いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みいただき、本当にありがとうございます。
第58話「月の隣で」をお届けします。
前回は、グラナダの広場で、シュウが連邦の大将の顔を剥がしてみせました。「また仮面か!」と笑ってくださった方、最後まで騙されてくださった方、ありがとうございました。
さて、捕虜の件はひとまず片がつきました。
けれど、まだ何も終わってはいません。
ムーン・ムーンをコロニーレーザーにするという、連邦の計画が残っています。
今回は、久しぶりにムーン・ムーンへ戻ります。
そして、連邦の側にも、新しい顔ぶれが何人か登場します。
詳しい中身は、あえて伏せておきます。
それでは、第58話をお楽しみください。
『アーク艦長。お忙しいところ、恐れ入ります』
リーンホースの艦橋の画面に、一人の男が映っていた。
軍服の襟をゆるめ、口元には余裕のある笑みを浮かべている。
『連邦軍、ケネス・スレッグ。ジェントル・ゴン提督の使いで参りました』
「穏健派の提督が、私に何の用かね」
『単刀直入に申し上げます』
ケネスは、手元の書類を一枚めくった。
『ムーン・ムーンをめぐって、連邦と現地がこれ以上ぶつかるのは、提督の望むところではありません。艦長はあちらの女王と縁がおありだと聞きました。交渉の仲立ちを、お願いしたいのです』
アークは、すぐには答えなかった。
「交渉の中身は」
『こちらに』
送られてきた案に、アークは目を通した。
連邦による接収の取り下げ。
その代わりに、ある企業による「保護」を受け入れること。
企業の名は、ブッホ・コンツェルンとあった。
「……ムーン・ムーンを襲った連中の名だな」
『存じております』
ケネスは、笑みを崩さなかった。
『ですが、ほかに使える手があるとお思いですか。連邦の誰かがあのコロニーを狙っている以上、何もしなければ、次はもっと乱暴な客が来ます』
アークは、しばらく画面を見ていた。
「仲立ちは引き受けよう。だが、女王に承知させる約束はできん」
『それで結構です。提督も、そこまでは望んでおりませんので』
通信が切れると、隣でロロが身を乗り出した。
「艦長! ムーン・ムーンに行くの?」
「ああ」
「やった! 朱麗に会える!」
アークは、ロロの喜ぶ顔を見ながら、閉じた画面の方へもう一度目をやった。
◇
ムーン・ムーンの港に、リーンホースが入った。
出迎えの列の先頭に、セラが立っていた。
その隣に、朱麗がいる。
「朱麗ー!」
ロロが、タラップを駆け下りた。
そのまま朱麗の前で止まり、頭のてっぺんから足の先まで見回す。
「ムーンライト、記録で何回も見たよ! すごかった! あれ、腕が何本にも見えたって、ほんと?」
「……相変わらずだな」
朱麗が、わずかに口元をゆるめた。
『ロロさん、元気そうですね』
内側の朱麗の声に、ドモンは心の中で答えた。
――ああ。うるさいくらいにな。
セラが、アークの前へ進み出た。
「遠いところを、ようこそお越しくださいました」
「女王陛下。今日は、話を一つ預かってきた」
アークの声は、穏やかだった。
けれど、その手にある書類を見て、セラの目がわずかに細くなった。
会議の間で、アークは預かった案をそのまま読み上げた。
連邦の接収を取り下げる代わりに、ブッホ・コンツェルンの保護を受け入れること。
読み終えると、部屋の空気が冷えていた。
「ブッホ……」
セラが、その名を繰り返した。
「この前、港を襲った人たちの名前です」
「承知している」
アークは、ごまかさなかった。
「私は、この案を勧めに来たのではない。持ってきただけだ。どうするかは、陛下が決めればいい」
セラは、しばらく黙っていた。
それから、静かに顔を上げた。
「お返事は、少しだけお待ちください。ここで暮らす者たちと、話をしてから決めます」
「それでいい」
朱麗は、何も言わなかった。
ただ、セラの隣に立ち続けていた。
◇
ムーン・ムーンから少し離れた宙域。
漂う岩の陰に、二隻の艦が身を潜めていた。
シュウのレビルと、ミネバのサダラーンだった。
『戻ったぜ』
偵察に出ていたヤザンから、通信が入った。
『例の輸送船だ。ムーン・ムーンの港には寄らねえ。そのまま脇を素通りして、奥へ進んでいきやがった』
「行き先は」
『昔のコロニーの残骸だ。人なんか住んでねえはずの、空っぽの筒だよ。そいつの周りに足場が組まれて、中にはもう、でかい装置が据えつけてあるのが見えた』
艦橋の空気が、止まった。
ナナイが、星図を開いた。
ムーン・ムーンの、すぐ隣。
何の名前も記されていない、小さな印が一つあった。
「……別のコロニーか」
シュウが、低くつぶやいた。
「ムーン・ムーンを取れなくても、すぐ隣で造ってしまえばいい。俺たちが港の取り合いを見ているあいだに、本命はこっちで進んでいたわけだ」
「どうなさいますか、シュウ様」
「機材は、もう運び込まれている。いつ撃てるようになるかは分からん。今、止める」
そこへ、サダラーンからの通信がつながった。
画面に映ったのは、ミネバだった。
『そなたらが動くのは、構わぬ』
ミネバの声は、静かだった。
『だが、我らの艦は出せぬ。この宙域に、ジオンの艦がいると連邦に知られれば、我らが岩の中で守ってきた者たちまで、狙われることになる』
画面の端で、ハマーンが不安そうに両手を握っていた。
『すまぬ』
「謝ることはない」
シュウは、首を横に振った。
「もともと、そちらを巻き込むつもりはない。こちらの手で、片をつける」
ミネバは、少しだけ目を伏せてから、通信を切った。
シュウは、格納庫への回線を開いた。
「ヤザン、ガラン、ミランダ。それに、クワトロ。モビルスーツ隊も、出せるだけ出す」
『おう、待ってたぜ』
「目標は、据えつけた装置をつないでいる足場だ。全部壊さなくていい。つなぎ目を崩せば、撃てるようになる日はずっと先へ延びる」
ナナイが、偵察の映像を指した。
「守りの艦は二隻。護衛の多くは、ムーン・ムーンの港の方を向いています」
「あちらの目は、まだムーン・ムーンにある。横から突けば、守りが向きを変える前に足場へ届く」
シュウは、星図の上に一本の線を引いた。
「隊が正面で引きつけ、四人が脇から足場へ入る。それで片がつく」
*
残骸のコロニーが、目の前に迫ってきた。
ひび割れた外壁に、新しい足場が蜘蛛の巣のように張りついている。
その奥に、据えつけられた巨大な装置の影が見えていた。
その周りを、連邦の艦とモビルスーツが固めていた。
「歓迎の準備は、できてるみたいだねえ」
ミランダが、迅雷の刃を握り直した。
「来るぞ」
ガランの声と同時に、正面の艦隊の陰から、太い光が走った。
レビルのモビルスーツ隊が、左右へ散った。
光は、さっきまでいた場所を、まっすぐに焼き抜いていった。
正面の敵がそちらへ砲を向ける間に、ヤザンたち四機は外壁沿いへ回り込んだ。
『はっはっは! よくかわしたな、ネズミども!』
広域の回線に、豪快な笑い声が響いた。
艦の陰から、一機のガンダムが姿を現した。
分厚い装甲。肩に担いだ、大きな砲。
盾を前に立て、正面から堂々と進んでくる。
『連邦軍、ホア・シオン大佐である! この砲の前に立つ度胸のある奴から、かかってこい!』
「自分から名乗ってくれるとは、親切なこった」
ヤザンが、デス・ハンムラビの大鎌を構えた。
「なら、まずはてめえからだ!」
大鎌が、うなりを上げて振り下ろされた。
ホア・シオンは、盾で真正面から受け止めた。
火花が散る。
分厚い装甲の機体は、一歩も下がらなかった。
『軽い! 軽いぞ!』
盾ごと押し返され、デス・ハンムラビが後ろへ流された。
その横で、別の機体が動いた。
『まったく。いちいち大声を出さねば戦えんのか、ホア・シオン』
冷たい声だった。
上半身と下半身が、ふたつに分かれた機体が、ヤザンたちの左右へ回り込んでくる。
分かれた下半身が横から撃ち、上半身が背後を取る。
『フー・ヂェンだ。名乗るまでもない相手だが、礼儀として教えておこう』
『おい、フー・ヂェン! こいつらは俺の獲物だぞ!』
『お前が正面で突っ立っているから、私が後ろを片づけてやっているのだ。礼を言ってほしいくらいだな』
『なんだと!』
「仲間割れなら、よそでやりな!」
ミランダの声に、二人は同時に黙った。
口では言い争いながら、機体だけは、少しも隙を見せていなかった。
「何だい、あいつら。偉そうに!」
ミランダが、迅雷を走らせた。
分かれた下半身へ斬りかかる。
だが刃が届く寸前、それは向きを変えて離れ、入れ替わりに上半身の銃口がミランダの背中を狙っていた。
「ミランダ!」
ガランの鉄嵐が、ガトリング砲を回した。
火線が上半身を追い払い、ミランダは間一髪で抜けた。
「助かったよ、ガラン!」
「礼はいい。離れるな」
ホア・シオンが正面で押し、フー・ヂェンが横と後ろをふさぐ。
攻めているはずのヤザンたちが、少しずつ一か所へ押し込まれていく。
「……なるほど」
百式改の操縦席で、クワトロがつぶやいた。
「力で押す者と、逃げ道を消す者か。息が合っているとは言えんが、噛み合ってはいる」
*
それでも、レビルの部隊は押し返した。
ヤザンの大鎌が、ホア・シオンの砲身をはね上げる。
その隙に、ガランのミサイルが足場の一角へ届きかけた。
『三番、四番。間を詰めろ。足場の前に壁を作れ』
別の声が、回線に割り込んだ。
足場の前に、ジェガンの小隊が並んだ。
その中心に、肩に増設装甲をつけたジェガンが一機いる。
派手さはない。だが、その一機の指示で、ジェガンたちが無駄なく位置を変えていく。
『デフ。二番が被弾した。下げろ』
『了解! ボッシュさん、右も来ます!』
『分かっている。お前は自分の守る相手だけ見ていろ』
白い小さなガンダムが、傷ついたジェガンの前に飛び込んだ。
盾でミサイルを受け止め、味方を抱えて後ろへ下がる。
「……いい腕だ」
ガランが、短く言った。
「あの指揮官機、ただの古い機体じゃないぞ」
「どっちにしろ、道がふさがれちまった」
ヤザンが、舌打ちした。
足場は、目の前にある。
なのに、そこへ届く道が、どこにもなかった。
*
そのときだった。
戦場の端で、光が弾けた。
何かが、来る。
そう感じたときには、もう、それは目の前にいた。
騎士の兜のような頭。
背中に背負った、巨大な推進器。
「……速い」
ガランがそう言い終わる前に、鉄嵐の左腕が宙を舞っていた。
『ふはははは!』
回線に、高らかな笑い声が響いた。
『小生の名は、リュー・ブー=ギンガナム! この戦場で一番強い者は、どいつだ!』
*
レビルの艦橋で、五人の博士が画面の前へ集まっていた。
「……あの機体は」
ヨハネスの声が、かすれた。
「トールギス、だ」
「馬鹿な。あれは、設計図しか残っていなかったはずだぞ」
ゲオルグが、画面に顔を寄せた。
「どこで、あんなものを組み上げた」
「組み上げたことより、乗っていることの方が問題だ」
ハインリヒが、低く言った。
「あの機体は、乗る人間のことなど考えて作られていない。加速だけで、まともな人間なら体が潰れる。だから、誰も乗れずに設計図のまま眠っていたんだ」
オットが、言葉を失ったまま画面を見ていた。
その画面の中で、トールギスはさらに速度を上げていた。
*
連邦の旗艦の艦橋で、恰幅のいい男が、戦場の映像を眺めていた。
強硬派の頭、ドン・ズーオ提督だった。
「ギンガナム」
ドン・ズーオは、回線に向かって言った。
「暴れすぎるな。機体が壊れる」
『壊れたら、次を出すまでのこと!』
ギンガナムの高笑いが返ってきた。
『蔵には、まだいくらでも並んでおりますぞ、提督!』
ドン・ズーオは、鼻を鳴らして回線を切った。
人が乗れば体が潰れるはずの機体を、ギンガナムは、機体の方が先に壊れるほど振り回している。
「本体の据えつけは、終わっております」
そばに控えた士官が、報告した。
「残るは、接続と試験だけです」
「なら、ネズミどもに邪魔をさせるな。あれは、そのための男だ」
*
「ふざけやがって……!」
ヤザンが、大鎌を振りかぶった。
だがトールギスは、刃が届く前に消えた。
次の瞬間には、デス・ハンムラビの背後にいた。
ヤザンは、振り向きざまに鎌を返した。
一度見た動きだ。
二度目は、読める。
その読みを、さらに上回る加速だった。
鎌の柄が、根元から斬り落とされた。
『良い反応だ! だが、小生のトールギスには追いつけぬ!』
「ちっ……化け物かよ!」
艦橋で、シュウは画面を見据えていた。
隊は、正面の守りを引きつけていた。
四人は、足場のすぐ手前まで迫っていた。
あと一押しで、装置のつなぎ目に届くはずだった。
その一押しの場所に、トールギスが立っていた。
前へ出た味方の機体が、一機、また一機と弾き返されていく。
「……あの一機だけは、勘定に入っていなかったな」
シュウは、短く息を吐いた。
「……撤退だ」
シュウは、決めた。
「全機、退け。レビルの方へ下がれ」
*
『クワトロ! あんたも下がれ!』
ミランダの声に、クワトロは答えなかった。
百式改は、退路の真ん中に止まっていた。
この位置を離れれば、トールギスはまっすぐヤザンたちの背中を追う。
「先に行け。私が、ここを塞ぐ」
『馬鹿言うな!』
「行け、ヤザン。命令だと思え」
ヤザンが、歯を食いしばった。
傷ついた二機を抱えるようにして、三機が下がっていく。
トールギスが、百式改の前で止まった。
『ほう。仲間を逃がすために、一人で残るか』
ギンガナムの声に、楽しげな色が混じった。
『気に入った。その金色、小生の目に焼きつけておこう』
クワトロは、操縦桿を握り直した。
「……来い」
トールギスが、消えた。
クワトロは、待っていた。
ヤザンへの一撃も、ガランへの一撃も、ここから見ていた。
加速の直前、背中の推進器がわずかに開く。
そこへ、先にライフルを置いた。
光が、トールギスの肩をかすめた。
突っ込んでくるはずだった機体が、横へ流れる。
『ほう!』
ギンガナムの声が、弾んだ。
『一度見ただけで、小生の踏み込みを読んだか!』
クワトロは、追わなかった。
追えば、退路の前が空く。
百式改は、また元の位置へ戻った。
二度目は、ギンガナムも読んでいた。
ライフルの先を外すように、トールギスは上から回り込んできた。
逃げられる方向は、一つあった。
だがそこへ動けば、ヤザンたちの背中が空く。
クワトロは、その場で受けた。
百式改の右腕が飛んだ。
左脚が飛んだ。
金色の装甲が、次々に砕けて散っていく。
それでも、百式改は退路の前から動かなかった。
『――クワトロ!』
最後の一撃が胴をかすめる直前、操縦席が機体から弾き出された。
小さな脱出艇が、煙の尾を引いて戦場を離れていく。
それを、ナナイの指示で出た回収艇が受け止めた。
トールギスは、追わなかった。
『今日は、ここまでにしておいてやろう』
ギンガナムは、ばらばらになった金色の機体を見下ろした。
『次は、もっと強い者を連れて来い』
その横に、肩に増設装甲をつけたジェガンが並んだ。
『全機、追撃はここまでだ。足場の守りに戻れ』
『待て! 逃がすな、追え!』
ホア・シオンの怒鳴り声が、回線に割り込んだ。
『これ以上追えば、足場の守りが空く』
『俺に指図する気か、ウェラー!』
『こちらの部隊へ命じている』
ボッシュは、それだけ言った。
ボッシュの指示で、ジェガンたちが元の位置へ戻っていった。
ギンガナムは、漂う金色の破片を眺めていた。
『おい、そこの指揮官』
『……何か』
『あの金色の残骸、拾っておけ。古いが、良い機体だ。小生の蔵に並べる』
ボッシュは、しばらく黙っていた。
『こちらは、足場の守りで手一杯だ。ご自分の部下にお命じください』
『つまらん男だな』
ギンガナムは、笑いながら去っていった。
デフのF90も追撃をやめ、損傷した味方のジェガンのもとへ戻っていった。
◇
レビルの格納庫に、傷ついた機体が次々に戻ってきた。
回収艇のハッチが開き、クワトロが降りてきた。
額から血を流していたが、足取りはしっかりしていた。
「すまない。百式改は、置いてきた」
「機体は、また造ればいい」
シュウは、クワトロの額の傷を見た。
「足場の手前までは、読みどおりだった。あと一歩だった」
「その一歩を、あの男が一人で埋めた」
クワトロは、格納庫の奥へ目をやった。
「次は、あの一機を勘定に入れて攻めることだ」
「ああ」
クワトロは、シュウの肩に一度だけ手を置いて、通り過ぎていった。
シュウは、艦橋へ戻ると、一つの回線を開かせた。
「ナナイ。ムーン・ムーンへつなげ。リーンホースにもだ」
「よろしいのですか。こちらの位置を、知られることになります」
「構わん」
シュウは、星図の小さな印を見た。
「あれは、俺たちだけでは止められん」
◇
ムーン・ムーンの会議の間で、シュウからの知らせが読み上げられた。
すぐ隣の、捨てられたコロニーで、レーザーの工事が進んでいること。
シュウの部隊が攻め込み、退けられたこと。
トールギスという機体に乗った、とてつもなく強い男がいること。
部屋が、静まり返った。
「……そんな」
セラが、小さくつぶやいた。
「ムーン・ムーンを守れば、それでいいと思っていたのに」
ロロが、画面に映った戦闘記録を見ていた。
金色の機体が、トールギスに崩されていく。
「この金色の……クワトロさんの機体だよね」
誰も答えなかった。
『師匠』
内側から、朱麗が呼んだ。
『あそこから撃たれたら、村まで……』
――ああ。
朱麗が、立ち上がった。
「俺たちが行く」
皆が、朱麗を見た。
セラが、朱麗の袖をつかみかけて、やめた。
その手を、自分の胸の前で握る。
「……必ず、戻ってきてください」
「ああ」
朱麗は、セラにうなずいた。
内側の朱麗の声が、わずかに震えていた。
『でも、あのトールギスという機体……とても、強いです』
――分かっている。
ドモンは、画面の中のトールギスを見据えていた。
――だから、行くんだ。
(つづく)
第58話「月の隣で」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
コロニーレーザーにされるのは、ムーン・ムーンだと思っていた。
ところが本命は、すぐ隣の、誰も住んでいない古いコロニーの方でした。
セラの「ムーン・ムーンを守れば、それでいいと思っていたのに」は、55話からずっとそう思ってきた皆さんの気持ちでもあったと思います。題名の「月の隣で」には、その意味を込めました。
今回は、新しい顔ぶれがたくさん登場しました。
まずは、アークのもとへ使いに来たケネス・スレッグ。
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』をご存じの方は、名前を見ただけで「おっ」と思われたかもしれません。「ほかに使える手があるとお思いですか」。穏健派の提督の使いとして、ブッホの保護という危うい案を、涼しい顔で持ってきました。
そして、連邦の強硬派。
頭のドン・ズーオ提督と、その右腕のホア・シオン大佐、フー・ヂェン大佐。三国志がお好きな方は、董卓、華雄、胡軫の名前に重ねて読んでいただけたら嬉しいです。
「この砲の前に立つ度胸のある奴から、かかってこい!」と自分から名乗る豪快なホア・シオン。
冷たい口調で人を見下しながら、分離するバウで背後を取るフー・ヂェン。
口では言い争いながら、機体だけは少しも隙を見せない。仲が良いとは言えないのに、噛み合ってしまう二人です。
連邦の軍人派からは、『機動戦士ガンダムF90』のボッシュ・ウェラーとデフ・スタリオン。
派手さのないジェガンで部隊を無駄なく動かすボッシュと、傷ついた味方を盾でかばって下げるデフ。
「俺に指図する気か、ウェラー!」
「こちらの部隊へ命じている」
同じ連邦でも、強硬派と軍人派は、指揮も考え方も別。この一言は、覚えておいていただけると、後で効いてきます。
そして、トールギス。
五人の博士が青ざめるほどの、乗る人間のことなど考えていない加速を持った機体です。『新機動戦記ガンダムW』をご覧になっていた方には、おなじみのお約束ですね。
ところが、それに乗る男は、機体の方が先に壊れるほど振り回してしまう。
「暴れすぎるな。機体が壊れる」
「壊れたら、次を出すまでのこと!」
小生、リュー・ブー=ギンガナム。
『∀ガンダム』のギム・ギンガナムを思い出された方、正解です。ギンガナム家の、ずっと昔のご先祖様、という扱いです。戦いを何より楽しみ、モビルスーツを集めずにはいられない。百式改の残骸まで「小生の蔵に並べる」と言い出す、困った収集家でもあります。
一方のシュウたちは、勝算があって攻め込みました。
ミネバの艦隊を隠したまま、隊で正面を引きつけ、四人が脇から装置のつなぎ目へ。あと一押しのところまでは、読みどおりでした。
「……あの一機だけは、勘定に入っていなかったな」
その一歩を、ギンガナムがたった一機で埋めてしまいました。
クワトロの百式改は、ここで失われました。
一度はトールギスの踏み込みを読みながら、仲間の退路を空けないために、その場を動かなかった。負けたのは腕ではなく、殿を選んだからです。15話から一緒に戦ってきた金色の機体に、この場を借りてお礼を言わせてください。お疲れさまでした。
最後は、ムーン・ムーン。
『あそこから撃たれたら、村まで……』
――ああ。
「俺たちが行く」
強い相手と戦いたいからではなく、自分たちの暮らす場所が、すぐ隣の砲口の前にあるから。ドモンと内側の朱麗が、同じ故郷を見て立ち上がりました。
あのトールギスに、朱麗はどう挑むのか。
次回も、どうぞよろしくお願いいたします。