第63話「リーンホース強奪」をお届けします。
前回は、サダラーンが連邦の部隊に襲われ、新しい機体たちが一斉に表舞台へ出てくる、にぎやかな戦いの回でした。
「この場所は、知られた。もう、岩の陰には戻れぬ」。ミネバのこの一言で幕を閉じましたが、いかがでしたでしょうか。
今回は、舞台をグラナダへ移します。
題名を見て「えっ」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
はい、題名のとおりのことが起きます(笑)。
これまで裏で動いてきた連邦の偉い人たちも、そろって顔を出します。
初めて名前だけでなく姿を見せる人物もいますので、ご注目ください。
そして今回は、戦いよりも「人と人とが向き合う」回になりました。
ある人が、ある返事をするために、遠くからやって来ます。
その返事の行方を、見届けていただけたら嬉しいです。
それでは、第63話をお楽しみください。
グラナダにある、連邦軍の施設。
ドン・ズーオ提督の執務室に、ベントン元帥が入ってきた。
後ろには、コンラッド大将と、その副官のエヴァンズ中佐が続いている。
「ドン・ズーオ提督。報告は、読ませてもらったよ」
ベントンは、白い髪をなでつけた。
「コロニーレーザーは止められ、ジオンの残党の艦にも逃げられた。……この事態を、どう収拾するつもりかね」
ドン・ズーオは、椅子から立とうともしなかった。
「一度、取り逃がしただけです。次は逃がしません」
「そうか。前にも、似たようなことを聞いた気がするが」
ドン・ズーオは、ベントンの後ろの二人へ目をやった。
「シュウ・シラカワに二度も顔を使われた方々に、収拾の仕方を教わるつもりはありませんな」
コンラッドの顔が、みるみる赤くなった。
エヴァンズは、黙って立っているだけだった。
「レーザーは、直せば済む。ムーン・ムーンの件も、私の手で片をつけてみせますよ」
「ほう。楽しみにしているよ」
ベントンはそれだけ言うと、部屋を出ていった。
◇
ドン・ズーオは、通信の画面を開いた。
映ったのは、リュー・ブー=ギンガナムだった。
「ギンガナム。近く、リーンホースがグラナダに入る。その艦に、ムーン・ムーンの女王が乗っている。女王と、あの白いガンダムを造った娘を捕らえてこい」
「断る」
ギンガナムは、あくびをかみ殺した。
「小生は、人さらいではない」
画面が、ぷつりと切れた。
ドン・ズーオの顔に、青筋が浮かぶ。
「……私が、話してまいりましょう」
部屋の隅で、背広の男が頭を下げた。
補佐官のリー・ルーだった。
*
リュー・ブー艦の蔵には、集められた機体がずらりと並んでいた。
その奥で、ギンガナムは一本の腕を見上げていた。
ムーンライトガンダムの、右腕だった。
「人さらいなら、提督の兵でいくらでもできよう。小生を呼ぶな」
「では、この腕を造った本人に会えるとしたら、いかがです」
リー・ルーが声を落とすと、ギンガナムの指が、腕の傷の上で止まった。
「造ったのは、まだ若い娘だそうです。それに、女王がこちらにいれば、あのガンダムの乗り手も来るでしょう」
「あの拳の男が、か」
「呼ぶ相手は、ご自分でお決めになればよろしい」
ギンガナムは、腕に残った傷を指でなぞった。
それから、口の端をゆっくりと上げた。
「……それを、先に言え」
ギンガナムの笑い声が、蔵の中に響いた。
◇
リーンホースは、グラナダの港に入った。
補給のあいだ、パイロットたちは久しぶりに街へ出ていった。
「よし、うまいもん食いに行こうぜ!」
「ジュド、羽目を外しすぎるなよ」
ジュドとカミュの声が、遠ざかっていく。
艦に残ったのは、艦長のアークと、参謀のフェニーチェ。それに、客室のセラだった。
セラは、連邦との交渉の返事をするために、ムーン・ムーンからこの艦に乗ってきていた。
港の整備ドックでは、ムーンライトガンダムの調整が続いていた。
操縦席の朱麗の前に、緑色の丸いハロの立体映像が浮かんでいる。
「ハンノウ、ゼロテンゴビョウ、オクレテル」
「分かっている」
足場の下から、ロロが顔を出した。
「あ、いけない。測定器、艦に置いてきちゃった。ちょっと取ってくるね」
「ああ」
ロロは、リーンホースの方へ駆けていった。
*
港の外から、赤と砂色の大きな艦が近づいてきた。
リュー・ブー艦だった。
「艦長! 艦の後ろに、何かが近づいてきます!」
艦橋で、アークが顔を上げた。
フェニーチェは、画面に映った艦の形を見て、すぐに言った。
「艦長。後ろの通路を閉めてください」
アークが命令を出すより早く、艦が大きく揺れた。
リーンホースの艦尾が、左右に開いていた。
本当ならキャリッジがつながる場所に、リュー・ブー艦の先端が入りこんでいく。
固定アームが、がちり、と閉じた。
『つながったぞ! 見よ、小生の蔵が、この艦の後ろにぴたりと収まったわ!』
ギンガナムの、子どものようにはしゃいだ声が、艦じゅうに響いた。
つなぎ目から、ギンガナムの手下たちがなだれこんでくる。
『女王は、格納庫へお連れしろ。乱暴はするな。まだ客なのだからな』
手下たちは、あっという間に艦のあちこちへ散らばった。
「動くな!」
艦橋にも、銃を持った男たちが入ってきた。
アークは、静かに両手を上げた。
フェニーチェも、黙ってそれにならった。
通路では、測定器を抱えたロロが、男たちに囲まれていた。
客室のセラも、腕を強くつかまれて連れ出された。
◇
『ムーンライトガンダムの乗り手に告ぐ』
整備ドックのスピーカーから、ギンガナムの声が流れた。
『女王と娘は、小生が預かった。返してほしくば、武器を捨てて、ここまで来い』
声を聞いただけで、誰か分かった。
朱麗は、操縦席から飛び出した。
『……場所くらい、言ってくれてもいいのに』
内側の朱麗が、頭の中でつぶやいた。
朱麗は、腰の拳銃を外して、操縦席の上に置いた。
「行くぞ」
朱麗は一人で、リーンホースへ乗りこんだ。
*
リーンホースの格納庫には、ジュドたちの機体が並んでいた。
その真ん中に、セラとロロのための椅子が二つ置かれていた。
セラは、座らなかった。
ギンガナムは手下から端末を受け取ると、画面にあの右腕を映した。
「それ、まだ持ってたの?」
ロロは、見覚えのある指の傷に気づいて、思わず身を乗り出した。
「小生の蔵にある。そこもとが造ったのか」
「みんなで造ったんだ。でも、設計したのは、僕。……開けてみた?」
「開ければ壊れると思ったのでな。そのままだ」
「開けるなら、手首の方からだよ。指を先に外すと、戻すとき大変だから」
ギンガナムは端末を引き寄せ、言われた場所を大きく映した。
「ならば、聞きたい。小生のトールギスで、シャイニングフィンガーは打てぬか」
「できるよ」
答えが早すぎて、ギンガナムの方が目を丸くした。
「そこもと、今すぐできるような口ぶりだな」
「今すぐとは言ってないよ。手だけ替えればいいと思ってるなら、無理。トールギスは速いから、腕の方が耐えられるようにしないとね」
「ほう! ほう! そこもと、話が分かるではないか!」
ギンガナムは、ひざを打って笑った。
ロロもつられて、少し笑った。
少し離れたところで、セラだけが、硬い顔でそれを見ていた。
◇
「……ここじゃないのか。ちっ」
朱麗は、行き止まりの扉の前で足を止めた。
格納庫までの道は、知らなかった。
どの通路も、同じに見える。
『師匠、そこは、さっきも通りました』
「分かっている」
もと来た角まで引き返す。
さっきは気づかなかったが、反対の通路の床に、重い荷を運んだ跡が残っていた。
朱麗は、そちらへ走り出した。
*
格納庫に、連邦の三人の頭がそろった。
強硬派の頭、ドン・ズーオ提督。そばには補佐官のリー・ルーと、銃を持った護衛の兵たち。
軍人派の頭、ベントン元帥。後ろにはコンラッド大将と、エヴァンズ中佐。
そして、穏健派の頭、ジェントル・ゴン提督。灰色の髪をきれいに整えた、物腰のやわらかい紳士だった。その横には、側近のケネス・スレッグと、護衛のレーン・エイムが立っている。
ケネスが、セラに会釈した。
「お手数をおかけしました。本来は、お返事をうかがうための席だったのですが」
「この方々も、私の返事を聞きにいらしたのですか」
セラは、赤くなった手首を押さえたまま言った。
「回りくどい話は、やめにしよう」
ドン・ズーオが、一歩前へ出た。
「ムーン・ムーンを、連邦の施設として差し出してもらう。住民は、こちらで移す。拒めば、力ずくでやるまでだ」
「まあまあ、提督。女王陛下を怖がらせて、どうなさるのです」
ジェントル・ゴンが、やんわりと割って入った。
「女王陛下。ブッホ・コンツェルンが、ムーン・ムーンをお守りいたします。そうすれば、住民の皆さんは、今のままの暮らしを続けられるのですよ」
「艦を奪ったその場で交渉とは、落ち着かんだろう」
ベントンが、護衛の銃へちらりと目をやった。
「女王と、そこの娘は、軍人派で預かろう。身の安全は保証する。そのうえで、この艦を誰がどうやって奪ったのか、公の場で話してもらいたい」
「私の命令だと、言わせたいのか」
ドン・ズーオが、ベントンをにらんだ。
「私は、見たことを話してくれと言っただけだがね」
三人が、三つの別々の話をしていた。
一つの連邦のはずなのに、言うことがばらばらだった。
「やめなよ!」
ロロが、声を上げた。
「三人で、いっぺんにさ。セラ、まだ返事もしてないじゃないか」
セラは、ロロの肩にそっと手を置いた。
それから、三人へ向き直った。
「お返事を申し上げます。……お断りします」
はっきりとした声だった。
「ムーン・ムーンは、施設ではありません。人が、暮らしているのです」
ドン・ズーオの眉が、ぴくりと動いた。
「ブッホの保護……。この前、私たちの港をこじ開けようとした方々に、守っていただけるのですか」
ジェントル・ゴンの笑顔が、ほんの一瞬だけ止まった。
「元帥のお申し出も、お断りします。私も、この子も、お預けする荷物ではありません」
ベントンは、黙ってセラを見返した。
「港も、工場も、渡しません。私は、そうお答えするために、グラナダまで来たのです」
セラは、三人の顔を順に見た。
「こういうやり方をなさるとは、思っていませんでした」
ケネスが、わずかに目を細めた。
セラは、最後にギンガナムへ向き直った。
「あなたが私たちを乱暴に扱ったことも、決して許しません」
ギンガナムは、セラの手首に目をやった。
袖が引かれ、白い肌が赤くなっていた。
格納庫が、しんと静まり返った。
◇
ギンガナムの顔から、笑みが消えた。
「ほう、女王。ならば、小生と一戦交えてみるか?」
声は、さっきと同じ男のものだった。
けれど、その体から、目に見えない重いものがあふれ出していた。
コンラッドが、思わず一歩下がった。
ロロの足も、勝手に一歩下がっていた。
技の話をしていたときは、いくら近くで笑われても平気だったのに、今は息がうまく吸えなかった。
そのとき、ロロの胸のペンダントが、どくん、と赤く光った。
どくん、どくん。
赤い光が、強くなっていく。
次の一歩は、前へ出た。
「手を出すなら、あたしが相手よ」
ミリアだった。
ミリアはセラの前に立つと、床を蹴った。
一気にギンガナムの懐へ飛びこみ、手のひらを突き出す。
ギンガナムは半歩ずれて、その手首を取った。
勢いのまま、ミリアの体を横へ流す。
ミリアは床に手をついて止まり、すぐに起き上がって蹴りを放った。
今度は、足を払われた。
ミリアのひざが、床を打った。
「ロロ!」
セラが、駆け寄ろうとする。
腰の剣に手もかけず、ギンガナムは言った。
「威勢はよいが、小生が待っておるのは、お主ではない」
そのとき。
格納庫の入口から、低い声が響いた。
「その相手なら、俺がする」
全員が、入口を振り返った。
そこに、武器を一つも持たない朱麗が、一人で立っていた。
(つづく)
第63話「リーンホース強奪」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
第44話「リーンホース、発進」で、晴れやかに宇宙へ飛び出したリーンホース。
そのリーンホースが、まさか港に停まっているあいだに奪われてしまうとは……。
しかも、つながった先はギンガナムの「蔵」。本来ならキャリッジが収まる場所に、リュー・ブー艦がぴたりと入りこんでしまいました。「つながったぞ!」と子どものようにはしゃぐギンガナムを、書いていてとても楽しかったです。
そのギンガナムを動かしたのは、補佐官のリー・ルーでした。
「小生は、人さらいではない」と突っぱねたギンガナムに、命令ではなく「あの腕を造った本人に会える」とささやく。相手が何を楽しみにしているのかを見抜いて、そこを突く。前に出て戦うことはなくても、怖い人です。
そしてギンガナムの「……それを、先に言え」。この一言に、彼という人物が詰まっている気がします。
今回、作者がいちばん描きたかったのは、セラの「返事」です。
セラは、連邦との交渉に答えるために、わざわざムーン・ムーンからグラナダまでやって来ました。
ところが待っていたのは、艦を奪われ、連邦の三人の頭に囲まれるという、とんでもない席でした。
ドン・ズーオは脅し、ジェントル・ゴンはやわらかく「守ってさしあげます」と言い、ベントンは「預かろう」と言う。一つの連邦のはずなのに、三人ともまったく違うことを言っています。
それでもセラは、自分の口で「お断りします」と言い切りました。
「私も、この子も、お預けする荷物ではありません」
ふだんは物静かな女王が、一歩も引かずに立つ姿を、感じ取っていただけていたら嬉しいです。
ロロとギンガナムの「シャイニングフィンガー」の会話も、ぜひ覚えておいてください。
『∀ガンダム』をご存じの方は、もしかすると、にやりとされたかもしれません。
敵と味方なのに、技術の話になると、つい二人とも笑ってしまう。ロロらしさと、ギンガナムらしさが出た場面になりました。
けれど、その同じ男が、セラの言葉を受けて振り向いたとたん、まるで別人になります。
その気に押されて、ロロは一歩下がりました。
そして、次の一歩は前へ。ペンダントが赤く光り、ミリアがセラの前に立ちました。
この「一歩」は、次回にもつながっていきます。
一方の朱麗は……リーンホースの中で迷っていました(笑)。
「場所くらい、言ってくれてもいいのに」と、内側の朱麗のぼやきに、思わずうなずいた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
それでも、武器を一つも持たずに、敵だらけの艦の中を一人で進む。
三国志がお好きな方なら、関羽が刀一本で敵の宴へ乗りこんだ「単刀会」を思い浮かべていただけたかもしれません。
また、今回は『閃光のハサウェイ』から、ケネス・スレッグとレーン・エイムにも顔を出してもらいました。
ケネスは第58話以来の登場、レーンはこれが初めてです。二人がこれからどう動くのかも、楽しみにしていてください。
そして最後に、あの声。
「その相手なら、俺がする」
ギンガナムが本当に待っていた相手が、ついに目の前に現れました。
次回は、いよいよ朱麗とギンガナムが、生身で向き合います。
次回も、どうぞよろしくお願いいたします。