今回は少し物語の視点を広げて、地球連邦側で進められている《ブラッド・レイ》計画から始まります。
そして舞台は再びロロたちへ。
ケニア宇宙港を目指す一行は、途中で古い聖地ラリベラへと立ち寄ることになります。
これまであまり本気で戦う姿を見せてこなかった朱麗にも、今回はちょっと頑張ってもらいました。
それでは、第6話「ラリベラの台地にて」、よろしくお願いします。
第二次ネオ・ジオン戦争以降、地球連邦は長い疲弊の時代を迎えていた。
戦争によって失われたものは大きかった。だが皮肉にも、連邦をさらに衰退させたのは、その後に訪れた「敵の不在」であった。
ネオ・ジオンという巨大な敵対勢力を失い、大規模な戦争は次第に姿を消していった。戦火が遠のけば、兵器は必要とされなくなる。モビルスーツの生産は縮小し、軍需産業は衰え、それを支えてきた技術者や生産設備もまた、少しずつ失われていった。
それは軍事力そのものの衰退を意味していた。
やがて連邦上層部は、この状況を看過できなくなっていた。
地球では、イエロースーツをはじめとする反連邦勢力が各地で勢力を拡大しつつあった。かつてのネオ・ジオンほど巨大ではなかった。だが、弱体化した連邦にとって、それらはもはや無視できる存在ではなくなっていた。
再び大規模な戦争が起こる前に、戦争そのものを抑え込む力が必要だった。
圧倒的な力を示すことで、敵に戦うことさえ諦めさせる。その思想のもと、地球連邦上層部は一つの戦略システムの開発を極秘裏に進めていた。
その名は――
月面――アナハイム・エレクトロニクス。
巨大な建造ドックの中央に、一隻の艦が横たわっていた。
艦体の各所には巨大な兵装を収めるための構造が組み込まれ、まだ外装の取り付けられていない区画からは、複雑なフレームと配線がむき出しになっている。
その周囲では無数の作業員と作業用機械が動き続けていた。
その建造中の艦をアーク・ノアは見上げた。
その隣を案内しているのは、アナハイムの技術者――レオナージ・メドッソだった。
「ずいぶんと大掛かりなものを造っているな」
アークが足を止める。
「これが例の――《ブラッド・レイ》か?」
アークは建造中の巨大な船体をしばらく眺めていた。
「しかし……妙だな」
レオナージが振り返る。
「何がです?」
「普通、艦を造るなら先に中枢部を仕上げるものじゃないのかね。艦橋なり、操縦系統なり……。それから兵装を組み込んでいく」
「ええ。普通ならそうです」
「だが、これは兵装を先に造っているように見える」
レオナージはあっさり答えた。
「正確には、これだけではありません」
「どういうことだ?」
レオナージは建造中の艦を見上げた。
「《ブラッド・レイ》は、一隻の艦ではないんです」
アークの視線がレオナージへ向く。
「それに操縦系統なら、もう完成していますよ」
レオナージの説明が続く。
《ブラッド・レイ》は、大きく三つのシステムから構成されています。
一つは、操縦者と巨大な演算装置、そしてニュータイプ用の制御系を収めた中枢。
いわば《頭脳》となる艦。
そして現在、月面で建造されているのが――巨大な火力を担う《兵装艦》。
さらにそこから展開される無人兵器――Gビット。
アークが再び巨大な艦を見る。
「なぜ、わざわざ分けた?」
「単純な話ですよ。全部を一隻に詰め込もうとすると、大きくなりすぎる。それに単艦にするデメリットがあります。」
レオナージは少し笑う。
「昔のモビルスーツにあったコア・ブロック・システムを、戦略兵器の規模まで拡大したようなものだと思ってください」
「なるほどな」
アークは艦体を眺めながら歩く。
やがて、規則正しく並んだ複数の開口部に気づいた。
「これは?」
「Gビットの発進口です」
アークの表情がわずかに変わる。
「これだけの数をか?」
「そのための《ブラッド・レイ》ですから」
レオナージは淡々と答える。
そして、建造中の兵装艦を軽く指す。
「それに、この方式なら中枢艦まで失う必要がない」
「…………」
「兵装艦なら造り直せますから」
その言葉に、アークはしばらく黙って艦を見上げていた。
やがて後方から声がする。
「アーク教官。」
アークが振り返った。
そこに立っていたのは、年老いた男だった。
長い年月を感じさせる姿。
かつて戦場を駆けた少年の面影は、もうほとんど残っていない。
それでもアークには分かった。
《ブラッド・レイ》。
この計画の中核となる男だった。
アークはしばらく彼を見つめる。
「……久しぶりだな」
「ああ」
短い言葉だけが交わされる。
レオナージが二人を見る。
「ここでは落ち着いて話もできないでしょう。場所を変えますか?」
ブラッド・レイが頷いた。
「できれば、うるさくない所がいいな」
「分かりました。ここには来客用の部屋があります」
レオナージが部屋まで案内した。
「まさか盗聴器は付いていたりしないだろうね?」
アークが冗談めかして言う。
レオナージが苦笑する。
「一応、アナハイムの来客用ですよ。ご安心ください。」
ブラッド・レイが静かに言った。
「盗聴されていたところで、今さら驚きませんよ」
アークが彼を見る。
「私はもう長い間、連邦に監視されています。いまだ鳥かごの鳥のような人生には慣れっこですので……。」
アークが小さく笑う。
「まあ……お互い似たような境遇ですな。人のことは言えませんな」
二人は歩き出した。
来客用の一室。
ブラッド側に二人の護衛が、そしてアーク側に一人付き人が従っていた。
ブラッド・レイが口を開いた。
「うしろの2人は私の護衛として来てもらってます。」
エイデンが軽く頭を下げる。
「エイデン・クロウ中佐です」
アークは仮面を見る。
「その仮面は?」
エイデンは一瞬だけ間を置いた。
「このような恰好で失礼します。この仮面は――過去の自分と決別するために、あえて着けさせていただいております。ご容赦ください。」
「そうか。いやかまわんよ。」
アークはそれ以上尋ねなかった。
その横には、まだ少年と言っていい年齢の男がいる。
「こちらはハサン・ヴェイル。まだ新人ですが、ニュータイプとしての適性を見込まれています」
「よろしくお願いします!」
ハサンは少し緊張しながら頭を下げる。
アークはその姿を見て微笑んだ。
「ハサンくんは十五歳か」
「はい!」
「頑張りたまえ。期待している。」
「はっ!ありがとうございます!」
アークの表情が柔らかくなる。そして後ろの少女へ首を回した。
「彼女はルチル・リリアントだ」
ルチルが静かに会釈する。
「これからのニュータイプたちの教育を任せたいと思っている」
ブラッド・レイがアークを見る。
「あなたの後継者、ということですか?」
アークは笑う。
「いつまでも爺さんが若い連中の面倒を見ているわけにもいかんからな。その通りだ。教官としての引退時期でもあるしな・・・。」
「是非、ブラッド大佐のニュータイプ計画にも参加させて頂ければと・・・」
ルチル少尉が言い終わらないうちにハサンが飛びつく。
「あの!」
全員がハサンを見る。
「あのGビットのシステム……自分にも参加させて頂けないものでしょうか?」
「ハサン!」
すぐにエイデンの低い声が飛ぶ。
「お前は何を聞いていた」
「いや、でも……あれだけのGビットをニュータイプだけが操縦可能なんですよね。自分もお役に立てるものと・・・」
「まだ基礎訓練も終わっていないだろう」
「……はい」
少年がしゅんとする。
それを見ていたルチルが小さく笑った。
アークも思わず口元を緩める。
ブラッド・レイだけが、ハサンをじっと見ていた。
やがて静かに言う。
「焦る必要はない」
ハサンが顔を上げる。
「ブラッド・レイ大佐……」
ブラッド・レイは少年を見つめる。
「どうしても伍長の力が欲しい場合は是非お願いしたい。
「はい!!」
ハサンは羨望の眼差しでブラッドを見つめていた。
しばらくして、エイデンたちは席を外した。
部屋に残ったのはアークとブラッド・レイだけだった。
先ほどまでとは違う静けさが流れる。
アークが先に口を開いた。
「……生きていたんだな」
ブラッド・レイは答えない。
「第二次ネオ・ジオン戦争のあと、お前がどうなったのか、私にも分からなかった」
「そうでしょうね」
「探した者もいた」
ブラッド・レイはわずかに目を伏せる。
「あの時から、私は機密事項扱いだったんです」
「……そうか」
アークは深く息を吐いた。
そして、少しだけ笑った。
「皮肉なものだな」
「何がです?」
「こんな計画でもなければ、お前ともう一度会うこともなかった」
ブラッド・レイは黙っている。
「だから、この計画に感謝すべきなのかもしれんな」
ブラッド・レイは小さく苦笑した。
アークは気になっていることをブラッドへ質問した。
「今、シャア=アズナブルの気配は感じているのか?」
「いいえ」
即答だった。
「ですから現在の対象リストに、シャアの名はありません」
「そうか」
今度はブラッド・レイが、窓の向こうに広がる月面へ目を向ける。
「私にも、一つ分からないことがあります」
「なんだ?」
「現在の敵対勢力を考えれば、これほどの戦力をなぜ必要としているのか。私にも理解できないのです」
アークは黙る。
「イエロースーツをはじめ、地球各地で反連邦勢力が拡大している。それは事実です」
ブラッド・レイは続ける。
「ですが――《ブラッド・レイ》ほどの兵器が必要になる相手なのか」
答えは出ない。
「この計画自体が、また大きなうねりとならなければよいが……。」
「わたしには上層部からの命令に逆らうだけの力も思いもないのです。」
「できることなら――今度こそ、先ほどの若者たちが戦争に追い立てられない時代になってほしいものだな」
ブラッド・レイは答えなかった。
ただ、静かにアークと同じ方向を見ていた。
その遥か後方――。
建造ドックでは今も、《ブラッド・レイ》の兵装艦が組み上げられていた。
着々と。
完成の日へ向かって。
一方、ロロたちはケニア宇宙港を目指し、旅を続けていた。
シミエン山地へと差しかかり、それまで使っていたホバーカーでは進めないほど道は険しくなり、一行は車を残して徒歩で山道を進んでいた。
切り立った岩壁。
深い谷。
遥か彼方まで続く台地。
その景色を眺めていた朱麗が、不意につぶやいた。
「俺が修行して、長年いたギアナ高地にそっくりだ」
「ギアナ高地?」
ロロは少し考えた。
「南アメリカの北の方にあるところだよね?」
朱麗が、ぴたりと足を止めた。
「……本当か?」
「え?」
ロロはきょとんとしたあと、思わず吹き出した。
「何言ってるの、朱麗。自分がいた場所でしょ?」
「…………」
「もしかして、どこにあるのか知らなかったの?」
朱麗は答えられなかった。
その妙に真剣な顔がおかしくて、ロロはくすくすと笑った。
「朱麗って、変なところで物知らずなんだね」
朱麗は黙ったまま、再び歩き始める。
やがて一行は、岩山の中に造られた古い教会群へとたどり着いた。
ラリベラ。
かつては多くの巡礼者が訪れたという聖地である。
今でも信仰は受け継がれているものの、訪れる者は減り、かつての賑わいは失われつつあった。
一行が教会へ近づくと、数人の男たちが行く手を塞いだ。
「止まれ」
ロロたちを見る目には、明らかな警戒がある。
男の一人が、ジュドの首に巻いてある黄色スカーフを見つける。
「……お前たち、イエロースーツじゃないのか?」
「違うよ!」
ロロが答えるが、男たちは武器を下ろさない。
ジュドが小さく息を吐く。
「やれやれ。またかよ」
カミュが前へ出る。
「争うつもりはない。ここの責任者と話をさせてくれないか」
しばらくの押し問答の末、一行は武器を預けることを条件に、教会へ入ることを許された。
一行は、それぞれ武具を預けていった。
その中で、朱麗の大剣を受け取った男の腕が、そのまま下へ落ちた。
「うおっ……!」
一人では持ち上がらない。
結局、四、五人がかりでようやく持ち上げ、運ぶことになった。
「なんだ、この剣は……」
男たちは唸っていた。
ロロは、何事もなかったように歩いていく朱麗と、数人がかりで運ばれていく大剣を交互に見つめた。
一行が案内された先で待っていたのは、年老いた聖職者だった。
アッバ・ハイレ。
ラリベラの岩窟教会を預かる人物である。
その傍らには息子のテスファイが控えていた。
「旅の方々に無礼を働いたことをお許しください」
ハイレが頭を下げる。
テスファイも水を用意し、一行へ配っていく。
「最近は物騒になっていますから。どうか父たちを責めないでください」
「何かあったの?」
ロロが尋ねる。
ハイレの表情が曇る。
「イエロースーツです」
ジュドとカミュの表情が変わる。
ハイレは、ラリベラの現状を話し始める。
巡礼者は年々減っている。
若者たちは町を離れ、教会を維持する人手も足りない。
そこへイエロースーツが入り込むようになった。
最初は救援を名目に食料や物資を持ち込み、やがて信徒たちの中にも彼らに協力する者が現れた。
「今では、誰が彼らに通じているのかさえ分かりません」
「父さん……」
テスファイが心配そうにハイレを見る。
ロロは少し考えてから言った。
「でも……やっぱり、おかしいと思う」
テスファイがロロを見る。
「宗教って、人に武器を持たせたり、戦わせたりするものじゃないんじゃないかな」
「…………」
「こういうところに来て、お祈りしたり……それでいいんじゃないの?」
テスファイは何も答えなかった。
ただ、
「……そうですね」
と静かに笑った。
その夜。
一行には教会の一角に寝床が用意された。
昼間の疲れもあり、ロロはすっかり眠り込んでいた。
静まり返った室内。
そのロロへ、一つの人影が近づく。
テスファイだった。
眠っているロロを見下ろす。
その手には刃物が握られている。
ゆっくりと刃を持ち上げる。
その瞬間――。
「やめておけ」
テスファイの身体が固まる。
暗がりから朱麗が姿を現す。
「……いつから気づいていた?」
「昼間からだ」
「なぜ……」
「お前の心臓の音だ」
「……心臓?」
「殺気は隠せても、心臓までは騙せん」
テスファイは絶句する。
朱麗が一歩近づく。
「ロロから離れろ」
騒ぎを聞きつけ、ジュドやカミュたち、そして教会の者たちも集まってくる。
ハイレは、息子が刃物を持っている姿を見て言葉を失った。
「テスファイ……」
「…………」
「なぜだ」
追及されたテスファイは、ついに口を開く。
「俺だって、この教会をなくしたくない!」
テスファイが叫ぶ。
「だから変えなきゃいけないんだ!」
「父さんのやり方を続けていたら――ラリベラは、父さんの代で終わる!」
ハイレは息子を見つめる。
「信仰を残すために、その信仰を捨ててしまえば――何が残るというのだ」
「…………」
そのとき、外から銃声が響いた。
続いて、悲鳴。
「なんだ!?」
テスファイの顔色が変わる。
「……来た」
「何?」
「イエロースーツだ。もう中に入ってる」
教会の中に潜んでいた協力者たちが、一斉に動き始めた。
「おたくら、スーダンでやり過ぎたんだ。イエロースーツに逆らうから・・・。」
テスファイは騒ぎに乗じて逃げ出した。
ラリベラは瞬く間に戦場となった。
ジュドとカミュは、ロロたちが避難した小さな建物の前で敵を食い止めていた。
ファとリーナも拳銃を手にして応戦するが、次々と押し寄せる敵に次第に押されていく。
リンが銃を構える。
カミュが振り返った。
「おい、リン。分かってると思うが――殺すなよ」
「分かってるって!」
パン、パン、パン、パン――!
連続した銃声。
リンの弾丸が敵兵たちの腕や脚を正確に撃ち抜いていく。
銃を落とし、次々と倒れるイエロースーツ。
「リン! ロロとリーナを頼む!」
「任せて!」
ジュドが教会の男に叫ぶ。
「俺たちにも何か武器はねえのか!」
「あります! こちらへ!」
教会側が隠していた銃器や対装甲用の武器が運び出される。
「ちっ……こんなもんしかないのか。無いよりましか。」
そのとき、一人の男が思い出したように言った。
「そうだ! あの大きな剣なら残っています!」
ロロが振り向く。
「朱麗の?」
「はい。納屋にあります。あまりにも重くて、誰も運び出せなかったんです」
「朱麗、今、武器持ってないよ!」
ロロが駆け出そうとする。
「待て、嬢ちゃん!」
ジュドが後を追う。
「一人じゃ危ねえ。俺も行く!」
教会の男に案内され、二人は納屋へ向かった。
納屋の中には、朱麗の大剣が、昼間置かれた場所にそのまま残っていた。
「あった!」
ロロが駆け寄る。
「これ、朱麗のところまで持っていった方が早いよ!」
柄を両手で握る。
「よいしょ……!」
動かない。
「……え?」
もう一度、力いっぱい持ち上げようとする。
わずかに動くだけだった。
「なに、これ……」
ロロは大剣を見下ろす。
「こんなもの……朱麗、いつも振り回してたの?」
「嬢ちゃんにゃ無理だ。俺が持ってく」
ジュドが柄を握る。
「よっ……!」
大剣が持ち上がる。
だが、ジュドの表情が変わった。
「……おいおい」
どうにか持てる。
しかし、これを持って戦場を走るのは無理だった。
ジュドは大剣を下ろす。
「こりゃ駄目だ」
「ジュドでも重いの?」
「重いなんてもんじゃねえよ」
ジュドは呆れたように剣を見る。
「こんなもん抱えて持ってくくらいなら、本人に取りに来させた方が早え」
ロロは大剣を見つめた。
自分では動かすことさえできない。
ジュドでさえ持て余している。
「…………」
「行くぞ、嬢ちゃん。朱麗を呼んでくる」
「う、うん」
案内してきた教会の男を納屋に残し、ジュドとロロは朱麗のもとへ向かった。
戦場を走る二人。
途中でイエロースーツが襲いかかってくる。
「邪魔だ!」
ジュドが前へ出て、次々となぎ払っていく。
「嬢ちゃん、止まるな!」
「うん!」
やがてロロの耳に激しい戦闘音が届く。
そして――朱麗を見つけた。
「…………」
ロロの足が止まった。
朱麗は一人で、大勢のイエロースーツを相手にしていた。
しかも――素手だった。
銃口が向けられるより早く懐へ入り、腕を払い、敵を地面へ叩き伏せる。
背後から斬りかかってきた兵士を身体をひねってかわす。
小刀が閃く。
腹を浅く切り裂かれ、兵士が崩れ落ちる。
血は流れている。
だが、急所は外している。
誰一人として殺していない。
それでも、朱麗の周囲には立っている者がほとんどいなくなっていた。
ロロは声も出せない。
やがてようやく、
「朱麗!」
と叫んだ。
朱麗が振り向く。
その声に、まだ離れた場所にいたイエロースーツたちが気づいた。
「仲間だ!」
数人がロロたちへ向かってくる。
「ちっ!」
ジュドが応戦する。
だが一人がその横を抜け、ロロへ迫った。
その瞬間――。
遠くにいたはずの朱麗が、一気に間合いを詰めた。
小刀が飛ぶ。
敵兵の足元へ突き刺さる。
「影縫い」
一瞬、男の動きが止まる。
次の瞬間には朱麗が懐へ入り、地面へねじ伏せていた。
さらに二人。
三人。
ロロには何をしたのかさえ分からない。
気がつけば、全員が地面に転がっている。
誰も死んではいない。
だが、誰一人として立ち上がれない。
ロロはただ、朱麗を見つめていた。
「なんなんだ、こいつ……!」
残ったイエロースーツたちが後ずさる。
そのとき、重い駆動音が響いた。
兵士たちが左右へ退く。
奥から、一機のモビルワーカーが姿を現した。
『随分と暴れてくれたな!』
操縦席の男が朱麗を見下ろす。
『だが、いくら化け物じみたお前でも――モビルワーカーの攻撃までは防げまい!』
武器が朱麗へ向けられる。
「朱麗!」
ジュドが叫ぶ。
砲口が火を噴く。
朱麗は振り返る。
朱麗は一瞬でロロへ駆け寄り、その身体を抱きかかえた。
「え――」
地面を蹴る。
轟音。
二人がいた場所が吹き飛ぶ。
だが――もうそこには二人はいなかった。
ロロは朱麗の腕の中で、遥か上へ跳び上がっていた。
「…………」
朱麗はロロを抱えたまま岩場へ着地する。
「ど、どこへ行きやがった!?」
モビルワーカーの操縦者がうろたえる。
「朱麗! 伏せろ!」
カミュの声が響く。
駆けつけてきたカミュとリンがバズーカを構えていた。
「リン、合わせろ!」
「分かってる!」
二人が同時に引き金を引く。
二発の弾頭がモビルワーカーを捉えた。
爆発。
機体が大きく傾き、そのまま動きを止めた。
戦いは終わった。
教団に捕らわれたテスファイは呆然と傷ついた教会を見ていた。
「……違う」
瓦礫が散らばり、教会の者たちも負傷している。
モビルワーカーの攻撃によって、聖地そのものが傷ついていた。
「こんな話じゃなかった……」
テスファイの声が震える。
「教会の人間には手を出さない……教会にも危害は加えない。そういう約束だったはずだ……!」
だが、答えるイエロースーツはいない。
両手を縛られたテスファイがアッバ・ハイレの前へ連れてこられる。
「……テスファイ」
テスファイは父と目を合わせない。
ハイレは傷ついた教会を見渡した。
「これが、お前の望んだラリベラか」
「…………違う」
テスファイは俯く。
「俺は……ここを守りたかった」
しばらく沈黙してから続ける。
「奴らなら人を集められる。若者も、食料も、金もある。このまま衰えていくラリベラを変えられると思った」
縛られた拳を握る。
「でも……俺が間違ってた。あいつらにとって、ここの教会なんてどうでもよかったんだ」
そして父を見る。
「だけど父さん。だからって、今までと同じでいいとは思わない」
「…………」
「このままじゃ、ラリベラはいつかなくなる」
ハイレはしばらく息子を見つめる。
「ならば、考えなさい」
「……え?」
「何を変え、何を残さなければならないのかを」
ハイレは静かに続ける。
「お前は道を間違えた。その責任から逃げることは許されない」
傷ついた教会を見る。
「まずは――自分が壊しかけたものを直すところから始めなさい」
テスファイも教会を見る。
長い沈黙のあと、テスファイは答えた。
「……分かったよ、父さん」
その日の夜。
戦いを終えたラリベラには、再び静けさが戻っていた。
少し離れた大きな木の下で、ロロと朱麗は二人きりでいた。
ロロはどこか落ち着かない様子で、何度か朱麗を見ては目を逸らしている。
「……朱麗って、あんなに強かったんだ……」
「ん?」
「私……」
朱麗は少し笑ってみせた。
やがて、その表情が静かなものに変わる。
「ロロ。すまない。俺の用心棒稼業もここまでだ」
「……え?」
「俺はギアナ高地を目指す」
「ギアナ高地って……昼間言ってたところ?」
「ああ。確かめたいことがある」
「でも……私たちはこれから宇宙に行くんだよ? だから朱麗も一緒に行かないの……」
「すまない」
朱麗は黙る。
ロロも、それ以上は言わなかった。
「……そっか」
朱麗はロロの頭へ手を伸ばす。
そして、ゆっくりと髪を撫でた。
そのとき、ロロの頭に二つの古い傷痕があることに気づく。
朱麗の指が、その傷をそっと撫でた。ロロは古傷を思い出したのか恥ずかしさで朱麗の手をつかんだ。
「ロロ。この傷は?」
「ああ……これ?」
ロロも頭へ手をやる。
「分かんない。昔のこと、ところどころ覚えてないから」
「……思い出せないことが、気にならないのか?」
ロロは少し考える。
そして笑った。
「別に。だって今、楽しいから」
「……そうか」
ロロは朱麗を見上げる。
「ねえ、朱麗」
「なんだ?」
「傷のある女の子って……やっぱり嫌だよね……。」
「いや」
朱麗は傷を優しく撫でる。
「俺は、傷のある女の方がむしろ好きだ」
「……ほんと?」
「ああ」
朱麗はロロを見る。
「初めて会ったときから、俺はロロのことが好きだったよ」
「…………」
ロロの顔が赤くなる。
二人はしばらく見つめ合う。
やがて――。
唇を重ねた。
短いキス。
唇が離れても、ロロはしばらく何も言えなかった。
「……ギアナ高地の用事が済んだら、すぐ追いかける」
「ほんと?」
「ああ」
ロロはようやく笑う。
「じゃあ……待ってる」
そして、いつもの調子で付け加える。
「朱麗は私の用心棒なんだから」
朱麗も微笑んだ。
「その通りだな」
二人は顔を見合わせて笑った。
やがて朱麗は背を向ける。
大きな木の下に立つロロは、その背中をずっと見送っていた。
朱麗はギアナ高地を目指した。
まだロロからその背中が見えている中――。
朱麗はふいにつぶやいた。
「すまない朱麗、この決断をどうか許してくれないだろうか?」
『うん。寂しいけど……師匠の気持ちも分かるから。今はこれで我慢するよ。』
「……そうか」
朱麗は、ほんの少しだけ微笑んだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回は《ブラッド・レイ》計画、ラリベラとイエロースーツ、そしてロロと朱麗の関係と、いくつかの物語が同時に動く回となりました。
特にロロは、機械を触っている時とは少し違う「女の子」としての顔を見せ始めています。
そして朱麗。
これまで大剣を持ち歩いている変わった用心棒くらいに思われていたかもしれませんが、ようやくその実力の一端を見せることができました。
……ただし。
最後に朱麗が話していた相手については、今はまだ秘密ということで。
次回からロロたちは、いよいよ宇宙へ向かいます。
引き続き『GUNDAM TRIANGLE』をよろしくお願いします。