第60話「黄金の拳」をお届けします。
前回は、朱麗の初めての大きな敗北でした。右腕を奪われ、操縦席の扉には焦げた線が一本。「朱麗が負けるなんて」と、一緒に悔しがってくださった方もいらっしゃったと思います。本当にありがとうございました。
負けたまま、終わるわけにはいきません。
今回は、ムーン・ムーンの仲間も、リーンホースも、シュウたちも、それぞれの思いを抱えてあのコロニーへ向かいます。
いつもより少し長めの回です。
詳しい中身は、あえて伏せておきます。
それでは、第60話をお楽しみください。
ジュドは、ムーン・ムーンの格納庫で足を止めていた。
ムーンライトガンダムの右肩を囲んで、人が走っている。
ジュドは、踵を返した。
カミュとともに、港に停泊するリーンホースへ戻る。
炎虎の足場に足をかけたところで、アークに呼び止められた。
「ジュド。まだ返事は来ていない」
「あの扉の焦げ跡、見ただろ。もう少しで、朱麗まで斬られるところだったんだぞ」
「だからといって、お前たちまで――」
「あんなもの、撃たせるわけにはいかない」
カミュは、もう蒼天へ向かっていた。
ジュドも足場を駆け上がる。
「待て、二人とも!」
「悪いな。俺たちは、連邦の兵隊じゃねえんだ」
扉が閉じた。
二人は、この艦に乗っていても、軍に雇われた兵ではなかった。命じれば必ず従う相手ではないと、アークも知っていた。
炎虎と蒼天が、発進路へ進む。
アークは通信機を取った。
「ハサン、エイデン、リン、ファ。全機、出撃準備」
そこで一度、息を吸った。
「あの二人を、一人で死なせるな」
ガンダムXの背中に、大きな砲が取り付けられていく。
だがアークは、その砲を撃てとは言わなかった。
*
『規律違反です。止めますか』
ケネスの報告を、ジェントル・ゴンは黙って聞いていた。
卓には、ブッホとの交渉に関する書類が置かれている。
「ケネス君。行かせたまえ」
『よろしいので?』
「あの工事が止まって困るのは、私たちではないからね」
柔らかな声だった。
ケネスは、画面の向こうの笑みを、しばらく見ていた。
『……承知しました』
◇
水が、朱麗の肩を打っていた。
額に巻いた布を外し、滝の下に立つ。
冷たさが、火照っていた体から熱を奪っていく。
『あれだけやられたのに……なんだか、少し余裕ですね』
内側の朱麗が言った。
ドモンは、目を閉じたまま答えた。
――あのシャイニングフィンガーは、最終手段というわけではないんだ。
水音の中で、右手を開く。
――もう一つ、上がある。
――合わせてもらうぞ、朱麗。
『……はい、師匠』
*
ムーン・ムーンの格納庫では、夜通し明かりが消えなかった。
「そこの腕、もう少し上。そう、そこで止めて!」
ロロの声に合わせて、吊られた右腕が持ち上がる。
ガレスが肩の取り付け部へ体を潜らせた。
イーノとラセルが、足場の上下で工具を受け渡す。
「ロロ。背中のこれは、何だ?」
「そっちは後で! 先に、ここのふたを閉めて!」
聞き返す暇もなかった。
右腕がつながると、今度は胸を開ける。閉じたと思えば、脚の装甲が外される。
焦げた線の入った操縦席の扉も、作り直された。
港の明かりが朝の色に変わったころ、ロロは、ようやく工具を置いた。
「……できた」
ガレスが、足場から離れて機体を見上げる。
右腕が戻っただけではなかった。
肩も胸も、昨夜とは違っている。背中には、見たことのない装置が収まっていた。
「おい。俺たちは、修理をしてたんじゃなかったのか」
イーノも、口を開けていた。
「これ、一晩で……」
「みんなが、手伝ってくれたからだよ」
ロロは笑おうとした。
けれど、目がうまく開かなかった。
「朱麗、戻ってきたら……」
言いかけたところで、卓の通信機が大きな音を立てた。
◇
炎虎の前で、バウが二つに分かれた。
「また、それかよ!」
ジュドも機体を分ける。
追ってきたバウの上半身をかわし、炎虎の砲口を振り向けた。
フー・ヂェンが笑った。
『なかなかやるではないか』
「てめえこそな!」
その向こうでは、蒼天が大型の砲をかいくぐっていた。
ホア・シオンのガンダムが盾をかざし、カミュの斬撃を受け止める。
『小細工ばかりの機体め!』
「当たるつもりはないんでね!」
どちらも、先へ進めなかった。
その背後には、ジェガンの部隊が幾重にも並んでいる。
レーザーの筒は近い。それなのに、手が届かない。
レビルの艦橋で、シュウが身を乗り出した。
蒼天の退く先へ、トールギスが回り込んでいた。
「……あれは、まずいな」
ナナイが、横を向いた。
シュウは、もう席を立っていた。
「シュウ様」
「少し、出てくる」
「またですか」
「あいつに死なれたら、借りを返す相手がいなくなる」
シュウは、ほんの少しだけ笑った。
扉が閉まり、ナナイは額へ手を当てた。
*
シナンジュ・ヴァリアントのライフルが、トールギスの前を横切った。
蒼天が、その隙に身をひねる。
『お前、何をしに来た!』
「お前を失うわけにはいかないんでな」
『……減らず口を』
カミュの声に、ほんのわずかに笑いが混じった。
『大将。俺をのけ者にするなんて、ひどいぜ』
大鎌を構えたデス・ハンムラビが、ヴァリアントの脇を抜けていった。
その後ろには、ミランダの迅雷と、レビルの量産機が続いている。
「俺のわがままだ。付き合う義理はない」
『そのわがままに付き合うのが、俺の仕事なんでね』
ヤザンの鎌が、ジェガンの銃をはね上げた。
ミランダが、その間へ滑り込む。
『そこ、通してもらうよ!』
ボッシュの指示で、守備隊はすぐに列を組み直した。
デフのF90が、損傷した味方を後ろへ送り出す。
増援が来ても、連邦の数は減らなかった。
シュウ、ジュド、カミュ。
三機の前へ、トールギスがゆっくりと出てきた。
『今度は三人か。よいぞ。まとめて来い!』
ギンガナムの声は、弾んでいた。
ジュドが打ちかかる。カミュが横へ回る。
シュウの刃が、逃げる先へ伸びた。
トールギスの背中が、光った。
三機の間を、猛烈な速さで突き抜ける。
炎虎の肩が削れ、蒼天が盾で衝撃を受けた。
ヴァリアントも、押し返された。
『面白い! だが、まだ足りぬ!』
シュウの画面いっぱいに、トールギスが迫った。
「……ちっ!」
◇
ムーン・ムーンの格納庫の通信機へ、雑音まじりの声が飛び込んできた。
ジュドの怒鳴り声。カミュの短い指示。
『――下がれ、ヤザン! ここは俺が抑える!』
シュウの声だった。
ロロの肩が、びくりと跳ねた。
胸もとで、ペンダントが揺れた。
どくん。
トライアングルの奥に、赤い光がともる。
ロロは胸を押さえた。
どくん。
机についた手に、力が入った。
「ロロ。少し休んだ方が――」
イーノが振り向いたとき、少女はもう立ち上がっていた。
「ジュドたちを、助けに行く」
足場を駆け上がる。
誰かが止めるより先に、ムーンライトの扉が閉まった。
「ロロ!?」
機体が立ち上がる。
イーノたちは、慌てて足場を離した。
ムーンライトガンダムが、港へ走っていった。
*
滝から戻った朱麗は、空になった足場を見上げた。
「……どこへ行った」
「ロロが、乗って行っちゃったんです!」
ラセルの声が裏返った。
朱麗は、まだ乾ききらない袖で顔を拭いた。
すぐ横で、モンドの機体が動き始めている。
「モンド。俺も乗せろ」
「えっ。お前、その格好で?」
「構わん。急いでくれ」
開いた操縦席へ、朱麗が飛び乗った。
モンドが体をずらす。
「狭いぞ」
「我慢する」
扉が閉まった。
◇
トールギスの前へ、ムーンライトが飛び込んだ。
新しい右手で、その盾をたたく。
『……違う』
ギンガナムが、つぶやいた。
『前の乗り手ではないな』
ミリアは答えず、さらに拳を振るった。
トールギスは後ろへ跳び、そのまま背を向けた。
『つまらん。小生が待っていたのは、お前ではない』
蒼天の方へ飛んでいく。
「待ちなさいよ!」
ミリアが追った。
その脇で、大きな砲口が光った。
『よそ見をするな、小娘!』
ホア・シオンの砲撃が、ムーンライトの肩をかすめた。
よろけたところへ、バウの下半身が回り込む。
正面には、上半身のライフル。
ミリアは腕を上げた。
逃げる先が、なかった。
「危ない!」
シナンジュ・ヴァリアントが、二機の間へ割って入った。
盾が砕けた。
続く一撃が脇腹をえぐり、シュウの体が操縦席へたたきつけられた。
ムーンライトの胸に、ヴァリアントの肩がぶつかる。
装甲を伝って、声が届いた。
「……無茶を、するな」
ミリアの手が、止まった。
「シュウ兄……?」
シュウは顔を上げた。
ムーンライトの中から、息をのむ音が聞こえた。
「生きてた……。よかった……」
最後は、泣き声になった。
炎の向こうへ消えた、あの声だった。
「ミリア、なのか」
「うん……うん!」
返事のたびに、少女がしゃくり上げる。
シュウは画面に手を伸ばした。
映っているのは、ムーンライトの装甲だけだった。
「お前は、あの火事で……」
「シュウ兄こそ……どこにも、いなくて……!」
二人の機体が、寄り添ったまま止まった。
『大将、止まってる場合じゃねえぞ!』
デス・ハンムラビの鎌が、迫るライフルを切り払った。
迅雷が、二機の前へ滑り込む。
『話はあと! 下がりな!』
ミリアは、慌ててヴァリアントを支えた。
シュウは、もう一度その名を呼んだ。
「……ミリア」
*
「ロロ! 聞こえるか!」
モンドの機体から、呼びかけが響いた。
朱麗は、外へ声を届ける装置へ顔を寄せた。
「その機体は、俺のだ。代わってもらうぞ!」
ミリアは振り向いた。
ムーンライトの画面に、モンドの機体が映る。
「朱麗……」
シュウの機体では、警告が鳴り続けていた。
朱麗はそれを見て、短く言った。
「まずは、艦へ戻る」
ムーンライトがヴァリアントを支え、モンドの機体がその脇についた。
ジュドとカミュが、敵を引きつける。
『早くしろよ! こっちも、長くはもたねえぞ!』
レビルの格納庫が、三機を迎え入れた。
扉が閉じ、空気が戻る。
表示が変わるのを待って、モンドが操縦席を開いた。
朱麗は足場へ飛び移った。
ムーンライトから、少女が降りてくる。
目が赤く腫れていた。
「朱麗。……お願い」
「ああ」
すれ違った手が、一瞬だけ触れた。
ミリアは、ヴァリアントへ駆けていった。
扉の前で立ち止まり、中から出てくる男を見上げる。
「シュウ兄……!」
今度は、手が届いた。
シュウが両腕を広げる。
少女は、その胸へ飛び込んだ。
シュウは少女を抱いたまま、発進路を振り向いた。
ムーンライトが、出撃の位置へ進んでいく。
「あいつ一人で、いいのか」
「大丈夫。朱麗なら、きっと」
ミリアは、涙の残った顔でうなずいた。
少し離れた足場で、ナナイが立ち止まった。
シュウは、何度もミリアの背中を確かめていた。
ナナイは何も言わず、ただ、両手を胸の前で握りしめていた。
◇
ムーンライトの扉が閉まった。
立った朱麗の横に、ハロの立体映像が浮かぶ。
「オカエリ! オカエリ!」
ドモンは、ゆっくりと右手を開いた。
『師匠』
内側から、朱麗が呼んだ。
――ああ。
同じ手を、同じように握る。
滝の水音が、遠くに戻ってきた。
ムーンライトが、レビルから飛び出した。
ギンガナムが、サーベルを止めた。
目の前の炎虎から、顔をそらす。
『姿を見なくとも、雰囲気で分かるぞ。お前だな、拳のガンダム!』
ムーンライトが、三機の前へ降り立った。
「ジュド、カミュ。ここは、俺に任せろ」
『お前……その機体、もう直ったのかよ!』
「ロロが、直してくれた」
ドモンは、まっすぐにトールギスを見た。
「待たせたな」
『待ちかねたぞ!』
トールギスの背中が光った。
昨日、右腕を奪った加速。
サーベルが、ムーンライトの胸へ迫る。
ドモンは、一歩だけ踏み込んだ。
朱麗も、同じ一歩を踏み出した。
刃が、肩の外を抜けた。
正拳が、トールギスの腹をたたいた。
装甲がへこむ。
『おおっ!』
ギンガナムが笑った。
トールギスがひねった盾を、裏拳ではね返す。
ムーンライトの足が上がり、横腹を蹴った。
ドモンは、追った。
追いながら、急いではいなかった。
内側の朱麗も、次の動きを言葉にしようとはしなかった。
呼吸が、重なっていた。
ムーンライトの胸に、金色の光がともった。
肩へ、腕へ、脚へと広がっていく。
拳を返したときには、機体の全身が黄金に輝いていた。
『金色に……なった?』
ジュドの声を背に、ドモンはまた踏み込んだ。
正拳。裏拳。回し蹴り。
トールギスの盾が割れ、肩の装甲が飛び散った。
それでも、ギンガナムは下がらなかった。
砕けた盾を捨て、ムーンライトの蹴りへ自分の蹴りをぶつける。
『よいぞ! こうでなくては!』
サーベルを振るうたび、腕の隙間から火花が散った。
傷が増えるほど、声が楽しげになっていく。
『だが、これでは埒が明かんな』
トールギスが、距離を取った。
ひびの入った胸を、堂々とさらす。
『さあ、そんなものではなかろう。奥の手を、早く出せ』
「ああ。分かっている」
ドモンは、右手を前へ出した。
朱麗も、その手に心を重ねる。
ハロの目が、赤く点滅した。
「ゴッドフィンガーモード、ハツレイ! オンセイパスワード、ドウゾ!」
右手に、さらに強い光が集まった。
昨日の光とは違っていた。
痛みも、悔しさも、握りつぶそうとはしない。
この手を届かせる。その思いだけが、静かに残っていた。
「俺のこの手が真っ赤に燃える!」
『勝利をつかめと轟き叫ぶ!』
ドモンは、一瞬だけ目を見開いた。
内側の朱麗が、笑っていた。
「爆熱!」
『ゴッド!』
「フィンガァァァァッ!!」
トールギスも飛び込んできた。
サーベルが、黄金の腕を狙う。
ムーンライトの左手が、その手首を押しのけた。
右手が伸びる。
黄金の指が、トールギスの頭をつかんだ。
背中の噴射が、激しく燃える。
今度は、振りほどかせなかった。
「ヒート……」
『エンドッ!!』
指が閉じた。
トールギスの頭が、光の中で砕けた。
噴射が止まり、機体がゆっくりと傾く。
ムーンライトは、その胸の前で拳を止めた。
『実に、見事である』
声は、まだ笑っていた。
『さあ、本懐を遂げろ。操縦席は、ここだ』
残った腕が、自分の胸をたたく。
ドモンは、拳を下ろした。
「お前との戦いは、ここまでだ」
ギンガナムが、しばらく黙った。
『惜しい。実に惜しい』
その背後で、コロニーの筒が向きを変え始めていた。
大きな砲口が、ゆっくりとこちらを向いていく。
『もう、コロニーレーザーが撃たれる』
『お前と共に死ぬのも、一興よな』
*
『射線上に、こちらの部隊がいる! 撃つな!』
ボッシュが叫んだ。
ジェガン隊が、ばらばらに振り向く。
『発射は、こちらは承認していない!』
返事はなかった。
F90の画面で、砲口がさらに大きくなった。
『俺たちも、撃たれるんですか』
デフの声が、震えた。
ボッシュは味方を集めようとした。
しかし、どちらへ逃がせばいいのか。
向けられた砲口の前に、敵も味方も取り残されていた。
*
「ギンガナム様! それでは困ります!」
悲鳴に近い声が、トールギスへ飛び込んだ。
「うちの艦も、射線の中です!」
「何!」
ギンガナムが、残った映像を切り替える。
リュー・ブー艦が、筒の正面にいた。
開いた格納庫。その中に並ぶ、集めた機体。
「艦には、小生の蔵が……!」
さっきまでの笑いが、吹き飛んだ。
「ドン・ズーオに通信を開け! なんとかしろ!」
「……つながりません!」
トールギスが、もがくように腕を動かした。
背中から火花が散るばかりで、進まない。
「おい、拳のガンダム! あれを、止めろ!」
「お前も、艦を逃がせ!」
「できるなら、言われるまでもないわ!」
ドモンは、レーザーの筒を見た。
ムーン・ムーンへ帰る仲間も、レビルも、リーンホースの機体も、その前にいた。
『師匠』
朱麗の声は、静かだった。
ドモンはうなずいた。
ハロが、短く音を立てた。
「ドモン・カッシュ。石破天驚拳モード、ハツレイ!」
ドモンが、ハロを見た。
「……それも、できるのか」
「ゴッドフィンガーモード、ハツレイデキタ、イマノ、ドモン・カッシュナラ、セキハテンキョウケンモード、ハツドウカノウ!」
ドモンの口もとに、笑みが浮かんだ。
――聞いたか、朱麗。
『はい!』
ムーンライトが、両手を腰へ引いた。
黄金の光が、手の間に集まっていく。
狙うのは、その奥。
光を生み出す、発振器。
ドモンと朱麗が、同じものを見た。
そのとき、筒の奥が白く染まった。
ドモンと朱麗は、同じ呼吸で、両手を突き出した。
「流派東方不敗が最終奥義!」
『石破!』
「天驚拳ッ!!」
光の拳が、宙域を走った。
拳は、砲口へ飛び込んだ。
レーザーが放たれる直前、筒の奥で発振器が砕けた。
まぶしさが、一度だけ消えた。
次の瞬間、コロニーの継ぎ目から光が噴き出した。
内側にたまった力が、長い筒を裂いていく。
コロニーレーザーは、撃たれなかった。
◇
レビルの画面に、裂けていく筒が映っていた。
「やってくれた……!」
ミリアが、シュウの胸へ抱きついた。
シュウも、その背中を抱きしめる。
今度は、笑っていた。
「あいつは強い。正直、また行っても、やられるかもしれんと思っていた」
「大丈夫って、言ったでしょ。朱麗は、強いから」
シュウは、少女を見下ろした。
「……朱麗を、知っているのか」
「うん。ムーン・ムーンで、手合わせしたことあるもん」
ミリアは、自慢するように笑った。
自分の知らないところで、この子にも、時間が流れていたのだ。
シュウは、もう一度画面へ目を向けた。
「あいつは……とんでもないな」
腕の中で、少女の体が少し離れた。
きょとんとした顔が、こちらを見上げる。
「……先生?」
ペンダントの赤い光が、消えていた。
シュウの腕が、止まった。
ロロは自分を抱いている男と、その手を交互に見た。
「あれ。僕、どうして……」
そのとき、艦内に警報が鳴り響いた。
*
裂けた筒から、巨大な破片が飛び出していた。
ひとつが、艦ほどもあった。
さらにその後ろから、外壁が次々とはがれていく。
「全機、退け!」
ドモンが叫んだ。
だが、負傷した機体を抱えた仲間は、急には動けなかった。
リュー・ブー艦も、向きを変えきっていない。
ムーンライトが前へ出た。
両腕を広げても、受け止められる大きさではない。
「くそっ……どうしたらいい!」
「朱麗!」
通信が入った。
ロロの声だった。
「操縦席の右下に、赤いボタンがあるでしょ!」
ドモンが、目を走らせた。
カバーの付いた、小さなボタンがあった。
「今が、最後の最後だよ! 押して!」
「そのボタンは……まさか、また……!」
ジュドの声が、途中で引っくり返った。
ドモンは、カバーをはね上げた。
『師匠!』
押した。
「ムーンライトガンダム、バタフライモード、ハツレイ!」
背中の装置が、左右へ開いた。
光が、広がった。
ムーンライトの背から、蝶の羽が伸びていた。
薄い光の帯が、幾重にも重なり、宙域を包んでいく。
迫っていた外壁に、羽の先が触れた。
壁の角が、崩れた。
厚い金属が、砂のようにはがれていく。
大きな破片は、小さな粒となり、光の中へ散った。
次の破片も、その次も。
仲間の前へ届く前に、形を失っていった。
ドモンは、両手を下ろせなかった。
朱麗も、言葉を忘れていた。
守ろうとして前へ出た自分たちの背から、帰る道を守る羽が広がっていた。
「……自爆じゃ、ねえのか」
ジュドが、やっとそれだけ言った。
◇
リュー・ブー艦から、通信が届いた。
「ギンガナム様! 艦は無事です! 蔵も、全部無事です!」
「おお……」
ギンガナムが、息を吐いた。
蔵は焼かれずに済んだ。
目の前には、自分の頭を砕いた拳のガンダムがいる。
また戦える。
ギンガナムは、頭を失ったトールギスの中で、両腕を広げた。
「この世の春である!」
迎えに来た母艦の機体が、トールギスを支える。
ギンガナムは、ムーンライトへ回線を開いた。
「拳のガンダム。この勝負、預けておく」
ドモンは、振り向いた。
トールギスは、リュー・ブー艦へ運ばれていくところだった。
「……次は、蔵の場所も忘れるな」
ギンガナムが、ひときわ大きく笑った。
その笑いが、ふと消えた。
遠くに、ドン・ズーオの旗艦が見えた。
「ドン・ズーオ……。小生の蔵ごと、焼こうとしたな」
拳が、操縦席の縁を握った。
「この借り、忘れはせんぞ」
*
光の羽が、ゆっくりと消えていった。
大きな破片は、もう来なかった。
ボッシュの部隊も、傷ついた味方を支えて遠ざかっていく。
こちらを追う機体は、なかった。
ムーンライトは、静かな宙域に立っていた。
ドモンは、開いた右手を見た。
『師匠』
――なんだ。
『いっしょに叫んだとき、ちょっとだけ照れてませんでした?』
ドモンは、しばらく答えなかった。
――……忘れろ。
内側で、朱麗が小さく笑った。
その先に、ムーン・ムーンがあった。
窓の向こうに、村の灯りがともっていた。
(つづく)
第60話「黄金の拳」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、朱麗のリベンジの回でした。
最初に飛び出したのは、ジュドとカミュでした。
「悪いな。俺たちは、連邦の兵隊じゃねえんだ」
止めきれなかったアークは、「あの二人を、一人で死なせるな」と、全員を出しました。そして、その規律違反を「行かせたまえ」と見逃したジェントル・ゴン。「あの工事が止まって困るのは、私たちではないからね」。優しい声のまま、しっかり自分の損得を計算している人です。
滝に打たれるドモンは、負けたばかりなのに、少し余裕がありました。
「あのシャイニングフィンガーは、最終手段というわけではないんだ」
『Gガンダム』をご覧になっていた方は、この一言で「もしかして」と思われたのではないでしょうか。
そして、ミリアとシュウの再会。
シュウの声を聞いて、ロロのペンダントが赤く染まりました。
「シュウ兄……?」「生きてた……。よかった……」
シュウはずっと、ミリアはあの火事で死んだと思っていました。ミリアの記憶は、その火事のところで途切れています。お互いに、相手がもういないと思っていた二人です。
画面に手を伸ばしても、映っているのは装甲だけ。だからこそ、レビルの格納庫で「今度は、手が届いた」。ここは、ずっと書きたかった場面でした。
少し離れたところで、ナナイは何も言わず、両手を胸の前で握りしめていました。その手にどんな気持ちがこもっていたのかは、皆さんのご想像にお任せします。
お待たせしました、ムーンライトガンダムの反撃です。
ドモンと朱麗の呼吸が重なって、機体が黄金に輝きました。明鏡止水です。
「俺のこの手が真っ赤に燃える!」
『勝利をつかめと轟き叫ぶ!』
今回は、内側の朱麗も一緒に叫んでくれました。59話で一度はつかんで振りほどかれたトールギスの頭を、今度は離しませんでした。
ところが、ギンガナムの「お前と共に死ぬのも、一興よな」。
連邦は、味方がいるのもかまわずに、コロニーレーザーを撃とうとしていました。ボッシュの「撃つな!」にも、返事はありません。
そこで、ハロの「石破天驚拳モード、ハツレイ!」。
流派東方不敗の最終奥義を、ドモンと朱麗の二人で撃ちました。『Gガンダム』の最終回を思い出してくださった方がいたら、とても嬉しいです。
最後の最後に押した、ロロの赤いボタン。
ジュドが青ざめたのは、3話のあのボタンを思い出したからです。
「ムーンライトガンダム、バタフライモード、ハツレイ!」
広がった光の蝶の羽は、迫ってくる破片を砂のように崩していきました。『∀ガンダム』をご存じの方は、この羽に見覚えがあるかもしれません。この時代ではまだ「バタフライモード」と呼ばれていますが、遠い未来には別の名前で呼ばれることになります。
そして、ギンガナム。
蔵は無事、目の前には自分の頭を砕いた好敵手。
「この世の春である!」
∀のギンガナムを知っている方には、たまらない一言だったのではないでしょうか。
けれど、最後に笑いは消えました。
「ドン・ズーオ……。小生の蔵ごと、焼こうとしたな」
三国志がお好きな方は、呂布と董卓の行く末を思い出されたかもしれません。この借りがどう返されるのか、楽しみにしていてください。
最後は、静かな宙域で。
『いっしょに叫んだとき、ちょっとだけ照れてませんでした?』
――……忘れろ。
師匠も、照れることがあるようです。
次回も、どうぞよろしくお願いいたします。