が策と言うなら、それでいい。任せる」

 

 フェニーチェは、静かに頭を下げた。

 

『では、明日の夜。皆さんで、レビルへいらしてください』

 

 

     ◇

 

 

 翌日の夜。レビルの食堂は、にぎやかだった。

 

「作戦会議を兼ねて、ってことだったよな」

「兼ねて、だ。まずは食え」

 

 ヤザンが、ジュドの皿へ肉を放り込んだ。

 

 長い航海のあいだに、二つの艦の行き来は、すっかり当たり前になっていた。

 最初は互いに銃を持ったまま顔を合わせていたのが、いつのまにか、工具を貸し借りし、食事の時間を合わせるようになっていた。

 

 卓の端では、ロロが五人の博士に囲まれていた。

 

「だから、ここの順番を入れ替えたら、熱がこもらないんだって」

「ほう。それは、思いつかなかったな」

「でしょ!」

 

 食堂の真ん中では、ヤザンとジュドが腕相撲を始めていた。

 

「おら、どうした小僧!」

「うるせえ、まだ負けてねえ!」

 

 周りの兵たちが、どちらが勝つか賭けを始める。

 リーンホースの兵も、レビルの兵も、同じ卓を叩いて騒いでいた。

 

 バナジは、隣のクワトロに酒をつがれて、困ったように笑っていた。

 リディだけは、バンシィの調整のためにミネバの艦へ移っていて、この席にはいなかった。

 

 アークは、卓の向こうのシュウと杯を合わせた。

 

「まさか、君と同じ卓で食事をする日が来るとはな」

「俺もだ。人生は、分からんものだ」

 

 シュウは、杯を置いた。

 

「ムーン・ムーンに着いたら、どう動く」

「それを、今夜決めるつもりだった」

 

 ロロが、話に割り込んできた。

 

「ねえ、ムーン・ムーンに着いたら、朱麗にも会えるよね! ムーンライトの記録、もう何回も見たけど、やっぱり本物を見たいんだ」

「着いたらな」

 

 シュウが答えると、ロロは嬉しそうに博士たちのほうへ戻っていった。

 

「あんたの参謀は、なかなかいい茶を淹れる」

 

 人質のはずのフェニーチェは、すっかりこの艦になじんでいた。

 ちょうど、茶を淹れ直してくると言って、席を立ったところだった。

 

 ナナイは、まだ背筋を伸ばしたままだった。

 それでも、ロロに料理の名を聞かれると、少しだけ口元をゆるめて答えた。

 

 食事が一段落したころ、ナナイが立ち上がった。

 

「では、もうすぐグラナダに着きますので、作戦の示し合わせをいたしましょう」

 

 その瞬間だった。

 

 食堂の扉が、いっせいに開いた。

 

 銃を構えた兵たちが、なだれ込んできた。

 リーンホースの護衛の兵だった。

 

 あっという間に、シュウの一味の背後へ回り込む。

 ヤザンが椅子を蹴って立ち上がったときには、もう、三つの銃口が頭に向いていた。

 

「てめえら……!」

 

 ジュドが、目を見開いた。

 

「おい、何だよこれ!」

 

 ロロも、ジュドの腕にしがみついていた。

 

 アークだけが、席を立たなかった。

 

「ここまで来れば、君たちを捕虜にするのは簡単だ」

 

 靴音がした。

 

 食堂の奥の階段から、フェニーチェが降りてきた。

 

「私の捕虜役も、ここでおしまいですね」

 

 その顔には、いつもの柔らかさが、どこにもなかった。

 

 ナナイが、拳を握りしめた。

 

「やはり……! だから、言ったのです。いつ裏切られるか分からないと!」

 

 シュウは、銃口から目をそらさなかった。

 

「……なるほど。こういうことか」

 

 それきり、何も言わなかった。

 

「艦長! なんでだよ!」

 

 ロロの声が、震えていた。

 

「先生たちと、一緒にムーン・ムーンへ行くんじゃなかったの!?」

 

 アークは、答えなかった。

 

 護衛の兵を連れて、食事に行ってください。

 フェニーチェに言われたのは、それだけだった。

 

 その先に何があるのか、アークは聞いていなかった。

 聞かないと決めたのは、自分だった。

 

「……すまない」

 

 それだけを言うのが、精一杯だった。

 

 一人ずつ、縄がかけられていった。

 

 

     *

 

 

 リーンホースへ戻る連絡艇の前で、ロロはフェニーチェの袖をつかんだ。

 

「フェニーチェさん。なんで?」

 

 フェニーチェは、足を止めた。

 

「一緒にご飯食べて、一緒にムーン・ムーンへ行くって、言ってたのに」

「捕虜は、捕虜です」

 

 フェニーチェは、ロロの手をそっとほどいた。

 

「連邦は、そういう約束で私たちを地球圏へ戻しました。約束を守らなければ、今度はこの艦の皆さんが疑われます」

「でも……!」

「ロロさん」

 

 その声は、静かだった。

 

「ムーン・ムーンを助けるには、まず、この艦が自由に動けなければなりません」

 

 ロロは、それ以上何も言えなかった。

 

 フェニーチェは、連絡艇へ乗り込んでいった。

 一度も、振り返らなかった。

 

 

     ◇

 

 

 二日後の夕方。グラナダの港。

 

 レビルの格納庫に、縛られたシュウの一味が並べられていた。

 

 引き渡しの書類に、アークが署名した。

 リーンホースの兵たちは、捕虜を連邦の兵へ預けると、黙って格納庫を出ていった。

 

 ジュドは、最後まで振り返っていた。

 ロロは、一度も顔を上げなかった。

 

 入れ替わりに、靴音が響いた。

 

 大将の軍服の男が、兵を引き連れて入ってきた。

 後ろに、副官のエヴァンズ中佐が続く。

 

「やあやあ」

 

 コンラッド・バレンタイン大将は、両手を広げた。

 

「その節は、大変世話になった。私から奪ったものを、返していただくよ、シュウ君」

 

 シュウは、縛られたまま顔を上げた。

 

「大将。顔色が、ずいぶんよくなったな」

「おかげさまでね」

 

 コンラッドは、格納庫の天井を見上げた。

 

「懐かしい艦だ。短い間だったが、この艦を使っていた仲だ。最後の見送りにも、使わせてもらうぞ」

 

 エヴァンズが、一枚の紙を読み上げた。

 

「シュウ・シラカワ、ならびにナナイ・ミゲル。明朝、グラナダ中央広場にて、銃殺刑に処す」

 

 ヤザンが、身をよじった。

 

「広場だと……!」

「市民の前でな」

 

 コンラッドは、にこやかに言った。

 

「私の艦隊を沈めた男が、どういう最期を迎えるのか。皆に、よく見てもらおうじゃないか」

 

 そのときだった。

 

 ナナイの手首から、縄が、はらりと落ちた。

 

 ナナイの体が跳ねた。

 すぐそばの兵の腰から拳銃を抜き取り、その銃口をコンラッドへ向ける。

 

「動かないで!」

 

 格納庫が、凍りついた。

 

 だが、ほんの一瞬だった。

 

 背後の兵が、ナナイに飛びかかった。

 腕を後ろからねじり上げられ、拳銃が床を滑っていく。

 

 羽交い締めにされたナナイの前に、コンラッドがゆっくりと歩み寄った。

 

 見下ろす目に、笑いが戻っていた。

 

「何という女だ」

 

 コンラッドは、ナナイのあごを指でつかみ、持ち上げた。

 

「最後の晩まで、楽しませてくれる」

 

 

     ◇

 

 

 リーンホースの格納庫では、ユニコーンが開かれていた。

 

 連邦の監察官が、測定器を手に、ロロの作業を一つずつ確かめていく。

 

「これが、サイコフレームか」

「うん。……はい。外したのは、これで全部です」

 

 監察官は、開いたままの機体の奥へ、測定器を差し入れた。

 

「この部分は、なぜ外さない」

「そこは、ただの骨組みです。外したら、立っていられなくなるから」

 

 監察官は、しばらく数字を見ていた。

 ロロは、工具を握ったまま、じっと待った。

 

「……反応なし、か」

 

 ロロは、取り外した部品を、箱へ詰めていった。

 監察官は、箱に封をし、書類に署名した。

 

「確かに、受け取った」

 

 監察官が出ていくと、ジュドが小声で言った。

 

「……おい。あれ、本物か」

「……複製品。中の箱も、空っぽ」

 

 ロロは、それだけ言って、工具を置いた。

 いつもなら得意げに笑うところだった。

 

 格納庫の画面に、連邦の発表が流れた。

 

 シュウ・シラカワ、ならびにナナイ・ミゲル。明朝、グラナダ中央広場にて、銃殺刑に処す。

 

「……なんで、みんなの前で」

 

 ロロの手が、止まった。

 

「先生、悪い人かもしれないけど……でも、一緒にご飯、食べたんだよ」

 

 ジュドは、もう上着をつかんでいた。

 

「行くぞ、ロロ」

 

 

     ◇

 

 

 翌朝。グラナダ中央広場。

 

 広場は、人で埋まっていた。

 

「あれが、シュウだってよ」

「連邦の艦隊を沈めたっていう?」

「まだ若いじゃないか」

 

 ささやき声が、あちこちで交わされていた。

 怖いもの見たさで来た者もいれば、眉をひそめている者もいた。

 

 中央に、木の台が組まれている。

 台の上に、二人が立たされていた。

 

 シュウと、ナナイだった。

 

 二人とも、後ろ手に縛られ、口には枷をかまされていた。

 台を囲む兵たちが、銃を胸の前に構えている。

 

「どいてくれ! 通してくれよ!」

 

 ジュドは、人波をかき分けて前へ出た。

 ロロが、その背中にしがみついてついてくる。

 

「おい、やめろよ! こんなの、おかしいだろ!」

 

 最前列の兵が、ジュドの胸を銃で押し返した。

 

「下がれ」

「下がれって、お前らそれでいいのかよ! あいつら、昨日まで……!」

 

 兵は、何も答えなかった。

 ただ、銃を押し当てる力が、少しだけ強くなった。

 

「先生!」

 

 ロロの声は、広場のざわめきにかき消された。

 

 台の横に、コンラッドが立った。

 隣には、エヴァンズが控えている。

 

 コンラッドは、マイクを握った。

 

「グラナダ市民の諸君」

 

 広場が、静まった。

 

「この男は、連邦の秩序に背き、多くの兵の命を奪い、あまつさえ、私の名をかたって艦隊を欺いた。許しがたいことである」

 

 コンラッドは、ひと呼吸置いた。

 

「私は、あの日の恥を忘れたことはない。だからこそ、こうして諸君の前で、けじめをつけたいのだ」

 

 コンラッドは、台の上の男を見上げた。

 

「だが、悔い改めるというのなら……もう遅いかもしれんが、聞こうではないか」

 

 市民のあいだに、ざわめきが走った。

 

「口枷を外せ」

 

 兵の一人が、台へ上がった。

 シュウの口から、枷が外される。

 

 男は、大きく息を吸った。

 

「助けてくれ!」

 

 広場の誰もが、耳を疑った。

 

「助けてくれ! 私は、シュウではない!」

 

 ジュドが、息をのんだ。

 

「……先生?」

 

 ロロには、その声が、ひどく遠く聞こえた。

 

 あのシュウが。

 食堂で、平然と杯を合わせていたあの男が。

 

 コンラッドは、ゆっくりと首を振った。

 

「この期に及んで、まだそんなことを言うのか」

 

 マイクを持つ手が、下がった。

 

「……やはり、お前は死なねばならんようだ。やれ」

 

 兵たちが、いっせいに銃を構えた。

 

 台の上の二人が、必死にもがいた。

 縄がきしみ、枷の奥から、くぐもった叫びがもれる。

 

「待ってくれ!」

 

 ジュドが叫んだ。と同時に、轟音がそれをかき消した。

 

 港のほうから、黒い煙が立ちのぼる。

 倉庫の屋根が、火の粉を散らしていた。

 

 市民が悲鳴を上げ、兵たちの銃口が揺れた。

 

「これは、シュウを救い出すための陽動ではないのか!」

 

 コンラッドの声が、広場に響いた。

 

「皆、慌てるな!」

 

 市民も、兵たちも、いっせいにコンラッドへ顔を向けた。

 

 台の上の男が、首を振りながら必死に声を絞り出した。

 

「私は――」

「そう」

 

 コンラッドが、その声をさえぎった。

 

「私が――」

 

 指が、あごの下へかかった。

 皺のある頬が、薄い膜になって持ち上がる。

 

「いや」

 

 その下から、青年の顔が現れた。

 

「俺が、シュウ・シラカワだ」

 

 

     *

 

 

 シュウは、マイクを兵へ放った。

 

「では、レビルは返してもらうぞ」

 

 シュウは、台に背を向けて歩き出した。

 副官のエヴァンズが、その後ろに続く。

 

 広場を囲んでいた兵たちも、銃を下ろし、その後ろについていく。

 誰一人、引き金に指をかける者はいなかった。

 

 市民たちは、ただ、それを見送るしかなかった。

 

 副官が、歩きながら軍帽を脱ぎ、首元へ手を入れた。

 外した顔の下から、長い髪がこぼれた。

 

「……ナナイ、さん?」

 

 ロロが、つぶやいた。

 

 ジュドは、台へ駆け上がった。

 縛られたままの男の顔に、手をかける。

 

 シュウの顔が、薄い膜になってはがれた。

 

 その下から出てきたのは、涙と汗にまみれた、初老の男の顔だった。

 

「……大将?」

 

 コンラッドは、口をぱくぱくと動かした。

 声にならなかった。

 

 市民たちが、ざわめき始めた。

 

「あれ、大将じゃないか」

「じゃあ、さっきまでマイクを持ってたのは……」

 

 誰かが、こらえきれずに吹き出した。

 笑い声は、すぐに広場じゅうへ広がっていった。

 

 隣で口枷をかまされた「ナナイ」が、うめき声を上げた。

 その声は、どう聞いても、男の声だった。

 

 港の方角で、一隻の艦が、ゆっくりと岸壁を離れていった。

 

 ジュドは、台の上に座り込んだ。

 

「……あの野郎」

 

 笑いとも、ため息ともつかない声だった。

 

 ロロは、遠ざかっていく艦を、いつまでも見上げていた。

 

 

     *

 

 

 アークは、港を離れていくレビルを見ていた。

 

「……どこで、入れ替わったと思う」

 

 フェニーチェが、少しだけ口元をゆるめた。

 

「おそらく、こういうことでしょう」

 

 

     *

 

 

 前の晩。レビルの格納庫。

 

 羽交い締めにされたナナイのあごを、コンラッドが持ち上げていた。

 

「最後の晩まで、楽しませてくれる」

 

 その足元で、縄が落ちた。

 

 一本ではなかった。

 ヤザンの手首から。クワトロの手首から。

 縛られていた者たちの縄が、次々に床へ落ちていった。

 

「足元が、お留守ですぜ。大将」

 

 コンラッドが振り返るより早く、ヤザンの頭突きが兵のあごを打ち上げた。

 

 クワトロが、ナナイを押さえていた兵の腕を取る。

 銃口が上を向き、兵の体が床へ転がった。

 

「なっ、何を――」

 

 コンラッドは後ずさった。

 その背中へ、シュウの手がかかった。

 

「動かん方がいい」

 

 エヴァンズが拳銃へ手を伸ばす。

 ヤザンがその手首をつかみ、ひねり上げた。

 

 あとは、長くかからなかった。

 兵たちは一人ずつ武器を奪われ、床へ押さえつけられていった。

 

 ナナイは、乱れた髪をかき上げた。

 

「……思っていたより、痛かったです」

「すまん。お前が一番、うまく捕まってくれると思った」

 

 シュウは、床に座らされたコンラッドを見下ろした。

 

「大将。あんたが決めた刑だ。そのとおりにしてやろう」

 

 コンラッドの顔から、血の気が引いた。

 

 シュウは、クワトロへ振り返った。

 

「あの顔は、まだ持っているか」

「捨てようと思っていたところだ」

 

 クワトロが、懐から薄い膜を取り出した。

 シュウの顔だった。

 

「俺の手元にも、一枚ある」

 

 シュウが広げたのは、皺のある男の顔だった。

 コンラッドは、それを見て身をよじった。

 

「貴様……また、私に化けるつもりか!」

「今度は、あんたにも付き合ってもらう」

 

 シュウは、クワトロから受け取った顔を、コンラッドの前へ下げた。

 

 隣で、エヴァンズが息をのんだ。

 ナナイが、自分の上着を持って近づいてきたからだった。

 

「ま、待て。まさか、私に……」

「背格好は、ちょうどいいですね」

「中佐の私に、そのような格好をさせるつもりか!」

 

 ナナイは、上着をエヴァンズの胸へ押しつけた。

 

「明日の朝までの辛抱です」

 

 少し離れたところで、五人の博士が二人の顔を見比べていた。

 

「こちらの二枚は、これからか」

「夜明けまでには、間に合うだろう」

「じっとしていてくれ。動かれると、似せられないからな」

 

 エヴァンズの抗議を聞き流し、博士たちは道具を広げた。

 

 夜明け前には、連邦の軍服を着た者たちが、格納庫に並んでいた。

 

 コンラッドの顔をした男が、その列を見渡した。

 隣には、軍帽をかぶり直す副官がいる。

 

「では、出発しようか。中佐」

「承知いたしました、大将」

 

 床の上で、拘束具に包まれた二人が身をよじった。

 口枷の奥から、言葉にならない声が漏れた。

 

 

     *

 

 

 アークは、こらえきれずに笑った。

 

「……本当に、そのとおりだったかどうかは分からんがな」

 

 フェニーチェも、口元へ手を添えていた。

 

「私にも、そのような大胆な作戦は思いつきませんでした」

 

 画面の中で、レビルが港を離れていった。

 

 

                          (つづく)




第57話「最後の見送り」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 55話で、フェニーチェはこう言いました。「捕らえたシュウの一味を、捕虜として引き渡す」。
 あのとき、「えっ、本当に渡しちゃうの?」と思われた方も多かったのではないでしょうか。
 今回は、その問いに真正面からお答えする回でした。

 航海のあいだに、二つの艦はすっかり打ち解けていました。腕相撲をするヤザンとジュド、博士たちに囲まれるロロ、杯を合わせるアークとシュウ。
 そこへ、なだれ込む銃口。
 「私の捕虜役も、ここでおしまいですね」
 ナナイの「いつ裏切られるか分からない」が、55話から一番悪い形で返ってきた……ように見えた場面です。

 そして、グラナダで待っていたのは、43話のあの人でした。
 コンラッド・バレンタイン大将。シュウに顔を奪われ、艦隊を沈められ、旗艦ゼネラル・レビルまで持っていかれた将軍です。
 「その節は、大変世話になった」
 「最後の見送りにも、使わせてもらうぞ」
 今回の題名は、この台詞からいただきました。

 その裏で、ロロは連邦の監察官の前で、ユニコーンの「解体」をやってのけました。
 「……複製品。中の箱も、空っぽ」
 50話で少しだけ顔を出した、ロロの悪だくみです。いつもなら得意げに笑うところを笑えなかったのは、友だちが処刑されると思っていたからでした。

 翌朝の広場。
 「助けてくれ! 私は、シュウではない!」
 あのシュウが命乞いを、と息をのまれた方。読み返していただくと、シュウなら「俺」と言うはずのところが「私」になっています。

 「私が――」
 「いや」
 「俺が、シュウ・シラカワだ」
 43話では、コンラッドの顔の下からシュウが現れました。今回も、同じことをもう一度。ただし今度は、艦橋の中ではなく、市民が見守る広場のど真ん中で、です。
 連邦が名誉を取り戻すために開いた処刑の場は、連邦の大将が笑いものになる場に変わりました。

 「では、レビルは返してもらうぞ」
 もとは連邦の艦なのに「返してもらう」。最後まで相手をからかって去っていくのが、シュウという男です。

 処刑台に残されたのは、シュウの顔をはがされた大将と、どう聞いても男の声の「ナナイ」。
 ジュドの「……あの野郎」には、怒りと、ほっとした気持ちと、ちょっとした悔しさが、全部まざっていたと思います。

 そして最後は、港を離れていくレビルを見送るアークとフェニーチェ。
 「……どこで、入れ替わったと思う」
 「おそらく、こういうことでしょう」
 縄が一斉に落ち、大将はシュウの顔に、副官はナナイの格好に。43話でシュウとクワトロが外した二枚の顔が、ここでもう一度役に立ちました。43話のクワトロの「あの顔で、また何か頼まれても困るな」を覚えていてくださった方には、ちょっとしたご褒美の場面です。
 そして、エヴァンズ中佐。「中佐の私に、そのような格好をさせるつもりか!」。今回一番かわいそうな人かもしれません。

 「私にも、そのような大胆な作戦は思いつきませんでした」
 フェニーチェの読みは、どこまで当たっているのでしょうか。

 次回も、どうぞよろしくお願いいたします。
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