GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みいただき、本当にありがとうございます。

 第60話「黄金の拳」をお届けします。

 前回は、朱麗の初めての大きな敗北でした。右腕を奪われ、操縦席の扉には焦げた線が一本。「朱麗が負けるなんて」と、一緒に悔しがってくださった方もいらっしゃったと思います。本当にありがとうございました。

 負けたまま、終わるわけにはいきません。
 今回は、ムーン・ムーンの仲間も、リーンホースも、シュウたちも、それぞれの思いを抱えてあのコロニーへ向かいます。

 いつもより少し長めの回です。
 詳しい中身は、あえて伏せておきます。
 それでは、第60話をお楽しみください。


第60話 黄金の拳

 

 

 

 ジュドは、ムーン・ムーンの格納庫で足を止めていた。

 ムーンライトガンダムの右肩を囲んで、人が走っている。

 

 ジュドは、踵を返した。

 カミュとともに、港に停泊するリーンホースへ戻る。

 炎虎の足場に足をかけたところで、アークに呼び止められた。

 

「ジュド。まだ返事は来ていない」

「あの扉の焦げ跡、見ただろ。もう少しで、朱麗まで斬られるところだったんだぞ」

「だからといって、お前たちまで――」

「あんなもの、撃たせるわけにはいかない」

 

 カミュは、もう蒼天へ向かっていた。

 ジュドも足場を駆け上がる。

 

「待て、二人とも!」

「悪いな。俺たちは、連邦の兵隊じゃねえんだ」

 

 扉が閉じた。

 二人は、この艦に乗っていても、軍に雇われた兵ではなかった。命じれば必ず従う相手ではないと、アークも知っていた。

 

 炎虎と蒼天が、発進路へ進む。

 アークは通信機を取った。

 

「ハサン、エイデン、リン、ファ。全機、出撃準備」

 

 そこで一度、息を吸った。

 

「あの二人を、一人で死なせるな」

 

 ガンダムXの背中に、大きな砲が取り付けられていく。

 だがアークは、その砲を撃てとは言わなかった。

 

 

     *

 

 

『規律違反です。止めますか』

 

 ケネスの報告を、ジェントル・ゴンは黙って聞いていた。

 卓には、ブッホとの交渉に関する書類が置かれている。

 

「ケネス君。行かせたまえ」

『よろしいので?』

「あの工事が止まって困るのは、私たちではないからね」

 

 柔らかな声だった。

 ケネスは、画面の向こうの笑みを、しばらく見ていた。

 

『……承知しました』

 

 

     ◇

 

 

 水が、朱麗の肩を打っていた。

 

 額に巻いた布を外し、滝の下に立つ。

 冷たさが、火照っていた体から熱を奪っていく。

 

『あれだけやられたのに……なんだか、少し余裕ですね』

 

 内側の朱麗が言った。

 ドモンは、目を閉じたまま答えた。

 

――あのシャイニングフィンガーは、最終手段というわけではないんだ。

 

 水音の中で、右手を開く。

 

――もう一つ、上がある。

――合わせてもらうぞ、朱麗。

『……はい、師匠』

 

 

     *

 

 

 ムーン・ムーンの格納庫では、夜通し明かりが消えなかった。

 

「そこの腕、もう少し上。そう、そこで止めて!」

 

 ロロの声に合わせて、吊られた右腕が持ち上がる。

 ガレスが肩の取り付け部へ体を潜らせた。

 イーノとラセルが、足場の上下で工具を受け渡す。

 

「ロロ。背中のこれは、何だ?」

「そっちは後で! 先に、ここのふたを閉めて!」

 

 聞き返す暇もなかった。

 右腕がつながると、今度は胸を開ける。閉じたと思えば、脚の装甲が外される。

 焦げた線の入った操縦席の扉も、作り直された。

 

 港の明かりが朝の色に変わったころ、ロロは、ようやく工具を置いた。

 

「……できた」

 

 ガレスが、足場から離れて機体を見上げる。

 右腕が戻っただけではなかった。

 肩も胸も、昨夜とは違っている。背中には、見たことのない装置が収まっていた。

 

「おい。俺たちは、修理をしてたんじゃなかったのか」

 

 イーノも、口を開けていた。

 

「これ、一晩で……」

「みんなが、手伝ってくれたからだよ」

 

 ロロは笑おうとした。

 けれど、目がうまく開かなかった。

 

「朱麗、戻ってきたら……」

 

 言いかけたところで、卓の通信機が大きな音を立てた。

 

 

     ◇

 

 

 炎虎の前で、バウが二つに分かれた。

 

「また、それかよ!」

 

 ジュドも機体を分ける。

 追ってきたバウの上半身をかわし、炎虎の砲口を振り向けた。

 フー・ヂェンが笑った。

 

『なかなかやるではないか』

「てめえこそな!」

 

 その向こうでは、蒼天が大型の砲をかいくぐっていた。

 ホア・シオンのガンダムが盾をかざし、カミュの斬撃を受け止める。

 

『小細工ばかりの機体め!』

「当たるつもりはないんでね!」

 

 どちらも、先へ進めなかった。

 その背後には、ジェガンの部隊が幾重にも並んでいる。

 レーザーの筒は近い。それなのに、手が届かない。

 

 レビルの艦橋で、シュウが身を乗り出した。

 蒼天の退く先へ、トールギスが回り込んでいた。

 

「……あれは、まずいな」

 

 ナナイが、横を向いた。

 シュウは、もう席を立っていた。

 

「シュウ様」

「少し、出てくる」

「またですか」

「あいつに死なれたら、借りを返す相手がいなくなる」

 

 シュウは、ほんの少しだけ笑った。

 扉が閉まり、ナナイは額へ手を当てた。

 

 

     *

 

 

 シナンジュ・ヴァリアントのライフルが、トールギスの前を横切った。

 蒼天が、その隙に身をひねる。

 

『お前、何をしに来た!』

「お前を失うわけにはいかないんでな」

『……減らず口を』

 

 カミュの声に、ほんのわずかに笑いが混じった。

 

『大将。俺をのけ者にするなんて、ひどいぜ』

 

 大鎌を構えたデス・ハンムラビが、ヴァリアントの脇を抜けていった。

 その後ろには、ミランダの迅雷と、レビルの量産機が続いている。

 

「俺のわがままだ。付き合う義理はない」

『そのわがままに付き合うのが、俺の仕事なんでね』

 

 ヤザンの鎌が、ジェガンの銃をはね上げた。

 ミランダが、その間へ滑り込む。

 

『そこ、通してもらうよ!』

 

 ボッシュの指示で、守備隊はすぐに列を組み直した。

 デフのF90が、損傷した味方を後ろへ送り出す。

 増援が来ても、連邦の数は減らなかった。

 

 シュウ、ジュド、カミュ。

 三機の前へ、トールギスがゆっくりと出てきた。

 

『今度は三人か。よいぞ。まとめて来い!』

 

 ギンガナムの声は、弾んでいた。

 

 ジュドが打ちかかる。カミュが横へ回る。

 シュウの刃が、逃げる先へ伸びた。

 

 トールギスの背中が、光った。

 三機の間を、猛烈な速さで突き抜ける。

 炎虎の肩が削れ、蒼天が盾で衝撃を受けた。

 ヴァリアントも、押し返された。

 

『面白い! だが、まだ足りぬ!』

 

 シュウの画面いっぱいに、トールギスが迫った。

 

「……ちっ!」

 

 

     ◇

 

 

 ムーン・ムーンの格納庫の通信機へ、雑音まじりの声が飛び込んできた。

 ジュドの怒鳴り声。カミュの短い指示。

 

『――下がれ、ヤザン! ここは俺が抑える!』

 

 シュウの声だった。

 ロロの肩が、びくりと跳ねた。

 

 胸もとで、ペンダントが揺れた。

 

 どくん。

 

 トライアングルの奥に、赤い光がともる。

 ロロは胸を押さえた。

 

 どくん。

 

 机についた手に、力が入った。

 

「ロロ。少し休んだ方が――」

 

 イーノが振り向いたとき、少女はもう立ち上がっていた。

 

「ジュドたちを、助けに行く」

 

 足場を駆け上がる。

 誰かが止めるより先に、ムーンライトの扉が閉まった。

 

「ロロ!?」

 

 機体が立ち上がる。

 イーノたちは、慌てて足場を離した。

 

 ムーンライトガンダムが、港へ走っていった。

 

 

     *

 

 

 滝から戻った朱麗は、空になった足場を見上げた。

 

「……どこへ行った」

「ロロが、乗って行っちゃったんです!」

 

 ラセルの声が裏返った。

 朱麗は、まだ乾ききらない袖で顔を拭いた。

 すぐ横で、モンドの機体が動き始めている。

 

「モンド。俺も乗せろ」

「えっ。お前、その格好で?」

「構わん。急いでくれ」

 

 開いた操縦席へ、朱麗が飛び乗った。

 モンドが体をずらす。

 

「狭いぞ」

「我慢する」

 

 扉が閉まった。

 

 

     ◇

 

 

 トールギスの前へ、ムーンライトが飛び込んだ。

 新しい右手で、その盾をたたく。

 

『……違う』

 

 ギンガナムが、つぶやいた。

 

『前の乗り手ではないな』

 

 ミリアは答えず、さらに拳を振るった。

 トールギスは後ろへ跳び、そのまま背を向けた。

 

『つまらん。小生が待っていたのは、お前ではない』

 

 蒼天の方へ飛んでいく。

 

「待ちなさいよ!」

 

 ミリアが追った。

 その脇で、大きな砲口が光った。

 

『よそ見をするな、小娘!』

 

 ホア・シオンの砲撃が、ムーンライトの肩をかすめた。

 よろけたところへ、バウの下半身が回り込む。

 正面には、上半身のライフル。

 

 ミリアは腕を上げた。

 逃げる先が、なかった。

 

「危ない!」

 

 シナンジュ・ヴァリアントが、二機の間へ割って入った。

 盾が砕けた。

 続く一撃が脇腹をえぐり、シュウの体が操縦席へたたきつけられた。

 

 ムーンライトの胸に、ヴァリアントの肩がぶつかる。

 装甲を伝って、声が届いた。

 

「……無茶を、するな」

 

 ミリアの手が、止まった。

 

「シュウ兄……?」

 

 シュウは顔を上げた。

 ムーンライトの中から、息をのむ音が聞こえた。

 

「生きてた……。よかった……」

 

 最後は、泣き声になった。

 炎の向こうへ消えた、あの声だった。

 

「ミリア、なのか」

「うん……うん!」

 

 返事のたびに、少女がしゃくり上げる。

 シュウは画面に手を伸ばした。

 映っているのは、ムーンライトの装甲だけだった。

 

「お前は、あの火事で……」

「シュウ兄こそ……どこにも、いなくて……!」

 

 二人の機体が、寄り添ったまま止まった。

 

『大将、止まってる場合じゃねえぞ!』

 

 デス・ハンムラビの鎌が、迫るライフルを切り払った。

 迅雷が、二機の前へ滑り込む。

 

『話はあと! 下がりな!』

 

 ミリアは、慌ててヴァリアントを支えた。

 シュウは、もう一度その名を呼んだ。

 

「……ミリア」

 

 

     *

 

 

「ロロ! 聞こえるか!」

 

 モンドの機体から、呼びかけが響いた。

 朱麗は、外へ声を届ける装置へ顔を寄せた。

 

「その機体は、俺のだ。代わってもらうぞ!」

 

 ミリアは振り向いた。

 ムーンライトの画面に、モンドの機体が映る。

 

「朱麗……」

 

 シュウの機体では、警告が鳴り続けていた。

 朱麗はそれを見て、短く言った。

 

「まずは、艦へ戻る」

 

 ムーンライトがヴァリアントを支え、モンドの機体がその脇についた。

 ジュドとカミュが、敵を引きつける。

 

『早くしろよ! こっちも、長くはもたねえぞ!』

 

 レビルの格納庫が、三機を迎え入れた。

 扉が閉じ、空気が戻る。

 表示が変わるのを待って、モンドが操縦席を開いた。

 

 朱麗は足場へ飛び移った。

 ムーンライトから、少女が降りてくる。

 目が赤く腫れていた。

 

「朱麗。……お願い」

「ああ」

 

 すれ違った手が、一瞬だけ触れた。

 

 ミリアは、ヴァリアントへ駆けていった。

 扉の前で立ち止まり、中から出てくる男を見上げる。

 

「シュウ兄……!」

 

 今度は、手が届いた。

 シュウが両腕を広げる。

 少女は、その胸へ飛び込んだ。

 

 シュウは少女を抱いたまま、発進路を振り向いた。

 ムーンライトが、出撃の位置へ進んでいく。

 

「あいつ一人で、いいのか」

「大丈夫。朱麗なら、きっと」

 

 ミリアは、涙の残った顔でうなずいた。

 

 少し離れた足場で、ナナイが立ち止まった。

 

 シュウは、何度もミリアの背中を確かめていた。

 ナナイは何も言わず、ただ、両手を胸の前で握りしめていた。

 

 

     ◇

 

 

 ムーンライトの扉が閉まった。

 

 立った朱麗の横に、ハロの立体映像が浮かぶ。

 

「オカエリ! オカエリ!」

 

 ドモンは、ゆっくりと右手を開いた。

 

『師匠』

 

 内側から、朱麗が呼んだ。

 

――ああ。

 

 同じ手を、同じように握る。

 滝の水音が、遠くに戻ってきた。

 

 ムーンライトが、レビルから飛び出した。

 

 ギンガナムが、サーベルを止めた。

 目の前の炎虎から、顔をそらす。

 

『姿を見なくとも、雰囲気で分かるぞ。お前だな、拳のガンダム!』

 

 ムーンライトが、三機の前へ降り立った。

 

「ジュド、カミュ。ここは、俺に任せろ」

『お前……その機体、もう直ったのかよ!』

「ロロが、直してくれた」

 

 ドモンは、まっすぐにトールギスを見た。

 

「待たせたな」

『待ちかねたぞ!』

 

 トールギスの背中が光った。

 昨日、右腕を奪った加速。

 サーベルが、ムーンライトの胸へ迫る。

 

 ドモンは、一歩だけ踏み込んだ。

 

 朱麗も、同じ一歩を踏み出した。

 

 刃が、肩の外を抜けた。

 正拳が、トールギスの腹をたたいた。

 装甲がへこむ。

 

『おおっ!』

 

 ギンガナムが笑った。

 トールギスがひねった盾を、裏拳ではね返す。

 ムーンライトの足が上がり、横腹を蹴った。

 

 ドモンは、追った。

 追いながら、急いではいなかった。

 内側の朱麗も、次の動きを言葉にしようとはしなかった。

 

 呼吸が、重なっていた。

 

 ムーンライトの胸に、金色の光がともった。

 肩へ、腕へ、脚へと広がっていく。

 拳を返したときには、機体の全身が黄金に輝いていた。

 

『金色に……なった?』

 

 ジュドの声を背に、ドモンはまた踏み込んだ。

 正拳。裏拳。回し蹴り。

 トールギスの盾が割れ、肩の装甲が飛び散った。

 

 それでも、ギンガナムは下がらなかった。

 砕けた盾を捨て、ムーンライトの蹴りへ自分の蹴りをぶつける。

 

『よいぞ! こうでなくては!』

 

 サーベルを振るうたび、腕の隙間から火花が散った。

 傷が増えるほど、声が楽しげになっていく。

 

『だが、これでは埒が明かんな』

 

 トールギスが、距離を取った。

 ひびの入った胸を、堂々とさらす。

 

『さあ、そんなものではなかろう。奥の手を、早く出せ』

「ああ。分かっている」

 

 ドモンは、右手を前へ出した。

 朱麗も、その手に心を重ねる。

 

 ハロの目が、赤く点滅した。

 

「ゴッドフィンガーモード、ハツレイ! オンセイパスワード、ドウゾ!」

 

 右手に、さらに強い光が集まった。

 昨日の光とは違っていた。

 痛みも、悔しさも、握りつぶそうとはしない。

 この手を届かせる。その思いだけが、静かに残っていた。

 

「俺のこの手が真っ赤に燃える!」

『勝利をつかめと轟き叫ぶ!』

 

 ドモンは、一瞬だけ目を見開いた。

 内側の朱麗が、笑っていた。

 

「爆熱!」

『ゴッド!』

「フィンガァァァァッ!!」

 

 トールギスも飛び込んできた。

 サーベルが、黄金の腕を狙う。

 

 ムーンライトの左手が、その手首を押しのけた。

 右手が伸びる。

 

 黄金の指が、トールギスの頭をつかんだ。

 背中の噴射が、激しく燃える。

 今度は、振りほどかせなかった。

 

「ヒート……」

『エンドッ!!』

 

 指が閉じた。

 トールギスの頭が、光の中で砕けた。

 

 噴射が止まり、機体がゆっくりと傾く。

 ムーンライトは、その胸の前で拳を止めた。

 

『実に、見事である』

 

 声は、まだ笑っていた。

 

『さあ、本懐を遂げろ。操縦席は、ここだ』

 

 残った腕が、自分の胸をたたく。

 ドモンは、拳を下ろした。

 

「お前との戦いは、ここまでだ」

 

 ギンガナムが、しばらく黙った。

 

『惜しい。実に惜しい』

 

 その背後で、コロニーの筒が向きを変え始めていた。

 大きな砲口が、ゆっくりとこちらを向いていく。

 

『もう、コロニーレーザーが撃たれる』

『お前と共に死ぬのも、一興よな』

 

 

     *

 

 

『射線上に、こちらの部隊がいる! 撃つな!』

 

 ボッシュが叫んだ。

 ジェガン隊が、ばらばらに振り向く。

 

『発射は、こちらは承認していない!』

 

 返事はなかった。

 F90の画面で、砲口がさらに大きくなった。

 

『俺たちも、撃たれるんですか』

 

 デフの声が、震えた。

 ボッシュは味方を集めようとした。

 しかし、どちらへ逃がせばいいのか。

 向けられた砲口の前に、敵も味方も取り残されていた。

 

 

     *

 

 

「ギンガナム様! それでは困ります!」

 

 悲鳴に近い声が、トールギスへ飛び込んだ。

 

「うちの艦も、射線の中です!」

「何!」

 

 ギンガナムが、残った映像を切り替える。

 リュー・ブー艦が、筒の正面にいた。

 開いた格納庫。その中に並ぶ、集めた機体。

 

「艦には、小生の蔵が……!」

 

 さっきまでの笑いが、吹き飛んだ。

 

「ドン・ズーオに通信を開け! なんとかしろ!」

「……つながりません!」

 

 トールギスが、もがくように腕を動かした。

 背中から火花が散るばかりで、進まない。

 

「おい、拳のガンダム! あれを、止めろ!」

「お前も、艦を逃がせ!」

「できるなら、言われるまでもないわ!」

 

 ドモンは、レーザーの筒を見た。

 ムーン・ムーンへ帰る仲間も、レビルも、リーンホースの機体も、その前にいた。

 

『師匠』

 

 朱麗の声は、静かだった。

 ドモンはうなずいた。

 

 ハロが、短く音を立てた。

 

「ドモン・カッシュ。石破天驚拳モード、ハツレイ!」

 

 ドモンが、ハロを見た。

 

「……それも、できるのか」

「ゴッドフィンガーモード、ハツレイデキタ、イマノ、ドモン・カッシュナラ、セキハテンキョウケンモード、ハツドウカノウ!」

 

 ドモンの口もとに、笑みが浮かんだ。

 

――聞いたか、朱麗。

『はい!』

 

 ムーンライトが、両手を腰へ引いた。

 黄金の光が、手の間に集まっていく。

 

 狙うのは、その奥。

 光を生み出す、発振器。

 

 ドモンと朱麗が、同じものを見た。

 そのとき、筒の奥が白く染まった。

 ドモンと朱麗は、同じ呼吸で、両手を突き出した。

 

「流派東方不敗が最終奥義!」

『石破!』

「天驚拳ッ!!」

 

 光の拳が、宙域を走った。

 

 拳は、砲口へ飛び込んだ。

 レーザーが放たれる直前、筒の奥で発振器が砕けた。

 

 まぶしさが、一度だけ消えた。

 次の瞬間、コロニーの継ぎ目から光が噴き出した。

 内側にたまった力が、長い筒を裂いていく。

 

 コロニーレーザーは、撃たれなかった。

 

 

     ◇

 

 

 レビルの画面に、裂けていく筒が映っていた。

 

「やってくれた……!」

 

 ミリアが、シュウの胸へ抱きついた。

 シュウも、その背中を抱きしめる。

 今度は、笑っていた。

 

「あいつは強い。正直、また行っても、やられるかもしれんと思っていた」

「大丈夫って、言ったでしょ。朱麗は、強いから」

 

 シュウは、少女を見下ろした。

 

「……朱麗を、知っているのか」

「うん。ムーン・ムーンで、手合わせしたことあるもん」

 

 ミリアは、自慢するように笑った。

 自分の知らないところで、この子にも、時間が流れていたのだ。

 シュウは、もう一度画面へ目を向けた。

 

「あいつは……とんでもないな」

 

 腕の中で、少女の体が少し離れた。

 きょとんとした顔が、こちらを見上げる。

 

「……先生?」

 

 ペンダントの赤い光が、消えていた。

 

 シュウの腕が、止まった。

 ロロは自分を抱いている男と、その手を交互に見た。

 

「あれ。僕、どうして……」

 

 そのとき、艦内に警報が鳴り響いた。

 

 

     *

 

 

 裂けた筒から、巨大な破片が飛び出していた。

 ひとつが、艦ほどもあった。

 さらにその後ろから、外壁が次々とはがれていく。

 

「全機、退け!」

 

 ドモンが叫んだ。

 だが、負傷した機体を抱えた仲間は、急には動けなかった。

 リュー・ブー艦も、向きを変えきっていない。

 

 ムーンライトが前へ出た。

 両腕を広げても、受け止められる大きさではない。

 

「くそっ……どうしたらいい!」

「朱麗!」

 

 通信が入った。

 ロロの声だった。

 

「操縦席の右下に、赤いボタンがあるでしょ!」

 

 ドモンが、目を走らせた。

 カバーの付いた、小さなボタンがあった。

 

「今が、最後の最後だよ! 押して!」

「そのボタンは……まさか、また……!」

 

 ジュドの声が、途中で引っくり返った。

 ドモンは、カバーをはね上げた。

 

『師匠!』

 

 押した。

 

「ムーンライトガンダム、バタフライモード、ハツレイ!」

 

 背中の装置が、左右へ開いた。

 

 光が、広がった。

 

 ムーンライトの背から、蝶の羽が伸びていた。

 薄い光の帯が、幾重にも重なり、宙域を包んでいく。

 

 迫っていた外壁に、羽の先が触れた。

 

 壁の角が、崩れた。

 厚い金属が、砂のようにはがれていく。

 大きな破片は、小さな粒となり、光の中へ散った。

 

 次の破片も、その次も。

 仲間の前へ届く前に、形を失っていった。

 

 ドモンは、両手を下ろせなかった。

 朱麗も、言葉を忘れていた。

 

 守ろうとして前へ出た自分たちの背から、帰る道を守る羽が広がっていた。

 

「……自爆じゃ、ねえのか」

 

 ジュドが、やっとそれだけ言った。

 

 

     ◇

 

 

 リュー・ブー艦から、通信が届いた。

 

「ギンガナム様! 艦は無事です! 蔵も、全部無事です!」

「おお……」

 

 ギンガナムが、息を吐いた。

 

 蔵は焼かれずに済んだ。

 目の前には、自分の頭を砕いた拳のガンダムがいる。

 また戦える。

 

 ギンガナムは、頭を失ったトールギスの中で、両腕を広げた。

 

「この世の春である!」

 

 迎えに来た母艦の機体が、トールギスを支える。

 ギンガナムは、ムーンライトへ回線を開いた。

 

「拳のガンダム。この勝負、預けておく」

 

 ドモンは、振り向いた。

 トールギスは、リュー・ブー艦へ運ばれていくところだった。

 

「……次は、蔵の場所も忘れるな」

 

 ギンガナムが、ひときわ大きく笑った。

 

 その笑いが、ふと消えた。

 遠くに、ドン・ズーオの旗艦が見えた。

 

「ドン・ズーオ……。小生の蔵ごと、焼こうとしたな」

 

 拳が、操縦席の縁を握った。

 

「この借り、忘れはせんぞ」

 

 

     *

 

 

 光の羽が、ゆっくりと消えていった。

 

 大きな破片は、もう来なかった。

 ボッシュの部隊も、傷ついた味方を支えて遠ざかっていく。

 こちらを追う機体は、なかった。

 

 ムーンライトは、静かな宙域に立っていた。

 ドモンは、開いた右手を見た。

 

『師匠』

――なんだ。

『いっしょに叫んだとき、ちょっとだけ照れてませんでした?』

 

 ドモンは、しばらく答えなかった。

 

――……忘れろ。

 

 内側で、朱麗が小さく笑った。

 

 その先に、ムーン・ムーンがあった。

 窓の向こうに、村の灯りがともっていた。

 

 

                          (つづく)





 第60話「黄金の拳」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 今回は、朱麗のリベンジの回でした。

 最初に飛び出したのは、ジュドとカミュでした。
 「悪いな。俺たちは、連邦の兵隊じゃねえんだ」
 止めきれなかったアークは、「あの二人を、一人で死なせるな」と、全員を出しました。そして、その規律違反を「行かせたまえ」と見逃したジェントル・ゴン。「あの工事が止まって困るのは、私たちではないからね」。優しい声のまま、しっかり自分の損得を計算している人です。

 滝に打たれるドモンは、負けたばかりなのに、少し余裕がありました。
 「あのシャイニングフィンガーは、最終手段というわけではないんだ」
 『Gガンダム』をご覧になっていた方は、この一言で「もしかして」と思われたのではないでしょうか。

 そして、ミリアとシュウの再会。
 シュウの声を聞いて、ロロのペンダントが赤く染まりました。
 「シュウ兄……?」「生きてた……。よかった……」
 シュウはずっと、ミリアはあの火事で死んだと思っていました。ミリアの記憶は、その火事のところで途切れています。お互いに、相手がもういないと思っていた二人です。
 画面に手を伸ばしても、映っているのは装甲だけ。だからこそ、レビルの格納庫で「今度は、手が届いた」。ここは、ずっと書きたかった場面でした。
 少し離れたところで、ナナイは何も言わず、両手を胸の前で握りしめていました。その手にどんな気持ちがこもっていたのかは、皆さんのご想像にお任せします。

 お待たせしました、ムーンライトガンダムの反撃です。
 ドモンと朱麗の呼吸が重なって、機体が黄金に輝きました。明鏡止水です。
 「俺のこの手が真っ赤に燃える!」
 『勝利をつかめと轟き叫ぶ!』
 今回は、内側の朱麗も一緒に叫んでくれました。59話で一度はつかんで振りほどかれたトールギスの頭を、今度は離しませんでした。

 ところが、ギンガナムの「お前と共に死ぬのも、一興よな」。
 連邦は、味方がいるのもかまわずに、コロニーレーザーを撃とうとしていました。ボッシュの「撃つな!」にも、返事はありません。
 そこで、ハロの「石破天驚拳モード、ハツレイ!」。
 流派東方不敗の最終奥義を、ドモンと朱麗の二人で撃ちました。『Gガンダム』の最終回を思い出してくださった方がいたら、とても嬉しいです。

 最後の最後に押した、ロロの赤いボタン。
 ジュドが青ざめたのは、3話のあのボタンを思い出したからです。
 「ムーンライトガンダム、バタフライモード、ハツレイ!」
 広がった光の蝶の羽は、迫ってくる破片を砂のように崩していきました。『∀ガンダム』をご存じの方は、この羽に見覚えがあるかもしれません。この時代ではまだ「バタフライモード」と呼ばれていますが、遠い未来には別の名前で呼ばれることになります。

 そして、ギンガナム。
 蔵は無事、目の前には自分の頭を砕いた好敵手。
 「この世の春である!」
 ∀のギンガナムを知っている方には、たまらない一言だったのではないでしょうか。
 けれど、最後に笑いは消えました。
 「ドン・ズーオ……。小生の蔵ごと、焼こうとしたな」
 三国志がお好きな方は、呂布と董卓の行く末を思い出されたかもしれません。この借りがどう返されるのか、楽しみにしていてください。

 最後は、静かな宙域で。
 『いっしょに叫んだとき、ちょっとだけ照れてませんでした?』
 ――……忘れろ。
 師匠も、照れることがあるようです。

 次回も、どうぞよろしくお願いいたします。
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